あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 07月 ( 23 )   > この月の画像一覧


2007年 07月 31日

夏休みとります

明日から、8月いっぱい、更新をストップします。
どうもすみません。
夏はふだんとちがって家族がそろうため、自分の時間がとりにくく、毎年更新が思うようにならず困っていたので、今年から思いきって8月はバカンス月としてみます。

ではさいなら〜〜〜〜。
9月にもどります〜〜〜〜。
コメント欄は停止させませんが、レスがひとつき後になります〜〜〜〜。

by apakaba | 2007-07-31 23:26 | サイト・ブログについて | Comments(12)
2007年 07月 31日

ドライブをストレスレスにするには

夫と話す。

「林望センセイがさー、NAVI(クルマ雑誌)に書いてたんだけど。」
「あーあの人って、運転が好きなのよね。お酒飲まないしねえ、すごい長距離でも自分で運転していっちゃうらしいじゃない。」
「そうそう。それでさ、書いてるのが、“クルマはいつもメルセデスCクラスの中古車。新車を買う必要性を感じないから。高速に乗ると、走行車線だけをずっと適度なスピードで走り、パーキングエリアごとに入り、トイレから一番遠い駐車場に車を停め、トイレまで自力で歩いていく。このくり返し。こうしていれば、とくに体操などしなくても眠くならないし疲れずに、どこまででも走っていける。”と。」
「はあー。それが?」
「いやさあ、俺もこういうふうに生きようかなって。」
「え、な、なんで。」
「なんかさ、俺って運転してるときが一番イライラしてるんだよ。でも、高速って、車線変更ばんばんして、140キロアベレージで飛ばしている車が目的地に早く着くとは限らない。観光バスなんか、とくに飛ばしているわけでもないのにきちんと早めの時間に着いてるだろ。こういうふうに心穏やかにドライブしているほうが、いいのかなあって最近思うわけ。」

「へええ〜〜。変わったね。何年か前はさ、NAVIで読んだ記事で、“時速80キロで走行していたら誰だって眠くなる。居眠り運転だって増える。そういうときは、時速150キロほどで、力の限り走行するのだ。そうすれば居眠り運転などなくなるのだ。”っていう記事に感銘を受けていたじゃないの。あなたも年とったのね。」
「あははは。たしかにそれはそうなんだけど。でも日本の道で、そんな150キロで気持ちよく走れる道なんか、ないじゃん。どこもかしこも混みやがってよ。だから林望センセイの言ってることの方が正しいんだ、合ってるんだよ。」
「ははあ……あなたは運転中だいたいイライラしているもんね。私は運転していてまったくイライラしないからねえ。」
「それはあなたが決められた時間に縛られない生活をしているからだよ。決まった時間どおりに生活する、という人間は、自分の思うとおりに動けないことが我慢ならないんだ。だからイライラするんだよ。でもその、走行車線を走り、ドライブインごとに停め……っていうのを守る方が、結局は得策なのかなあって思うようになってきたわけ。」
「はーん……」

あなたも年とったねえ。

*追記:林望(はやしのぞむ)さんは、作家・日本文学者です。

by apakaba | 2007-07-31 21:33 | 生活の話題 | Comments(2)
2007年 07月 30日

1990年の春休み.65 ふたたびのインド篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
ヴァラナシ市内観光を、半日バスツアーに参加して満喫したふたり。日本人の仏師とひとときお話ししたり、たのしく過ごせた。

c0042704_1233796.jpg


大学ではいつもコムサデモードの服を着ていたおしゃれなO君も、インドでは別人のようにワイルドな姿だったなあ。

2月28日(つづき)
 そういえば、きのう全く偶然に、大学の同級生のO君に会った。
 いくら卒業旅行シーズンだからって、キャンパスからこれほどまでに遠いところで会うなんて、信じられないようなことだ。
 私たちのリキシャを、後ろからすごいスピードで追い越そうとしたリキシャに、乗っていた。
 しばし併走し、がたがた揺られながら会話する。
 しかし我々のリキシャマンはいまひとつ元気がなく、O君は一言「ファイト。」と拳を握ってみせたかと思うとさーっと追い抜いていった。
 奇妙な再会のひとときだった。

