あぱかば・ブログ篇

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2003年 08月 20日

火星大接近

しばらくここを書けないので、話題を一つ書き残していく。

皆さん、私が日記に書いた「火星大接近」の話を覚えていますか。
(2003年3月30日分参照)
紀元後最大の接近とか、いや6万年ぶりの接近だとか報じられて、もはや想像の埒外、文字どおり天文学的数字が踊る、胸が躍る天体ショーだ。
あの日記を書いた当時は、フランスへ行くことを考えていなかったけれど、私は今月27日、パリにいるのだった。
時差はどうなんでしょうかという気もするけど、いずれにせよフランスで、火星を探すことになる。

皆さんも夜空を見あげて、探してみますか、火星。
探すまでもないほど、派手に大きく見えるのかなあ?
ああ、たのしみだ。
8月27日「火星大接近」、Don't miss it!

by apakaba | 2003-08-20 13:27 | ニュース・評論 | Comments(0)
2003年 08月 19日

渋谷「たばこと塩の博物館」

夏休みらしく、子供をみんな連れて、渋谷にある「たばこと塩の博物館」へ行ってきた。
(渋谷は、東京電力の「電力館」や、NHKスタジオパーク、東京都児童会館など、お金をかけずに子供を遊ばせる施設が多いので、休みどきにはたいへん助かる街である。)

夏休み企画の「塩の実験室」というコーナーでは、海水から塩を抽出したり、食塩水は電流をとおすか?といった実験をしており、私はほぼすべて眠りこけていたのだが、子供たちは熱心に見ていた。
実験の最後に、勝ち抜きじゃんけんをした代表の子供が、「かるめ焼き」をつくる。
目が覚めると、「コシヒカリ」が勝ち抜いて、壇上でかるめ焼きを真剣そのものの表情でかき回している。
すごいなあ、私はかるめ焼きなんてつくったことない、それどころか食べたこともほとんどないかも。
昔は縁日で人気者だったけど、いまはべっこう飴に押されてるもんなぁ。
だいたい、「かるめ」ってなんだ?カラメルが語源のような気がするが・・・ぼけっと見ていたら、まさにべっこう飴のような匂いがしてきて、じょうずにふくらませた。

たばこに関する常設展示のコーナーでは、『たばこを愛した人々』ということで昔の著名人(愛煙家)の写真がただ並んでおり、私は「こんなの見てもおもしろくないだろう」と思ったのに、「ササニシキ」が
「わっ!すごい!全部オレが知ってるひとばっかりだぜ!!」
と興奮したことに、かえって驚いた(社会科オタク)。
「太宰治!本居宣長!伊藤博文!小泉八雲!うっひゃっひゃっひゃ!吉田茂もいるぜ!(友だちなのか・・・)」

たばこの歴史をビデオで見ていたら、あのカラダに悪いたばこの代表ともいえる「ピース」が、戦後まもなく一般公募から選ばれた、平和を祈る意味を込めた名称であったということを知り、私はひとりで感心した。

大人も子供もそれぞれにおもしろかった。
無料入場券を持って行ったのでさらにトクをした気分だった。
建物を出てすぐかじったかるめ焼きもおいしかったです。
いいはんにちでした。

by apakaba | 2003-08-19 13:26 | 生活の話題 | Comments(2)
2003年 08月 15日

ワタシは男の子の声なのさ

家にいると、勧誘の電話が、よくかかってくる。
私は、電話にはかならずぶっきらぼうで間抜けな声で出るので、勝手に向こうがアホな娘と勘違いして切ってくれる。
でも、きのうは初めて、
「もしもしー」
「あ、お父さんかお母さんはいますか?」
「あのーええとええと、いません、どなたですか。」
「そうですか、息子さんですね、ではまたあらためて。ガチャ。」
む、むすこさん。
ついに男の子かい。
たしかに私は、アニメの男の子キャラのような声とも言われるのだが・・・赤の他人に頭から信じこまれると、さすがにショック。

