あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ

<   2007年 12月 ( 19 )   > この月の画像一覧


2007年 12月 31日

今年もお世話になりました。

今年もたくさんの方がココを閲覧してくださったことに、感謝しています。
来年もがんばって文章を書きます!
懲りずにつきあってください。
年初には恒例、本のBest10!をやります!

今年は、40歳になったことが大きなことだったな。
節目ですから。
40歳になりたかった。
私は年齢には四捨五入を採用しているので、35からは年を聞かれると「もうすぐ40です」とずっと答えてきましたが、やっとホンモノの40歳ですわ。

嫌なことや辛いこともたくさんあるけど。
明るく暮らしたい。
今日も、たくさん笑って、幸せな大晦日でした。

by apakaba | 2007-12-31 21:20 | サイト・ブログについて | Comments(16)
2007年 12月 30日

誰も褒めてくれないが……

きのう作ったモノ
・栗きんとん、特大のさつまいも8本裏ごししました。筋肉痛だよ。手がガクガクですよ。栗も1キロ。
・紅白なます、1キロ作りました。スライサーとか文明の利器ナシよ。すべて手だよ。

今日作ったモノ
・お煮しめ、8種類煮ました。たけのこ・人参・どんこ・ごぼう・こんにゃく(手綱に作ったぞ)・れんこん・里芋・きぬさや。ゆうべから命のだしを作っておいたので。鍋を8回洗うのがメンドクサイんだわ。
・昆布巻き、にしんを巻くのが好き。最高にうまくできた!!
・紫花豆、ま、いつもどおり。おいしいよ。
・酢ばす、酢の物って出るんだよねーあっという間に。でも酢の物好きの家なのでどっさり。

明日作るモノ
・松前漬け。ゆずと人参をいっぱい刻んで入れるのさ。
・田作り。これが時間かかるんだわ……シンジラレナイ分量ですよ。お店みたいな量だよ。
・伊達巻き。キョヤジさんから自家製がウマイとコメントいただいたので、さっそくやってみる。初の試みだ。これでうまくいけばもう高いの買わなくてすむぞ!
・数の子。無添加無漂白の国産数の子を、ぬるま湯につけて薄皮むいて、だしにつけ込むとおいしくなるでしょ。
・元旦の新年会に持っていくごちそう、いくつか。


ああ。
なぜこんなにがんばるのか私。
料理嫌いとは思えないがんばりようだわ。
これで朝ごはんも昼ごはんも晩ごはんも、きちんとしたもの出してます。
1年中、手抜き料理ばっかり食べさせているからなー。
年に一度、お正月くらいは、私もきっちり料理が作れるところを見せないと家族に申し訳ない、って思っているのよ。

しかし年々、作る分量が増えていって、年々、手作りが増えている。
今回はとうとうすべてが手作りになった。
末っ子が高校生くらいになったら、いったいどれだけ作ればいいの?
なます3キロとか?
今からほんとに気が重いよ。

とにかく、めんどくさがりやの料理嫌いなものだから、年に一度がんばると褒めてほしくてしょうがないんですね。
奥さんはどこもみんな働いてるのに、浅ましいわ私って。
ここらへんがまだ未熟だなー人間として。
皆様もよいお年を。

by apakaba | 2007-12-30 20:39 | 食べたり飲んだり | Comments(10)
2007年 12月 28日

おせち料理の材料、安物ばかり選ぶが

「じゃっ、あとよろしく!」
子供たちに大掃除のつづきを頼んで、スーパーへ買い出しに走る。
毎年、ぎりぎりまでおせち料理の準備の買い物をせずにいるので、今年は早めに買い出しをすることにした。

お煮しめ用。
八頭、里芋のほうが安いし人気があるから里芋でいいの。
京人参、こんなのいりません。ふつうの人参のほうが好き。3本で158円。これを買いそうになるが、箱入りだと10本入って298円、迷わず箱買いに変更。なますにも使うし。
どんこ、安売り、ありがとう!
たけのこ水煮、穂先だけの軟らかくて高いのと硬くて安いの、もちろん安いほう。
高野豆腐、箱入りと袋入りで値段が倍ちがう。もちろん袋入りの安いほう。
ごぼう、泥付きだと安い。
れんこん、安売りが今日まで。ラッキー。
でもお煮しめと酢ばすと両方にしたら、足りないかも?
手綱こんにゃく買い忘れ。売り切れることはないから明日にまわす。