 ここのところなぜかインド料理から遠ざかり、中華ばかり食べている。
 きのうの昼も、今日の昼もそして夜も、同じ店で焼きそばやら中華丼やらを息もできないほどおなかいっぱい食べてしまっている。
 今日の午後は食べ過ぎでどこにも観光に行けなくなり、ただうだうだと部屋で寝っ転がっていた。アタシたちってほんとにダメな人たちだ。

 夜、ヒロのあとに私がシャワーを浴びようとすると、水しか出ない。
 なんか私はいつもこういう目に遭う。
 これまでの宿で、ほとんど満足できるシャワーに当たったことがない。いつもがたがた震えて飛び出してくるのは私の方だ。まあそういう安宿ばかりに泊まっているのがいけないんだけど、よくここまで熱も出さずにきているもんだ。

 いくら待っていてもお湯が出ないので、ホテルマンを呼んだ。すると、単にボイラーのスイッチのオンとオフを取り違えていただけだったのでした(*1)。
 先にシャワーを使ったヒロが、ご丁寧にもスイッチを切って出てきたのだった。バカモノー。
 そして私も、オフになっているスイッチを「これはオンだ」と信じ切っていたのだった。ふたりともバカモノー。
 こういうのってだれを責めるわけにもいかないからつらいのよ。

*1・・・安宿におけるホットシャワーは、各浴室に据え付けられた小さなボイラーでお湯を出すことが多い。スイッチを入れてしばらく待たないとお湯が出てこないし、ボイラーが空になれば入浴中でも水になる。


 私が水シャワーで苦戦している間に、仁(ジン。ここのホテルマンのニックネーム。詳しくは第61回分をお読みください)がシーツを持ってきてくれた(らしい)。
 ヒロが自分のベッドに敷こうとすると、彼はほとんどむりやりそのシーツを取り上げて敷いてくれたという。当然私のシーツもやってくれるとばかり思っているとさっさと帰ろうとするので、
 「どうして私の方だけやってくれて彼女(私のこと)の分はやらないの?どうせならどっちもやってよ。」
 とヒロが頼むと、仁は
 「私の今日の仕事は10時までなのだ。あなたのシーツの分だけ残業してしまった。妻と子が私の帰りを待っているのだ……。」
 てめー憶良か。というようなことを言い残して帰ってしまったという。確かにそれは10時過ぎのことでした。

 連日の食べ過ぎのせいにちがいないのだが、ヒロはお腹が痛いと言い出し、先に寝てしまった。
 私は早くも大学ノート2冊目に入った日記を付けていた。
 新しいきれいなノートの表紙を汚さないように使いたいと思い、フロントに行って、大きな紙が欲しいと頼んだ。
 フロントマンは新聞紙をくれると言うのだが、それではかえってノートが汚れそうだ。
 彼の頭の上に掛かっていたカレンダーに目を付けた。
 折しも今日は2月最後の日でしかももう12時を回っている。あれをくれ!くれ!としつこくねだると、やれやれという感じで2月分の1枚を切り離してくれた。

 さっそくカバーにしてみると、なかなかに味があるのである。今まで旅してきた月がそのままカバーになっているなんて、いいでしょう。
 もう日本を出て一ヶ月以上たってしまったのだなあ。それなのにアタシたちって、相変わらず水シャワーに苦しんだり、食べ過ぎで下痢したりして、ちっとも旅慣れない情けない人たちよねえ……。

c0042704_12344481.jpg


朝のガートは思い思いに沐浴をする。たまにいるモロ出し氏には少し驚く。

3月1日(木)曇のち晴
 とうとう3月になってしまった。旅の終わる月だ。きゅうに日本が近くなったみたいな気がする。
 2月は28日しかないから損しちゃった、もっと旅していたーい。

 いよいよ今日は国境越えのバスに乗り、インドを離れてネパールへと発つ日である。
 なんで今日になったかというと、「新しい月、新しい国、区切りがいいじゃん。」と考えたからである。ただそれだけである。

