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2017年 03月 12日

影絵体験授業での出来事から

きのうの続き。
きのう、「日本はより排他的な方向に向かっていると感じる」と書いた。
私も、ネットに何か書くことにも、息苦しさを覚えている。
言いたいことがあっても、「こんなことを書くと見知らぬ人から攻撃されるのではないか」と心配になり(実際、何度かそういう目にも遭っている)、いつしか当たり障りのないことだけを書くようになってきている。

4月から、学習支援教員の仕事を始めたら、きっとさまざまなことを言いたくても言えなくなるだろう。
プライバシーの問題があるし、そうでなくても、障害者の話題はとてもセンシティブなものだからだ。
「障害」という漢字を使うことの可否からして、しばしば議論の的となる。
「学習障害」「注意欠陥多動性障害」という言葉も、今後は「限局性学習症」「注意欠如・多動症」といった表現に置き換えられる予定だそうだ。

今はまだ、仕事を始めていない身分なので、多少ざっくばらんに、先週あったことを書いておこうと思う。
先週、私の所属している影絵人形劇団が、近隣の小学校で6年生を対象にした影絵体験学習授業を受け持った。
体験といっても手加減なしの指導で、本格的な劇を上演する。
複雑な動きをする人形を動かす人形チーム、高度な演技が必要とされる声チーム、背景画像を場面に合わせて転換していくPCチーム、そして楽器の演奏や効果音、エンディングの歌をリードする担当の音楽チームの4チームに分かれる。
とにもかくにも時間がないので、猛烈な勢いでたたき込み、あっという間に本番の録画までに仕上げていく。

私は声チームを担当していた。
3組まである学年の2組担当だったが、リハーサルからは他のクラスの声の指導も全部やっていた。
マイクの前に張り付いて、声の出し方や演技のコツなどを、その場で初めて会う子供にバシバシ伝授。
2組以外の子たちは、いきなり出てきてあれこれ教えたり褒めちぎったりするおばさんが誰なのかわからないまま、あまりの真剣さ(だって時間がぜんぜんないから)が伝わっていうとおりにする。
みんなそれぞれにがんばって、いい演技だ。

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受け持ちの2組を特訓中。
みんな上手。
それにしても、背丈が小学生に埋もれてしまいます。



その中で、マイクから完全に体が離れてしまい、しかも声が小さく棒読みなので何も聞こえないという男子がいた。
下を向いて、台本の文字を追うのに必死だ。
その子の肩を抱きかかえて体ごとマイクの近くへ持って行き、「マイクに口を近づけて!声を拾ってないよ!セリフは聞こえなくちゃ意味がないの。」と励ます。
その子は抱えられるままに、棒読みを続けている。
棒読みなのは反抗しているのではなく、本当に一生懸命読んでいるからのようだ。
体重が腕にのしかかって重いので、
「ちょっとしっかり自分で立ってくれる?!重いよキミ!」
と言ったとたん、いきなり彼の目つきがガラッと変わった。
私をにらみつけて「死ね。」と吐き出す。
その目つきと言葉で、「今はいったん引こう」と即判断し、ぱっと離れた。
彼は「くそばばあ!死ね!死ね!」と、私をずっと罵り続けた。
担任の先生がなだめに入っても、その場で座り込んでしまい、「あのばばあがいるなら、もうやりたくない!くそばばあ!あんなばばあ大っ嫌いだ!」
そして会場の体育館を出て行ってしまった。

休み時間になり、在校生のお母さんたちに聞いてみた。
彼は学校で知らない人のいない、問題行動の有名人だった。
子供が卒業して久しいため、ほとんど私だけが知らなかったのだ。
彼は(おそらく)ADHDであり、投薬もしているという。
投薬治療レベルの子を、予備知識ゼロで指導にあたらせる学校側も学校側だと思うが、在校生ママは当然知っているので追及するほどでもないのかもしれない。
そのときはたまたま、知らなかったことがかえって功を奏したのだと思う。
他の子と区別しないで、その子を見た瞬間に抱きかかえて指導していた。
その様子を見ていた人たちは、「あの子があの場にいて台本を読んでいるだけでも奇跡なのに、あんなふうに(抱えられるがままに)されてもそのままやっているということに驚いた」という。
それは、別に私に力量があったからということではなくて、単に私には彼に対する先入観がなかっただけだ。

