あぱかば・ブログ篇

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2008年 07月 17日

夏休みとります

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ちょっとバンコクへ……屋台もあるし。


ナンテね。
できたらいいけどねえ。
バンコクに行きたしとおもへども。
バンコクはあまりに遠し。
というわけで井の頭公園内、タイ料理のペパカフェへ。

なんと冷房ナシ。
扇風機ひとつでオープンエアの店内の熱い空気をかきまわす。
暑さが旅の気分を盛り上げます。
深い木立の中に建っているので、思ったよりは暑くない、んーでもやっぱり暑いな。
熱いもの食べると暑い。

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昼なのでビールはやめて、アイスティーとマンゴープリン。
こんなしゃれたものをバンコクで食べた記憶はないけど。

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桜の季節にはあんなに池を埋めつくしていたボートなのに、今日は船着き場を離れているのはスワンがたった一艘だけ。
私は手こぎボートを漕ぐのがとっても上手です。

今住んでいるところが好きだ。
家はすごく静かでなんにも物音がしないし、娘の大好きないろんな生き物もうようよいるし、気分転換したくなったらすぐにぷちバンコク。
服を買ってCD買って恩賜公園の木立を一人で散歩する。
幸せだなあ。

明日で子供たちも夏休みに入るので、私もブログの更新をお休みします。
9月にお会いしましょう。

by apakaba | 2008-07-17 22:09 | サイト・ブログについて | Comments(35)
2008年 07月 16日

田中真知さんの新刊『孤独な鳥はやさしくうたう』

「あのう。今まで『田中さん』と書いてきましたが。よかったら『真知さん』と呼んでもいいでしょうか。」

7年ほど前に、メールで書いた。
こんなことを頼んだ唯一の男性だ。
男性を名前で呼びたいと思ったこと自体、他の誰にもなかった。
彼に真知という名前はとても似合うと思っていたから。
真実をしるすという私の名前は、新聞記者だった父の考えた名前だ。
それなら、真知さんは、真実を知る人?
真理を知る人?
知こそ真なりという意味?
その名前を、どなたがつけたのかは知らないが、彼にはその名前しか考えられないほど似合う。
なぜなら彼の文章には、いつでも“真”と“知”が拮抗して表れてくるから。

初めてのメールに書いたのは、
「どうやったらこれほどに書けるんだろう、といつも打ちのめされます。
個人的な印象だけで書き散らす悪文(自分も含め)が世にはびこるなか、田中さんの文章は、かならず知性と品性が高く保たれ、強靱な思考力に裏打ちされた柔らかい感性をつねに感じます。
英語で言ってみると、ディーセント、グレイスフルって感じです。」
というようなことだった。
そう、私はずっとずっと前から、田中真知さんの大ファンである。

その真知さんの新刊『孤独な鳥はやさしくうたう』は、旅行雑誌『旅行人』に連載されていたエッセイに加筆修正し、書き下ろし一編を加えた、旅のエッセイ集である。
私のような『旅行人』創刊当時からの読者なら、なつかしさで胸がいっぱいになる。
『旅行人』読者でなかった人には、今またあのエッセイが読めるようになって、ラッキーなことだと心から思う。
私はネット時代以前、毎月『旅行人』誌が届くのを待ちこがれ、真知さんのページは最後の楽しみにとっておいた。
密室育児で友だちも周りにいず、人生でもっとも旅を渇望していたころのことだ。

本書に収められた、既出のエッセイは、どれもこれもよく覚えていた。
中でも、入っているといいなあ、絶対に入っているはずだ、と願っていた「マダガスカルの長い夜」が所収されていたことはとりわけうれしかった。
『旅行人』本誌には、孤独さと旅に出たいもどかしさをぶつけるように、ほぼ毎月、ハガキを書いていた。
懸賞の応募や、自分の旅行の思い出話などとともに、真知さんへのファンレターもせっせと書いた。
この一編は、真知さんがご夫婦で旅行しているときに、奥様がひどい事故に遭ってしまった夜の話だ。
これを読んだとき、泣いて泣いて泣いた。
夫婦で大変な思いをして旅をし、大変な思いをしなければ出会えなかったものに数えきれないほど出会ってきて、命に関わるほどの怪我をしてもなお、そんな世界への扉を開いてくれた夫に感謝する。
その、奥様の言葉を読んで、こうやってたくさんの時を分け合い、夫婦として生きるこの人生も旅だ……と感銘を受けた。
当時、力いっぱいの感想文を書いた。それを真知さんが読んでくださったことから、直接の知り合いとなれた。
だから私にとっては、真知さんと自分をつなぐきっかけとなってくれた、大事な話なのだ。
8年ぶりに読んで、また泣いた。