 バスに乗る前に、私はどうしてももう一度ガンガーが見たかったので、またも早起きした。
 たいへんな睡眠不足が続いている。その上シャワーは冷たく、消化しきれないほどの暴飲暴食。本当につくづくと、よく体がこわれないもんだと思う。旅先ではどうしてこんなに丈夫なんだろう?
 体調の悪いヒロも一緒に起きて、川辺に立つが、非常に残念なことに、またしても天気が悪くて日の出が拝めなかった。ドラマチックな夜明けを見たかったのに。

c0042704_12372341.jpg


魔都の伝説にはことかかないヴァラナシだが、いいところだったなあ……

 あっ、やっとぴったりする言葉が見つかった。
 「高揚感」だ。
 きのうの朝、初めてガンガーを目の前にしたときから、ずっとずっと捜していた、ガンガーを言いあらわす言葉が、今朝はぱっとひらめいた。
 きざなたとえだけど、海で潮が満ちてくるのを長い時間かけて眺めているときの気分に似ている。
 心の中にもだんだん波が押し寄せ、ざわざわどきどきしてきて、呼吸までもが波に合ってきてしまうほどの高揚感が、ガンガーにも、ある。
 べつに実際ガンガーが波立っているというわけでもない。
 人や匂いや音が、海の波と同じように心のなかをひたひた満たしていくのである。
 カッコつけて言ってるみたいでお恥ずかしいけれど、うん。「高揚感」なのよ。
 よかった捜していた言葉が見つかって。

by apakaba | 2007-07-30 12:45 | 1990年の春休み | Comments(9)
2007年 07月 27日

岩盤浴(と酸素バー)初体験記

仕事が早く終わったので、近所に開業した、エステサロンのようなフィットネスクラブのようなところへ行ってみた。
7月いっぱい、岩盤浴が90分で800円というバカ安なキャンペーンをやっている。
エステとフィットネスの正式会員入会キャンペーンで、もちろん正式会員になど高いからならないけれど安いならすぐ行っちゃう!
行ってきたクラブはここ
高井戸ナフリラという。

岩盤浴って、ゲルマニウム温浴につづいてブーム到来という感じだけど、私は初めて入った。
入ったことありますか?
温めた板状の鉱石の上に寝そべるというのは知っていたが、いざやってみると、けっこう暑いのね……うつぶせで5分、仰向けになって10分がワンセットらしいがとても無理。
このクラブの岩盤浴は、広々とした浴室が3つあって、温度がそれぞれちがうので、一番設定温度の低いところならどうにかワンセット分寝ていられるけれど、私はドライサウナなども苦手で長時間入っていられないので、せわしなくあちこちの部屋を放浪することとなってしまった。

岩盤浴は、気持ちいいといえば気持ちいいが、なにぶん下が石なので、寝ていると体への当たりは硬い。
これでもう少し軟らかかったら言うことなしだなあ、でもそれだと岩盤浴にならないし。
などとぼんやり考える。
なにごともぼんやりとしか考えられないのがリラクゼーションの真骨頂か。
ヒマなので、ブログにまた一本書評を書こうか、どう組み立てようか、など考えるつもりでいたのだが、暑くてぜんぜん筋道だったことが考えられない。
むしろ、つらいこととか、嫌だったこととか、怒っている自分とかをイメージするとうれしい気分。
おかげさまで今はこんなにぼんやりしてまーす。ということに快感を感じるから。

スチームサウナはわりと好きなので、「テルマリウム」というスチームサウナの部屋でしばしぼけっとする。

酸素バーというものも初体験した。
とりあえず全種類のフレーバーの酸素を吸ってみたがとくに体になにかが起きたという実感を得られないのがさびしい。
渋谷の酸素バーなど、10分で630円ですよ!
この実感のなさを鑑みるに、高いよとても。
酸素を吸うんだから体にはいいに決まっているけど、見た目の変化や心の癒し効果などを考え合わせると割に合わないなあと思う(ここでは岩盤浴の料金に含まれているので、ずーっと吸っていてもいいの。吸わないけど)。

