あぱかば・ブログ篇

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2007年 04月 28日

大人になったから飲む

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学生席では飲めませんでしたね。
大人っていいね。
でもバカ騒ぎは学生の特権だなあ

by apakaba | 2007-04-28 13:12 | 生活の話題 | Comments(10)
2007年 04月 28日

東京六大学野球観戦ちゅ

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対法政、勝ち気配濃厚ー。
ハンカチ王子、出るまでもなさそう~。
校歌、応援歌懐かしい。泣きそうになったぞ。

by apakaba | 2007-04-28 13:07 | 生活の話題 | Comments(4)
2007年 04月 26日

トホホ、方言バトン

三重弁の使い手・たまんちゅさんが回答していた「方言バトン」を、私もやってみようかなっと。
でも、でも、とても盛り下がるヨカン。
敬語が入るとややこしくなるので、質問によっては敬語は無視してこたえています。
では盛り下がりそうだけどいってみよ。


【方言になおせバトン】
******************************************
《ルール》:この標準語を自分が普段使っている言葉にして下さい。

○今何してますか?
   →今何してんの?

○上手ですね
   →上手ですね。

○この曲名はなんですか?
   →この曲名はなんですか?

○それおもしろいですか?
   →それおもしろいですか?

○それ、どうしたんですか?
   →それ、どうしたんですか?

○貴方に馬鹿と言われる筋合いはありません
   →貴方に馬鹿と言われる筋合いはありません

○あの人かっこいいですね
   →あの人かっこいいですね。

○今ひとつのことにはまってます
   →今ひとつのことにはまってます。

○貴方ウザイです
   →貴方ウザイです(私はこんな言葉は決して言いませんが)

○めんどくさい
   →めんどくさい

○先生の馬鹿
   →先生のバカ

○テレビ一緒に見ましょう
   →テレビ一緒に見ましょう

○おすすめありますか?
   →おすすめありますか?

○私は○○弁なの?
   →私○○弁なの?

○この問題わかりません
   →この問題わかんない。

○ジュース取って下さい
   →ジュース取ってください。

○この席は私が取ってます
   →この席は私が取ってます

○元気にしてますか?
   → 元気にしてますか?

……………………つまらん。
これは設問の文が悪いんだと思います。
これだけ読むと、「へえ、横浜とか東京の人ってほぼ方言がないのね、ふーん、つまんないわね」と思われても仕方がない。
もっともっとバリバリに方言が出る言い方もあるんだけど……「〜〜しちまってっからよぅー」とか「〜〜やっちゃってっからさぁー」なんていう言い方は、こっちの人間でないとなかなか粋に言いこなせないんですよ。

by apakaba | 2007-04-26 14:51 | 文芸・文学・言語 | Comments(10)
2007年 04月 25日

痛みは超えられるのだ——マンモグラフィ初体験

乳ガン検診に行ってきた。
今まで行っていた産婦人科は触診のみだったが、新しく近くにできた病院ではマンモグラフィを使うというので、そこに初めて行った。
(マンモグラフィをご存じない方はこちらのページに詳しく出ています)。

「マンモグラフィは、痛い!!!」
と、経験者は誰もが言う。
ある友だちからは「痛くて痛くて、涙が出ちゃった。」とも聞いた。
まあ、おっぱいを板に挟んで押しつぶしたら、それは痛いだろう。
しかししょうがないわ、早期発見にはこれが一番だというし。

まず触診をする。
おっぱいというのは、触られたい人に触られるのはイイ感じなのに、特に触られたくない人に触られるとまったくイイ感じではないのはナゼなのだろう。
ただ少し緊張して、なんとなく身を引きがちになるくらいで。
まあいいやそんなことは。

それからいよいよ初体験のマンモグラフィをやってみたが、口ほどにもなかった。
いや、痛いことは痛いよ。あんなにのしちゃうんだから。
上記リンクページの中に、にこにこしながら検査を受けている女性の写真があるが、まったくのウソです。
すくなくとも笑顔は作れません。

でも、さんざんいろんな人から「痛いよ!」と聞かされていたから覚悟していたというのもあるだろうが、私には、検査を受けながら、
“痛みというものは、「これからここが痛くなるぞ」という予備知識があり、身の危険はないとはっきりわかっていて、その上痛みの場所が見えている場合、そんなに痛くは感じない。”
という結論が見えたのであった。

子宮ガン検診のとき、膣内に器具を入れて「いま、子宮壁から組織を削り取っています。」とか言われると、とんでもなく痛く感じる。
場所が見えないし、「ウワア、削り取ってるだって。怖いよう。痛いよう。」と想像すると、どんどん鈍痛が増していくのである。
胃が痛いとか、腸の状態が悪くて痛いとかいうときも、痛みの場所を触ることができないから余計に痛いように思う。

