あぱかば・ブログ篇

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2003年 11月 30日

インド・タージマハールホテルでイギリス紳士と話す

イギリスのことをきのうの本欄でちょっと書いたら、掲示板でイギリスの話がつづいている。

私にとって、イギリスという国は、ながらく“インドとネパールの旧宗主国”としてとらえられてきた。
ずいぶん前、ボンベイの世界的に有名なホテル、タージマハール・ホテルに泊まったことがある。
メインダイニングで、夕食を食べていた。
向かいのテーブルには、アングロサクソンとおぼしき男性が、ふたりでいた。
食事中、何度か目が合うと、にっこり笑いかけてくるから、こちらもにっこりし返す、そのうちに“ひとりなら、こっちのテーブルで、いっしょに食べないか?”と誘ってきた。

「いまね、キミが何人だろうと話していたんだよ。韓国人か、日本人、だけど僕は“韓国人の女性はひとりで食事はしないものだ。韓国人の女の子はかならずつるんでいる。だから彼女は日本人だ”と推理していたところ。」
と、カナダ人のほうが言った。
ふたりはビジネスでインドに来ていると言い、インド人は英語の発音がわかりにくくて、困ったもんだ…とぼやいた。
私が典型的インド人訛りの発音をまねると、彼らはかなり受けていた。

カナダ人が尋ねる、
「インドでビジネスをするのは大変なんだ。キミはどう思う?インド人との仕事の難しさについて、その原因は、どこにあると思う?」
「宗教かなぁ。信仰心の厚さ、それによって生活・行動のすべてが司られてる。異教徒には不合理だと思えることでも、宗教を重んじる人にとっては、それは大切なことだから。」
というようなことを私が言うと、それまで黙っていたもうひとりが、なにかしゃべりはじめた。

………!?
彼がなにを話しているのかさっぱりわからない!
インド人英語よりも、もっとずっとわからない。
いきなり会話のテンポががたがたと狂う。
私の困惑をカナダ人が察し、通訳してくれる。
その、もうひとりというのが、イギリス人だったのだ。
生まれて初めての、イギリス人との会話は、カナダ人の通訳がなければ成り立たないくらい、聞き取れなかった。
もうちょっと、口を開いて話してくれ。
聞き取れないんだからジェスチャーを交えてくれ。
心の中でイギリス紳士に叫んだが、最後までおんなじ調子だった。

というわけで、“米語に慣れている耳には、イギリス英語は聞き取りにくい”という噂にぴたり当てはまってしまった、イギリス人との邂逅だった。

by apakaba | 2003-11-30 17:23 | 旅行の話 | Comments(0)
2003年 11月 29日

夫のイギリス報告

掲示板での話題から、スティングの名曲「Englishman in New York」を思い出した。

「コーヒーは飲まない、紅茶がいいんだ。トーストはよく焼いたほうが好きだな。……いつもステッキを持っているんだ。肌身離さず持ち歩くのさ。」

ずっと、スティング自身のことだと思ってきた。
あとから、彼の亡くなった友人のことを書いたのだと知ったけれども、それにしてもなんとまぁ、自嘲的ともとれるくらいの、ステレオタイプなイギリス紳士の姿だろうか。

教員の夫が、今年、2回イギリスへ行ってきた。
一度目は修学旅行の下見、二度目は修学旅行本番、200人の女子中学生を連れて、疲労困憊で帰ってきた。
彼の感想はなによりもまず、「食い物が、まずい!」
私はイギリスへ行ったことがないけれど、噂によると、中国・韓国・インド料理などはなかなかいけるそうだが、修学旅行でそんな地域に出かけるはずもなく、いわゆる正統派イギリス料理をずっと食してきたわけだ。
なんでも油でグリルする朝食、フィッシュアンドチップス(揚げアンド揚げ)、重たいデザート、そして驚いたのが、コーヒー・紅茶のまずいこと。
どうやって淹れたのか教えてほしいくらい、まずかったのだそうだ。

—え、コーヒーはともかく、紅茶の国じゃぁ、なかったの?
—そんなことぜーんぜんない。交流校に行ったり、打ち合わせしたりいろいろしたけど、コーヒーが出てきた。ほんとにおいしい紅茶をたのしむなんて、一部の上流階級だけだろ。庶民はカスみたいなコーヒーを飲んでる。だから空き時間は、スタバばっかし。スタバの進出が、すげえんだよ。助かったけど、なんなんだよって感じ。フランスだったら、すんげえうまいカフェがあって、いつまでもヒマつぶせるのにさー。そういう店ってぜんぜんないんだよ。

