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2009年 01月 31日

三世代の団欒・横谷宣写真展「黙想録」へまた行ったことなど

すでに3,4回来ている。
今日は、写真を趣味にしている次男「アキタコマチ」と、義母を連れて行った。

義母はここのところへとへとに疲れている。
夫の祖母、つまり義母の母親が昨年の夏に亡くなってから、相続の関係を一手に引き受けていろいろと。
今、ちょっと小さな山を越した状態らしいので、あらかじめ私のブログ記事置換への断念/共有する感懐 を読んでおいてもらい、いっしょにお出かけに行くことにした。
御茶ノ水のギャラリー バウハウスは、亡くなった祖母がしばらく入院していた病院のすぐそばにある。
そして、私たち夫婦が結婚式を挙げた神田明神もすぐそばにある。
義母はきっと懐かしがるだろうし、神田明神の鳥居の横にある老舗の甘酒屋にでも連れて行ったら、喜ぶだろう。

「ああ、この道はちゃーちゃん(祖母の愛称)の病院へ行くのによく通った道だわ!懐かしいわね。」
と、案の定そう言っていた。
写真展を見たあと、
「せっかくだから、神田明神に寄ってお参りしましょう。」
と誘うと、方向音痴の私以上に方向音痴の義母は、自宅から程近いのに
「え?どこどこ?神田明神ってどこにあるの?ここのそば?」
と聞く。
ギャラリー バウハウスから、もう見えている。
義母は我々の結婚式のとき以来、神田明神へは一度も来ていない様子だった。
案外、そんなものなのだな。
当然「アキタコマチ」も来たことがないから、
「おかーさんたちはここで結婚式したんだ。あの本殿の中で。」
と言ったら、
「へえ!あんなとこでやったら目立ったでしょう。」
と驚いていた。

義母のふだんの好みからして、甘酒が好きだろうと予想を付けていたが果たしてそうだった。
ここの甘酒は本当にすばらしくおいしいので、味に喜ぶのは当然としても、「天野屋」というこの店に入るのが初めてというのには私のほうが驚く。
ここの土産物コーナーの納豆は名物なのでたまに買うらしいが(今日もお土産に買ってくれた)、家からすぐそばなのに、甘酒の店舗があることすら知らなかったとは。
「お土産屋さんの隣にこんなお店があったのねえ。お土産屋さんのほうにしか入ったことなかったわ!」

そのあと池袋に出てデパートへ行って、ワインやらチーズやら、義母にいろいろ買ってもらった。
「アキタコマチ」は新しい服を買ってもらった。
なので私はなんにもお金を出していないのだが、遠出でなくても、意外と盲点である近場での楽しい半日を過ごしてもらえたかなと思った。
こういう形でしか、親孝行らしいことができない。
金額で親を喜ばせるのは現実的に不可能だもん。

さて、写真展については、義母はある程度はおもしろがるだろうと思っていた。
義母の父(夫の祖父)が写真好きで、娘時代にいろいろな写真展に連れて行かれたと言っていたから。
けれども、デジカメ世代の息子には、なにもかも手作りの工芸品のような、横谷さんの写真のよさがわからないかもしれないと思っていた。
それでも、いいものは見せたいから連れてきた。

ところが予想に反して、「アキタコマチ」はいい反応をしていた。
1枚1枚に関して、私が感心するような感想を言っていた。
自作レンズで撮った写真を、自作現像液で焼いていくという工程には、経験がないからさしたる興味を示していなかったが(自分で暗室作業を経験した人間はとりあえずまずここに感じ入るものだが)先入観も知識もないぶん、率直な目で感想を言う。
「この斜めに射してくる光がいい」
「端へ行くと、光がぐるっと回転させたように、回っているように見えるところがいい」
「空がぼやっとどこまでもつづいているように見えるのがいい。空がなにかを語っているように撮れるのがいい。」
「つづきもので見ることを想定した場合、これもこれもいい、でもこの中で1枚だけ選んで部屋に飾るなら、と考えると、これが選ばれる。1枚だけで完結する写真と、つづきで見て映える写真がある。それは、持っているよさがちがう。」

いっぱしの批評家気どりだ。

息子が一番気に入ったというのは、地階に展示してあった、たしかオーストリアの、くずれそうな石の階段の写真だった。
「“これだけ”と絵の中で完結していかないような雰囲気を持っているのがいい。
このあとどうなるのか、この先の場所がどうなっているのか見たい気持ちにさせるのがいい。オレはこれが好き。
写真の中の世界に引き込まれるような感じになる写真が好きなの。
なにか、つづきを感じさせるような写真が。
これなんか(階段の写真)平凡な景色だし、場所はどこで撮ってもあんまり重要じゃなくて、それより“ん?なんだろうこれ?どうして撮ったんだろう?この先の風景はどうなっているのかな?”と、ついフッと見入ってしまうような写真が好きなんだ。
“これ1枚”として選ばれるなら、他の(もっと構図がきちんとして、絵として完結しているタイプの)写真かもしれないけど、完成していなくても、オレはこういう物語のある感じが好き。」