今回、久しぶりに再読してみて、“あれっ?これは、私の作ったフレーズじゃなくて、真知さんの書いたフレーズだったのか!”とわかった箇所がいくつもあった。
『だが、事実を知ったからといって、どうなるというものでもない。それに事実は、往々にして真実とは関係ない。(「イスタンブールのデヴィッド・ボウイ」中)』
など、読んだ当座は“うまいなあ!よくこんなに短くぴったりと書けるなあ!”と感じたのに、しばらくすると自分が考えた表現のように勘違いしてしまうのだ。

誤って水に落とした大事な鍵が、たちまち水底に沈んでいくさまのように、意識の底に、すーっと深く沈んでいくフレーズ。
難解な内容でも文体でもない。
旅の珍エピソード自慢でもない。
旅の“猛者”・旅の“達人”というのなら、他にもたくさんいるだろう。
この本は旅本であって旅本ではない。
彼はむしろ、旅人というよりは旅の傍観者として在る人だ。
旅の途上で彼が出会い、ひととき交わったり交わることがないままだったりした周りの人々は、みんなクレイジーで常軌を逸しているけれど、彼だけはどこかいつまでも素人くさく、それだけ身近な人のように感じられる。
本当は、長い旅や過酷な体験を山ほどしてきている人なのに。

『海沿いの道はまっすぐである。左手に岩だらけの平坦な荒れ地が広がり、右手には裁ち落としたような崖がつづく。海からの風に舞いあげられた砂が、半透明ないくつもの帯状の層となって、道路の上を泳ぐように流れていく。(「星の王子の生まれたところ」中』

一文字も無駄がない。
これ以上語れば冗漫だし、これ以下では想像の手がかりが不足する。
あまりに端正な描写のために、名文だということに気づく間もなく、読者の脳裏にありありと“そのまっすぐな道路”の情景が立ち上がってくる。
誰にでも書けそうで、決して書けない文才。
ただの旅自慢と彼の文章の差は、なんだろう。
いうまでもなくインテリジェンスがちがうということはあるにせよ、私には、彼にとっての“読者”の想定に関係があるのではないかと思える。
どの小編も、どことなく覚え書きっぽい……というのが適切でなければ、どこか“自分に宛てた手紙”のように見えるのだ。
昔の出来事を、未来の自分に向けて忘れないように語っているような。
そう、彼にとって、読者は本人なのではないか、と思えるのだ。
“書いてやろう”“こんなエピソードで人を驚かせてやろう”といった根性から遠いから、自意識へ深く沈むような文章が書けるのだ。

私が、メールの中で“私は文章を書くのが好きだけれど、具体的になにをすればいいのかわからず、なんとなくぼけっと暮らしている”とぼやいたことがある。
まだ自分のサイトを作ろうなどと夢にも思っていなかったころのことだ。
すると真知さんから、“書くのが好きだったら書き続けることが一番です。他の誰でもなく自分を唯一の他者として書き続けるというつもりで書いてみたらいかがでしょう”というような返事をいただいた。
その言葉は、なにかを書きたいという気持ちだけはあるのに出す場所の見つからなかった当時、漠然としているようでこれ以上の励ましはないくらいの力を持った言葉だった。
そのあと私は、ほんの小さな場であるけれどもサイトを作って、今でも書くことをやめず、書いて発信することを通じて友だちも増えた。
真知さんは、ご自分で気がついていなかっただろうけれど、その言葉で私を変えてくれたのだ。
そしてその言葉は、彼自身がそうあろうとしている(もしくは、すでになっている)からこそ発せられたにちがいない、と私は思っている。
まず誰よりも自分自身を、地上唯一の読者であると想定して書きたい……書くことで心に自由を得るために。

