<   2007年 10月 ( 21 )   > この月の画像一覧


2007年 10月 31日

夜にごはん食べたらダメだ

風邪で寝てばかり。
内科で処方されるPLといういわゆる風邪薬は、眠り薬ですね。
あれ飲むと何時間でも眠れます。
ここ2日は一日あたり12時間以上寝てるわ。
寝過ぎで顔がむくんで1.5倍よ。
寝るたびにちがう夢を見られるから楽しい。
薬で、気を失うように眠ってしまうのは気持ちがいい。
寝るのがなによりも大好きだから。

夫が胃痛になってから一週間、酒を抜いているので私もつきあって抜いています。
私ってアル中じゃないんだ〜とわかってうれしい。
いつもいっしょに飲んでいるから、胃の具合の悪い人を前にして一人で飲むのはつまらない。

だから、毎晩ごはんをきっちり食べている。
そして眠り薬で寝てばかり。
数日で2キロ太ってしまった。
ふつうは風邪を引くと食欲も落ちるものだが私は体調が悪くても食欲が落ちることがないので。
夜にごはん(コメ)をしっかり食べると、飲んでだらだらしているよりも着実に太るんだなあと思い知った。

by apakaba | 2007-10-31 20:56 | 健康・病気 | Comments(4)
2007年 10月 30日

駄菓子屋のお遣い

「ササニシキ」は、月に一度、妹の「コシヒカリ」にお遣いをさせる。
「オレは部活や勉強で忙しいんだから、ヒマな『コシヒカリ』が行ってきて。」
と勝手なことを言って、駄菓子屋で1000円分の駄菓子をまとめ買いさせている。

内容はだいたい以下のとおり。
ブタメン(カップ麺)
ど〜ん太郎(うどん味のスナック)
ぐるぐるもんじゃ(ベビースターラーメン入り即席もんじゃ焼き)
チョコまん(チョコの入ったマシュマロのようなもの)
30円ジュース
甘いか
よっちゃんいか

いずれも添加物たっぷりらしきくだらない味のお菓子だ。
いつも、「釣りはいらないよ」といって1000円渡すが、かならずきちんと単価と数量を計算してぴったり1000円になるように個数を指定しているので、お釣りが出るわけがない。
だから「コシヒカリ」はお駄賃をもらったことがない。

「『ササニシキ』お兄ちゃんはいつでも『釣りはいらないよ』って言うくせに!けちなんだからまったくもう〜!」
と陰でぷんぷん怒るが、やはり6歳上の兄には逆らえないので買い物に行く。

「コシヒカリ」が兄から渡されたメモを見ながらすごい分量の買い物をしていると、駄菓子屋のおばさんは不憫がって持ちやすいように袋をくれたり、おまけしてくれたりするらしい。

「コシヒカリ」が戻ってくると、「ササニシキ」はいっしょに中身を確認する。
「30円ジュースのピーチ味は?」
「なかったの。」
「こんなに買って駄菓子屋のおばさんに『バカだ』って言われなかった?」
「言われるわけないでしょ、お客なんだから。いっぱい買うお客にバカだなんて言うわけないじゃん。チョコまん20個にはちょっとびっくりしてたけど。」
「『あらびっくり!』って言ってた?」
「ふふふふ、そんなこと言わないよー。」

お駄賃なしでもよく働くこと。
なんだかんだいっても仲がいい。

by apakaba | 2007-10-30 21:21 | 子供 | Comments(6)
2007年 10月 29日

1990年の春休み.70 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
カトマンズの安宿、ホテルブリクティは、シャワーが止まったり道の野良牛が騒がしい。
マネージャーの若者ラジューのフルヌードに驚く私。どたばたの一夜が明ける。

c0042704_18231587.jpg


ネパールの田舎の風景は、まるで日本と見まごうほど。


3月3日(土)晴
 すっかり朝寝坊した。
 この宿は食堂がないので、朝食をとるために部屋を出た。フロントにはラジューを始め従業員たちがまたもたむろしていた。
 ラジューはゆうべの断水のことを謝っていた。しかし裸だったことについては、なにも照れた様子がない。例の女の子もいたので、「あなた方は、恋人同士なの?」と尋ねてみると、果たしてそうであった。ゆうべのすごい直感は当たっていた。
 彼女は、香港の人で、二十歳で、ラジューに会うためにカトマンズへはもう10回以上も来ている——と、ラジューのセーターを編みながら話してくれた。最初はつんつんした人かと思っていたが、明るくかわいらしい人だった。でもやっぱり香港人だけあって、気は強そうである。
 ラジューは23歳だという。ふたりは我々が唖然とするほどやたら愛し合っていた。あまりにも幸せそうなので、朝食前だというのに立ち去るきっかけがつかめなくなり、お茶まで出されて長々と話をしてしまった。