この子は、親バカなのかもしれないけど、やっぱり感性は持っている子なんだと思った。
なんの知識もなくても、ここまで言葉にできるのは、親バカなのかもしれないけど、見どころのあるヤツだと思った。

私も、先入観も撮影技術もないぶん、素直に批評できると、自分では思っていた。
でも、この子に較べたら、私はよほど先入観まみれだ。
ファンである田中真知さんのご紹介というだけでかなり舞い上がっているのだし、著書『孤独な鳥はやさしくうたう』で横谷さんのことが書かれているのは知っていたし、観る前から「いいに決まっている」と、どこかで決めてかかっていなかったか?
いや、もちろん実際、作品はよかったんだけど、息子は真知さんの本も横谷さんのエピソードまで読み進めていないし(つまり知らない)、さまざまなレビューもひとつも読んでいない。
私も、「おもしろい写真展があるから行こう。」としか話していなかった。

予備知識ゼロのまま写真だけと向き合って、たちまちちゃんと横谷さんご本人が「何よりも撮りたい」と語っていらした“光”の射し方に注目したし、「場所はどこで撮ってもあんまり重要じゃなくて……」という感想には、内心でぎょっとした。
なぜなら、横谷さんの口から、まるで同じ言葉が出ていたのをトークイベントのときに聞いていたからだ。
横谷さんはこう語っていた。
「本当は、このギャラリーに展示するとき、撮影場所を書くことはしたくなかったんです。“インド、ドコドコ村”とかって、そういう、撮った場所がどこかというのは、僕にとってはあまり重要じゃなくて、見る人にとってもおそらくそれはあまり重要じゃなくて、だからかえってそういうのって余計かと……」

感性のある人間同士は、顔を合わせていなくても向き合えて、響きあっているんだなあ、と、なにか自分が彼らに較べて途方もなくツマラナイ人に思えた。
義母も、
「おばあちゃんもこれが好き!これいいわよね。『アキタコマチ』の言ってること、よくわかるわ!」
と喜んでいた。

今日は、三世代から各1名ずつ代表が出て出かけたが、いい半日を過ごせたなあ。

by apakaba | 2009-01-31 20:24 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(10)
2009年 01月 30日

ジブン応援、ジブン大好き

ハラが減って行き倒れになりそう!
なので最初に目についた店に、ランチタイム終了間際に飛び込む。
メニューも内装も、ターゲットは若い人らしい。
山崎まさよしが大音量でかかっていた。

隣の席にはとても若い女の子がふたり、向かい合っていた。
とっくにランチの食器は片づけられ、お水しかテーブルに載っていないがかまわずシャベリ続けている。
でもしゃべっているのは、私の斜め向かいになっているほうの子だけ。
私と並びになっているほうの子の声は、まるで聞こえない。
山崎まさよしよりも斜め向かいの女の子の声が大きい。
夢中で自分のことを話している。

「あたしはすごく自分に自信あるし、自分がセンスいいってわかってるし。もっとやれるってわかってる。」
「ああ、やめたくないよー。でもやめても、あたしのことだから、またすぐ好きなこと見つけられるって思ってる。」
「お母さんに話したら、大人になったねって言われた。自分でもそう思う。あたし大人になった。」
「とにかくあたしの性格だと中途半端イヤだから。なににでも全力でやりたいから。だからこそ、やめるの。」

なにをやめるのかわからないが、“あたし”“自分”と、一人称でしか会話がなされていないので、彼女はよほどジブン大好きか、彼女なりに人生の岐路にたたずんでいる状態なのだろう。
“大学”“部活”“ダンス”という単語がくり返されることから、どうやら彼女は大学生で、ダンス部に所属していて、ということはダンスを本格的にやるために大学をやめるのかなと察しをつけた。
しかしもう少ししゃべっているところによると、やめるのは大学のほうではなくダンス部らしい。
ちらっと目を上げてみると、ぺちゃんこでどちらかというと気の毒なお顔立ちだが、やけに自信に満ちあふれている。