水に落とした大事な鍵は、穏やかそうな水面からすーっと沈み、しかし水底でギラッと光を放つ。
キラッとではなく、ギラッと。
私なりの真知さんのイメージだ。
穏やかそうだが、ひりひりした感覚を持ちつづけている人。
そのイメージは、自分を見つめて書くことをしつづけていることに由来する。
なぜ“キラッとではなくギラッと”、“ひりひり”なのか、知りたければこの本を読んでほしい。
とくに「父はポルトガルへ行った」は、真知さんの亡くなったお父さんのことが描かれながら、水底で光る鍵のような作家が生まれる理由の手がかりとなりそうな一編だ。

本書中に収められた写真の前時代的ですらあるような不鮮明さも、このネット時代にあって本ならではのなつかしい手作り感を盛り上げてくれる。
もっと鮮やかではっきりした写真はむしろネットで見慣れているが、紙の手ざわりといい、文章の透明感と好対照をなす写真の不透明さといい、ああやはり真知さんはネットの人ではなくて、本の人なのだと実感させられる。
やがて、クレイジーで常軌を逸した人々の話を語る真知さんが、本当に素人くさいただの傍観者なのかと本を読みながら自問したとき、そうではなく彼もやはり狂気をはらんだ人なのだということを知っていく。
そして、書けそうで素人には決して書けない文章とは、意識という水の中のどれだけ深いところにまでその言葉が沈んでいくかにかかっているのだということを知るのである。

by apakaba | 2008-07-16 16:32 | 文芸・文学・言語 | Comments(18)
2008年 07月 14日

大人を洞察する目

先週一週間は、中2の「アキタコマチ」が職場体験学習に行っていた。
「アキタコマチ」の行き先は、児童館だった。
導入部分を、才能の行方として書いた。

小さい子供やママたちの相手をするのはお手の物(というか、彼にとって勉強以外のことはたいていお手の物だ)だからなにも心配していなかったが、「職場はどんな感じ?」と尋ねると、思っていなかったようなことを言う。

「仕事じたいは、別になにも困ったことないけど。全体として、職場の雰囲気が、悪い。」
「えーそうなの。どういうこと?」
「なんかねえ、職員はとくに子供が好きでここにいるってわけでもないらしいね。」
鋭いなあ。
「そりゃそうだよ。地方公務員として、区に採用されているだけのことなんだから、学校や幼稚園の先生みたいに、子供と関わることを志して就職している人はいないんだから。それはほんとの先生たちに較べたら子供が好きでもない人も、なかにはいるでしょう。」

「あとね、上下関係っていうの?館長はまあ、ただの館長で。おとなしいだけでなんにも言わないんだけど、その下の人たちの上下関係がさ。」
「へえー!公務員でもそんなのあるんだ?」
「なんかけっこう、言い方がひどいんだよ。」
「たとえば?」
「『ナニナニくらい、してくれてもいいんじゃないのかなあー?』とか。『ちょっと、これくらいのこと言わなくてもわかるよねえ?!』とか。そういう言い方を、上の人が下の人にするの。」
「ひえーずいぶんぎすぎすした職場だね。」
「それで上から下へ、上から下へとそういう感じで威張る上下関係ができているから、一番下にいるパートというか、アルバイトというか、契約社員みたいな感じの……その人のところに、みんなしわ寄せがいくの。それでその人は威張る相手がいないもんだから、オレたちのとこへ、とばっちりがくるわけよ。」
「え!そういうこと言われるの!」
「うん、オレが、『終わりましたー。次、なにやればいいですか。』ってその人のところに聞きに行ったら、返事もしなくて。だからしばらくしてからまた聞きに行ったら、『ちょっと待ってって言ってるじゃないの!』ってキレられた。『ちょっと待って』なんて、1回目に行ったときにも言われてないし。」
「へええー。」
「でも、その人は上下上下の一番下にいるから、ふだん何も言えないんだよ。きっと。」

