あぱかば・ブログ篇

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2008年 01月 31日

バーにいないいい女ひとり

某所にて、友だちと『ひとりで飲むか、人と飲むか』という話題をする。
よく言うように、私は、ひとりではほとんど飲むことがない。
家でひとりだとせいぜいビール1本。
ひとり旅だとまったく飲まないか、ルームサービスのできるホテルならジントニック(なぜか決まってジントニック)を1杯運んでもらってさっさと寝てしまう。
街へ繰り出して飲むということも、ひとり旅なら決してしない。
以前にも書いたが、危険回避のためである。
旅先で道連れができれば(比較的積極的に)飲むけれど。
だってやっぱり現地の料理と酒は楽しいものだし。

ふだん、いろんなところへ夫や友だちと飲みに行くが、ひとりで飲んでいて様になっている女性というのを見かけたことがない。
あのいい女たちは、小説の中にしか出てこないのか?

ご近所がみんな顔なじみの居酒屋などなら、ひとりの女性客も楽しそうで、違和感はない。
でもなあ……カッコイイ場所でほど、カッコイイひとり女性客はいなかったなあ。

とある夜景が美しいホテルのバーで、夜景を独り占めするような上席に、30前後とおぼしき女性が座っていた。
お酒を飲むというより、ただ晩ごはんを食べていた。
バーで一番いいポジションを取り、夜景と向き合って寂しげに見えた。

また別の老舗ホテルのバー、カウンターのもっともいい位置に、30代後半くらいの女性。
ちらっと見た限り、待ち合わせだとばかり思っていたが、ずーっと時間が過ぎてもずっとひとり。
宿泊客なのかもしれない。仕事で来ているとか。
でもこのホテルにひとりで仕事で来て泊まっているのなら、仕事面ではかなりの人だろう。
なにがいけないのか、素敵な人には見えない。

めずらしいビールを豊富にそろえているバーで、40代と見える小柄な女性客。
バーテンさんに、不思議なはしゃぎかたで、銘柄を尋ねている。
「よぉっし、飲むぞー!飲んじゃおっかなー!」といった浮かれた調子がなんだか痛々しい。
どうしたのだろうあの人は。
短時間で数杯空けて、終始アニメ風のはしゃぎかたをして、ふいっといなくなった。

それぞれの女性に、それぞれの事情とか、気分とかがあるのだから、私がどうこういうことではないのだが、とにかくなんとなく、イメージとズレている、そればかりかおそらく、彼女たち自身のセルフイメージとも激しくズレているはずだと思われる。
日本人の女性が、ひとりで外で飲むという状態に慣れていないのか?
気の置けないアットホームな居酒屋以外で、いい女ひとり客というのは、どこにいるんだろう。
あー私は遠慮しておきます。危険回避。ナンテね、棄権。

by apakaba | 2008-01-31 23:48 | 食べたり飲んだり | Comments(11)
2008年 01月 30日

部活の顧問に、知らせますか?

「アキタコマチ」がサッカーの試合から帰ってきて、憤慨している。
対戦中学のメンバーから、審判の見ていないところでいろいろ痛めつけられたと。
試合中、ボールが外に出て、ゲーム再開を立って待っているときに、背中をスパイクで跳び蹴りされたり、転んだときに手の指を踏まれたりしたという。
自分だけでなく、メンバーの3人が同じようなことをされて痛めつけられたらしい。
審判は、審判の勉強ということで他校の生徒がやっていて、生徒同士の審判ではレッドカードはなかなか出せないらしく、相手校の生徒に対してはイエロー止まりとなったと。
先生は他の試合を見に行っていて、そのときには誰も先生がついていなかったらしい。

背中と手には湿布を貼ってやった。

「アキタコマチ」は、てっきり私が同調して憤慨してくれるものと思っていたようだ。
私は、
「サッカーというのは、接触プレイがあるスポーツなんだから、凶暴なヤツと当たればそういうことも起きる。世の中、正しい理屈がまるっきり通じないおそろしい相手というのもいるんだ。たしかにこっちに非がないのにひどいことだけど、でも実際、国際試合なんか見ててもひどいじゃない。」
と言うと、がっかりしていた。

そんなにフェアプレイばっかりじゃ、ないでしょう。
どんな相手が来てもしっかり対応できるように、強くならないと。

しかしこの話をあとで夫にすると、
「先生がひとりも試合を見てないなんて、それは引率の先生の監督不行き届きだろう。」
と言う。
なるほど、そう言われてみればそれも一理ある。

なんでもかんでも子供に同調して、すべて学校に責任を押しつける親にはなりたくないのだが、どのへんで口を出すべきか……考えるなあ。
夫婦でも考え方がぴったり一致するわけではないし。
そのたびに話し合うんだな。
怒鳴り込むとかではなくて、顧問の先生と話す機会のあったときに、「こんなことがあったらしいですねー」くらいの調子で言ってみるか。

by apakaba | 2008-01-30 21:12 | 子供 | Comments(12)
2008年 01月 29日

1990年の春休み.78 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
この旅初の国内線飛行機で、首都カトマンズからポカラへと舞台は移る。
イカした兄ちゃんイスルに案内され、まずはホテルへ。

