あぱかば・ブログ篇

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2007年 09月 29日

負けることを知る

小学校の運動会は、雨で明日に延期だ。
「コシヒカリ」は少しだけうれしそう。
勝負が一日延びた。
正確にいうと、負けるのが一日延びた。

学年から男女4人ずつ選ばれるリレー選手に、今年も選ばれた。
今年は4年生なので、1,2,3年の低学年ではなく、4,5,6年の高学年のリレーに出場する。
去年までは、第一走者ではなかったからなんとなく走っても目立たなかったが、今年は4年生から走り始める第一走者。
実力がはっきりと出てしまう。

「コシヒカリ」は、「今年もリレー選抜に選ばれたい!」とはりきっていて、選ばれたときは得意満面になり、朝練にも休まず行っていた。
ところが一週間くらい前から、だんだん暗くなってきた。
「わたしね、女子選抜4人の中で、一番遅いの。」
他のメンバーを聞いてみると、あとの3人は背がすらっと高くて、脚がコンパスみたいに長い子たちぞろい。
いかにも速そう。
「ああーそりゃみんな速そうだなあー。困ったねえ。」
「そうなの。だからイヤなんだ。今までの練習で、いつでも絶対にビリ。一度もビリ以外になったことがないの。だから運動会がいやだなあ。」
小学生になって初めて、「運動会がいやだ」と言い出した。

息子二人はたいして短距離走が速くないが、娘だけ私に似て、少し足が速いらしい。
私も、小学校から高校までいつもリレーに出ていた。
アンカーになっても何人も抜けたし、根が目立ちたがり屋なので、一番実力がはっきりわかりやすい第一走者になるのが好きだった。
……ということは、いま思えば、自分が“負けるかも”“ビリになって恥ずかしい思いをするかも”とは、ちらりとも考えたことがなかったということだ。
「まあ見てなって。」くらいしか、考えていなかったのだった。

だから、娘の浮かない様子を見ているとかわいそうになってしまう。
でも代わりに走ってやるわけにもいかないし、きのうは夫が
「まあお前、いろいろやってればそういうこともあるよ。なあ。勝負ってのは勝ったり負けたりするんだ。学年で4人に選ばれただけでも立派なもんなんだし。お父さんなんかリレーで走ったことなんか一度もないし、あいつら(兄たち)だってないんだぜ。それだけでもえらいんだからな。」
などと慰めたり励ましたりしていた。

あきらかに負ける戦に出て行く。
たかが学校の運動会、なんだけど、これもすごく大きな経験なんだなあと思う。
だって大人にとってはつまらない学校行事のひとつでも、小さい子供にとっては、本当に本当に大きなできごとだから。

私が高校卒業まで経験できなかった思いを、10歳の娘がもう知っていこうとしている。

本音を言えば、ぱあっと抜いて勝ってほしいが、練習どおりにビリになっても、いいじゃない。
「どうやっても勝てない」ということは、やっぱり、あるんだよね。
あとの3人とも、うんと仲のいい友だちなんだもんね。

by apakaba | 2007-09-29 17:57 | 子供 | Comments(5)
2007年 09月 28日

客体/彼女

 “告白は海の見える場所で”
 大学生になるまで海のない県で生まれ育った僕には、それが大事だった。
 幸い、彼女の自宅は港のそばにあった。
 冬の陽が落ちて、すでに真っ暗になっていた夕方、彼女の家に電話をかけて、呼び出した。
 「ちょっと、話したいことがあるから出てきて。今からそっちへ向かうから。」
 強引だなと思ったけれど、強引なことをしている自分、やっぱりそれが大事だった。
 彼女は、僕が告白するのだということに気づいているようないないような曖昧な、柔らかい声で誘いに応じてくれた。

 あの娘はいつもそうだ。
 いつでも“いい感じ”なのだ。
 初めて会ったときから、彼女が僕に向ける顔はいつでもいい感じの笑顔。
 その顔を、僕への好意とかんちがいして、出会ってすぐに好きになってしまった。
 間もなく、彼女にはつきあっている男がいることを知ったがもうあともどりできなかった。
 僕はその男に負けるために電車に乗る。
 はるばると、彼女の街まで。

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 彼女の最寄りの駅で待つ。
 僕の下宿からは遠いから、途中で腹が減って、ミスタードーナツへ寄ってドーナツを買い込んだ。
 彼女を待っている間に、いくつか食べた。
 彼女は、“家から出てきた”ということが一目でわかるラフな恰好をしていた。
 「お待たせ。」
 と言いながら、あのいつもの屈託のない笑顔。
 でも視線がちらっとドーナツの紙袋に移る。
 “告白する前に、ドーナツ食べてたの?”と、思われたのかもしれない。
 僕も自分で“キマってないな”と思う、でも腹が減っては声が出ないから。