施設全体を見渡してみて、なるほどうまい作りだと思う。
おしゃれで、手入れが行き届いている。
アジアのリゾートをイメージしたしつらえも、やりすぎると逆効果で田舎臭いものだが洗練されている。
なによりも、どこもかしこも“暗い”のはポイントだ。
すっぴん・半裸(場所によっては全裸)の状態で女性客がうろうろと右往左往する館内を、いわゆるふつうの明るさにしていたらかなりストレスがたまるだろう。
“公営プールの更衣室じゃないんだから”“銭湯じゃないんだから”と、かえって疲れてしまうにちがいない。
それを、人の顔を見分けるのもやっとというほどに暗くしてしまえば、自然と人は、周りの人間にかまわなくなる。
自分だけの癒しの世界に没入できる。
岩盤浴室にトドのような女性が寝ころんでいても、ちっとも気にならない。
顔の(見分けられ)ない人間は、人間と認識する必要がないから。
それでも私などはたいへん視力がいいので、フロア内のいろんな部屋で行き会った女性客をそれとなく観察していると、皆さんそれぞれにお疲れのご様子。
そしてここで思いきり癒されているご様子。
みんな、なにをそんなに疲れているのか……まあ中にはキャンペーンのチラシを持っていたから来てみただけの暇そうな奥さんもいるが(やーん、あたし?)だいたいの人は、本気で癒されにかかっている。なんかヘンな表現だけれどそんな感じ。
そういう女性をちらちら見ていると、彼女らはどんなにストレスフルな日常を送っているのだろうかと思いを馳せてしまう。
でもいいじゃないの。こういういいトコがあるから。

ナフリラというのは、女性専用のクラブだ。
女はいいよね、なんだかんだいってもいいよね。
けっこうお手軽に、デトックスできるじゃない。
男はどこでデトックスするのかなあ。

by apakaba | 2007-07-27 23:14 | 健康・病気 | Comments(10)
2007年 07月 26日

アジアカップ敗退、電子蚊取り器も、敗退

ゆうべ、アジアカップをテレビで見てガックリしてから寝たら、蚊にメチャクチャに刺されてしまい、夜中から明け方にかけて大激闘した。
夕方からずっとリキッドタイプの蚊取り器をつけていたのに、何匹も元気いっぱいで襲ってくる。
近ごろの蚊は薬剤に耐性がついていて、蚊取り器が効かないとか。
本当にそうなのね。
だったら、電子蚊取り器はつけていてもあまり役に立たないということか。

電子蚊取り器が体に毒だと思い知ったことがある。

十数年前に、腹痛で入院していたとき(詳細はメインサイトessayの「たてつづけに、二回入院」をお読みください)、個室で蚊取り器をつけていたのに、夜中にちょっと涼しくなったので、私がうっかりすべての窓を完全に閉めてしまった。
しばらくしたらむかむかと気持ちが悪くなり、「どうしてこんなにいきなり気持ち悪くなったのだろう」と不思議で、よーく考えてみたら蚊取り器の毒のせいだと気が付いた。
窓を開けて換気したらすぐによくなった。

その体験で、電子蚊取り器はほんとに毒を煙にしているんだなあと実感したのだが、せっかくつけていても気持ち悪くなるのが私だけで、肝心の蚊がとれないのではつけていても意味がないじゃないか。
よく、人体に悪影響のないハーブの虫除けとかあるけれど、あれで蚊が死んでくれるわけでもないし、効力はいかほどなのだろう?
昔ながらの蚊取り線香も、部屋も自分も煙臭くなるのがいやだし、私は頭が痛くなる。
蚊よりも体の弱いワタシ。

「アキタコマチ」にこぼすと、「K国さんのうちでは、蝿取り紙のような粘着タイプの蚊取りを使っていて、それがとても効く」と言っていた。
粘着タイプなら空気は汚れないか。
ナルホド。
明日買いに行こう。
子供にでも、相談してみるものだ。

by apakaba | 2007-07-26 01:05 | 生活の話題 | Comments(12)
2007年 07月 25日

おそろしい夢

きのう、夜中に怖い夢を見て飛び起きてしまった。


家族で、海沿いのホテルに泊まりに来ていた。
子供たちはホテルにいて、私と夫は海への道を散歩していた。
ゆるやかにカーブしながらだらだらと下っていく、ガードレールのついた舗装道路だ。
はじめは曇りの天気だったのが、ぽつんぽつんと降り始めた。

「こういうところって濡れると危ないのよね。」
道のアスファルトが部分的に化粧タイルに張り替えられていて、滑りやすくなっているところで私が言った。
「皇后陛下が雨の日にタイルの上で滑って、転んじゃってケガしたんだって。」
でも私の頭にある皇后は、現美智子皇后ではなく今の皇太后のことだった。

