<   2005年 06月 ( 9 )   > この月の画像一覧


2005年 06月 25日

ミュージカルバトン

いつも素晴らしい旅の写真を公開して、私を悶絶死させてしまうあづま川さんのブログから、いま大流行のミュージカルバトン(詳細こちら)が回ってきた。

あづま川さんは根っからの洋楽フリークだったと本文にあったが、私は彼より2,3歳年下、まあいってみれば同世代である。
70年代の洋楽に十分リスペクトを感じつつ、じっさいデイリーに触れていた音楽はどっぷり80年代、という世代だ。
ビートルズ、ストーンズ、ツェッペリン、ボブ・ディラン、サイモン&ガーファンクル、クイーン、デレク&ドミノス、ディープ・パープル、イーグルスなどなど、60〜70年代はほんとにすげえよ。
でもその残滓をすすっていた80年代も、我々の世代にとってはいとしいものだ。

ではさっそく回答を。

質問1. コンピューターに入っている音楽ファイルの容量

およそ8GB。
ただし私のPCは夫からのおさがりで、ほとんどが彼の入れていたものがそのまま入りっぱなし。
私はPCで音楽を聴かず、i Pod shuffleに入れるために音楽ファイルを使っている。
夫はマックのpower bookにJBLのスピーカーをつないで、快適音楽環境を作っているが。

彼はダイアナ・クロール、ゲイリー・バートン、小曽根真、ヤマナカチヒロ、最近よくあちこちで紹介記事を見かけるマーカス・ミラーなどを聴いている。
だからいっしょに食事をしていると、それらを聴かされている。
もちろんどれも素晴らしいミュージシャンだし、耳障りということはないが、おぉぉぉっ!とココロがフルエルということもない。

私は唄える曲も好きだ。
カラオケはさほど得意でもないけど、唄うのは好き。
80年代ハードロック系、ヘヴィーメタル系は、意外と歌詞をよく覚えていたりします。
ジャーニー、モトリー・クルー、ヴァン・ヘイレン、デフ・レパード、オジー・オズボーンバンド、レインボウ、スティックスなど、実はかなり唄えます。(オウ、ノウ。懊悩)
ビリー・ジョエル、TOTO、ブライアン・アダムスなども基本です。
インド映画のサントラも唄うんだけど、ここを読む人でインド映画など見る人はあまりいなさそうなので以下省略。

質問2. 今聴いている曲

いま?って、ライトナウ?だったらなにも聴いていません。
風の音しかしません。

質問3. 最後に買ったCD

ホール&オーツの「DO IT FOR LOVE」。
1曲目の「Man On A Mission」がとくに好き。

質問4. よく聴く、または特別な思い入れのある5曲

好きな曲、と、特別な思い入れのある曲、って意味がちがうと思うんだけど、その曲で“当時”に引き戻される曲というのはだれでもあると思う。
それが特別な思い入れということになるのだろう。

好きな曲でも、しょっちゅう聴いているのが好きな曲とも限らないし。
RCサクセションや井上陽水は、いまでは数年に一回しか聴かないけど、生涯好きなままなのはたしかだ。

思い入れのある曲というセレクトでは、私の場合は以下。

*キース・ジャレットの「KOLN CONCERT ケルン・コンサート」。
一応、4曲構成だけど全部ひっくるめてひとつの「ケルン・コンサート」なので。

人にいえない恋に苦しんでいたときも、文章を書くのが好きになって、“次のワンフレーズ”をひねり出すのに考え込んでいたときも、イスラエル旅行でネゲヴ砂漠をレンタカーで縦断したときも、このピアノが心を満たしてくれました。

メインサイトのイスラエル旅行記の文中にも、
「冷たい、硬質なピアノの音が、冷房を全開にしていてもひどい暑さの車内を満たし、それを聴きながら眺めやる砂漠はじつに哲学的・思索的なものだった。」
と記している。
名盤中の名盤だと思う。

*ボブ・マーレーのベスト盤「LEGEND」より、「BUFFALO SOLDIER」。
ネパールのカトマンズを思い出すから。
旅行中に偶然出会った、ネパール人レゲエミュージシャンの家に遊びに行ったとき、彼が集まった仲間といっしょにギター一本でこの歌を唄った。
ボブ・マーレーの好きな歌はたくさんあるけど、旅へ引き戻されるのがこの曲。