お産は見えないような見えるような体験だが、産道を胎児が通り抜けて胎内から出て行くとき、産婦はピークに痛みを感じる。しかしあらかじめ、何故こんなに痛いのか、この痛みがどれくらい続くと終わるか、などの知識があるから、耐えられるのだと思う。
あれで「出産」という出来事じたいを解っていなかったとしたら、あの痛さを乗り越えられる妊産婦はいないにちがいない。

で、なにが言いたいかというと、わからなくなってしまった。
とりあえずマンモグラフィは私には耐えられた。
もっと痛い検査はいくらでもあるぞ。
怖がって受診していないあなた。是非、乳ガン検診を受けましょう。

by apakaba | 2007-04-25 22:49 | 健康・病気 | Comments(11)
2007年 04月 24日

1990年の春休み.56 ふたたびのインド篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
正しくカジュラホ観光をしている私たちだが……

2月25日(つづき)
 最後に、いつものパンジャブレストランで夕食をとることにした。
 この店にはこの三日間で4度も来ていて、実は昼過ぎにもラッシーとバナナフリッターを食べたばかりなのだが、おいしいのでつい足が向く。

 今日は一日平和な気分、なぜならラケシュに一度も会ってないもんね、と話しているところへ、なんといまいましくも本人がやってきた。なにしに来たんだコノヤロー。神出鬼没だなあ、というか小さい村だから私たちの足取りをつかむのなんてわけないか。
 奴はきのうよりは少し元気を取り戻し、私たちのテーブルに当然のような態度で座ってきて、隣の卓の知り合いとしゃべっている。
 私たちのことを話しているらしく、ヒロを日本人、私のことを「コリア(*1)」と言ってにやにや笑った。聞こえてんだよ。私のことを嫌いなのは知ってるけど、インド人は気に入ったほうにばかり話しかけて、気に入らないほうはのけ者にする。どうしてそう露骨なんだろう。

*1・・・韓国人を低く見て言っている。個人的には、韓国人は美人が多いので、旅行中に韓国人と間違えられるとけっこう嬉しい。

 しかも、フェスティバルの夜の夕食代を突然精算し始め、45ルピー(4500円)も請求してきたのである。ラム酒の分までついている。飲みたいなんて頼んでないのに。私たちが冷たいもんだから、ヤロー金が惜しくなったな。見え見えだ。払うのもいまいましいが、ごちそうしてくれと頼んだわけでもないから結局払った。
 本当に、なにからなにまでいまいましい奴なのであった。

 しかし、部屋に戻って冷静になってみると、私は許容範囲がせますぎるのかな、と思えてきた。
 ラケシュのことにしても、私はいつも腹を立てていた。ヒロに較べて、がまんが足りない。
 なんか旅行してると、ヒロと正反対の自分を強く感じる。無益な衝突は極力避けたい、という彼女の方針は、大人らしくて立派だと思うが、やっぱりこれは許せないということもある。その、許せないこと、が、私には多すぎるんだなあ。自分でも腹を立てている自分は嫌いなのよ。もっと鷹揚になって、このけんかっ早い性格をなんとかしなければ。

 ヒロは、私が日常でも好き嫌いがはっきりしているという。
 誰かと話しているとき、その相手を好きか嫌いかは、隣で私を見ていればすぐわかるそうだ。それじゃただのガキじゃないか。自分で人と接するチャンスを切り捨てている。そんなふうにしてたら、人から切り捨てられていく。
 これまで、自分は周りに合わせられるとばかり思っていたけども、実は逆に私が周りの人に救われて我が物顔に振る舞っていただけじゃないのか?

 「反省」なんてことはここ何年もしてこなかったのに、旅を始めてからやたらジブンについて考えてしまっている。
 ヒロという鏡があるから、余計よくわかってしまう。

by apakaba | 2007-04-24 17:50 | 1990年の春休み | Comments(8)
2007年 04月 23日

1990年の春休み.55 ふたたびのインド篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
カジュラホで現れたラケシュという男によってのけ者にされていた私。でも私たちはなるべくラケシュから離れていこうと決めた。

