あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:生活の話題( 516 )


2015年 09月 04日

コーシローの足の具合い

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おととい、急にコーシローが左後足を持ち上げて、三本足で歩くようになった。
もう9歳半でいい年なので、だんだん体に不具合が出てもおかしくない。
左後足が少し腫れているように見える。
関節炎か、腫瘍ができたか、椎間板ヘルニアとかその辺かなあ?

ネット検索しようと思い、「犬 足」と打ち込むと、すぐ「犬 足 びっこ」と予測で候補が出てきた。
同じことを検索している人がいっぱいいるのね。
それにしても、「びっこ」って差別用語になったんじゃ、なかったの?
びっこという言葉自体は差別用語ではなくて、人間を指して使うと差別になるのかな。
犬ならいいのか。
トカナントカ。

動物病院に行くと、毎度なんだかんだと軽く20000円は吹っ飛ぶので、ほんとは行きたくないけど、重大な病気だったら早めに行くに越したことはない。
悩ましい飼い主ゴコロよ。


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悩みなどなくてただストレートに病院が嫌いなコーシロー。
暴れて嫌がるのを押さえ込み、診察してもらうと、予想していたような病気ではなかった。
左後足が腫れているように見えるのは、骨の形がそうなっているだけで、一種の奇形だった。
今まで注意して見ていなかっただけなのね。
この犬は、両前足にも奇形があって、小指(というのか)が地面に着かない。
だから小指の裏の肉球は柔らかいままだし、爪が猛烈に伸びてしまう(冒頭の写真にもチラッと写っています)。
後足も奇形か。
顔はいいけど、こういう犬は、コンクールには出せないタイプだ。

後足を痛そうに持ち上げているのは、奇形のために足裏の着地の角度が悪いせいと、爪が伸びすぎていて肉球が持ち上がり気味になり、それも着地の角度が悪くなっているためとのことだった。
爪を切るのが大嫌いで、家でなかなか切れない。
奇形の長く伸びすぎた爪だけ、たまに必死で切るだけ。
他の爪など散歩で勝手に削れると思って放置していた。
(だって爪を切るだけで1080円かかるんだもん。)

押さえ込んで爪を切って、消炎鎮痛剤が出て終わり。
5000円也。
実は50000円は覚悟していたので(手術になると10万円かなあとか)、心底ほっとした。
そして、原因もわかって、重大な病気でもなくて、ほんとによかった。
苦しみが長く続く余生じゃお互い悲しいもの。
まあ犬の場合、いつから余生になるのか知らないけど。

私はあまり犬を猫可愛がりする飼い主ではなくて、割と冷淡なタイプなのだけど、きのうはさすがに心配した。
費用も心配だったが、いろいろ悪い想像をしていたときはかなり不幸だった。
うれしくなって、奮発して常陸野ネストビールの「アンバーエール」を買っちゃった。
そしたら夫はヤッホーブルーイングの「インドの青鬼」を買ってきた。
贅沢。祝杯。


by apakaba | 2015-09-04 07:07 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 08月 28日

7月からの仕事

一ヶ月前、7月28日に撮った。
お稲荷さま、もう夏を終わりにしてください。秋にしてください。
真昼の炎天下、朦朧となりながら撮ったままにしていたが、一ヶ月経ったら、ちゃんと秋めいてきている。
日本の四季は忙しいのね。

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7月から新しい仕事を始めた。
といっても媒体は同じ「エイビーロード」なのだけど、文章やキュレーションではなく、テーマに沿った写真を用意し、120字以内でキャプションをつける。
モアレポ」というコーナーだ。
このコーナーは、トップページからだと左下のほうに1枚だけ出てくる(毎日更新)。
サイト内のページの構築がうまくできていない(トップページを離れるとなかなか探せない)のと、写真のリンクがうまく張れないのが難点だが、まあギャラが出るだけありがたい。

というか、始めてみたらかなりおもしろい。
出されたお題に当てはまる写真があるか、自分の手持ちを探すのもおもしろいし、ぴったりな1枚を見つけたときはうれしい。
そして120字という制限内での表現は、国語の問題を解くように快感だ。
ずっと続けたいがネタが尽きたらお払い箱だな。
クビになるまで、がんばろう。


by apakaba | 2015-08-28 22:28 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 08月 26日