 そんなこんなで、朝食が12時になってしまった。
 少し奥まったところにある小さな店を見つけて入ってみた。混み合っていなくて、穴場である。
 ほうれん草のポタージュスープを頼んだら、感動の旨さだった。以来病みつきになり、ネパール滞在中何度もほうれん草スープを注文することになるのであった。
 今日は観光をせずに、洗濯をする日に決めた。ヴァラナシでずっと天気が悪かったから、思いきりたくさん洗濯をして、屋上に干した。

 ヒロとテンポというか、息の合わないことがよくある。
 洗濯物を干すときにもちょっとそんな感じになった。
 言い合いとまではいかないが、なんとなくぎくしゃくするのはなぜだろう。
 私のせいなのかな。いやにヒロのしぐさや口癖などが気になって、それを彼女に遠慮なく言ってしまうのだ。うるせい女だ、と思っていることでしょう。ふつうはそういうことは口に出さないからなあ。

 ヒロと一緒にいると、ヒロが鏡になる。
 彼女の気になる部分を目の当たりにしたときに気になっている自分が、気になる。こんな細かいことをいちいち指摘して、もしかしたら、私がとても心のせまい人なのかな、とか。寛容さが、彼女に対して欠けているみたい。
 今回の旅行ではやけに反省することが多い。日ごろ気づかなかったイヤな自分に気づいてしまう。特異な環境のなかで、逃れようなくずっとふたりでいるせいだろうけど。

by apakaba | 2007-10-29 18:24 | 1990年の春休み | Comments(5)
2007年 10月 27日

どうして車間距離を詰めるの

大嵐の中を用事があってかなり飛ばした。

高速道路で、私はだいぶスピードを出すほうだが、追い越し車線がちょうどいい具合に(自分の走りたいスピードとぴったり合っている状態で)等間隔に車間が開いているときってあるでしょう?

そのときに、異様にぴったりとケツに付けてくる、もとい、車間を詰めてくる後続車がいるでしょう。
あれはどうしてなんだろう?
私ひとりが追い越し車線の中でご迷惑をおかけするほどのろいということではない。
みんながちょうど気分のいいスピードで車間距離をあけて走っているのに、キミなんなの。
もっともっと飛ばしたいのに追い越せないから苛立っているのかな。
走行車線もいっぱいだから走行車線側から追い越すこともできず、やり場のない気持ちを私のケツにぶつけているつもりなんだろうか(本当にぶつけられたら事故だが)。

顔が見えないから気持ち悪い。
向こうもこっちの顔が見えないんだけど。
見えたらさらに苛ついたりしてね。

by apakaba | 2007-10-27 23:37 | 生活の話題 | Comments(14)
2007年 10月 26日

たまには仕事の話

小学校3年生の算数で、「あまりのあるわり算」を習います。
最初は“割り切れない”という現象に割り切れないものを感じている子供たちもやがて慣れて、ちゃんと計算ができるようになります。
でも、算数の苦手なタイプの子が、何度出題されてもまちがえてしまう式があります。

1÷3とか。
5÷8とか。

これを、いったいどう考えたらいいのか、途方に暮れるようです。
とにかく計算しなければならないから、1÷3だけどこの際3÷1になってもらって答えは3!とか、5÷8なんてできっこないんだから、ええい引いちゃう。無理だとわかっているけど8−5、で、答えは3!とかね。

あなたなら、そんなふうにパニックになっている子供に、どう解説しますか?
私はね。ふふふ。
こう教えると、一発なんですよ〜。
これでまだ「できない、わからない」と悩む子は、一人もいませんよ。
答えは明日!