雨はどしゃぶりになってきた。
道にはだんだんと雨水が流れ出してきた。
海への道を散歩するのはよそう、と二人で決めたとき、突然、その道は海へつづいてなどいないことに気づいた。
舗装道路がぐしゃぐしゃにこわれていて、その先は断崖。
海へ墜落していく、飛び込み台だ。

どしゃぶりの中、だらだら坂をホテルの建つ高台へ向かっていそいで戻り始めた。
そのとたん、坂の上から水が濁流となってザアアーッと押し寄せてきた。
それでもまだ、水の高さは膝くらいの丈だ。
がんばれば戻れる。
足を取られたら、あの海への飛び込み台を越えてしまう。

ホテルのロビーでの様子が、急にはっきりと目に浮かんだ。
「アキタコマチ」が、見知らぬ泊まり客の男性に、足の爪を切られている。
「アキタコマチ」はまだ幼稚園児ほどに幼い。
大人の男性に足をつかまれるのを嫌がって泣いているが、男性は無理矢理、犬用の爪切りで息子の爪をばちんと切ってしまう。
小さい「アキタコマチ」は驚きと痛さで激しく泣く。
あんなことをされているとは。早く帰らなければ。

痛いほどたたきつける雨は勢いを止めないが、それでも空は明るくなり、陽が差してきた。
雨粒ひとつひとつに、陽が当たって輝く。
そのアンバランスな明るさの中を、「ササニシキ」が坂の上から無我夢中で駆け下りてきた。
陽を背にしているので、どんな表情なのかわからない、泣いてパニックになっているようにも見え、私たちを見つけたうれしさで飛び上がっているようにも見える。
こっちに来たらだめだ、そんなに走ったら転んでしまう!
「走ってきちゃだめ!ガードレールにつかまって、待っていなさい!」
大きな声を出したため、一瞬だけ足もとへの集中がゆるんだ。
私は前のめりに転び、坂の下へ流され始めた。

夫と、長男が遠ざかっていく。
逆光の中、二人を縁取って飾るキラキラした水滴、私を飲んでいく泥で濁った汚い水。
私は、死ぬんだ、こうやって……こんなふうに、人は簡単に死ぬんだ……愛する人と簡単に引き裂かれ、もう会えない……疲れてもうもがけない、私はとても無念だった。


そこで目が覚めて、怖さと悲しさでそのあと何時間も眠れなくなってしまった。
こわかったよ本当に。
でも、冷静になって夢を解いてみると、みんなとっても単純なこと。
海が出てきたのは、前日に、海で遊ぼうという誘いを断り、残念に思っていたこと。
皇后陛下は、寝る直前に読んでいた本に出ていた話題。
水に流されるのは、7月23日が〈長崎大水害〉から25年で、追悼式が行われたという記事を読んでいたから。
そして家族と別れていく悲しい最後は、新潟県中越沖地震で、亡くなった方のことや、いま不自由な暮らしをしている人たちの記事を読んだからだ。

ね、私ってほんとに単細胞でしょう。

by apakaba | 2007-07-25 11:39 | 生活の話題 | Comments(10)
2007年 07月 24日

ここ3ヶ月ばかりで観た映画

映画の話つづきですが……とりあえず、並べてみます。

麦の穂をゆらす風
さしもの名監督、ケン・ローチもトシかな?と若干感じた、“言いたいこと直球”ものの作風。
アイルランド独立戦争と内線を描いた作品で、ストーリーは骨子がしっかりしているものの、やや踏ん張りがきかなくなっている感あり。

明日へのチケット
とかなんとかいいながら、つづけざまにケン・ローチいってみよう。
ケン・ローチ、キアロスタミ、オルミという三大監督によるコラボもの。
映画っぽい映画で、ラストはクスッと爽快。

ライフ アクアティック
どうも私はビル・マーレイと相性が悪いみたい。
『ゴースト・バスターズ』のころから今ひとつだった。
『ロスト・イン・トランスレーション』も『ブロークン・フラワーズ』もなんだかダメだった。
たいていのおじさん俳優は好きなんだけれど、なにが合わないのでしょう?

