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2004年 07月 30日

ねんざの治療に行っている

五日ほど前、渋谷のスターバックスの段差ですっころび、足首をひねってしまった。
それからほぼ毎日、接骨院にかよっている。

仰向けに寝て、足首に低周波を流す。
この15分くらいの間に、たいていうとうと寝てしまう。
つづけて先生が電気マッサージをしているときも、まだ眠くてぼんやりしている。
ところがそのあとにする「お灸」で、否応なく目が覚める。
「うぁぢぢぢぢぃ〜〜〜ッ!!!」
初めて足にお灸を据えたとき、もう少しのところで、足をのぞき込むようにしていた先生の顔を蹴り上げそうになった。
それからは、あ、次はお灸だと思うとしゃっきりと目覚め、決して足を動かさないようにガマンしている。
でもやっぱり熱い。
「あちち!」くらいは、どうしても声が出てしまう。

「いたっ(痛い)!」とか「あちっ(熱い)!」とかって、思わず反射的に口から出るのに、どうしてちゃんと日本語になっているのかな。

by apakaba | 2004-07-30 00:00 | 健康・病気 | Comments(0)
2004年 07月 29日

いいレストラン

いい店は……してほしいことを「してほしい」って思う一秒前に、先にしてくれるお店のことかな。
ワインが途切れる寸前につぎ足してくれるとか。
チーズがなくなる一瞬前に、乾きもののつまみを持ってきてくれるとか。
もうこれ以上はお酒は飲まないってわかってるお客(我々)に、エスプレッソをもう一杯サービスしてくれるとか。

by apakaba | 2004-07-29 23:59 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2004年 07月 27日

夫婦でまだやっていないこと

子供が旅行に行っているので、夫婦ふたりで近所の飲み屋に出没している。
今夜は、天ぷら屋へ行ってきた。
待ち合わせの最寄り駅まで、私は自転車、夫は仕事帰りに直行したから、帰りは自転車が一台しかない。
二人乗りで帰った。

初めて夫と自転車の二人乗りをした。
まだまだふたりでやっていないことっていろいろある。

by apakaba | 2004-07-27 23:56 | 生活の話題 | Comments(0)
2004年 07月 22日

グレイは日本語で歌を唄う楽しさがあるの

きのうかおととい、掲示板で「私はグレイが好きだったりします」と書いた。
GLAYなんて若い人が聴く音楽だけど、“若い人が聴く音楽”のなかでは圧倒的に好きだ。
詞と曲が、よく合っているから。

ラジオから毎日、イマドキの音楽が流れてくるから、日本のポップスは知らずのうちに耳にしている。
箸にも棒にもかからない曲ばかりで嘆かわしい。
平凡なメロディーだけど耳障りというほどでもない曲がかかり、歌詞はどうかなとあらためて意識して聴くと、ああ、これはどうにもならない。ヒドイ。

グレイの詞は率直で、気恥ずかしいところもあるけれど誠実さがある。
音符ひとつに、音節ひとつが乗る。
だから唄いやすい(あと、音程が私の低い声にぴったり合う)。

「お前の心 孤独と背中を合わせて なくしてた自分の二分の一を求めてく」
「賽を振る時は訪れ 人生の岐路に佇む」
「ため息で曇った窓を開けて 恋に身を寄せる 新しい日々に出逢うために…」
このあたり、伸びのあるメロディーに乗せて大きい声で唄うととても気分がいい。
グレイには日本語で歌を唄う楽しさがある。

by apakaba | 2004-07-22 23:53 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2004年 07月 20日

「オトコにわすられて……」和泉式部日記

ogawaさんより、掲示板に「貴船神社へ行きました」との書き込みをもらい、「貴船神社って、なんか、どっかで、聞いたことがあったな」とこの数日引っかかっていた。
今朝、掲示板を開いたら、常連の皆さんからホトトギスの初音についての書き込みが続いており、その中で与太郎さんが和泉式部日記の歌を引用していた。
貴船。時鳥。和泉式部、ああ、そうか。
10年前に書いた当書評欄の『和泉式部日記評』の文中に出てきたことばかりだったのだ(詳しくは評をお読みください)。

和泉式部が有名な「あくがれいづる…」の歌を詠んだのは貴船神社へ詣でたときのことだった。
その註が、「男に忘られて侍りけるころ」ときたもんだ。
古文では「男」とか「女」とか、とってもストレートに言う。
いまの日本人が会話していて、「女がさー」とか「あたしの男が」とかいうと、あまり上品には聞こえないけれど、当時は堂々と「男からほったらかしにされてる今日このごろなワケ、あたし。だからぱーっとお参りして厄落としなの〜」ってノリだ。
おおらかでいいなあ。
10年ぶりに読んでしまったよ。