死んだメジロ

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きのうの朝の散歩のとき、道の真ん中にメジロが落ちて死んでいるのを見た。
雀や鳩はしばしば無残な姿になっているのを見かけるが、メジロが死んでいるのは初めて見た。
“かわいい”と反射的に思った。
左右の羽をからだにぴったりつけて、「気をつけ」のような恰好で、首だけ右側に向け、二本の足はがにまたにちょこんと伸びていた。
飛ぶのをきゅうにやめて墜落したみたいな恰好だった。
血が出たり、内臓が飛び出したりという外傷がまったくなかった。

横顔はなぜか手塚治虫が描く漫画みたいに見えた。
白い縁取りの目はかたく閉じられ、口(くちばしというより口)はわずかに開いていた。
通り過ぎながら、
「表情筋のない生き物は、死んでも生きているのとあまり区別がつかないものだな。これが犬や猫だと、顔に苦しみが浮かんでいてかなり見ていられないけど、小鳥はあんなふうに死ぬと可憐だな」
と思っていた。

あんな道の真ん中で、車に轢かれたらつぶれてしまうだろう。
野良猫が気づいて運んでくれればいいけど。
「コシヒカリ」だったら拾ってきちゃうんだろうな。

夕方の散歩のとき、気になってまた同じ道へ行ってみた。
死んだメジロを見て、思わず「プッ」と吹き出した。
死んだメジロは、朝とまるで同じ場所で同じ恰好のまま、紙のようにぺっちゃんこに、まるで道路に鳥の模様が印刷されているみたいに、ぺらっぺらのぺっちゃんこにつぶれていた。
「車に轢かれてぺっちゃんこ。ぺっちゃんこはせんべい。せんべいは……」と口をついて出そうになるほど、見事なぺっちゃんこぶりだった。
不思議なことに、それでも血はまったく出ていず、内臓も飛び出していなかった。

今朝、また気になってあの紙のように薄くなった小鳥を見に行った。
こんどは、跡形もなく消え失せていた。
跡形もないので、道のどの辺りに落ちていたかももうわからなくなった。
こんどこそ野良猫かたぬきが、路面から苦労しながらはがして持ち去ったのだろうか。
早起きの近隣の人が、はがしたのだろうか。

跡形もなくなって初めて、あの小鳥は死んだのだなあと思った。
散歩をしていると、足元にはさまざまな生き物がぺっちゃんこになって死んでいる。
ミミズ、いろいろな虫、ヒキガエル、カナヘビ、そんなのは毎日見る。
でもあのメジロはかわいかったな。
朝と夕方と翌朝と、見事な変貌だった。


by apakaba | 2015-08-26 22:22 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 08月 14日

“コロール、ソンソル、トコベイ”

夫の祖父は医者で、第二次世界大戦当時は軍医(少尉)として南洋に行っていたという。
夫はおばあちゃん子で、子供時代は祖母にべったりだったらしいが、意外と祖母の話をよく聞いていなかったようで、嫁に来てからは私の方が、よく祖母の話し相手になっていた。
祖母は2008年に他界した。

まだ元気で、私ともよくしゃべっていた時代、
「おじいさんは兵隊に付いて南の島にあっちこっち行ったのよ。手紙が来たけど、ええと、“コロール、ソンソル、トコベイ”って書いてあったわ!」
と、くりかえし言った。
夫はなぜかその地名をまったく聞いた覚えがないと言うが、私は呪文のようなその言葉をずっと覚えていた。
コロール、ソンソル、トコベイ?
太平洋の島々にまるで詳しくない私は地名を聞いてもどこだか浮かばず、地図を見てやっとわかった。
この辺りでは「トコベイ人形」という民芸品がお土産の定番らしいというのも知った。

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うーん、素朴だ……。
夫の祖父は、兵隊さんの治療の合間に、現地の人たちのこともちょいちょい診てあげて、感謝されて果物や魚などの食べ物をもらったという。
そのため、敗戦して日本に帰ってきた祖父は予想より元気そうだったという。
なんかハートウォーミングな話ね。
この素朴な人形のような人々が、夫の祖父のもとを訪ねていたのだね。
そんなふうにして痩せこけもせず無事に帰ってきた祖父は、50代で病気になりあっけなく他界してしまった。