お雑煮のだし用の花鰹。安いのでよろし。
昆布巻き用の昆布。安いのでよろし。昆布って値段差がすごいわ。
栗きんとん用の水あめ。安物。
くちなしの実。これだけは早いうちに買っておかないと!
大晦日に半べそであちこち走り回った経験が、これまで2度ほどあるので。
きんとんにするさつまいも、鳴門金時高ーい!
これじゃ、うちならさつまいもだけで1500円くらいになっちゃう!
と思ったら、埼玉県産の箱買いだと298円。なんて安いの。
もちろん箱。

田作り用の田作り、買い忘れ。あれがないと家族に怒られる!
なます用の大根1本、安いわ。
丹波の黒豆、なんて高いの。信じられない。
ヤダこんなの。紫花豆でよろし。
黒豆煮ないとお正月って感じがぜんぜんしないけど、いいや。
高すぎるもの。
松前漬けの素、買い忘れ。数の子なんか入れなくていいの。

一人で走り回って、夕飯用と明日の朝食用のものも買い物籠に放り込む。
買い物カートをクルマに何往復もさせる。
血眼で「安いほう、安いほう」と迷わず選んでいく自分が情けなくなる。
「高いほう、高いほう」と選んで買っていったら、この何倍の金額になるのかしら。
高いほうが、きっとおいしくて見栄えもいいんだろうけど、いいの。

でも、私がおせちに決して「安いほう」を選ばないものがいくつかある。
ひとつは、栗きんとんの栗の甘露煮。中国産は買わない。
それから、お雑煮用のお餅。安物の餅は食べない方がマシ。
あと、かまぼこや伊達巻きなどの練り物。
あれは値段と味が正比例だから、ほんの一口ずつになるが、無添加の高価なものを買う。

こう並べてみるまで気がつかなかったが、結局、お金を払っているモノって、私が作らないものじゃないか。
自分で作るものは安物でも努力次第でどうにか食える味にはなってくれるが、素材勝負のものは私にはどうしようもない。だから高いモノを買うのか。今、気がついたぞ。

今年もこれらを調理するのが、最後の仕事かー。
ああ、もう本当に年末だなあー。

by apakaba | 2007-12-28 17:15 | 食べたり飲んだり | Comments(10)
2007年 12月 27日

結婚するなら、ミシンを踏ませろ?

きのう、紅茶くらい一人で淹れられる男になろうという記事を書いた。

昔から、一人で生きられる男がいいと思っていた。
奥さんがいなければなにもできないという、依存心の高い人ってとっても嫌い。
家事もひととおり一人でできる人が好き。
私の結婚相手は、どうかな?

雑誌の結婚特集記事かなにかに、
『あなたの婚約者は、家事ができる人でしょうか?結婚する前に、確認しておきましょう。料理を作らせてみるとか、裁縫ができるか、やらせてみるなど。』
と書いてあった。

夫、当時の婚約者が、うちに遊びに来たとき、
「今日は、ミシンをやるよ!」
といきなり宣言してびっくりさせた。

「誰がやるんだよ?」
「あなたよ。」
「どうして!俺ミシンなんかやったことねーよ。用がねーし。どうしてやらなきゃいけねーんだ!」
「あのね、かくかくしかじか。いまどき、男も家事能力がないと、結婚相手としては失格なんだって!」
「そんなくだらない聞きかじりを……」
「とにかくやるのよ!私はひとつも手を出さないからね。」

ポケットティッシュのケースを縫わせてみることにした。
いっしょに手芸店へ行き、端切れの柄を選んだ。
「これなんかいいんじゃない。」
と婚約者が言ったとおりの布にした。