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ポカラといえばこの湖、ペワ湖。
ペワ湖周辺にはホテルやレストランが建ち並ぶ。でも遠目から見るとのどかそのもの。

3月5日(つづき)
 レゲエなイスルと青二な(青二才の略)サイトーくんと連れ立って、やって来ましたホテルパゴダ。10室あるかないかの小さなゲストハウスだ。
 まずは宿主のお父さんがにっこにこの笑顔で現れた。モンゴル系の扁平な顔立ちに親しみを感じる。イスルはお父さんと挨拶すると、友だちでもいるのか、他のホテルへと去っていった。
 次に出てきたお母さんは、お父さんよりずっと年上に見える。日焼けした顔の皺が、深い。おばあさんとしか表現のしようがないひとだが、不思議なほど実にカッコいい。洗髪をしたばかりだったようで、腰まで伸びた洗いざらしの白髪をそのまま垂らして、中庭(ただの洗濯場)のひなたにぺたりとしゃがんでタバコをふかす姿は、もう無敵のカッコよさである。あーっ撮りたい!!とむずむずするが、今来たばかりで部屋にすら通されていないのに、カメラを向けるわけにもいかなかった。あれほどイカした被写体はちょっとないな。

 お父さんもお母さんも、去年ヒロがここに泊まっていたことを覚えていてくれたようだ。ヒロは、いつ例の息子たちが現れるか、とひどく緊張している。部屋に入っても腰が浮き上がったような感じである(なぜなのかを忘れた方は第76回分をお読みください)
 ヒロから聞くところによると、兄のほうはハンサムでクールなタイプで、弟のほうはひたすら笑顔がかわいい少年なのだそうだ。ヒロはおもに弟が目当てなので、ようしじゃあアタシはお兄ちゃんで!(ってなにがよ)と期待に胸を膨らませていた。

 たまっていた洗濯物を全部洗おうと、中庭に出たとき、ついに少年に対面した。
 私は、一瞬、まさかこの子じゃないよね、いくらなんでも子供すぎるぞ、と思った。しかし、次の瞬間に、私たちに気づいた彼が、“にこりんっっっ”と笑ったのを見て、これがそれかと確信できた。緒形くん(緒形直人)のようではないか。
 それにしてもずいぶんやぼったいものを着ている。もうちょっとかまえばいいのに。まあ子供だからサ。とはいえ、彼は19歳である。19といえばあの恋するイブラルと同い年じゃありませんか(*1)。

*1・・・とっくにお忘れでしょう。パキスタンのラーワルピンディーで出会った、親切な若者。悲恋中だった。

 このあどけなさは一体どういうことなのよ説明しろよ。と、つめよりたくなるほど本格派の少年ぶりなのだ。
 でもやっぱりイメージとはちがっていた。彼はけっこうずんぐりしているが、イメージではもっとうんときゃしゃで、リキシャマンのような体つきをしていた。そしてモンゴル系の顔だとは夢にも思っていなかった。もっと甘ったるい、ラルフ・マッチオをガキにしたような、おい、いーかげんにしろ、と言いたくなるようなひどい子供ぶりかと思っていた。
 まあ実際13〜15歳くらいにしか見えないけれど、思っていたよりずっと、なんというか、ちがうかわいさを持っていた。たんなるかわいさを半回転くらいさせたようなかわいさである。
 ヒロを見ると、再会の興奮で本当に顔が真っ赤になっている。会えてよかったのう。
 ヒロはものすごく照れていたが、私は遠慮なくじろじろと見てしまった。
 彼の名前は、ダンラジという。
 彼の出現によって、今後、我々ふたりの平穏な均衡はばりばりと破られていくこととなるのだが、このときはまだ知る由もなかった。

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実はこの写真の中に、親鳥と、雛が2羽写っています。わかんないだろうなあー。

 ダンラジとの対面はこれくらいにして。
 ポカラはとてもあったかい。幸せがニコニコと胸元に訪れてきたようなあったかいポカラだヨー。しかし日焼けは免れそうにない。袴姿の卒業式が控えているのに、ここでどす黒い顔になるわけにはいかない。日焼け止めをひたすら厚く塗りたくって外に出た。
 サイトーくんを誘って、3人でお昼ごはんを食べに行った。
 ポカラは小さな田舎の村だが、ヒマラヤトレッキングの入り口であるため、外国人観光客向けのホテルやレストランは相当な数に上る。明らかに供給過剰だ。トレッキングをしなくても、カトマンズより遙かに間近く見えるヒマラヤの連なりをただ眺めたり、村随一の湖ペワ湖でボートに乗ったり釣りをしたりするだけで、もう身も心もとろけるくらいゆったりした気持ちになれるところなのだ(私たちはトレッキングはおろかボートにさえ乗らなかった)。

