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2005年 07月 28日

いまさらながらイメージバトン

じったさん、すまなかった。
ネット界で3週間バトン放置、これはもうなかったことになるよね……
といいながら、このままではせっかく指名してくださったじったさんに申し訳ないから、やっぱり書いておこう。

イメージバトン

1, バトンを回してきた人のキーワード

『小泉君』てことです。
“さん”でも“首相”でもなく“  ”(←呼び捨て)でもなく、“君”がついているということは、セージの話はナシでってことと勝手に解釈。

2, 連想するキーワード

君づけの彼にだったら、やっぱりクールビズだなー。
おかげで百貨店の前年同月比もアップしたそうで、思うツボ、いえ、ナイスアイデアです。
でも彼のように髪もどっさり、ハラも出てなくて、という外見の日本人男性は、どれくらいいるんですか。

私は、自分にはひどく無頓着で、髪の毛なんか年に二度も切りに行けば御の字というくらい、ダサダサでもヘーキなタイプだけど、夫がダサダサなのは耐えられないのです。
いっしょに買い物に行っても、私はショッピング自体が苦手なので、夫の服を選んで終わってしまいます。
試着もつきあい、高いスーツと安いスーツと「どっちがいいと思う?」と聞かれると、内心では“勘弁してえ、家計に回そうよー”と思っていても、つい「……こっち……」と高いほうをユビさしてしまいます。
外に出て働く人は、ある程度いいものを着ていないとダメだもん、と自らをナットクさせます。

まだ夫は『小泉君』の年齢よりはずっと下だけれど、そのうち年を取って『小泉君』の年になったとき、クールビズとかいっていられるような容姿でいるんだろうか。
どんな体型の男性もそれなりに男を上げてみせるネクタイと上着がなくなると、省エネにはなるだろうけど心理的な消耗の量はアップしそうだなー。

3, バトンを回してきた人へ一言
やってるかーい。

こんなに時期はずれになったから、もう恥ずかしくて次のかたへ回せませーん。
ほなしゃいならっ。

by apakaba | 2005-07-28 23:34 | ファッション | Comments(6)
2005年 07月 27日

息子も働く

仕事、仕事、仕事に明け暮れていてもいいの。

夜になって「ササニシキ」が、手と腕のマッサージをしてくれた。
職場体験で銭湯とエステのお店へ行き、マッサージ術を習ってきたという。

食卓が塾の子供たちの使う学習机になっているから、元気な生徒たちの荒い扱いでぎしぎしと軋むようになってしまった。
「アキタコマチ」がドライバーでねじを締めあげて直してくれた。
ちゃーんと、揺れなくなったよ。

娘もそのままでかわいいんだけど、息子たちの“おかーさんを、喜ばせてあげよう。”っていう気持ちの強さは、やっぱりとてもウレシイもの。

by apakaba | 2005-07-27 23:59 | 子供 | Comments(7)
2005年 07月 26日

MOVIEバトンのつづき!(遅い!)

7月14日分の日記に書き始めた「MOVIEバトン」を、こんなに放置してしまった。
この、たった2週間ほどに、すでにブロガーの間ではさまざまなバトンが飛びかい、もはや今どき映画ネタのバトンを書いてるのは遅きに失したな〜とわかっちゃいるけど、途中で放り出すのはイヤ。
なのでつづき。

Q2 : 今の気分で構いません。ベストワン映画を教えてください。

好きな映画がたくさんあるので難しいな。
名作といってぱっと思い浮かぶのは『ゴッドファーザー』三部作。
DVDボックスも所有してます。
ラブもので好きなのは『恋人までの距離《ディスタンス》』と『ビフォア・サンセット』のペア。
当ブログの映画評欄に、いろんな映画のハナシを書いているから、映画のお好きな方はそちらを併せてお読みいただきたい。
このバトンの発起人Morikonさんのベストワン映画『レオン』の評も、チカラ入れて書きました。
こちら。「レオン」救済される魂

でも、一本、たった一本だけを選ぶなら、私はあるインド映画を挙げてしまいます。
きっとこのブログを読んでくださっている方の中で、インド映画を見ている方はとても少ないだろうから、もっと一般ウケする作品をチョイスしてもよかったんだけど、自分にウソはつけないわ。