*ペットショップボーイズのベスト盤「DISCOGRAPHY」より、「Rent」。
これも学生時代のパキスタン旅行を思い出すので。
さほど大ヒットしなかった曲だけど、パキスタンで知り合った、私と同い年のパキスタン人の家でずうっと流れていた。
近所の若者を誘って、屋上にカセットデッキを持って上がり、夜通し凧揚げをして遊ぶ。
そのときにかけていたのが「DISCOGRAPHY」だった。

彼らの曲の、妙なだるさが好きだ。
演奏は過剰なまでに派手に作り込んでいくのに、それに反比例するように、サビに近づくにつれどんどん脱力していく歌声が好き。
「Rent」につづく「Always on my mind」も、大きい声で唄うと気持ちいい。

*ブライアン・アダムスの「RECKLESS」より「SUMMER OF '69」と、もしくはホール&オーツの「ROCK'N SOUL PART1」より「PRIVATE EYES」、うーんどちらが思い入れが深いか……甲乙つけがたい。高校時代にヘヴィーローテーションしていた。

*サザンオールスターズの「バラッド」より「わすれじのレイド・バック」。
サザンは中学高校時代を通してほんとによく聴いていました。
デビューアルバム「熱い胸さわぎ」から4枚目の「ステレオ太陽族」までは、衝撃的にすばらしかった……その後急速に大御所化し、おーんなじおーんなじ曲ばっかり四半世紀も出し続け、まったく人をバカにしている。
いまでは大嫌い。サザンがラジオで流れてくると、すぐスイッチを切る。

「わすれじのレイド・バック」は、中学2年生のころのスキー夜行バスを思い出す。
当時は、スキーといえば夜行バスで行くもんでした。
不快きわまりない車内。一睡もできないくらい。
むわっと暖房が効きすぎていて、セーターが暑くてたまらないのに、窓際に体を近づけるとうそうそと寒い。
眠れないから、買ったばかりの初代ウォークマンをかけっぱなしにして(ボディーは赤、ヘッドホンのスポンジはオレンジ色でした)、窓からきれいな星空を見上げていた。
「わすれじのレイド・バック」なんて、とうてい中2の女の子が聴く歌詞じゃないんだけど、ませていたんですねえ。

もっともっと好きな曲はたくさんあるけど、“当時”に引き戻される曲という基準で選んでみた。

さて、最後にバトンを渡すブログフレンドだが、そもそも私はほとんどブログフレンドがいなくて、しかもすでに回ってきている人も多いので、5人も指名できそうにない……どうしよう。

では、
じったさん
Morikonさん
K国さん
へべれけさん
だめだ。もう見つからない。
ブログのテーマが決まった人だと、頼むわけにいかない……なので、4人でカンベンしてください。

by apakaba | 2005-06-25 22:25 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(15)
2005年 06月 22日

スプーンを嫌う男

人気占星術研究家の鏡リュウジさんが監修している星占いのコーナーを、朝のラジオで聞く。
今日は満月。
山羊座で満月が起こるので、山羊座の性質が強く表れる日だという(すでにこの時点でよくわからなくなっているが耳に入ってくる)。
山羊座は古いものを好むことから、今日のラッキーアイテムはアンティークグッズだそうだ。
だからアンティークのスプーンなど求めてはいかがでしょう、という。
満月からスプーンを買うことに飛躍する、星占いってタイヘンな学問だなと感心しながら聞いた。

「スプーンという道具が、きらいなんだ……」

とか言ってた人がいたな。
「愚鈍な感じがして……。フォークが好き。スプーンとフォークが出ていたら、できる限りフォークで食べる。プリンもフォークで食べる。」

フォークでプリンを食べる男、の姿を想像したら、この人とはつきあいきれないと感じた。

でも大学生になってつきあい始めた人が、フォークでプリンを食べているのを見てしまった!
「そ、それはもしかして……スプーンという道具が、きらいなんだとかいうこと?愚鈍な感じがするからということ?食べるときはできる限りフォークで食べるとか言い出す?」
私がぴたりぴたりと言い当てるのをとくに気にもとめず、「そうそう。そうそう。」とうなずいていた。
この人もかあー。