 「話、は?ここじゃ、ダメなの?駅前ならお店もあるわよ。」
 「いや、ダメなんだ。ダメダメ。海に行かない?!すぐでしょう、電車で。俺、初めてこの路線に乗ったから。」
 調子っぱずれな強い口調に、彼女はわずかにあきれた表情をした。
 それでもすぐに、
 「ああ、そうなの。こっちは学校から遠いもんね。ふつう、わざわざ来ないよね。」
 と、ふふっと笑ってすんなり応じてくれた。

 僕は彼女の表情が曇ったり崩れたりするのを見たいのかもしれない。
 僕以外のみんなにも等しく向けられる、例の親しげな笑顔ではない表情を、見てやりたいと。

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 夜の埠頭は寒い。
 オレンジ色の灯りに照らされたオレンジ色の絶えず揺れる波を前にして、僕はすっかりうわずってしまう。
 船の通ったあとや風のせいで、波がさまざまな形に動くのを見ていると、目がぼんやりとにじんでくる。
 彼女は、
 「ここも久しぶりだな。昔から、よく来てたよ。なつかしいわ。」
 とか言いながら、「あそこまでなら歩いて行けるよ」「あっち行ってみる?」などと、先に立って歩いている。
 想像していたのとちがう。
 僕が彼女を連れて歩くのではなく、追いかけるかっこうとなってしまった。
 彼女が「ここもなつかしい」「ここもなつかしいわ」といつまでも歩くのをやめないので、僕はとうとう港の突端で一歩先回りして立ち止まり、彼女の歩を停めさせた。
 「………………。」
 彼女は、チャンスをくれているのか?
 “今よ、言うなら”と。
 それとも、ただなにも考えていないのか。
 海を背にして、瞳の中になんの光も映っていない彼女の表情がわからない。
 顔を近づけて瞳をのぞき込んでみたい、でもそんなことできるわけがない。

 僕は海に半身を向けたまま、しばらく「んー」とか「あぁー」とか、ほとんど意味を成さない声をあげる。それから、
 「いや、寒いね。けっこう。でも今日はここに来られてよかったな。いいねえ港の景色。俺あこがれてたんだこういうの。ほら、俺って山育ちだから。それでね、もう君、前からわかってたと思うけど、俺、好きなんだ君が。知ってたでしょう?ねえ、知ってたよね、みんな言ってたし。知ってるよな。なんか恥ずかしいな俺。」
 一気にそこまで言い切ってしまった。
 馬鹿みたいだ。
 なんてかっこ悪いんだろう。
 でも言い出すとべらべらと止まらない。

 彼女は……彼女は、どんな表情をしたんだろう。
 なぜ、見ていなかったんだろう。
 それを見に来たのに。
 僕は自分の言葉を口から出すことに夢中になっていて、彼女の顔を見ることを忘れていたのだ。
 「君にカレシがいることも知ってるんだよ、学校で見かけたことあるし。だからべつにつきあってほしいとか言ってるんじゃないの、わかってるから。ただなんかほら、このままじゃあさあ。あきらめるにしても、やっぱり俺も男だし。一度くらいはきっちり告白してあきらめたいわけ。言ってさっぱりしたいっていうだけなの、ほんとそれだけ。ごめんね夜に呼び出したりして。迷惑だったでしょう、でも俺は言いたかっただけなんだ。」

 彼女は口を挟む。
 「知らなかった、けど?」
 絶対にウソだ。
 「うっそぅ。知ってたに決まってんじゃん。俺なんかみんなにさんざんからかわれてたし。」
 「いや本当に知らなかったよ。」
 「ウソだ、知ってた!」
 「知らなかったってば。」
 無意味な押し問答をしているうちに、いつの間にかふだんどおりに、まっすぐ顔を見ていた。
 彼女は、いつもの笑顔のままだった。
 屈託のない、親しげな、誰にでも等しく向けられるいい感じの。
 海を背にしても、月明かりで彼女の瞳が見える。
 黒目が僕を見ている。
 白目が闇の中で青白く仄かに光る。
 一瞬でも、この瞳に影を落とすことが、できたのか?僕のかっこ悪い告白は。

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 もしかしたら、彼女は見かけによらずすごく悪い女で、しかもモテモテで、男からの告白なんて毎月一回の恒例行事という程度のものなのかもしれない。
 「うー、冷えてきたねえ。そろそろ、行く?」
 と、はっきり拒絶もせず和やかなままに押し問答を切り上げるタイミングも、思い返してみれば絶妙で、だから彼女はこんなありふれた告白は“され慣れている”のかもしれない。
 うわずってべらべらしゃべっていた僕を、
 “バッカみたい。寒いし誰も周りにいないんだから、思い出作りに抱き寄せてキスするくらいできるのに?”
 と、会話のスピードを落として待っていたのかもしれない。
 僕だってできればそうしたかった。
 だけど、いざ生身の人が目の前に立っていると、そんな欲望はきれいさっぱり消し飛んでしまうのが、自分でも不可解なのだ。

