あぱかば・ブログ篇

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2006年 10月 31日

蚊をつうじて……大人の世界と子供の世界

子供3人が次々と生まれたので、朝と夕方にはお助け番組として、向こう10年くらい、NHK教育テレビの『おかあさんといっしょ』をつけていた。
歌のお兄さんとお姉さんが唄う歌は、いい歌もたくさんあったが、好きになれない歌もたくさんあった。

“ちびっか ぶーん”という歌も嫌いだった。
チビの蚊である「ぶーん」は、やさしい蚊で、人を刺すのがいやだった。
だからいつまでたってもチビのままでいて、とうとう秋の朝に死んでしまう。
神様は、死んだぶーんを空に上げて星にした。
という内容の歌なのだが、なんだか偽善的な歌だと思いませんか。

『おかあさんといっしょ』の中で、着ぐるみが劇をするコーナーがあり、ある年の夏の終わりの話はこんなふうだった。
登場人物たちが飛んでいる蚊を見つけ、たたいてつぶそうとするが、一人が
「あっ、待って。もう夏も終わり。蚊とも来年の夏までさようならだよ。そっとしておいてあげようよ。」
「そうね。かわいそうだもの。また来年までバイバイ、蚊さん。」
と飛んで逃げる蚊に手を振る——テレビに湯飲みとか投げつけそうになったね。
偽善的にもほどがあるだろう?!

私は、すべての虫、すべての生き物の中で蚊をもっとも憎んでいる。
蚊に較べたら、ゴキブリもナメクジもかわいいものだ。
蚊だけは、死ね!死ね!絶滅してしまえ!と本気で思っている。
なぜかというと、私は皮膚が弱くて、蚊にひどく苦しんだからだ。
年をとってからだいぶましになったけれども、小さいころから30歳くらいまでは、刺されるとコブのように腫れ上がり、かゆいのはもちろん、その後は熱を持ってずきずきと痛み、刺された穴から体液がぐちゅぐちゅしみ出し、穴が広がりそこから皮膚がずるむけになって何年もぐちゃぐちゃになる。
そこまでひどくならない箇所も、茶色いひっつれが何年も残る。
足首にまとまって5箇所ほど刺された痕を見て、夫が
「なんだその足は。ヤク中の注射痕かよ?」
と言ったくらいだ。

だから、蚊について「かわいそうだもの」だの「やさしい蚊」などと聞くだけでむかっ腹が立つ。
そんなこと考える人間、実際にはひとりもいるはずないのに、どうしてそんなに偽善的な話を流すの?それが教育テレビの務めなの?

なーんて、思っていたのだが……

きのう、テレビを地でいく人がいることを知った。
「おかーさん、見て。“手のり蚊”。」
死にかけている蚊を指先に乗せて、「コシヒカリ」が見せに来た。
私は、まだ蚊の奴がいたのか、とうんざりすると同時に、かつて苦々しい思いで見ていた『おかあさんといっしょ』を思い出した。
「うへ、なにやってるの。」
思わず不快そうな顔をして私が聞くと、「コシヒカリ」は
「あのね、もう弱っていてあまり飛べないから、手を出したら止まったの。わたしが手に乗せるとじっとしてるの。だからわたしの“手のり蚊”にしたの。かわいいでしょう。」
「かわいくないよ……捨てなさい。」
娘は弱っている虫などをすぐに拾ってきてかわいがってしまうのだが、蚊だけはどうしてもイヤ。我慢できない。
「はあい。わかった。じゃあ窓から出してあげるね。バイバイお前、しっかり飛んでいくんだよ。」
名残惜しんで、挨拶してるよ。
「ダメよっ!そんなんじゃだめっ!」
心の中では“おお、あのドラマ通りじゃないか!”と驚きながらも、口ではヒステリックに叫んでしまう私。
「そう?じゃあゴミ箱に捨てるね。ぽい。」
弱り切っているから復活して私を刺すこともなさそうだ……それにしても、こういう思考を持つ子がほんとにいるのだということを、もうとっくに『おかあさんといっしょ』を見なくなってから初めて知った。
私の見えている世界と、「コシヒカリ」の世界はもしかしたらぜんぜんちがうのかな。
娘の世界では、まだ花がお話ししていたり、虫が「コシヒカリ」の思うままになついてくれるのだろうか。

by apakaba | 2006-10-31 13:11 | 子供 | Comments(16)
2006年 10月 27日

下半身露出男の恐怖

ある夕方、犬の散歩に行っていた「アキタコマチ」が家に駆け込んできた。
ヒーッヒーッと、息が上がっている。
顔が真っ赤で、目が飛び出している。
「どうしたの、怖いことあった?」
「こわかった!怖かったよ!変な人を見た、追いかけられた!!」
ひどくおびえて、パニックになっているので、少し落ち着かせてから話を聞いた。