義母は医者ではないが、父親(夫の祖父)の産婦人科医院をずっと手伝っていた。
私にこんなメールをくれたことがある。
「夜中に一人で未熟児の保育器を準備していたり、お産の手伝いをしていると、父がそばについていてくれるような気がします
父がしてきたことをきちんと受け継いでいると思うと、夜中に起きていてもちっともつらいともさびしいとも思いません」

きのうは仕事で、ボルネオ島唯一の鉄道路線の記事を作っていた。
「その鉄道はイギリス植民地時代に敷かれた歴史のある路線だったが、1944年、第二次世界大戦末期に日本軍によって壊滅的に破壊された」と書いた。
あとちょっと、日本軍が上陸するのが遅かったら、そこまでメチャクチャに壊されることもなかっただろうに。
戦争中、日本人はいろんなところへ行っていろんなことをしていたんだな……
何が正しかったのか、それは後の時代になってわかってくること。
さなかにいた人々は、皆それぞれに自分のすることをやっていた。

“コロール、ソンソル、トコベイ”でしたことを聞かされたから、義母は父親の死後もがんばって医院を守り抜いてきたのではないか?
自分を保つことは、平時ですら大変だ。
大酒飲みで、女性によくモテたという夫の祖父は、それでも根源的なやさしさや正しさを持った人だったのだろうと想像する。
苦しんでいる人は助けたいという医者の本能。
会うことは叶わなかったが、夫の祖父の心は、義母に受け継がれているのだろうな。


by apakaba | 2015-08-14 13:07 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 07月 29日

身辺のこと/「コシヒカリ」の誕生日その他

一応、今月分の原稿を出せたので、今日は仕事しないでだらだらと身辺のことをつづる。
もともと、大方の人にとっては、個人ブログなんて身辺のことをだらだらとつづるためにあると思うのだけど、商業ベースで文章を書くようになると、ちょっとでも時間があれば書いてお金にしようとする癖がつく。
だからブログは永久に後回しになってしまうのだ。
身辺のだらだらは、SNSに漏らすだけ。

でも、たまに知り合いから「ブログ読んでますよー」と言われると、なんか書きたいとも思う。
とりあえず、最近の報告から。

娘の「コシヒカリ」の18歳の誕生日は、家族そろってお祝いできた。
「アキタコマチ」がちょうど定休日だったので、料理を作ってくれた。

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とりもものコンフィ。
炊飯器にお湯を張って、ビニール袋を使って作っていた。
ローストしたベビーポテトが付け合わせで、鶏から出た肉汁のソースははちみつを使っていてよく絡む。

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ピッツア・カルツォーネ。
いかやあさりが入っている。
トマトソースもあっさり。
ピザ生地を作って、あまった生地を「コシヒカリ」に触らせていた。
「さあ、思う存分触りなさい。」
と「アキタコマチ」が言って丸いふわふわの生地を持たせると、喜んでいつまでも握っている「コシヒカリ」。
妹はいいねえ。

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スコットランド旅行記を、ここに書いていきたかったけれど、もうとうてい無理だ。
残念、でも時間がないからしかたないや。
だが、エイビーロード内の旅コラムコーナー「たびナレ」では、すでに30本近くスコットランドの記事を書いちゃった。
なので、たびナレの記事をここに張り、写真だけを載せていくことにする。
旅行のアルバムということで。
たびナレだと小さい写真を1枚しか出せないからねえ。
スコットランド旅行記は、今まで2回分だけ作ったが、その分は最後に記事リンクをまとめて張った。
こちらもぜひ読んでください!
SNSをやっている人は「いいね!」もお願いしまーす。
私のページはこれです

これの他にやっている仕事は、リクルートのまとめサイトギャザリーの「旅行・おでかけ」コーナーで、私のページはこれです
これも折を見て、案内を載せていきたい。
あと、新しく始めた仕事で、エイビーロードの「モアレポ」というコーナーもあるが、これは8月からスタートするので、また案内を載せる。