90年代に、ヒンディー映画界で最も売れていたシャールク・カーンの、『D.D.L.J.(でぃるわるどぅるはにゃれえじゃんげえ=「勇者は花嫁を連れて行く」)』だ。
この映画の、なにもかもが好き。
主演ふたりは当然として、脇を固める役者陣、音楽、ストーリー、インド映画名物のダンスシーン、どれをとっても、これまで観たあらゆる映画の中で一番好きだ。
(イメージ画像はこちら

ロンドンで育った裕福な大学生が、ヨーロッパ周遊卒業旅行で出会ったインド人女子大生と淡い恋に落ちるが、彼女は父母の故郷であるインドへ帰って許嫁と結婚させられる。
本番の結婚式に至るまで、さまざまな婚約の行事が進められていく途中で、ロンドンからインドまで彼女を追ってきたシャールクが許嫁の家に身分を隠して居候を始め、花嫁を自分のもとへ来させるために奮闘し……という、ラブストーリーだ。

前半はヨーロッパの美しい風景が目に鮮やか、軽薄な主人公のドタバタぶりが愉快。
後半は一転して、舞台は北インドのパンジャーブに移り、インド人家庭の、伝統的行事や豪華なサリーを楽しむことができる。

『ムトゥ 踊るマハラジャ』での突発的なインド映画ブームに乗って、この作品も日本で公開された。
でも『シャールク・カーンのD.D.L.J. ラブゲット大作戦』という悲惨な邦題をつけられ、まったくヒットしないままにブームも去った。
レンタルビデオショップにも置いていない。
だから観たいと思う人は買うしかない。
こんな映画をベストワンに挙げてしまって、我ながら弱ったなと思っているんだけど、そういうわけで好きな映画です。

Q3のワースト映画については、すぐには思いつかないのでナシということで。
バトンを回す人、もういません。
さ、次のバトン書かなきゃ。

by apakaba | 2005-07-26 18:58 | 映画 | Comments(3)
2005年 07月 24日

女の人のピークって、いつかな

大学時代の友人から、久しぶりに電話がきた。
来月、出産をひかえているという。
赤ちゃんが生まれるとしばらく家を出られないから、今のうちに会わない?という誘いだった。

彼女は初産だ。
結婚の早かった私と、仕事一筋の道へ進んだ彼女とは、卒業後の道がずいぶんと離れていった。
それが、出産というイベントを前に、また道がくっついてきた感じ。
お産は百人百様だから、回数を経験しているからといって先輩面は決してできるものではない。
心の中ではいろいろ不安があるんだろうから、黙って話を聞いて、力になれればいいなと思う。

二十歳の成人式のころ、彼女がこう言っていたことを思い出した。
「ねえ眞紀ちゃん、女の人のピークって、いつかな。二十歳って、女の人の人生のなかで、一番きれいで輝いているときだっていうじゃない。成人式で振り袖着たりするのも、一番きれいなときだからでしょう。それでお見合い写真に使ったりするのよね。
でも、そうだとしたら、まさに、今ってことよね?
自分のことを見てみて、“これがピークなんだ、いまの私が最高にキレイなんだ”って思うと、いやになっちゃうの。
べつに今ぜんぜんきれいじゃないし、これからは、容姿は下り坂で、どんどんきれいじゃなくなっていくなんて考えると、自分でもがっかりしてきちゃうの。」

彼女はかなりの美人でしかも社交的で、ふたりでいつもいっしょにいると、私は完全に引き立て役、「きれいなコ、それとあともうひとりのコ」という状態だった。
そんな目立つ美人が、二十歳過ぎたらもうオシマイなの?みたいなことを言い出したから、私は可笑しくて、
「そんないきなり容姿がガタガタ落ちてくわけじゃないんだし、悲観的になってもしょうがないんじゃないの?それにべつのミリョクが加わるかもしれないよ。
若ければいいってもんでもないんじゃないの。」
と、ごく一般的なことを言い返した。

もう、何年会ってないかな。
今度会ったら、もしかしたら、今までで一番、きれいで輝いてる……かもね。
体重がだいぶ増えてしまったのよ、と嘆いていたけれど、たとえ太ってても、むくんでても、一番きれいかもね。

by apakaba | 2005-07-24 23:49 | 思い出話 | Comments(25)
2005年 07月 22日

三十三間堂

京都で好きな名所をひとつだけ挙げるなら迷わずここだ。
京都の神社仏閣を、さほどたくさん回ってはいないけれど、今回の小旅行で「どこへ行ってみようか」と考えたとき、行ったことのないところを開拓するのをあきらめてでも、どうしても、やっぱり足を向けたくなった。

