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2003年 04月 30日

「ササニシキ」いくら人望がないといっても。

うちに遊びにきていた、6年生の「ササニシキ」の友だちふたりと、うちの兄弟3人が、TVゲームに飽きて近所の児童館へ行った。
しばらくすると、下の子ふたりだけが、先に戻ってきた。
「『ササニシキ』お兄ちゃん、泣いてるよ。」と言う。
ついさっきまで、家でゲームを仲よくやっていたのに、どうしたのだろう。

「アキタコマチ」からの説明を聞く。

児童館へ5人で行ったら、6年生があと数人来ていた。
彼らは、中学生以上にしか貸し出していない「ビリヤード」で遊んでいた。
児童館の職員が、君たちはお利口だからと、特別に貸し出しを許可してくれたのだという。
当然のように、後から来た「ササニシキ」を含む3人も合流して、加わろうとした。
すると、その全員が、「ササニシキ」を、
「オマエはいつも学校で先生に怒られてる。ふざけてばっかりいて、ちゃんとしてない。」
と言い始めたのだそうだ。
職員は「じゃあ君には貸さない」と言い、「ササニシキ」だけが、部屋から閉め出された。
彼は力ずくでドアを開け、ドアを室内から閉めていたひとりととっくみあいになった。
職員が割って入り、「ササニシキ」は、「やはり君には貸さない」と言われ、ひとりで部屋の片隅にうずくまって泣いていた。
他の友だちは、ビリヤードをつづけた。
小さい「アキタコマチ」と「コシヒカリ」は、ただそのようすを見ていた。

−−というようなことらしい。
友だちもひどいなとは思うが、コドモの集団は、ときとしてこんなふうに残酷になるものだ。
「ササニシキ」は、1年生のころから、たまにこういうことになってしまう。
たしかに「先生に怒られてばかりいる、ふざけすぎのちゃんとしてない奴」だから、仕方がないとも思う。掃除の時間など、目に余っているのだろう。
同級生諸君、いつもすまない。

承伏しかねるのは、むしろ職員の対応だ。
ほんらい小学生には貸し出していない遊具を、君たちは特別だよと言って貸し、たったひとりだけに貸さないなんて。
いくら友だちから人望がなく、あげくにとっくみあいもやってしまった「ダメな奴」だとしても、それはむごすぎないのか。
ぐれるぞ?いいのか?


・・・あ!「ササニシキ」がたったいま帰ってきました。
玄関で「じゃあなー!」と友だちに言い、息を切らして家に駆け込んできた。
「ビリヤードって、おもしろいんだよ!」

最後には、やらせてもらえたのね。

by apakaba | 2003-04-30 17:43 | 子供 | Comments(0)
2003年 04月 28日

あぶない夜(声がいい男)

本日の音楽−−ラジオから偶然流れてきた、オジー オズボーン バンドの、
CRAZY TRAIN!
思わず「おぉぉ〜〜〜!?」の声が出る。J-WAVEで、これ流すのか。
I'm going off that rails on a crazy train!
もちろん唄えますともー。いっぺんに20年若返りますとも。
高校1年生のときにつきあってた人が、唄っていたから。


彼はヘビーメタルバンドのボーカルで、とても魅力的な声で歌を唄った。
しゃべっている声もよかったが、とくに歌を聴くのが好きだった。
彼ととっくに別れた大学生のころ、夜中に電話したことがあった。
当時、自宅が駅から遠く、タクシー乗り場は行列していて、弱った私は、彼を所謂「アッシー」としたのであった(そのつもりはなかったのだけど)。
4年ぶりくらいに会う彼は、とくに変わりなかったけれども、向こうは
「なんか、・・・昔より若返ってない?なんで前より若くなるんだよ?あなた、ヘンだぞ。」
と言って笑った。
彼とは小学校から大学まで、すべて同じ学校できたから、昔から私の顔をよく知っている。
「しばらく見ないうちに、おとなっぽくなったなあ」
と言ってほしかった(言ってほしい年ごろ)のに。ちょっとがっかりした。

