あぱかば・ブログ篇

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2003年 10月 31日

「活字離れ」って、だれに向けた言葉

“活字離れ”という言葉の接頭語には、“若者の”が決まって付いてくる。
うちには12歳・9歳・6歳の、若者と呼ぶにはいささか早めな子供たちがいる。
3人ともよく本を読む。
末っ子はシートン動物記のシリーズに夢中だし、まんなかは伝記を片端から読んでいる。長男の口癖は、「あぁ〜、オレにはいま読みたい本がものすごくたくさんあるの!」である。
幼くてもこんなに読書の楽しさを知っている(学校の先生っぽい言い方だと、“読書習慣が身に付いている”)ということは、それはもう一生ものの財産を手に入れているようなものだと思う。

さて周りの子たちはどうかというと、やっぱりけっこう読んでいるなあと感じる。
6年生の男子は、休み時間や登下校時に、本の話題で盛り上がるらしい。
もちろん、ゲームの攻略本や漫画じゃなくて、星新一や小野不由美などの文庫本だ。
本を貸し借りしたり、何巻にも渡る大長編を、今ここまで読み進めたぜ、とか、新刊でこの小説はおもしろいぞとか、情報も交換している。

書斎派タイプの子ばかりではなく、サッカー一筋で勉強には興味なし!と言い切る子や、外見から「キミはさすがに、本なんか読まないでしょ?」と思っていたようなやんちゃな子まで、しっかり読書はしているという。

いい小学校だねえ。
自分だけ読書していても、周りがだれも活字に縁のない人ばかりだったら、つまらないだろう。
話題の合う友だちを持って、子供たちは幸せだと思う。
子供の話を聞いていると、活字離れって本当の現象なのだろうかと思ってしまう。
もしかして、うちで一番読書量の落ちてる人は、いまや……私ですか?

by apakaba | 2003-10-31 15:20 | 子供 | Comments(9)
2003年 10月 30日

おもちゃを買ってみた

きのうは幼稚園のお弁当がない日なので、「コシヒカリ」とふたりで、お昼にファミレスへ行った。
入口すぐのところに並んでいる、子供向けのおもちゃの棚を見ていた「コシヒカリ」が、めったにしないおねだりをした。
「あのね、アクセサリーがいっぱいはいってる、ほうせきばこがあったの。それをかってほしいの。」
くだらないおもちゃには必ずダメと即答する私が、なぜか「たまには買ってやろうか」と気を変えた。
いつも男の子とばっかり遊んでいる子が、いかにも小さい女の子が好みそうなおもちゃを欲しがったのが、うれしかったからだ。
中国製の、プラスチックでできた金色の箱を買った。
「コシヒカリ」は買ってもらえると思っていなかったからか、目をまん丸にして驚き、ぱあっと顔を輝かせた。

「はやくおうちにかえりたーい。このはこをあけてみたーい。」
胸にしっかりとおもちゃを抱え、帰りの車の中でもずっと言っていた。

家に戻って、さっそく開けてみた。
箱の裏側にカギのしまい場所があり、そこからカギを取り出して、鍵穴にさして回すとふたが開くのだ。
「じぶんでやってみる、やってみるー。」
と乞われるまでもない、「コシヒカリ」にやらせてやろう。
やはりプラスチックでできた金色のカギを渡すと、天にも昇るような表情だ。
「よぉーし。」
カギを回した。
とたんに、留め金が折れて飛んでいった。
初めて開けた瞬間に、カギはこわれてしまった。

とろけそうな笑顔は、みるみる曇っていった。
こういうとき、どういうことを言えばいいのか。
「『コシヒカリ』ちゃん、おかーさんね、『コシヒカリ』ちゃんが女の子らしいおもちゃを欲しがったから、うれしいなと思って買ってあげたのよ。『コシヒカリ』ちゃんの開け方が悪かったんじゃないのよ。でもね、ああいうところのおもちゃは、ちゃんとしてないものが多いの。だから、もうああいうおもちゃは、買うのよそうね。」
と言ったら、涙をぼろぼろこぼして、
「……ごめんなさい。……」
と言う。
「『コシヒカリ』ちゃんが悪いんじゃないよ……。」
できる限りやさしく、でも虚しくくり返す、心の中は怒りでいっぱいだ。
こんな粗悪品!
小さい子がこんなに傷ついてしまった。どうしてくれる!
そもそも、おかーさんの大事なお金を使っておもちゃをねだった私が悪いんだ、と、娘は自分を責めている。
あのとき、いつもと同じように「ダメ」といったほうがよかったのか、それとも粗悪品を買ってはいけないと知るための授業料か。

by apakaba | 2003-10-30 15:14 | 子供 | Comments(2)
2003年 10月 28日

おみそ汁の中にはなにを入れる?