担任の先生は、
「本番では私がしっかりついていますから、(あの子のことは放置しても)大丈夫です。」
とおっしゃる。
そのとおりに、ここは放置した方が賢明か。
短い休み時間、激しく迷っていた。
子供とはいえ見ず知らずの人間から、あそこまで激しく罵られたことも初めてで、精神的にこたえた。
このあと控えている本番でどうするかを決めかねたまま、ひとけの減った体育館に戻って立っていると、クラスメイトを追いかけながら彼が走り込んできた。
私の近くにわざわざ寄ってきて、「くそばばあ!」と叫んで走り去る。
でも、その顔は、ちょっと笑っていた。

一緒にいたメンバーは
「あれっ?あの顔は……(私のことを)気に入ってるかも。」
「うん、ひょっとしたら、かなり好きかも?」
と言う。
それで決めた。

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本番に向かう子供達を、見守っています(背丈は埋もれてるけど)


本番、体育館に子供達が戻ってきた。
声チームの子たちは、リハーサルのときに注意したことをちゃんと守って、さっきよりグッと上手になっている。
全員が立ってスタンバイしているのに、あの男子だけは座り込んでいて、先生が一緒に付いている。
私が他の子たちに声をかけているのを、膝に顔を埋めているようで絶対に観察してる。
「うまいねえ!」「よくなった!」「よし、いいよ!」と、できるかぎりの子供に触れながら褒めた。

劇の佳境に登場する彼の出番、とても、とても大事な役だ。
自分のせいで娘を目の前で死なせてしまい、嘆き悲しみ、やがて敵と和解して癒されていくという、難しい役なのだ。
こんな大役によくも付いたなと、冷静になると感心するが、この子がダメでは劇全体がダメになってしまう。
先生は「放置でいい」と言ったけれど、私はやっぱりリハーサルと同じように、他の子たちと同じように、彼に密着することにした。
また「死ね」「ばばあ」と言われるか……「こんなくそばばあがいるから、もうやりたくない!」と本番中にマイクを蹴倒して暴れるか……賭けに出た。
「マイクにくっついて!」「大きく!」と、声をかけてみる。
そのとおりにする。
「長く伸ばして。」「悲しそうに、悲しそうに。」
そのとおりにする。
上手な子に較べたら話にならないほどの変化なのだけど、それでも、あきらかに私の指示を聞いて、そのとおりに演じようと努力している。
「泣いて!泣いて!」
涙声を出そうとしている。
あの罵声とぜんぜんちがう、頼りなく、ひょろひょろした声の演技。
こっちも泣きそうになる。
「大事なセリフ。しみじみと悲しそうに読んで。」
努力すると口がマイクから離れそうになる。それを抱きかかえる。

「よし!よくできた!」と一言褒めてすぐに離れ、もう次の役の子の指導に、私は移った。
だから彼がどんな反応をしたかわからない。
ただ、そのほんの少しだけのふれあいで、私は多くのことをつかめた。

彼は孤独だ。
成功体験がきわめて少ない。
周りの子供も大人も、彼と真面目に接することをとっくにあきらめて、遠くに置いている。
私のような、事情をまったく知らない大人が突然真剣勝負でぶつかっていったから、気迫に圧されて応えようと反応した。
まだまだ、彼には希望がたくさんある。
そしてなによりも大きな収穫は、影絵の活動を通して私がずっと思っていたことを、確認できたこと__声の演技をすることは、セラピーになる。
こんな自分の日常とはまるでちがう、別個の人間として、言葉を発すること。
別の人生を生きること。
彼は今、きわめて貧しい言語の世界にいる。
「死ね」「くそばばあ」の罵り言葉は、言われた相手が必ず気分を害する効果的な武器だから発しているだけだ。
苛立ちや苦しみや、うれしかったこと、そうした自分の内面を掘り下げるためには、言語世界が広がらなければならない。
そのためにも、別の人間の言葉を獲得し、声に出して心から発することは重要なのだ。