前の人よりも次の人のほうが好きだったので、私も何度か真似してなんでもフォークを使ってみた。
でも食べにくいじゃん。
プリンなんて永久に食べ終われないじゃん。

あの人たちは、どうしてそこまでスプーンを嫌っていたのかなあ。
考えてもわからなかったけど、赤ちゃんを生んだらわかった。
スプーンは、赤ちゃん時代の象徴だ。
おっぱいから離乳食へと、生まれて初めて口に入れるのは、絶対にスプーン。
なんでも小さくしてどろどろにして、スプーンで口に運ぶ。
フォークが赤ちゃんのテーブルに登場するのは、ずーっとあとのことだ。
フォークは離乳完了の象徴といえるかも。

なるほどね、男って赤ちゃんね……

ラッキーアイテムからそこまで考えが飛躍した。
占星術の飛躍ぶりをどうこういえない。

by apakaba | 2005-06-22 22:04 | 思い出話 | Comments(11)
2005年 06月 15日

治る病気も治らんぜよ

2週間ちかく前から喉が痛くて、うがい薬・トローチ・飲み薬・耳鼻科へ治療にかよっているがちっともよくならない。
今日、また耳鼻科へ行き、「喉の痛みが治まらない」というと、大学病院に行ってみてくださいと言われてしまった。
もうええってば、大学病院……(次男の病気でさんざんかよったから)と思っているうちに、お医者さんが紹介状を書いてくれた。

ネブライザー(吸入器。これもやりすぎるとよくないらしいが、とりあえず楽になる)を口に当てて横目で紹介状を見ると、“三谷眞紀、34歳”と……
「あれ。私、こんなに若くないんですけど。」
と言うと、女医さんが
「え、おいくつ?」
生年月日からの計算をまちがえたらしい。
「私37です。」
「あらそうなの、お若く見えるわねえ。」
「そうですかあ。」
「べつにふたつやみっつちがってたってかまわないのよ(そうなの?!)……、ええっと、7でしたね?」
「はい。7です。」

意外とアバウトなのね。紹介状って。

家に帰ってあらためて見てみると、34のところに訂正印が押してあり、“三谷眞紀、47歳”…………!!!!!!

う〜〜っそ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。
これ持って、明日大学病院に行かねばならないなんて。
最近で一番のショック。

by apakaba | 2005-06-15 23:42 | 健康・病気 | Comments(19)
2005年 06月 14日

ゆびきりげんまん。の「げんまん。」てさ

娘の「コシヒカリ」が、晩ごはんのときに
「ゆびきりげんまんのさー、“はりせんぼん”て、なに?」
と聞く。
夫 「ハリセンボンているだろ、サカナの、あれを飲ませるぞってことだよ。」
私 「えっ!そうなの!私は針を千本飲ませるんだとばっかり、この瞬間まで思ってた。」
夫 「そんなの意味わかんねえじゃん、飲めるわけないじゃん。」
私 「だってハリセンボンだって飲めるわけないじゃん。」
子供のころから今日まで、ハリセンボンを飲ませるとは考えたこともなかったので、とても驚いた。
でもこれはどっちが本当なのか、わからずじまいだった。

「コシヒカリ」は、つづけて
「ゆびきりげんまんのさー、“げんまん”て、なに?」
と聞く。

それはハリセンボン以上に、ほんとに考えたこと、なかったなあ。

電子辞書で調べると、“げんまん”とは“拳万”と書き、関東地方の児童語(という分類があることも知らなかった)で、約束を守らないと拳(こぶし)で一万回打つぞという意味なのだそうだ。

知ってた!?