どことも似ていない、比類のない空間だ。
南北に118メートル伸びている、異様に細長い堂内へと、別棟の入り口から回り込んでいくときからもう胸がズキズキしている。
仄暗い堂内の三十三間かなたまで、右手にぎっしりと立っている、金色の千手観音立像。
等身大の千手観音像が一千体、その一千体のまん中に鎮座する、巨大な千手観音座像。

“量”が胸を圧(お)す。

この千一体の千手観音像を前にして、なんにも心に感じない人間って、だれかいるのだろうか。
信仰心さえも吹き飛んでしまうほどのパースペクティヴに、やがて頭の芯がビーンとしびれてくる。

千一体の観音像の前列には、鎌倉彫刻の傑作である「二十八部衆」が等間隔に配列されている。
これらの像は、千手観音に付き従って護法にあたる者たちだという。
一体一体、目を背けることがゆるされないほどの力を湛えている。
私が鎌倉彫刻の仏像を大好きなこともあるが、波打つ衣、ふくれあがる筋肉、憤怒の形相で玉眼をはめた視線の行く先と向き合うと、無意識のうちに足が止まり身がすくむ。

二十八部衆のすべてに解説の札が立ててあり、この文章がまた素晴らしい。
堂内に入って最初に置かれている、かの有名な「雷神像」について、眼をむき出して、口をかっと開けた表情を、“憤怒とも大笑ともとれる”と書いてあり、しばらく像の前でその顔を見つめた。
憤怒とも大笑とも……なんて凄いのだろう。
超えている。
もとはただの木の端くれなのに、人間が知り得、表すことができる感情の範囲を、超えてしまったものがここに具現されている、なんて、これはどういうことなのだろう?

ひとつひとつ解説を読み、ゆっくりと歩いていくと、だんだん感謝の気持ちでいっぱいになってくる。
これらを彫った仏師たちに、
よくぞ今日まで焼失を逃れてくれたことに、
自分がここへ来られたことに、
自分がこれらを有する日本に生まれていることに。


前回来たときは冬で、参詣者は私ひとりきりだった。
今回は、ぽつぽつと他にも参詣者がおり、お堂のちょうどまん中の、お灯明をあげる場所あたりから、ポクポクポクと木魚をたたく音が、細長い堂内に軽く響いていた。
でもなんだかいまひとつなリズム……近づいていくと、ふたりの若いお坊さんが座っていらした。
後輩(とか呼んでいいのか)のお坊さんがポクポクやってお経を読むと、先輩がさえぎり、
「ちゃうってー、きちんと読めてへんのにポクポクたたいて、こっちばっかり走っててもしゃーないやろ。だからいつの間にかばらばらになってしまうんよ。見ててみこうやろ。」
言葉だけ聞いているとそこらへんの若者の会話みたいだが、先輩が唱えると、さすがにそれまでのへなへななお経ではなくなり、ぴしりと空気が締まった。

「わかる、やってみ。」
「はい。」ポクポクポク。
「おう、さっきよりようなったやん。」
「はい。」
そんな会話を耳に入れつつ、お願いごとを書く木のお札を眺める。
満願成就、健康祈願、とか、四字熟語がほとんどのお札の中に、英語の願いごとがあった。

Forgive me for these whom I have wronged.

赦しをもとめてる。
どんな人が書いたのか、追っかけていって聞いてみたい。
クリスチャンらしいこの男性(の名前だった)は、浄土をこの世に体現したというこの堂内に、どんなインスピレーションを受けたかを。

初めてここに入ったとき、どんな感じがしましたか。
しびれるような、胸苦しいような感覚になりませんでしたか。
ふたたび戻ってきたいと、思いませんでしたか。
遠く離れたところへ帰っても、ふだんの暮らしがまた始まっても、どこかでここの空気と結ばれているような感じが、しませんか。

私は、そう感じているんです。
だから、京都でここが、一番好きなんですよ——

by apakaba | 2005-07-22 23:52 | 国内旅行 | Comments(17)
2005年 07月 21日

新幹線の席で

京都から帰ってきた。
オフ会翌日、半日せっせと観光して回り、夕方、発車直前の新幹線に滑り込んだ。
自由席だからいつ帰ってもよかったけれど、発車のベルが鳴ったらつい反射的に走ってしまった。