2月25日(日)晴
 今日は東群寺院を歩いた(*1)。

*1・・・カジュラホの寺院群(西・東・南)のなかでも、東群はとくにさびれている。痛みが激しく、観光客も少ないが、それだけにのんびりした雰囲気。

 連日のいいお天気で、出歩いていると顔が真っ黒に日焼けしそうだ。リキシャの幌で強い陽射しをさえぎりながら、周りの田園風景を眺める。

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どうでもいいけど今見るとホントに子供っぽい。この服装どうしたんでしょう?
インド人観光客もちらほら。インド人ってすっごく脚が長いのです。


 二頭の並んだコブ牛が、裸足の少女に棒で追い立てられ、水車の周りをひたすらぐるぐると回っている。
 興味を覚えて近づいてみると、牛にくくりつけた棒で水車を動かし、水田に水を引いているのだった。
 「わあー、このシステムをぜひ撮りたいわ!」
 とヒロがカメラを向けると、牛を追っていた少女がいきなり仕事をほっぽり出してだだっと走り寄ってきて、彼女に
 「ノー フォト!ルピー!」
 とすごい剣幕でわめいた。おそらく10歳くらいだろうが、眉間に刻まれた縦皺が恐ろしげで、すでに子供を5,6人抱えた中年女性のように生活苦がにじみ出ている。うう、おっかない。まさかこれほど怒るとは予想していなかったので、私たちは度肝を抜かれた。

 「あたしこんな強欲娘に、お金を渡して撮らせてもらうなんていやよ。こういうのってエスカレートするし。行こう。」
 ヒロはムッとして一度は勝負を下りた。そしてしばらくは辺りの風景や寺院などを撮ったりしていた。しかしそのうちに再び、
 「ああでも、やっぱりどうしてもあの牛力水車が撮りたい、お金はあげたくないからお菓子で挑戦してみる。」
 と、キャンディー5個を携えて懐柔策へ方針変えし、牛追い少女に接近していった。
 とにかく、この牛を回す強欲娘はコワイのである。
 ヒロがにっこにこでキャンディーをあげても、にこりともしない。そしてたった1枚撮らせただけで、たちまち元の強欲娘に戻ってしまい、「ノー フォト!ルピー!」と叫び始めるのだ。
 私たちは終いにはその強欲ぶりに敬服して、そそくさと立ち去るしかなかった。

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カジュラホは田舎。こんな風景が広がる。牛追い娘が小さく写っている。


 旅行者の誰かがお金を渡し、それに味をしめてモデル代を要求するようになったのか。
 それとも見せ物のようにカメラを向けられることが心底腹立たしく、お金でも取らなければ気持ちが収まらないのか。その両方か。
 いずれにせよ、私たちとあの牛追い少女の心は、決して交わることがないのであった。

 次はカジュラホ村。おみやげの店に2軒入った。
 アクセサリーに興味のない私は、かったるかったのだが、まあ見るだけならいっか!きれいだ!と思って冷やかした。
 アクセサリーはやはり粗悪だったが、そこで思いもかけず細密な細密画を見てしまった。場所柄というのだろうか。なにもあそこまで……と思う(*2)。

*2・・・一種の春画。男女の局部の描写も細密。

 すでに村には慣れていたのだが、やはりのんびりしていていい。だがまあ観光ズレはけっこうしていて、突然物売りや物乞いが現れたりする。

 続いてジェイン・テンプル(ジャイナ教寺院)へ。
 ほとんどヒンドゥー教と同じ。しかしこちらのほうが保存がいい。
 大きな始祖の像があるのだが、なぜああいう像はみんな包茎なのでしょう。あれってホント不思議だよ。
 一応つつしんでいるのだろうか。いくら考えても解けない(*3)。

*3・・・帰国後、旅行雑誌「旅行人」にそのことを書いた葉書を送ると、編集長蔵前氏から回答があった。
包茎は童貞であることの象徴であり、聖人を神として祀るときに、その人が女性と交わったことがない(けがれのない体である)ことを表しているとのこと。
包茎と童貞は関係ないんですが……というツッコミは無用らしい。象徴としての問題なので。

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立像がいっぱい。ジャイナ教の始祖ヴァルダマーナの像です。

 大きな包茎(どこか矛盾を感じる)の写真を撮るのはあまり気がすすまないのだが、せっかくのジャイナ教寺院である。
 ヒロに包茎の謎とKくんの話をする。詳しく説明してあげた(*4)。

*4・・・いきなりKくんという人が出るが、この人は我々の同級生で、あるとき学校を数日間休んで真性包茎を手術したという噂が流れたのだった。ヒロは噂を全く知らず、真性と仮性のちがいも知らなかったので、歩きながら説明していたのだった。

 寺を回りながら、小学生のころの話などもする。しかしその間じゅうずうーっと子供がパイサ(小銭)ねだりについてきた。うるさかったなあ。めげないのだとにかく。将来有望である。ああしてしつこくねだるということはやはり誰かがお金をやっているのだ。私はめんどうだからあげないけど。