私に仕事を振ってくれるボスは前原さんというベテランライターさんで、『地球の歩き方』で何冊か主筆を受け持っている人なのだが、この方はしばしば海外に行ってしまう。
取材でも行くし、個人旅行でも行く(結局はそれも記事にするが)。
今は一ヶ月以上ヨーロッパをまわる旅に出てしまい、原稿を書いてメールを送っても着いているのかいないのか、何日も心配しつつ次の連絡を待つ、という日々だ。
心細いのだけど、おもしろい。
昔、僻地から絵葉書を送って、ちゃんと届くのか、どれくらい後に届くのか、と、心細くもおもしろかった気持ちを思い出す。
突如「現在、モスクワでトランジット中です」などと返信が来たりして、それだけでちょっと楽しい。

前原さんはいつも長旅なので、旅先にPCを持って行って、ずっと仕事をしている日もあるらしい。
私も、次のPCはMacBookにしてさらに軽量化して、いつか、将来は旅に持って行って現地でも仕事をしたいな。
よく「旅先くらいはPCを見ないで、紙の本を読んで過ごそう」とか言う人がいるけれど、私はぜんぜんそういうことは思わない。
仕事が負担じゃないんだな。
そもそも負担になるほど書いてないというのもあるが。

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しかし一日中座りっぱなしで原稿を書いていると、太る。
運動しなきゃと思って、毎朝テレビ体操と、筋トレをやっていたら、そのせいか肘が痛くなってしまった。
痛くなって2週間くらい経つが治らない。
筋を痛めたということだろうか。
運動ができなくなり、運動ゼロに戻っちゃった。あーあ。


by apakaba | 2015-07-29 15:07 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 06月 25日

キャリア教育授業の講師になる

うちの子供たちの母校ではない近隣の小学校で、話をすることになった。
「総合的な学習の時間」という授業時間で、「キャリア教育」という学習をしている。
講師依頼を受けて、やると答えたものの、「キャリア教育」というもの自体なんのことやら。

対象は6年生。
20分間の話を2コマ。
今まで生きてきた中で感動したことを話すそうだ。
仕事をとおして「心が動いたこと」を、具体的な例を挙げながら話せと。
だから「赤ちゃんが生まれて感動しました」とか「お客様の笑顔が生きがいです」とかの漠然とした話じゃダメ。
子供の生きる力を育成し、夢の実現の道筋を示す話をしろと。
なんじゃそりゃー。
「あきらめなければ 夢は叶う 信じていれば 道はひらける」
みたいな、J-POPの歌詞みたいなことは言っちゃダメで、もしも夢が破れても、他の形もあるというところも話すんだって。
なんでそんな見ず知らずの子供に私の人生を語るのか不思議だけど、頼んできたのが友達なので、まあ考えるか。

……とか思っていたら仕事の締め切りに追われてしまい、なにも準備してないのにもうあさってに迫ってしまったじゃないかー!
とりあえず、ここに、話そうとしていることをメモ書きしておくことにした。

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私には子供が3人います。
早くに結婚したので、もう大きくなっています。
私の一番の趣味は、旅行です。
いろんな国で、人のあまり知らないような場所へ行くこと、そこで人と話すこと、いろんなめずらしい体験をすることが、なによりも大好きです。
家族の誰かと行くこともありますが、好きなのは一人旅です。

私には特技が3つあります。
「文章が書けること」「人に勉強などを教えること」「演技ができること」です。
将来、「新聞記者とか、雑誌になにか書くとか、文章を書く仕事をしたいなあ」と思ったこともあるし、「学校の先生になりたい」と思って、教員免許を取ったこともあります。
中学生くらいまでは、「女優になりたい」とも思っていました。
でも、大学生のときに好きな人ができて、すぐに結婚して、私はずっと家にいるお母さんになりました。
夢を、忘れたわけじゃないけど、赤ちゃんを育てることが生きがいだったし、働くのは後回しでいいなと思っていました。
それくらい、3人の子供を育てているのは楽しかったし忙しかったですね。

それでもその間、最大の趣味だけは忘れられず、私はいろんな国に旅行に行っていました。(以下、プロジェクターで写真を見せながら)
インドの山奥、チベット民族しか住んでいないヒマラヤで、海抜5000メートルの峠を越えて、テントで寝ていました。
それも立派なキャンプ用のテントじゃなくて、地べたに直接寝るんです。
トイレなどなくて、そこらへんで適当にします。

