あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ

<   2005年 12月 ( 27 )   > この月の画像一覧


2005年 12月 31日

私のいいところ

今年も、ネットを通じてたくさんのお友だちが増えました。
今年からあたらしく私のサイト・ブログを見てくださるようになった皆さん、知り合えてうれしいです。
その前からの皆さん、懲りずにありがとうございます。

私は特技とか取り柄がなんにもない人間だけど、ひとつだけ自分でいいところがあると思っている。
私は、人の“いいところを見つけるのが得意”。
この人のこういうところ、とってもいいなあ、好きだなあ、と、すぐに感じることができる。
だから、嫌いな人とか、苦手だと思う人が、ほとんどいない。
私のことをキライとか苦手とか感じている人はいるだろうけど、このおめでたい性格、自分でわりと好き。

来年も、このおめでたい性格だけを頼みに、たくさんお友だちを作っていきたいと思う。
また1年、どうぞごひいきに。

by apakaba | 2005-12-31 15:51 | サイト・ブログについて | Comments(10)
2005年 12月 30日

キタナイ顔だなー。

ワタシの顔はシミだらけです。
もともとの肌の色はとても白いのですが、顔だけはいつも日焼けしています。
致命的にシミができたのは、現在メインサイトで連載中のヨルダン・シリア旅行のときだったことを思い出しました。
ひどい暑さで、汗が顔から吹き出し、強い陽射しに焼かれて、肌を奥深くまで痛めてしまったようです。
旅行から帰ってきて1年ちかく、ひどい肌荒れに苦しみました。
顔が真っ赤に炎症を起こして、ボコボコに腫れて、いつもピリピリとかゆいのです。
荒れてばさばさになっているところへ、さらに春には花粉がついてかゆみが増してしまいました。
そしてその年の夏には紫外線の強いイスラエルとフランス、翌年の夏にはインドの高地4000メートルのところにいたのでまたまた紫外線。くりかえすそれぞれの春にはまた花粉でかゆみ。
その後もウズベキスタン、夏のフランスと、とにかく紫外線を浴びつづけてきたおかげで、シミが薄くなるひまがなくなってしまいました。

毎朝毎晩、顔を洗って鏡を見るときに、決まっておなじことを思います。
「ワタシの顔、ラスコー洞窟みたいだ。」

ラスコー洞窟には、いろんな動物の壁画が描かれているらしい。
野牛とか馬とかかもしかとかが、横向きに描かれている。
なんだかそれに見えてくるんですよねえ。
馬・鹿、早くいなくなってほしいんだけど。

私はものぐさなのでお化粧がとっても面倒で、一日じゅう家から出ない日や、日が暮れてから外に出る日はメイクをしないのですね。
それがいけない、と人は言う。
家から出なくても生活紫外線は浴びるので、とにかく日焼け止めはしなければならないらしい。
……来年の課題とさせていただきます。
いい年した女性は、家から出ない日でもちゃんとメイクしてるのかなあ?

by apakaba | 2005-12-30 17:51 | ファッション | Comments(15)
2005年 12月 29日

大掃除もらくちんらくちんなの。

子供3人がワックスがけとか拭き掃除とか全部やってくれるんだよ〜。
冷蔵庫を移動させて掃除するのもやってくれたし、家中の柱や家具を磨いたよ〜。
電話とか、ほこりのたまったコードとかも全部拭いたよ〜。
あーワタシってばますますダメな人になってしまう。

by apakaba | 2005-12-29 16:46 | 生活の話題 | Comments(8)
2005年 12月 28日

VIVA二度寝

ホンネは昼まで寝ていたいの。
お弁当を作るので朝早く起きて、いつもはそのまま子供を起こして学校へ行かせるけど、冬休みになったから二度寝ができちゃう。
子供たち、勝手に暮らしてくれ。
寒いなか出勤していく夫はたいへんだなーと思うんだけど、また布団に戻るのは無上のシアワセよぉ〜。
夜はワタシのほうが片づけで遅いし、寝室が夫のせいですっごく酒臭かったり、いびきをかかれて眠れなかったりするんだから、朝は寝かせて……冬休み最高。

by apakaba | 2005-12-28 16:19 | 生活の話題 | Comments(16)
2005年 12月 27日

『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』友だち以上恋人未満

「ササニシキ」と「アキタコマチ」は、いま出ている分の原作シリーズを、何度も読み返している。
今日は劇場公開中の新作を観てきた。
私はどうも子供のころからファンタジー小説が苦手で、大人になっても苦手のままなので、ハリー・ポッターシリーズはひとつも読んでいないまま。
映画もとくに興味はなかったけれど、冬休みのおつきあいということで。