意外なほど混んでいて、自由席はいっぱい、指定席もほとんどない。
車内で指定券を買い、なんとか座れた。

小田原を過ぎ、新横浜に近づいてくるころ、人々は順番にトイレへ立つ。
通路を通っていく人を、見るとはなしに眺めていると、あれえっ!!??
なんか見たことある顔、だれだっけだれだっけだれだっけ(くりかえし)……高校時代の同級生の男の子(じゃなくておじさん)だあ。

振り返ってみると、私の10席くらい後方に座った。
どうしようー、行ってみようかなあ。
よくしゃべってたから、忘れられてはいない、と思うんだけど、もしも万が一、人違いだったらどうするの(卒業後、ほとんど一度も会ってないから)。
10分ほど考え、やっぱり行ってみることにした。
でもまず反対方向のトイレに立って、ためしに鏡で自分をチェックしてみた。

う〜ん、老けてる〜〜〜。
連日の飲み過ぎ、寝不足、這いずり回って観光してきた疲れが、どよどよ〜〜んと。
「うわ!この子(じゃなくておばさん)、年取ったなー」というオモヒデを彼の胸に残すのも、いかがなもんでしょうか。
今度いつ会うかわかんないのに。

でも、今度いつ会うかわからないからこそ、会ってお話してみるべきじゃあ、ないんですか?
と思い直し、彼の席へじりじり近づいていく。
文庫本を読んでいる。
私の移動と視線に気づいていない。
肩をちょいちょいとたたいてみる。
電気に当たったみたいに、ビクン!として本から顔を上げた。
「はい?!」とおびえたように聞く。

「あのーぅ、ええっと、つかぬことをうかがいますが……、あなたは……もしかして……人違いだったら申し訳ないんですが……」
自信のないひょろひょろな声で聞いてみると、向こうもじいいいいっと私の顔を見て、端から見ても同情するくらい自信のなさそうな声で、私の旧姓を言う。
これでやっと安心した。
あとはすっかり昔にもどってふつうのおしゃべり。
ちょうど新横浜からは席も空いてきたので、隣に座って、自分のことや、昔の友だちの消息などをしゃべった。

「いや、オレね、さっきトイレに行ったとき、眞紀さんに似てるなーって思ってたんだよ。」
「ウソつけウソを。調子いいこと言うわねー。ぜんぜん見てなかったよ!」
「いやちがうの、ほんとに思ったんだって!あれっ、似てるなって!」

共学の高校時代の同級生って、すなわちおたがい相〜当〜にハズカシイ思い出を知っているということなのだが、まあそれは、忘れたことにして。

「あなたはインターネットやってるのね。私ね、サイトやってるの。メール送るから読んでよ、おもしろいよ。」
「へえ!なんのサイトなの?」
「え?……なんだろう?なんのサイトかな……なにって、いろいろよ。本の感想とか、ブログも始めたし、……まあ、見てよ、ホラ私、昔から文章書くのとか好きだったじゃん。」
「あーそうだよね、うまかったよね、なんか独創的な人だったもんなー。」
「うん、だから見てよ。消息わかんない人でも、メールさえわかればあっという間にまたつきあえるんだよね。」

私は品川で降りるけれど彼は東京駅まで行くという。
でも「よかったら品川で降りて、30分くらいお茶でもどう」というお誘いはお断りしてしまった。
だって私のように遊びの帰りならそれもいいけど、仕事の帰り道で、これから会社に戻るところだったから、悪いでしょう。
前に会ったのが20年近く前だったから、今度もまた20年後かなあ?

でも、おもしろい話も聞けた。
「そうそう、オレの友だちで矢吹っていたじゃん。あの人、サイトやってるよ。見てみたら?」
「あ〜、いたいた、ワー懐かしい名前だー。彼はなにやってるの。」
「あのね大分で木の工房をやってるんだって。」
「大分で?!私、お友達が大分にいるから、来月ちょっと行こうかと思ってたの!ひゃー偶然!」
「ああ、そう。オレも一回その工房に行ったよ、国東半島ですごい山奥。すごい田舎。行ってみなよ。検索かければ出るから。“工房 矢吹 大分”とか入れれば。」
「そうかー、でも彼とはほとんど親しくなかったから、行っても覚えててくれないかも。でも、話聞いたら行ってみたくなったなー。いや〜、行こうかなー。」
「行きなよ、喜ぶよ。」

彼が教えてくれた矢吹さんという人を、検索してみた。

木工房 矢吹

これだったのかー。なんかイイ感じのサイトとブログ。
とても幸せそう。
そうそう、この人って名前が「琢」で、“やぶきぶた”とか呼んでたんだよね……しょうもないことはすぐ思い出す……

