あぱかば・ブログ篇

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カテゴリ:旅行の話( 74 )


2017年 10月 04日

香港ディズニーランド

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かぼちゃでできた、顔色の悪いミッキー


娘の「コシヒカリ」が香港ディズニーランドに行きたいという。
私もちょうど特典航空券が使えるし、娘は「自分の旅費は自分で出すから」と殊勝なことを言うので、金曜夜の深夜便、土日で現地一泊、日曜夜の深夜便で月曜早朝帰国の強行軍で行ってきた。
現地からFacebookに投稿していたので、それをつなげて加筆し、簡単に旅行記を作ることにした。
写真はFacebookよりも少し差し替え、プラスしていく。



ハロウィン仕様のディズニーランド。
香港、暑い〜〜

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ほおがこけて病み上がりのようなプーさん


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「せかいじゅう」と我が家では呼び習わしているイッツ・ア・スモール・ワールド。
久々にうたた寝しないで全部見た。


誕生日は過ぎたのに誕生日扱いされて幸せなステイ。
ただのタオルだけどかわいいー。


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誕生日を何日か過ぎていたが、おまけしてくれた模様。
大きなバッジもくれる。
これを付けているとパーク内でちやほやされるので、娘にあげた。


私はディズニーランドではパレードやショーを見るのが好きだ。席取りまではしないけど。
ミッキーの動きがずいぶんカッコいいので驚いた。
モテオーラがすごい。
ミッキーってこんなに色男風の動き方をするのか。気づかなかったねえ。
顔も声もあんななのに、動きだけオトナの男よ。


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この山車(フロートというらしい)に乗ったこのミッキーが、特別カッコいい動きをしていたのかもしれない。


ライオンキングのショー。
アフリカが舞台らしいので、主役級は皆黒人、歌いまくる。
メチャクチャ歌がうまい。
すばらしー。
いつかアメリカでミュージカル三昧とか、したいなあ。

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私はティモンが好きなので、登場すると盛り上がる。
が、歌は主役たちが抜群であった



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ディズニーの物語の中を旅するというショーも見た。
ニューオーリンズを舞台にした映画の歌も黒人女性が歌っていて、圧倒的歌唱力にうっとり。
やっぱり私は人の声が好きだ。
どんな楽器よりも、生の声には感動する。


アイアンマンエクスペリエンス。
香港を舞台にしているところがとてもいい。
緑の島ランタオ島から飛び、斜張橋をくぐってあっという間に中心部へ。
香港らしさ大満喫、数分間の香港観光。
香港が好きならおもしろさひとしお。
うーん、すばらしい。


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とにかく空いているので、こうした凝った展示(ライドまでの通路が、“香港にあるトニー・スタークのビル”という設定になっている)もみんな素通り。
もったいない〜〜〜。

アイアンマンエクスペリエンス、安全確認画面にさりげなく映り込み爆笑するスタン・リー!
あわわわわわ。
並んでいたインド系の子供たちが口々に「スタン・リー!」と叫ぶ。
いつも思うが、名作や売れてる映画はある程度見ている方が、何かと楽しい。
ここもアイアンマンやマーヴェルをまったく知らない人と見ている人では、楽しめ方が違うだろう。

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ちなみに「コシヒカリ」はナマ・スタン・リーに会い、サインをもらったことがあるそうだ



ディズニーランドなのに、なんでもおいしい!
さすが香港。
韓国式定食、バカウマ。
スープのおいしさたるや。
オリジナルのフレッシュ西瓜ジュースもおいしい!!
ディズニーランドであれもこれも食べたくて迷うなんてー!


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インドネシアのサテー。
このほか、インドカレーも本格的(インド系の来場者多数)。
ホテルの朝食でもしっかり豆乳。さすが中華圏。

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高級中華料理店みたいだけど、ただのフードコート。
この気合の入り方は!
大陸からのお客様はあくまでカジュアルだが、味にはうるさい!
さすが香港。



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アフタヌーンティーは、このドリンクじゃなかったらね。



ミスティックマナーは日本にはないアトラクションで、予想外のおもしろさ。
特にパンダへのヒドい仕打ちが。爆笑。
日本人のパンダ信仰は厚い。
パンダをこんなに雑に扱うのは中華圏ならでは。
酷い目にあうパンダの表情が、お、おかしいー。

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パンダは誰だって好きだけど、日本人はとくにパンダを下にも置かない。
ここでは屏風絵のようなものに描かれていたパンダが吹っ飛ばされてしまう。
恐怖と戸惑いの表情を浮かべるパンダ、日本ではありえない扱い。


香港ディズニーランド、たまにキャプテン・ジャック・スパロウが現れる。
写真を撮ろうとすると、敵のキャプテン・サラザールに追いかけられて逃げていってしまう。
夜の花火はさすが中国花火と爆竹の伝統芸、火薬多めですばらしいショー。
眠れる森の美女の城(東京より小さい)にディズニーの物語がプロジェクションマッピングで映され、その世界観に合わせた花火が上がる。
プロジェクションマッピングと光のコラボは今や世界のどこでもやっているが、やっぱりディズニーの完成度は高い。