自分の子供を買いかぶるつもりはないし、口から生まれたような子供の言うことを、すべて鵜呑みにはしないつもりだが、それにしても、反面教師というか。
もしかしたらいっしょに行った仲間は、なにも感じなかったかもしれない。
「なーんかオレら、働かされたよなー」
「なーんか感じ悪かったな」
くらいで終了したのかもしれない。
「アキタコマチ」は、そういうことには非常に目端が利く。
大人の感情の機微を、察知する。
まあ、職場の現実を知ることができたという意味では、有意義だったのかな。

by apakaba | 2008-07-14 22:21 | 子供 | Comments(5)
2008年 07月 13日

“この子には敵わない”

子供を持つ親なら、いつかは誰でも“この子には敵わない”と思うときが来る。
今日、「コシヒカリ」にそれを感じた。

トイレの窓にヤモリが張り付いていた。
よくあることだが、かわいいので「アキタコマチ」を呼んで、
「ほら、ヤモリがいる。かわいいー。」
と言ったら、「アキタコマチ」はおもしろがってトイレの窓を少し開けた。
そこからヤモリがすごいスピードで入ってきてしまい、勢い余って便器の水の中にぽちゃんと落ちてしまった!
水から頭を出してもがくヤモリは、這い上がろうとするもつるつるの便器で滑り落ちてしまう。
ただちに溺れ死ぬこともないだろうがこのままというわけにもいかない。

「あーっ!たいへん!」
と二人で叫び、でもあわてて泳いでいるヤモリの様子が可笑しくてゲラゲラ笑っていると、「コシヒカリ」が「どうしたの!」と飛んできた。

娘は、水面のヤモリを見たその瞬間に、ぼしゃっと便器に手を突っ込んだ。
なんの迷いもなく。
私は、そのときに、「ああ。この子には、敵わないんだ。」と思ったのだ。

私も生き物は好きなほうだから、犬の散歩中にも孵化したカマキリなど見つけると「かわいいー!かわいいー!」と手に載せずにはいられない性分だが、それにしても娘の一瞬の迷いもない行動には、爆笑しながらも内心でそうとう驚いた。
「ササニシキ」も「アキタコマチ」も、
「うわっ!便器に手を突っ込んだ!きたねー!なにやってるの『コシヒカリ』!」
などと騒いでいる。
たまたま、私がトイレの掃除をしたばかりできれいなことはきれいだったのだが、それにしても「かわいそう。助けたいけど、どうしたらいいかな?何を使って掬えばいいだろう?」とか、ふつうなら考えるだろう。
そんなこと思いもしない。
ただ、かわいそうなヤモリを救い出したいの!

ヤモリはびしょびしょの「コシヒカリ」の胸に飛びついてきた。
「コシヒカリ」はきれいなブローチをつけた女性のように、うれしそうにした。
「かわいいー。よかった。」
「うわーきったねえー!ちゃんと手を洗いなさいよ!」
と、兄たちは遠巻きにしている。
私は涙が出るほど笑ってしまったが、「この子には敵わない。」と、何度もくり返し思う。

by apakaba | 2008-07-13 23:23 | 子供 | Comments(4)
2008年 07月 12日

アイマスク、ラヴラヴ!

ちょっとでも条件が悪いと、眠れなくなる。
音とか光とか温度とか寝具の具合とか、ほんとにちょっとした悪条件でもうダメ。
無神経な性格なのに寝るときだけ神経質なのね。
「どこでもコロッと眠れる」と豪語する人が本当にうらやましい。

遅寝早起きの毎日なので、時間があるときは少し昼寝をするが、昼間って当たり前だけど明るいし、外の音はするし、悪条件は増える。
とくに明るいのが嫌いだ。

アイマスクを何度か買ってみた。
いかにも熟睡できそうに見えたのだが、これはこれでうっとうしいものなんだなあ。
かえって気になってちっとも眠れない。
かたくてごわごわする、重い、締め付けられている感覚、なんだかちくちくする、横向きになれない、トカナントカ。
これではさらに悪条件追加ではないか。

夫が、ニュージーランド航空のビジネスクラスでもらった安眠セットをくれた。
(ビジネスクラスになったのはオーバーブッキングでラッキーだっただけ)
もらって中も見ずにしまいこんでいたのを、先日たまたま開けてみたら、中にアイマスクが入っていた。
柔らかいコーデュロイでできている。
“もしかしたら、これなら安眠できるかもしれない!”