「川沿いの遊歩道を散歩していたら、キリスト教会の前の橋に、男の人が立ってて、この寒いのにTシャツ1枚で、下はなんにも穿いてないの。」
「なんにも?パンツも?てことは、ぶーらぶらと?」
「そう!黒くて英語の文字が書いてある野球帽をかぶっていて顔は下半分しか見えなくて、歯が4本しかないの。その歯がすごくきたないの。髪は白髪がだいぶ交じっていてだらしなく伸びていて、ひげももじゃもじゃ伸びててきたならしいの。身体がすっごく臭いの。手の爪がすっごく(5センチくらい)伸びててもう固くなっていて巻いちゃってるの。手にはなんにも持っていないし、荷物もなかった。ズボンを脱いで持ってるとかもなくて。年は40歳くらいかな。」
怖がりながらも大した観察力だと感心する。
でも子供の言うことだから、確認も取る。
「40歳?うちのお父さんだって40だよ。お父さんは若く見えるにしても、もう少し年上じゃないかな。身長はどれくらい?お父さんくらい?おじいちゃんくらい?」
「うんそうだね。よく考えたらお父さんの年のわけがない。もっと年だった。身長はおじいちゃんくらいだった。」

「それで、なんか怖いことされたの。」
「あのね、『げひ、げひ』って言って笑うの(不覚にもウケてしまった)。すっごく気持ち悪いの!『げひ、げひ』って笑いながら、こっちにちょっとずつ近づいてきて……」
「ぶらぶらしながら?」
「ぶらぶらしながら。コーシローはほら、なにしろぶらぶらしているもんだから近づいてにおいを嗅ごうとして……オレは怖いからコーシローを無理に引っ張って逃げたんだけど、そのおじさんはちょっと追いかけてきたの!『げひ、げひ』っていう声が追いかけてきて……でも足がすごくのろくて、こーんな感じで(ホップステップのような飛び跳ねるような駆け方。また少しウケてしまった)本気で走ってるとは思えないんだけど……でもあの気持ち悪い声が追いかけてくるから!オレほんとうに怖かった!思い出してもぞっとするんだよ!今こうしてしゃべってると可笑しいように聞こえるかもしんないけど!!」

本気で怖がっているので、
「じゃあ、警察に通報しようか。」
と言った。
今まで、不審者はたまに見かけたけれど今回のおびえ方がひどいので、通報することで気持ちが落ち着くかもしれない。
「アキタコマチ」は急に活気づき、
「え!110番!?オレが電話かけるのっ!?どうしようオレ、緊張しちゃう!ひゃあ!」
「でもさっきの説明はとても詳しくてわかりやすかったから、おかーさんが言うよりもずっといいと思うよ。細かいところまでよく覚えてたね。えらいよ。」
「だってオレって説明とか得意だから!よし!電話するよ!!ああドキドキ!よーし!」
思ったとおり、恐怖感は薄れ、110番通報をすることに飛びついた。

通報してひととおり説明すると、今から警察官が直接来るという。
入れ替わり立ち替わり、全部で6人が来て「アキタコマチ」に事情聴取をした。
「アキタコマチ」は辛抱強く、同じ話をくり返して説明した。
私は口を出さずに、すべて「アキタコマチ」にまかせた。
被害届を出すほどでもないので、この辺りの巡回を強化すると言って、皆帰っていった。

オレってばあんなにいっぱいのおまわりさん相手に、立派に事情聴取に答えちゃったよ!
オレってすごい?!
……「アキタコマチ」の興奮が収まってくると、まただんだん怖さがよみがえってきたようだ。
「オレは、後ろが怖い!暗いのも怖い!暗くなってからの散歩にはもう絶対に行かないからね!」
「うーん、話からして、多分浮浪者だと思うけど、下半身になにも穿いていないで脱いだものも持ってないということは、だいぶ近くにいるのかもしれないね。下半身を露出する人は、危害を加えようとする人はほとんどいなくて、ただ見られるのが好きで、びっくりされるのが楽しいだけだから、さほど心配することはないと思うけど。追いかけたのもからかうだけだと思うよ。でもやっぱりどんなことがあるのかわからないから、注意しないとね。」
「どうしてそんなことするんだろう。もうほんとに気持ち悪いよ。ああ、今日は嫌な夢を見そう。」