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女性ファンに追いかけられると、この純情そうなボーイを盾にして逃げて行く。


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「カリブの海賊」のアトラクションは、ない。
ないけどこのコスプレの人がひょこひょこっと現れてはいなくなる。
なんだかおもしろい。


金曜の夜出発、土日の2デイズで月曜早朝に帰国したが、とても疲れた。
やってはみたがやるもんじゃないね。
だが香港ディズニーランド、食事のおいしさ(これは特筆)、ホテルの作り込みのレベルの高さ、小回りのきくコンパクトな園内、東京とちょっとずつちがうアトラクションのおもしろさ、サービスの良さ、アイアンマン・エクスペリエンスの香港ラブな映像など考え合わせてみるに……

結論: 香港ディズニーランド、超最高

ヘビロテありレベルのオススメだ。
まあ私が香港が好きというのはあるが。
旅行投稿などを読むにつけても、ディズニー好きって香港が好きとかとは関係なく、とにかくディズニーを追ってどこまででも行く人たちだから、香港に行くという要素は限りなくどうでもいいこと。
その目から見ると、カジュアルなキャストのサービスなどは目につくのかもしれない。
夢の国なのに〜と。
まあでも私からすると、東京のあの苛烈なまでのサービスと笑顔はちょっとついていけないものがあるので、香港のざっくばらんなキャストの方が宗教じみてなくて好きだなあ。


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東京のシンデレラ城よりも小さな、眠れる森の美女城

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ミュシャ風ティンカーベル?
かわいい。ムード満点。

補足
東京しか行ったことないから東京と較べるけれど、東京は海の埋立地に作り、風景自体を外界と完全に切り離すことで夢の国を実現。
香港はランタオ島の山の風景がどうしても入りこむ。
だが山の風景は、香港中心部の風景とはまるでちがう。
そこが強み。

中華系の多い食事や、世界的にはたいしてヒットしなかった「ムーラン」を全面的に押し出しているのも、アイアンマンの香港推しの風景も、一昔前の「外とは切り離された夢の国」のスタイルとはちがう。
地域性を出すことに臆さない。
東京の方が(アメリカの)植民地的。
東京ディズニーランドは東京っぽさゼロ。
できた時代の差を感じる。

顧客が圧倒的にメインランドの人ということ。
このスタイルは正解だ。
日本人はアメリカの植民地化には慣れてるし、むしろ歓迎だからねえ。
東京ディズニーランドに、今から東京っぽいコンテンツを求めるのは無理。
世界の他のディズニーランドに、行ってみたくなった。(おしまい



by apakaba | 2017-10-04 23:16 | 旅行の話 | Comments(0)
2017年 09月 29日

ゴーゴー・インド30年 旅の記憶 蔵前仁一旅の回顧展

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蔵前さんの著書『ゴーゴー・インド』が出版されてから今年で30周年となり、本日より早稲田奉仕園のスコットギャラリーにて回顧展が開催された。
蔵前さんが旅先で買い集めたお土産の物販もあるというので、初日の今日、行ってきた。

学生時代に心躍らせてくりかえしくりかえし読んだ、懐かしい『ゴーゴー・インド』。
本の中にあったイラストの原画、さらにそのイラストの元となった旅先でのスケッチが飾られ、一点一点を見ていると、二十歳になるかならないかの当時の自分が、自分の体の中で「きゃああー!」と歓声を上げているようだ。

どこかの旅の宿にあったものだろうか?
茶色く変色した、古い『ゴーゴー・インド』現物の全ページを、感慨無量でめくってみる。
何人もがコメントを書いており、そこに混じってなんと『ヒマラヤの花嫁』の平尾和雄さんのサインが入っている。
そこでまたまた感慨無量。
蔵前さんに、平尾さんに、インドやネパール、アジア大陸に、当時どれだけ憧れたかわからない。

展示されているイラストを見ながら、どうして自分が30年間も、蔵前さんの旅に惹きつけられていたのか考えていた。
そして急にそのわけがわかった。
蔵前さんの旅の絵の多くには、旅をする彼自身の姿が描きこまれているからなのだ。
私は、“旅をしている、この絵の中の人”になりたかったのだ。

絵の中の蔵前さんは、苦笑したり怒ったりもしているけれど、ほとんどは「目はテンテンだけ、口はぽかんと少し開いているか、描かれていない」かの、無表情に近い顔だ。
蔵前さんは、テンテンの目でインドのさまざまな人や出来事を見ている。
大きなバックパックを背負っていることもあるが、たいていごく軽装ですたすたと歩いている。
たまに街の真ん中で立ち尽くす。
私が好きな蔵前さんは、少し猫背でタバコをくわえて歩きながら、通りすがりにインドの「何か」をふりかえりざまに見ているという姿だ。
あの、無表情とも驚きともつかないような、どうとでもとれそうな顔つきが、とても好きだ。