テープ
今さらですが……いいね、イーサン。小物〜な役をやらせたらほんとにうまい。

モーツァルトとクジラ
ジョシュくんも好きだが……自閉症の若者は上手、でも話がさして目新しくなく。

カポーティ
フィリップ・シーモア・ホフマンの渾身の演技には感心。
キミ、本当に気持ち悪いよ……そして異常。そして勘に障る。そしてキミって本当に俗物。
観客の勘に本気で障る、これこそ俳優!
『冷血』を先に読んでいたが、映像はほとんど想像どおりというところだった。

サムサッカー
青春ものというのかなんというか、17歳になっても指しゃぶりのクセが治らないボクが、徐々に自立していくお話。
なんだかほわーんとしていて、一人キアヌの陰湿さだけが妙に光る。

二十日鼠と人間
スタインベックの同名小説の映画化、やや古いですが。
映画っぽい映画だったなあ。
マルコヴィッチとゲイリー・シニーズ、両方好きなので文句なし。
マルコヴィッチが知恵遅れの大男、ゲイリー・シニーズが聡い小男という役だったが、二人の身長や体つきって実際とだいぶちがうような……でも感動したのでさっそく文庫本も購入。

HAVEN
オーランドくんに尽きるでしょう。
顔もいいが着々と演技力を身につけている彼がとっても好きだ。

ブラック・ダリア
ジョシュくんがちょっとなあ……原作者エルロイのブラックな世界観をうまく映画に盛り込めず大苦戦。つまらんよ。
デ・パルマどうした。
そして絶世の美女役があれ、あのボクサーの女の人……なんだっけ、ヒラリー・スワンクというのはさぁ。見たくないって感じなのですが。
ジョシュくんの性欲はとどまるところを知らずそれにはビックリ。

ゴシカ
ストーリーがいいと宣伝されていたが凡作。
ペネロペちゃんだけがよい。

知りすぎていた男
ヒッチコックでもたまには。
なんというか古典的映画だったなあ。
すごくおもしろいこともないけどなんとなく最後まで目が離せないという感じで。

男が女を愛する時
メグ・ライアンの“全裸風呂場で転倒”シーンがちょっと見もの。
アル中の妻を立ち直らせたいと奮闘(空回り気味だが)するアンディ・ガルシアよかったです。
今まで注目していなかったけど好きになった。

L.A.コンフィデンシャル
これが本欄で一番おもしろかった!
『ブラック・ダリア』と同じく、エルロイ原作の“登場人物の誰もかれもが、少し暗くて悪い奴”というセオリーをきっちり描き込んでいて見事!!
出てくる役者がみんな最高!

マリー・アントワネット
キルスティン・ダンストがかわいらしいのでまあなんでもいいか。って感じ。
いちいち『ベルサイユのばら』の名シーンと重なり、マンガのほうがドラマティックだったことよ……と確認しながら鑑賞は進むのだ。

プラダを着た悪魔
どっちでもいいです……という映画だったなあ。
まあ、そうぽんぽんモノゴトがうまく進めばねえ。人生も楽しいねえ。
仕事をやめるにしても、携帯を池に放るのは社会人として失格だぞ!って思ったが。

ディパーテッド
今回紹介したなかで最もトホホだった1本。
お・も・じ・ろ・ぐ・な・い!
元の『インファナル・アフェア』が大好きなので失望もひとしお。
デカプーもマット・デイモンも好きな俳優なのに、脚本のひどさで二人とも死んでいます。
原作にあった、人間の業の深さとか、アンディ・ラウの“善き人間として生きたい”という渇望とかがすべてさっぱりと消え失せ、ただのドンパチものに堕している。
スコセッシとも相性悪いんですよね私。
それにしても『インファナル・アフェア』はよかったなあ……


というわけで、また長くなりました。
きのうとちがってすごくテキトーな十把一絡げ評で失礼しました。

by apakaba | 2007-07-24 23:14 | 映画 | Comments(6)
2007年 07月 23日

“女”であることのくびき——ボルベール<帰郷>

ペネロペ・クルスは好きな女優なのでたいていの作品を観ているが、今までで一番いい。
彼女はハリウッドではどことなく頼りない“出稼ぎ女優”の域を出ない印象があるのに、母国スペインの映画では別人のように輝く。
『ハモンハモン』も『ウエルカム!ヘヴン』も『オープン・ユア・アイズ』もすばらしかった。
どれも必見。
本作は、私も大好きなアルモドバル監督最新作。
めずらしく劇場で鑑賞した。