それから数日は“怖い、気持ち悪い”と言っていたが、だんだんショックを忘れてきたようだ。
「世の中には、ちょっと理解しにくい人というのはやっぱり、いるものだからね。」
という話をしておいた。

by apakaba | 2006-10-27 18:33 | 子供 | Comments(10)
2006年 10月 25日

柴犬は嫌われ者

今日は犬のことであんまり楽しくない気分。

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「ササニシキ」が頭にタオルを巻き付け、「農民こうし(彼はなぜかコーシローのことを“こうし”と呼ぶ)」と。遊ばれています。
こういう顔を見ていると、ただの犬なのだが、柴犬というのはわりと嫌われ者で……今日はそれを実感することが重なった。

朝の散歩のとき、保育園児が散歩しているところに行き会った。
3歳児くらいの子供をぞろぞろ引き連れた若い保育士さんが、
「あっ、みんな、気をつけて!」
狼じゃないんだから……

夕方の散歩のときにも、またいやな思いをした。
種類は忘れたが大きめの洋犬を連れた女性が、
「うちの子は柴ちゃんとは相性が悪いみたいで……柴は噛むから……あら、でもこの子は大丈夫そうですねえ。尻尾ふって。かわいいですね。」
と、そのへんまではよかったのだけど、同じ柴を連れたおじさんが、
「ちょっと、近づけないでくれる?」
とうちの犬を蹴飛ばすようなしぐさをしたのにはひどいなと思った。
そのあと、若いカップルがベンチに座っていて、コーシローが喜んで近づいていくと、
「危ない、気をつけてよ。」
と。
その直後には、チワワを連れたおばさんに
「ちょっとちょっとちょっと!ああこわいこわい!」
と、ヒステリックに言われてしまった。

歩いていると、よく“柴はいやよね”という感じであからさまによけられることが多い。
今日も何度も、すっと遠ざけられた。
柴同士でもそうだ。相手が柴の場合、
「うちのは噛むから、近づけないで。」
ともよく言われる。
コーシローはまだ子供なので、どんな人や犬にでも喜んで尻尾を振って近づき、じゃれついたりにおいをかごうとするが、成犬の柴によくどやされてしまう。
警戒しないで近づくから、噛まれることもある。
今日も、とてもかわいい顔をした小型の洋犬に、いきなり喉元を噛まれていた。
それも経験で、怪我をしなければ、「自分より強い(こわい)犬もいるんだなあ。バカ面して誰にでも近づいてはいけないんだなあ」と警戒するようになればいいと思っている。

犬を飼い始めてまだ半年だが、犬を連れた者として、いろいろ感じることがある。
一つは、『“柴は噛む”と思っている人がとても多い』ということ。
たしかに気は強いよね。
犬が嫌いな人にとって、ああいう三角の鼻面をした犬は、きっととても怖いのだと思う。
気が強く、なわばり意識が非常に強いから、うちでもまだまだ唸ったりしている。
私も先日、怒っているときにうっかりして手を噛まれてしまった。
教育は続いている最中だ。
でも、なわばり関係なしで出会うよその人やよその犬には、吠えたり噛んだりはしない。
決して吠えずに尻尾をぱたぱた振り、じゃれさせて!と寄っていく。
「知らない人、大好きだよ!」というアホな犬だ。

もう一つは、『犬を飼っているからといって自分の犬以外の犬も好きとは限らない飼い主が多い』ということ。
うちのコはかわいいけど、よその犬はみんな凶暴で、うちのコを危ない目に遭わせる、と思っている飼い主。
よその犬に会うのがうれしくて近づいていくと、「うちのコになにするの!」という態度で引き離そうとする。
犬が嫌いな人も道を歩いている、ということには配慮しているつもりだが、犬を連れた人も犬が嫌いでは、いささか頭が混乱するのだが。

こんなふうに書き連ねると、まるでうちの近所は鬼のような人ばかりに見えるかもしれないけれどそんなことはなくて、コーシローのことが大好きな犬もたくさんいる。
コーシローは、友だち犬の家の前を通るとき、きゅんきゅんと鼻を鳴らして友だち犬を呼んでいる。
たまにしか会わなくてもマブダチモードでずっと取っ組み合ってふざけて遊べる相手もいる。
馬が合えば(というのか)、犬同士も幸せにやっている。

