あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:生活の話題( 517 )


2017年 06月 27日

新しい、遠い目標



今年度も、昨年度から引き続き、土日のボランティア講師をやっている。
平日の授業中は、教科のサポートに入っているだけなので、私自身が勉強をじっくり教える機会はあまりない。
でも土日の自習教室で質問をされると、こちらも時間をとって教えることができる。
先週末は、英語で悩んでいた女子に教えたあとで、その子のお母さんから「塾の先生よりずーっとよくわかったって、喜んでました」とお礼を言っていただいた。
うれしい〜。
とにかく中学生に、勉強がわかるようになってほしい!


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4月28日の散歩道


「先生、先生って……ぼくのこと、マークしてるでしょ! 授業中に。」
平日にはそんなこと聞いてこない1年生が、自習時間に言う。
その男子は、真面目だけど授業中にぼんやりしてしまうことが多くて、板書や演習が追いつかないことがしばしばあるので、ちょっとノートを確認する頻度が高い。
でも「マークなんかしてませーん。」としらばっくれる。
「君だけをかわいがってるわけじゃないもん。みんなのことを見て回ってるよ!」
「そうかなあ〜。」


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人生のたそがれどきはいつだろうか


平日には、学習支援という仕事がはっきり決まっているため、いろんな生徒と話せるチャンスがあまりない。
土日なら、ふだんは交流のない生徒とも、ちょっとのんびり話すこともできる。
それも楽しい。
たとえば読書好きな子には「こないだ村上春樹を読んでたでしょ。今は何を読みたいの?」といった会話ができる。

昨年度はボランティア講師が少なくて、実行委員は運営が大変そうだったが、今年度は大学生ボランティアがたくさん入ってくれたので、人材豊富になってますます盛況だ。
控え室もサークルの部室みたいににぎやか!
そんな中、「教員をリタイアしてしばらく経っているんですが、今年度から入りました……」という男の先生がいらした。


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私のような、お母さんみたいなおばさん、ワイワイにぎやかなお兄さんお姉さん、そして自分のおじいちゃんみたいな感覚で話せる、年配の先生。
バラエティー豊かな大人に囲まれて自習するのは、中学生にとってもいい経験だと思う。
期末試験直前の土日、来ている生徒はみんなよく勉強していた。

終了後、控え室で話していると、その年配の先生が、実は83歳くらいということを知った。
なんとまあ! 信じられない!!!!!
その方は、姿勢もぴしっとしていて、白いワイシャツをきちんと着こなし、休むことなく生徒に教えていた。
「リタイアしてしばらく経って」というのはきっと数年で、63歳くらいかな?と私は思っていたのだ。
テニスや卓球もしているとのことなので、体も日々しっかり動かしていらっしゃるのね。
てっきり自分よりちょっぴり先輩くらいと思っていたのに、自分の親より上だったとは。
仰天し、感銘を受けた。


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たそがれどきでも夕陽を受けて輝く


私は、シンガポールでインド人占星術師から「あなたは一生幸せに恵まれ、84歳で死ぬでしょう」という占いをされてから、その占いだけを信じて生きている。
でも、あの先生は83歳で、まだまだ子供の役に立っている。
私も長生きしたい。
そうしたら、私もあの先生のように、おばあちゃんになっても、まだ地域の子供に勉強を教えられるかもしれない。
自分がおばあちゃんになって、今の生徒たちの子供が中学生になって、勉強を教えるところを想像する。
健康のために体を動かして、勉強を続けよう。
学校は毎日楽しいが、またひとつ、新しい、遠い目標ができた。


by apakaba | 2017-06-27 18:16 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 04月 01日

新年度です

今日から新年度。
毎年、年度替わりには、家族の身辺の変化を川底の石のように(←安部公房『砂の女』からのパクリ)見上げているばかりだった私だが、今年度はかなり身辺が変わる!
公立中学校の「学習支援教員」になり、来週から働き始めるからだ。