地球で最も海抜の低い、海抜マイナス400メートルというところにも行きました。
イスラエル、死海のほとりです。
旧約聖書に出てくるモーセという預言者を知っていますか?
そのモーセが亡くなったといわれている山にも登りました。ヨルダンにあります。
今年の4月に大地震が起きたネパールの映像を、テレビで見ましたか?
あの、がれきとなってしまった広場やお寺にも行きました。
パキスタンやインドネシアでは、偶然出会った人の家に泊めてもらい、家の手伝いなどしてしばらく住んでいました。
ウズベキスタンで、英語が一言も通じない町に、一人きりで行ってしまったこともあります。

もっともっと、たくさんの国でいろんなすばらしいものを見ました。
そうやっていろいろな経験をしてきて、いつかそれをたくさんの人に知ってほしいなあと思うようになりました。
そのころにはもう子供たちも大きくなったので、私は自宅で小学生に勉強を教える仕事を始めました。
それは10年近く続けました。
学校の先生とはちがうけれど、「教える仕事」はできたわけですね。

その仕事をやめて、今は海外旅行のウェブサイトに、海外旅行の記事を書く仕事をしています。
今まで自分が行った国で、日本人旅行者がほとんど知らないような行き先を紹介するのはとても楽しいです。
読んだ人たちから、「こんなところがあったなんて、全然知りませんでした!」「あなたの記事を読んで、私も行きたくなって行ってきました!役に立ちました!」と言ってもらえるのは、本当にうれしく、やりがいを感じます。
新聞記者とかではないけれど、「文章を書く仕事」にも就けたわけです。
それも、最大の趣味である旅行のことを書くのですから、書いていてこんなにおもしろいことはありません。
今も近くの国に旅行をくりかえしていますが、ネタのために旅行しているようなものです。
それもやっぱり楽しいです。

私は、旅をすることは、この世界を、近くに、いとおしいものに感じることだと思っています。
自分が、世界とつながっている、この世界の一員であるということを思い知ることだと考えています。
毎日、世界のいろいろなつらいニュースを目にしますよね?
たとえばネパールで地震が起きて、町や村がグシャグシャに崩れているのをテレビで見ても、それを見て自分の町が崩れたように胸をしめつけられる人って、どれくらいいるでしょうか?
私は、大好きなネパール、たくさんの人に親切にしてもらったネパールの地震の映像や写真を見て、何度も涙を流しました。
それは他の国のことでも同じです。
テロで破壊されたり、内戦で荒れ果ててしまった国々のことを知ると、身を切られるようにつらく感じるのです。
あのときやさしくしてくれたあの人は、あの人の家族は、もう死んでしまったかなあ、と想像するのは、いい旅をすればするほど、リアルに苦しいものです。

でもそうやって、自分から遠く離れていても身近に感じられるところがこの世界にいくつもいくつもあることって、本当にすばらしいことです。
自分の「周り」が、とっても大きいんですから。
それが、自分以外の人間に対する想像力になるはずですから。
自分以外の人間に想像力を働かせることは、生きる力として絶対に必要です。
自分さえよければいい、自分の国さえよければいい、そんなふうに、想像力を失った人間は、結局幸せにはなれません。
人のことも幸せにできません。

さて、私の特技はいくつあったでしょう?
3つですね。3つ目の「演技ができること」は、影絵の劇団で活かしています。
私は影絵劇団でずっと主役の声を担当しているんですよ!
いろんな役をやりますが、得意なのは少年役です。
私を見てください。ただのおばさんですよね。
もし私が今から女優になったとしても、おばさんの役しかつかないですよね?
でも影絵なら?
声だけなら?
可能性は無限大です。
おばさんが男の子の声を出すって、不思議じゃないですか?
でもうまくやればできるんですよ。
やってみましょうか。
(DVDで一場面を再生して実演)