 いや、実は彼女はそんなに好意的ではなくて、
 “あーあ、あなたのことはべつに好きじゃないのよ。だから早く帰ろうよ。きれいな思い出を作るのを手伝うために、ここまで十分つきあってあげたんだからさ。”
 という冷たい気持ちが、あのやさしげな態度の裏には流れていたのかもしれない。
 彼女が、冷たい人なのか、温かい人なのか、わからなかった。
 どっちにしろ、彼女の様子はずっと同じだった。
 それが答えだ。

 彼女が毎朝通学で乗っているはずの、都内の下宿へと戻る電車に乗る。
 上りの電車は、ガラガラに空いている。
 人いきれの下り電車と、車内の温度が5度くらいちがうんじゃないだろうか。
 そして線路の音は3倍は大きく響くんじゃないだろうか。
 ガラガラだけど僕は立ったままで、窓に少しゆがんで映る自分の顔を見る。
 僕は視力がいい。
 暗い窓ガラスの中に、ふと、自分の口元にドーナツの粉砂糖がまだついていることを発見する。
 ドーナツを彼女にも分けないで、最初から最後まで持ちっぱなしだったことに気づく。
 まだ数個が入っている紙袋を、かさかさっと乾いた音とともに、持っていた左手で網棚へとシュートする。

by apakaba | 2007-09-28 09:29 | 文芸・文学・言語 | Comments(31)
2007年 09月 27日

一生の傷

「おかーさん、このケガもう治らないかなー。痕が消えないかなー。」

先週末、「アキタコマチ」の写真展へ向かうために「コシヒカリ」とふたりで新幹線に乗っているとき、そんなことを言い出す。
靴を脱いで、座席に膝を抱えて座って、自分の膝をさすっている。

「この傷どうしたの。」
「これねー、おばあちゃんたちと伊豆に行ったときにすっころんだ。それであんまりちゃんと消毒できなかったから痕が残っちゃった。」
「そうだったの。伊豆にはお母さんは行っていなかったね。」
「おかーさんのひざにもあるでしょう、一生の傷。バイクで転んだやつ。」
私の体にもいろいろと怪我の痕があるが、一番目立つのが左膝にある傷跡で、大学生のころにスクーターで砂利道を曲がり損ねてひどくすりむいてしまったのだった。

「うん、あるよ。ぐちゃぐちゃになっちゃって血がいっぱい出た。もう消えないだろうな。」
「これがわたしの一生の傷。あと、まだいっぱいある。こことー、こことー、こことー、こことー、あと、これはなにかなー。」
「これは蚊に刺された痕じゃないかな。すぐ消えるよ。」
一生残るかどうかわからないが、こうしてみると、女の子といっても、なんだかんだと怪我をしているものだ。

「でもさ、“一生の傷”って、なんか、いいよね!」
きゅうに娘は思いがけないことを言う。

「なんかさー、かっこいい。すごく……“おもみをせおっている”っていうか!なんか、いい!」
女の子の体に傷を残したら大変、と、一応だいじにしてきたつもりだったのに、意外だった。
いろんな傷跡を、きっと悲しみ、うとましく思っているだろうとばかり考えてきたのだ。
私も、脚が太いということもあるが、膝の傷跡が無惨なので、膝の見える服を着るのがとてもいやだ。
まだ子供だから、そういう目で自分の体を認識していないだけなのか。
それにしても傷跡に対してポジティヴ、というよりむしろロマンさえ感じているふうなのには、考え方の新しさを感じた。

その考えが深いのか浅いのかはわからないが、にこにこしながら、
「わたしはとくにこのひざのケガが好き。なんか重要なことをしたって感じがする。とくに、この、むらさき色にぷくっとふくらんでいるところが、いい。まあほんとはすっころんだだけなんだけどー。でも“一生の傷”っていう言葉の響きがいい。」
と満足そうに語る娘は、“一生の傷”に対してごくふつうの羞恥心を持つ私からするとちょっと変わっているなあと思える。
少年漫画の読み過ぎなのかもしれない。

by apakaba | 2007-09-27 10:21 | 子供 | Comments(8)
2007年 09月 26日

フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展

初日の今日、国立新美術館へ行ってきた(特設サイトこちら)。

寡作の画家フェルメールを日本で見ることができるとはこの上ない贅沢である。
現存する35点の多くが所蔵美術館から門外不出とされているのだから、それを思えば奇跡のようなことだ。

それはわかっている。
だけど……フェルメールの作品展示が、ま、ま、まさか「牛乳を注ぐ女」一点だけとは……思いもしなかった。
本展は「フェルメール展」だと思っていた私の早とちりであった。

“フェルメール「牛乳を注ぐ女」とオランダ風俗画展”

この展覧会のタイトルをよく読めばわかる。
フェルメールの作品は、「牛乳を注ぐ女」だけで、あとは“オランダ風俗画展”なんですよということが!