今では男子にも家庭科の授業があるが、我々の中学高校時代には、男子は体育や技術科をやり、家庭科は小学校以来やらないことになっていた。
だから、ミシンの下糸を巻くところからスタートした。
ボビンケースに詰めて、下糸をセットして、上糸をひっかけひっかけしてセットして、ミシン針に糸を通して。
端切れも、寸法を測って、裁ちばさみで切って、まち針を打って。
私は口だけで指示して、一度も手を出さなかった。
その日の“おうちデート”は、何時間もの裁縫だけで終わった。
婚約者は、その間ずーっとブツブツと身の不運を嘆いていた。

できあがったポケットティッシュケースは、……脱帽というくらい、うまかった。
ゆがみもなく、縫い後はまっすぐで、売り物になるくらい几帳面に仕上がった。
「うまーい!うまーい!私より上手!初めて縫い物をやったなんて信じられないくらい!」
私は素直に感心した。
「俺は何をやらせても上手なんだ。ふっ。」
婚約者は得意になっていた。
二人で大きなプロジェクトを成し遂げたような気分になった。
これなら、結婚しても大丈夫なんだわ!とうれしく思った。

でもその日以来、彼はミシンに指一本触れていない。
私は今でも、そのティッシュケースを持ち歩いている。
本当に上手です。今度見せてあげる。

by apakaba | 2007-12-27 22:02 | 思い出話 | Comments(13)
2007年 12月 26日

紅茶くらい一人で淹れられる男になろう

夕方、部活から帰ってきてすぐにおやつをバクバクっと食べた「ササニシキ(高1)」が、
「紅茶が飲みたい。紅茶があればなあ。」
と言い出す。
「紅茶くらい自分で淹れなさいよ。簡単だから。」
私は台所で夕飯の支度をしているので、最近にょきにょきと背が伸びてきた息子にそばに寄られると邪魔でしょうがない。

「紅茶、紅茶ってどうやって淹れるの。やり方は。」
「一番簡単なのは、茶こし(カップに沈めるタイプ)に葉っぱを入れる。」
「葉っぱって。どこにあるの。」
「ここ。」
「スプーンはどこにあるの。」
「ここ。」
「ああこれか。」

「ちょっと!そんなお客さん用のカップ使わないでよ!」
「だってこれしかないから。」
「いっぱいあるでしょう子供用のが!」
「ないよどこにも。どこにあるっていうの。」
「あるよ!これとか!これとか!」
「あ、ほんとだ。こんないいの(ミスドのおまけ)いつの間にもらったの。オレ今度からこれを使おう。こりゃあいいや。」

「早く飲みたかったら葉っぱをたくさん入れればすぐ出るから。」
「スプーン何杯くらい?」
「2杯くらい入れたら。」
「よしこれでいい。」
「ほら!お茶は湿気を嫌うの!スプーンをつっこんだまま開けっ放しじゃだめ!缶のふたはきちんと閉めて、元の場所に戻す。スプーンも元の場所に戻す。」
「あー。」

「もういいんじゃないの。もう出てるよ。」
「あ〜。これでいい。うまーい。……おかーさんなにしてるの。」
「ごはんを作っています。」
「それアンチョビ?」
「そう。アンチョビを刻んでいます。」
「バーニャカウダソース?赤ピーマンの?」
「そう。」
「アンチョビをひとかけもらうよ。……しょっぱい。」

by apakaba | 2007-12-26 22:46 | 子供 | Comments(10)
2007年 12月 25日

クリスマス、少しずつ大人になる

c0042704_124932.jpg


きのうの朝早く、朝食のパンを買いにスーパーへ行くと、ローストチキン用の丸鶏が、一つだけ前日の売れ残りで半額になっている。
たくさん並んでいる丸鶏の中で、その一つだけが特に巨大だから、きっときのうのお客さんが持てあまして売れ残ってしまったと思われる。
半額につられてつい買ってしまう。
なので、きのうは半日がかりで巨大ローストチキンを焼いた。
スタッフィングにワイルドライスでも詰めればかっこいいがそんな洒落たもの急に準備できないので、タイ米を使ってみる。
年に一度作るだけなので、毎回テキトー極まりない料理になる。
ソースの味つけも、使うハーブも詰め物の分量も火の通り具合もレシピ不在のすべてテキトーで片っ端から忘れてしまう。
だから毎回、はなはだ自信がない。
毎回、なぜかうまく行くのが不思議だ。