影絵体験授業は、このようにして、スクリーンが破かれることも、マイクスタンドがぶっ倒されることもなく、無事に終わった。
そんな彼ももうすぐ小学校卒業……と、いうことは、このまま地元の中学校に進学したら、彼は来月から……私の生徒ってこと?!
ウワー。がんばらなきゃなあ〜。
たった一度の、たまたまの成功で、新しい仕事がこの調子でいくとは思っていない。
先は長い。
苦しむ子供の人生は、私よりずっと長い。
そこまでおめでたくはないが、4月になって不安でびくびく働き始めるよりは、この影絵での経験は勉強になった。
障害児に関する書籍を読んだり、専門家の講演会を聴講したりして座学もしているが、やはり現場は、得るものが格段に大きい。
もう「死ね」「ばばあ」と罵られても、平気だもん。


by apakaba | 2017-03-12 13:22 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 03月 11日

中学校の学習支援教員に採用された

東日本大震災から、今日でちょうど6年だ。
2年前の今日はこんなことを書いていた。
今でも影絵人形劇の活動は続けている。
これに加え、今年度からは、近隣の中学校で土日に勉強を教えるボランティア講師も始めた。

今年度の回は、先月で終了した。
おかげさまで、今年度はこの教室の評判は昨年度に比べて格段に上がったという。
お嬢さんを通わせている実行委員の方から、
「昨年度よりも先生たちが真剣に教えてくれるから、遊びっぽい雰囲気がなくなって、集中しやすくなったって娘が言っていました。
と、講師の皆さんにお礼の言葉をいただいた。
ブログに書いたことが生徒のみんなに伝わっていることがうれしかったし、私以外の講師の方々も同じように熱心に取り組んでいることもうれしかった。
いくら私一人が真剣にやろうとしても、他の皆さんに熱意がなければ雰囲気は変わらない。
来年度もこの講師メンバーに続けてほしいという依頼を、皆快諾していた。

というわけで、私も引き続き、中学校でのボランティア講師をすることになったのだが……実は、4月からこの中学校と同じ学校で、これとは別に、さらに仕事をすることになった。
学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症等のために学習面で困難を抱える生徒に対し、学習の支援を行う「学習支援教員」という仕事である。
4年前、不登校児が通う施設で学習支援をする仕事に就きたくて、何度か応募したことがあった。
しかしいずれもなしのつぶてで、あきらめていた。
ところが、ここ数年のうちで、不登校児の支援教室とは別に(病気という意味で)より問題が顕在化している子供に対する支援が本格的に動き出し、近隣の中学校でも学習支援教員を置くことになったのである。
これに応募してみた。

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本文とは関係ありませんが、くじらのユッケ。
くじらが大好きです!!


久々に履歴書を作り、教員免許状の写しを用意して、課題の作文を書いて一次選考通過、教育委員会で面接を受けて、採用された。
面接は深い内容の質問を次々とされて、これは若いころに受けたら絶対に通らないだろうと思った(おばさんはしゃべるのが上手になるもので……)。
一次選考の作文は、このブログに書いた文章と似た内容のことを書いたので、自信があった。

私は、すべての子供は幸せになるべきだし、そのためには絶対に勉強をしなければならないと思っている。
目標は難関大学に入ることとか、そういうことではなくて、その子に合った最大限の努力をして、自分の幸せを自分で選べる権利を獲得できるよう、勉強をすべきだ。
くりかえし書いているが、世界の不幸は、正しく教育を受けられなかった人間が引き起こしていることばかりではないか。
そしてその犠牲になっているのも、正しく教育を受けられなかった子供。
世界の不幸を減らすのは、正しい教育を受ける子供を増やすことしかないと思う。
大人は、子供がその子に合ったレベルで(←これも大事)最大限に力を発揮できるよう、さまざまな形で手助けをするべきだと思う。
私の始めたボランティアなんて、たいした力にもならないけど、それでも、大人になっていく途中の子供の、知への入り口を開きたい。

上記リンクの「後編」の最後に書いたことだ。

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くじらのベーコン。
そのへんのベーコンとは!まるでちがいます!!!