うまいでしょう?
私は、声の担当の責任者なので、声をあてるメンバーの演技指導もやっています。
今、小学校や区民センターなどで公演をしていますが、感動的な劇では、見てくれたお客さんが、大人も子供も、先生たちも、校長先生も、みーんな、涙を流してくれるんです。
これは影絵というものの力です。
いくら私一人が名演技をしても、全員が力を合わせなければ、ここまで人を感動させることはできません。
もしも私一人だったら、何回生まれ変わったって、あんなにたくさんの人々を、いっぺんに感動で泣かせることなんてできませんよ。
これは本当にやりがいのあることです。

さて、私の夢はいくつ叶ったでしょう?
ひとつも叶わなかったのかもしれない。
でも、ぜんぶ叶ったのかもしれない。
「文章を書く仕事をしたい」 これは学生のころに考えていたような新聞記者や雑誌記者ではなく、インターネットという媒体に形を変えて、叶いました。書く内容は、一番好きなこと、旅行のことです。
「人に教える仕事をしたい」 学校の先生にはならなかったけれど、自分の家にかわいい子供たちが来て勉強を教えたり、いまは大人相手ですが影絵の演技指導もやっています。
「女優になりたい」 舞台やテレビには出ていませんが、もっと間近に、お客さんの感動を実感できる場所に形を変えて実現しました。

あれ?ぜんぶ叶ったのかな?

こうお話しすると、いかにも私がやすやすと夢を叶えてしまったラッキーな人みたいに思うでしょう。
そんなことはないんですよ!
長く努力することが必要です。
たとえば旅行なら、私は英語以外に、行き先の国の言葉をほんのちょっとだけでも覚えていきます。
これだけでコミュニケーションの深さがぜんぜんちがいます。
子育て中も、文章を書く練習は休んだことがありませんでした。

そして、「自分がやりたいことは何か?」と、常に自分に問いかけ続けることです。
たとえば文章を書く仕事をしたいと考えたときに、いろいろな働き口を探しました。
「医療機関にインタビューに行ってネット記事にまとめる」とか。
「街の新しいカフェを取材する」とか。
ネットでも雑誌でも、いろいろなライターを募集しています。
でも、「いくら文章を書きたいといっても、私は本当にこの内容の仕事で続けられるか?」と自問したときに、続けられる自信がないと思ったものは、応募を取り下げました。
好きなら続くし、好きではないことは続きません。
表面的には続いているとしても、自分の内面的には、続けられていません。
私はそんな仕事はしたくありませんでした。
「嫌なことをしてお金をもらうことが仕事だ」と言う人もいます。
たしかにそれは一面では真実ですが、すべてではありません。
旅行ライターの仕事も、私本来の文体とはちがう文体を求められたりします。
それでもそれはお金をもらう以上、当たり前の修正です。
そうではなくて、やりがいも生きがいも感じなくてとにかく嫌なことしかない仕事は、続ける必要はないと思います。

自分を見つめ続けてください。
まずそこから始まり、そして最終的にはそこに帰ってきます。
毎日ごはんを食べていれば人は生きられるけど、自分という存在を、誰よりも真剣に見つめて考えることだけが、生きる力になります。

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これくらいで20分くらいに、なるかな?
内容、難しい?


by apakaba | 2015-06-25 17:08 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 06月 15日

虫よけネットで法律の勉強?

だんだんと、蚊が出てくる季節になった。
今年も吊るすタイプの虫よけ剤を買った。
玄関に吊るすために外箱を開けていた夫が、
「あああっ!これ、蚊には効かねえぞ!」
と叫ぶ。

「ほら、こんなところに小さく『※本品は蚊を対象とした商品ではありません。』とか書いていやがる!」
「うそ!?じゃあ、なにに効くの?」
「ええとー……『ユスリカ』」
「『ユスリカ』?ユスリカってなに?カなんだから同じなんじゃないの。」

ユスリカは、カといっても蚊とは科が異なる(ややこし)昆虫で、川沿いの遊歩道などに大量発生して蚊柱を作ったりして、通行人の口に入って来ちゃうやつ。
あんなのどうだっていいのに〜。

外箱の目立たないところに3箇所、小さい字で書いてあった。
「なにこれ絶対だまそうとしてる!私みたいにだまされて買っちゃう奴をねらってる!」
弁護士をめざして勉強をしている長男「ササニシキ」に、「これどうなのよ?訴えてやる!」と暴れてみる。