柴は愛犬家の間での嫌われ者というのは、飼う前から知っていたけれど、実際に連れていると「ああ、こういうことなんだなあ」と痛感する。
でもそれは、うちの犬のせいではない。
過去に柴に噛まれたり、吠えつかれて怖い思いをした人も、きっとたくさんいるのだろう。
こういう私でも、よその柴には少し用心する。
「柴だけには注意したほうがいい」と、よく聞くから。

まだまだ半年だ。
散歩コースで、「この家の柴はなつこくてかわいい」と認知してもらえるようになるまで、とにかくがんばりつづけようっと。

by apakaba | 2006-10-25 21:46 | 生活の話題 | Comments(27)
2006年 10月 24日

『カラマーゾフの兄弟』の赤をさがす

「ドミートリイが見ていたのは……ナナカマド、カラスウリ、……どっちだっけ。ナナカマドの葉。カラスウリの実。葉じゃなくて実だったような……でもどっちもちがうような気もする……ああ、気になる。なんだったっけ。」

木曽駒へ行き、千畳敷カールを歩いているとき、山の木の中で唯一紅葉していたナナカマドの真っ赤な葉を見た。
その赤を見たとき、“×××××の実(もしくは葉)、なんてきれいな赤だ!”という一行が不意に浮かんだ。

『カラマーゾフの兄弟』の有名なシーンだ。
長男のドミートリイ・カラマーゾフが、実の父親を激しい憎悪に駆られて殺しに行く。
父の家の庭に身を潜め、息を詰めて部屋の中をうかがう。
緊張の極みにあるそのとき、彼の目にはなぜか赤い色ばかりが飛び込んでくる。
部屋の中に置かれた赤い屏風、頭に怪我を負っている父が巻いた赤い包帯、それらの前に、まず真っ先に目に入ったのが、庭に植えられていたなにかの木の実(もしくは葉)の赤だった。
一瞬あと、彼は赤い血にまみれて帰宅し、父親殺しの嫌疑をかけられて物語は迷宮に入り込む——近代ロシア文学の最高峰作品を読んだのは、大学生のころだ。

中学・高校時代、外国文学を読んだことがほとんどなかった私にとって、夏目漱石がだれよりもすぐれた作家だった。
『それから』の結末は、街を移動していく主人公の目に、ポストやらなにやら、やたらと赤い色が飛び込んでくるというモンタージュ手法的なシーンで閉じていく。
これを最初に読んだときには、「なんと視覚的な手法!」と驚嘆したものだが、ほぼ同時代と思われるドストエフスキーの“赤のシーン”と較べると、漱石のそれはややあざとい。
『カラマーゾフの兄弟』におけるモンタージュは、視線の移動がよりさりげないために、さっと読み流しただけでは赤がつづいていることに気がつかないかもしれない。
ドミートリイの手にべっとりついた血糊の赤に至って初めて、濃密な時間軸の中で禍々(まがまが)しい赤に読者の視覚がとらわれていたことを振り返るのだ。

それにしてもあの一行、あの言葉……ああ思い出せない。
絶景の山を歩きながら、私は気になって落ち着かない。
夫に尋ねてみても、「うーん、覚えてねえなあ」。
ナナカマドもカラスウリもちがうような……家に帰ってから、さっそく書棚をさがそう。

さがすといっても、並大抵のことではなかった。
ご存じのとおり『カラマーゾフの兄弟』は文庫本にして3巻に及ぶ大長編。
昔の新潮文庫は今の本とちがって活字が小さい。全編1500ページの中からたった一行をさがすのは、雪の中で落としてしまった小さなカギを探し出すようなものだ。
しかも、自分ではストーリーが頭に入っていたつもりでも、いざワンシーンとなると、上巻だったか中巻だったか、まさか物語の転機となる父親殺しが下巻のはずはないし……など、どの巻を開いたらいいのかすらわからない。
上巻からしらみつぶしに根気強く目を通していくうちに、ついに殺害シーンへたどりついた。
上巻と思いこんでいたが、中巻のちょうど真ん中だった。

「スイカズラの実、なんてきれいな赤だ!」

殺意を抱いて庭にひそむドミートリイが、前後の脈絡なく思わず感嘆するのは、スイカズラだったのか。
ナナカマドでもカラスウリでもなかった。そしてやっぱり、葉ではなく実だった。
大きな仕事をやり遂げたような気持ちだ。
これで、もう忘れないぞ。
それにしても、なぜこの独白を、こんなに覚えているんだろう。
いや、情けないことに木の名前は忘れていたのだけれど、ドストエフスキーのほぼ全作品を読んだ私が、登場人物のセリフを挙げられるのは、もしかしたらこれ一つきりかもしれない。
それだけ、このシーンにくぎづけになって読んでいたのだろうな。
それほどの筆力を持つ作家なのだなやはり。