晩ごはんのお味噌汁は、しじみにしよう。
私は味噌汁の具の中でしじみがいちばん好きかもしれない。
貧血防止&肝機能強化、私のためにあるような貝だ。

大学生のころよく読んでいた、椎名誠のエッセイだかなにかに、
「子供のころ、海のものが入っている味噌汁が苦手だった・・・芋や山菜など、山のものが入っているときはうれしかった」
と書いてあるのを読み、へぇーそんな人もいるんだ!ととても驚いた覚えがある。
私は塩味の潮汁(うしおじる)やエビ・蟹などが入っている味噌汁も好き。
もちろん家庭ではそんなぜいたくなものは出さないけど。

いつもぜんぜん入れないのは豆腐。
豆腐の味噌汁がきらいというわけではない。
大豆(味噌)&大豆(豆腐)という取り合わせが、栄養の面からどうももったいない気がしてしまうのだ。
それならほかの野菜などを入れておいて、豆腐は豆腐単体として奴(やっこ)などにしたい(そのほうが一品増えて助かるし)。

うちで人気のある具は、わかめ・なめこ・しじみ、あたりか。
キャベツ・玉ねぎなど甘みの出る野菜を入れるのが好きな人もいるが、うちでは「味噌汁が甘ったるくなって気持ち悪い」と人気ナシ。

お宅ではなにがよく入りますか。

by apakaba | 2003-10-28 15:11 | 食べたり飲んだり | Comments(13)
2003年 10月 27日

「ニューヨークの恋人」

映画のラブストーリーはほとんど観ないけれど、『ニューヨークの恋人』は最近のお気に入りである。
もちろん主演のヒュー・ジャックマンがこの上なく恰好いいのはいうまでもなく(そのことは当日記02年12月3,4日にも書いた)、現代が舞台のストーリーでは聞くことができないような、彼の古風な言い回しが楽しい。

19世紀の公爵が、現代のニューヨークにタイムスリップして来るという話なので、公爵の身のこなしも、言葉の選び方も、いまとすこし、或いはかなり、ちがっている。
俳優はオーストラリア人だから、発音は聞く人が聞けばいまひとつなのだろうが、たとえば「イヤだ」というとき、「No.」ですませるところを「I refuse.」、perdonにはかならず「I beg your〜」をつける。
私はヒアリングが不得手なのであまり例を挙げられないけれど、字幕に頼らず観ることができる人なら、いまどきの英語とのズレを楽しめるはずである。

ところで、21世紀に暮らすヒロイン(メグ・ライアン)が公爵に
「フランス語、話せるの?」
と尋ね、公爵がオペラの一節をフランス語でつぶやくシーンがある。
ヒロインの「フランス語、話せるの?」というセリフの言い方にも、彼がつぶやくのを聞き入る様子にも、「素敵、フランス語ができるなんて・・・」という憧れが表れていて、苦笑した。
フランス語、イコール素敵とてらいなく結びつく短絡ぶり、多くの日本人たちとどっこいどっこいかも・・・

by apakaba | 2003-10-27 15:09 | 映画 | Comments(0)
2003年 10月 26日

日曜日のゴールデン幸せパターン

日曜日は家族でプールに行く。
まだ先週から始めたばかりなのだけれど、それを恒例にすべく、二日酔い気味でもとにかくきちんと起きあがるのである。
夫は肩こりを解消するために泳ぐ。
左右対称の運動で肩を回すと、肩こりがとっても楽になるから。
私は子供の付き添いをしながら、流水プールでウォーキングをする。