「ポケモン、ゲットだぜ!(ポケットモンスター)」
「見かけは子供、頭脳は大人、その名は、名探偵コナン!(名探偵コナン)」
「海賊王に、オレはなる!(ワンピース)」
当代人気アニメといえば、ここらへんでしょうか。
いや、でも私は、べつにだれも演じてないんですけど。

by apakaba | 2003-08-15 13:24 | 生活の話題 | Comments(0)
2003年 08月 14日

ほおずきを鳴らせますか

お盆らしく、ほおずきでも飾ろうか。
スーパーではやくも特売になっているほおずきを一枝買って帰った。

「あぁっ!オレ知ってる、これって中に“とまと”が入ってるんだぜえ。」
「入ってないって・・・。ほおずきの中にはほおずきが入ってるんだよ。それでこの実を口に入れて、鳴らして遊ぶのさ。」
つい口を滑らせた。
「どうやってやるの!どうやってやるの!」
思い出してみたら、そんな遊びを、これまで子供たちに教えたことがなかったのだった。

まず、この皮みたいなのをぱりっと破って開く。
「ほーら出てきたぜ“とまと”が!」
だからそれはトマトじゃないんだってば。実を、よーく指で揉む。力を入れすぎると破裂します。気長に揉んで、やわらかくします。
「ねーこれくらいでいいの。」
こんなんじゃまだまだダメ。もっとブヨブヨになって、種が表面に浮き出てくるまで。
「うーんけっこう時間がかかるんだね。」

そこらへんまでよかったのだが、このあと失敗の連続。
「ササニシキ」のは、私が揉んだら力を入れすぎて破裂させてしまった。
「アキタコマチ」のは、自分で中身を出そうとしたら、裂けてしまった。
「コシヒカリ」のは、私がやったら、まだ中身が固くて、やはり口が裂けてしまった。
「おかーさん!!せっかくやわらかくしたのに、また最初からやりなおしだあ!」
それぞれ二つ目に挑戦、しかし「また破いちゃったらかわいそうだな」と思うと、なかなかふたたび種を取り出す勇気が出ず、つい
「つづきは明日やろう。」
と言ってしまった。

ふと気づいたら、あー、飾るはずの枝が丸坊主。ほんとにただの“枝”になっている。
これで実も全滅したら、母親の面目が立たないぞ・・・
緊張するう。
どなたか、秘策があったら教えて下さい、ほおずき揉み。

by apakaba | 2003-08-14 13:24 | 子供 | Comments(0)
2003年 08月 12日

のーなまにさぱやんぷーにゃん

「あーなたのおなま、え、は、あーなたのおなま、え、は、・・・あらすてきなおなまえねー。」
「コシヒカリ」が唄っている。

「おかーさん、この歌知ってる?幼稚園でやってたの。」
「うーん、おかーさんそんな歌詞をつけるのは初めて聞いたなあ。おんなじ歌で、そういう歌詞じゃないのなら、知ってるけど。」
「えっ、ほかにどうやって唄うの。」
「のーなまにさぱやんぷーにゃん。のーなまにさぱやんぷーにゃん。のーなまにさぱやんぷーにゃん、らささーやんさーやんげーー。」
「・・・・・・・・。」

沈黙のあと「コシヒカリ」は夢中になってひらがなのメモをとり、ついに覚えた。
幼稚園で歌い始めたら、お友だちにヘンな目で見られそう。
それにしても、この歌はなんなんだ?
何故私は唄えるんだろう。

ロシア語か何かかしらと思ったが、日本語歌詞では「可愛いあの娘(コ)はだれのもの・・・・・・椰子ーの木陰でランデブゥ」なんて唄ってもいたような気がするから、ロシアではなさそう。もっと南国っぽい。
ていうか、この歌いったいなんなの。
母が30年以上昔に唄っていたことしか覚えてない。