旅先の絵を描く人は多いが、「何か」を見たときの自分自身を描きこんでいる人は少ない。
写真は誰でも撮るが、旅の写真を撮っていれば、自分は記念写真以外に写らない。
だが、旅先で「何か」を見たとき、旅人はきっとみんな、あんな顔をしているはず。
大げさに目をむいたりせず、ただテンテンの目で、呆然とそれを見て、口はちょっとだけぽかんと開けて。
その瞬間を数限りなく描きこんでいるから、惹かれるのだ。
このなんともいえない表情の、雑踏をすたすた歩く“この旅人”に、自分がなりたかったのだ。


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どの絵にも懐かしい思いがこみ上げるが、懐かしさに胸が締め付けられて泣ける、という心持ちではなかった。
30年かけて、自分なりにいろんな旅をしてこられたから。
これからもきっと、いろんな旅をできるから。
目がテンテンのまま、ふりかえりざま肩越しに「何か」を見ては歩き去っていく世界の旅人とすれちがい、ちょっとおしゃべりをする、そんな旅行を、ずうっとしていきたい。

蔵前さん、あらためまして回顧展開催おめでとうございます。
40周年、50周年も、絶対行きますよ!
そして京子さんはじめスタッフの皆さん、ご盛況おめでとうございます!


by apakaba | 2017-09-29 20:23 | 旅行の話 | Comments(0)
2016年 07月 14日

sukiyaki

20年前、インドのムンバイにある名門ホテル「タージマハルホテル」に泊まった。
一人旅には明らかに不似合いな宿泊費だったが、どうしても一度泊まってみたくて、一泊だけのぜいたくをした。
メインダイニングで一人で夕食を食べているとき、二人の男性に誘われて、途中から食事を一緒にした(そのときの話はこちら→インド・タージマハールホテルでイギリス紳士と話す)。
広いダイニングルームでは、ドレスアップした各国の人々が談笑していた。
ピアノの生演奏が続いていた。
客席のリクエストに応えて、ポップスの弾き語りもしていた。

ピアノを弾いていたのは、往年のオリビア・ニュートン=ジョンのようなヘアスタイルの、若くない白人女性だった。
二人の紳士は、彼女に合図を送り、「このレディー(私)に何か弾いてくれ」とリクエストした。
彼女は私を見ると、少し頼りない歌詞で弾き語りを始めた。

ue o muite arukou namida ga koborenai youni..............

「スキヤキ?」
と言うと、二人は「そうそう。」
ピアニストの日本語の歌詞はすぐに途切れてしまい、あとは「ララララ」とハミングだけになった。
それでもいい歌だった。
いい歌はどんな場所にいてもいいものなんだなと思いながら聴いていた。

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タージマハルホテルとは似ても似つかないですが。
2000年に行ったときのインド。
デリーのメインバザールの奥にあるホテル「メトロポリス」。
今は改装してきれいになったのかな


by apakaba | 2016-07-14 09:16 | 旅行の話 | Comments(0)
2016年 01月 05日

旅の長さは関係ない

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コメダコーヒーは東京にもありますが



「年末年始、よく働いてくれてありがとう。どっか旅行に行ってきたら。」

次男「アキタコマチ」はふだん週休1日で、12月の後半はぶっ通しで出勤していたというのに、年末年始の休暇中もおせちと大晦日ディナー(「ササニシキ」冬の大感謝祭。記事はこちら)その他いろいろ、家の仕事をやってくれていた。
「一泊二日なら空いてるけど、一泊でも楽しいとこ、どこかあるかな?」
本当はずっと家にいてくれると料理を作ってくれて助かるのだけど、それじゃあまりにもかわいそうだから、
「近場でも十分遊べるよ。旅に出たまえ。宿代くらい出してやるから。よく働いてくれたからお年玉ということで。」
と、親らしいことを言ってみる。

あれこれ見て、名古屋に行くことにした。
「名古屋ってなんかおもしろいところあるの?」
「名古屋市美術館は常設展示がすごくいいぞ(名古屋市美術館探訪記)。他にもいろいろあるよ。あとは喫茶店文化。名古屋の喫茶店文化は独特だから。」
検索してみて、「うおおーおもしろそう!名古屋めっちゃ楽しそう!」と盛り上がっている。