 湖に面したオープンエアのレストランで、オムライスとピザを食べた。さすが観光地だ、いろんなメニューがあるものだ。ああ幸せだ。あの、からいもの地獄のインドはとーーーくに去っていったよう。
 サイトーくんにほうれん草ポタージュを「絶対おいしい!ぜひ注文してっ!」と強烈に薦めたら、おいしいおいしいと言って飲んでいた。
 食後に、「チョコレートプディング」と「バナナカスタードプディング」というのを頼んでみた。なにしろ甘いものには目がないアタシたちである。
 「もう本当にインドじゃないのね!(しつこい)」
 「ぷでぃんぐなんて食べもん忘れ果ててたよねー!ああ期待が膨らむ!」

 ところが。さんざん待って運ばれてきたぷでぃんぐは、やけどしそうに熱かった。そして、かたちがなかった。いわゆる「プリン」を、子供がよくやるみたいに、スプーンでぐじゅぐじゅかき回してお皿に空けたみたいな、へんてこなしろものだった。
 私たちは激しく失望した。これは、卵と牛乳で作ったプリンじゃなくて、コーンスターチをお湯で溶いた「スターチプディング」ってヤツだね。こんなインチキプリン、食えるかあ!とやり場のない怒りを覚えつつも、甘いもの好きの性でとりあえずどんどん食べてしまう。
 チョコレートのほうは、頭痛がするほど甘かった。あとでバナナのほうを食べると、まったく味がしなくなっている。まるで、ごはんを炊いたときにできる、ぺなぺなした「糊」を食べているようである。おいしい食事の締めくくりに、とんだ変なものを食べてしまった。もっとよく勉強してほしい(*2)。

*2・・・5年後にも、ポカラのレストランで親子丼を頼んだら、ピーマンと人参が入っていて苦笑した。栄養面ではこっちのほうが良さそうだったが。きゅうに観光地になってしまった田舎では、へんてこな食べ物が出てきておもしろい。

 そこに偶然イスルも来て、マトンだかチキンのマサラ(からい煮込み)を頼んだ。
 「食べてみる?おいしいヨ!」
 とあいかわらず屈託なく誘うので、ひとくち試しにもらったら、私には、涙があふれるほどからい。ネパール入りして以来、堕落しきっている私の舌は、もう二度とあんなからいものは受けつけなくなっていたのだった。
 それにしても気持ちのいい場所である。イスルが飛行機の中でくり返しいいとこだと言っていただけのことはある。私は、湖を眺めるのはすぐ飽きてしまうほうなのだが、ここの湖はヒジョーにいいよ。
 少年たちがつぎつぎに飛び込んで泳いでいる。
 あまりの気持ちよさに、私もすんでのところで泳ぎそうだった。あと2年若かったら泳いでいたことでしょう。年をとったものだよ(*3)。

*3・・・今では、22歳のくせになに言ってんだというところだが、これより前には、服のまま海に入ることなど平気だった。二十歳過ぎから、こういうことは恥ずかしいでのは……と考えるようになってきた。

by apakaba | 2008-01-29 21:07 | 1990年の春休み | Comments(4)
2008年 01月 28日

夢で会いたい

うとうとしていると、夢を切れ切れに見る。

夢の中でもうとうと寝ている。
外の様子がいつもとちがうような気配を感じて、夢の中でふと目を覚ます。
起きあがって、通りに面した窓を開けようとしたら、ガラス窓と雨戸が中途半端に開いたり閉じたりしていて、隙間に厚さ2センチほどの木の板が第二の雨戸のようにしめてあった。
第二の雨戸のような木の板のせいで、部屋の中は半端に暗くなっていた。
ベランダに面したサッシにも、やはり木の板がはめてあった。
いつの間にこんなことされたんだろう?
誰がやったの?
ほんの少し見えている隙間から外を見ると、どの家にも同じように、窓枠に木の板をはめられているのだった。

少し怖くなったが、しーんと静かなので開け放ってしまおうかと腰高窓のほうへ一歩近づいた。
木の板を通して、人の息づかいを感じた。
中をうかがっているのか。
板越しに、外にいる人と向き合う。
誰、あなたは?
2階の部屋で窓の外にいるのだから、足場を組んでうちの窓に木の板をはめた人間なんだろうと予想をたてる。

勇気を出して木の板をちょっとずらして開けてみた。
思ったとおり、足場に立って、男の人がいた。
なんというか、その人は、けっこう、“好みのタイプ”だった。
彼は作業でとても疲れているといった風情でやや顔や服が汚れていた。
怖いという気持ちはなくなって、
「あのーこれはいったい、なんですか。この板は。外でなにが起きているんですか。」
と尋ねてみた。

「怖がらせてしまってすみません。僕はこのあたりの窓を一時的に塞いで、中にいる人が外を見えないようにする仕事をしています。実は、このあたりで年金記録が宙に浮いた方が多く見つかって、その方たちが問い合わせにいらっしゃる臨時の窓口が、お宅のお隣なのです。それでプライバシーの保護のために、入り口までに長く臨時の通路を設け、近所の方から見られないように窓を塞いでいます。」
うちのお隣がどうしてそんな窓口機関になっているのか?
彼の肩越しに外をのぞくと、本当にうちの隣は社会保険事務所のようなものになっていて、玄関にぴったりと、濃い青色のバスが停まっている。