文庫本を書棚に戻そうとして、はっとした。
新潮文庫には、いまどきの本にはめずらしく、紐のしおりがついている。
あれほど長時間かけてさがした「スイカズラの実、なんてきれいな赤だ!」のページに、そのしおりがはさんであったのだった。
「ずっと昔に同じことを思い出そうとして、私が自分ではさんだのかな?」と思った。でも私の本は結婚するとき、実家に置きっぱなしにしてきたはずだ。これは夫が買った本だ。
本当の偶然で、1500ページの中の1ページに、夫がはさんでいたのだ。
もちろん、紐のしおりは、そっとそのままにして戻した。


夫は、この秋に出たばかりの新訳『カラマーゾフの兄弟(アマゾンの紹介はこちら)』も読むそうだ。
新訳は、すでにいろいろなレビューで好評を博しているようだ。
私も、さっそくいっしょに読んでみようと思う。

by apakaba | 2006-10-24 18:27 | 文芸・文学・言語 | Comments(32)
2006年 10月 23日

木曽駒旅行その3・木曽駒ヶ岳登頂?篇

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凍る草を見て、「きれー、おいしそう」とはしゃぐ子供たちは、お父さんが「汚いからダメ」と言っても口に運んでしまいます。
朝日を受けて、水あめみたいに輝いていたら、口に入れてみたくなるよね。
大きな氷を持ってしゃぶりながら歩いていると、すれちがう年配の登山客から「おいしいかーい」と声をかけられます。
ロープウエイの駅から、ありの行列のように登山や散策の人々が連なっていて、どうやっても道に迷わず、遭難のしようもないという山です。


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遭難はしなくても、滑落の危険は常に無限大!
この階段、スニーカーには厳しいって。
登りはともかく、下りはそうとう慎重に歩かないといけません。
一人が滑ったら、つながっている人々すべてに危険がおよびます!

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2900メートルくらいになると、景色もかなーり別世界の様相。
石ころすべてが凍っています。
小さな標識が十字架のよう。森林限界はとうに超え、色彩の乏しいエリアです。
太陽は光を増してきて、ちょっと形が崩れて写ってしまいました。

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“乗っ越し”と呼ばれる頂上付近の場所を通過したあたり。
また新しい風景に変わりました。
岩が横顔のように見えます。眼前の絶景を眺めているかのようです。
ここからは急登箇所もなく、尾根づたいにあと30分も歩けば木曽駒ヶ岳山頂、ところが!!!!

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「さむーいさむーいさむーい!」寒さにやられてギブアップの「コシヒカリ」。
この上に雨具を着せてみたけど、これ以上歩かせるのは無理なようです。
まあ、お尻の下の氷のものすごさを見れば……小さい子に「歩こう!」と無理強いはできそうにないですねえ。

結局、山頂近くの山小屋をゴール地点にして、引き返すことにしました。
へばってしまった人には無理させず、引き返す勇気も必要ですよね……あともうちょっとだったのに、少し悔しいですが。

帰りは足もとに気をつけて、「コシヒカリ」をお父さんと私でサンドイッチにして下りました。
「アキタコマチ」は、適当に先に下りていました。
ロープウエイの駅でおじいちゃんおばあちゃんと待ち合わせていて、子供たちはさっさと駅舎のお土産屋さんに走っていきました。

私は夫としばらく千畳敷の遊歩道を散策しました。
高校1年生のときに苗場山に登ったことから登山が楽しくなり、学生時代はたまに登山に行っていたのに、結婚してから山に登ったのは初めてでした。
大学生のころは、当時の友だちといっしょに、夫ともよく山を歩きました。
彼はいつもグループのしんがりで、「疲れた」「足がいてえ」とか文句ばかり言いながらついてきました。
「あいつが最後尾だとよくわかるな、ブツブツぼやいてる声がするから」と仲間から言われていました。
それでも誘われれば必ずついてきて、一升瓶を担ぎ上げたり、転落して怪我した女の子を支えて下山させたりしていました。