「のーなまにさぱやんぷーにゃん」
で検索したら、やっと一つヒットした。歌詞はこちら
「可愛いあのコはだれのもの」
では、このページがヒット。
インドネシア民謡でしたか。
思いつきもしませんでした。
歌声喫茶っぽいメロディー。私の世代より、私の親世代が懐かしがるかもしれない。
一世代飛び越えて、娘が自己紹介ソングとして口ずさもうとはね。

by apakaba | 2003-08-12 13:19 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2003年 08月 10日

シャールクが好きだった時代は

映画は好きなほうだが、理性を失うほど好きな俳優は、そうはいない。

本日はシャールクの映画を二本観てきた(2003年7月3日分参照)。
7年前のインドで初めて彼の映画を観て、一目惚れに墜落したときの感覚が久しぶりにこみあげ、胸がいっぱい。

思えば当時、私はたしかにヘンタイだった。
正規のインドビデオレンタルなど望むべくもなかったあのころ、ハラルフードの店が片手間にやっている、違法輸入ビデオを、異常に画質のひどいことを我慢して、片っ端から借りていた。
現在の家に越してくる前、孤独に沈んでいたころだ(サイトの随筆欄に〈対人恐怖〉として書いた)。
色盲の検査みたいに粗い画面の中のシャールクは、唯一の友であり、恋人であり、彼のダンスが夢の入口だった。
昼間から部屋のカーテンを引いて、ビデオに釘付けだった。
気に入りのシーン、気に入りの表情をすると、何度も巻き戻してそこを見るものだから、「次の瞬間にどっちの眉がどう上がるか」まで当てられるほどになっていた。
孤独で異常な時代だった。

ひさびさに観た大画面のなか、彼はやっぱりカッコよく、かわいく、素敵だった。
あんなに素敵で、遠い存在である大スターを、昨年の来日イベントのとき、間近で見ることができたなんて、いまとなっては夢としか思えない。
私はもう対人恐怖でも偏執的ビデオウォッチャーでもないが、それでもなお理性を失わせるスターだ。
(最早なに書いてんだかじぶんでもよくわからない。)

理性を失い、今日もたくさんインド映画DVDを買いこんでしまったので、借りたい方はどうぞ!連絡ください。

by apakaba | 2003-08-10 13:14 | 映画 | Comments(0)
2003年 08月 09日

北島康介記念プールってさ

北島選手って、まだハタチなのに?と、思わず心配。
先日閉幕した世界水泳選手権で、世界新記録樹立・金メダルを獲得した北島康介選手を讃え、彼が小学生時代に泳いでいた荒川区の区営プールの名称を「北島康介記念プール」と変えることに決定したという。

地元から有名人が出たことを喜ぶ気持ちは、まあわからなくもないけれど、これはちょっとヒドイなと思う。
彼はまだハタチだ。
水泳選手としても、まだもっと伸びるかもしれないし、不幸なことにまったくその逆になってしまうかもしれない。
私生活だってどうなるかわからない。
結婚生活が順調でなくなるかもしれない、それ以前に、恋愛沙汰でマスコミから不本意にクローズアップされてしまうかもしれない。
まだ人生の入口付近にいる若者に、重すぎるのではないか。
自力で勝ち得た金メダルの重みとぜんぜんちがう、とっても負担になりそうな重み。
せめて引退してから、つけてあげたらいいのに・・・と、気の毒になった。
(彼自身は、恥ずかしいからやめてほしいと最初は固辞していたが、荒川区長のどうしてもという熱意に押しきられたという。)

by apakaba | 2003-08-09 13:13 | ニュース・評論 | Comments(0)
2003年 08月 08日

といれのおもいで

昨日と今日の二日間で、トイレの改装工事が入っている(随筆〈トイレ改装工事、AとBの差〉参照)。
大人は多少我慢できるとしても、子供がいると家のトイレが使えないのは困るので、子供たちは近所の友人宅へお預けすることにした。