駅からまっすぐに家の前まで送り届けてくれたけれど、
「せっかくだから・・・もうすこし走らない?」
と言われ、たしか本牧埠頭のあたりまでドライブした。
彼の選んだ曲は、あのころのようなヘビーメタルでなく、ジョン・レノンだった。
心ひそかに「あのころの曲を唄ってほしいな」と思っていた私は、拍子抜けした。
けれども、運転しながらなんの気なしに口ずさむ小さな声は、高校時代よりずっと色気が増していて、いつのまにか、平静を装うのに必死というほどだった。
「時は戻せない。戻せない。」
念仏みたいに頭で唱えていた。

「ヘビーメタルなんて、自分でもどうして聴いてたのかわかんないよ。レノンのバラードのほうがよっぽどいいよ。唄ってても、気持ちいいし。」
でも私が見ていたのは、真っ赤なイミテーションレザーのパンツに、ムチをベルト代わりに巻いて、錨うちブレスレットや鎖をじゃらつかせながら唄っていた人なのよ。
ビー玉を手のひらで転がしてもてあそぶみたいな、色っぽい声の人じゃないの。


声がいい奴って、心が動くんだよねえ・・・
いや、ちゃんとそのまま帰宅しましたよ。

by apakaba | 2003-04-28 17:37 | 思い出話 | Comments(0)
2003年 04月 25日

傍観者の罪(オウム松本被告、死刑求刑)

きのう、元オウム真理教松本被告に、死刑求刑が出た。
地下鉄サリン事件から、8年が経ったのだな。

8年前の3月20日の朝、私はひとりで歌舞伎座へ向かっていた。
仁左衛門さま(当時は孝夫)やら幸四郎やらが勢揃いした、『菅原伝授手習鑑』を通しで観るためであった。

晴海通りを、銀座から築地のほう(歌舞伎座の方角)へ歩いていた。
サリンが、日比谷線・千代田線などの地下鉄に撒かれてから、ほんの1時間後くらいだったと後で知った。
ヘリコプターが何機も非常識な低空飛行をして、パトカーや救急車が一般車両を圧倒して縦横に走り抜け、通りの辻々には警備の警官が立って、トランシーバーに耳を当てていた。

その日から数か月のうちに、オウム真理教内部の実行犯がたくさん逮捕され、事件の全容も徐々に明かされていった。
そして、TVで道ばたに倒れこんでいる中毒患者のVTRが映されるたび、私の胸は痛むことになった。
歌舞伎座に行く用がなければ決して立ちあうことのなかった、あの朝の街の物々しいようすを、偶然目の当たりにして覚えた一種の“高揚感”は、「死者12人、重軽傷患者約5500人」という数字の前にあって、深く深く頭を垂れるしかないのである。

“当事者”になりたかった、とはもちろん言わない。
けれども、はからずも(質の悪い)“傍観者”の立場になった当時の自分を悔いる気持ちが、松本被告の顔写真を見るたびに蒸し返されるのである。
恥ずかしいことだが、あれは、私に「傍観者たること」の罪を初めて意識させた事件だったのだ。

by apakaba | 2003-04-25 17:35 | ニュース・評論 | Comments(0)
2003年 04月 23日

サカナを食べよう!

もうなんっにもメニューが思いつかないよー、ととぼとぼスーパーへ行ってみたら。
私の大好物のいさきが、安く出ているじゃないか。すばらしい!
それなら家族みんなの好きな、「いさきのねぎ油風」にしましょうね。
ずいぶん前に、掲示板に載せた覚えがある。
いさきを、ねぎと生姜をのっけて酒蒸しにして、そこに人参とねぎの千切りをどっさり、いさき本体が隠れるくらいにかぶせ、お醤油とごま油とサラダ油を煮立てたたれをジュッとかけるのです。
旨いです。
いま、すでに食べ終わって満腹なんですが、書いてるだけで、食べたくなります(ビキニが遠のく・・・)。