教育が大事だ。
子供に対する、正しい教育が。
昔からずーっと一貫して変わらない信念だ。
だからずーっと子供に関わっている。
家庭教師、塾講師、通信添削指導、自宅での塾、保育園、影絵人形劇、休日の講師、そして新しく、学習支援教員だ。
それぞれに大変さがあるが、中でも「健常児」ではなく、特別支援教室に入ることが決まっている「障害児」の相手となる新しい仕事は、きっと困難なことが山ほど待っているだろう。
しかし、「障害児」が、「みんなとはちがう」ことで追いやられ、排除されていくことは、本人と周りの子供たちの情操にとっても、将来的には日本という国にとっても重大な損失ではないのか?

東日本大震災の日に、あらためて書く。
今、日本はより排他的な方向に向かっていると感じる。
弱者を切り捨て、いないものとして、内向きで短期的な快適さだけを求めているように見える。
自分の仕事が、多様性を認められる、包摂的な社会に向かえるための、ほんのわずかでも責任を担えると信じている。
専門家でもなく、担任でもない、本当にちょっとだけの仕事だけれど、逆に専門家でも担任でもない立場だからこそやれることもあるのではないか?
私のすることは、微力だが無力ではない。
(下記リンクに続く)



by apakaba | 2017-03-11 18:29 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 01月 16日

たいへん遅くなりましたが、今年の抱負

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はい。毎年お見苦しい文字でどうもすみません。
今年も、毎年恒例「ササニシキ」による絵馬でございます。
3月に大学院を卒業する「ササニシキ」は、晴れてプー太郎に。
あまり長くそのままでは困るので、いい仕事が見つかるようにというわけで。

私も、つい先日、去年の支払調書を見てガックリ。
おととしの金額の半分くらいじゃないの。
自分ではたくさん書いたつもりだったのに、去年はまるっきり書いていなかった時期もあったのでね。
今年は私の収入増も祈念してみることにします。

今はインドの記事がず〜〜っと載っています。

私のページ。
3月半ばくらいまで、インド続きです。
どっちにしろライターだけでは飛躍的に収入が増えることはないので、新しい仕事を始められるといいな〜。


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12月の散歩道


「ササニシキ」に「仕事の仕という字のつくりは、下が短いんだからね。武士の士と同じなんだから!」と言うと「うっひゃっひゃっひゃ!」と笑い転げる。
そんな「ササニシキ」も、私も、仕事にありつけますようにー。


by apakaba | 2017-01-16 22:50 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 01月 01日

自分に宛てる手紙、10年経ちました

あけましておめでとうございます。

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「アキタコマチ」が作ったきのうのディナー。
豚ヒレのバスク風ナントカ。
クレソンのリゾット。
バスク風ナントカは「アキタコマチ」が考えた料理らしい。
リゾットは「アキタコマチ」の自信の品で、「東京で一番おいしいリゾットはオレが作ったリゾット」だそうだ。


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焼いた菜の花に、オレンジの角切りをのせる。
香ばしく、ほろ苦くておいしい。
おせちも大掃除も、子供たちがみんなやってくれるので、いつの間にか年末は楽な日々になっちゃった。
昔はあんなに大変だったのに。


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毎年恒例、自分に宛てる手紙読み中。
床下収納の縁の下に、1年後の自分に書いた手紙を入れておく。

10年続けているのか。
いつまでやるかなあ。

子供は頼もしくなり、私は年々虚弱さが増していきますが〜、子供が頼もしくなっているから大丈夫。
今年も1年、よろしくお願いします。


by apakaba | 2017-01-01 14:24 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 12月 31日

年末所感

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海外旅行の記事を書く仕事を始めてから、ブログを書く気力体力がほんとになくなった。
来年はもう少し仕事を増やしたいので、さらにここを書く回数が減るかも。


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ゆうべ、次男「アキタコマチ」が焼いてくれた。
手前がハモ、奥があなご。
いずれも驚愕の大きさと味。



この1年をふりかえって実感したことは、難聴がすすんだこと。
とくにこの数ヶ月の間で、聞き取りそびれたり、人に聞き返す回数が増えた。
今までは自分の声が頭に反響する症状(自声強聴)がつらかったが、聴力の低下を実感し始めている。

でも、楽しいこと、うれしいことを増やそう。
聞こえの不調を忘れるくらいに。

来年もがんばりましょう!