停まっているというより、むしろ玄関に正面から突っ込んでいるような状態だ。
そして、同じ濃い青色のバスが何台も何台も、最後尾と最前部を密着させて数珠繋ぎになっていた。
「あのぴったりつながったバスはなんですか?」
「あれはバスに見えますが、バスではなくて、通路なのです。飛行機に乗るときの通路のような……つなげればいくらでも長くできます。あれが、誰がお隣へ入ったかが近所の方にはわからない仕組みなのです。」
そこまでして年金受け取りを秘密にしなければならない理由がわからなかったが、夢なのでなんとなく納得してしまう。

それよりも、2階の窓の外と中で立ち話をしているのが変だと思い始めた。
彼はなぜか犬を連れていた。
昔風に刈り込んだ白いプードルだった。
「この犬は喉が渇いていそうですね。よかったら、入りませんか。うちも犬がいて犬と遊ぶのが大好きだから、喜びますよ。どうぞ。」
と、さっきまで布団を敷いて寝ていたままの部屋に、見ず知らずの男性を上げようとしている。それも、2階の窓から。

「いいんですか?」
彼はとまどう。
「僕こんな汚い恰好だし。2階の窓から入るなんて悪いなあ……。」
「かまわないですよ。あなたも喉が渇いているみたい。上がって。」
異様な展開だが夢なのですんなり。
「そうですか……じゃあ、おじゃまします。」
彼は窓から侵入してきた。
犬は家に入るとプードルではなく、太り気味の柴犬に変わっていた。
「あら、柴だわ。うちの犬も柴なんですよ。かわいいわあ。うちのと仲よくしてね。」

階段を降りながら、突然に自分の行動の大胆さに気づいて、自分のすぐ後ろにぴったりくっついて降りてくる男性の体を意識して緊張してしまう。
こんなふうにふたりっきりで、なにしろ窓は塞いであるし、もしなにかされたら、どうしよう?
町は廃墟のようになっていて、外にはひとけもないし。
階段の中途で急に足がすくんで、私は立ち止まってしまう。
すぐ後ろについてきていた彼は私にぶつかって、もろともにつんのめって落ちそうになってしまう。
「どうしたんですか?」
背後から支えながら尋ねてくる。
「あ、あのあの、ええとあのー。私……。」

振り返って、見上げて、なにを答えようとしたのか……そのときに、本当に目が覚めてしまった。
ああ、その先を知りたい!
必死で目をつぶってみるがもう二度とあの人は現れてくれなかった。

by apakaba | 2008-01-28 18:27 | 生活の話題 | Comments(6)
2008年 01月 26日

1990年の春休み.77 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
カトマンズから飛行機に乗って、ヒマラヤが近くなるポカラへ移動。
レゲエ風出で立ちのネパール人ミュージシャンのイスルと出会い、いっしょに機内へ。

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3月5日(つづき)
 イスルとしゃべっているうちにわずか40分のフライトは終わってしまった……なんてもったいないことをするわけがない。なにしろ生まれて初めての、ヒマラヤである。

 感動で、胸が震えた。
 白い山々に、ただただひれ伏すような気持ちだけが湧き上がってきた。
 インド平原の人々は、ヒマラヤを“神々の座”と呼ぶという。活字と写真のみでそれを知っていてもまるで現実感が伴わなかったのに、こうしてひとたびこの目で見てしまえば、もうそれ以上の呼称はありえないと思えるほどばっちりびったりはまっていた。
 神々の座、神々の座……と、幾度もくり返しその名を口の中で呼んだ。
 「あそこに、神がいる。」と傍らの誰かにいわれたら、そうですね、となんの疑いもなくうなずけるような、素直にいろんなことが信じられるような、言いしれぬ興奮で、心臓がどきどきした。ことばで表現しようとするほど空回りしていく感じは、ガンガーを見たときと同じだ。

 やはり旅はいいのう。としずかに感動にひたりたいのに、私の傍らにはなぜか先ほどの日本人オババ、オババの山なのである。あーあ。皆さんすでにコーフンの極みにあり、きゃあきゃあ叫びながらせまい機内を右往左往し、窓際の私の体にすっかり乗っかって写真を撮りまくったりしている。まあいいんだけど。コーフンの仕方がはた迷惑なのよね。

 空から見下ろす風景が、また、おもしろかった。
 畑を作って人が住んでいるところは、まるで山羊が皮を剥がされたやつみたい(バザールでよく売っている)だなと思った。鳥瞰図のようなせまい段々畑である。
 畑より標高が高くなった、緑の山々は、生きているそのままの山羊みたい。
 空から見ると、あからさまにちがう。人の手の入っているところは。
 皮のない山羊、そのままの山羊、遠くに神々の座。
 川が思いきり蛇行して流れていた。
 その取り合わせがおもしろかった。空からの景色って、理屈抜きのおもしろさだ。ただ単純に喜べる。