魚は切り身より、断然尾頭付きが好き。
とくに、あじといさきが好きだなあ。
いさきはあじより高いから、あんまりしょっちゅうは買わないけれども、外で食べるときはよく選ぶ。
ホテルオークラの鉄板焼きの店「さざんか」で焼いてもらったいさきは、思い出に残る旨さだったなあ。鉄板焼きで魚か、ケッ、と思ってたら、その焼きの巧さにはおどろいたもの。

たまに行く千駄ヶ谷の「マンジャペッシェ」は、店名がイタリア語で「魚を食べよう」という意味なんだそうで、魚料理が売り物だ。
ショーケースに並んでいる“本日の魚”を、席を立って選びに行くときの快感。
たいていは、アクアパッツァにしてもらうけれど、そこにいさきを発見したら、迷わずグリルだ。
「皮目のおいしい魚ですから、グリルでぱりっと皮を焼いて、香草を飾り・・・」
説明を思い出すだけでもうっとり。いさきのグリル。

家で食べるなら、シンプルイズベストな塩焼きか、本日のメニューで決まり。
小骨を厭いもせず、子供たちは魚が大好きだ。
そして「コシヒカリ」は、魚の目をほじくって食べるのが大好き。

by apakaba | 2003-04-23 17:34 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2003年 04月 22日

ストレス解消には、ムリな服を買う

ああ・・・やってしまったよ、悪い癖を。

掲示板がなかなか和やかに進まず、自分の無能さに呆れる日々がつづく。
ストレスを溜めこんでる・・・こんなとき、アナタならどうしますか!
私の場合は迷わずコレです、“服を買うこと”でえす!!
渋谷を駆け回って買い物するのだっ。

出がけにゴムがヨレヨレのブラジャーをゴミ箱に叩きこんで、あたらしいブラジャーを二枚、それに合わせたパンツ(パンツって下着のことね)と、どんなに凄いローライズジーンズでもこわくない、超ヒップハングなパンツ(豹柄とゼブラ柄。アニマルものはキライなのだが、これしかなかった)も買いこむのさ。

そのあと紺色の麻のパジャマも買う。
パジャマもびりびりだったのだ。帰ったら、すぐに前のを捨てよう。

それからアニエスb. でスカートとカーディガンと、ものスゴくムネと背中の開いたキャミソールも買ってしまったのよ。
飲みすぎで肝機能が低下しているもんだから、背中にニキビが出てしまってるのね。(解毒がうまくいかないから吹き出物が出るんだそうだよ。)
試着したら、背中のニキビがとってもめだつのね。
だけどどこに着てくんだよという天の声なんかに耳は貸さないのさ。
いちいち言うこと聞いてられないのよ。
夏までに治すんですよ。

そして最後に、まったくもってトホホなことに、エレスの水着まで買ってしまったんです。
それもレモンイエローのビキニだよ、どうしてくれるよ、おい。
これこそ、一体どこに着ていくつもりだ、自分。
と、とにかく、発作に負けて買ってしまったからにはしょうがない。

痩せなければ!!!

こんど酒席で私に会ったら、こう声をかけてね。
「よう、ビキニはどうなった?早速タンスのこやしか?」ってさぁ。

by apakaba | 2003-04-22 17:31 | ファッション | Comments(0)
2003年 04月 21日

「書けない」の話

自分が「書けない」ことをネタにするのは、ネタ切れした物書きの常套手段であり、決してやってはいけない最後の手でもある。
私は物書きではなくてただの奥さんなのだが、昔から文章を継続して書きつづけてきた一種のプライドもあり、いままでこの手は一度も使ったことがない。

しかし、サイトを開いたら、これまでの生活パターンでは考えられなかった量の文章を書くことになった。
息切れしている、と自分で感じる。
もともと文章が下手なうえに、レスの仕方も下手。
アウトプットばかりで、インプットしている間がない。
それもこれも、すべて自分のせい。
一文字でも書くことが、だんだん怖くなってきた。

「ただのお遊びだろ?サイトなんて」と言う人もいる。
でも、多分私にとっては、「ただのお遊び」よりはたいせつなものなのだ。
かわいがって育てていく、子供みたいなもん。
で、当のコドモが反抗期にさしかかると、思いどおりにいかなくて、怒鳴りすぎて、自分がヘトヘトになるというわけ。