ホテルの予約サイトを見せながら、
「じゃあホテルどうする。ここは?ロイヤルパークホテル。ここは前に泊まったけどよかったよ。」
と言うと、
「えーっ、こんないいホテルじゃなくていいよ! もっと安いとこで。ゲストハウスでいいよ。オレ、ドミトリーとかけっこう好きだし。知らない人と話すの好きだしね。あ、ここがいいや。2500円くらいでホステルがある。これなら自分で払うからいいよ。」
そうだった。忘れていた。
彼は国内も海外もそういうスタイルで旅行していた。
長男もそうだった、息子二人は私みたい。
最近、ドミに泊まっていなかったから忘れちゃってた。
私が最後にドミに泊まったのは、3年前か。
いつまでやるかなー。

「とにかく旅に出なさい。同じところにとどまって、決まった人にしか会わないで、同じ景色しか見ていないと、考え方が固定しちゃうの。学生じゃないから長い旅行は無理になったけど、それでも一泊だって、時間ができたらどっかに行きな。
とくにお前は職場の人数が少ないし、休みはないし、毎日おんなじ電車に乗って、職場の数人としか話さないでしょう?
意識して、別の風景を見に行かないと。」
名古屋のどこに行ったかなあ。


by apakaba | 2016-01-05 22:15 | 旅行の話 | Comments(0)
2015年 12月 26日

イスラエルで会った子供の写真

子供が好きで、旅行中もよく子供の写真を撮る。
今年もやはり、たくさんの子供が死んでいき、体と心に深く傷を負い、住む家と家族を失った。
1999年、イスラエルに行き、いろんな子供を撮った。


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エルサレムで会った子供。
だいぶ薄汚れているからアラブ人の子供だろう。
ずっとくっついてきた。


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同じくエルサレム、岩のドーム。
幸せそうな家族。右の子は7歳くらいか?
16年前だから、無事に生きていれば23歳。
手をつないでいる弟は、今生きていれば20歳くらいか。過激派に加わったりしていないだろうか。


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死海のほとりのリゾート地、エンボケックで。
国内旅行者が多く、宿泊客は裕福なユダヤ人ばかり。
ひときわかわいかった、裕福そうな家の子供。


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エルサレム、超正統派(ウルトラ・オーソドックス)ユダヤ教徒の地区で。
ここの子供たちは皆キッパ(ユダヤ帽)をつけ、スクールバスを待っていた。
一番へなちょこタイプの子に目を合わせると、「学校行きたくないよ」という表情。


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同じく超正統派地区の路地裏。
超正統派の女の子は、このようなきわめて野暮ったいスカートを履く決まり。
窓の中に誰がいるの?


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イスラエルの旅は格別であり別格だった。
この旅行のときは、中東和平は少し進んでいるように感じられたのだが……

ユダヤ人もアラブ人も、貧しい子も裕福な子も、子供はいつだってどの子だってかわいい。
けれども、こと中東の写真を見たときには、「ここに写っている子は、どうしたかな」と考えることがやるせない。
子供には、みんな幸せになってほしい。
おととい、久方ぶりにクリスマス・イヴ讃美礼拝に行ってみた ことから、またその思いが強くなった。


by apakaba | 2015-12-26 20:27 | 旅行の話 | Comments(0)
2015年 11月 06日

『早川千晶と大西マサヤのケニアン・ナイト!』 ――ケニアのスラムで子ども600人育ててます!/伝統太鼓「ンゴマ」で弾けろー♪

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森優子さん手書きのメニュー。
ミスをぐちゃぐちゃと線で消してしまうところは私とそっくりよ


旅行雑誌『旅行人(現在休刊)』を唯一の心の糧として生きていた90年代、当時の執筆陣のお名前は、忘れようにも忘れられない。
あのころ連載を持っていた方々は、珠玉の書き手ぞろいだった。
ケニアで暮らす早川千晶さんの連載ページは、アフリカの湿気のないカラッとした風が吹いてくるようだった。
行ったことのないケニアの風景や人々の描写は、住んでいるからこその、あふれる情愛と醒めた視線が交互に現れる名文だった。


20年あこがれた早川さんが、なんと阿佐ヶ谷(ナイロビに較べて、ち、近い!)でトークをしてくれるとは!
それも司会は、こちらも私が90年代からの大ファン、森優子さんと、このかたも超名文家の片岡恭子さんだ(皆さんのプロフィールは上のリンクを見てね)。
しかも大西マサヤさんというケニアの伝統太鼓「ンゴマ」奏者による生演奏も!
さ、最高すぎる。

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これが限定メニュー。
「スクマウィキ」とは「一週間をのりきろう!」という意味なんだって


早川さんがステージに現れた瞬間に、そのお顔に見とれた。
誰もがいっぺんで好きになる笑顔!
顔の、隅から隅まで、どこにも「翳り」「憂い」ががない!
青空のような、太陽のような、平凡きわまりないけどそういうど真ん中のたとえが似合う人!
笑っていても、どこかに敵意や悪意を感じる表情。
どこかで相手を探っているような表情。
そんな笑顔をする大人は多い。
それなのに、私のひとつ年上だという早川さんは、なんて、なんて、なんて明るい顔なんだろうか。