by apakaba | 2016-12-31 13:14 | 生活の話題 | Comments(2)
2016年 12月 25日

メリークリスマス

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メリークリスマス。


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同じツリーも別のものに見える。
今、目の前に見えているものは、それだけじゃなくて、別の面、別の顔もあるのかも。


by apakaba | 2016-12-25 22:12 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 12月 01日

根津美術館「円山応挙」展と、ヱビスビール記念館

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根津美術館の「円山応挙」展に行ってきた。

これだけの展示数の円山応挙を一度に見たのは初めて。
「写生図巻」の誠実で正確な写生の力に目を見張る。
どうも兎や鼠の口元に尋常ならぬ興味があったのか、もしくは難しくて練習したのか、全体の写生の横に口元だけのデッサンがあるのがおもしろかった。

動物もいいが、紅葉したり枯れかけたりしている木の葉の描写など、ほんものそっくりである。
子供のころ、O.ヘンリーの『最後の一葉』を読んだ時、「さすがに壁に描かれた葉っぱを本物と思い込むなんて、無理がありすぎる……」と疑いのまなざしだったけれど、応挙ならいけるかもしれないと思った。

根津美術館所蔵の「藤花図屏風」は、かなり人類の宝。
金の屏風に、西洋の油絵のように立体的に描きこまれた藤の花は、実物の藤の花よりも輝かしい美しさを見せる。
ポスターではごく平凡な日本画に見えたのに、これほどきれいだとは知らず。うっとり。
しかし金屏風って美しいなあ。
状態の良い金屏風は、やはり人の目を捉える。

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写ってないけど、庭園に「井筒」がある。
同行の友人は井筒も「筒井筒」も知らなくて、ビックリした。


根津美術館の庭は、ちょうど紅葉が見頃だった。

恵比寿に移動して、ヱビスビール記念館の見学ツアーへ。
参加料500円で、試飲付き。
私はヱビスビールが大好きで、国産ビールはこれ以外ほとんど飲まない。
外国のビールにも、正直いってあまり興味がない。
それくらい好きで、毎日飲んでまったく飽きない。
この日はふつうの金ヱビスの生の他に、いつもの試飲にはない贈答用の限定品「和の芳醇」を試飲させてもらえた!!!
ありがとうございまーす!

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1900年のパリ万国博覧会で、ヱビスビールが金賞を獲得したそうだ。
さすがだ!!!
これは受賞記念の贈答用木箱。
「この中に何本のヱビスビールが入っていたでしょう」というクイズを出される。


少し酸味の感じられる、さわやかなホップの香りが素敵。
とにかく家から出ない生活なので、たまに出かけるととても楽しい。
そして若いカップルはものすごくベタベタしていることにも驚いた。
「いまどきの人は、あまり恋愛をしない(そしていきなり結婚する)」ということが、クローズアップ現代+の放送から、数日前にネットで話題になっていた矢先だったので、「いや〜そうでもないぞ」とちょっと頼もしくなったのだった。
(リンクはトゥギャッターですスミマセン)


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おいしうございました……!


過去に根津美術館に行った時の記事はこちら。写真満載です。



by apakaba | 2016-12-01 14:20 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 11月 21日

ママ友のお通夜に行く

ゆうべ、ママ友のお通夜に行ってきた。
娘が幼稚園から中学卒業までの間に一緒だった人で、さほど親しくなかったが長いお付き合いだった。
大学生の娘の友達と、そのお姉ちゃんの二人姉妹は、そろってしっかり者だから、もうおうちのことなどは助け合ってきちんとできると思う。
それより、これからさまざまな悩みを乗り越えていくはずの二人のお嬢さんは、女性の先輩としてのお母さんと、もっと話したかっただろう。