APAKABA? というのは、もとはごく少数の友人に配っていたお手紙みたいなものだった。
創刊して、この4月でまる12年になる。
12年間で、初めて、「書けない」ネタを書いてしまった・・・恥だ。
またまた自己嫌悪。

by apakaba | 2003-04-21 17:28 | サイト・ブログについて | Comments(0)
2003年 04月 18日

タバコがキライでも、仕草が好きだったかも

タバコをやめれば、当然ながら、タバコにまつわるすべての仕草が、その人からそっくり抜け落ちるというわけだ。
ただの友だちなら、べつにそんなのはどうだっていいことだけれど、相手に特別な感情を持っていたとしたら、問題はもうちょっとデリケートになる。

吸う前に、タバコを立てて、葉をトントン詰めてから口にくわえていた人。
口の端(決まった側)にタバコをくわえながら、しゃべる人。
指にはさんで、いつも同じ角度に腕を固定して話す人。
灰皿に灰を落とすとき、人差し指で落とさずに、手のひらを半分上に向けて、親指ではじくように灰を落とす癖。
タバコの先に火をつけるとき、かならず同じ側に傾ける首。そのとき露出する首はとても無防備。
吸いこむ勢いがいつも強すぎて、花火のようにパチパチとタバコの先に火花を散らせていた人。

日に何度となくくり返される、無意識の同じ癖、同じ動作、だからこそなによりも、彼(ら)の素顔を物語っていたのかも、とも思える。
彼(ら)を思い出すとき、一緒に行った場所や話したことより先に、まず、“パチパチ”という火花の音が耳によみがえったりするのだから。

きのうの掲示板で出ていた“禁煙”の話題がきっかけで、思い出してもしょうがないことをたくさん思い出してしまったな。
でも、なつかしいなあー。
タバコが嫌いな女でも、タバコにまつわる仕草は愛しいと感じていたりするものなんですよねえ。
そうじゃ、ないですか?

by apakaba | 2003-04-18 17:27 | 思い出話 | Comments(0)
2003年 04月 17日

××中毒、ありますか

ゆうべから、とつぜん“禁煙”の話題が掲示板で交わされている。

レスにも書いたとおり、私は「××がないと生きていけない」ということに、生理的に非常な恐怖感がある。
“中毒”ということばは勿論、“病みつき”ということばすら、おそろしくて仕方がない。
どうしてなのかはわからない。
幼いころに、亡父に「ちゅうどくってなーに?」と言葉の意味を尋ねたとき、父があまりにも鬼気迫る説明をしてくれたことが原因かもしれない。
祖母がアル中で入院をくり返して死んでいったということも、或いは関係しているのかもしれない。

私を知る人は、私をアル中だと思っているようだが、私が選ぶ旅先はアルコールのない国が主だし、飛行機の中でも決して飲まない。
普段から、陽が高いうちも、基本的に飲まない。
「よく子供をおいて旅行に行ったりできるわね、私は子供の顔を一日でも見ないと、もうダメ。私の腕の中で寝つかせないと、ダメ。私のほうがつらくなるの。」
と言いきるおかあさんもいる。
それはそれで、いいことだと思う。
でも私は、私がいなくてもまったくの平常心で生きていられる自分の子供たちが好きだ。

コーヒーや甘いもの・タバコ・買い物・恋愛・ネットなど、単純に「好きなものが多い」のは日常生活をたのしくするものだけれど、「それがないとイライラし、不安定になる」というのでは、本当のやすらぎからは遠ざかる一方のような気がする。
“それ”を得たつかの間だけ、精神が安定するなんて、想像しただけでもぞっとする。

男もそうだ。
「君が好きだ」と言われるのはうれしいことだが、「僕は君がいないとダメだ」「君なしでは生きられない」とかいうセリフが出ると、ウゥ、ご勘弁を・・・とたんに気持ちが離れる。
夫は、私と結婚するときに、
「君がいなくても、生きられる。君がいなくても、支障なく生活できる。たとえば先に君が死んでも、べつに俺はそのまま淡々と生きていくだけだろう。でも君がいるほうがたのしい。」
というようなことを言った。
私は、なんて安定した人だろう、と感じ入って結婚を決めた。
(そしてそのお言葉に甘え、たまに彼を放り出して遊びに行っているのだが。)