とても意外だった。
イギリス人が味音痴というのは定説だけど、へぇ、紅茶飲んでないんだ?
思えばスティングのこの曲を聴いていたのは、いまより15年くらい前。
沢木耕太郎の『深夜特急 第三便(単行本時代ね、勿論。文庫は邪道なのさ)』の出版を心待ちにし、沢木特有の“ここではないどこかへ”というフレーズに、強烈に憧れていたころだ。
世界の片隅にみずから身を寄せていく、そんな旅、異邦人の気分に惹かれていた。
だからその文脈で、スティングのあの曲をもとらえていたのだ。
あぁそうなんですか、いまどきのイギリス人は、こんなふうじゃないんですか。
時代が変わったのか、それともザ・アメリカ資本・スターバックスコーヒーの進出とも、関係あるのか。
いずれにせよ、イギリスへ旅行に行くことは、ないと思うけれど。
だって、いまの私は沢木的旅をすっかりやめてしまって、食べに行くようなものなんだもん。

by apakaba | 2003-11-29 17:18 | 旅行の話 | Comments(0)
2003年 11月 28日

赤口紅と、グロス、どっちが作戦勝ちできる?

来る、来ると言われつづけて、ちっともこないぞ赤口紅。
いつになったら“来る”んだ?

あんまり洒落っ気のない私でも、一応たまにはファッション雑誌チェック、コスメ雑誌チェックはする。
ここ数年、ずっと
「次の季節には、リップグロスに替わって、赤口紅が流行する(=“来る”)」
と予想されるのだが……、あれれ、あいかわらずグロスは不動の人気のまま。
世の女性のクチビルは、てかてか・きらきら・うるうるしっぱなし。
どうしちゃったの、なぜ毎度、赤口紅時代到来の予想は外れるの。

そんなの「グロスが楽だから」以外に答えなんかない。
赤口紅は塗る前も緊張、つけているあいだじゅう緊張、そして落とすのも手間がかかる。
グロスなら、塗るとき鏡も要らないくらいだし、水分・油分たっぷりだから、荒れる心配もないし。
いったんグロスの手軽さを知った女性を、昔の女優のような赤口紅にもどってこさせるのは、ほかのファッションに関することよりもはるかに難しいだろう。
ヘアスタイルやカラーリング、服やバッグの流行などは、苦笑するほどファッション誌の予想どおりになるのに、皆、赤口紅だけには、言うことキカナイのだ。
予想の謳い文句には、たいてい“(赤口紅をつけて、)ドラマティックに変身”とあるけれど、女性たちは、グロスに安住の地を見つけてしまい、ドラマティックに変身なんぞしたくはないのね。

でも、もっとドラマティックなのは、その逆パターンだときのう知った。

いまどきめずらしく、ふだんから毎日赤口紅をつけている人。
いつもキレイな人だなと思っていたけれど、きのうはどこへ出かけたのか、相当気合いの入ったおしゃれをしていて、そして口紅が、定番の赤じゃない、うすいピンクのグロスだった。
思わず息が止まるくらいきれい。別人みたい。
「うあ!どしたの、キレーー」とアホっぽい声を出してしまった。
どきどきしちゃうくらい、ふだんとイメージが変わった。
すごいすごい。
完璧な作戦勝ち(?というべきかどうか?)だわ。

まあ、これも本人が、かなりの正統派美人だというのが前提ですが……

by apakaba | 2003-11-28 17:11 | ファッション | Comments(0)
2003年 11月 26日

資本主義社会に花咲く「アキタコマチ」の夢

小学校3年生の次男「アキタコマチ」は、将来の夢がたくさんありすぎて、破裂しそうだ。
小説家になりたい、でもあんまさんにもなりたい、でもでもいま一番なりたいのは、“コーヒー屋”さんかな。
朝、私のコーヒーを上手に淹れることに、真剣に取り組んでいるのだ。
豆を計り、ミルで挽くところから始めている。

母: コーヒー屋さんて、どういうのがいいの。たとえば、スターバックスコーヒーだったら、すぐに始められるのよ。スターバックスのやり方に従って、ブランドのマークもそれを使って。でも、店長にはなれるけど、自由はないね。スターバックスという大ーきな会社の全体を見るのは社長だからね。

ア: いやいや、オレはそういうのいやだ。自分でアイデアを出して考えたいの。自分だけのお店がいいの。

母: なるほど。それだと、考えるたのしさはあるね。誰にも押しつけられないし。でも一から自分一人で始めるのは大変だよ。

ア: いいの。オレには考えがたくさんあるの!