ためしに昼寝してみる。
おお、柔らかくてちっとも邪魔じゃない!
暗くなって(当たり前なのだが)強制的に目をつぶらされるので眠くなるし!
思わず2時間も寝てしまった。
アイマスク最高!
これからは旅のお供に持っていこう。
真っ暗にならないホテルの部屋ってとても寝にくいのだ。

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「コシヒカリ」が「あーアイマスクいいなー」と言って携帯撮影。
指がレンズにかかってしまった。
調節ベルトの余り部分がひらひらしていてかっこ悪い。
でも自分では見えないからいいの。

本当は、こんなかっこ悪いものに頼るよりも「どこでもコロッと眠れる」人になりたいのだが、こういうことってトレーニングするようなことでもないからねえ。
電車や車に乗ったり、つまらない講演会などで座っていると魔法みたいにコロッと寝るのに、布団で横になると些細なことが気になって眠れないなんて、本当に損な性分だわ。

by apakaba | 2008-07-12 21:16 | 健康・病気 | Comments(6)
2008年 07月 11日

水に漂うしわ

久しぶりにプールへ行った。
同じコースを、かなりのおじいさんが泳いでいた。
このプールへは長くかよっているが、こんなに体中がしわだらけの人を見たことがなかった。
太鼓腹の中年男性はたくさん来ているけれど、そのおじいさんは中肉中背でとくにプロポーションの崩れはなかった。
ただ、とてつもなく体がしわだらけだった。

私は視力がいいので、ゴーグルをすれば水の中でもはっきりと見える。
水に浸かったおじいさんの体を、水中で無遠慮に見つめてしまう。
見れば見るほど、すごいしわだ。
太ももや、腕の外側など、ちょっとやそっとの老人ではしわのできない箇所もびっしりとしわになっている。
まるで、すっぽりと体にビニールをかぶせて、わざとぐちゃぐちゃにたるみをつけたみたいだ。
その体中のしわが、水の動きに合わせて、さざ波が立つように細かくゆらゆらと揺れる。
美しい光景でもないのだが、ものめずらしさに目が離せない。
泳ぐおじいさんの体を間近に見ていると、海の中の未知の生物みたいだ。
水中の藻が波で揺れているみたいだ。

私がコースを往復していると、ちょうどおじいさんに追いついた。
おじいさんはゴーグル越しの笑顔で、
「どうぞ、先へ行ってください。」
と、私にコースを譲った。
体のしわからすると意外なほど張りのある声をしていた。
「どうぞ先へ……」と差し出した左手に、いかにも古い、かまぼこ型18金の結婚指輪がはまっていた。
おじいさんを追い越してしまうと、あのめずらしい水に漂うしわの様子が見られなくなるのだが、私は素直に「はい。」と言って抜いていった。

私はあと一ヶ月でバリに行くので、もうちょっと痩せたいと思い、昼はざるそばを作り、夜は冷やし中華を作り、ドライデーにしてみた。
うまいこと体重が落ちた。
それにしてもあのおじいさんの体のしわは圧巻だった。
ああいう人を見ると、自分が今、プロポーションを気にしたりしているのがすごく小さなつまらないことのように思えてしまう。
おうちでは、かまぼこ型18金の指輪をした、おんなじくらいにしわだらけの体をしたおばあさんが待っているのかなあ。
それとも、昼間のプールのどこかにおばあさんもいたのかなあ。
それとも、もうこの世には指輪の相手は、いないのかなあ。