なにものにも縛られたくない。なにものからも自由でいたい。
っていうことなのかなあ。
いろんな物事にたいして、執着心が、すくないのよね・・・
とにかく私は、依存症にはきっとこの先も無縁なので、禁断症状に苦しむこともないだろう。

薬物中毒から脱するときの苦しみを描いた映画で、秀逸だったのは「トレインスポッティング」だ。
なにかの依存症気味だったら、ご覧ください。
ユアン・マクレガーがやってくれます。

by apakaba | 2003-04-17 17:25 | 生活の話題 | Comments(0)
2003年 04月 16日

口の大きさの差が……「ノッティングヒルの恋人」

「コシヒカリ」が、年度初めで9:00登園・11:30に降園するため、午前中はせわしない。でも車をすっ飛ばして泳ぎに行ってきた。
短時間に、集中的に泳いだからくたびれた。
当欄を書く元気ナシ。
日記を見に来るロムの方に申し訳ないけど、きょうはどうにも・・・。

洗濯物をたたみながら、10分とか15分とかわずかの時間で、ブツ切れにDVDをよく観ている。
ここのところ、我ながらなにを血迷ったか『ノッティングヒルの恋人』を借りてしまっている。ラブストーリーという冠詞以外つけようがない話だ。
ヒュー・グラントとジュリア・ロバーツのキスシーンになるたび、ふたりの口に目が吸い寄せられる・・・だって、ジュリア・ロバーツの口は、ヒュー・グラントの口より、絶対二倍は大きいよ。
ウワ、食べられちゃいそう。

あまりにも口の大きさのちがう相手とキスするのって、どうなんでしょう。
ジュリア・ロバーツなら、たいていの相手は、食べちゃいそうだなあ。

by apakaba | 2003-04-16 17:22 | 映画 | Comments(0)
2003年 04月 14日

東京都知事選、石原氏勝利に思う

予想以上に、石原慎太郎は大勝した。
きのう行われた東京都知事選で、現職の石原都知事が300万票以上を獲得した。
対抗馬が無力なひとしかいなかったのもツライが、石原慎太郎だけは認めたくなかった。
彼ほどのファザコンて、あの世代にいるのだろうか。
60年代末から70年代に、彼が為した著作(小説じゃないよ。教育ハウツー本みたいな一連の奴)を読んでみるといい。
おぞましい男根崇拝と、女性蔑視(というより憎悪)に充ち満ちている。
「勘違い」では片づけられない。あのひと、性暴力礼賛主義者じゃあないのか?

石原支持者は、「ものをはっきり言うから好き」という。
けれども、インタビューや討論番組で彼がアップになったときの、あの表情やあの笑顔に、みんな不安をおぼえないの?
目の動かしかた、ことばづかい。不安定そのものだ。
追いつめられてゆく小動物の自己防衛本能であり、せいいっぱいの虚勢だ。
父性父性とひとつ覚えにくり返す勇ましさは、彼の弱さをきれいに映し出している。

弱いから、強い言葉を吐きたがり、強いものには無条件に憧れる。
80年代イギリスを牛耳ったサッチャーに惚れ込んでいた慎太郎は、自分も彼女に完璧に差別されている「アジア」の人間のはずなのに、そんなことには頓着せず、強い!ステキ!自分もあんな政治家に・・・!と、無邪気に礼賛してしまう。
サッチャーとあなたでは、強さが桁違いだよ・・・タカにもいろんな種類のタカがいるでしょ。

人間性と人気は、政治の場面では一致しないものなのかなあ。
いずれにせよ私は、彼が著書で説く「母たるもの、成熟していく息子の性器を触りながら褒めたたえよ」という育て方は、決してしないつもりだ。

by apakaba | 2003-04-14 17:19 | ニュース・評論 | Comments(0)