あぱかば・ブログ篇

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2003年 09月 24日

星座の一等星、知ってますか

「ササニシキ」←受験生 :オレ、いま星座の勉強をしてるんだ。一等星を覚えてるんだよ。
母(私) :ふふふふ。おかーさんはね、星座は得意なのよ。
サ :へーじゃあ、プロキオン。
母 :こいぬ座!
サ :カペラ。
母 :ぎょしゃ座!
サ :ポルックス。
母 :ふたご座!
サ :スピカ。
母 :おとめ座!
サ :アルデバラン。
母 :おうし座!
サ :アークトウルス。
母 :うしかい座!
サ :レグルス。
母 :しし座!
サ :おかーさん、すごいねえ。
母 :ほーっほっほっほ!まだまだ!
サ :フォーマルハウト。
母 :・・・ふぉ?
サ :フォーマルハウト。
母 :なんだそれ。そんなの知らん。
サ :みなみのうおだよ。
母 :うーーん、そんなのも試験に出るのか。・・・ところで君は、さそり座(「ササニシキ」の星座)をほんとの空で見たことあるの。
サ :ないよ。あるわけないじゃん。夜空なんか、見ないもん。
母 :ほーお、そうかあ、見たことないの。じゃあ来年の夏はキャンプに行って、星を見よう!!かっこいいよー、さそり座は。大きくて。

最後は話題をごまかして終わる。

by apakaba | 2003-09-24 16:04 | 子供 | Comments(2)
2003年 09月 22日

既視感と、鮮烈さ、スティングのニューアルバム。

スティングが4年ぶりにニューアルバム『セイクレッド・ラヴ SACRED LOVE』を出し、初シングルカットの『センド・ユア・ラヴ SEND YOUR LOVE』を一日最低二回は、どこかで耳にするようになった。
曲中のどの瞬間を切り取っても、あぁ〜〜スティングスティング。
スティングにしか絶対につくれない音の世界だ。

スティング(ポリス)、U2、ホール&オーツなど、デビューして20年や30年は軽く経ってる人々、彼らの最新アルバムを聴くと、どうにも胸を締めつけられる。
ほかのだれも真似できない、20年来のファンも、きのうたまたまラジオから聴いて心に残った人も、等しく「彼(ら)の音だ。」と識別できるような、確固たる独自の音楽。
しかし自分の作り上げた世界と決して馴れ合ってはいない、だってニューアルバムはかならず鮮烈さを持って世に送り出されるから。
もうここまでくると職人芸としか言いようがない。
既視感と、鮮烈さ、激しい火花が散る・・・あぁどっちでもいい、彼らのサウンド作りは素晴らしい。
それは、時代とともに歩むしなやかさだ。
自己を恃(たの)む強靭なプライドだ。

老醜をさらす日本の某大御所バンドよ、彼らの音を見習ってくれ。
いやちがった聴き習ってくれ。

by apakaba | 2003-09-22 16:02 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2003年 09月 21日

ご近所友だちがワタシの誕生会をやってくれる

もうすぐ私の誕生日ということで、ゆうべは近所の友だちがとつぜん集まり、誕生パーティーをやってくれた。
やってくれたといっても、大人8人・子供10人が来るし、なかでもうちの家族が一番の大人数だから、私も二品ばかり用意していった。

“なにかと理由を付けて、集まりたがる飲みたがる。そういうメンバーなんだよなぁ”
そう思いながら会場のおうちへ到着すると、モエ・エ・シャンドンが二本と、「まきちゃんおたんじょうびおめでとう」とデコレーションされたケーキが二台も。
そして、「・・・あの七夕のようなかざりものは・・・?」
折り紙を輪つなぎにした、1メートルくらいの飾りというかなんというか微妙なものが、壁にひょろ〜と貼り付けてある。
このおうちの男の子(3年生)が、私のために作ってくれたのだという。
これには感激しました。

いつものように、大人は馬鹿話・教育話などをえんえんとつづけ、子供は年功序列に従い、勝手に食べてお風呂に入って遊んでいる。
いつもとちがうことといえば、皆が合唱してくれて私がローソクを消したことくらいかな。
36歳になる今年は“大厄”の年だが、立派な厄払いになった(ような気がする)。

by apakaba | 2003-09-21 16:01 | 生活の話題 | Comments(0)
2003年 09月 19日

インド英語文学の騎手ロヒントン・ミストリーの「かくも長き旅」

朝のラジオで、レポーターが
「校長先生の発案で、学校の壁をストリートギャラリーにしたら、落書きがすっかりおさまりました!」
としゃべっているのが耳に入ってきた。
ん、どっかで聞いたような話・・・?
わかった!この校長はロヒントン・ミストリーの『かくも長き旅』を読んだな。