c0042704_126633.jpg


これもおきまりのガトー・ショコラを焼くがてっぺんにひびが入ってしまい、粉砂糖でも隠しきれない。
がっかり。
味はいつもどおり。
これがもしも売り物だったらひびのせいで捨てられるケーキだということに誰も気づかない。

1年前のクリスマスの朝、「サンタさん来なかった」としょげていた「コシヒカリ」だったが、ゆうべまためげずに手紙を書いている。
今年、新しく買ったクリスマスツリー(関連記事こちら)に、「アキタコマチ」は言っていたとおりオーナメントを仕込んだだろうか?
「ササニシキ」は、さすがに「コシヒカリ」へのとりかえしのつかないような大ぼらを吹くのはやめたようだ。
しかしあいかわらず
「おかーさん、『コシヒカリ』になにかプレゼント置かないの。」
と気にかけている。

毎年、ここにクリスマスの話題を書いているが、やっとだんだん落ち着いてきたかな。
みんなちょっとずつ、大人になったよね。

c0042704_114403.jpg


……、と、思っていた。

ところが、きのうの夜遅く、「コシヒカリ」が手紙の束を持って、
「ちょっと、出かけてきまーす!」
とパジャマのまま玄関から飛び出していく。
びっくりしていると、隣近所のお宅に手紙を書いて郵便受けに入れてきたのだという。

「な、なんなのそれは。なんて書いたの?」
「ん、あのねえ、“サンタより。”って書いて、サンタから手紙が届いたように書いてあるの。それで、わたしが考えた暗号のクイズがあって、それを全部解くと、差出人の名前がわかるようになってるの。それはわたしの名前なんだけどー。ふふふっ!!」

「コシヒカリ」が寝たあとで「アキタコマチ」に暗号の内容を聞いてみると、お互いの家を訪れて解くオリエンテーリング形式らしい。
「おかーさん、明日でも謝っておいたほうがいいよ。ヘンな手紙だから。」
という。
「コシヒカリ」は、ハロウィンの夜も、仮装してひとりで隣近所をまわって、果物やお菓子をもらっていた。

なんというか、すごいノリだなあ。
私が小さいころには、こういうアイデアは決して出なかったし、隣近所の大人にみずから単身でアプローチをしていくという発想自体がなかった。
近所の大人は、ただの“よそのひと”。
自分の遊びの世界と交わり、遊びに引き込むなんて、思いもつかなかった。
今だって、手紙を配ってきたおうちの方々と、私はふつうの挨拶以上の会話を親しく交わすほどのつきあいでもない。
でも娘はそんなこと意に介さず、思いついたら実行していく。
隣近所のお宅は皆いい方なので、またあそこの家の「コシヒカリ」ちゃんかなと思ってつきあってくれているのだろうか。

ともあれ、自分がサンタになった気分になりたいというのは、去年まではなかった発想だ。
去年は「犬のコーシローにもプレゼントをください」とお願いすることをやっていたが、今年は自分がサンタになった気分で手紙を書く。
これはものすごく視点が転換した証拠だ。
もしかしたら、来年は、もう自分になにかくださいとお願いする手紙はやめて、家族になにかくれるようになっているかもしれない。
兄たちも順番に、自分のことよりも下の子にそっとプレゼントを置くことに快感を覚えるようになっていた。
そうやって順番に大人になって、私にも何十年ぶりかでクリスマスプレゼントがまた来るようになったりしたら、感激するだろうなあ。

by apakaba | 2007-12-25 12:52 | 子供 | Comments(6)
2007年 12月 20日

海老の尻尾食べるか

ゆうべのおかずに、マグロのカマを塩焼きにして出した。
干物とか、金目鯛の兜煮とか、各々の判断でどこまで食べるか残すかを決めるおかずって、人の食べている様を見ていると実にバラエティーに富んでいる。