シリーズものの途中の話だからわけのわかんないことだらけ、当然、“とりあえず私でもわかる”ディテールに目がいく。

終わってから、「アキタコマチ」に原作をひとしきり解説されてようやくわかる(右の耳から左の耳へ抜けるけど)。
「……それでさー、あのハーマイオニーちゃんはハリーのことはスキじゃぁないのか?」
と、“とりあえず私でもわかる”部分で質問してみた。
「う〜ん、好きっていうか、まあ、友だちだよ、仲間だから。」
「ふーん、でもただの“友だち”って感じでもなかったけどなあ……。じゃあアレか、“友だち以上恋人未満”てヤツか。」
自分で口にしながら「恥ずかしいぞ、自分」て思ったんだけど、これから青春が待っている息子の反応はどうかな?と思い、あえてそのハズカシイフレーズを言ってみた。

「そうそうそうそう!まさに“友だち以上恋人未満”ていう感じなの。まさにそれ。」

あっけらかんとハズカシイフレーズを繰り返す息子。
なーんだ、まだぜんぜん照れないのね。

by apakaba | 2005-12-27 21:44 | 映画 | Comments(5)
2005年 12月 26日

サンタさん、お手紙をください。

おとといの夜、「コシヒカリ」はサンタさんへ手紙を書いていた。
要求が高度になっている。
ゲームボーイDSがほしいとかなんだとか、無理に決まってるじゃん。
夫はサンタ関係には昔から完全に不参加なので、いつも私が頭をひねることになる。
当然、お財布からもひねり出すことになり、DSなんて無理無理。
女の子が好きそうなブローチにした。

「コシヒカリ」の手紙には、
『あ!サンタさん、お手紙をください。それからはんこうをください。』
と書いてある。
私も、同じことを書いたことがあった。
「コシヒカリ」とちょうど同い年のとき。

モノをもらうだけでは満足できない。
サンタさんと双方向的につながりたい。
そう考え始めるのが、2年生くらいなのだろうか?
私も、サンタさん、この手紙を読んだら返事を書いてくださいとお願いした。

プレゼントともに返事がきた。
思いっきり“共同通信社原稿用箋”と印刷してある、いつも家に常備されていた紙だということにはすぐに気がついたのだが、それはとくに気にならなかった。
新聞記者特有のきたない父の字で返事が書いてあったが、それもなぜかとくに気にしなかった。
唯一気になったのが、最後に書いてあった署名だった。

アメリカ大使館 サンタクロースより

そうなのか、サンタさんって、アメリカ大使館に住んでいるのか!
……アメリカ大使館て……どこ?

「アメリカ大使館は、お父さんの会社の目の前なんだよ。だから会社に行くときに、ついでにサンタさんに手紙を渡せるんだよ。」
と父は言った。
“アメリカ大使館の目の前に父の会社がある”という部分は、本当だった(現在は移転したが)。
だからといって、なぜサンタがアメリカ大使館気付で手紙をやりとりするのか。
サンタはガイジン→ガイジンといえばアメリカ→アメリカ大使館がそばにあったな。名前ももっともらしいし。
当時の父がそうやって連想したのだろうな、というのは、父が亡くなって何年もたってから、私が想像したことだ。

父は子供に対してとんでもなく嘘つきで、真面目な顔で私にたくさんの嘘をついた。
嘘がわかったとき、笑い転げたこともあれば、涙を浮かべて怒ったこともあった。
泣きながら抗議しても、へらへらと笑うだけで父はとりあわなかった。
それがいやで、私は自分の子供にはほとんど真面目な顔で嘘をつくことをしない。
夫もたぶん、そうなんだろう。
だからサンタの片棒を担ごうとしないのだ。

サンタは、だから私が唯一、10年以上子供につきとおしている嘘だ。
3人目の子供が、あと1年たって、もう少しだけ精神的にオトナになったら、ま、降りるかな。
兄たちにばらしてもらうかな。
私が言うより、彼らのほうが上手に明かしてくれるような気がするから。

by apakaba | 2005-12-26 18:14 | 子供 | Comments(9)
2005年 12月 25日

今年読んだ本、Best10のつづき!