話題になっていたのは、吉祥寺にある藤村女子中学・高校という学校の外壁部分。
落書きをされては消しのくり返しで、違法駐輪も多かったのが、生徒の作品や、公募で集めた絵を飾るようにしたら、落書きも違法駐輪もやんだのだという。

ロヒントン・ミストリーを知る方は少ないと思うが、インド英語文学というジャンルの騎手であり、私もこの本は夢中になって読んだ。

ボンベイのアパートの住人たちの話で、アパートの前の壁は、落書きや立ち小便で悲惨な状態である。
そこへさすらいの絵師がやってきて、壁一杯にさまざまな宗教の神の絵を描いていく。宗教のデパートと呼ばれるインドで信仰されるすべての神を網羅するのだ。
すると、いつしか立ち小便のにおいは、捧げものの花やお香の香りにとってかわるのである。
これはべつにストーリーの中心ではないのだが、これを読んで「なんだ、鳥居のマークと同じかー。」と思ったものだ。

良心や、なんとなく抱いている宗教心に訴える方法が、日本でもインドでも、女子校の壁でも同じように行われていると知って、今朝のラジオがちょっとおかしかった。

それにしても校長はほんとにあの本を読んだのかなあ?
かなしいことに、絶版になっているらしいのだが・・・

by apakaba | 2003-09-19 15:51 | 文芸・文学・言語 | Comments(4)
2003年 09月 18日

アレクサンドロス大王と東西文明の交流展

東方遠征とか東西文明とかヘレニズムとか文化の融合とか、そのへんのコトバには、めっぽう弱い。

久しぶりに展覧会へ行ってきた。
上野の東京国立博物館で催されている『アレクサンドロス大王と東西文明の交流展』である。
古代の彫刻を堪能し、満足満足。

近現代の彫刻にはなんにも感じないのに、どうして古代の彫刻はあんなに心を動かされるんだろう。
アレクサンドロス大王や、ギリシア神の頭部など、触れてみたくてたまらなくなる。
あの頬、やわらかいにちがいない。あたたかいにちがいない。
像の正面から脇へ回りこみ、少しずつ角度をずらしながら見つめていると、妄想に取り憑かれる。
ロダンやジャコメッティと、なにがちがうのだろう?

そういえば、サイト随筆欄で書いた〈エロチックな肉体〉も同じ博物館でやっていたのだった。
古代の人のほうが、石にエロを吹き込むことに長けていたのかなあ。
人間の根源に、より近かったのかもしれないなあ。

by apakaba | 2003-09-18 15:49 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2003年 09月 16日

名古屋立てこもり事件と、映画

きょう、名古屋で、立てこもり事件があった。
容疑者と人質、警察官も亡くなるという最悪の幕切れになった。
ロケかと疑うような爆発の映像を見ていたら、どうしてもいろいろな映画のことを連想してしまった。

立てこもりで記憶に新しいのは「ジョンQ」と「交渉人」、観客は当然犯人役のデンゼル・ワシントンやサミュエル・L・ジャクソンに肩入れするけれど、名古屋の犯人はガソリンを撒いたという点で、映画よりさらに救われない気持ちになる。
ガソリンを持ち込んできたのなら、死を覚悟していたことはあきらかで、自分が死ぬことで遺族にお金が入れば・・・と考えたのだろうか、という推理は容易に成り立つ。
これではまるで、ジョニー・デップの超マイナー作「ブレイブ」のようだ。

立てこもり映画では、立てこもるだけの抜き差しならない理由があり、最後は要求もとおって、見物人や警察の怪我人も出ない。
けれども今日の事件は、3人の死者と、40人以上の怪我人が出た。
気分を盛り上げる音楽もない。
現実の事件は、映画より淡々と、そしてかならず悲惨に物事が進む。

by apakaba | 2003-09-16 15:48 | 映画 | Comments(0)
2003年 09月 13日

子供にウソをつかせる

子供にうまくウソをつかせるのは、とてもむずかしい。

友だちのお家といっしょに、渋谷にある東京都児童会館に行ってきた。
卓球やインラインスケート、特大サイズの将棋などで次々に遊ぶ。
工作コーナーもたくさんあり、連れていった子供たちは、それぞれ作ってみたいもののコーナーを自由に選んで、そこにいる指導員さんから作り方を教えてもらう。
幼稚園年長組の「コシヒカリ」が、小学生以上を対象としたテラコッタ粘土をやってみたいというので、
「いちねんせいですと言えば大丈夫、やらせてもらえるよ。」
とこっそり教えて、指導員さんにお願いした。

ほんの2,3分で、たちまち「コシヒカリ」は戻ってきてしまった。
指導員さんがあやしいと感じたのか、一年何組?と尋ねてきて、返答にぐっと詰まってしまったらしい。それで本当は幼稚園児だということがばれてしまった。