それから食料や雑貨を買いに行き、たいてい本屋で立ち読みして、おもしろそうなDVDがあったら借りて、晩ごはんは決まってスパゲッティー。九割方、ペースト・ジェノヴェーゼ(バジリコ)。ごく稀にサルサ・デ・ポモドーロ(トマトソース)を作る。
ビールとワインでのんびり食べて、ふたりでDVDかTVを見て終わり。
これが、週休一日制で働いている夫の、日曜日ゴールデン幸せパターンらしい。

私は、ネットの動きも心の隅で気になっているのだけれども、それは平日に時間を取るようにして、ゴールデンパターンに協力するのである。
平凡で安上がりな休日だが、「ああ気持ちよかった」「美味かった」と心から満足して、次の週も働く気になってくれるのだからおやすいご用だ。
子供は、たまにしか会わないお父さんと一日いっしょにいるだけでたのしく、幸せらしい。
あれを買ってとか、どこへ連れていけとか言い出すほどの知恵が付いていないから、まだ可愛いもんだ。

by apakaba | 2003-10-26 15:08 | 生活の話題 | Comments(0)
2003年 10月 24日

いっぽう、宮沢元総理は

きのうの日記の続きになるが、引退を“勧告”されて断固拒絶した中曽根氏と対照的に、84歳の宮沢氏は引退を決意した。

ゆうべのTVでは、宮沢氏は50年の政治家生活を回顧し、
「一番思い出に残っているのは、やはり安保のときですねえ」
と、感慨深げな表情を見せていた。
その顔を見たら、それなりにこちらの胸に訴えてくるものはあったけれど、同時に、やはりもう引退すべきときが来ているんだなあとも考えた。

長い道を走りつづけてきた人が、そこから降りていくときにふりかえるのは、自分の一番輝いていた日々のことなのだろうか。
だとすれば宮沢氏の心がまっさきに帰っていくのは、1960年あたり、ですか。

安保が過去の遺物ではないことくらい、もちろんわかっているけれど、思い出はと聞かれてすぐに安保(今日的な課題としてではなく、ライブな“思い出”としての)と答えるのは、60歳未満の政治家からは出てこない感覚だろう。

これからは、ほんとうの安保・オリジナル版安保国会を体験し、語れるという、数少ない貴重な人材として、後進を育ててもらいたい。
あと、英語をしゃべる必要性も、伝達願います。

by apakaba | 2003-10-24 15:05 | ニュース・評論 | Comments(2)
2003年 10月 23日

いつまでもお若いのはなぜ。中曽根元総理

中曽根元総理は、73歳定年制を断固受け付けないというのだが−−
憲法改正を、生涯の仕事として50年間がんばって推し進めてきたのだから最後までやらせろ。と。

だけど、“後進の育成”という、60歳定年制の会社だろうとほかの職業だろうとふつうに行われているコトを、あなたは50年間ぜんぜんしてこなかったの?
ものすごく、強欲な人だなあ・・・ネットのニュースだけではもの足りないので、めずらしくTVをつけてみて驚いた。
・・・若ーい!
皺とり整形してるんじゃないの?!
85になどぜんぜん見えない。
小泉さんのほうが、過労のせいかむくんで老け込んでいるくらいだ。
さすが欲の皮が突っ張ってるから、皺もできないのかしら。

by apakaba | 2003-10-23 15:03 | ニュース・評論 | Comments(0)
2003年 10月 21日

デニーロの前立腺ガンが心配だ

ロバート・デニーロが、前立腺ガンを発見されたと夕刊に出ていた。
早期発見なので、完全回復するとあったが、ほんとに大丈夫なの。
前立腺ガンは男性だけのガンで、進行すれば生殖不能になってしまうのが、当人や家族にとって大きな問題らしい。

デニーロは演技派として名高いけれど、水も滴るいい男、だねぇ・・・とため息が出る映画も、何本もある。
『ゴッドファーザーpertⅡ』『ディア・ハンター』『ヒート』の三本では、私は片時も目を離せませんでした。あんまり男前で。
俳優としての彼に、治療が及ぼす影響は、これからどんな形で出てくるのか、う〜〜ん、気を揉むところだなあ。

by apakaba | 2003-10-21 15:02 | 映画 | Comments(0)
2003年 10月 19日

伯母の思い出

ここひと月ばかりの間に、友人のご家族やお友だちが亡くなるという知らせを、たてつづけに聞いていた。
やっぱり、寒暖の差が激しいことが、お年寄りや病人には負担になるのかな・・・と思っていたら、とうとう我が家にも、訃報が届いてしまった。
私の伯母が、急死したという。
亡父の姉にあたる人で、朝、お嫁さんが勤めに出たときはふつうで、夕方帰ってきたらすでに事切れていたらしい。
解剖の結果、脳出血ということだった。