by apakaba | 2007-10-26 23:27 | 生活の話題 | Comments(17)
2007年 10月 25日

そして夫も倒れる

ゆうべ、夫が胃の痛みで苦しみ、大学病院の夜間外来へ連れて行っていた。
夕方6時半頃から病院をあちこち当たったあげく、大学病院しか当てがなくなり、帰宅したのが12時前だったので、長い夜だった。

検査をいろいろやったが一過性のものだろうということで、痛み止めの点滴を受けて終わった。
もともと胃腸の弱い人なので、疲れとか暴飲暴食とかの要因がたまたま重なって発症したのだと思われる。
ゆうべは点滴をしてもあまりよくならず、発熱もして相当に苦しがっていたが、今日は落ち着いたので、まあ徐々に治ってくるだろう。

帰宅が遅いので夜の食事が遅いし、毎晩必ず飲み過ぎて食べ過ぎている。
私の作るごはんがおいしすぎるのがいけないのか?!とか冗談を言ったりしたものの、今日からはしばらくアルコール抜きでおかゆだ。
今日は仕事を休み、様子を見ている。
残ったごはんを使ったただのおかゆを出しているのに
「うまい、うまい。いやーありがたい。みそ汁もうまい。ごちそうさまありがとう!!」
と喜んでいる。
あなたは食べるしか人生の楽しみがないの?!

ゆうべの夜間外来では夫が一番具合が悪そうだった。
ひとり、大動脈が切れているとかで緊急手術となった男性がいたが、その人以外は、みんなすごく元気。
すごく元気なんて言うのはおかしいけれど本当に、ほとんどが老人ばかりで、カーテン越しに声を聞いていると、どう考えても深刻ではない。
年を取ると気弱になるんだなあ。
そして、心細くて、誰かに相手をしてほしいんだな。
それもわかるけど……、でも、より深刻な人のためにベッドが必要なのに、そんなにおしゃべりをして先生を独占しないでほしい!
おかげでおとなしく苦しんでいる夫のところへはちっとも様子を見に来てくれない!

「先生、泊まらせてよ、まるでベッドがないから追い返されるみたいで……じゃあいいよ、××病院に泊まらしてもらうよ。」
とか、“深刻な状態ではなくて薬も出ない”という軽症の患者さんたちは、まるでホテルのように入院を考えているように聞こえる。
私など、「入院になったらどうしよう。またお金がかかっちゃう。入院だけはカンベンしてよ」と祈る思いでいたのに。

「俺さあ、心臓がすっごくドキドキして苦しくて、でも休み休み一人でここまで歩いてきたんだよ!2時間かかったよ!」
と、あるお年寄りが女医さんに自慢する。
「へえ、すごかったねえ、どこから歩いたの?」
「新宿東口!」
ちょうど子供と同じように、先生に褒めてもらいたいのだった。

こういう相手には正論を言って理屈で理解させようとしてもダメで、「へえ、そうなのー」「えらかったねえ」「うん、いいのよ」などと受け流すほうが、思い返せば無意味であるのに、会話がちゃんとスムースに進む。
お年寄りたちは、納得したようなしないような様子であるにせよ、なんとなく捌かれて帰宅していく。
そしてベッドが空き、次の患者さんが寝かされる。
そういうところは、男性の医者より女性のほうがうまく対応しているように聞こえた。

混雑した大学病院の夜間外来など、誰も好きこのんで行きたくはない。
近所に、夜中でも診てくれるような開業医でもあればそれで解決する人がたくさんいるだろう。
でも昔じゃあるまいし、今は医者も自分の休みをしっかり確保する時代になっている。
24時間態勢で仕事に没入する医者など、減る一方だろう。
叔父が産婦人科の開業医をしているが、昔気質の医者なので、“お産は年中無休、24時間処嫌わずのものだから、なにかあったらいつでも診る”というのがポリシーだ。
それでその医院はこの少子化時代にも人気があるわけだが、今はそういう仕事の仕方は、医療の世界でも流行らない。
だからとにかくなんでもかんでも大学病院送りということになり、ますます大学病院が大混雑となる。
なんとかならないのかねえ、この有様。
子供のようなことを一晩中言っているお年寄りがあんなにどっさりいるんですよ。
ゆうべ、夫は苦しがりながらも
「“老人科外来”を作れよ……とりあえずそこで対応をさせろ……」
とうめいていた。