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しかし、その笑顔が底抜けに明るいのは、早川さんがたんに明るい人だからという単純な話ではない。

早川さんは、ナイロビにあるケニア最大のスラム「キベラスラム」で、子供に教育を受けさせるための寺子屋をつくり、現在は600人の子供がその学校「マゴソ・スクール」に通うまでになっている。
ケニアという貧富の差が激しすぎる国では、本来なら国の宝であるはずの子供と若者が教育を受ける機会を奪われ、それどころか生活の基盤すら奪われてしまっている。
キベラスラムには、国内外からやってきた100万人の人が暮らしていて、その半分は子供、20代の若者を含めると、住民のうち実に80パーセントを、子供と若者が占めるのだ。
ケニアにとって、アフリカにとってなんという損失。
飢えと寒さを忘れるために、手に入れたわずかな現金でシンナーを買い、心身を壊していく少年や、たった17歳で早川さんに向かってピストル強盗を働こうとした少年(その少年は裁判なども受けずに銃殺される)。
トークでは語られなかった、さらにつらく苦しい体験が、まだまだ山のようにあるにちがいない。

つらく苦しいことと、幸せで楽しいことがたくさんあって、それであの太陽のような笑顔になっていったのだな。

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大西マサヤさんの太鼓「ンゴマ」は、やっぱり明るかった。
初めてケニアの太鼓を聴いたが、もっとポコポコとつかえる感じの音を予想していたら、音がポーンと空に抜けるように響き渡り、それがケニアのお話にぴったり似合っていた。
スワヒリ語でくりかえし「ハランベ」「ハランベ」と歌われていて、その言葉は甘く懐かしかった。
ああ、『旅行人』の連載の中で、よく見た言葉だ……。

人はどこが「彼の地」となるのか、そこを彼の地と決めるのか。
若い頃、世界をまわった早川さんにとって、彼の地はケニアだった。
私の友人にも、日本国内や世界のいろいろな場所を自らの旅の終焉の地と決めて、暮らし始める人が何人もいる。
なぜ「ここだ」とわかるんだろう。

でも私にとっては、きっとここ、今いる場所だと思える。

自分とほぼ同い年の早川さんと自分が過ごした、この20年の年月を考えていた。
もっと別の生き方もあった……と、思うときがある。
とくにここ何年か、その思いが強かった。
けれども、ケニア最大のスラムで子供の教育を考えて行動している早川さんと、スケールはぜんぜんちがうけれど、私や私の友人も、皆、子供の教育の大切さを知っていて、自分に与えられた場で子供に関わろうとしているのは、同じだ(「4年たって、決意が固まってきた」へ)。




そんなことを考えていたら、マゴソ・スクールの子供達が、スラムで歌う映像が流れた。
「みんな問題を抱えている、子供たちはみんな困ってる」という歌詞に続き、「マリの子供たちも」「タンザニアの子供たちも」「ウガンダの子供たちも」などアフリカ諸国の名前が挙がり、そこにひょこっと「日本の子供たちもきっと困ってる」と出てくるのだ。

とてつもなく大きなことをしている人を前にすると、たいてい、「それに較べて私なんか、なんにもしてこなかった」というむなしい気持ちになることがある。
ところが早川さんを見ていると、1歳しかちがわない同性がこれほどスケールの大きなことをしているのに、そんなむなしさや、敗北感や嫉妬心など微塵も湧いてこないのだ。
その逆に、「私も、私の場所で、しっかり幸せに生きるよ! 今、自分がやっていることは、まちがってないんだ。」という、大きな“自己肯定感”に包まれるのである。
見ず知らずの他人にこんな感覚を抱くことはめったにない。
それほど、早川さんの笑顔は大きく明るい。

本当にすばらしい旅人の夜だった。
このトークを開催してくれた森優子さん、片岡恭子さん、ありがとうございました!


by apakaba | 2015-11-06 21:35 | 旅行の話 | Comments(2)
2015年 10月 10日

口コミサイトに文句を書き立てる人々

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きのうの私。
アウディのショールームの2階。
車の一ヶ月点検に行った。
奥にあるのが私のPC、1時間くらい待ちながら原稿を書いていた。

ここのところずっと、リクルートのキュレーションサイト「ギャザリー」で香港のホテルのまとめを作っている(私のページ)。
参考のために、口コミサイトをあちこち見ているのだが、まあ文句の多いこと。
日本人って文句が多いのかな。

やれバスタブがない、シャンプーがない、壁が薄い、駅から遠い、坂道を登るのが大変、スタッフがつっけんどんだ——そんなに気に入らないなら永久に国内旅行をしている方が幸せでは。
もしくはもっとお金を出して高いホテルに泊まりなさい。
いまや香港のホテル代は日本よりずっと高くなっているのに、いつまでも日本基準で「こんなに払ったのにスリッパがない、歯ブラシがない」とか、いちいちうるさいよ。