タイトルの後半部分“オランダ風俗画展”は、絵ばかりでなくめずらしい楽器や調度品の展示など、飽きない工夫がされており、クオリティーの高い展示だった。
しかしやっぱり、フェルメールの前にはすべて消し飛ぶ。
初日の館内をうろうろとさまよう人々の足がぴったりと一室で止まってしまう。
き・れ・い・で・す!
画面上のすべてが美しい。
もっともっとたくさん見たいのに!
これ一点だけか。
幸せなような不満なような、なんともいえない複雑な気分となる。
2000年に、大阪で“フェルメールとその時代展”という展覧会が開かれたときには、なんと5点ものフェルメールが展示されたという。
一度に5点も見ることができたら、天にも昇る心地なのではないか。
それくらい、うっとりする美しさだ。

あと何年生きるのかわからないが、生きているうちのあと何点のフェルメールを見ることができるのか?
他の画家では想像したこともないが、フェルメールに限ってはそんなことも心配になってきてしまう。

本展覧会じたいはものすごくオススメというわけではないが、「牛乳を注ぐ女」は人生の必見事項と申し上げておきましょう。
×浪健四郎氏も、来場していたし(ん?仕事は?)。

by apakaba | 2007-09-26 22:40 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(10)
2007年 09月 25日

40代最初の日

きのう、夫が仕事から早く帰ってきたので、夕方にコーヒーを出しているとき、ふと思いついて言ってみた。
「あ、私あした誕生日なの。」
明日あさっては休日出勤の代休なので、夫がごはんでも作ってくれるといいなあと思って言ってみたのだが、
「あーそう。なんか食いに行く?」
と思いがけないことを言う。
どこへ行くかでしばらく悩む。

最近、夫はすっかり「うちのメシがいい」派になってしまって、ニューオープンの店などさっぱりわからない。
本屋へ行き、二人でグルメ本などを探してみる。
これといったところが見あたらないので、新規開拓はやめて、ピエール・ガニェールに予約を入れてくれた。
やったぜーっ!!

夜中まで一緒にDVDを観てから寝る。
子供たちには自力で朝ごはんを食べていってもらうことにして、一緒にいつもよりだらだらと寝ている。

それからプールへ行く。
NIKEのセパレートの水着は長年愛用しているため、ロゴがはがれてきて、なんのブランドだかわからない状態になってきた。
「新しい水着、買ってー」
とおきまりのおねだりをしてみるが一笑に付される。
また今度、スポーツ用品店で言ってみよう。

プールから戻り、消毒薬臭い体でディナーへ行くのはいやなのでお風呂に入って、服を選ぶ。
「このワンピースとこのスカートとどっちがいい!」
夫に聞いたりして真剣に検討する。

服を選んでから、少し仕事をする。
仕事が済んだら、ワンピースに着替えて出かけよう。
グランメゾンなので力の限りドレスアップをする。
力の限りっていったって力加減というものがありますが。

お友だちからお祝いのメッセージもたくさんいただき、いい誕生日になった。
毎年恒例の、子供たちに祝ってもらう会は、明日かな。
あれはあれで、やらないとうるさいので。
明日も夫は休みなので、美術館へ行く予定。

by apakaba | 2007-09-25 16:23 | 生活の話題 | Comments(8)
2007年 09月 24日

30代最後の日

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「アキタコマチ」が、
「おかーさん30代最後の日を撮ってあげる」
と言ってバシバシと。
うれしいねえ。
40代最後の日には、撮ってくれるでしょうか。

20代最後の日、なにをしていたか覚えていない。
覚えていないけどわかりきっている。
10年前、末の娘が生まれた夏が終わって、里帰りから戻って、毎日をへとへとなままに生きていた。
20代は子供生んで終わったなー。
30代は、けっこうよかったね。
いろいろなことを知りました。
また明日から次の10年、どんなことがあるでしょう。

by apakaba | 2007-09-24 22:13 | 生活の話題 | Comments(10)
2007年 09月 21日

デコレーションとミニマム——森美術館 ル・コルビュジエ展

もし連休に予定がないのなら、六本木ヒルズの森美術館へ行ってみてほしい。
24日まで、ル・コルビュジエ展が開催されているから。

ミース・ファン・デル・ローエ、フランク・ロイド・ライトらと並び称される近代建築の巨匠、という予備知識しかなく、実際に見たことのある作品は、基本設計に関わった上野の国立西洋美術館ひとつだけ。
ヨーロッパの巨匠の作品を体感することは、日本で暮らしている私のような庶民には困難なことだ。
けれども、森美術館へ行けば、体感が可能だ。
かの有名な代表作、《マルセイユのユニテ・ダビタシオン》の住居空間を実物大の模型で展示しているのだ。
マンションの一室の中に入って、歩き回ることができる(しかも二階建て!)。
他にも、ル・コルビュジエのパリのアトリエや、終の棲家となった《カップ・マルタンの休暇小屋》も実物大模型で展示している。
昼のアトリエいっぱいに差していたであろう陽の光や、うねりのついた窓ガラスを通して窓から見えていたはずのパリの風景なども、美しく、巧妙に再現している。
窓のない館内の一角にいることを忘れ、本当にその場を訪れたような気持ちになる、大仕掛けの展示だ。