私は、とにかくずっと食べられる部分を探し続けて残さないタイプ。
残さないばかりか、食べられない部分まで食べられるような気がしてトライしてしまう。
干物だったら皮もひれも骨も全部食べてしまう。
大きな骨も、噛めそうなら噛み砕いて食べてしまうし、固かったら骨だけ弱火で焼いて食べる。

牛の尻尾のシチューだったら(最近は手に入りにくくなったが)骨髄もすすり出す。
鶏の手羽元なら関節の軟骨も食べる。これはみんな食べるか。
天ぷらの海老の尻尾やきすの尻尾も食べる。
ゆうべのマグロのカマには分厚い皮がついていて、みんな残していたが私だけかじって食べてしまった。

蟹の身をぱかっと開くと、中にびらびらしたいかにも食べられそうな部分がある。
母が
「これは“があに”といって、食べられない場所だからね。」
と言うので、
「そうか、ここは食べられないんだ!」
と子供のころに肝に銘じた記憶がある。
“があに”という呼び方は全国区なのか?
国語辞典で引いても、ネットで辞書検索をしても出てこなかったが、があにってみんな知っている呼称なのかな。

どこまで食べる?
とりあえず、海老の尻尾食べる?

by apakaba | 2007-12-20 23:06 | 食べたり飲んだり | Comments(21)
2007年 12月 19日

年配の方にとってのロシア料理

たまにひとりでランチを食べに出かける。
そのほとんどが、エスニックに流れる。
ベトナム料理かタイ料理、ごくたまにインド料理の店へ。
トルコ料理、インドネシア料理などにも行くことがある。
今日はなぜだかロシア料理に行ってしまった。
ロシア料理って、ふだんはまるっきりそそられないのに、年にいっぺんくらい、行こうかなという気持ちになる。

東京で行ったことがあるロシア料理店は以下の通り。

渋谷ロゴスキー、日本で最初にロシア料理を出した老舗だ。
味はふつうだと思う。

新宿伊勢丹会館にあるペチカ、平日のランチはいつでも大混雑。
ランチバイキングを安く提供していて、味も雰囲気もノーコメントって感じ。

一番好きだったのが、神谷町・飯倉交差点のすぐそばにあったヴォルガというかつての名店(写真・解説ページこちら)。
無駄に重厚長大な造りに、気圧され半分、こっぱずかしい気分半分といったなんともいえない非日常的な気持ちにさせてくれた。
ランチでしか入ったことがないが、味もよかった。
しかし何年か前に閉店してしまった。
外観と内装のすばらしさであそこを超えるロシア料理店はもう現れないと思う。

浅草のマノス、ここも老舗で、ロシア料理店にありがちな泥臭さがなく洗練された内装。
土地柄か、お客さんは年配の方のみだった。

そそられないとかいいながらけっこう行っているなあ。

今日は吉祥寺に今年の春オープンしたカフェ・ロシアというロシア&グルジア料理店へ行ってみた。
一番安いランチなので、ピロシキ・ボルシチ・きのこのポットシチュー(パン生地をかぶせて焼いてある)というおきまりのものばかりだったが、まあまあおいしかった。
まあまあおいしい、んだけど、飛び上がるほどにはおいしくない。
ベトナム料理やタイ料理みたいに、毎日食べても飽きないんじゃないかというような魅力もない。
なぜ年にいっぺんくらい食べようとするのかは、自分でもわからない。

私が行ったときは満席で、浅草ではないがやはり年配の方が多かった。
なぜ、お年寄りはロシア料理を食べに来るのか?
前から気づいていたが、ロシア料理店のお客さんは、年齢層が高い。