これがもしも物価の高い北欧とかの口コミだったら(見たことないから想像だけど)、ここまで悪しざまには書かれていないように思う。
「たかが香港のくせに」と、日本よりも低く見ている気持ちが透けて見える気がするなあ。

口コミの文句たらたらを読むのは不愉快だが、これも仕事なので仕方がない。
読んでいると、ホテルに対する私の要求のハードルが低いのかなとも思う。
他の国ならもっとずっとひどい目に遭うこともままあるのだから、香港のホテルなんてそんなに騒ぐほどのひどいことなんてないじゃないの。
私はどこへ行っても楽しいと思える性格なので、ホテルの紹介をしながらどんどん褒めまくってしまうのだが、私の記事を読んで旅行に行って「だまされた!」とか言われるのだろうか。
そう言われないために、書き方にはいろいろ工夫をしている。

「スタッフが日本語を話せない」とかは論外として(国内旅行にしなさい)、「スタッフがつっけんどんだ」も、私はほとんどの場合、アナタの側に問題があるのではと想像している。
聞き取り能力がないから、早口の英語が聞き取れなかっただけ。
なんども聞き返すからちょっと呆れられただけ。
あまり盛大に愛想笑いをしないタイプの香港人に当たっただけ(心根は気のいいやつがほとんど)。
アナタの態度がもともと悪かっただけ。
そんなところじゃないかな。

口コミサイトに文句を書き散らして溜飲を下げる前に、自分によくないところがなかったか、ちょっとでも顧みたらいいのにと思う。
その方が、自分も心安らかで旅が楽しくなると思うけどね。


by apakaba | 2015-10-10 12:42 | 旅行の話 | Comments(0)
2015年 03月 28日

スーク・ハミディーエの味が蘇った

少し前のことになるが、トルコ旅行から帰ってきた次男「アキタコマチ」が、家へのお土産にお菓子を買ってきた。
「おかーさんが好きな、マカオの飴売りの飴(その話はこちら→あなたを香港・マカオに連れて行くよ・15)。あれのトルコ版だよ。」
中華圏で人気のある、ふわっ、サクサクっとした口当たりのいいお菓子だ(これをエイビーロードで記事に書いたこともある。→甘い!美しい!最高の路上パフォーマンス!マカオの飴売りおじさん)。
あれが大好きなので、「ほんと?やったあ!」と言って開けてみた。


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だが、一目見て、記憶の奥底を掻かれるような気持ちになった。
これをどこかで見たことがある、いや、食べたこともある。
マカオの屋台じゃなくて、もっとずっと昔。
とても大切な思い出。
それは、シリアのダマスカスのスーク(市場)でだった。

6歳だった長男「ササニシキ」を連れて、ダマスカスへ行った。
そのときに受けた親切を思い出すと、どうしても今のシリア内戦や自称「イスラム国」ISISのニュースを知るたびに涙がこみ上げてしまう。
むしろ今のシリアが悲惨だから、どんなに小さな思い出も宝物のように輝いてしまうのかもしれない。

このトルコのお菓子は、シリアにもあった。
以下、私の旅日記より。
こんなことがあった。
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スークの出口にある、フレッシュジュース屋のおじさんからは、最後の一杯を買う。
暑くてたまらないので、腹具合が悪くても、一日に何度もここのジュースを飲んでしまっていた。ジュースを買う私たちを、向かい側に店を出している本屋のお兄さんはいつも笑いながら見ていた。
おととい、その本屋さんが、物売りの子供の運んできたトレーから、ふわふわしたものをつまんで食べているところへ通りかかった。
なんなのか想像もつかず、思わずふたりで彼の目の前に立ち止まって見つめてしまったら、「味見したいんだろ?」という様子で、トレーを私たちに突き出した。
それは綿菓子だった。
見た目は、ほんものの綿のかたまりのようである。日本の夜店で買う、なじみのある綿菓子よりどっしりしていて、荒っぽい味がする。精製していない砂糖の味だった。
人ごみのなかで、私たちが「わあ、おいしい!」「おいしい!」と食べているのを、満足そうにみんなが見ていた。
お代は、と尋ねたとたん、本屋のお兄さんをはじめ、周りにいたひげ面の男性たちが、いっせいに怒ったような表情をつくって、オイ、怒るぞ!そんなこと言うな!いいんだ!というようなことを、手を振り回して口々に言った。
アラブの男は、荒っぽくて、甘い。
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もちろん、こんな“いい話”は私が幼い息子連れの母親だったからで、たとえばもしも外国人の若い女が一人でふらふら歩いていれば、別の扱いを受けただろう。
とにかく彼らは徹底的に子供好き、そして「お母さん」にやさしい。
ある意味では私は、アラブの国で最上の旅をしたのだろう。
だからこそ、あんなに子供を愛し、母親を敬愛してくれるアラブの男同士、武器を取って血を流していることがつらいのだ。

トルコでは「ピシュマニエ」という名前のそのお菓子を食べてみると、まさにダマスカスのスーク・ハミディーエの味だった。
長男との思い出の味を、偶然に次男が持ち帰ってきてくれた。
旅は、いろいろなものをつなぐ。
私と息子たちをつなぐ。
私と遠い国をつなぐ。
子供たちと世界をつなぐ。
馬鹿の一つ覚えで祈る、世界平和を!