今一番楽しみなのは、給食!
夫に作っているので、自分の分もお弁当にしてもいいのだが、自分が作ったお弁当って本当につまらない。
私が子供だったころとはちがい、いまどきの給食はおいしい。
一食たった300円程度で食べられるなんて幸せすぎて怖い。
あとは、上履きを買って、学校のセンセイっぽい服をちょっと買って、研修に出たりして準備。
身辺が変わるってうれしいことだな〜。


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先月、近隣の小学校で保護者向けに開催された、発達障害児について学習するセミナーに出てみた。
せっかく採用されたんだから、ちゃんと勉強して、役に立とう。

それにしても、昨年度に始めた、土日に中学生に勉強を教えるボランティアを通して痛感したことがある。
国語(母国語)の軽んじられようたるや。
私は中学高校の国語科が専門だが、中学生英語なら教えられるので英語もよく見ていた。
学校指定のドリル教材があるので、その例文を読んでみると……

「名前、何?」
「かばんの中に、何入ってる?」
「これ、あんまりおいしくない。」
「英語、私には難しいよー。」
「消しゴム何個持ってる?」
「ぼくのラケット使って。」
「チョコレート!」

……がくぜん。
たしかに、英作文には役に立つかもしれない。
会話(口語)をそのまま頭の中で英文に変換するにはね。
だが、勉強というものは、教科を横断して学んでこそ、真の力になる。
この英語教材。国語力は完全無視ですかああそうですか。
助詞はどこへ行ったんですか?
こんな文を読まされ続けるなんて、最悪だ。
そう感じるのは、国語科だからなの?
(ちなみに最後の「チョコレート!」の正解は、「It's a chocolate!」である。)

私は、国語を教えたい。
受験にあんまり必要のない科目でも。
思考を広げ、深める大切な手段が、国語だ。
土日のボランティアは続けるが、週日に私が担当するのは、通常の学級にいるのが困難な子供に限られる。
それでもその子供たちが、もしも自分の内面について思考し、表現する術を持たずに苦しみを抱えているとしたら……国語を勉強することで、苦しさから抜け出すための穴を、少し広げられるかもしれない。
私にも困難が待ち構えているだろうけれど、やっぱり楽しみだ!


by apakaba | 2017-04-01 22:46 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 03月 11日

中学校の学習支援教員に採用された

東日本大震災から、今日でちょうど6年だ。
2年前の今日はこんなことを書いていた。
今でも影絵人形劇の活動は続けている。
これに加え、今年度からは、近隣の中学校で土日に勉強を教えるボランティア講師も始めた。

今年度の回は、先月で終了した。
おかげさまで、今年度はこの教室の評判は昨年度に比べて格段に上がったという。
お嬢さんを通わせている実行委員の方から、
「昨年度よりも先生たちが真剣に教えてくれるから、遊びっぽい雰囲気がなくなって、集中しやすくなったって娘が言っていました。
と、講師の皆さんにお礼の言葉をいただいた。
ブログに書いたことが生徒のみんなに伝わっていることがうれしかったし、講師の方々が熱心に取り組んでいることもうれしかった。
いくら私一人が真剣にやろうとしても、他の皆さんに熱意がなければ雰囲気は変わらない。
来年度もこの講師メンバーに続けてほしいという依頼を、皆快諾していた。

というわけで、私も引き続き、中学校でのボランティア講師をすることになったのだが……実は、4月からこの中学校と同じ学校で、これとは別に、さらに仕事をすることになった。
学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症等のために学習面で困難を抱える生徒に対し、学習の支援を行う「学習支援教員」という仕事である。
4年前、不登校児が通う施設で学習支援をする仕事に就きたくて、何度か応募したことがあった。
しかしいずれもなしのつぶてで、あきらめていた。
ところが、ここ数年のうちで、不登校児の支援教室とは別に、より問題が顕在化している子供に対する支援が本格的に動き出し、近隣の中学校でも学習支援教員を置くことになったのである。
これに応募してみた。

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本文とは関係ありませんが、くじらのユッケ。
くじらが大好きです!!