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ハンサムなガイド君。無料でジャイナ教寺院の解説を丁寧にやってくれた。ハンサムだったなあ

by apakaba | 2007-04-23 16:31 | 1990年の春休み | Comments(12)
2007年 04月 22日

マイラヴ、白馬毛歯ブラシ

私は、毎日、歯磨きの時間をたくさんとります。
歯が弱いので、歯磨きをきちんとしないと虫歯になりやすいからです。
歯医者さんではいつも「清掃がよくできていますねえ」と褒められます。

高いけど白馬毛歯ブラシを使っています。
今まで、いろんな歯ブラシを試しましたが、これが断然よく磨けます。
歯を大事にしたい人は、是非、白馬毛歯ブラシを使ってください。
使ったときの気持ちよさに驚きます。

ところで、私は白馬毛をずっと「しろうまげ」と読んでいましたがどうも「はくばもう」が正しい読みみたい。
さっき、自分の間違いに気づきました。

by apakaba | 2007-04-22 23:32 | 健康・病気 | Comments(3)
2007年 04月 21日

Take me with you...つれて行って

(表題は「はみだしっ子シリーズ」から取ってみたんだけど、知ってる人はいるかな……)

“連れて行く”という言葉に、昔から抵抗があった。
はみだしっ子シリーズというのは1975年から81年まで連載されていた漫画で、「つれて行って」は最終回分のタイトルなのだが、その当時から、「連れて行くっていったいなんなの?」という意識がはっきりとあった。
当時の私は、中学生だ。
単行本になった漫画のこのタイトルを見て、ストーリーとは関係なくそう感じたのを覚えている。

連れて行く、という言葉でイメージするのは、無力な幼い子供。
年長者に手を引かれて、知らない場所へ“連れて行かれる”。
もしくは、無力な幼い子供を演じる女。
「連れて行ってぇー」おいしいお店、ステキなデート、綿密に計画してすべて手配ずみの旅行に。もちろん、お金も払ってね。
漫画とちょうど同じころにヒットした松田聖子の『赤いスイートピー』の出だしにある“春色の汽車に乗って海に連れて行ってよ”という歌詞にも反発があった。
あなたはその海に行ったことがないの、行き方知らないの?
時刻表も路線図も読めないの?
カレに電車賃もみんな払ってもらって手を引っ張られて行くの?
中学生特有の苛立った気持ちを感じたものだ。

私は、男性に向かって「連れて行って」という言葉を今まで言ったことがない。
言うことがあるとすれば、その場合はふざけてます。
プライドが許さないです。
10代のころからひとりが好きで、一人旅が好きだったから、誰かに手を引かれるようにしてどこかへ連れて行かれるのは居心地が悪く、歩いた気がしない。

デートやレストランはさておき、旅についていえば、パックツアーしかしない人とか、同行者に旅程をすべてお任せにして、手を引かれるような旅をする人は理解しがたい。
それで楽しいのかな、と素朴に思うし、自力で計画して実行した旅に較べて、思い出が鮮烈ではないだろうにとも思う。
きっと、旅にそこまで多くのものを求めていないのだろう。
お金を払って苦労するほどのことでもなく、軽い娯楽のひとつ。
その人がいいのなら、それでもいい。
私は自分で時刻表を調べたり、思いがけない宿に入ることになったり、伝わらない外国語で必死に話そうとしたりすること自体が好きなので、自由旅行しかしたくない。

けれども、自由旅行にはトラブルはつきものだから、私もさんざん親や夫に心配をかけてきた。
旅に関しては、結婚前から肩身の狭い思いをずーっとつづけている。
心配かけてごめんなさい、私が自由旅行が好きなばっかりに……と、心の中ではぺこぺこ謝ってきた。

先月、ニュージーランドに長く行っていた夫が帰ってきて、いろいろ土産話を聞いていた(詳しくは、ニュージーランド土産話)。
私の関心はごはんやお酒のことなどで、「お昼なんかは、どこに食べに行ってたの?」と聞いた。
夫はこう言った。
「いやー俺もさ、君とふたりで旅行するようになって、あちこち連れて行ってもらったおかげで、街を歩いていても、どの辺りに安くてうまいものが食える店があるのかとかが、なんとなくわかるようになったわけ。中華とケバブならとりあえずハズレはないぞ、とか。だから、まあそんなようなものを食ってたよ。」
ちょっぴりだけ耳を疑った。
君にあちこち“連れて行ってもらった”?