今回の木曽駒行きも、きっと「なんでわざわざ疲れるところに行くんだよ?」とか言うかなあと思っていたのに、意外にも家族で一番張り切っていたのは夫でした。
一週間も前からザックを出して、「俺はこれで登るぜ」と言い、水筒を新しく買い、ほんの数時間しか歩かないというのにコッヘルやガスまで持っていこうとしていました。
へえ、あの弱っちかった彼がずいぶん変わったわね、と私は内心で驚いていました。

「30代40代が、一番気力が充実していて、どこまでも登れるような気がするぜ。」
「そうなのー?10代20代のほうが体力があるじゃないの。あなたはブーブー文句ばっかり言いながらついてきててさ。」
「そうじゃないんだよ。あのころは登山なんてどうでもよかった。ただ仲間といっしょにいて、火を囲んで酒飲んでいるのがよくって。景色とかあんまりちゃんと見ていなかったな。今はもっと、山を楽しめる感じがしてる。写真も撮りたいし……遊びに貪欲になっていくんだよな。」
「ははぁ、老い先短くなってきてると……」
「そうかもな。あのころはまだ先が長ーいと思ってたからな。まっ、ヒマだったんだな。」
「でも結婚してから初めて山なんか来たよね。今日のあなたの恰好は、なんか懐かしい感じ。学生のころによくしていたような恰好だけど、結婚してから見たことなかったもんね。」
「軽登山靴とか、買うか?俺はこの軽登山靴が、かなりグリップ利いているから使いやすいけど。」
「これからも山に登るんだったらね……。」

道々、そんな話をしながら歩いて、駅へ戻りました。
天気が最高だったので、夫はたくさん写真を撮りました。
でも、彼が一番気に入ったのは、自分の撮った写真ではなく、私がIXYで撮った、山頂近くで娘と寄り添って写っている写真でした。
帰ってきてから、大きく伸ばしてプリントし、悦に入っていました。
娘は凍えながらもお父さんにぴったりくっついて、ピースしています。
身長がまだ半分なのね。
盛りだくさんの一泊二日だったね。

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by apakaba | 2006-10-23 00:49 | 国内旅行 | Comments(7)
2006年 10月 22日

夢は叶ったか

久しぶりに、1日限りで家庭教師に行ってきた。
赤インクの万年筆。家庭教師の仕事が終了(長めですがいい話です)』という日記に出てくる女の子が、中学生になって古文が始まり、試験直前になったがよくわからないということで、お助けに。
古文というもの自体を“複雑怪奇・無理難題”と感じつつあるようなので、まずは古文の総論から解説して、苦手意識を取りのぞくことからスタートした。
「あなたの性格に古文を読み解くのは向いている、あなたはこのあと必ず古文がグッと伸びる」
とくり返す。
私も古文を教えることなど何年ぶりかわからないくらいだったから、とても懐かしく感じて、楽しかった。
彼女の、漠然とした不安そうな様子は、終わりごろには“これとこれをたたき込めばいいのか。でも、間に合うかな?”という、具体的な目標に対する感情に変わっていった。
勉強の筋道をつけたくらいで終わったけれど、まあ、言ったとおりのことをこなせば大丈夫だろう。

少し前に、他所で「自己紹介バトン」というものに回答した。
その中に、“生まれてから今まで「将来の夢は?」と聞かれた時に自分の回答”という質問があった。
私の回答は次のとおり。

 小学校→お嫁さん
 中学校→女優
 高校→ 国語の先生
 大学→ 新聞記者とか、なにか文章を書く仕事に漠然と、つきたかった

叶ったのは、小学生のころの夢ひとつだけ。
お嫁さんになって、
小学校へ行って子供相手に読み聞かせや人形劇などを演じ、
友だちの子供に国語を教えて、
毎日毎日、飽きもせずなにかしらの文章を書いている。

結局、プロにはなれなかった。
(お嫁さんのプロかどうかもはなはだあやしい。)
でも、今の自分でも、いいかぁと思う。

先日は、6年生相手に『注文の多い料理店』を一冊とおして読んだ。
大人数を相手にするときは、もちろん注目されることが最重要だから、かなり芝居風にする。
ぶっつけ本番だからどうかなと思ったが、その日のうちに、6年生からのお礼状を綴じた立派な冊子をいただいた。

「ミタニさんの音読。とてもわかりやすくて、まるで劇でもやってるようでした。私は小さいころ、絵本が大好きでよく読んでもらっていました。ミタニさんの音読を聞いて、また少し読もうかな?と思いました。」
「話し方がすごくうますぎる上に迫力があります。」
「読むときに、心がこもっていたので話にひきこまれて、とてもおもしろかったです。今月は宮沢賢治の本を読んでいきたいです。」
「これからもその声を使って読んでください。」
「童話だって小説だって心を込めて読むとすばらしく面白い本となるんですね。心を込めて読みたいです。」