久々に履歴書を作り、教員免許状の写しを用意して、課題の作文を書いて一次選考通過、教育委員会で面接を受けて、採用された。
面接は深い内容の質問を次々とされて、これは若いころに受けたら絶対に通らないだろうと思った(おばさんはしゃべるのが上手になるもので……)。
一次選考の作文は、このブログに書いた文章と似た内容のことを書いたので、自信があった。

私は、すべての子供は幸せになるべきだし、そのためには絶対に勉強をしなければならないと思っている。
目標は難関大学に入ることとか、そういうことではなくて、その子に合った最大限の努力をして、自分の幸せを自分で選べる権利を獲得できるよう、勉強をすべきだ。
くりかえし書いているが、世界の不幸は、正しく教育を受けられなかった人間が引き起こしていることばかりではないか。
そしてその犠牲になっているのも、正しく教育を受けられなかった子供。
世界の不幸を減らすのは、正しい教育を受ける子供を増やすことしかないと思う。
大人は、子供がその子に合ったレベルで(←これも大事)最大限に力を発揮できるよう、さまざまな形で手助けをするべきだと思う。
私の始めたボランティアなんて、たいした力にもならないけど、それでも、大人になっていく途中の子供の、知への入り口を開きたい。

上記リンクの「後編」の最後に書いたことだ。

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くじらのベーコン。
そのへんのベーコンとは!まるでちがいます!!!


教育が大事だ。
子供に対する、正しい教育が。
昔からずーっと一貫して変わらない信念だ。
だからずーっと子供に関わっている。
家庭教師、塾講師、通信添削指導、自宅での塾、保育園、影絵人形劇、休日の講師、そして新しく、学習支援教員だ。
それぞれに大変さがあるが、中でも「健常児」ではなく、特別支援教室に入ることが決まっている「障害児」の相手となる新しい仕事は、きっと困難なことが山ほど待っているだろう。
しかし、「障害児」が、「みんなとはちがう」ことで追いやられ、排除されていくことは、本人と周りの子供たちの情操にとっても、将来的には日本という国にとっても重大な損失ではないのか?

東日本大震災の日に、あらためて書く。
今、日本はより排他的な方向に向かっていると感じる。
弱者を切り捨て、いないものとして、内向きで短期的な快適さだけを求めているように見える。
自分の仕事が、多様性を認められる、包摂的な社会に向かえるための、ほんのわずかでも責任を担えると信じている。
専門家でもなく、担任でもない、本当にちょっとだけの仕事だけれど、逆に専門家でも担任でもない立場だからこそやれることもあるのではないか?
私のすることは、微力だが無力ではない。


by apakaba | 2017-03-11 18:29 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 01月 16日

たいへん遅くなりましたが、今年の抱負

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はい。毎年お見苦しい文字でどうもすみません。
今年も、毎年恒例「ササニシキ」による絵馬でございます。
3月に大学院を卒業する「ササニシキ」は、晴れてプー太郎に。
あまり長くそのままでは困るので、いい仕事が見つかるようにというわけで。

私も、つい先日、去年の支払調書を見てガックリ。
おととしの金額の半分くらいじゃないの。
自分ではたくさん書いたつもりだったのに、去年はまるっきり書いていなかった時期もあったのでね。
今年は私の収入増も祈念してみることにします。

今はインドの記事がず〜〜っと載っています。

私のページ。
3月半ばくらいまで、インド続きです。
どっちにしろライターだけでは飛躍的に収入が増えることはないので、新しい仕事を始められるといいな〜。


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12月の散歩道


「ササニシキ」に「仕事の仕という字のつくりは、下が短いんだからね。武士の士と同じなんだから!」と言うと「うっひゃっひゃっひゃ!」と笑い転げる。
そんな「ササニシキ」も、私も、仕事にありつけますようにー。


by apakaba | 2017-01-16 22:50 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 01月 01日