では後半。

6・・・
戦争が遺したもの(鶴見俊輔・上野千鶴子・小熊英二 著)

私が小熊英二を好き……というのは、メインサイト書評欄『インド日記』評をごらんになればおわかりのとおりだと思う。
気鋭の若手学者が、戦後思想界の巨匠を相手にここまで聞くか!?の対談集。
鶴見氏が二言目には「僕は不良少年だから。」「僕はやくざなんだ。」と言うのが、最初ひどく気になったのだが(自分をワルだと言う人間はろくなのがいないので)、赤裸々な戦中戦後体験の告白の前には、戦争を知らない世代の自分が死力を尽くして想像力を働かせても太刀打ちできるレベルのものごとではなく、だからただ黙って拝聴するしかなくなってくる。
ところがそこへずばずばと切り込んでくるのが、若手世代代表の小熊英二。
彼の追及は、戦後ナショナリズムを題材に書いた著作で見せた、膨大な戦争史料を武器としてすすめられていく。
戦争を知らない世代であることは、恥でもなんでもなく、もちろん戦争を生きた世代であることも恥でもなんでもなく、大切なことは「知ること」、真実を、手遅れになる前に知ること、そして手渡すことである。
その凝縮的な典型を、対談というライヴ感あふれる形で見せてもらうことができる。


7・・・
大阪ことば学(尾上圭介 著)

『大阪ことば学』が、いけてんねん。←の、「ねん。」が肝心らしい!

いまさらだけどこのレビューはそんなにうまく書けなかったな。
なぜかというと、読んだ直後はどうしておもしろかったのか、よくわからなかったのだ。
このあと、わかぎえふという人の書いた『大阪弁の秘密』という本も読んで較べてみたら、なぜ『大阪ことば学』がおもしろかったのか、はっきりわかった。
『大阪弁の秘密』は、徹底的に生活密着の視点から筆が進められている。
生活者の視点だから、論理的である必要はなく、論拠は“大阪ではそうだから。”の一点張りとなる。
「大阪では、AのようなタイプよりもBのようなタイプの人のほうが尊敬される。」とかきっぱり書かれてしまうと、“ホントにそうなのかなぁ?”と疑問に感じても、そこはよそ者の悲しさで、だまって従っていくしかなくなる。
だからあまり深刻に入れ込まず、半分シャレという気分で軽く読んでいくとたのしい。
これに対し、『大阪ことば学』は、やはり学者の言説だけあって、論拠が国語日本語学的に明快であり、日本語文法を習ったことのあるすべての人間が納得しうる力がある。
学究派であるワタシとしては(嘘はいけません嘘は)、やっぱりこっちの勝ち。

8・・・
ムーン・パレス(ポール・オースター 著)

日本の現代小説は読む価値なしとほぼ断じて久しい。
でも海外作家はいいねえ。
昨年は、オースターの三部作『THE NEW YORK TRILOGY』という記事を書いたこともあったな。
しかし、原書を読んでみて、やっぱりワタシの頭脳では、翻訳で読んだ方が感動できるという結論に至った。
柴田元幸先生の名訳で、さらに味わい深くなっている。
青春小説のジャンルに入りそうな話だが、挿話の中にまた挿話、そのなかにまた挿話、といった複雑で蛇行したような、展開しそうで足踏みしたような(ときに後退したような)ストーリーの組み方には本当に驚嘆するし、その挿話のどれもが画面を見るように鮮やかで、また叙情的で、なにか胸が切なくなる哀切さがあり……小説はこうでなければ!

9・・・
空海の思想について(梅原猛 著)

夏休みに高野山の宿坊へ泊まりに行った(高野山の旅行の話は、写真つきで2005年8月分に数回に分けて載せています)。
そのときに持って行って、あっという間に読んでしまった本。
著者梅原猛が、空海を学術的に分析する、というよりも、もう空海にぞっこんで、“一ファン”の書いた文章という感じになっているのが、少し気になるところだったが、100ページあまりの薄い本なのに、空海の思想を深く掘り下げて紹介しているところは、やはり空海研究の第一人者の力量だと感じた。
知の巨人であり、稀代の宗教家であることは事実なのだが、みずからの思想を広げていくために施していく、彼(って空海)の“策謀家”ともいえるほどの、時代のなかでの立ち回りの巧さには驚く。