昨日の朝、職人さんが入る直前に、
「最後にもう一回入ってから出かけなさいよ。」
と促し、ひとりひとり用を足させた。
娘の「コシヒカリ」は、トイレのフタに座りこみ、しばらく物思いに沈んでいる様子だったが、そのうち「ひーーーん」と小さい声で泣き始めた。
「あたらしいといれになるのはうれしいけど、このといれがなくなるのは、さびしい。」
思いがけない反応に面食らった。
あんなに熱心にカタログや壁紙の見本を見たり、ショールームにまで行ったりして、
「あたらしいといれ、たのしみ〜。」
と言っていたのに。
そんなにこの子がこの小部屋と仲好しだったとは。

涙をふいて別室へ行き、戻ってきた。
メモ用紙にボールペンで、前衛絵画が描かれている。
「これ、といれのおもいで。まえのといれ、わすれないように。」
便器、壁紙、床、手洗いのタンク。水が出ている。
その上に、私が飾ったピカソの絵はがき。
ここでいろんなことを思ったりしていたの。
おかーさんも知らないことを?

いま現在、新しい便器が設置され、壁紙を貼っている最中。
夕方「コシヒカリ」が帰ってきたら、目を輝かしてくれるだろうか。

by apakaba | 2003-08-08 16:13 | 子供 | Comments(2)
2003年 08月 06日

老いること

夫の祖母が亡くなったという話を先月(2003年7月7〜16日頃)に書き、私のママチチの老母の話も、7月29日に書いた。
ところがというかなんというか、実はもうひとり、90歳の祖母がいる。
夫の、もうひとりの祖母のことを、当欄で一度書いたことがある(2002年12月15日)。
今日はひ孫たちを連れて遊びに行ってきた。

いま、祖母は体が弱って車いすの生活になってしまった。
耳もすこし遠いので、こちらの言ったことがわからないことがままある。
そんなとき、祖母は「ふーん」と言ってこくこくと頷くのだが、表情で「あ、いまの聞こえてなかったな」とわかる。
こくこくと頷く祖母は、一瞬、まるで私の娘くらいの、幼女みたいな顔になるのだ。

(曾)祖母と遊ぶ娘を見ていると、この小さな子が、大人になっておばさんになって、おばあさんになっていくのだ、そしていまのあどけない表情とおんなじような顔を−−ふと浮かべるようになるのだな・・・と、考えたりする。
祖母のほうも、昔々の、娘くらいに幼いころ、耳のよく聞こえないときのあの表情をしていたんだろうな、とも思う。
それをイメージすると、いつも、泣きたくなる。
人の一生の、たどるべき道をかいま見てしまうとき、胸を締め付けられる気がする。

by apakaba | 2003-08-06 16:11 | 生活の話題 | Comments(2)
2003年 08月 01日

2003年分の路線価に思う

今日、2003年分の路線価が公表された。
東京が非人間的な再開発で局部的に地価を上げたのは、まあ予想されたことだとしても、郊外の悲惨な有様よ。

八王子で、5000万円で分譲したマンションが売れず、1000万円に下げたところ申込者が殺到して倍率100倍に、というニュースも併せてやっていたが、これもキビシイなあーと思う。

売り出し当時に買って現在も返済に汲々としている先住のひとたちのところに、1000万円で買った住人がどっと入る。
屈託なく、つきあえるでしょうか。
というより、5000万出そうと決断できた家庭と、1000万なら買えるなあという家庭では、生活階層に、失礼ながら、隔たりがあると思うんだが。
私は団地や大きなマンションに住んだ経験がないからあくまで想像だけれど、ああいう集合住宅というのは、お隣さんと似たような生活規模どうしであるからこそ、お互いなんとなく信頼関係が持てるものなのではないだろうか。

売れりゃあいいのかい。
住む人同士のココロの問題なんか、どうだっていいのね。
なーんて、うちも比較的品のよい住宅地に、超低金利をいいことに食い込んじゃって、末席を汚している身分なの。オホホ。

by apakaba | 2003-08-01 16:09 | ニュース・評論 | Comments(0)