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 飛行機は、原っぱにザザザと簡単に着陸した。なんてせまい空港でしょう。せまいというより小さい小さすぎる。空港の建物はバンガロー程度の大きさ。国内線にも乗ってみるものだなー。
 空港のトイレに入って戻ってくると、ヒロがいつの間に知り合ったのか、学生風の若い日本人と仲よくしゃべっていた。この青二才は誰なのと考えながら近づいていくと、ふたりは「高峰三枝子がいる!」とか言っている。
 振り返ると本当に、例のオババ軍団に囲まれて、高峰三枝子がいた。同じ飛行機に乗り合わせていたのだな。ずいぶん小柄な人であった。お化粧をすんごく厚くしていたが、やはり一般人とちがって美しい。なんだってこんなとこに来ちゃったんでしょう。あのとりまきとともにトレッキングするのだろうか。想像するだけでげんなりしてきた。もう二度とあの騒がしい人たちに会いませんように。

 日本人の青二才(失礼!)はサイトーくんといって、他のホテルにするつもりだったらしいが、イスルと我々がホテルパゴダへ向かうと聞いて、「オレも同じとこにしようかなー」とついてきた。
 まったくサイトーくんはサイトーくんというだけですべてを言い表せるような人である。久しぶりに会った、なんとなく友だちになれそうな日本人だ。
 4人で空港からホテルまでの道のりを歩いた。
 ポカラは、聞きしにまさる田舎だった。
 ぽかぽかした陽射しがいい気持ちだ。野っぱらの真ん中のような田舎道を、ぶっとんだカッコのイスルが歩いていくのは大変異質な感じがする。でも彼は、ポカラが大大大好きなのだ。グルン族の伝統的居住地域がポカラ周辺なので、愛着もいっそう深いのだろう。

 のんびり歩くうちに、いよいよホテルパゴダに到着した。さてどんなところなのだろうか?

by apakaba | 2008-01-26 22:56 | 1990年の春休み | Comments(0)
2008年 01月 25日

朝ごはんのメニュー覚えてるかーい

夜のごはんは割と覚えてるけど、朝になにを作っているか、食べたそばから忘れていく。
作るときもほぼ眠ったまま、食べているときもほぼ眠ったままだからか。
思い出してみよう


今朝の朝ごはん(=弁当のおかず)・・・
人参とぶなしめじを煮た
コロッケ
厚焼き卵
紫花豆を甘く煮た(でもかなり甘くない)
白菜とゆずの浅漬け
ゆかりごはん
かき菜とねぎのみそ汁

さすがに記憶が新しいので覚えていた。



きのうの朝ごはん(=弁当のおかず)・・・
さばの一夜干し
ピーマンのたらこ炒め
紫花豆
きゅうりの浅漬け
厚焼き卵
ごはんとふりかけ
なめことお麩のみそ汁

かなーり苦労して思い出す。もっとあったような。


おとといの朝ごはん(=弁当のおかず)・・・
ソーセージと玉ねぎのケチャップ味
ニラ玉
わかめの混ぜ込みごはん

うむむむ??もう思い出せない!
私がいくらダメだといっても二品しか作らないわけはないのだが……(これじゃふたつの巨大お弁当箱が埋まらないし)
でもこうして書いてみると、朝だけでもけっこうたくさんの品目だしいろんな栄養を摂れているものだな。

よく、お弁当の写真を毎朝写真に撮ってアップしている主婦のブログとかあるじゃない。
あれすごいなと思う。
私はほぼ眠ったまま、ほぼ吐きそうな具合で(貧血ですから)調理しているからあんなこと絶対できない。
不機嫌そのものだもん。

でも上のように字で書いているだけでも、なんかとても自分がえらいような気になってくる。
これくらい誰だって作るし食べてるのに、記録してあるとすごくリッパなように見えない?え、見えない?私は見えるわ。

食事って食べれば消え失せて、1回ずつどこにもなくなってしまうからまったくありがたく感じないけど、記録になっていると少し達成感が増すよね。
お弁当写真主婦ブログの気持ちは、自分は真似する気力ないけどわかるなあー。
あれがたまると、「えらいなあ私って」と思うのだろうな。
ワカルワカル。
ごはん作っても誰も褒めないし他人は知らないから、記録したくなる。
褒められたい生き物なんだよね、人って。

記録の重みが、誰ってわけでもなく自分の励ましにもなるし。
それはごはんのことだけではなくて、いろんな記録も同様で、勉強なら模試の成績とか、スポーツならタイムや得点の記録とか、ダイエット中ならその記録も……そうなんだなあ。

でもあんまりマメに記録すると、今度はそれに縛られて、プレッシャーにつぶされることになりそうで怖い。
朝ごはんの記録も、私はしたくない。
だって人にとうてい言えないようなヒドイ内容のときも多々あるもん。
私のようなそんなにお利口さんじゃない人にはマメな記録は向かない……!

by apakaba | 2008-01-25 08:52 | 食べたり飲んだり | Comments(5)
2008年 01月 24日

運転が遊び

めずらしく一日中、予定がなくて、晩ごはんの支度も半分くらいできていたら、なにをするか。
どこか行きたい。
冬物最終処分のセールに行く?
行かないわなあ。
服買うのは概ね、メンドクサイタイプです。

用事はないけど渋谷までクルマで行くことにした。
行って帰るだけでは芸がないので、渋谷では一番いいホテルへ行くことを思いつく。
セルリアンタワー東急ホテルのティーラウンジでも行くか。
おしゃれな服を着て、めったに履かない黒のショートブーツを出したりする。
U2のHow to Dismantle an Atomic Bombを、家では決してかけられないくらいの大音量にする(よい子は真似をしてはいけませんね。)。