(それにしても、先月に似たような記事を書いた。
これが個人ブログにしては異様な閲覧数となり、フェイスブックの「いいね」が1400以上となり、ビックリした。
今の世の中、何が検索に引っかかって人目に留まるかわからない。
twitterでも、ちょっと「うまいこと」を書くとすぐリツイートされたりリプライが飛んできたり。
ネット世界の食いつきの速さはすごいなあ。
おもしろくも恐ろしくもある。)


by apakaba | 2015-03-28 14:43 | 旅行の話 | Comments(0)
2015年 02月 07日

君はヨルダン・シリアへ行ったか

「イスラム国」、ISIS、もしくはISILによる行いについてはあまりに問題が大きくて、何も言いたくない。
私は、日本人人質事件が明るみに出てからただもうずっと気持ちがふさいでいる。
なんでこんな世界なんだろう。
世界平和はぜんぜん来ない。

ゆうべ、毎日新聞のニュースでシリア人避難所:男子の9割死亡・不明 高校生「聖戦に行く」 「イスラム国」に共感という記事を見た。
その記事を読んだとたん、今までずっと抑えてきた涙があふれて止まらなくなった。
それは、国の政治も経済も関係ない、ただの一旅行者として、ただの母親として、ひたすら個人的な思い出が鮮烈によみがえったからだった。

長男が6歳だった夏に、私は長男を連れてヨルダンとシリアを旅行した。
私は病的な旅好きで、あとの家族を置いて中東へ行ったのだ。
30歳の母親と6歳の息子の二人旅は、行く先々で忘れられない親切を受けた。
シリアの首都ダマスカスで一番にぎわっているスーク(市場)・ハミディーエで、こんなことがあった。
以下、私の旅日記より。
あのとき、長男「ササニシキ」は、糸を引っ張って動かす紙製の蛇のおもちゃを欲しがっていた。
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大混雑のスークにも、人の流れがぽかっとあいたようになっているところもある。
そういうところに、子供の物売りがたむろしている。
蛇のおもちゃは2日目に買った。「ササニシキ」がその動きに目を奪われ、絶対に買って!と言ったのだった。
言い値が子供によってバラバラで、途方もなくふっかけてくる子もいれば、まだ英語を使えずに出遅れてしまう子もいる。なかでも一番ぼけっとした少年を選んですかさずアラビア語で値切ると、簡単に下がったから、2個買った。
こんなちゃちなものはすぐにこわれてしまうにちがいないから、今日はさらにまとめ買いをしていこうと思い、またあのぼけっとした子を探した。
その場にしゃがみこみ、アラビア語会話集の単語をつなぎあわせて、
「おととい、キミから1個20ポンドで買ったね。今日は6個買うから、120ポンドよね?」
としゃべってみて、500ポンド札を渡した。少年は、計算ができないのか、私のアラビア語がわからなかったのか、首をかしげて困っている。
すると英語のできる若者がどこからともなく出てきて、会話を助けてくれた。シリアでは、困っていると必ず英語を話す人が現れて、親切にしてくれる。そして風のように去っていく。去り際に名刺を渡されることもよくあった。
500ポンドを両替してくれるところがまるでなくて、少年が困り果てて戻ってきた。4個分のお金ならお釣りなしでぴったり持っていたので、しかたなく6個ではなく4個だけ買った。
「ササニシキ」は、おみやげの個数が減ってしまったので機嫌が悪くなった。
「しょうがないでしょ、お釣りが用意できなかったんだから。」
私が言い聞かせている間、少年は周りの仲間たち4,5人となにか相談している。
むすっとしている「ササニシキ」を引っ張って立ち上がると、少年が“待って”と私を制する。
ひとつ、おまけにあげます。
と、英語で言ってはいないのだけれど、なにかアラビア語でもごもご言いながら、その手におもちゃを乗せて、差し出していた。
周りを囲んでいた少年たちも、ジェスチャーや下手な英語で、“キミにあげるから持っていって!”と「ササニシキ」に示している。最初に法外な値段を言ってきた子供も、ちゃっかり輪に戻り、にやにやしてうなずいていた。
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あのぼけっとした男の子も、リーダー格の男の子も、周りを取り囲んだ男の子も、みんな死んだだろうか……生きていれば、25歳くらいか。
あの子たちの弟は、「聖戦に行く」と避難所を去っていったかもしれない。