斎場に着くと、昔のママ友の顔がたくさん見えた。
幼稚園の卒園以来、ほとんど会っていない顔などを見ると、あの当時ののんびり過ごしていたことを思い出す。
私はものすごく泣いてしまうタイプなので、もっと楽しい場での再会を願って、誰とも話さないよう遠くに並んだ。
パパと二人のお嬢さんは、涙も見せず気丈に並んで立っていた。
長く臥せっていたというので、心の準備はできていたのだと思う。
こちらは寝耳に水だったから、やっぱり正体なく泣いて、「いないいないばあ」の「いないいない」のように顔全部を両手で塞いでいた。
娘と同級生のお嬢さんは、しばらく会わないうちにスッキリと美しく成長していた。
そしてお姉ちゃんの方は、喪服も着物姿で、もうすっかり一人前の女性になっていた。
小学生の頃、「あっ、『コシヒカリ』ちゃんのママー」と手を振ってくれていたことを、私の顔を見てお姉ちゃんは思い出してくれただろうか。


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亡くなった日の空



パパはまだまだ現役でお勤めだし、金銭的に困ることはないと思うが、それでも自分の子供たちと同年輩のお嬢さんたちを見ると、ほんの少額でもお香典を持って参列してよかったと思う。
いくら未来のある若い人を応援したくても、私が直接にできることは何もない。
これが最初で最後の、直接渡せる現金だ。
「がんばって」と心の中で祈った。

亡くなったママと、最後に話したのはいつだっただろう。
最後に会った時、とても幸せそうだった。
長らく専業主婦だった彼女は外で働き始めて、「毎日勉強になることばかりよ。私ってなんにも知らなかったんだなあって。とっても楽しいの!」と、職場の楽しさとやりがいを話していた。
それまでは、パパのことと娘たちのことしか話していなかったから、「ずいぶん幸せそう。仕事を始めて、すっかり変わって別人みたい!」と驚いたのだ。
周りのママ友も、口を揃えて同じことを言っていた。
その幸せそうな姿が、昔のママ友の間での、共通の思い出になったのだった。


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その翌日の空



人が亡くなると、その人にまつわることをとりとめなく思い出す。
そして自分の身に置き換えたりする。
もし今、私が死んだら、ママ友はやっぱり「ミタニさんと最後に会ったのはいつだっけ」とか「いつもこんなことを言ってたよね」と話したり思い出したりするのだろうか。
私が死んでも、私が書いたものは山のようにネット上に残る。
ブログや仕事の記事を読んでほしいなあ。
私を知ってほしい。
私の考えていたことを。
生きていた印を残したい。

しかしママ友が亡くなるのって堪(こた)える。
他のつながりとは違った重さを感じる。
ご本人の分と、その小さかった子供たちの分と、考えることが増えるからなのかな。


by apakaba | 2016-11-21 16:38 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 11月 08日

見た夢をそのまま書いてみる(誕生日)

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本文と関係ありませんが、早稲田大学近辺にある、悪夢を見そうなビル。
昔からあった。
革マルのアジトとかいわれていたけど、ほんとはそんなことありません


母と二人でバス旅行に行くことにした。
だが母は実際の母とはぜんぜん別人のようだ。
とても体が大きい。
いや、私の体が幼児並みの小ささになっているのかもしれない。
でも心の中は、現在の自分だ。

いろいろな観光スポット(一つも覚えてない)をまわり、すでに暗くなってきて、休憩のあと乗客はバスに乗り込む。
私は母の胸に抱っこされて席に着く。
やっぱり幼児だ。
もしくは母が巨人。

バスは異常な勾配の坂道を下り始める。
その角度は、道路の角度ではなく、ジェットコースターの角度だ。
それを猛スピードで走っていく。
乗客は皆、恐怖のどん底。
あちこちから叫び声が上がり、パニックになるが、運転手の姿はわからない。
こんな状況では席を立つことができないから、それぞれの席にしがみついたまま、運転手に「止めて!止めて!」とむなしく叫ぶばかりだ。

私は抱っこされているので進行方向の後ろ向きになっており、まるで背中から落下していくような恐怖を存分に味わう。
私はジェットコースターならどんな激しいものでも怖くない。
でもこんな異常な坂道で暴走するバスは怖い。
自分が泣き叫んでいるのか、声も上げられずに震えているのか、それもわからない。
バスは他の車やバイクを今にも引っかけそうになりながら、猛スピードであぶなく脇をすり抜けて行く。
そのたびにキャーッという絶叫と、嗚呼という安堵の嘆声が上がる。

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ある日。
ネパール料理店のパニプリ。
コロコロ、かわいくて大好きなスナック