年若い母親であるペネロペ・クルスは、ろくでなしな夫と15歳の一人娘の生活を支えるためにあくせくと働いている。
夫は娘の実の父親ではなく、年頃になった娘を襲おうとする。
娘は驚いて父を刺し殺してしまう。
ペネロペは娘をかばって死体を始末し、何ごともなかったように暮らしていこうと決心するが……というストーリー。

全編、ペネロペが大輪の真紅の花のように咲き誇っている。
スペインのどこかの街の片隅にいかにもいそうな、生活感あふれる、しかし美貌と色気を隠しようのない、がさつで、気性が激しくて、情の厚いお母ちゃんだ。
『ウエルカム!ヘヴン』では、外見は若い女だが実は男であるという難役を、目つきや表情で見事に表し、“あ、この人ほんとは男だ”と観る者にすんなり納得させたペネロペだったが、今回の母親役の難易度は『ウエルカム!ヘヴン』以上だ。
いかにもどこにでもいそうな……自分の中にも存在していそうな……そんな女、というのがいかに演じるのが難しいかは想像に易い。

ペネロペの存在感も瞠目であるが、アルモドバル監督のコアな視点も、演技との相乗効果を生む。
アルモドバルは“作り込みの名手”である、と私はいつも評している。
一見、ストーリーと無関係であるようなシーンをコツコツと積み重ね、サブリミナル効果のように観客を映画の世界観に「ああ、そうだなあ。あるある。」と引きずり込み納得させてしまう。

『アタメ 私をしばって!』のヒロインが、入浴中になぜゼンマイ仕掛けの人形を、自分の股間に向けて泳がせていくのか。
潜水夫の形をした人形が、ヒロインの股間に突き当たってそれ以上進めなくなったときの彼女の表情。
『バッド・エデュケーション』のガエル・ガルシア・ベルナルの、目も痛くなるほどの真っ白なブリーフはなぜか。
同性愛者である彼のプールサイドでのシーンは、白、そしてぴちぴちのブリーフでなければならなかった。他のアイテムではあのシーンは成り立たなかった。

そんな、細部へのフェティッシュな描き込みは、本作でも健在だ。
ペネロペの肉体への強烈な視線=賛嘆の視線だ。
はすっぱでやけっぱちな印象さえ与えるメイクとヘアスタイル、ほっそりした四肢に、誰もが目を釘付けにさせられる豊満な胸元。
劇中、彼女はバストを強調するトップスばかりを着る。
しかしそれが、男の視線を手玉にとろうとも考えず、ただそこらへんにあったものを適当に身につけただけ、ということは、いつも持っている安物そのもののバッグや、いつもつけっぱなしの胸の谷間に埋もれそうなネックレス、野暮ったいスカートの長さなどから知れる。
そんな彼女の肢体を、後ろから前から、カメラが追う。

勤めから帰るやいなや、座りもせずに散らかり放題の台所に立ち、一心に洗い物をするペネロペを、真上から執拗にカメラが撮る。
腕を動かすたびに揺れる胸。
この、一見無駄なようなカットで、彼女のくびきを強烈に感じさせられる。
彼女が、そして他の登場人物である女性たちが、それぞれに“女”という性から生涯逃れられないことを予感させられるのだ。

皆が皆、観て楽しめるという作品ではないと思うが、私には、俳優・監督ともに満点の出来であった。
公式サイトはこちら

by apakaba | 2007-07-23 23:18 | 映画 | Comments(7)
2007年 07月 20日

女になっていく体

「コシヒカリ」が、お風呂に入るときに浮かない顔をしている。

「どしたの。」
「あのね、××(クラスの女子)はね、もうおっぱいがけっこう出っぱってきてるの。○○も。」
「へえ!早いね。でも4年生か。そうだね、早い子はそろそろおっぱいが大きくなるころかな。」
「わたし、やだなあ〜。おっぱいが大きくなってきちゃったら。わたしもおかーさんみたいに、おっぱいが大きくなってきちゃうのかな。」
「そうねえ、まあまだだと思うけど、いずれは大きくなってくるだろうよ。」
「やだやだー大きくなるの!××とか、ぴったりしたTシャツなんか着てるとわかるんだもん。やだそんなの恥ずかしい。」
「そうは言ってもねえ。大人になったら、あまりぺちゃんこよりも、ある程度おっぱいは大きいほうが、まあ、いいと思うよ。」
「やだよーっ!」
「でも男子が××さんのおっぱいのことをからかったりはしないんでしょう?『あいつおっぱいデカイ』とかいじめたりしないでしょう?」
「しないよそんなこと!よーく見ないと、気がつかないもん。」
「うん、男ってのはそこらへん鈍いからね。まだ大丈夫だよ。」