「俺ってそれまでホームステイとか、親や婆さんの行くパックツアーでいっしょに行くとか、あとは完全なキャンプ場とかそれくらいしか海外旅行したことなかったから。街に出てちょこっと横町入ってケバブサンド食えばいい、なんて発想はまったくなかったもん。あれは君のおかげだよ。」

私は夫を旅に“連れて行った”のか。
手をつないで引いて行った覚えはないし、お金も多くは彼が払っていた。
でも精神的には、旅慣れない彼を連れて行っていたんだな。
テキトーに人としゃべったり、商店に入ってものを買い出したり、勘で街歩きをする私を見ていたんだな。
その言葉を聞き、今まで、婚約当時から彼を置いて自分だけ出かけていたことで感じつづけていた罪の意識が、少しだけ軽くなったのだった。
そうか彼を“連れて行っていた”のか……“連れて行く”という言葉を、夫はごく自然に口に出していた。
中学生のころからずーっと感じていた抵抗感が、すっとなくなった。
連れて行くって言葉も、悪くないねえ、と。

by apakaba | 2007-04-21 23:56 | 旅行の話 | Comments(13)
2007年 04月 20日

気持ちよく飲めない夜

つい先日、新宿伊勢丹の地下を歩いていて、ワイン売り場の前を通った。
急いでいたので足早に通り過ぎるだけ、でも横目でひととおり、表に向いているラベルをたどっていく。
いつもの癖。
シチリアワインフェア……おおっドンナフガータ(キリストの涙、逃げた女)がある!
ボルドー、ブルゴーニュ、むふふだねえ。

ワインに囲まれているときのあの幸福感、高揚感って、アル中なのかしら。
酒好きとアル中の境目は、どこにあるのかな。
売り場の横を通り過ぎるだけでにやけている自分を自覚しながら、やや不安にもなる。

今夜、お酒がちっともすすまない。
毎晩飲んでいると、滅多にないことだがするすると体に入っていかないことがある。
ビールはいつも「もうちょっと飲みたい」と思うのに、今夜はもてあましぎみ。
ワインも、1杯しか入らない。
おいしく感じない。
香りが感じられず、代わりに余分な苦みや雑味が舌に残る。

私はアル中じゃないんだ。
そして、今日は体調が悪いんだな。

by apakaba | 2007-04-20 23:58 | 健康・病気 | Comments(8)
2007年 04月 19日

年はどこで感じる?

「クルマのヘッドライトをさー、10万円くらいで明るいのに交換できるんだってよ。ヤナセから案内の手紙が来たんだけど、どうかなー。」
夫が寝ぼけたことを言い出す。
10万円も出して明るくしないとだめなの?
「なんか最近、夜はよく見えないんだよ。視野が狭くなってるって感じるし。だから。」
「あのーそれって、ライトよりも眼鏡じゃないの?度が進んでるってコトじゃないの?私は今のライトで十分見えるよ。」
とても現実的な私。

先週の日曜日、家族でぞろぞろと渋谷の眼鏡店999.9(フォーナインズ)に行ってみた。

娘の「コシヒカリ」も検眼してもらったら、なななななんと……眼鏡をかけている状態なのに0.15。
なんですかそれは!
2.0を保ちつづけている私には、そんな世界、恐怖以外の何物でもない。
即刻、レンズを作り直すことに決めた。

さて夫は、驚いたことに、老眼が入ってきているという。
まだ40なのに、ずいぶん早いのね?
夫はショックだったようだが、やがてやけっぱちになってとんでもなくかっちょいい眼鏡ととんでもなくかっちょいいサングラスをふたつ同時に新調してしまった。
遠近両用レンズで。
この人はヤケクソになると散財する。

家に帰り、
「ねー老眼てさ、やっぱりぐさっとくるものなの?」
と聞くと、
「まあ、俺の場合、目が弱点ということですね。君はほら、アレルギーで鼻が弱いとか、そういうのが人によってあるでしょう。俺は歯も丈夫だし腹も出てないし髪の毛もこの年にしては保っている。目にトシが来ているってコトなんですよ。」
と、自らを納得させていた。

自分が年を取ったなあと感じるのは、どこでだろう。
言われてみれば、私ももう40だけどあまり外見が老け込んでいることはない。
白髪もないし、腹も出てないし、老眼もないよ。
アタマかな。
バカになったぞと毎日思う。
忘れっぽいし、覚えていたことがとっさに出てこない。
これかなあ、とにかくなによりも年を感じるのは。

by apakaba | 2007-04-19 23:27 | 健康・病気 | Comments(7)