こんなふうに、いくつかの偶然が重なって、「ん?なんだろう?」としばし考えていると、するするっと符号が一致するような日って、ありませんか。

by apakaba | 2004-07-20 23:52 | 文芸・文学・言語 | Comments(0)
2004年 07月 18日

昔の自分をハズカシイと思う相手

たったいま、掲示板チェックをして、ドキッとした。
連載中のインド旅行記でいっしょだったNさんから書き込みがあった。

あの旅行は、ちょうど4年前のことである。
彼と、デリーのとある宿で別れてから、一度も会っていない。
その間、メールや手紙も、ほんの数往復程度。
もうひとりの旅の道連れのTさんとは、たまにメールやお互いのサイトに書き込みをしたりしているので、つきあいは薄いながらも離れているという感覚がないけれど、彼とは、もうこのまま縁が切れたのかなと思っていた。

彼が好きだったし、ずっと年下だけどいい男だと思っていたから、いまのところまだあまり活躍がないけれど、これから出番を作っていいシーンを書く予定でいた。
そうしたらどうして、どこで見つけたのか、ひょこっと現れてきたから、びっくり仰天した。
無性にハズカシイ。
正直言って、ああもう読まないで〜〜と頼みたいくらい。
なんでこんなに、恥ずかしいんだろう?

4年前の自分が、ハズカシイのだ。
ほんの10日くらい、いっしょに寝泊まりしていただけだけれど、彼にとってはその10日間での思い出と印象が、ワタシを決めるすべてだ。
それはこちらにとっても同じだけれど、私は当時の自分を消し去りたいくらいに嫌なのだ。
いまなら、いまの自分なら、今日の自分なら、当時よりもうちょっとはマシ。
いま、会って話したい。
そう思う相手は多い。

いやしかし、ほんとに、まいっちゃったなあ。
か、書き進められない……どうしたらええの。

by apakaba | 2004-07-18 23:47 | 旅行の話 | Comments(0)
2004年 07月 17日

「ディズニープリンセス」と日本のアニメ

「コシヒカリ」は、ここしばらく「ディズニープリンセス」に夢中だ。
「ディズニープリンセス」というのは、ディズニーアニメに出てくる人気者のお姫様6人を集めた集団の名称で、その6人が、ジャニーズのグループのように、団体あるいは個人個人でいろいろな商品となっているものである。
白雪姫、シンデレラ、眠れる森の美女、リトルマーメイド、アラジン、美女と野獣という6つの話のヒロインたちが、色とりどりのドレスに身を包んで科(しな)を作る。
なかでも一番人気なのは、『リトルマーメイド』のヒロイン、アリエルという人魚姫である。
「コシヒカリ」はくり返しビデオを見ているけれど、私はディズニーアニメに興味がないのでずっと見ていず、きのう、初めて歌のシーンだけをいっしょに見た。

まだ見ぬ陸の世界に、苦しいほどに憧れるアリエルの胸の内を切々と唄った歌である。
私は、唄うアリエルの表情を見ていて、たじたじとなってしまった。
「どうして、この人(魚)は、恋も知らないのにこんなに色っぽい表情をするのでしょうか!」

『眠れる森の美女』のビデオを見たときも、16歳になったばかりという美女=オーロラ姫の色っぽい仕草と、艶っぽい歌にたじろいだことがある。
ディズニーのお姫様は、完全に大人のオンナとして描かれている。
日本製アニメの女の子の描かれ方とは大違いだ。
現在の日本代表といえる大人気アニメの『ワンピース』に出てくる女子たちは、小玉スイカくらいのたわわなムネと、内臓がひとつも入っていないようなくびれたウエストを持つすごいカラダをしているのに、性格的に色気はひとつもなく、男に混じって対等に渡り合う。
そういうストーリーなんだからべつにいいんだけど、なんか、日本の好みって、こんな感じ。他のアニメでも、ロリータっぽい女子が活躍する。
そういうのを見慣れていると、プリンセスの女っぽさにびっくりしてしまう。

作り手はだれなの……
求められる女性像を両国の男性が作っているの。
それとも自国の女性を見ているとそういう作品ができていくの。

by apakaba | 2004-07-17 23:43 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2004年 07月 16日

プラスチックごみの分別

きのうの日経夕刊の一面トップに、「プラスチックは『燃えるごみ』」という記事が出ていた。
環境省が、プラスチックごみは焼却処分ごみとすることを、今年度中に全国の自治体に義務づけるのだという。

以前住んでいた所沢では、一時期『ダイオキシン問題』がさかんに論じられたせいなのか、ごみの収集は“可燃”“不燃”“ビン・缶”“プラスチック”の4種類に分別されていた。
東京23区内へ越してきた当初、“プラスチック”がすべて“不燃”のごみとして扱われていることにとまどいを覚えた。
プラスチックは再生すればいいのにと思った。

しかし、よく考えてみると、所沢の“プラスチック”ごみとして収集されたごみが、どの程度リサイクルされていたのか、というかほんとにリサイクルされていたのか、それすら知らない。
目の前から消え去ってくれると、もうどっちでもよくなるものだ。