行こうかなー。
これも縁かな。
テキトーに乗った新幹線で、偶然が重なって……ほんと、愉快な京都三日間をしめくくる、楽しい偶然でした。

by apakaba | 2005-07-21 16:56 | 生活の話題 | Comments(20)
2005年 07月 15日

自分はどれくらい不幸で、どれくらい悩んでいるか

厄払いってしたことありますか。

19歳の厄年に、実家に近かった鶴岡八幡宮で厄よけの祈祷をしてもらったことがある。
32歳の厄年には、祈祷へは行かなかったが、義母が刀の形のお守り(厄を断ち切ってくれるという)をくれた。

今年、どうもツイてない。
子供が長く病気と怪我で苦しんでいて、心身ともにぐったりしているし、財政難は右肩下がりで長期化しているし、仕事はもうひとつ繁盛しないし、夫婦げんかも増えたしおまけに自分も体の具合が悪くてやつれてしまった。

来週あたまに、京都へ行く。
観光ついでに、厄払いでもしてもらおうかなー。
厄よけと厄払いってどうちがうのかな。同じかしら。
お墓参りと似たような感じで、なんとなく気分がさっぱり……するかな。

でも、いったいどれくらい不幸だったり悩みがあると、人は本気で厄払いを考えるのだろうか。
内容は、文字どおり千差万別の十人十色だから、基準などないのだろう。

私は“悩みを相対化してしまう”タイプだ。
“悩みを相対化する”とは旧友のヒロセ君が言った名言で、たとえば自分が太ったなあと悩んでいても、もっと太っている人もいる、と考えるともうそれが悩みではなくなってしまう。
とか、これがツライなあ、と思っても、いやもっとツライ人もいる、と考えると、悩んでいるのがばかばかしくなる、といった考え方だ。
まあよくいえば理性的、というより典型的なハッピー思考なんだけど、「オレって……悩みがないのが悩みなんだ。」とまで言っていた彼は、その時点の人生経験が短かったのか、それともすでに人生を達観するところにきていたのか。

で、私のアタマも彼にかなり近いのよ。
だから私の(厄払いの)基準は、内容ではなく、精神のバランスを崩してるな〜という自覚があることだ。
家族に笑顔を向けられない、むしゃくしゃして周りに当たる、泣きたくなる、とまあ、そういうの。
一番こわいのはバランスを崩していることに自覚がない状態になってしまうことだと思うので、あ、ワタシだめかも、と気がついたら気軽に厄払いに行くのも、食べてストレス発散とかエステに行ってしまうみたいな効果があると思う。

今日はMOVIEバトンのつづきをお休みしました。のでまた次回。

by apakaba | 2005-07-15 23:09 | 生活の話題 | Comments(3)
2005年 07月 14日

MOVIEバトン

Morikonさん発案の“MOVIEバトン”が、ogawaさんより回ってきた。


Q1: 生まれて初めて観た外国映画は

なんだっけ。
ディズニーの『砂漠は生きている』だったか……でもあれってアメリカ公開が1953年!
まだ生まれてない。でもたしかに劇場で観たんだよね……。

子供のころの映画の記憶って父と結びついている。
まあ、小学校3年生のときに亡くなったから、小さいころのことを思い出すと必然的に登場するんだけど。
父はけっこう映画好きで、よく連れて行ってくれた。
ジェシカ・ラングが美しかった『キング・コング』は1976年、亡くなる直前だなあ。
でももっと前に観たのは……たぶん、『ピノキオ』じゃないかな。
いま調べてみたら、公開が1940年!?
そんなに旧い映画だったのか。
モノスゴクおもしろかったし、ピノキオが鯨の口に入るところなど、いまでも鮮明に音声を覚えている。

『ピノキオ』は、たしか、日本で初めて、アメリカのアニメを公開するとかいう記念の上映会で、当時の皇太子(いまの天皇)一家がいらした。
新聞記者だった父は、そのころ宮内庁の記者だったから取材に行き、このワタシも末席をけがすことになったのだったね。
幼稚園児だったワタシは、映画の途中で、当時の礼宮(あやのみや)が白い座布団を敷いて観覧なさっているのに気づいた。
「おとーさん、あの子だけざぶとんしいてる、ずるい。まきもしきたい!」
と父に言うと、父は冗談で
「じゃああの子のところに行って、貸してって頼んでみたら?」
と言う。
それを真に受け、通路を歩いていこうとしたら、父はあわてて
「だめだめ、近づいていったらダメ!」
と私を止めたのだった。