このお礼状をいただいたことが、最近で一番うれしかったことだ。

文章を書いてそれなりに反応が返ってくる私の毎日は、ここを読んでいる皆さんならご存じのとおり。ただの素人の文章を読んでくれるだけでうれしい。

夢は……ほとんど叶わなかったのかもしれない。
でも、もしかしたら全部が叶ったのかもしれない。
自己紹介バトンの質問の最後に、
 今→あと20年くらいしたら文章を書く仕事をしていたいな。
とも回答した。
最後の夢まで、あと20年と設定した。ふふ、長いね。
イケルかな?

by apakaba | 2006-10-22 00:35 | 生活の話題 | Comments(5)
2006年 10月 20日

木曽駒旅行その2・千畳敷カールをめざす篇

木曽駒ヶ岳の千畳敷カールへは、ロープウエイで上れます。
前夜に泊まった旅館で出た晩ごはんがとてもおいしく、調子に乗って“利き酒セット”を頼みました。
といっても日本酒はたくさん飲めないので、麦・黒糖・芋の“利き焼酎セット”。
利き酒なので当然ストレート、ロックグラスになみなみ3杯分あり、これでたった1500円です!
飲み過ぎてほとんど眠れませんでした。
それでも翌朝、4時に起きて温泉をひとっ風呂浴びる。
自分でも年とったなーと思いますわ。
けっこう遊びに貪欲です。

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私たちくらい早起きしないと、ロープウエイは3時間待ちにもなってしまうそうです。
ロープウエイの中で、やっと夜が明けてきた。
富士山の頭だけが見えます。

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やったー、雲一つない快晴!
これなら誰が撮っても絵はがき状態!これが千畳敷カールです。

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お父さんと娘の「コシヒカリ」。身長差がかわいいでしょ。
お父さんはD70、私は新発売のIXYを持たされました。これがよく写ります。

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真っ赤に紅葉しているのはナナカマド。
遠くの南アルプスもばっちり見えて、最高の天気。
さあ、登り始めます。

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標高2800メートルくらいの高所なので、とても寒い。
草も凍り付いています。とってもきれい。早起きしてよかった。

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振り返れば、枝も朝日を浴びてキラキラ輝いています。
麓に見えるのは伊那の街。
ああ、すてきだ。飲み過ぎを押して、早起きしてよかった……しかーし……

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な、なんか凍り付き方が本格的になってきたんですけど。
とにかくなんでもかんでも凍っている。
この辺まで一緒に登っていたおばあちゃんは、足もとが心配だと言ってロープウエイの駅まで引き返してしまいました。
私はただのスニーカーなので、頂上まで行かれるのか甚だ怪しいのです!

次回は後半部分です。

by apakaba | 2006-10-20 18:26 | 国内旅行 | Comments(14)
2006年 10月 19日

がんばれ市川次郎

市川次郎を知っていますか?

市川次郎ご本人に見つかってしまったので……

お手数ですが、この二つの記事とコメント欄に目を通してください。
次郎さんは、今がんばっています。
新宿放送局へアクセスして、応援してください。
あきらめるなよ!

by apakaba | 2006-10-19 21:42 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(26)
2006年 10月 18日

スポーツ百人一首

小学校で6年生の学級の委員をやっているので、今日はレクリエーション行事を仕切りに行ってきた。カメラを忘れたので、携帯撮影。

「スポーツ百人一首」というものを初めての試みとしてやってみた。
札を教育委員会から借りてきて、体育館に子供を集める。

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札は四つ切りくらいのサイズ。これをばらまく。
4チームに分け、代表数名ずつを取る役として走らせる。
優勝チームには、豪華粗品プレゼント!

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この学年の担任の先生たちは、百人一首の教育を非常に熱心におこなっていて、5年生のころから継続して、いろいろなやり方で覚えることを進めてきている。
授業時間を少しずつ使って勝ち抜き戦をしたり、宿題のプリントで何首ずつかを書き写させたりしている。
だからこの学年の子供たちは、私も感心するほどみんなかなりよく覚えている。
当然、白熱する。
とくに、百人一首が得意な子はプライドにかけてがんばるのだ!
そんなに覚えていない子も、豪華粗品のためにがんばるのだ!