自分に宛てる手紙、10年経ちました

あけましておめでとうございます。

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「アキタコマチ」が作ったきのうのディナー。
豚ヒレのバスク風ナントカ。
クレソンのリゾット。
バスク風ナントカは「アキタコマチ」が考えた料理らしい。
リゾットは「アキタコマチ」の自信の品で、「東京で一番おいしいリゾットはオレが作ったリゾット」だそうだ。


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焼いた菜の花に、オレンジの角切りをのせる。
香ばしく、ほろ苦くておいしい。
おせちも大掃除も、子供たちがみんなやってくれるので、いつの間にか年末は楽な日々になっちゃった。
昔はあんなに大変だったのに。


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毎年恒例、自分に宛てる手紙読み中。
床下収納の縁の下に、1年後の自分に書いた手紙を入れておく。

10年続けているのか。
いつまでやるかなあ。

子供は頼もしくなり、私は年々虚弱さが増していきますが〜、子供が頼もしくなっているから大丈夫。
今年も1年、よろしくお願いします。


by apakaba | 2017-01-01 14:24 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 12月 31日

年末所感

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海外旅行の記事を書く仕事を始めてから、ブログを書く気力体力がほんとになくなった。
来年はもう少し仕事を増やしたいので、さらにここを書く回数が減るかも。


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ゆうべ、次男「アキタコマチ」が焼いてくれた。
手前がハモ、奥があなご。
いずれも驚愕の大きさと味。



この1年をふりかえって実感したことは、難聴がすすんだこと。
とくにこの数ヶ月の間で、聞き取りそびれたり、人に聞き返す回数が増えた。
今までは自分の声が頭に反響する症状(自声強聴)がつらかったが、聴力の低下を実感し始めている。

でも、楽しいこと、うれしいことを増やそう。
聞こえの不調を忘れるくらいに。

来年もがんばりましょう!


by apakaba | 2016-12-31 13:14 | 生活の話題 | Comments(2)
2016年 12月 25日

メリークリスマス

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メリークリスマス。


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同じツリーも別のものに見える。
今、目の前に見えているものは、それだけじゃなくて、別の面、別の顔もあるのかも。


by apakaba | 2016-12-25 22:12 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 12月 01日

根津美術館「円山応挙」展と、ヱビスビール記念館

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根津美術館の「円山応挙」展に行ってきた。

これだけの展示数の円山応挙を一度に見たのは初めて。
「写生図巻」の誠実で正確な写生の力に目を見張る。
どうも兎や鼠の口元に尋常ならぬ興味があったのか、もしくは難しくて練習したのか、全体の写生の横に口元だけのデッサンがあるのがおもしろかった。

動物もいいが、紅葉したり枯れかけたりしている木の葉の描写など、ほんものそっくりである。
子供のころ、O.ヘンリーの『最後の一葉』を読んだ時、「さすがに壁に描かれた葉っぱを本物と思い込むなんて、無理がありすぎる……」と疑いのまなざしだったけれど、応挙ならいけるかもしれないと思った。

根津美術館所蔵の「藤花図屏風」は、かなり人類の宝。
金の屏風に、西洋の油絵のように立体的に描きこまれた藤の花は、実物の藤の花よりも輝かしい美しさを見せる。
ポスターではごく平凡な日本画に見えたのに、これほどきれいだとは知らず。うっとり。
しかし金屏風って美しいなあ。
状態の良い金屏風は、やはり人の目を捉える。

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写ってないけど、庭園に「井筒」がある。
同行の友人は井筒も「筒井筒」も知らなくて、ビックリした。


根津美術館の庭は、ちょうど紅葉が見頃だった。

恵比寿に移動して、ヱビスビール記念館の見学ツアーへ。
参加料500円で、試飲付き。
私はヱビスビールが大好きで、国産ビールはこれ以外ほとんど飲まない。
外国のビールにも、正直いってあまり興味がない。
それくらい好きで、毎日飲んでまったく飽きない。
この日はふつうの金ヱビスの生の他に、いつもの試飲にはない贈答用の限定品「和の芳醇」を試飲させてもらえた!!!
ありがとうございまーす!