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外箱をじっくりと見ていた「ササニシキ」は、
「ふーむ、むずかしいでしょうなあ〜。」
「どうしてよ!あんた弁護士だろう!どうにかしろ!」

たしかに注意の表示は小さくてあまりにも目立たないが、でも3箇所も書いてあることは書いてある。
「争えるとすれば……(調べる)“不利益事実の不告知”、いや“景表法”、“優良誤認事実”か……でもまあ無理でしょう。」
他にもいろんなことを言っていたが忘れた。
ムカムカしながらも、捨てるのも変だしとりあえず吊るした。

そしたら、夫がしばらくしてから
「あれって、テレビでやってたけど、ほんとは効くんだって。蚊にも。でも薬事法に引っかかるから、蚊に効くと書いたらいけないんだって。」
と言っていた。
なんとまあ。
「虫よけ 蚊 薬事法」といったワードで検索してみると、たしかに。
じゃあ、まあ、いいや。
メーカーも大変なんだな。


by apakaba | 2015-06-15 16:10 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 31日

Apple Watchが来ちゃった

夫が、「夏ボで、Apple Watch をペアで買おうと思うんだが」と言い出す。
「な、なんで。『いらない』って言ってたじゃないの。しかも私もなの?」
「うーんでも欲しくなっちゃって。俺は黒にしようと思ってるんだけど、君、何色がいい?」
夫は業界系のとある有名人と仕事をしていて、その人がつけているのを見て、「俺も欲しくなっちゃったんだよ」。

とくにいらないんだけど、ていうかアーリーアダプターにも程があるでしょ……恥ずかしいよ……
「でも一人で持ってるより、ペアで持ってるほうが何かと楽しいらしいんだよ。」

あとで次男「アキタコマチ」に話すと、
「なにをやってるの……あれは一人で持っててもしょうがないんだよ。」
「うん、だからおかーさんと持ちたいんだって。」
「バカじゃないの(←ものすごいぶった斬りに爆笑した)。あれをペアで持っててなにができるか知ってる?『ハートビート』とかいって自分の今の心臓の鼓動を相手に送れるんだよ。」
「えええええ?」
「『タップ』とか『スケッチ』とかの機能で、相手の時計にトントンと振動を伝えたり、絵を送ったり。」
「それでなんの意味があるの。」
「だからさ、こんなのは日本人の愛情表現に合ってないんだよ。」
「お父さんからそんなのが送られてきても、絶対スルーして怒らせちゃうと思う。そういうのめんどくさくて返さないタイプだし。私そこまでお父さんを愛してない。」

とかなんとか言っているうちに、ほんとに来ちゃった!

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ひええ〜私のだけ出荷されて届いちゃった。
Appleのファンも今回ばかりはみんな様子見なのに、おばさんが早くも持ってるのって、ハ、ハズカシー!
電車とかで注目されちゃう〜。
夫はさっそくいろいろいじってみて、「おおお、文字盤が見やすい!老眼にはいいぜ!!!!!!!!」
最初の感想がそれなの……
たしかに、やっぱり画面は見やすくてキレイ。
なんだかんだカッコイイし、おもしろいのはわかる。
未来来てる感じがすごい。
かつての、世の中の人々がみんな携帯電話を持つのが当たり前になるまでの間のように、世の中の人々がみんなApple Watchをつけるのが当たり前になる日まで、気長に待つよ。


by apakaba | 2015-05-31 17:14 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 28日

また別の、保育園時代の子


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次男「アキタコマチ」が作ってくれた牛タンの赤ワイン煮

今日から、来月の公演に向けて影絵の練習が本格的にスタートした。
小学校へ行き、図書室の前を通りかかると、一人だけ廊下に出てうろうろしている男の子がいる。
クラスの子供たちは、みんな図書室の中で本を見ている。
あの子を見たことがある、あの子も、保育園のパートでおととし担当していた子だ(保育園時代の子)。
1年生の始めならまだしも、もう2年生なのに廊下か〜。

私はその子を、「つーちゃん」と呼んでいた。
つーちゃんは、先生やパートさんの間で、とても難しい子と言われていた。
大人になつかない、甘えるのが下手。
心を開いた相手でないと、絶対口をきかない。
私も、つーちゃんがしゃべってくれるまで、何ヶ月もかかった。