しょんぼりしていた「コシヒカリ」は、泣いてしまった。
やりたくてたまらなかった粘土をできなくなったのと、ウソがすぐにばれてしまったのが、つらかったのだろう。
かわいそうなことをした。
親として、よくないことをさせてしまった。

by apakaba | 2003-09-13 15:46 | 子供 | Comments(0)
2003年 09月 10日

アメリカ同時多発テロ二周年

アメリカ同時多発テロから、明日でまる2年が経つ。
あの日を境に、世界のパワーバランスは一変し、固定化したという見方もある。
実際には、それ以前からテロは世界のどこかで行われていたし、ついきのうも起きている。
けれども、あれほど大規模で、世界中の人の目を集めたテロはかつてなかったのも事実だ。

2年前、たまたまつけていたTVで、テロの中継を見た。
小さい画面に押し込められた信じられないような映像に、知らずのうちに唇を噛み、涙を流した。
全世界レベルのショーの中継の、自分も目撃者にさせられたことが、悔しくてたまらなかった。まんまと犯人の思うつぼにはまってしまったのだ。

なんてことをする。こんなことから、こんなやり方から、ひとつも学べることなんかないんだ!
夜中の映像を見ながら、心の中でくりかえし叫んでいたことば。
あの日以来、テロの報道を目にするにつけ、自分の声が聞き古したテープレコーダーのようによみがえってくる−−クソ!まただ!

by apakaba | 2003-09-10 15:46 | ニュース・評論 | Comments(0)
2003年 09月 08日

押韻

数日前、掲示板で、「最近の日本の流行り歌は覚えにくいが、ニッポンの歌謡曲は歌詞とメロディーが寄り添っているから覚えられるのだ」というようなことを書いた。
でも考えてみたら、英語の歌詞も、“韻を踏む=語尾の母音を合わせる”ことで、とっても覚えやすい歌が多いんだっけ。
たとえば、だれでも知ってるビートルズの「♪イエスタデイ〜」で始まるあの歌は、語尾に「♪エイ〜」を頻発してケダルい効果を出しているというような。

ローリングストーンズの歌詞も、きっちり韻を踏んでいるものが多くて好きだ。
「ルビーチューズデイ」はなかでも大好きな歌で、美しい歌詞を美しいメロディーに乗せて唄うと、クチビルが喜ぶのである。
訳詞にしてしまうと、たとえ名訳でも押韻(おういん)までは表現できないから悲しい。

中国の漢詩でも韻を踏む。
ほかの国の歌や詩に、私の知らないどんな美しい工夫が凝らされているのだろう。
砂漠の民が吟じる即興の恋歌、インドの大叙事詩、草を刈り、漁網を引く労働者の、掛け声の替わりとなる歌。
美しい歌。
それらは、声に出して唄うことで唇に快感を呼び、聴く耳に快感をもたらすにちがいないと思うのだ。

by apakaba | 2003-09-08 15:42 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2003年 09月 05日

サザン ○周年、といえばバイトのオモヒデ。

サザンオールスターズのデビュー25周年記念コンサートの観客動員数が、絶好調らしい。
サザンをばったりと聴かなくなって、はや20年ちかく経つので、もちろん「行きたい」などとは微塵も思わない、なのに、この“サザン ○周年”というキーワードが妙に心に触るのは、なぜなんだろう。

思い出した。
いまから15年前、つまりサザン10周年記念コンサートのとき、私は北海道にいて、二日間、会場整理と記念グッズ売りのアルバイトをしていたんだ。

15年前あたりは、私立文系大学生という、もっともだらだら過ごすことが許される身分だった。
旅行ばかりしていた。
とくに好きだったのが離島と北海道で、北海道には多い年で年3回、いったん行ったら2〜3週間はぐるぐる道内をまわっていた。
駅で寝る、駅で顔を洗う、普通列車の通路で寝る、銭湯にザックを持ち込んで入る、思い返すことすら恥ずかしくてできないような旅行をして、喜んでいた。
旅先で旅費でも稼ぐかーとやったのが、サザンのバイトだった。
そのコンサート限定モデルで、背中にSTAFFとプリントされたそろいのTシャツを支給された。
「旅費の足しのみならず、旅行中の服まで増えた、ラッキーだわ」と思った。

まだ外国へ行くことを考えていなかった当時、北海道をプチ海外に見立てていたのだろう。見立てられた側は、いい迷惑なはずだ。
脳内の“サザン ○周年”のキーワード検索で、なぜかまず最初に気恥ずかしく、できれば封印したいような気分がわき上がってくるのは、傍若無人だった当時を思い出すからだった。
(やっとこの1年後に、インド方面へ旅立ちます。)

by apakaba | 2003-09-05 15:39 | 思い出話 | Comments(0)