私は、消却しても有毒ガスを発生しないとはっきり書いてあるものは、プラスチック製品でも可燃ごみのほうに捨てている。
しかし素材がいろいろと混じっていて、ガスが出るのか出ないのか、一般人には判断できないもののときは、「あーあ、また埋め立て地をせまくしちゃうよなー」と思いながら、不燃ごみに捨ててしまう。
環境省も、ごみを減らしたいなら、もっと分別しやすいように、表示をやさしく書いてといいたい。
というより、ガスの出る製品を企業に作らせないでもらいたい。
塩素系ラップなど、全国では毎日何メートルくらい使われているのか。

なんでも新型の高熱焼却炉で燃やしてしまえばいいのだという発想は、埋め立て地新設を先延ばしにするにはちょっとは効果があるのだろうが、なんかスッキリしないなー。
私が以前、所沢のプラスチックごみが最後はどうなっていたのかを知らないまま、べつに家の中からなくなればいいと思っていたのと同じだ。

by apakaba | 2004-07-16 23:42 | ニュース・評論 | Comments(0)
2004年 07月 15日

卒業旅行初日、深夜のバンコク

日中はひどい暑さだけれど、日が落ちるとだいぶ楽になる。
夜になってから、クルマの窓を全開にして走るのが気持ちいい。
AFN(FENから名前が変わったとは、知らなかったねえ)のチャラスカしたちゃちな音が、とってもウルサイA160のエンジン音でかき消されがち。
いつも走ってる通りが、たちまち旅先で初めて乗るタクシーの気分になる。それも、断然、アジアだ。

「ひゃっほーい!」
「運ちゃんええぞーー!」
「抜かせ抜かせ〜!」
「タイヤ、つるつる!このクルマ、150キロは出とるで!」
ちょっとあんたたち、だれ?

空港から出たらすっかり夜。
ドンムアン空港か、ああ、タイなんだ。
卒業旅行の初日、空港で日本人数人に「オレたちと、タクシー代割らへん?」と声をかけられ、友だちとふたりで乗り込んだ。
あのときの高ぶった気持ち……そのあといろんな国の空港からタクシーに乗っても、二度と還ってこないくらいの高揚感だった。
安宿街のカオサン通りに着いて、彼らとビールで乾杯して、なにをしゃべったかまったく覚えてないけどキャーキャー騒いでいた。
翌日、リーダー格の男の子が、「これ、アンタたちにやるわー」と言って、なぜかはさみをくれたのだった。
刃物をもらうって縁が切れるとかなんとか言うけど、私たちの40日間には、そのはさみが幾度となく活躍してくれた。
40日たてば髪も伸びるから、前髪を切ったり、日本へ小包を送るのに、結びひもを切ったりするのに使っていた。
あのはさみ、最後はどうなったんだろう。
私のとこにはないから、相方が持ってったのかなあ……

最近、旅行記を連載していて、旅行をしていたときのことばかり思い出しているからか、こんな些細なことをよく思い出し、意識が飛んでしまう。
まあ、旅行行きたい病なんだな。
でも来週から、働きまっせー。

by apakaba | 2004-07-15 23:31 | 旅行の話 | Comments(0)
2004年 07月 14日

小林紀晴「写真学生」は影響力絶大(文章が)

仕事が一段落したので、今日は家にいて、インド旅行記の更新をした。
3年前の元原稿があるから、それを見ながら、加筆修正していく。
今回の分は、「旅行記」とはいえないような内容だったので、とくに自信がなかった。
昔の原稿を読み返し、いつものようにハズカシイ気持ちでいっぱいになる。
それにしてもこの文章、ていうか文体、なんだか、なにかに似ているな……一生懸命思い出してみたら、小林紀晴氏の自伝的小説『写真学生』にそっくりではないの。
3年前の連載開始直前、まだ新刊だったこの本を読んでいたのだった。

自分のことを語ろうとするとき、気恥ずかしさはあるのが当然としても、なるべく誰からも誤解されたくないな、とか、できれば同意してほしい、共感してほしい、とつい望んでしまう。
同時に、そんなふうに万人受けを狙っていてもつまらない。ウルサイ、これが私なんだよと開き直りたい気持ちにもなり、これだと思って書いた一秒後から、もう後悔が始まって全文を消したりしてしまう。
ようするにそれが、スタイルが確立してないということなんだよなと思う。
ふらふらと不安定な文章。
そういうとき、小林紀晴氏のようにすいすいと目に入っていく文章は、マズイ。
断然、似てきてしまう。

前の連載中、「このままでは、なにを書いても彼の文体になってしまう!」と危機感を覚えて、連載が終わるまで彼の本を読むのをきっぱりとやめていたことも思い出した。

自分にしか書けない内容、というのは、人それぞれにかならず持っていると思う。
自分にしか書けない文章・文体は、まだまだバリバリ書きつづける以外にないだろう。

インド旅行記は、毎回「ここは我ながら好きだ」と思う文章の箇所がある。好きなシーンというより、好きなフレーズを無理にでもつくる。
一カ所もないときには、アップロードしない。
今日アップした18回分で、どこが好きか、あーそれはヒミツです。
自信のない今回なので、好きな箇所はひとつだけ。さあどこかな。

by apakaba | 2004-07-14 23:30 | 旅行の話 | Comments(0)