はっと気づくと、また休憩になっている。
私は靴紐が何メートルもある白いスニーカーを履いている。
スニーカー自体はプレーンな形だが、紐が何メートルもあるから、それが足の甲のところで束にまとめてあって、とても邪魔くさい。
私はその靴紐の束を頬張る。
邪魔だから食べようとしている。
埃くさい、スニーカーのにおいが鼻をつく。
なぜ私の夢は、しばしばにおいがあるんだろう……と、いうところで目が覚めた。

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ある日。
ハラミステーキ、おいしうございました



今日は長男「ササニシキ」の誕生日だ。
朝、学校(大学院)へ行く前に、コーヒーを淹れていた。
長身なので、台所でわずかに腰を屈めている。
スエット上下を着ているが、ズボンが下がって、下着のパンツもゴムがゆるゆるで一緒に下がって、お尻が半分くらい出ている。
びっくりして、「あんたパンツ穿いてないの」と聞くと「穿いてる」と言う。
「ゆるいパンツは捨てて新しいのを買いなさい。そんなんじゃだめ。お尻の穴まで見えそうだよ。」
「うひひっ。新しくしたいと思っている。」
「新しくしなよ……」
「このパンツはおかーさんが買ってきた。」
「どんなパンツだって古くなったらゆるくなるんだから、そしたら処分しなさいよ……」
「いや、かなり最初からあっという間にゆるゆるになった。それを(おかーさんのために)穿いてあげてる。」
「ありがとうよ……」

バカな母親だが息子もバカだ。
人の親になってからの人生の方が、長くなったことに今朝気づいたが、この息子との関係はこのあとどう変わるんだろう。


by apakaba | 2016-11-08 17:42 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 08月 02日

俗っぽい夢をそのまま書いてみる(恥)

Facebookの機能で「過去のこの日」というものがある。
通知を毎日受け取って、過去の今日に何を投稿していたのかをふりかえれる。
人に見せなくても、自分が書いたことを見るのはおもしろい。
今日、まるっきり忘れ果てていた4年前の今日の朝に書いた投稿が出てきた。

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久しぶりの恵比寿「新東記」



おはようございます。
今朝は堺雅人の夢を見てナイスだった。

夫が堺雅人になってた。
堺雅人は弁護士(リーガルハイ)ではなく産婦人科医で、一晩に難しいお産を3つこなしてへとへと。
昼までで仕事が終わり、義父母も交えて家で食事会をするが、赤ワインがぬるすぎたり冷えすぎたりしている。
私は特大のグラスで、ぬるいワインに氷をざくざく入れてあっという間に飲んでしまうが、堺雅人は疲れすぎていてなかなか飲み始めない。

私は隣室に行って(けっこうなお屋敷住まい)しばらく客人や子供たちと話したりしてから食堂にもどると、堺雅人は冷え過ぎのボトルを胸に抱いて温めていた。
キャアアーそのボトルになりたいと思いながら、ステキな妻らしく余裕の足どりで彼に近づいていって、
「(仕事の成功)おめでとう。私が注ぐわ」
と、そっと胸のボトルを取り上げて、彼のグラスに注ごうとする。
すると彼のグラスにはすでに一杯分のワインが入っていた。
「なんだ、自分でもう入れてるんじゃないの。」
と、ボトルを持ったまま行き場を失い、自分のグラスに注ごうかなと思うが、私のは彼のきゃしゃなグラスと似ても似つかない、バケツみたいな特大グラスで、氷がまだ入っていて、ウワーあたしって夫に似つかわしくない下品な妻だわ、育ちの悪さがこういうときに出るわ、この家に嫁いできたのがまちがいだったわ、としょんぼりする。

でもボトルを取り上げるときに至近距離で見た夫(堺雅人)はすっごいかっこよかった。
ほんものの夫より身長が15センチくらい低いが、男は身長じゃないぞオーラだぞ。



なんですかねこの俗っぽい夢はね。
今日読むまで、さっぱり忘れ果てていた。
なんでも記録しておくと苦笑も含めておもしろいなあ。


by apakaba | 2016-08-02 22:07 | 生活の話題 | Comments(0)