先生には人気がなかったが、男の子たちの間では、つーちゃんは一目置かれていた。
大人っぽいニヒルな風貌がかっこよかったのかもしれない。
つーちゃんは人間の言葉でコミュニケーションをとるのではなく、たまに獣になって、私のところへ来た。
四つ足で、なにかの猛獣になりきって、「ぎゃううー」とか「ううー」といった唸り声だけを発する。
鼻に皺を寄せ、四つ足で広いホールの中を駆け回る。
その擬態は見事だった。
赤ん坊のころからずーっと一緒に生活している(保育園生活は、まさに「生活」である)幼児同士というのは、なんでもすぐにありのまま認めてしまうので、「ああ、今つーちゃんは動物になってんだな」と周りは気にも留めない。
つーちゃんが四つ足で一人走ってみたり威嚇してみたりするのを、注目しているのは新人の私だけだった。
私のところへも猛獣のまま飛びかかってきて、「おお、こわいねつーちゃん。」と言うと、「ぎゃうっ!」と、顔に噛みつきそうにして吠えた。

つーちゃんは卒園して1年生になり、去年の夏休みには保育園の庭を懐かしそうにのぞいていた。
そのころ私はまだ勤めていて、フェンス越しに
「つーちゃん、学校楽しい?」
と聞くと、にこっとして「うん」と言っていた。
そしてせみの抜け殻をフェンスの隙間からくれた。

「うん」と言っていたのに。
図書室の廊下でひとりぼっち、猛獣にもなっていない、ただの小さい子供に戻ってしまったつーちゃん。
「つーちゃん。なんで外に出てるの。」
いきなり声をかけたら、びっくりして見上げる目が少しおびえている。
この子は猛獣になっていないとき、一人でセンチメンタルになって泣いていたりしたな。
しょうがないなー。
君のためにもやろう。
今、私は演技で壁にぶち当たっているけれど、本番までにちゃんと仕上げて、君が夢中になる劇にするよ。
もう私は君の「せんせい」じゃないし、直接してあげられることはそれくらいしかない。


by apakaba | 2015-05-28 22:35 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 22日

保育園時代の子

夕方、犬の散歩で近所の公園を通りかかると、小学校の子供が大勢で遊んでいる。
その中に、おととし保育園にいた男の子が駆け回っているのを見た。

私はその子を「こうくん」と呼んでいた。
こうくんは、先生たちからは人気のない子だった。
先生も人間だから、先生の間で人気のある子とない子がいるものだ。
こうくんは「人の顔や名前を覚えない、扱いづらい子」と言われていた。
私はおばかさんな男子代表のようなこうくんが好きだった。

こうくんは夕方の自由遊びの時間になると、毎日興奮して私に飛びついていた。
だだっと走り寄って両手でおっぱいを掴む、通りすがりにお尻をばしっと叩く、そんなセクハラを毎日受けていた。
先生は怖いから先生にそういうことはしないが、パートの人間は身近なので、子供の方も甘えてなれなれしくする。
こうくんは私のことを「あんた」と呼んだ。
私の名前を覚えられなかったのだと思う。
「あんたってさあ、お母さんみたい。先生じゃないみたい。」
「あんたって、おばさんなの?おねえさんなの?」
と、保育園で勤め始めた私に言ってきたのは、こうくんだった。

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今日のお昼ごはん


卒園したら、いじめられないといいなあ、物心ついたときからずっと一緒だった保育園の友達と別れて、この子は大丈夫かなあ。
先生たちも心配していたし、私も心配だった。

今日、笑顔で走り回っているこうくんを久しぶりに見て、ほっとした。
私が遠くからにこにこしてこうくんを見ていると、ゲラゲラ笑った表情のままで、私と目が合った。
こうくんは、私のことを忘れてしまっただろう。
通りがかった散歩のおばさんにしか、見えていないだろう。
でも満面の笑顔で目が合って、通りすがりのおばさんにも笑ってみせてくれた。

来月、小学校で影絵の定期公演をやる。
君のためにやるよ。
君のために練習して、いい声を出そう。


by apakaba | 2015-05-22 22:42 | 生活の話題 | Comments(0)