そうそう、それが生まれて初めて観た外国映画だ。

ちょっと長くなっちゃったから、Q2以降は明日へ。
to be continued...

by apakaba | 2005-07-14 23:28 | 映画 | Comments(7)
2005年 07月 12日

法事に行きました

おとといの日曜日に、法事へ行った。
夫の父方の祖母の三回忌にあたり、私は下痢でヨレヨレしながら参列した。
埼玉のとあるお寺に親戚が集まり、お堂に入ると、とたんに鼻水と鼻づまり!!
お経をあげている間じゅう、鼻が苦しくて苦しくて、ほとほと参った。
アレルギー性鼻炎なので、あそこになにかしらアレルゲンがあったんだろうなあ。
やっぱりハウスダストかなあ。
あの、お堂のなかによくぶらさがってる金色のじゃらじゃらしたヤツとか、ご本尊の付近とか、いかにも掃除しにくそうだもんなー。

私は、実家が日蓮宗だったようで、日蓮宗のお経はなじみ深かったのだけれど、夫の母方は浄土宗だか浄土真宗だか(いまだわかっていないだめなヨメ)だし、父方は天台宗らしく(おととい初めて知っただめなヨメ)、嫁いでからは耳慣れないお経を聞くようになった。

鼻のアレルギーに苦しめられながらも、天台宗というのはなんて奇妙なサウンドなんだろうと思っていた。
唱えるというより、ほとんど歌……バイオリンのように、半音の階調をずらーっとなぞっていくような、酔っぱらいそうな音だ。
手の甲で頬を下から上へなで上げられるような感じ……気持ちいいのか気持ち悪いのかわからないみたいな。
あれって音痴なお坊さんだったらどうするんだろ?

でも一部だけ、「ぎゃーていぎゃーていはらぎゃーてい、はらそうぎゃーていぼじそわか」のところだけはよく聞こえたのでうれしかった。

お経が終わって外へ出たら、すぐに鼻水が止まった。
来月は高野山へ旅行に行くことになっていて、宿坊に泊まり、朝のお勤めとかに出たりする予定なんだけど、こんな鼻で大丈夫かなあ?

by apakaba | 2005-07-12 23:44 | 生活の話題 | Comments(11)
2005年 07月 09日

お腹が痛い日々です

下痢しはじめて今日で五日目、しんどいー。
なにか口に入れるととたんにお腹がぎゅるぎゅるしてきて、一直線に下ってしまうの。
食べ物はもちろん、水を飲んでもぎゅるぎゅるーっと反応するから、水を飲むのも怖い。

下痢してるときは絶食したほうが早く治るという人がいるが、どうなんだろう?
たしかに絶食してると、出るものがなくなって一時的に止まる。
でも倒れそうになるので、ちょっぴりおかゆとかスープとかお腹に入れるでしょう、そうするとまたもとに戻ってしまう。

何日か断食して点滴だけで寝て暮らすと、よくなるかな?
そんなの実際できるわけないし……というか、こんなに垂れ流しで(ほんとには垂れ流してないけど)ほとんど食べないで、どうしてふつうに仕事ができてるのか自分でもわからん。
家事も、家庭教師と塾の仕事も、足の悪い「アキタコマチ」の通学と通院に付き添うのも全部やってる。
二日くらいは母がごはんを作ってくれたが、いつまでもやってもらうわけにはいかないもんねえ。
戦争中とかなんだとか、苦しい状況でも人間はちゃんと暮らせるんだから、私の病気なんかたいしたことないんだろうなー。

学生時代にインド方面をひと月半旅行したときは、旅行中も何度か下痢しながら進んでいたけれど、帰国後、3ヶ月間下痢をしつづけていた。
インドだけでなく、どの国へ行っても、帰国後に数ヶ月、下痢をしていた。
でもそのころよりも、今日のほうが体重が落ちてる。
成人してから、今が一番軽くなってしまった。
おそらく、当時は生活に責任もなかったから、下痢しながらもだらだらと体を休めていたのだろう。
休みたいけど休めない。
大人はみんな同じ。
私も大人になったものよ。ふっ。

早くおいしいものをたくさん食べて、お酒をたくさん飲める生活に戻りたい。
戦争中じゃないんだもん。

by apakaba | 2005-07-09 13:17 | 健康・病気 | Comments(6)