周りを見回すと、皆さんとても楽しそう。
グルメサイトのプリントアウトを片手にやって来て、ロシア人だかどこだかわからないが目を剥くほどにかわいいウエイトレスに「ダンケシェーン。あ、まちがえた、スパスィーヴォって言うべきだった!」などとはしゃぐご老体二人組。
わいわいと8人くらいの団体でやってきて、美人ウエイトレスに「A(アーと発音)のコースと、B(ベーと発音)のコースと……」と、エービーシーではなくなぜかアーだのベーだのと躊躇なく言って注文する人たち。
(ロシア語じゃなくてドイツ語ですよねえ。)

ロシア料理は、戦後ニッポンでもっともハイカラな料理だったのかな。
みんな思い出話に花を咲かせている。
他のどの国の料理店にも見えない、独特の“ノリ”が、ロシア料理店にはあるように思う。
冒頭に羅列したような各国のエスニック料理には抵抗感があるが、イマドキのフレンチもついていけないし。そんな年齢層の人たちにとって、ロシア料理は、郷愁とある程度のよそ行き気分を盛り立ててくれるベストポジションにある外食なのかな。
なんてことを、ロシア料理店に行くと思う。

by apakaba | 2007-12-19 22:15 | 食べたり飲んだり | Comments(18)
2007年 12月 18日

1990年の春休み.75 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
カトマンズの観光を少年リキシャマンに任せてみたら、最後は思いがけず値段交渉で決裂。気落ちする。

3月4日(つづき)
 リキシャ少年とのごたごたですっかりいやな気分になった私たちは、遅いお昼をヤケ食いのようにいっぱい食べた。
 ケーキとピザとほうれん草スープというむちゃくちゃな取り合わせ、しかもサラダとトースト付き。こりゃもうげぼんげぼんだ。だから太るんだよう。でもちょっと気が晴れた。

 タメル(安宿と土産物屋の地区)をぶらぶらしていると、いやでもセーターが目に入る。ざくざくと極太の糸で編んだセーターが、どこにでも山になって売られている。
 ヒロに言わせるとあれは粗悪品で、すぐにぼろぼろになってしまうらしいのだが、とても購買欲をそそるデザインばかりなのだ。で、かなり真剣に買う気になって検討してみた。ところがどれもこれも私には大きすぎ、あきらめざるをえなかった。

 がっかりしているとき、国境越えのバスで一緒だったフィリップにばったり会った。
 若いフランス人の大男である。スレンダーなすごい美人の女性と一緒だったはずだが、今日は一人でいる。
 バスでは挨拶しかしなかったので、立ち話で初めて自己紹介した。
 ローというガールフレンドは、おなかを壊して宿で休んでいるということだった。あんなに細いのに気の毒だ、というかちょっと羨ましい。食べ過ぎでぶくぶくのワタシをどうにかしてほしい。
 彼らは薬学部の大学生で、我々と同年代だった。ローのことを、ナスターシャ・キンスキーに似てるね、というと、すっごくうれしそうだった。愛してるんだねえ。

 フィリップもセーターを物色中で、一緒に見立ててくれないかという。
 私と逆に体が大きすぎて、デザインよりもサイズを優先して選ばなければならない。
 彼はとても優柔不断で、人の見ているものに目がいってしまい、他の客が試着して戻したものを即座に自分も着てみるのだ。しかしたいていは小さすぎる。
 私たちも親身になって探したが、私たちの見立ては今ひとつぴんとこないらしく、
 「フィリップ、これが似合うよ、大きいし。大きい人によく合う柄だと思うよ。」
 などと言って薦めても、生返事で他人の試着を横目でちらちら見てしまっている。そしてきついのは目に見えているのにトライする。なんだかクマのプーさんを思い出させるような奴なのだった。
 いいかげんあきれて、
 「ねー、ローが治ったらローに見てもらったら?センス良さそうだし、それが一番いいよ。」
 とヒロが言うと、
 「うんっそうする!」
 で試着大会はいきなり終わった。
 まー愛し合うふたりなんだから勝手にしなさい、ということでバイバイした。