by apakaba | 2008-07-11 22:00 | 生活の話題 | Comments(2)
2008年 07月 10日

見た夢の情景をそのまま書いてみる

こんな夢を見た。


家からさほど離れていない街を歩いていた。
近所の繁華街に似ているが、入り組み合うアーケード商店街の中央に伊勢丹と東武百貨店が隣り合っているので、架空の街らしい。
雨上がりの陽を受けて、あちこちキラキラと光っている。
白っぽい化粧ブロックの歩道も濡れていた。
せまい商店街はどこかの国のバザールのようで、いかにも安物といったへなへなの革鞄屋だとか、ディスプレイか片づけ忘れたのか判然としない、布を広げた生地屋などが軒を連ねていた。
だが異国情緒というほどの無国籍ぶりでもなく、雑踏を歩くのは皆日本人だったし、空き地の雑草などもそのへんに生えているのと同じ、ありふれたものだった。

悲しい気持ちで歩いている自覚はなかった。
しかし、雨上がりだったはずの明るい空がまた急速に暗くなり、驟雨がおそってきた歩道のどたばたぶりを見ていると、なにもしたくないのになにかしなければ、と、追われるような気持ちになってきた。

私は商店街の中央にふたつ並んだデパートのうちのどちらかに行くつもりでいた。
でも道に迷ってしまった。
傘がないのでずぶぬれになってきて、バッグからタオルハンカチを出して頭に載せてみたが、とても小さいハンカチなので、河童のお皿のような具合でまったく雨除けの用をなさなかった。

もう帰ろうと思い、駅への道と思われる道を歩いていた。
ふと気づくと、それはふたつ並んだデパートのうちのどちらかの脇を通る道だったので、そのまま入り口から入れば、買い物はできたはずなのに、こんなにみっともなくずぶぬれになってしまって気分も萎えているのに今さらいいや……と思った。
少し体も冷えてきていた。

駅に通じる、広場というほどでもない、ちょっとしたロータリーのようになっている場所で、
「あなた、傘にお入りなさいよ。」
と、声をかけられた。
見知らぬご婦人だった。
“ご婦人”という呼び方は時代がかっているけれど、“女性”というのもしっくりこないし“おばさん”というほどフランクな雰囲気でもない、“おばあさん”“老婦人”というには背筋がぴんとまっすぐ伸びすぎている、半分白髪のショートカットは美容院から帰る途中のようにきちんとしていて、白地にグレーの大きな柄物のスカートスーツスタイルの人だった。
スカートは年配のかたにふさわしく丈が長めで、すらっとした直線的な体に似合っていた。
細い目に軽そうなフレームの眼鏡をかけていて、お化粧もちゃんとしているがいくらまじまじ見てもその顔に見覚えはなかった。

「そんなに濡れていたらいけないわ。いっしょに差しましょう。」
と、二人で入るには明らかに小さすぎる傘を差し掛けてくれた。
白くて模様はなく、ペパーミントグリーンの縁取りがしてあるごく当たり前の傘だった。
誘われるままに、「ありがとうございます。」といって傘に入り、化粧ブロックの歩道を並んで歩き始めた。

そのご婦人が、手をつないだ。
私はややぎょっとした。
背の低い私が、すらりとしたご婦人に手をつながれ、傘もご婦人が持っているので、まるで自分が小さい子供になったようだった。

「あなたの心の気がかりなことや悲しいことを、心の中に押し込めておく必要はないのよ。あなたは心と反対の行動を無理してしようとする癖があるの。それはよくないことだわ。素直に出すのがなによりいいのよ。」
そう言われても思い当たることなどないような、だが誰にでも当てはまるような言葉を傘の中でかけられた。
ご婦人の手は温かく、このどしゃ降りだというのにさらりと乾いていた。

私は、初対面のその人に甘えてみたくなった。
というより、傘に入れてもらって手をつないで黙って歩いているのだからすでに十分に甘えていた。
ご婦人のほうは、朗らかで落ち着いた声であれこれと話をしていた。
手はつないだままだ。
とても、心地よい。
けれどもだんだん、“この人にどこかに連れて行かれてしまうのではないか?”と思い始めた。