10・・・
街場のアメリカ論(内田樹 著)

じつはまだ読んでいる最中。
今年最後の本になりそう。
夫が最近この人の著作をよく買っているので、まず一冊読んでみようと新刊を読み始めた。
私は社会学者の宮台真司氏のファンだ。
そしてこの内田氏も、宮台さんと同じく東大出身。
「これは」と思う文章書きは東大出身だなぁー。ちくしょう〜(なぜ、悔しがるのか)。
アメリカと日本の関係性を、フランス文学者という門外漢の気楽さからずばりと論じた本。
対米関係を考えたとき、うすうす「こうなんじゃないのかなあ」と多くの日本人なら感じていた事象を、標語っぽく言い切る言説に、溜飲が下がる。
蛇足ながら、内田氏は宮台さんのことを悪く言っているらしいのだが、両者とも、標語ふうの表現で言いたいことを提示していく方法は似ている……と思うんだけど。
そのへんの手法は、両者とも、いい意味での軽さを持ったいまどきの学者だなあという印象。


後半は少しマニアックな選択にしてみました。
来年はもっと本を読むぞ〜〜。
あ、こんな本の話題じゃなくて、毎年恒例クリスマスのエピソードが読みたかった?
じゃ、それは明日。

by apakaba | 2005-12-25 21:13 | 文芸・文学・言語 | Comments(22)
2005年 12月 24日

今年読んだ本、Best10

私のメインサイトの掲示板は、常連さんの平均年齢が高い。
年寄りは気が早いというとおり(常連に対してなんという態度)、すでに今年を振り返る書き込みが出そろってしまった。

私も、今年読んだ本のベスト10でも書いてみようかな。
順位はつけず、10冊選んでみよう。
しかし、みんなのいうとおり、ネットやると本を読まないなあ。
この10冊!を選ぶのが、10年くらい前ならあっという間だったのに、今日一日考えてしまったよ。
ではいってみよう!

1・・・
モーターサイクル・ダイアリーズ (チェ・ゲバラ 著)

映画「モーターサイクル・ダイアリーズ」を観て、本を買った。
このブログにも2回記事を書いた。

今日は同名の文庫本を買いに走った。

映画と本との邂逅

2回もここでチカラの限りフィーチャーしたので、いうことなし。
ゲバラは名文筆家だった。

2・・・
チェ・ゲバラ伝 (三好徹 著)

私が読んだのは、義母が持っていた1971年の初版本だったが、いまは新装の普及版が出版されているのね。
昔の本だったので活字がおそろしく小さく詰まっていて読みにくかったけれど、中身もやっぱりぎっちり詰まっていた。
あの破天荒な明るい旅人が、革命家へと変貌していき、やがて斃れるまで。
南米をいまだ覆う腐敗と貧困を思うとむなしい。
けれど、革命とか、ゲリラとか、暴力はいやだとか、知りもしないでシャットアウトする前に、なぜ殺し合うか、なぜその手段に出るのかは、とにかくきちんと知るべきだ。
その意味で、ゲバラの死後40年近く経った現在でもなおすべての人間が、この本を読むべきだと感じた。
私の生まれた年、生まれて数日後に、彼は射殺されたんですね。

3・・・
ダ・ヴィンチ・コード(ダン・ブラウン 著)

ま、ミステリーなんで。しかもベストセラーなんで。
おもしろいに決まってるということで。
読みながら早くも、主役のラングドン教授がアタマの中でトム・ハンクスになっていて、来年公開の映画をすでに観てしまったような幻惑にとらわれた。
ミステリーだから内容は語らずにおくが、訳がうまいと思った。
文末ひとつとっても、状況や話者に応じて「××してる」と「××している」を使い分けるなど、ほんのちょっとした差異化をさりげなくこなす、こういう訳者は好き。

4・・・
苔のむすまで(杉本博司 著)

杉本博司 時間の終わり

この記事を書いてから、本を読んでみた。
両手を広げるくらいに大きな、彼の作品である写真を前にして立ったときの、ズキズキくるような高揚感——とはまたべつの、心にすーっと沁みていくような、しかし沁みていく途中でこつんこつんと刺激をくわえられているような。
身体(しんたい)に訴える人なのだ。
“アーティスト”という「日本語」が大ッ嫌いだが、彼には最大限の尊敬を込めて、artistと呼びたい。