図面やスケッチだけでは、その建築の本当の姿はうまく浮かび上がってこない。
プロは頭に完成の状態を描くことができるのかもしれないが、素人にはとうてい無理なことである。
この展示の大胆さと緻密さには驚いたし、それ以上に「ありがたい」と思った。
もちろん本当はそこへ行ってみたいけれど、ヨーロッパへおいそれと旅立てない身には、この疑似体験は非常に貴重だ。

見学者をわくわくとさせ、晴れやかな気分にさせる。
この美術館のトップはたいしたものだ。
いろいろな美術館へ行っているが、東京でここほど“見せる”ことに成功しているところはない。
昔ながらの、狭苦しく暗いスペースしか持てない美術館、新築しても大きな箱だけが立派で、展示の工夫がお粗末なままの美術館、人を魅了する美術館というのはなかなか難しい。
才能あるスタッフと潤沢な資金で、森美術館はいつもうまい展示をする。


ル・コルビュジエのことを、実はほとんどわかっていない。
建築に興味はあるけれど、そんなに真剣に勉強するほどでもなく、彼がどんな理念のもとに建築を展開してきたのかもほぼ知らず、ただミーハーとして“とりあえず行っとけコルビュジエ!”のノリで行ってみた。

かの有名な《ロンシャンの礼拝堂》や《サヴォア邸》の模型や写真をはじめとして、多くの作品の設計図やデッサン、縮小模型などを扱っている。
絵画や彫刻も展示してあるが、建築の完成度の高さに較べてそれらは“建築のための習作”“イメージを構築するための手遊び”の域を出ず、数多い絵や彫刻を見れば見るほど、やはりこの人は建築でこそ真に才能を発揮し得た人物だったのだと思わせる。
彼の紹介を読むとき、“画家でもあり、彫刻家でもあった”という表現がされていることがあるが、私が思うにはこれはまちがいで、建築以外の表現媒体は“すべては建築のために”一直線に向かっている道筋の、沿道に散らばった草花みたいなものだ。

彼は数多くの計画都市のコンペにも挑戦しては敗退し、唯一実現したのが北インドのチャンディーガルという街の計画だけだった。
パンジャーブ州の州都として、一から街をつくるという壮大な都市づくりを実現できたのも、他のコンペの題材のように“既存の都市を再開発する”という縛りを脱して考えることができたからであろう。
彼の都市計画は「実現?ムリムリ」と素人目にもすぐわかるほど、理想を過剰に拡大してしまっている。
そう、彼の特徴は、「人には最小限のスペースさえあれば住むことができる」というミニマリズムの理念と、それと相反するようにきわめてフランス的と見える装飾過剰さ、そして意外と派手好き(コンクリートを扱いながらも、色彩に満ちているのが好き)なこと。
矛盾する要素を、建築という具体物でひとつにまとめて答えを出すひと。
展示を見ながら私が感じた印象だ。
どんな人物だったのか、不勉強のためわからないが、夢想家だったことはまちがいないと思う(というか、世に名を馳せた建築家はみんな夢想家ですね)。
やはり、20世紀最大の建築家のひとりだ。
ガラスとコンクリートという素材に無限の可能性を見ていた時代の喜びが、作品に踊っている。

フランスを拠点として活躍していたので、おもだった作品はフランスに集中している。
マルセイユのユニテ・ダビタシオンというマンションには、現在でも人が住まい、ホテルやプール、保育園(絵画教室として使われている)などが、築後50年以上たった今でも機能している。
その映像を見ているだけでも、「いいなあフランス。行きたいなあ、ここに。」と、あこがれの思いが強くなる。
また、フランス東部ロンシャンの礼拝堂の写真は、その禍々しいまでに過剰な曲線の外観と、内部に差し込む崇高な陽の光など、これは一度訪れたら心をつかんで離さない場所だ……という予感に満ちている。

行くことはかなわないかもしれない、でも行きたいなあ。
チャンディーガルにも行ってみたいなあ。
そんな夢の一片を、いっときだけでも見せてもらえる展覧会だった。
最後の最後に、カッシーナ製のLC2(コルビュジエのデザインした椅子)が販売されていたのもおもしろかった。
一脚数十万円もする椅子を、ここで買っていく人もあまりいないと思うが……夢の彩りとしてひととき座ってみた。

*会期終了間近!急げ六本木へ!

by apakaba | 2007-09-21 18:13 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(8)
2007年 09月 18日

Nikon D40購入をめぐって

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D40購入後、しばらく母親を撮っていたが飽きて犬を撮り始めた。
バシバシ撮り続ける。


巣立っていけ。(2007年2月)
カメラ、どうしようねぇ。Nikon D40で、どう。(2007年2月)
「アキタコマチ」の二度目の撮影(2007年4月)