母: ふーんそれなら、まずどういう場所にお店を開くかで、だれを主なお客さんに絞るかも決まってくるんだよ。たとえば、幼稚園のすぐそばに作るとすると……

ア: 子供を送り迎えするお母さんたちだ!子供を連れてくるかもしれない。そうしたら、お店の前に、風船をたくさんふくらませておいて、子供にはサービスするんだよ。子供には、安い値段でジュースを出すんだよ。それで疲れたお母さんには、サービスで肩を揉んであげるんだよ。オレは子供だから、子供の喜びそうなことがよくわかるんだ。

母: ふーんなるほど。でも、子供連ればっかりだと、ひとりのお客さんがうるさいって思うかもしれないよ。

ア: そうか。じゃあ、会社のある建物のそばに作ったら、会社帰りの疲れた人たちが集まってくる。そんで、疲れてるから、マッサージをしてあげるんだよ(彼はどうしても得意なマッサージをサービスしたいらしい)。食べ物も置いておけば、お昼に買いに来るよ。

母: ほほーそうか。いい考えだね。でもコーヒーを淹れるのも、マッサージも、みんな一人でやるの?それだとすごく自分ばっかりが忙しいよ。だからといって人を雇うと、その人にお金を支払わないといけないし、その分自分の取り分は減るね。どうする?

ア: う〜〜ん、どうしよう……。でもオレ、どっちも自分の力でやりたいんだよ!人にやらせるなら、それは自分のお店とは言えないんだよ!

母: いわゆるただの経営者にはなりたくないってことだな。

ア: でもさーおかーさん、食べ物とかも売ると、売れ残りとか、どうするの。

母: 売れ残りがなるべくないように、一日に何人くらいのお客さんが来るのかをよくしらべないとだめ。そうしないと、食べ物を置きすぎても、結局は捨てちゃって、ムダばっかり出るからね。

ア: そうか……。お店って、けっこう難しいんだねー。…うぅ!おもしろそう!!オレは人に喜んでもらいたい!喜んでもらえる仕事が好きなんだ!

「アキタコマチ」の夢は、意外に明確なのかも。
夢になるべく沿うように、資本主義についてごくかんたんに話し合う。

by apakaba | 2003-11-26 17:03 | 子供 | Comments(0)
2003年 11月 25日

老いては子に従え。ろこーきょー事件は説明できますか。

「おかーさん、廬溝橋事件は知ってるの。」
「ササニシキ」が言う。

母: ろこーきょー事件。ええと、ああわかった、イギリス人の将校さんが落馬して、死んで、もめて……
サ: いやそれは生麦事件。しかもイギリス人は落馬してないし。
母: そうか!あのーあれだ。橋を爆破しちゃうやつ。
サ: いやそれは満州事変。しかも橋じゃなくて線路だし。……おかーさん、わざとまちがえてるの?
母: (しばし笑いすぎて沈黙)……あのう、ろこーきょー事件て、なに。

最近、こんな調子。
子供に教わってばかりいる。
私は日本人として、日本史の知識がなさすぎである。
以前から、恥ずかしいことだと思ってはいたのだ。
このさい虚心坦懐に、子供から教わった方がいいわね。

by apakaba | 2003-11-25 16:59 | 子供 | Comments(0)
2003年 11月 23日

浅い眠り、安い夢

飲みすぎたら、かえって眠りが浅くなる—そばにだれか立っている。
だれ。
ああこの人は、昔好きだったあの人だ。○×○×だ。
見向きもしてくれなかったあのころと、ちっとも変わっていない。
「○×○×。私は…会いたかったのに。なんで?なんで?」
安いかきくどき方。自分でいやになる。
この調子だから、ぜんぜん相手にしてくれなかったんだな。
わかっているけど、口が止まらない。
○×○×……何度も名前を呼ぶ。しかも泣いてる。
なにやってんだぁ。
だめだ、はまりこんでる。抜け出せない。