いろんなことを考えさせられた夜だった。
しかし長い夜だったなー。
次男もケガ、従兄もケガで夫も病院送りですわ。
そういう時期なのかな?

by apakaba | 2007-10-25 16:53 | 健康・病気 | Comments(11)
2007年 10月 23日

従兄もケガ

私の従兄が、今、ICUに入院していると母から聞いた。
従兄は50過ぎのおじさん。
母によると、こういうことらしい。

酔っ払って自転車で転び、気を失って倒れていたところを、見知らぬ通行人が病院へ担ぎ込んでくれた。
鎖骨を骨折していて、顔と頭も強く打っているので、精密検査のためにICUに入った。
事件性を疑われ、警察が通ってきて調べている。
家族も一度に二人までしかお見舞いに行かれず、担ぎ込んでくれた人にお礼を言いたくても、こちらからコンタクトを取ることを許可されない。

……ほんとにさー。
人騒がせだなー。
どうしてみんなヨッパライで自転車に乗るのかね。
本当に、危ないんだから。
私の友だちも、足をねんざしたり骨折したり、大変なんだから。
その通行人はきっと、親切で助けてくれたはずだけど、人助けも難しくなっているのね。
自分で運ぼうとしないで、周りに声をかけて救急車を呼ぶのが正解だったのか。

by apakaba | 2007-10-23 18:31 | 生活の話題 | Comments(7)
2007年 10月 22日

とんだ誕生会

c0042704_15264388.jpg


夫の誕生日がもうすぐなので、前々から、今日は誕生会をやることになっていた。
夫は実家に行く用事があって夜まで留守だったので、私は朝からかなり念入りに掃除をした。
午後になり、そろそろケーキを焼いて、献立を決めて……と考えていると、遊びに行っていた「アキタコマチ」の携帯から電話。
息子ではなく、友だちの声だ。
ぎょっとする。

「あのーボク、『アキタコマチ』くんの友だちなんですけど、『アキタコマチ』くんが公園で遊んでいるときに遊具ですごく頭を打って、今、すごく血が出ているんです。」
「公園?キミたちどの公園にいるの。『アキタコマチ』は自分でしゃべれる状態なの。」
「ええとー、××公園です。ええとー、はい、しゃべれますけど……すごい血で……それでどうしたらいいでしょう?!」
お友だちは血を見て完全に動転しているようだった。
でも電話口の遠くから、「だいじょぶだってー、もう止まるー」とかわめいている息子の声が聞こえる。
本人にかわると、かなり痛いけれど一人で帰ってこられるというので、帰宅を待った。

一目見て、悪いけどブッと吹き出す。
だって、髪の毛が血糊でバリバリにかたまって、すべて斜め上の方向に針のように突っ立っていて、顔中が赤インクでいたずら書きをしたみたいに血だらけで、マンガかバイオレンスな映画の中でしか見たことないような人物が戻ってきたから。
血の跡で丸くメガネをかけたようになっている目が、いつもよりぎょろぎょろしているから、これは興奮状態で痛みをあまり感じていないな?とすぐにわかる。
「すごいなあ。写真、1枚いっとく?」
と最初に聞くと「いや、いい。」と言うので、傷口を見ると、縫った方がよさそう。

救急外来に連れて行き、案の定、少し縫った。
ケーキを焼くどころではなくなった。

今日はこれからかなり痛がるはずなので、早めに痛み止めを飲ませるようにとのことで処方箋を出してもらった。
ところが。
今日は日曜で、どの薬局も閉まっている。
いったん息子とクルマを家に置いて、機動性のいい自転車に替えてあちこちまわってみるがだめ。
ケーキだけでなく、晩ごはんの支度さえおぼつかない……泣きたくなってきた。
8軒まわって、やっとあいていた薬局があった。

「アキタコマチ」に安静を言い渡すとヒマだから東野圭吾の『探偵ガリレオ』を読みたいという。
シリーズを2冊買って、ケーキも買った(焼けなかったのが無念だが)。
「アキタコマチ」は、
「オレのせいでこんなことになって。お父さんの誕生会なのに。ごめんなさい。」
としょげているので、
「まあ、子供の怪我には慣れているから。あんたたちは本当にさんざん怪我してきているからね。」
となぐさめる。
「お父さんに、誕生日のプレゼントを買いたい。」
と言うので、クルマでコーヒーの量り売りをしている店に連れて行く。
「アキタコマチ」は、最近は毎年、この店でブルーマウンテンを煎ってもらってプレゼントにしている。