迷っているのか故意なのか、またロータリーに戻ってきてしまった。
ロータリーでは、傘の無料貸し出しをしていた。
まだたくさん置いてある。
傘は立ててあるのではなく、横に倒して、縁日でバラ売りになっている花火のようにずらっと広げられていた。
それはすべて、白無地にペパーミントグリーンの縁取りのしてある、なんの変哲もない傘だった。
「あっ。あの傘はもしかして、この、お持ちの傘と同じものですか?ここで借りたのですか?」
とご婦人に尋ねてみた。
私もその無料貸し出しの傘を1本借りれば、そのまま駅へ行って電車に乗って家に帰れる。
ご婦人ともここで別れられる。
ところがご婦人は、
「ちがうのよ。似ているけど、あの傘はこの傘とはちがうものなのよ。さあ、行きましょう。」
と、貸し出しの場所から離れてしまった。

ご婦人といっしょにいる心地よさと不気味さが、同じ大きさに胸の中でふくれていった。
どっちを選んだらいいのだろう。
どっちも選べない。
また空が明るくなってきて、雨脚は弱くなった。
私はできるだけ自然なタイミングでつながれていた手をほどき、思いきって言ってみた。
「私は、デパートに行こうと思っていたんです。だからデパートに着いたら、もうけっこうです。この道でいいと思います。お世話になりました。」
それに対して、ご婦人がなにかを言った。
穏やかな態度を崩さないまま、なにかを私に言いかけた。


それなのにそのとき、目覚まし時計が鳴って、傘もご婦人も永久に消え去ってしまった。
よろよろと起きて、台所に立ちながら、霧がかかったようなはっきりしない頭で、ご婦人の最後の声を聞き取ろうとむなしく努力した。
もちろん起きてしまってから夢の声を聞き取れるはずがないのであきらめ、「あなたの心の気がかりなことや悲しいことを、心の中に押し込めておく必要はないのよ。」とか、入り組んだ雨の街の様子を忘れないうちに文章に書いてみよう……と考えていた。

by apakaba | 2008-07-10 11:37 | 生活の話題 | Comments(23)
2008年 07月 09日

才能の行方

5月に子供の人格形成ということを書いた。

今週は「アキタコマチ」の職場体験の週だ。
児童館で働いているらしい。
小さい子の面倒を見る仕事なので、彼にしてみたら楽勝だろう。
手の指10本に10人の子供がぶらさがって遊べ遊べとせがんでくるので指が痛い……と言っていた。
すごいヤツだ。
私があの年のころ、そんなふうにちびっこからぎっしり人気なんてなかった。
ちびっこは本能に従うから、グループ数人で職場体験に行ってもあいつがうまく相手してくれそうだってことを嗅ぎつけるんだな。
それもあの子の才能だろう。

きのうのお弁当に、ソーセージと玉ねぎのケチャップ炒めを入れたら、職場体験グループの同級生たちにくれくれと言われてソーセージ1本になってしまったという。
油で炒めて、ケチャップを最後にどどっと入れるだけの料理ともいえないような簡単な料理なのだが(そしてそれは義母が教えてくれたのだが)。

「アキタコマチ」が小学生のころ、家庭科の最後の調理実習のときに“冷めてもおいしい、お弁当に合うおかずを作る”という課題のときに「アキタコマチ」が作ってみせて、友だちから評判をとったのだという。
他の班は教科書に出ていた作例をそのまま作っていたが「アキタコマチ」の班は彼が一人で作って、女子から「かみちゃん(「アキタコマチ」のあだ名)スペシャル」と名前を付けられたらしい。
私はそのことを今までまったく知らなかったのだが、この前、あるお母さんに会ったとき、
「あっ。今朝ねえ『かみちゃんスペシャル』だったのよ!うちの娘が『アキタコマチ』くんの料理の腕はすごいって言ってて……」
と言われて初めて調理実習でのことを知った。