 夕方、国際電話をかけに、C.T.O.(中央電報電話局)まで行った。
 ヒロが、来月からの仕事の配属先がもう実家に連絡されているはずだから知りたいというので、ついでに自分も電話してみることにしたのである。はじめは家に電話する気などさらさらなかった。しかしヒロが
 「くっついてくるのがいやなら一人でどこかにいたら?つまんないでしょう。私の用事につきあわせるのも悪いから。」
 と言うのを聞いて、なんかこの人は私にとても気を遣っているのだな、私は初めてのカトマンズを歩いているだけでおもしろいのに。だいいちここまでずっと一緒にきて、いきなり離れるのも不自然じゃないの?じゃー私も母に電話をかけてみるか。と思い立ったのであった。

 タメルからC.T.O.までの道のりは予想外に遠かった。
 なんとなくぎくしゃくした雰囲気のまま、暮れてきたカトマンズの大通りを、ふたりでてくてくと歩く。
 この旅に出る前に、ヒロはくどいくらいに、
 「べつにいつも一緒に行動する必要はないよね。おたがい行きたいところや気に入った場所がちがってたら一時的に一人ずつになってもいいはずよね。」
 とくりかえしていた。
 私はうんうんとうなずきながらも、
 「ひとりにされちゃったら心細いなあ。それにどうしてヒロはこんなに念を押すんだろう。私がお荷物なのかなー。」
 と感じていた。
 ところが実際旅立ってみると、たびたび言い合いをしながらも一度も別行動をとることなく、べたべた一緒にいたのだった。
 このまま最後まで行くんだろうな、といつしか思い始めていた。
 だから国際電話の件で初めて彼女から別行動のことを切り出され、私はまたうじうじと考えてしまった。
 もう帰国の日が近づいているけれど、ヒロは本当はもっともっとひとりでいたかったんじゃないかなあ。旅の相手が私じゃなくて今回も美奈子(*1)だったら、今までの旅の思い出を笑いあったりできたことだろうに。

*1・・・ヒロが前2回のインド・ネパール行きのとき一緒に行ったクラスメイト。

 でも私は美奈子じゃないんだから、どうにもならない。なんか新しい恋人が、昔の彼女とアタシを較べているのねっ!といったノリの話のようで、お恥ずかしい。

 前置きが長くなってしまったが、そういうわけで電話をした。
 電話局のなかは、とても陰気に薄暗かった。
 小さなザラ紙にうちの電話番号を書き、窓口に出し、しばし待っていると、やがて職員から部屋の隅に並んだ個室に入るように促される。
 なかにはぼろい電話があって、受話器の遠くから母の声がした。

 「心配してたよう、たまーにハガキがぽつんぽつんと届くくらいじゃ。ぽいと出かけたっきりいったいどこをほっつき歩いてるのか、ちっともわからないんだから。もう3月よ。」
 まるで心配などしていない、とこちらは勝手に決めつけていたので、母の言葉は意外でもあり、同時に、今までろくろく連絡もせず、この電話だって思いつきでかけたのだという自分の親不孝を、深く反省した。
 けれども、母の声は病み上がりにしては明るく(*2)、“元気でやっているなら、それでいいんだよ”という母親らしい鷹揚さにあふれていたので、心からほっとしたのである。

*2・・・胆嚢摘出手術直後にこの旅に出ていた(私の母はたいていいつでも明るい)。

 「今どこなの?」
 「カトマンズです。」
 「……、カトマンズ……」
 インドの右肩にちょんと乗っかったような小国ネパールの首都がカトマンズなのだということを、にわかには飲み込めないようであった。

by apakaba | 2007-12-18 21:40 | 1990年の春休み | Comments(4)
2007年 12月 16日

クリスマスツリーを買いに

スターあっての、クリスマスツリー!なんて書いたわりには、うちにはまともなクリスマスツリーがなかった。
ビーズで作った高さ7センチくらいのものや、教会のバザーで買った、手作りの高さ20センチくらいのものや、ろうそくがツリーの形をしているものとか、そういう飾り物はたくさんあるが、ちゃんと組み立てて飾り付けをいちいちするツリーを買っていなかった。