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1900年のパリ万国博覧会で、ヱビスビールが金賞を獲得したそうだ。
さすがだ!!!
これは受賞記念の贈答用木箱。
「この中に何本のヱビスビールが入っていたでしょう」というクイズを出される。


少し酸味の感じられる、さわやかなホップの香りが素敵。
とにかく家から出ない生活なので、たまに出かけるととても楽しい。
そして若いカップルはものすごくベタベタしていることにも驚いた。
「いまどきの人は、あまり恋愛をしない(そしていきなり結婚する)」ということが、クローズアップ現代+の放送から、数日前にネットで話題になっていた矢先だったので、「いや〜そうでもないぞ」とちょっと頼もしくなったのだった。
(リンクはトゥギャッターですスミマセン)


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おいしうございました……!


過去に根津美術館に行った時の記事はこちら。写真満載です。



by apakaba | 2016-12-01 14:20 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 11月 21日

ママ友のお通夜に行く

ゆうべ、ママ友のお通夜に行ってきた。
娘が幼稚園から中学卒業までの間に一緒だった人で、さほど親しくなかったが長いお付き合いだった。
大学生の娘の友達と、そのお姉ちゃんの二人姉妹は、そろってしっかり者だから、もうおうちのことなどは助け合ってきちんとできると思う。
それより、これからさまざまな悩みを乗り越えていくはずの二人のお嬢さんは、女性の先輩としてのお母さんと、もっと話したかっただろう。

斎場に着くと、昔のママ友の顔がたくさん見えた。
幼稚園の卒園以来、ほとんど会っていない顔などを見ると、あの当時ののんびり過ごしていたことを思い出す。
私はものすごく泣いてしまうタイプなので、もっと楽しい場での再会を願って、誰とも話さないよう遠くに並んだ。
パパと二人のお嬢さんは、涙も見せず気丈に並んで立っていた。
長く臥せっていたというので、心の準備はできていたのだと思う。
こちらは寝耳に水だったから、やっぱり正体なく泣いて、「いないいないばあ」の「いないいない」のように顔全部を両手で塞いでいた。
娘と同級生のお嬢さんは、しばらく会わないうちにスッキリと美しく成長していた。
そしてお姉ちゃんの方は、喪服も着物姿で、もうすっかり一人前の女性になっていた。
小学生の頃、「あっ、『コシヒカリ』ちゃんのママー」と手を振ってくれていたことを、私の顔を見てお姉ちゃんは思い出してくれただろうか。


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亡くなった日の空



パパはまだまだ現役でお勤めだし、金銭的に困ることはないと思うが、それでも自分の子供たちと同年輩のお嬢さんたちを見ると、ほんの少額でもお香典を持って参列してよかったと思う。
いくら未来のある若い人を応援したくても、私が直接にできることは何もない。
これが最初で最後の、直接渡せる現金だ。
「がんばって」と心の中で祈った。

亡くなったママと、最後に話したのはいつだっただろう。
最後に会った時、とても幸せそうだった。
長らく専業主婦だった彼女は外で働き始めて、「毎日勉強になることばかりよ。私ってなんにも知らなかったんだなあって。とっても楽しいの!」と、職場の楽しさとやりがいを話していた。
それまでは、パパのことと娘たちのことしか話していなかったから、「ずいぶん幸せそう。仕事を始めて、すっかり変わって別人みたい!」と驚いたのだ。
周りのママ友も、口を揃えて同じことを言っていた。
その幸せそうな姿が、昔のママ友の間での、共通の思い出になったのだった。


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その翌日の空



人が亡くなると、その人にまつわることをとりとめなく思い出す。
そして自分の身に置き換えたりする。
もし今、私が死んだら、ママ友はやっぱり「ミタニさんと最後に会ったのはいつだっけ」とか「いつもこんなことを言ってたよね」と話したり思い出したりするのだろうか。
私が死んでも、私が書いたものは山のようにネット上に残る。
ブログや仕事の記事を読んでほしいなあ。
私を知ってほしい。
私の考えていたことを。
生きていた印を残したい。