それできのうはその「かみちゃんスペシャル」を含むテキトーなおかずの弁当を持たせた。

「おかーさん、ごちそうさま。いやーいいね、お弁当。お弁当はうまいよ。オレのお弁当さ、冷凍食品が一個も入ってなかったじゃん。あれ、うれしかった。」
と言われ、ドン引き。
「お弁当ってさ、どうしても冷凍食品入れることが多いでしょ。でもオレのだけ一個もなかった。いや、冷凍食品がおいしくないってわけじゃないけど。でもさ。ふふふ。」
なんだこいつー。
私だって冷凍食品を使うときはあるし、見た目も内容もくだらないものばかりなのに、なんかこんなこと言われると、うええー気持ち悪い。
私に感謝の言葉を言っているのはわかっているんだけど、この子の気の回し方が私には不安に感じられてしまう。
むしろ、無神経で、親に感謝するなんて考えたこともないような「ササニシキ」のほうが、健全で当たり前の子供のように見えてくる。

でも、
「ふーん。まああんたならどの職場に行っても大丈夫でしょう。大した才能だねえ。あんたは他の子が持っていない才能がいっぱいあるんだよ。人に好かれる才能や、手先の器用さや、センスのよさや、アイデアがどんどん湧いてくるところもね。」
と、褒めるようにしている。

「そうなんだよ。オレからしたら、どうしてこんなのできないの?って思うことばっかり。オレ学校より、早く働きたいよ。いろんなアイデアを出して人に喜んでもらう仕事をいろいろしてみたい。勉強より絶対いいよね。あーオレってどうして勉強できないんだろ。これで勉強ができたら我ながら最強なんだけどなー。あはは。勉強だけはできないよねえー。」
「でも勉強って、才能のない人間が保険のためにしておくものという面もあるんだよ。ただまあ、勉強が無意味ということは決してない。勉強をあまりにも早くやめてしまうのも、それはいい大人になれるとはいえないの。ある程度の知的レベルはやっぱり大事だからね。」
「うーん。そうだねー。オレ、勉強が嫌いってわけじゃないんだよ。ただできないだけ。なんでできないのかなー。あははっ。」

まだまだまだまだ、発展途上です。
友だちから、
「『アキタコマチ』を見てると、『インディ・ジョーンズ』2作目に出ていた中国系の少年を思い出す。イメージが重なる」
と言われたことがある。
くるくる動いて、どんな大人になるのか……あの機転と明るさを曲げずに進めばどうにか大丈夫かなとは思っているのだが。

by apakaba | 2008-07-09 09:03 | 子供 | Comments(8)
2008年 07月 08日

二度と書けない

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なにをメモしたかったんだろう。
ぱらりと残された娘のメモ1枚が、どうしても捨てられない。
見れば見るほど、なんとも果てしない気持ちになる。

by apakaba | 2008-07-08 22:12 | 子供 | Comments(12)
2008年 07月 07日

飲めない

お酒がすすみません。

ワイン1杯が、どうしても体に入っていかない。
半分残しちゃった。ああもったいない。

きのう、たまたま昔のアルバムを見ていた。
日付は1988年、今からちょうど20年前だ。
大学のクラスの友だちと、女3人で北海道へ行ったときのアルバムだった。
夏休みに16日間、現地で短期のバイトをしたり、親類や友人の家を泊まり歩いたり、駅で寝たりといった昔風の旅行をしていた。
斜里の民宿で泊まり合わせた男4人のグループといっしょにちょっと廻ったり飲んだりもした。

帰ってから、男4人グループのリーダー格の男性から、記念写真と手紙が来た。
私からもお礼の手紙を書いたが、なにを書いたのか一文字も思い出せない。
先方からの言葉はとこどろどころ覚えている。

「眞紀さんは酒豪ですね。
お酒をがぶがぶ、氷をつまみにガリガリ、見ている方がお腹が痛くなりそうでした。
旅のルートもパワフルだし、女の子のパワーを思い知らされました」

氷をつまみにした覚えはないが、多分ロックグラスに入っていた氷を飲む合間にかじっていたのだろう。
当時から、氷食症だったのかな?

あのころに較べて、飲めなくなったものよ。
自分では当時もちっともパワフルだとは思っていなかったけれど、今よりはパワーあったよねえ。

by apakaba | 2008-07-07 22:58 | 思い出話 | Comments(7)