5・・・
ムスリムの女たちのインド(柴原三貴子 著)

これは“今年の本”として絶対に出さなくっちゃねえ。
不肖ワタクシのお友だち(だと思う。私がそう思ってるだけかな?)柴原さんの作品。
たまには本気でブックレビュ〜!の記事を読んでくださった方が多数いて、これをきっかけとして本を買った方もたくさんいて、「いや〜今年はワタシ、いい仕事しちゃったなあ」な気分。仕事じゃないんだけど。
あらためて書く必要もないので、まだブックレビュ〜!を読んでいない方は、ゼヒ読んでね。


……なんか長くなってきたので、残り5冊は次回!
(ついでながら、ここにリンクを張った過去の記事は、どれも相当の自信作です。ゼヒ読んでください。)

by apakaba | 2005-12-24 22:36 | 文芸・文学・言語 | Comments(13)
2005年 12月 23日

“あの人”に関連して……複眼的観点に関する感想

きのうの記事をアップしてみて、キョヤジさんの人気ぶりにはじっつに驚いた。
驚きついでに今日はその続編。

きのうの本文には書いていなかったけれど、あの日は、キョヤジさんと、suzeさんと、ogawaさんと、あづま川さんの4人の人々と歩いていた。
キョヤジさんとogawaさんからは数日前に私の写真を送ってもらっていたけれど、suzeさんとあづま川さんが、今日、“撮影現場”の写真を送ってきてくれた。
それがやたらと、おもしろい。

suzeさんは、鉄道写真を撮らせたらかな〜りのウデをお持ちだが、「女性は撮れない……」とご本人のほうが私を撮るのをとっても恥ずかしがっていた。
なのでポートレイト風ではなく、『キョヤジスタジオ撮影風景』というおもむきの写真をくれた。
その写真の中では、キョヤジさんは公園のベンチに座る私に、上からおおいかぶさるように、カメラで迫っていた。
きのうの記事本文で「笑うな!目にチカラ入れて!」と指示していたときだろう。
私はキョヤジさんのあまりの迫りっぷりにビックリして、そうするとよけいに可笑しくなって幾度もぶぶっと吹き出してしまい、必死になって気を取り直し、カメラを見上げたまま目を閉じている。
まるでキスの途中みたいでとんでもなくヘン。
余裕ゼロ。
その様子を撮ろうとして、いままさにogawaさんがカメラを構えようとしている瞬間。
こちらも手つきがとてもはんぱで、動いている最中というのがわかる。
中央で、立ち位置もばっちり、自信たっぷりにかまえているのはキョヤジさん。
キョヤジさんが主役だ。

あづま川さんが送ってきてくれたのは、これも同じ公園で、頭と顔に太陽の逆光を入れた写真を撮影しているところ。
かなり引いた位置から撮っている。
私は立っている後ろ姿。
そうとう体を折り曲げ、下斜め45度くらいの角度から、ちょうどいい光の当たり方をねらうキョヤジさん。
それに気圧されるように、私の上体が、ほんのわずかだがキョヤジさんから離れるように傾いている。
まだ緊張しているのが、そのちょっとした肩の角度でわかる。
ふたりの少し後ろから、きちんと立ってしっかりした姿勢でかまえているのがogawaさん。
撮影中の私の表情でも撮ろうとしているのだろう。
もちろん、私の方はキョヤジさんの跪いた姿勢にぎょっとして、さらに後方からogawaさんがねらっていることなど気にしちゃいられない。

こういうの好きだ。
キョヤジさんは私だけを見ている。
私はキョヤジさんだけを見ている。
それをogawaさんが見ている。
その全部の様子を、さらにsuzeさんとあづま川さんが見ている。
視線が、視点が、入れ子細工になっていく。
ピカソとかの絵にもよく登場する、複眼的な視線。
画家がモデルを描いている絵を、画家が描く。ピカソの好きだった主題のひとつだ。

suzeさんとあづま川さんがくれた写真を、「アキタコマチ」に見せたら、すぐにこう言った。
「……それでさー、これを、このぜんぶを撮っている人は、だれなの。」
複眼的観点、子供でも感じるらしい。

by apakaba | 2005-12-23 22:34 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(13)
2005年 12月 22日