幾度かここでも書いたとおり、「アキタコマチ」が写真に興味を持ち始めている。
これまで、撮影会に参加するときは、いつも父親や祖父などからカメラを借りていた。
夫は高校時代に写真をやっていたので、カメラや写真は好きなのだが、子供に自分のカメラを貸してやることには基本的に反対していた。
私が間に立って、いろいろ説得して、なんとか貸し出してもらっていたのだ。
当然ながら、「アキタコマチ」は、自分だけのカメラを欲しいと思ってきた。

「アキタコマチ」も、夫が前に使っていたコンパクトデジカメ(数年前のLumix)を、自由に使っていいことになっている。
しかし、それも建前は父から“借りている”。
夫の考えは、
「子供がちょっと興味を持ったからといって、ほいほいと高価なものを与えるのはよくない。まずは手元にある機械を使って、どんなものが撮れるのか、研究して可能性を探るべき。
人から借りたものを、もしもなくしたり壊したりしたときに、責任が取れるのか。自分の小遣いの範囲内で責任が取れるものでなければ、持つべきではない。」
ということだ。

「アキタコマチ」も、恵まれているというのか、スタートがいきなりデジタル一眼や一眼のフィルムカメラだったものだから、「コンデジなんて……やっぱり一眼じゃないと!」という固定観念ができてしまったらしく、父がいくらそう言っても、言い返しはしないものの心から納得はしていないようだった。
“だって、オレは一眼で撮りたいんだよ!でもどうしたらいいんだろう?!”

この夏休みに、祖父母が息子たちをフランス旅行に連れて行ってくれた。
祖父(夫の父)は、夫と同じカメラ(Nikon D70)を持っている。
しかし祖父はカメラにも写真にもぜんぜん興味はなくて、夫が買ったものだからなんとなく自分も同じものを買ってみたというだけのことで、実質は宝の持ち腐れになっている。
祖父は旅行中、「アキタコマチ」にほとんどカメラを渡しっぱなしでいたようだ。

「アキタコマチ」は、自由にカメラを使って、「フードがついてない、望遠も広角もない、こんなんじゃいいのが撮れないよ!」などと生意気を言いながらも、いろいろ試して撮ってきたようだ。

*祖母(夫の母)が、「アキタコマチ」の撮ったフランスをまとめてみたという。
コチラ→フランス旅行の写真

本人は「団体旅行で時間がなかったし、つまらない写真しか撮れなかった……」と悔やんでいたが、並べてみるとそれなりにいい(というより、祖父母の今まで撮ってきた写真がヒドイ)。
祖父母は、孫の腕を見てすっかり感心してしまい、「写真をやりたいのなら、D70をあげよう!(どうせ、持っていてもほぼ使わないし)」と言ってきた。

「アキタコマチ」はもちろん狂喜乱舞。
受け取りに行く日取りまで決めていた。
しかし、そんなふうに話が進んでいることを知らなかった夫が、土壇場で「それはよくない」と言い出した。
理由は、上記のとおり。

祖父母の考えは、
「せっかくやりたいと言っていて、うまくもなっているんだし、そういう子にはどんどん援助して好きなことをやらせてやったらいいのだ。」
というものだ。

嫁に来て私も知ったのだが、この家の家風は代々こんな感じだ。
やる気のある子供には、援助を惜しまない。
夫もそのようにして育てられてきたはずだ。
夫ももちろんそのことはわかっている、けれどもやはり「物事には順番があり、分というものもある。D70は子供がふつうに持ち歩くカメラではない。」という考えは譲れないらしい。
カメラを受け取りに行くはずだった日の朝、我が家はかなり険悪になり、家族会議が長々と開かれた。

悪いことに、「アキタコマチ」はサブ用に持っていったコンデジの充電器を、フランスのホテルに忘れてきて、父親に弁償もしないままになっていた。
「ほら見ろ、そんなふうに自分で責任を取れないやつに高価なものはまだ早いんだ。」
しかも充電器をなくしたのはこれで2度目で、前回はたまたま見つかったからよかったが、今回は怒りを買うばかりとなってしまった。

私は、できることなら一眼を持たせてやりたかった。
とはいえ、夫の考えもわかる。
そうでなくても、今の子供はなにかにつけて贅沢になりすぎているのだから、分をわきまえて現状の中での可能性を考えるというのは正論だ。
でも……写真をやっていて、いろんな先輩たちから指導されて、活き活きしている息子の様子を見ると、やはり思うとおりにしてもやりたい。
私も悩んで黙り込んでしまい、夫から「君の考えはどうなんだよ!」と怒鳴られて初めて、「まあ、なんか、少し安い新品を買ってやるのがいいんじゃないかなあ……やっぱり一眼で撮りたいという気持ちもわかるし。」と言った。