電車で行くことが多いいつもの繁華街へクルマで行くのは好きだ。
新宿へもよく運転して行くが、渋谷のほうがさらに好きだ。
視点が変わるのが楽しい。
ちょうど、カヌーをやっていたころ、岸から眺める風景と川から眺めるそれがまるでちがって見えたのが楽しかったように。

スクランブル交差点は平日の昼間でもどっさりの人だ。
自分が渡る側ではないとみんなバカ面に見えるから可笑しい。
横断歩道で信号待ちしていると、クルマは自由に前へ進むことを妨げるただの物体。
人が乗って運転しているなんて誰も考えていない。

高速道路を運転するのもいいが、あまりよく地理のわからない街を冷や汗かきながら迷うのもいいものだ。
東京の都心は、時間さえたっぷりあれば好きなだけ迷っていられる。
カーナビつけない派なので、道路地図を見たり見なかったりしながら、いつの間に思っていたのとぜんぜんちがうルートを走行している。
立体交差!
一方通行!
右折禁止!
幅員減少!
工事中につき他の道へおまわりください!
幹線道路から脇道へまちがえて入ってしまうと、延々と遠回りすることになっている。
次々とやってくる困難にあえぎ、半べそで自分の方向音痴を呪う。
これがまたおもしろいんだ。
危機脱出したときの快感はカーナビ頼みでは味わえない。
ま、時間がなければ「なんでうちはカーナビないの!?最悪だよこのクルマ!」などと罵るのだが。

学生だったころ、夜中に意味なく運転して出かけた。
横浜のはずれだったから、行くのは鎌倉か横須賀、または横浜の港方面。
夜道の暗さが好きだった。あの辺、夜が暗いんだ。
今は都心の道が愉快だ。
東京を運転するようになって、初めて圧倒的な都会の運転が楽しいということを知ったなあ。

あー、ホテルのお茶?高いよ。もう行かない!

by apakaba | 2008-01-24 16:58 | 生活の話題 | Comments(25)
2008年 01月 23日

2007年に読んだ本、Best10!(その4)

やっと最終回。
前回までの分・・・
2007年に読んだ本、Best10!(その1)
2007年に読んだ本、Best10!(その2)
2007年に読んだ本、Best10!(なぜか先に番外)
2007年に読んだ本、Best10!(その3)


9...
カシオペアの丘で(重松清 著)


だいぶ前に読んでいたのだが、冷静に評を書くことができず今日まで来てしまった本。
幼なじみだった仲良し4人組が、ほぼ30年の時を経て再び会うことを決める。
かつての恋人同士だったり、ライバルだったり、絶交したり、結婚していたり。
そのうちのひとりが末期ガンを宣告されたことから、4人も、4人を中心としたさまざまな人間たちも、また自分の生を見つめ直すこととなる。

……こうしてあらすじを書くといかにも陳腐な小説のように見えるのだが……たしかに、ストーリーそのものはさして斬新なものではないのだが、それなのに、読んでいた数日間、ずっと泣きっぱなし。
読みさしのページを開いて続きを読もうとするだけですでに泣きそうになっている。
これは重松さんのストーリーテラーとしての才能というよりも、重松さん自身が感じて、受け止めている、生きることの重さと大切さが、そのまままっすぐに表れているからだと思える。
そうでなければ、ただのお涙頂戴な安っぽい流行小説で終わってしまうはずだ。
家庭を持つ男が愛する奥さんと子供を置いて、ガンになって死んでいく、なんて、誰だって読めば悲しくなる。
でもそれだけではない、死を語りながら、生きることを照らしていく。
こんなことを、当たり前だけれど山っ気なしで真正面から読者に語りかけることができるとは、やはり重松さんは稀有な人だといわざるをえない。
何度かお会いしたことがあるのだが、本当に真摯で、“人が好き”な方だと感じた。
彼自身の人柄のよさと真面目さと人間味の深さが、今までの作品の中で一番はっきり出ている作品だ。

この本に評をずっと書けなかった理由はもう一つある。
主人公の4人が、自分とあまりにもぴったり重なってしまい、平常心を失ってしまうほどだったからである。
生まれた年が同じ。
だから時代の世相も同じ。
4人のなかの一人だけの女性は、私と同じ大学・同じ学部学科へ進学し(重松さん本人がそうなのだ)、同じ街を歩き、キャンパスの同じ場所で恋人と待ち合わせし、同じように二人で遊園地——それも同じとしまえんなのだが——の、現存する世界最古のメリーゴーラウンドの前に立ちつくしていた。
そしてなによりも、私がこの本を手にとって読んだ去年は、主人公たちと同じ年齢、39歳だったのだ。
本の中の人物たちはこれからも永遠に39歳。
でも今の私はもうすでに39歳ではない。
架空の彼らと同じ年に生まれ、同じ年月を過ごしている……まさにぴったりと。
この、偶然にしてはできすぎな偶然の重なりには、興奮で背筋がぞくっときた。
だから、主人公たちの過去や現在に、ひとつひとつ必要以上に感情移入してしまって、ひたすら涙が出てしまう。
重松さんが私のために書いてくれた、なんてあろうはずはないのだが、ちょうどぴったりのときにこの本に巡り会えて本当に幸せである。