すっかり夜になってしまったと思って焦っていると、今度は「ササニシキ」が、
「お父さんのプレゼントを買いたい。」
と言い出す。
「ササニシキ」は、最近は毎年、ふだん飲んでいるよりも少しいいワインを買ってプレゼントにしている。
「オレ一人だと未成年で買えないし、おかーさんがいいのを選んで。」
と言うので、自転車でしかたなくつきあう。
「ササニシキ」は父親からがみがみ怒られてばかりいるくせに、行事となるとけろっとして「お父さんにプレゼント」とか言い始めるから、不思議な奴だ。

もうダメだ、本当に遅くなってしまった、と思いながらものすごく早くごはんを作って、どうにかこうにか夕食時に間に合わせた。
5人が揃うのは最近では本当にめずらしい。
簡単な食事をして、それぞれがプレゼントを渡す。
私も、最近は毎年、ネクタイをプレゼントしている。
「コシヒカリ」が自分で創作した人形劇を上演する。
朝からストーリーを考えたり、小物を作ったりしていた。
「コシヒカリ」は、最近は毎年、劇をやっている。

私は最近は毎年ネクタイ。
「ササニシキ」は最近は毎年ワイン。
「アキタコマチ」は最近は毎年ブルーマウンテン。
「コシヒカリ」は最近は毎年人形劇。

今年は「アキタコマチ」のアクシデントで危ないところだったが、なんとか形になった。
いつまで続くか。
いつまで続けるのか、というべきか。
やるほうの意志の力しだいかな。

by apakaba | 2007-10-22 01:19 | 生活の話題 | Comments(7)
2007年 10月 20日

中学校の文化祭(のオモヒデ)

おとといの日記に書いたように、中学の文化祭へ行ってきた。
練習していたコーラスは、まあ、あんなもんでしょう。

それより、自分が中学生だったときの文化祭のことをいろいろと思い出した。

子供が多い時代だったから、1年生のときのクラスは一学年で12クラスあった。
翌年、隣町にもう一つ学校を新設して生徒を移したが、それでも一学年7クラスあった。
よくもまあ、そんなにたくさんの生徒が体育館に押し込められて、課題曲と自由曲と各クラス2曲ずつ唄って、我慢して聴いていたものだなあ。
今日なんて、出たり入ったりしてたった4クラス分ほどしか聴かなかったのに、私はすでに飽きてしまい、正直言って『まだ終わらないの〜?もういいよ、歌は……』という気持ちだった。
子供たちががんばっている姿はたしかに美しいけれど、でも飽きるよやっぱり。

この中学は、クラス展示や部活の発表などはいっさいなく、ほとんどただの合唱コンクールとなっている。
盛り上がらないことよ。
合唱コンクールにしても、12クラスあって優勝をめざすのと、3クラス(2年生は2クラス)しかないところで優勝をめざすのではライバル心の強さがぜんぜんちがうだろう。
自分が行事大好きな子供だったから、さびしいなあと思う。

私は高校生までとても目立ちたがりで、合唱コンクールでは当然、一番目立つのは指揮者だから、ずっと指揮者をやっていた。
だって威張れるし、自分の思いどおりに歌が盛り上がると気分いいじゃないの。
で、もちろん優勝を3年間とりつづけた。
合唱はチームプレイだから私のおかげということでもないのだが、ムードメーカーになっていたのは事実で、他のクラスの担任が、授業中に
「“○○さん(私のこと)のいるクラスは優勝する”ってジンクスがあるようですから。うちのクラスも打倒・○○さんのクラスということでがんばっていますよ。」
とか言われた。
先生のこんな発言、今だったら問題になってしまいそうだが、当時はのどかなものだったな。

2年目にも案の定優勝すると、あとから上級生の男子に、
「本当は絶対6組のほうがうまかったよ。オマエが7組にいるから、審査員が7組のほうがうまいって暗示にかかって、それでオマエのクラスが勝てたんだよ。」
などとも言われた。