話し合いのはじめには、充電器を弁償して、コンデジで次回の撮影会に行くということに決まった。
「アキタコマチ」は泣きべそだが自分がなくしたのだから反発できない。
ところが、調べてみると充電器の値段が意外と高くて、今からそれを買うのはいかにも馬鹿らしいということに気が付いた(本体生産終了のため)。
そこで、充電器分のお金は「アキタコマチ」が夫に払い、夫が新しいカメラを買ってやるということに決まった。

みんなでヨドバシへ繰り出し、いろいろ較べた結果、やはり最初に触っていてなじみの深いNikonということで、父よりも下位の機種であるD40を買ってもらった。
D40の出始めのころ、「アキタコマチ」は「こんなのD70や80に較べたら、ださい!」とか言っていたのに、やはり初めての自分だけのカメラ、しかも一眼というのは格別らしく、もうとろけそう。
抱いて寝るかという勢いで、喜んで、いろいろ撮りまくっている(デジでよかった……)。

夫も、なんだかんだ厳しいことを言ってはいても、自分も好きだから、ヨドバシへ来るとカメラ関係のコーナーに何時間もいたりする。
これからは細々としたことを、夫にアドバイスしてもらうのだろう。
新品を買ってもらえたところで私はお役御免ということになった。

「そもそもカメラは趣味性の強いものだから、貸し借りということは基本的にはしないものだ。
D40も、出てしばらくしているし、そろそろ新製品が出るだろう。今買うのはマヌケだということはわかっている。でもこれがうちにとっては最良の選択だ。
お前は初めての、誰のお古でもないものを買ったんだから、新製品がすぐに出たとしてもこれを大事に使え。上位機種に行くのはしばらく先だ。わかったか。」
「うん!わかった!」

祖父母にも、電話で経緯を伝えて、納得してもらった。
祖母は「私がお父さん(うちの夫)の意見も聞かずに勝手に約束したものだから、『アキタコマチ』にぬか喜びさせてかわいそうだったかと思って……」というので、新品でうれしがっているから大丈夫と言った。


こういう話に、正解はないと思う。
それぞれの家や個人の考え方なので、型にはまった答えはない。
だから毎回、一生懸命みんなで話し合わなければならない。
カメラひとつでこんなに家族が話し合うとは思いもしなかった。
でも私は、今回の騒動で夫や祖父母の考えなどを知れてよかったと思う。
渦中の人「アキタコマチ」も、自分を大事に思う周りの大人たちが、自分のためにこれほどいろいろと言い合っているのを見て、自分なりに感じるところもあっただろう。

「アキタコマチ」は、勉強については目を覆うばかりだが、センスと、驚くような営業力がある。
彼に欠けている実直さを、たくさんの人との関わりで身につけていってほしい。

「せっかく写真を通じていろんな立派な人たちにかわいがられているようだから、それを応援してやったらいいんじゃないの。
目端が利いてすばしっこく動けるというのは、俺らにはない、あいつの才能だし。
地道にがんばる、というのは今のあいつに一番必要なものだろう。
これから試されて、揉まれていけばいいんだ。
今の世の中、なんでも横並びに勉強・勉強じゃねえぜ。目先の利くヤツが勝つんだよ。
幸いうちは子供もいっぱいいるし、それぞれにいいところを伸ばしてやったらいいだろう。
こいつは勉強、こいつはぜんぜんちがう道、なんていうのもおもしれえだろう。
写真を長くやるにせよやらないにせよ、あいつにとっていい機会に恵まれたということだろう。ありがたいことだな。」

カメラを買ってやった日の夜、夫はそんなことを言っていた。
学校の先生である人の口から「いまどき勉強・勉強じゃねえぜ」なんて聞くと、可笑しくなる。
自分は一人っ子で、一応、親の敷いたレールの上から大きく逸れてはいない夫だが、「アキタコマチ」の無軌道なお調子者ぶりには、私も夫も驚かされる。
しかし、親が腹を括らないといけないことも、だんだんと起きてくる。
カメラ購入よりもっともっと大きな岐路に、立たされることもあるのだろう。

とりあえず険悪ムードから脱して、よかったよ……今週末は初めての写真展があり、準備に追われている(詳細こちら)。
買い出しなど、まだまだ親がサポートしてやらないといけないので、私もなんだかあわただしい。
でもできるだけのことをしてやろうと思う(交通費とか。交通費は痛いなあ〜!)。

by apakaba | 2007-09-18 23:56 | 子供 | Comments(34)
2007年 09月 17日

正面向きと横並びと、どっちが好き

ゆうべ、餃子だったのでいつもの3倍のビールを飲んでしまった。
焼きたてが熱くて、唇をやけどした。

夫は暑がっているが彼の席は冷房の一番当たらない位置にある。
それで温度をがんがん下げるので、他の人たちはみんな寒くなってしまう。
子供がみんな食べ終わっていなくなり、空席ばかりになったので、
「こっち来て食べたら?」
私の隣の席が冷房の風直撃の場所なので。

いつも、私の正面に座って食事をしているのだが、「暑い暑い」と言って隣に来た。
「あれ!変な感じ。いつも正面にいるのに隣だと変だわ。」

家の食卓でいつもとちがう位置でごはんを食べると、勝手がちがって妙な気分。
真横に並んで餃子を食べているのってなんだか中華料理屋みたいだ。

ふたりで飲んだり食事をするとき、正面向きと横に並ぶのと、どっちが好き?