でも重なる部分のない人にも、もちろんすばらしい作品として読める。
それが重松さんの普遍的なよさなんだろうなと思う。


10...
転生——古代エジプトから甦った女考古学者(ジョナサン・コット 著・田中真知 訳)


昨年の最後に読んだ1冊。
田中真知さんのファンなので、新しい訳本が出たと聞いてさっそく買った。
訳の文章は、当然、名文家の真知さんなので完璧。
内容はエジプトにさして興味も予備知識もない私が読んでもおもしろいかな、とやや心配しながら読んでみたが、思いのほか読み応えがあって楽しく読めた。

イギリスで20世紀初頭に生まれたドロシーという女性が、3歳のときに階段からの転落事故で亡くなる。
ところが医者が死亡を確認したのにその1時間後にドロシーはなにごともなかったかのように起きあがって遊んでいた。
その事故を境に、ドロシーはおかしなことを口走り始める。

自分は本当は、3000年前のエジプトの巫女である。
ファラオであるセティ1世の愛人だった。
巫女の身でありながら妊娠したことを大神官からとがめられ、ファラオの名を口にするよりは自ら死を選ぶことにした。
そしてイギリス人女性として、現代に転生した。
セティ1世もまた、愛人を失った悲しみに暮れ、3000年の間、生まれ変わっているであろう自分をさがしつづけ、とうとう自分を見つけて、夜になると会いに来てくれるようになった……これは、たんに彼女の妄想にすぎないのか、それとも本当に「転生」はあるのか?
そのことを突き詰めていくという本ではない。
ドロシー(やがてはオンム・セティと呼ばれるようになる)がふたつの生を同時に矛盾なく生きてきたことに驚き、ふたつの生を生きることの可能性を掘り下げていく本だ。

世俗国家でありながら今なお神秘的であり呪術的である、エジプトのムラ社会の様子も活写されており、不思議な読後感の残る、ユニークなノンフィクションだった。
こんなことすべてインチキだ、と断じる向きには読みづらいかもしれないが、ひょっとすると、“今の自分は本当の自分か?”“なぜか、どこにいても居場所がないような居心地の悪さを感じる”というような、自己同一性に悩む人にとって一つの答えを出してくれる本になるのかもしれない。


やっと終わった!
今年もすでに、おもしろい本をバリバリ読んでいます!
また紹介していきます。
皆様も楽しい読書を……

by apakaba | 2008-01-23 16:07 | 文芸・文学・言語 | Comments(2)
2008年 01月 21日

2007年に読んだ本、Best10!(その3)

少し間が空いてしまいましたが再開。


8...
ガラスの宮殿(アミタヴ・ゴーシュ 著・小沢自然,小野正嗣 訳)


インド・パキスタンの英語(を中心とした)文学は昔から目につけば読んでいる。
今までいくつかの作品を読んでみたが、彼らの書くものは例外なくおもしろかった。
彼らは、自国では屈指のエリートであり、たいていオックスフォード大学あたりに進んで、いろいろな学位を修得し、イギリスやアメリカなどでの生活経験が長いため、イマドキのカルチャーにも自国の伝統にも通じている。しかも、負の経験(先進国滞在時の差別体験など)も豊富な人が多く、ただでさえ頭がいいのにそれほど様々なことを吸収した人たちの書くものがおもしろくないはずがない。

この長編小説は、気鋭の現代インド人作家の手になるものだが、舞台はインドのみならず、インド亜大陸とビルマ(ミャンマー)・シャム王国(タイ)・シンガポール・マラヤ(マレーシア)など、南アジアと東南アジアをくまなく巡る。
19世紀末、イギリスの侵攻によってビルマ最後の王朝が倒れるとき、宮廷の侍女であったヒロインと、インド人孤児の少年がマンダレーで出会うところから物語は始まる。
この二人の悲恋が主軸かと思えば、そんな安直な展開ではなく、登場人物の数も膨大なら時間も物語のはじめと終わりで100年以上が経過している。
最後にはアウンサン・スーチーさんも顔を見せる。
まさに20世紀アジアという時空を自在に駆け回った、ダイナミックな小説だった。

さまざまな矛盾した問題をかかえ、複雑に入り組んでいる現代アジア史を、俯瞰しながら傍観せず、あくまで中心は悩みつつも日々を生きていく市井の人間に据えて書く。登場人物ひとりひとりに対する愛情に満ちたまなざしと、必ずどこか自分に似ている部分があると共感させるヒューマニズムを感じる。