漢字で書くと、まあいきなり怖そうなこと。

by apakaba | 2005-06-14 23:55 | 子供 | Comments(10)
2005年 06月 13日

i Pod shuffle になにを入れて聴くか

100曲しか入らない、となると、選曲にも慎重になる。
この点は、入れたい曲をほとんどなんのためらいもなしに好きなだけ入れていけるi Podとは、決定的に使い方が異なる(i Podは最大で10000曲入る)。

いまの気分に合う曲をぱぱっと入れて、ちょっと楽しんだらまたべつの曲を……と、フットワーク軽く中身を取り替えていくのがshuffleの使い方だろう。
(i Pod shuffle購入の記事はこちら

私のshuffleに現在入っているのは、
ホール&オーツの『DO IT FOR LOVE(アルバム全曲)』。
おなじくホール&オーツの『Our Kind of Soul(全曲)』。
ペットショップボーイズの『DISCOGRAPHY(全曲)』。
キース・ジャレットの「ケルン・コンサート(全曲)』。
TOTOの『TOTOⅣ(全曲)』。
サイモン&ガーファンクルの『冬の散歩道(アルバムからこれ1曲)』。
U2の『ヨシュア・トゥリー』からアタマの3曲。
U2のベスト盤から『THE HANDS THAT BUILT AMERICA』。
小曽根真の『Reborn』から『Reborn』1曲。
レッド・ツェッペリンの『天国への階段』。
イーグルスのベスト盤から4曲ほど。
福山雅治のカバーアルバムから中島みゆきの『ファイト!』のカバー曲。
ボブ・ディランの『Somewhere,before』をキース・ジャレットがカバー演奏した曲。

最近のアルバムでは唯一、ギャヴィン・デグロウの『チャリオット』が全曲入っている。
これで100曲いっぱいいっぱいくらいかな。

もっと入れたい曲がたくさんあるし、もっと好きな曲がたくさんあるんだけど、100曲という枠ではなんでも放り込むわけにはいかない。
いくら好きでも、口ずさまずにはいられない曲というのは、外出中に聴くには適さない。
唄ってたらアホ丸出しだし、思い切り唄えないのでは欲求不満になるし、読書のさまたげになる。
というわけでこんなラインナップ。

え、ギャヴィン・デグロウ知らない。と。
こんなアルバム出してます。
初期のビリー・ジョエルを彷彿とさせる……とよく評されているとおり、NY出身のピアノマン。
イントロにすこし古い感じのピアノがくるのがよい。
最愛ってほどでもないが、この「さほど愛してない」という距離感が、街歩きのBGMにはしっくりくる。

by apakaba | 2005-06-13 22:29 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(6)
2005年 06月 11日

ハイヒールを履ける女に、なるために

先月、「ハイヒールを履けない女って、どうよ」を書いてからも、ワタシはひそかに考えていた。

……健康を害するとはいわれているけど、“美容効果抜群!”とあそこまで言われたらなぁ……カラダがゆるむとか言われると、弱いんだよねぇ……

ピンヒールは先の話として、とりあえずGAPでかかとの高いサンダルを購入したのですー。
ワンシーズンでだめになっちゃっても、まあいいや!というくらいのものを一足買い、毎日ちょっとずつ履いているのです。
何年ぶりかのかかとの高い靴。
最初は家の周りをよたよた、だんだん距離を長くしていって、先日は一時間くらい、重いバッグを提げて早足で歩き回った。
ああ、足が痛い。
でも友人の“美容効果抜群!(床上手にはハイヒール!)”の一言だけを励みに、歩ききったさ。

かかとの低い靴にくらべて、お腹に力が入るなーとわかる。
ふっふっふと心の中でほくそ笑む自分。

ところが、翌日になったら、下半身が全部痛い。
足の裏も痛いし、足首も痛いし、すねの部分も痛いし、腿まで痛い。
しかも膝が曲げられないほど、脚がむくんでいる。
きのうは気が付かなかったけど、ふくらはぎが2センチくらい太くなってるように見えるじゃないか。
なんだこれ〜、なにが美容効果なんだ〜〜。
必死でマッサージしても、ちっとも2センチがもどらないし!
ワタシのなにがいけないんでしょうか。
アドバイスありませんか。

by apakaba | 2005-06-11 23:18 | ファッション | Comments(9)
2005年 06月 10日

「ちょうだい。」と言われたら

子供とすばやく仲よくなるには、どうしていますか。

自分の子供が3人いれば、その友達、またその友達や兄弟、と、数えきれないくらいの子供と接することになる。
まして仕事も子供相手の仕事だ(勉強を教えている)。
オトナと口をきかない日があっても、子供と口をきかない日はない。

