震災以後、いろんな情報やエピソードに触れていると、自分にできることとできないことがあると思い知るようになってくる。
東京は、当日は“大変な被害を受けた”と思っていたが、東北などの甚大さに較べればなんということもない。
だから、ここでは「非被災者のPTSD」ということに絞って書いておく。
中1の娘「コシヒカリ」は学校の教室で地震に遭い、ものすごい揺れに泣き叫ぶ女子がたくさんいて、
「本当はこわかったけど、みんながあんまりパニックになってるから“わたしがしっかりしなきゃ!”と思って……それで“大丈夫だよこれくらい。落ち着いて”とか言ってたんだけど、でもこわかったの。ほんとは。」
と、帰宅してしばらくすると話していた。
そのときは「おお、ボス犬だね」などと言って聞き流していたが、そのあとテレビを見ているうちに、だんだん娘の様子が悪くなってきた。
金曜の夜から土曜の明け方にかけて、数えきれないほど余震が来て、救急車のサイレンとヘリの音も響いて眠れなかった。
息子たちはそれでも平気で寝ていたが、娘は「眠れなかった……」。
「気持ちが悪い。お腹が痛い。胸のあたりが痛い。」
余震が来るたびにびくんとして「こわい、こわい」と言い、兄たちにバカにされていた。
土曜はずっとテレビにかじりついて、おそろしい映像に見入っている。
「これはもしかして、非被災者のPTSDというやつだろうか」と私も気づき始め、テレビを消させてtwitterにあがってくる感動エピソードを読ませたり、ふだんは決して読ませない2ちゃんの馬鹿馬鹿しい地震スレを見て笑い合ったり、和める画像を見せたりした。
しかし、案の定、
「こんなときに、のんきにチーズケーキなんか作っていていいのかなあ」
などと言い始めた(娘は土曜にケーキを作って家族で食べようとしていた)。
日曜には「ササニシキ」の大学合格祝いに、義父母と食事会に行こうとしていたのだが、
「こんなときに、お食事とかいいのかな」
それは義母も似たようなことを言っていて、
「代官山のフレンチのレストランに予約の電話を入れたら、通常通りにやっていますって言うの。なんだかこんなときにどうかしらと思ったんだけど……」
私は、
「いいんじゃないですか。お店だって、あんなに揺れたのに一日で片付けもやり遂げたんだから、それはお客が行った方がいいんですよ。」
と答え、「そうねえ……」と、予定通りに行くことにした。
ケーキも、「お父さんが大変だから作って待っていてあげよう」と言っていたのだ。
夫は私立学校の教員なので、1000人の生徒を全員帰宅させ、帰宅の確認がとれないと帰れなかった。
「お父さんは『コシヒカリ』がチーズケーキを作っているって知ったら喜ぶと思うなー。徹夜で疲れて帰ってくるんだから、作ってあげたら?」
そして買い物に連れ出した。
大人の私でも、あのテレビの衝撃的な映像をずーっと見ていると、気持ちが変になってくる。
精神的に弱いといって適切でなければ、感受性の強いタイプの子供などは、娘のように、たちまちPTSDになってしまうだろう。
こんなふうに、負の感情に支配されてしまってはダメだ。
なにも生まれない!
生み出そう、チーズケーキでもなんでも。
個々人ができることなんてたかが知れている。
そこは開き直って、自分をしっかり持って(たとえ余震で足もとがグラついてもだ!)、手の届く人を幸せにしよう。