でも札に突進すると危ないので、手ではなく、お手玉を持って札のそばまで行き、お手玉をやさしく投げて取るという方式を使った。
子供にとっては、九九を覚えるのもテレビゲームをするのも、百人一首を覚えるのも同じ。
「走れよ!走れ!」
「おい××!次こそ取れよ!走らなかったら殴るぞ!」
「ぃやったー!取った取った!!!オレのほうが早かった!」
お手玉をやさしく投げて……と最初に私がルールの説明で念を押したのに、白熱するとどうしてもたたきつけ、滑り込み、ぶん投げてしまう……子供は興奮しやすい生き物。

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最後から2番目の札が読まれた瞬間。
四方から、とにかく突進してます。
驚いたことに、最後から2番目の札は、「な」と一文字だけを読み上げただけだったのだ、それでこの突進ぶり!
私、この後ろ姿にはけっこう感動しました。
「な」だけですよ。

なげけとて つきやはものを おもはする かこちがほなる わがなみだかな

私の好きな西行ですねえ。
でもいくら最後から2番目だといっても、「な」だけで「かこちがほなる」に突進していくって、すごくないですか!!
ありがとう!担任の先生たち!って思ったよほんと。

もうすぐ中学生になる子供たち。
男の子も女の子も、みんな、かわいいなー。
それにしてもよく札を暗記していること。うれしかった。

(私が百人一首が好きという話を、「学祭。百人一首部での一コマ……」という日記の中で書きました。これもいい話です。)

by apakaba | 2006-10-18 17:46 | 子供 | Comments(24)
2006年 10月 17日

木曽駒旅行その1・松茸狩り篇

先週、夫の両親とともに、中央アルプスへ一泊旅行へ行ってきました。
一日目は松茸狩りをして、翌朝は千畳敷へあがりました。
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松茸なんかシロートが簡単に採れるわけないじゃん。
義母から誘われたとき、私は最初から後ろ向きだったのですが、これも親孝行と思い直し、「いいですねえ」と話に乗りました。
駒ヶ根にある温泉旅館が、我々のようなシロートを、松茸狩りを専門としている農家に紹介してくれるのです。
毎日かかさず山に入っているという農家のおばさんが、松林を分け入って松茸のある山へと案内してくれました。
はじめの15分くらいは、“しょうげんじ(土地の呼び方では“ずぼう”というらしい)”という野生のキノコばかりが採れ、食べられるということなのでまあなにも収穫がないよりはましだけれど、松茸は簡単には見つからないのです。

私は、松茸なんか絶対に採れっこないと思いこんでいました。
でも子供たちは「見つかる」と本気で信じているのです。
そしたら、あるときを境にして、どんどん見つかり始めました。
目が慣れたってことなのかな。

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出た!
こんなふうに、もぐっているのです。
毒キノコや、どうでもいいキノコは地面から飛び出して目立っているのに、松茸だけはこっそりと身を隠しているのですよ。

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おばさんに手伝ってもらって、そっと掘り返しています。
掘ったあとは、また松茸が生えてくるように、ちゃんと土をぎゅっと固めます。

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「ほんとに松茸なの?」
まだ疑うワタシ。でもニホヒは紛れもなく、松茸の香り!!ばんざーい!
このあとどんどん見つかって、結局8本も見つかりました。


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往きとはうってかわって上機嫌のワタシ。
帰りはおばさんの運転する軽トラの荷台に、みんなで乗りました。
秋風がサワヤカだわ〜〜。

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見たこともないサイズの立派な松茸。
お店で売っているものでは、笠が閉じているものしか見かけないけど、本当は笠が開いている方が香りが立つとか。
たしかに、この笠の裏側からあの芳香が漂うのでした。

でも、私は生まれてこのかた、松茸を調理したことがない!
エンゲル係数の高い我が家では、松茸などという食材とは生涯無関係だと思っていました。
炊き込みご飯や汁物よりも……酒飲みとしては……やっぱり、ただ焼くだけでほおばりたい!!
家に帰ってから、焼いて食べました。
信じられないような香りだったよ。生まれて初めての体験。
しょうゆも、柑橘類しぼるのもナシ。
味や香りづけを足さず、松茸の香りと歯ごたえだけで、嗚呼、ああ、嗚呼。
お高いワインとか焙煎したてのコーヒーのような、複雑に絡み合ったニホヒ。
あるいは腐りかけの肉やとろとろのチーズみたいな、禁断の世界への扉を開けるニホヒ。
すてきでした。

by apakaba | 2006-10-17 17:35 | 国内旅行 | Comments(28)