読んでいて個人的に楽しかったのは、自分が旅したことのある地が次々と現れることと、ちょこちょこと出てくるヒンディー語の言葉をどれも完全に知っていたこと……二つ目はとくに快感だった。
この本の翻訳には工夫が感じられた。
ルビを振るのに、ある単語(日本語表記の横に)には英語、ある単語にはヒンディー語、ある単語にはビルマ語というふうに振ってある。
たとえば、「公邸」には「レジデンシー」、「奥様」には「メムサーヒブ」、「知事」には「ミョウウン」といった具合に。
こんなルビをわざわざ振らずとも、「公邸」「奥様」「知事」でことたりるのに、あえて現地の言葉を併記するのは、翻訳者の並々ならぬこだわり、言いかえれば言葉というものへの愛着だろう。
読者は、なにげなくこれらのルビを読み流すだけで、無意識のうちに言葉の響きを感じ、彼の地の言葉を耳に近く聞くような気分になれる。

作者アミタヴ・ゴーシュのインテリぶりは、小説が進んで現在に近くなるほど遺憾なく発揮されてくる。
写真家ウェストンの代表作であるオウムガイの写真にことよせてミャンマーの政府を批判するエピソードなど、(笑う状況ではないが)思わずにやりとさせられる。
重厚なクロニクルを破綻なくまとめあげるばかりでなく、膨大な知識がさりげなく織り込まれており、時代をさかのぼった旅行記としても読める。
もちろん、美しいラブストーリーとしても。
やっぱり印パ文学作家はレベルが高くておもしろい!
もっともっと、ジュンパ・ラヒリ以外の作家たちの紹介をしてほしい。


……だめだ、今日は1作だけ……

《追記》
1作というのはあまりにしょぼくれているので、少し印パ文学の紹介を。

『マレナード物語』( K・P・プールナ・チャンドラ・テージャスウィ 著・井上恭子 訳)メインサイトにレビューを載せているのでそちらを読んでください。

『かくも長き旅』(ロヒントン・ミストリー 著・小川高義 訳)

『郊外のブッダ』(ハニフ・クレイシ 著・古賀林幸 訳)

『残夜行』(苗秀 著・福永平和 訳)これはシンガポール作家ですが、参考に。

どの作品も、絶版か絶版寸前だろうが、ワタクシの太鼓判のおもしろさ!
オススメ!必読!
世界にはたくさんのハイレベルな小説があふれているのに、我々がそれを知らないだけなんだなあ……ということにしみじみしてしまう。

by apakaba | 2008-01-21 23:33 | 文芸・文学・言語 | Comments(0)
2008年 01月 20日

いらん男は“虫”!

娘の「コシヒカリ」をクルマに乗せていっしょに買い物に行く。
私は家の中でアクセサリーを着けているのがとても嫌いで全部はずしているのだが、外へ出るときはいつもなんとなく指輪くらいは着ける。
ごく稀に結婚指輪を着けることもある。
「コシヒカリ」は女の子なのでめざとく「あれっ!めずらしい、おかーさんが結婚指輪するなんて!」と驚く。

「あー今日の服にはなんにも似合いそうなのが見あたらなかったから。この結婚指輪はかっこ悪いでしょう。ちっともおしゃれじゃないでしょ。だからめったにはめないの。」
「うん、ぜんぜんかっこよくない。なんか、いかにも地味でフツー。」
「そうなの。もっとおしゃれな形だったら毎日してもいいんだけどね。でもおかーさんが結婚したくらいのころは、こんな飾りっ気のないのが流行りだったのよ。そのあと、小さいダイヤが入ってたり、形もおもしろい形のとかが出てきたんだよ。そういうのだったらよかったなあー!」
「そうだね、マサヒロ君(夫の従弟)なんかいつもはめてるよね。きれいなの。」
「あの子は最近結婚したからかっこいいのしてるのよ。」

「でもおかーさん、結婚指輪はいつでもしているほうがいいと思う。」
「え?どうして?」
「あのねたとえばね。おかーさんがひとりで歩いていて、誰か男の人が見て『きれいな人だなー』とか思って、結婚してくださいとか言い出したら。」

20年前くらいならともかく、この年でとことこ歩いているだけで『きれいな人だなー』の展開はまずないだろうよ……と、もう少しのところでツッコミを入れそうになったが先を聞きたいので我慢する。

「うん、うん。」
「それで断らなきゃいけないときに、『わたし結婚してますので』と口で言うのは、なんかほら、それって……いかにも冷たいっていうか、“いいがたい”じゃない!」
「い、言い難い?」
ずいぶん文語的な表現だなあ……

「いや、あの、だから、いいにくいじゃない!そんなときに、結婚指輪がはまっているのを見れば……」
「はあー、口で断らなくても相手にわかってもらえる、と。」
「そうそう!」
「なるほどねえー!」
爆笑しそうになるのをこらえて、大げさに驚いてみせる。

「だからおかーさんもいつも結婚指輪ははめていたほうがいいと思うよー。」
「そうか。無用なトラブルを除(よ)けるってことね。」
「そうそう。“むしよけ”!」

10歳の娘の口から、男女関係の極意がぽんぽん飛び出すので、運転しながら舌を巻く。
しかも“虫除け”とは。
不要な男を“虫”と呼ぶなんて、当然知るはずもない子供なのに。
娘にこんなこと言われるとはね。
いやー時代は移っていく!

by apakaba | 2008-01-20 23:47 | 子供 | Comments(14)