幼稚園から小学生の子供は、たいてい、なにかしら“だいじなもの”“自慢したいもの”を持っている。
いい匂いのする消しゴム、キーホルダー、小さなゲーム機、メモ帳、新しい鉛筆、生まれたばかりの弟・妹。
「ねえこれ、いいでしょ。」「かわいいでしょ。」
とことこ歩いて見せに来たり、さりげないふりで目の前に出してみたり。

「わあ、いいなあ。」
と私が言う。
大げさじゃなく、ひとりごとのつぶやきのように。
あっ、これ(だいじなもの)に関心を持ってる、とその子が気づくやいなや、すかさず
「ちょうだい。」
と言う。
その子を正面から見る私の目がちょっとも笑ってない、オトナ相手に言うみたいに、まじめに「ちょうだい。」って言ってる……、わっ!この人、本気なんだ!

そのときの反応が、それぞれみんなかわいい。
「だめっ!」とあわてて隠す子、「せんせー(私はときによってはセンセイ)、こんなのほしいの?子供みたい!」と笑う子、「ええっ……これはだめだけど、でも、こっちなら……あ、でもやっぱりこっちもだめ……」と狼狽する子。

「オトナなんだから、自分で買えば?」とか。

「うんいいよ、うちのママに頼んであげる。」とか。

「やだこれだいじだもん!」と言われたら、
「どうして、いいじゃん。ちょうだいよ。」
さらにしつこく(しかも目が笑ってない)食い下がると、困り果てて「だってサ、これはサ、あたしのおたんじょうびにサ……」と、譲れない理由を一生懸命説明し始める子もいる。

「ちょうだい。」って言ってみると、虚をつかれたその子の心が一瞬見える。
おもしろいですよ。
言うときには、ふざけ半分ではなく、真顔で、オトナに言うみたいに言うこと。
女性の皆さん、言う相手は小さい子供に限ります。
決しておじさまの腕にぶらさがって「あれが欲しいわぁ、ちょうだぁい」と言って反応を見ては、いけません。
ぶら下がられたおじさま方、あなたのココロは小さい子供のように、相手に見られてます。


ん?話がずれたな?

by apakaba | 2005-06-10 23:32 | 生活の話題 | Comments(13)
2005年 06月 05日

ヤゴ・おたまじゃくし・金魚・メダカ・コッピー。うちの水棲生物たち

金魚はおととしの縁日で、「アキタコマチ」がすくってきた。
メダカは小学校で作っている小さい田んぼにいるのを、「アキタコマチ」がもらってきた。
コッピーとは、ヒレが赤くて、メダカを小さくしたような観賞魚だ。
これも「アキタコマチ」がおこづかいで買った。

「いいよねー水棲生物って!オレ大好き!見てると心が安らぐ!足が地面についてないところがいい!」
胃がむかつくときに、コッピーやメダカの泳いでいる鉢を眺めていたり、水替えなどの世話をして気を紛らわせている。

いつのまにか生き物が増えたな……と思っていたら、こんどは「コシヒカリ」が、学校のプールからヤゴをとってきてしまった。
近年、学校プールに住む生物を、水泳の授業が始まる前に救い出すプロジェクトが各地で行われているらしく、子供の学校でも、先日「ヤゴ救出作戦(詳しいサイトはこちら)」を行ったのである。

「やごちゃんかわいいねー、かわいいねー」
「コシヒカリ」は手のひらに乗せて指でなでている。
そんなことしてたら、すぐ死んじゃうと思うんだけど。

水棲生物に心を寄せる「アキタコマチ」は、見ていられないらしく、底砂や水草を入れてヤゴの水槽をととのえた。
しかし餌をどうするか?と話しているうちに、もう共食いをし始めた。
ヤゴは肉食で、生きているものでないと食べない。
金魚の餌とかではだめなのだ。
いそいで学校の池からおたまじゃくしをとってきて、与えてみた。