父は、私が9歳のときに、やはり脳出血で急死した。
幼かったから、父とよく手をつないでいた私は、もう二度とお父さんと手をつなげないことがさびしかった。
母の手は、すらりと指が長くていい形であるが、父の手は小さいくせに肉厚で不格好だった、けれども私は、肉が付いた父の手の感触のほうが、好きだったのだ。

父の死後すこし経ってから、どこかへ出かけたときに伯母と手をつないだら、
「あ、お父さんの手にそっくり。」
と気が付いた。
それからしばらくの間、「伯母ちゃんと手をつなぎたいな。」と心密かに思っていた。


とびきり口が悪く、言いたい放題のわがままで、下町そのものの伯母ちゃんだったが、一度、私の前でとってもとまどった顔をしたことがあった。
それは、私が最初の出産をしたあと、里帰りをしていたときだった。
母はまだ勤めが忙しかったので、代わりに伯母ちゃんが来ていろいろ手伝ってくれた。
掃除やおむつの洗濯あたりはよかったのだが、私が胸を出して
「伯母ちゃん、私、おっぱいが痛いのー。揉み出すの、やってー。」
と情けない声を出した。
初めての授乳が思うようにいかず、母乳がおっぱいにたまってしまって、乳腺炎直前という状態になっていた。
そうなると、自分でしこりをほぐすのは難しくなってしまうのである。

私のおっぱいは、ガチガチに固まり、ずきずきと痛んでいた。
それを見た伯母は、
「ウワーお前こんなに腫れあがらしちまって。うぅ痛そう〜〜。だけど、伯母ちゃんだってひとりしか生んでないんだしこんなのずうっとやってないから、忘れちまったよ。うまくできるかどうだか・・・」
と、たいへん自信なさそうにいわゆる“乳揉み(変な話だが、授乳が軌道に乗るまでは必ずこれをやるものなのです)”をやってくれたのだった。
最初はかなりおっかなびっくりだったが、やがて調子が出てきて、しこりがどんどんほぐれていった。

「ひゃー、乳揉みなんて何年ぶりだろう!伯母ちゃん緊張しちゃったよ!うちは孫もいないし、そんなこと頼んできたのお前だけだもの。」
私が「ありがとう。楽になった。」と言うと、伯母はからからと楽しそうに笑った。

12年前、そういうふうに手当てしてもらったおっぱいのおかげで、長男も大きくなったというわけだ。次男・長女のときは、苦労なく乳管が開通した。
明日のお通夜に、はじめは私一人で行くつもりだったが、やはり長男以下子供全員、引き連れていくことにした。

by apakaba | 2003-10-19 14:58 | 思い出話 | Comments(0)
2003年 10月 18日

明け方にはLet It Be

すっかり日が短くなった。
早朝、お弁当を作るのに起きると、まだ真っ暗。
ラジオから、めずらしくビートルズの「Let It Be」が流れてきた。

ずうっと前、たぶん中学生のころから、この曲にこんなイメージを持ってきた。
−−−−−−−−−−−
前奏部分と一番の歌詞のあたりは、まだ夜明け前。
暗い部屋の中でくよくよしている自分。
やがてスタンドの明かりも必要なくなってくる、夜が明けてきたから。
間奏の、ギターが入るところで、さっと朝日が射す。
パーカッションも加わって、それはちょうど、窓に向かうと風さえ励ましてくれるような気持ちがする、一日の始まりのリズム。

歌詞など知らず、耳から入るメロディーだけをたよりに、こんな映像を浮かべていた。
あとで歌詞を知ったら、後半部分に

夜が暗くたれこめても
僕を照らし出す明かりがある
夜明けまで輝け Let it be

とかいうような詞があったのだった。

しかし本当に、暗いうちにこの曲を聴いたのは、初めてだった。
やっぱりこの時間に似合う、と料理をしながら確認した。

by apakaba | 2003-10-18 14:58 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)