高校生のときの友だちで、
「あたし、正面だと緊張しちゃってしゃべりにくいの。眞紀にまっすぐ見つめられるとドキドキしちゃって。ねえ、横に並ぼう!」
と言われて、ふたりで並んでお好み焼きを食べたことがある。
私は「おかしいってば、女二人でこの並び……」と内心思っていたのだが、まるでつきあい始めの恋人のようなことを言う彼女の意を汲んであげた。

その後、私にも「ステキだー」と思う人(女子ではなく男性です)が現れて、その人と何度か飲みに行ったのだが、一度目は正面向き、二度目は横並びだった。
二度目の横並びは体の距離が近くなって「やったぜー!」と思ったのもつかの間、横並びは……お顔が、見えないのね。
顔が好きな人だったので、
「顔が見たいよー!顔ー!」
と悶絶しているのだが、そのためにはかなり努力して姿勢を彼のほうへ向けていないといけなくて、なんだかな。
正面を向いてしゃべっている限り、彼の目にはおでんの鍋しか映っておらず、私の表情もまったく見てないわけだ。あーあ。

三度目は正面向きで満足満足。
やっぱり、好きな人とは「視線を交わしたい。顔(と、様子)が見たい!」という欲望はあるので。
四度目、五度目は……まあいいかそんなこと。

いつの間にかつまらない昔話になってしまいました。
とりあえず、ゆうべは餃子で横並びになって変な感じがしたな。

by apakaba | 2007-09-17 11:56 | 生活の話題 | Comments(15)
2007年 09月 15日

ビタミン群摂取についての妙な考察

ゆうべ、“ヤンソンの誘惑(じゃがいもとアンチョビのパン粉焼き)”を出したのに「ササニシキ」が「もうお腹いっぱい」と言ってあまり食べない。

私:なに言ってるの、食べなさいよ。これだけだと野菜が足りないから。
サ:はぁーじゃがいもって野菜なの?
私:リッパに野菜だよ。じゃがいものビタミンCは熱を加えても壊れにくいんだよ。
サ:よく知ってるんですねえおかーさん。でもじゃがいもってオレが思うに野菜とは感じられない。サワヤカじゃない。
私:ああ、サラダとかがいいわけだね。でもじゃがいもも、炭水化物も多いけどビタミンCも多いんだから。

サ:オレ家庭科ぜんぜんだめなんだけど。覚えられないよそんなこと。ビタミンとかいうけどCばっかりが有名じゃん、他のビタミンはなんだっていうの。なんであんな細かく分かれてるの。
私:それぞれに働きがちがうからだよ。それに、欠乏すると体の具合が悪くなるじゃないか。
サ:たとえば?ビタミンAは?
私:とりめ。←即答
サ:あー聞いたことある。B1は?
私:かっけ。←即答
サ:ふ、おかーさんなかなかやるじゃない。B2は?
私:成長障害。←即答
サ:Cは?
私:壊血病。←即答
サ:じゃあDは?
私:クル病。←即答

サ:おかーさんなんでそんなにすらすら言えるの。どうしてそんなに覚えてるの!
私:おかーさんは食べるのが好きだから。高1のとき、家庭科の「食物」のときだけ、10段階で10だったよ。
サ:へー、オレ10なんて取ったことない。得意の社会でさえ8だもん、やる気なくなってる。他の科目でなんて一生ムリだよ。
私:「食物」のときと国語はいつも10だったぞ。
サ:だってどうせ××高校での10でしょ……たいしたことないでしょう……
私:あはは、まあなー。

サ:だけどかっけとかクル病とかって。今そんな病気になる人いるわけ?聞いたことないんだけど。ビタミンって、摂らないとそういう病気になるっていっても、じゃあなに、ビタミンを摂る理由は“その病気にならないため”という意味しかないの?なにか体にいい働きをするんじゃなくて、“その病気にならない”というだけの効果しかないの?そんな理由で食べるなんてさあー。
私:んなわけないだろう……欠乏したときの話でしょう……

なんかこの子は、考え方がふつうの人とずれてる。
こんな理屈のつけ方をしているから、覚えられないんだろうなあ。

でも「ササニシキ」とは、たまにこういう会話をする。
星座の一等星、知ってますか
老いては子に従え。ろこーきょー事件は説明できますか
いずれも「ササニシキ」が小6だったころの話。
下のふたりとはなぜかこういう会話はしないなあ。

by apakaba | 2007-09-15 16:14 | 食べたり飲んだり | Comments(6)