私は発育が遅くて、中学2年生くらいまでは完全に子供の体つき(今の「コシヒカリ」レベル)だった。
でも娘の気持ちはわかる。
女の子は、たいていある一時期、自分の女“性”を否定する。
私も小学校高学年から高校1年生くらいまで、スカートを穿いたことがなかった。
母親に、お風呂の中などで体を眺められて、「眞紀もだいぶ女の子らしい体つきになってきたねえ」などと言われるとぞっとしたものだ。
だから、そういうことは娘にはなるべく言わないようにしている。

友だちのお嬢さんが、生理中でも学校の水泳の授業に出てしまって困ったものだという話を聞いたことがある。
「うっそー!だ、だってどうするのよ?!タンポンも入れてないんでしょ!?」
私がびっくりすると、母親である友だちは、
「そんな真っ最中じゃなくて、終わり近くとかのときだと、“ヘーキヘーキ”とか言ってプールに入っちゃうのよ。多分、生理だって思いたくないというか……『こんなことなんともない、へっちゃらよ。』っていうことなんじゃないかなあ。」
と言っていた。
私もさすがにそんなことはしたことがないので、その話を聞いたときは仰天したが、でもきっとそのお嬢さんも、自分の体が女になっていくのを“見なかったことにしよう……あたし、まだ子供だもん。お父さんとお風呂に入るのだって平気だもん。”という時期だったんだろうなあと思える。

私は女家族で育ったから、異性の家族の視線というものをいっさい気にせずに嫁いでしまったが、逆に「コシヒカリ」には、同性の家族が私しかいない。
「コシヒカリ」の成長のそばに、できるだけいてやりたいと思っている。

by apakaba | 2007-07-20 21:43 | 子供 | Comments(13)
2007年 07月 19日

太極拳始めた

始めました。
夏なので痩せようかと。

平日の日中というせいなのだろうけれど、私以外の受講者は年配の方ばかりで、こんな私が一人だけ、がくっと若いという状況のクラスです。

先生はとてもきれいな女性。
年配の男性諸氏がにこにことうれしそう。

1時間のクラスを受講している間、ずーっとあの、例の中国っぽい、ゆっくりした、太極拳っぽいBGMを流しています。
あの音楽が不思議と、ないよりあるほうが、うまくできるような気がするのです。
年配の人でも十分ついていけるようなプログラムなのか、私にはかなり楽勝で、動きもすぐ覚えてしまうし、体もとくに痛くなりません。
でも、皆さん汗びっしょりでせいいっぱい。
下半身ガクガクという様子。

BGMを聴きながら、段ボール肉まんのこととかをぼんやり考える。
でも、やっぱりテレビで誰もが見たことのある、“早朝の広場で、大人数で太極拳をする中国人の姿”を思い浮かべながら動くとうまく動けるような……

ヨーガもそうだけれど、太極拳も呼吸がとても大事らしく、吸う息、吐く息を意識させられます。
いかにふだん、自分の呼吸が浅くてテキトーなのかを思い知ります。

この程度のクラスでは、痩せるのはとうてい無理みたい。
まあ、リフレッシュというレベルです。
自己流の運動より、人に指導してもらうと、一生懸命になるしやる気が出ます。

夫が、
「太極拳ってさー、どのへんが“拳”なんだよ?」
と。
「前にウッチャンナンチャンのギャグでさー、K-1対太極拳ていうのをやっててさ。K-1のほうがめちゃめちゃ打ち込んでくるのに太極拳のほうはずーっとゆっくり動いてるの。ぜんぜん打ってこないで。あれ可笑しかった。あんなんでどうやって“拳法”になるのかなー。」
そう言われてもねえ……

by apakaba | 2007-07-19 23:07 | 健康・病気 | Comments(16)