c0042704_23485923.jpg←手でおたまじゃくしをつかみ、そっとヤゴの入っているバケツへ。







ところが、このヤゴは小さくて、おたまじゃくしと同じくらいの大きさ。
食料と認識できないらしい。

c0042704_23561363.jpg←おたまじゃくしはヤゴをおそれず、まるでなついているみたい。














やがてしっぽに食いついていたが、想像していたような「わーい餌だ、いただきます」というノリではないな。

近所のペットショップからイトミミズを買ってきて与えてみたら、こんどは食べていた。
これでひと安心。

ところが一夜明けたら、信じられないことに、餌用に別容器に入れておいたイトミミズが全滅している!
イトミミズは水温が上がるととたんに死んでしまうらしく、寝る前に水を換えたのだがだめだったようだ。
すでに腐臭を放っていて、ただ気持ち悪いばかり!

同じお店に行ってみると、今日はなぜかイトミミズが売り切れ!
ちがう店ではイトミミズは売っていなくて、冷凍アカムシだけしか置いていなかった。
とりあえずその冷凍アカムシを買ってみて、放り込んでみた。
生きていなくても、ふわふわ漂っていると食べるかもしれない……でも私たちも晩ごはんを食べなければいけない。
なのでヤゴたちがアカムシを食べたかどうか、よくわからない。
明日明るくなったら見てみよう。

ヤゴのせいでいきなりいそがしくなったなー。
餌用にとってきたおたまじゃくしまで増えてしまった。
私はどっちかというと足が地面についている生き物のほうが好きなんだけど、子供が必死で世話しているからまあいいか。
ヤゴをうまく育てていって、今月末の羽化がたのしみだ。

by apakaba | 2005-06-05 23:13 | 子供 | Comments(11)
2005年 06月 02日

育てたように……

今日も「アキタコマチ」は学校に行けなかった。
午前中、ずっと胃痛で苦しがっていて、痛み止めを飲んで少し具合がよくなったので、そばをお昼に食べた。

家にばかりいると筋肉が落ちてしまい、学校までの往復だけでも全身筋肉痛になってしまうため、調子のいいときには、なるべく買い物などへいっしょに連れて行くことにしている。
そばだけではすぐお腹がすき、「ケーキが食べたい」と言い出す。
ケーキは胃にいいとはいえないけれど、まあ、私もちょっと分けてもらって少しだけにすれば問題ないかと思い、ドトールに入った。

「うわーおいしそう!やったー!」
とはしゃいでいる。
フォークに一口とると、「はいおかーさん。食べて。」と、くれようとする。
いつもそうだ。
おいしいものを、一口めはかならず自分より先に、分けてくれようとする。
だんだん残りが少なくなってきて、あと二口ぶんくらいになると、
「ああもうなくなりそう。はい、おかーさん。」
また、その少ないひとかけを半分にして差し出す。
「おかーさんはもういいよ、『アキタコマチ』が全部食べていいよ。」
と言っても、
「どうして!オレはおかーさんに食べてほしいの!おいしいんだから!」
と聞かないので食べると、最後のひとかけを自分がとって、
「おいしかったねー!」
と満足している。

「アキタコマチ」の席の背もたれに、ふたりぶんの傘をかけていた。
自分の傘より私の傘を先にとって、「はいおかーさん。」と、手渡す。

どうしてこんなふうに育ったのか、不思議で仕方がない。
3人とも同じようにしてきたつもりなのに、こういうやさしい気遣いを、この子だけが、媚びではなくごく自然にできる。
夫は一人っ子でぼんやりしているし、私も末っ子でぼんやりしていて気が回らないタイプなので、彼の振る舞いには驚きもするし、今の、この不調で苦しんでいるときには、とくに不憫になってくる。

しかし、育てた覚えはないといっても、やっぱり、親や環境がそういうふうに育ててきたんだろうな。
育ってしまったんだろうな。
気遣いをできるのは決して悪いことじゃないけど……不憫だ。
自分の子供を不憫がっていても始まらないんだけど……あの性格を、たわめないように、盛り立てていってやることなのかなあ。
どうも、道が見つからないでいる。

by apakaba | 2005-06-02 23:24 | 子供 | Comments(8)