子連れの旅は、人からの親切がひときわ身にしみる。
旅の間、今思い出しても胸がぎゅっとしめつけられるほど美しい瞬間を、アラブの人々からもらった。
当時、子育てで悩み、怒ってばかりいた私にとって、一生忘れられない人生の宝物を、ヨルダンとシリアの旅でもらえたのだ。

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ヨルダン、カラクに残る、十字軍時代の城の遺跡。「ササニシキ」はどの場所も夢中で見ていた。カラクは「イスラム国」、ISISにより焼殺されたヨルダン人パイロットの出身地だという。ここへ至る道のりの風景は筆舌に尽くし難い素晴らしさだった

生まれて初めての海外旅行が真夏の中東への自由旅行だった長男は、すっかり大きくなって、今インドを意気揚々と放浪中だ。
あのとき蛇のおもちゃを差し出してくれた子たちやその家族は、みんなが無事というはずがないだろう。
こんなふうに明暗を分けるなど、あのとき想像もしなかった。
本当に、心から、世界平和を祈る。
私は私にできることをしよう。
内向きにならないで、世界に目を向けて!と、とくに若い人に言い続けたい。

それをセンチメントと呼ぶか?
個人的な旅行の思い出に過ぎないと?
だが、個人的な思い出を持たない人間がいるか?
いや、個人的な思い出の強さこそが人間を動かす動機になるのだ。
旅先で美しく輝く思い出をたくさん持っている人間は、世界平和を本気で祈るのだ。絶対に。

by apakaba | 2015-02-07 14:28 | 旅行の話 | Comments(0)
2014年 12月 17日

文庫本とともに旅をする

今夜から、次男「アキタコマチ」がドイツ旅行に行った。
今日は準備をあれこれしていたが、「持っていく本をどうしよう」と迷っている。
とりあえず本人は『ノルウェイの森』の文庫本上下巻を兄の「ササニシキ」から借りていた。
だが私が「『ノルウェイの森』はどんどんいっちゃうからもしかしたら旅行中に読み終わっちゃうかもよ。読み終わった本ほどむかつくものはないよ。」と言うと、「もっと持っていった方がいいのかな!」と考え始めた。

「アキタコマチ」 :なんかおもしろい新書ないの?小説続きじゃなくて間に新書をはさみたい。

私 :ここにあるのはちょっと……お前は無教養だからねえ……『源氏物語論(吉本隆明)』とかじゃあね。

「ササニシキ」 :『罪と罰』を持っていけばまず大丈夫。

「ア」 :だから小説じゃなくて……まあいいけど。どこにあるの。

「サ」 :新潮文庫のはオレの部屋にある。(持ってくる)ちなみにこれという手もある。

「ア」 :なにそれ。

「サ」 :『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。オレはもう最初のほうでだめだったけど。

私 :なに、“太った娘”が出てきていやになった?

「サ」 :いや、“太った娘”は出てこない。最初のページのエレベーターがどうのこうのというところでもう嫌になった。(朗読)

私 :あっはっは!そんなだったっけ。気障だよねえ。

「ア」 :結局どうすればいいの。『罪と罰』もいいんだけど、オレは今度の旅行では『ノルウェイの森』を読もうって決めてたから……Kindleになんか入ってないの?

私 :『悪霊』の新訳版が入ってるけど。でもファースト・ドストエフスキーに『悪霊』はすすめないよ。

「サ」 :最初に『カラマーゾフの兄弟』を読んでしまうのも失敗だ。『罪と罰』からがいいと思う。オレは高2のときに『カラマーゾフの兄弟』を読んで途中で挫折していた。

私 :まあKindleにもいろいろ入ってるけどね……

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今日の昼に「アキタコマチ」が作った丼。牛すじを煮たあとの煮汁を固めた煮こごりで作っていた

トカナントカ、ワーワーとやりあって結局『ノルウェイの森』上下巻と、『罪と罰(新潮文庫版)』の上巻だけを持つことにしたらしい。
「ササニシキ」が弟に本を渡すとき、「あれ、なんだこれは?」と、中から出てきた栞のような紙を取り出すと、バスのチケットだった。
「ササニシキ」が「アキタコマチ」くらいの年に、夜中にいきなり「あーあオレもどこか行きたいな。マレーシアに行こう」と言ってエアアジアのサイトを開き、そのまま航空券を取って旅行に行ってしまったとき、持っていった本が『ノルウェイの森』だったらしい。
マラッカに行ってマラッカ川を見ながら何時間も本を読んでいた、オレはその時間が一番好きだった……と帰ってきてから何度か私に話していた。

バスのチケットを抜いて、手渡していた。

「アキタコマチ」からはさっきメールが入って、今から飛ぶという。
文庫本数冊を持って一人旅、昔はよくやってたなあ。

by apakaba | 2014-12-17 22:19 | 旅行の話 | Comments(3)