中学生になると、女子はほっといても青春ムードに走っていくものだが、男子をいかに乗せて唄わせるかが指揮者の頭の痛いところだ。
あの年頃の男子って、“歌なんて、ケッ、だりーよ”という態度を示すのがかっこいいと思いこんでいるから。

今日も、見ていると女子は一生懸命、男子は体が斜めに傾いていたりして、これはいつの時代も変わらない光景だな。
指揮の私は、当時どうやって男子を乗せたんだっけ……ということを思い出そうとしていた。
でも、あの年頃の男子って、よたっているわりには、「がんばろう!」みたいに盛り上げると素直に言うことを聞く。
多分、そうやって励ましたり怒ったふりしたり、あの手この手で乗せたんだろうなあ。

自分の中学生時代。
もうべつに、懐かしくは、ない。
今の自分とは似ても似つかない、つねにハイテンションで大活躍!な自分など、もうどうでもいい。
ただ、生徒が少ないので、ちょっとさびしいなあと感じただけ。
次男は、遠目から見るとまあまあ唄っているように見えた。
しかしよそのクラスの発表を聴いている間は、明らかに飽きているように見えた。
私も飽きていたので、あとでとくに責めなかった。
と、いう土曜日。

by apakaba | 2007-10-20 23:44 | 思い出話 | Comments(13)
2007年 10月 18日

歌を唄って自分を知ろう!

次男の中学校の文化祭はあさってだ。
私は、PTAのボランティアで、コーラスに参加する。
お手伝い制度の中の簡単なボランティアなので、おととしも参加した(そのときの記事はこちら→コーラスの練習へ)。
今年の曲目は、松田聖子の『瑠璃色の地球』と荒井由実の『やさしさに包まれたなら』。
練習日が3回あり、前の2回に行かれなかったので、今日初めて練習に行った。
練習の少ない人はメロディーを知っているソプラノに入るのが無難、ということでやっぱり今年もソプラノ。
私の声は低音だがたまに高い音を出すのもいいでしょう。

2曲とも知っている歌だからと高をくくっていたが、唄い始めてみると意外な難しさのあることに気づく。
耳で聴いただけで覚えた歌を、楽譜を読みながら楽譜に忠実に唄っていくのは、最初から楽譜で知った曲よりもかえって大変なのだった。
どうしても、自分勝手な唄い癖が染みついてしまっている。
しかも、これは私の性癖というのか、私は歌手の歌を“できるだけそのまんまマネして唄う”のが好きだ。
好きっていうか癖だ。
だから歌というよりむしろ物真似だ。
そのことは以前、当欄でも書いた(歌とか。表現すること。)。
“聖子唄い”“ユーミン唄い”にならないように忠実に唄うのが、思いがけないほど苦労であった。

それにしても今日の練習では、ナニゴトにつけても、独善的になってはいけないなあということを実感した。
歌唱指導の先生に注意されないと、「これで十分きれいに唄えている」と思いこんでしまうのだが、先生は厳しく注意を入れてくる。
「“はひふへほ”ははっきり、大げさに発音してちょうどいいのです。とくに一音目。“光の矢を放ち”の“ひ”。“二人を包んでゆくの”の“ふ”。これがきちんと聞こえないとのんべんだらりと聞こえます。」
「スラーでつながっている音の伸ばす長さをきちんととってください。中途半端に伸ばすとなんともだらしなく聞こえます。」
楽譜の一つ一つをしっかり再現しようという緊張感を忘れて、雰囲気だけで唄ってしまうと、こういう事態になる。

今日は勉強になったなあ。
テレビに出て活躍している歌手の人々は、みんなこういう基本的な歌唱指導を受けているのだろうか?
とうていそうは思えない人々が多いけど、お金を稼いでいるんだから、実はきっと皆さんすごく練習しているんだろう。
発声って大事だなあとも思った。
ふだん、生活していて、自分の声がきれいかな?とか、いい声が出せているかな?なんて意識することはまずない。
指導されて唄っていると、「あ〜、今のあたし、いい声〜」とか「うへー、苦しい声〜、高すぎる〜」とか、自分で感じる。
こんなちょっとした時間なのだけど、自分を知る機会になるなあと思った。

by apakaba | 2007-10-18 23:04 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(9)