“あの人”が撮ったポートレイト

“あの(ヒトを撮らない、まして女を撮らない、そしてパンフォーカスの)”キョヤジさんが、曲がりなりにも女のヒトである私のポートレイトを撮ってくれるという。
彼を知る人ならだれだって驚くし、どんな写真を撮るのか、興味津々だったはずだ。
私もものすごくびっくりした。
楽しみでもあり、どんなふうになるのかこわくもあり、とにかく緊張して撮影に臨んだ。

私とキョヤジさんが入っている、ネットのサークルのようなものがあり、そこに載せるべき私のプロフィール写真欄を、面倒なのでずっと空欄のままにしていた。
彼が見かねたのか、撮りましょうかと言ってくれたのである。
「わーいうれしいな。ゼヒお願いしまーす」
と明るく返事したものの。
彼のいままでの作品を思い返すに、猫はいたけどヒトはいたかな?

周りの数人に告げると、例外なくひどくビックリしていた。
「ええっ、キョヤジさんが……!?いったいどんな写真になるんだろう?」
「私もキョヤジさんが人を撮っているのを一度も見たことがありません。」
「興味あるけど、当日は彼の方が眞紀さんより緊張してるかも。」e.t.c.
キョヤジさんはとても恥ずかしがり屋な人で、私など飲みに行ってもはじめの2回ほどは視線がちっとも合わなくて、“どうしたんだろうこの人は?”と思っていた。
しばらくしてから、“ああ、慣れてこないと目が合わないのか!”と、やっとわかった。
そんな撮り手は、いったいどんな写真を撮るの……??

ところがっ。

結果からいって、キョヤジさんうまい。
できた作品もうまいんだけど、現場づくりがうまい。
つねに私に声をかけてくれる。

「まずここに立って。顔は……ちょっとだめ、向こう向きすぎ、もうちょっとこっち、はい!動くな!そのまま!」
「え、え、手とかはどうすればいいの?」
「どうだっていい、好きにしていい。」
「うんわかった。」

「よし近づくぞ。笑うな!笑うな!がまんしろ!目にチカラ入れて、こらえる!よし!よし!」

「だめだ顔がこっち向きすぎ。顔は光を半分だけ当てて、目だけこっち。」

「キョヤジさん、もう今日の撮影おしまい?もうちょっと撮ってよ。」
「よし撮ってやる(バシバシバシバシ)……」
「そんなにバシバシ撮ってちゃんと写ってるの〜?」
「なーに数うちゃぁ当たる。」

など、つねにああしろ!こうしろ!と指示を飛ばしたりしてコミュニケーションをとり、緊張をほぐしていき、あっという間に“恋人の距離”まで近づいて撮ってしまう。
すごいすごい。
やるじゃないかキョヤジさん。アラーキーかと思っちゃったよ。
若い女の子だったら、もっと気を遣って緊張してしまったことだろうが、私がぽんぽんものを言いやすい相手というのもあるのだろう。

というわけで、できた写真がこれ。
プロフィール用写真は、顔がはっきり見えないのが前提なので、逆光を利用している。
顔が出ているものはきっちりきれいにピントがきているので大きく出したいところだが、小さいサイズで我慢してください。
元の画像が見たい方はメールでお送りします。
大きい方が、うまさがよくわかります。
(すでに続々と希望者が……キョヤジさんの人気ぶりをあらためて実感した次第。)


c0042704_1621126.jpg


駒込の染井公園にて。

c0042704_16213264.jpg


駒込の六義園にて。

c0042704_16221936.jpg


上の写真をトリミングしてちがう雰囲気。
前方にあった、夕日の当たる落ち葉がなくなったのは少し残念だけど、これもイイ感じ。

c0042704_16224713.jpg


自分でも表情が出ていると思って気に入ったけれど、涙をのんでだいぶ小さくしてしまいました。

c0042704_1623527.jpg


巣鴨のとげぬき地蔵で。
「数うちゃぁ当たる」と最後にバシバシ撮りまくったとき。

キョヤジさんありがとうございました。
おばさんを撮るのはたいへんだったでしょう。
若いきれーなお姉さんを相手にするときのための練習台に、どうぞワタクシでよければお使いください。
あ、写真ね。
写真。
写真の話。

by apakaba | 2005-12-22 16:47 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(30)