今まで、「場所ふさぎになるだけだ」と冷淡だった夫も、娘には甘いので、娘の「コシヒカリ」が
「ツリーほしい!ちゃんとしたツリー!」
と何年もほしがるのをとうとう聞き入れ、“部屋をいつもきれいに整頓すること”を条件として、買うことにした。

渋谷西武のLoftで1時間くらいかけて、どの高さでどんなオーナメントを選ぶか、検討する。
私も飽き飽きだが「コシヒカリ」が興奮しながら一生懸命選ぶので、辛抱してつきあう。
こういうのが本当にうれしくて、ちょっとも妥協できないことは、自分だって昔は子供だったからわかる。
悩み抜いて、やっと、ひととおりのものをそろえた。

その隙に、「アキタコマチ」は「コシヒカリ」に内緒でブーツの形をしてお菓子が入っているオーナメントを買った。
「おかーさん、これはオレのお小遣いで『コシヒカリ』にプレゼントするから。クリスマスの朝に目を覚ますとオーナメントが一つ増えているんだよ。ふふふ。『コシヒカリ』に内緒にして、おかーさんのカバンに入れておいて!」
とこっそり持ってきた。

休日で混んでいるレジでやっと会計をすませて、「コシヒカリ」はどっと気が抜けたらしい。
「さ、じゃあ行こうか。」
とみんなでエレベーターに向かうほんのちょっとした時間で、迷子になってしまった。
夫と私と「アキタコマチ」はそれぞれ携帯電話を持っているから連絡をしあうことにして、手分けしてデパートの中を探す。
外に行ったかもしれないと思って、外の通りも見に行った。

15分か20分くらいたって、3人で首をひねっていると館内放送があり、泣いている「コシヒカリ」を拾えた。

子供が3人いると、迷子にしてしまった経験も数えきれない。
池袋駅、いろんなデパート、スキーに行ったときのホテル、渋谷のスクランブル交差点でも。
親の監督不行き届きといってしまえばそれまでだが、本当に、ほんの「アレ?!」という隙に、子供っていなくなってしまう。
それはある種、防ぎようのない事故のひとつだ。

私は、子供と人ごみを歩くときには、「迷子になったら大変だから!」と、うんと怖く脅かす。
そのかわり、本当に迷子になってしまって見つかったときには「どこに行ってたの!」「だから言ったでしょう!」などと追い打ちをかけるような言葉は言わないことにしている。
大人より何倍も心細い思いをして、必死で探して、駅員さんや店員さんや近くの知らない大人に助けを求めるところまでできたんだから、もうそれだけで十分立派なことだと思う。
離れている間に子供がとっていた行動やおびえきった暗い表情などを想像するだけで、健気さに泣けてきてしまう。
だから、
「ちゃんと連絡できてえらかったね。迷子になったときは、その場をあちこち動いたらいけないよ。探す方はまずはぐれた場所まで探しに行くんだからね。それに、大事な子供を『いなくなっちゃったねえ。見つからなかったね。じゃあ、まあしょうがないから帰ろうか』なんてそのままにして帰っちゃうなんてことは、絶対にないんだから安心して。」
と声をかける。
今日は、私がなにも言わなくても、このとおりの言葉を「アキタコマチ」が妹に言っていた。だから駄目押しはせずに私からは黙っていた。

「アキタコマチ」も、昔は迷子になる天才だった。
2歳のとき、ホテルで迷子になって、館内呼び出しがあったときには、
「こびとがたすけてくれたんだよ。どうしようって思ってトイレで泣いていたら、こびとがおでこに『ホテルの人を呼ぼう』って紙をぺたっとはってくれたんだよ。」
とか言っていた。

ともあれ、ドキドキのショッピングをして、今、子供部屋には美しいツリーが飾られた。
夜の12時までイルミネーションがぴかぴか光るタイマーをセットして(なんでそんなもの持ってるのか?と思ったら、「アキタコマチ」が熱帯魚を飼っていたときの電気のタイマーを応用したらしい。)ぴかぴかを見ながら寝たようだ。

by apakaba | 2007-12-16 22:38 | 子供 | Comments(10)