「○×○×!!」
寝室にひびく声。
自分の声にびっくりして、目を開けた。
次の瞬間、ザーッと血の気が引く音!
うあああ〜。
と、と、隣で寝ている夫が…聞いただろうか?
暗やみの中で耳をそばだてると、規則的な寝息がすぐそばで聞こえた。
寝汗で、アルコールがすっかり消え去っていた。
あぁ、飲みすぎたー。

by apakaba | 2003-11-23 16:56 | 思い出話 | Comments(0)
2003年 11月 21日

ボジョレー・ヌーヴォーを飲む

きのう、当欄に「私はボジョレー・ヌーヴォーを買ったことも飲んだこともない」と書いたところ、さっそくお誘いが!!!
ご近所のゆかさんが、今年のボジョレーをたくさん買ったけど、いそがしくて飲む機会を失いそうだという。だから、
「いきなりすぎるんだけど今夜なんて……どうかな」
ガクセイじゃあるまいし、そのノリがいいぞーなんてイイ奴なんだーーゆかーー。
ということで、急遽お相伴にあずかることとなった。

ゆかさんが持ってきたのは、“樽出しヌーヴォー”という、近所の酒屋さんが樽ごと買い付けたボジョレー・ヌーヴォーを、自前の瓶に詰めて売ってくれるものであった。
(酒屋さんについての詳しい話は、サイト随筆欄〈ワイン会〉をご参照ください)
お店の手書きラベルがぺたんと貼り付けてあり、その瓶はなんと、日本酒“賀茂鶴”の瓶であった……たのしすぎる。保存もきかないってことだね。早く飲んでしまわねば。

とりあえずビールを一本飲み、いよいよ生まれて初めてのボジョレー・ヌーヴォーなのである!
うまい。
ああなんてフレッシュなんだ。
軽いけどそれなりにとろっとした感覚もあり。
果物をたくさん食べたときのような充実感。
ビタミンCが体に入るのを感じる〜。
ワインは果実酒なんだなァという認識をあらたにする。
若いワインで、体が若返るようだ。
うまいうまい。

とかなんとか言ってる間に、ゆかさんは用事で早く帰宅した。
私はそれからまたビールを飲んで、ボジョレーの残りを飲んで、そしてやっぱりボルドーの98年ものを、あ〜あよせばいいのに、開けてみたくなっちゃったのよ。
だって飲み較べたいじゃん。

ああこれもやはりうまい。
重さが気持ちいい。
ワイン・チーズ・パン・ワイン・チーズ・パンのゴールデントライアングル飲みすぎパターンに、やすやすとはまりこんでゆくワタクシ。

by apakaba | 2003-11-21 16:51 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2003年 11月 20日

ボジョレー・ヌーヴォー

今日は、今年のボジョレー・ヌーヴォー解禁日だ。
(毎年、11月の第三木曜日の午前0時と決まっている。)

私はボジョレー・ヌーヴォーを買ったことがなく、じつは飲んだこともない。
80年代、“ボジョレー・ヌーヴォー”は日本のバブルを象徴する代名詞のひとつでもあった。
ワインを日常的に飲む習慣もろくについていなかった当時、耳新しいおふらんすのコトバとともにもてはやされ、解禁日のパーティーなどが派手に行われていた。
やがて不景気到来とともにその熱狂は下火になっていた。

ボジョレー・ヌーヴォーという単語は、だから、私にはまずその恥ずかしいバブル期の記憶に結びついてしまう。
それで敬遠していたという理由もあるのかもしれない。

しかし、フランスが好きになって何度か行くようになり、とくに今年の夏、憧れのボルドー地区のぶどう畑を目にしてからは、「ボジョレー・ヌーヴォーもいいかも」…と思い始めてきた。
かつての日本でのボジョレー・ヌーヴォー人気は、まったく根のないお祭り騒ぎだったけれど、そもそも“今年穫れた作物の、初物を尊ぶ”ということは、東西を問わずふるくから農耕民に与えられてきた、神への感謝の重要な機会である。

きのう、娘のキリスト教系幼稚園で感謝祭の催しをしたが、アメリカではこの時期がサンクス・ギヴィングデイとなる。
やっぱりおんなじなんだな。秋だから収穫を祝いましょうって。

とりわけ、酒好きというのは元来が卑しい人種なのである。
熟成なんぞなんのその、できたぁ初物だあー、それーっ!
と飛びつく。
それもいいんじゃない。
飲み食いするのが大好きな私の性に合う。

で、今年のボジョレー。
飲んだ方、感想をお寄せください!