しかしママ友が亡くなるのって堪(こた)える。
他のつながりとは違った重さを感じる。
ご本人の分と、その小さかった子供たちの分と、考えることが増えるからなのかな。


by apakaba | 2016-11-21 16:38 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 11月 08日

見た夢をそのまま書いてみる(誕生日)

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本文と関係ありませんが、早稲田大学近辺にある、悪夢を見そうなビル。
昔からあった。
革マルのアジトとかいわれていたけど、ほんとはそんなことありません


母と二人でバス旅行に行くことにした。
だが母は実際の母とはぜんぜん別人のようだ。
とても体が大きい。
いや、私の体が幼児並みの小ささになっているのかもしれない。
でも心の中は、現在の自分だ。

いろいろな観光スポット(一つも覚えてない)をまわり、すでに暗くなってきて、休憩のあと乗客はバスに乗り込む。
私は母の胸に抱っこされて席に着く。
やっぱり幼児だ。
もしくは母が巨人。

バスは異常な勾配の坂道を下り始める。
その角度は、道路の角度ではなく、ジェットコースターの角度だ。
それを猛スピードで走っていく。
乗客は皆、恐怖のどん底。
あちこちから叫び声が上がり、パニックになるが、運転手の姿はわからない。
こんな状況では席を立つことができないから、それぞれの席にしがみついたまま、運転手に「止めて!止めて!」とむなしく叫ぶばかりだ。

私は抱っこされているので進行方向の後ろ向きになっており、まるで背中から落下していくような恐怖を存分に味わう。
私はジェットコースターならどんな激しいものでも怖くない。
でもこんな異常な坂道で暴走するバスは怖い。
自分が泣き叫んでいるのか、声も上げられずに震えているのか、それもわからない。
バスは他の車やバイクを今にも引っかけそうになりながら、猛スピードであぶなく脇をすり抜けて行く。
そのたびにキャーッという絶叫と、嗚呼という安堵の嘆声が上がる。

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ある日。
ネパール料理店のパニプリ。
コロコロ、かわいくて大好きなスナック



はっと気づくと、また休憩になっている。
私は靴紐が何メートルもある白いスニーカーを履いている。
スニーカー自体はプレーンな形だが、紐が何メートルもあるから、それが足の甲のところで束にまとめてあって、とても邪魔くさい。
私はその靴紐の束を頬張る。
邪魔だから食べようとしている。
埃くさい、スニーカーのにおいが鼻をつく。
なぜ私の夢は、しばしばにおいがあるんだろう……と、いうところで目が覚めた。

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ある日。
ハラミステーキ、おいしうございました



今日は長男「ササニシキ」の誕生日だ。
朝、学校(大学院)へ行く前に、コーヒーを淹れていた。
長身なので、台所でわずかに腰を屈めている。
スエット上下を着ているが、ズボンが下がって、下着のパンツもゴムがゆるゆるで一緒に下がって、お尻が半分くらい出ている。
びっくりして、「あんたパンツ穿いてないの」と聞くと「穿いてる」と言う。
「ゆるいパンツは捨てて新しいのを買いなさい。そんなんじゃだめ。お尻の穴まで見えそうだよ。」
「うひひっ。新しくしたいと思っている。」
「新しくしなよ……」
「このパンツはおかーさんが買ってきた。」
「どんなパンツだって古くなったらゆるくなるんだから、そしたら処分しなさいよ……」
「いや、かなり最初からあっという間にゆるゆるになった。それを(おかーさんのために)穿いてあげてる。」
「ありがとうよ……」

バカな母親だが息子もバカだ。
人の親になってからの人生の方が、長くなったことに今朝気づいたが、この息子との関係はこのあとどう変わるんだろう。


by apakaba | 2016-11-08 17:42 | 生活の話題 | Comments(0)