by apakaba | 2003-11-20 16:50 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2003年 11月 18日

中学受験生の母親

私は、コドモに甘い母親なのかなあ。
ずっと、自分は厳しい母親だと思ってきたけれど、ここのところ、自分への認識を改めはじめている。

長男の受験まで、あと二ヶ月半を切っている。
そう言うと、周囲の人からはかならず「大変でしょう!?」と言われるけれど、ぜんぜん大変じゃない。
私は、模試の見直しの方法や、受験のテクニックは教えるけれど、勉強そのものは教えないことに決めているから、ただ塾用弁当を作って、「行っといで。」と一声かけるだけ。
長男「ササニシキ」は、これまたまるっきりプレッシャーを感じないタイプで、いつも朗らかに勉強している。落ちたらどうしようとか、恥ずかしいとか、いやなことは一切アタマにないのだ。
「落ちたら高校受験でがんばればいいのさ。いま勉強してることが役にたつのさへっへっへ!“さきどり”だぜ!」
だからうちは、追い込み時期の受験生がいる家庭のイメージからはほど遠く、いつもハッピーで脳天気な笑い声にあふれてしまっているというわけだ。

「勉強しないと、公立にしか行けないのよ」
「公立に行ったらもうおしまいよ」
などという脅し文句で勉強をさせる親もいる。
でも私にはどうしてもそういうセリフが言えない。
小学生に、睡眠時間を5,6時間に切りつめさせて、ふらふらになってまで勉強させるのも、できない。
ふつうに勉強して、うからなければべつにそれでいいじゃん、12歳で人生が決まるわけでもないんだし、という考えが頭にあるから、キツイ言葉を言えないのだ。
「自分が後悔しなければ、それでいいの。実際は生きてれば後悔ばっかりなんだけどさ。落ちても、あぁーがんばったなー、勉強やっておもしろかったなーと思えれば、いいのよ。」
とか、つい言ってしまうのだ…これでがむしゃらにやるわけがないのだよ。

子供には、嘘をつきたくない。
ホンネでものを言いたい。
そう思っていると、どうも甘い母になってしまう。
きのうも、「ササニシキ」に
「おかーさん、オレは今日すごいいっぱい勉強をした。だからプールに連れてって。」
と夕方に頼まれ、ついつい「いいよ」と連れていき、あげくに、あ〜ぁ、見事に風邪を引かせてしまった……はいごめんなさい、受験が終わるまで、大事をとってプールはよしときます。

by apakaba | 2003-11-18 16:47 | 子供 | Comments(0)
2003年 11月 15日

「音楽会」

「ササニシキ」と「アキタコマチ」が通う小学校の『音楽会』だった。
私は子供の行事が大好きなので、全学年を見た。
タダで、あれほど感動させてくれるエンターテインメントは他にないもの。
うちによく遊びに来る悪ガキが、見たこともないような表情で楽器に取り組んでいる姿を見るだけで、もう涙腺が、あ〜〜〜。

今日まで、いいことばっかりじゃなく、子供なりにいろんなことがあり。
人気のある楽器のオーディションに落ちて悔しい思いをしたり、いじめのあるクラスとか、とつぜんキレる子とか、家族に急な不幸があったり、とにかく音楽が嫌いで練習放棄の子供とか。

でも、各学年の演目の途中で、全校生徒がそろって唄った合唱は、そういうことをすべて(すくなくとも、そのいっときだけでも)押し流してしまう力を持っていた。
顔の半分を口にして、地声で唄いきってしまう低学年から、高音に美しい声を出そうと苦心し、受験勉強でちょっとお疲れ気味の高学年まで、300人以上がこっちを向いてひとつの歌を唄う声には、胸を圧されるような数のチカラを感じた。

子供たちのほうは、どういう感じだっただろう。

自分をいじめる奴とか、ふだんから気に食わないと思ってる奴とか、はたまたひそかに好きな子なんかとも、とりあえず並ばされて、芋洗いの状態で唄う。
自分の声も聞き分けられないくらいの、圧倒的な数の声の中にいて、ライトを浴びて、真向かいには、感動した面持ちのたくさんの大人が、みーんな自分たちを見ていたら。
それはやっぱり、彼らなりにひきずっている諸々の痛みを癒やせる時間になったのではないかなあ。

そうだといいな、と願った。

by apakaba | 2003-11-15 16:45 | 子供 | Comments(0)