「高校までは世界がせまくて、小さい世界で閉じてたけど、大学って世界が無限じゃん。無限に広がってる。やりたいと思ったことなんでもできるし、どこだって行けるし。だからそこでの可能性を試したいって思ってる。だってそれがあたしのやり方だから。あたしずっとこんなふうに生きてきて、他の生き方できないから。他のやり方したら、それはあたしじゃなくなっちゃうから。」
幸せというかなんというか、幸せだなあ。
こんなこと、自分が大学生だったころ、言ってたかな?
大学生に戻って、こんな言葉を言ってみたいような、もし戻っても私はきっと言わないような気がしていた。

それにしても、相手の子にひとことも「だよね?」も「どう思う?」も「○子もそうだよね。」もなく、つまり会話というより、完全にひとり語りの演説になっていて、それで相手の子はどう思っているだろう。
いくら相手の子は私と並んだ席で声がこちらに届きにくいとはいえなにも聞こえず、ほぼ相づちしか打っていないのだろう。
ふたりの声の大きさの差がふたりの力関係の差なのか。

私はランチについていたミニパフェも食べ終わってしまった。
山崎まさよしのあとに何曲か洋楽がかかり、ジブン応援ヒップホップの歌が流れてきて、その歌詞と彼女のジブン語りはぴたりとマッチしていた。
今流行りの邦楽の歌詞って、
「誰のためでもない いま 自分のため さあ 力の限り 自分で決めたこの道 歩いていこう 一億の夜を越えて どこまでも そしていつか 君に巡り会えたら そのときは笑顔で 抱きしめてほしい 自分を信じて 生きていくなら きっときっと 後悔はない それが自分の 生きる印 それがあなたと 生きる絆」
トカナントカいうような、内容がほぼ皆無なジブン連発な歌詞が多いでしょ。
(これは私がサンプルとしていま適当に並べてみただけですが。)
ジブン大好きな彼女は若さのひとつのシンボルみたいな人だが、もし彼女が友だちだったらつきあいたくない。
ジブン語りの今流行りの歌もとても苦手なの。

まさにこの店にマッチしている歌とお客だ!と感心した。
でも私はもう入らない。
行き倒れ寸前にハラが減っても、別の店に入ろう。

by apakaba | 2009-01-30 18:36 | 生活の話題 | Comments(13)
2009年 01月 29日

単細胞生物の夢

すみません、夢の話は読み飽きてるでしょうけど、今朝またくだらない夢を見たので。

私とカレが海辺のホテルに泊まりに来る。
コバルトブルーのペンキを塗った壁の、死角の多い変な形の部屋。
開けた窓から入る海風が、レースのカーテンを押す。

荷物を運んできたベルボーイなのか、室内の掃除をしていた人なのかよくわからないが、死角のひとつから、にゅっと男が出てくる。
青白い顔に無精ヒゲが伸びて、目がギロギロしていて、ホテルの従業員とは思えないようなだらしなく不潔な恰好をしていて、私はおびえる。
でもカレはその男に気づかないまま、さっそくお風呂に入ろう!と言って、着ているものをすっかり脱いでバスルームに直行していく。
その脳天気なハダカを見たら、私もきゅうに気分が盛り上がってきて、男の存在を忘れて、いっしょになって服をすっかり脱いでバスルームに駆けていく。

ところが、場面がお風呂でいちゃいちゃシーンに切り替わる寸前、はっと男のギロギロした目つきが脳裏をよぎり、
“あっ、私もカレも、貴重品を全部お部屋に置いてきちゃった!”
と気がつく。

そこであちこちに脱ぎ散らした服を拾っては、ビデオの巻き戻しのように身につけていきながら、男のいたところへ戻ると、果たして姿はなかった。
そして私のバッグもなかった。

指に絡むレースのカーテンを引きちぎるようにして窓を開け放つと、男がもつれる足取りであたふたと階下の正面玄関から表に出てきた。
男の恰好はなぜか相撲取りの浴衣に替わっていた。
しかも我々の部屋で息を殺していたときにはひどくやせて貧相だったのに、体も相撲取りのように太っていて、頭に崩れた髷を載せていた。
くすんだ山吹色の浴衣1枚の巨漢の逃走は、とても目立っていた。

「ちょっと!待ちなさいよ!あんたがあたしのもの盗んでること、わかってるんだからね!警察に電話するから!あんたみたいな目立つ恰好じゃ、どこへ行ったって隠れられやしないわよ!通報すればあっという間につかまるんだから!今のうちに、返しに戻ってらっしゃい!」
まるで映画の中の気の強いヒロインみたいに、立て板に水の滑舌を披露して、窓から男を脅す。
男はあたふたと、薄曇りの海へ向かって絶望的な逃走を試みるが、私は容赦なく罵声で追う。
「海なんかに逃げたって逃げ切れるもんですか!早く戻りなさい!盗んだ物を返せば、黙っててあげるから!」

男はしょんぼりと部屋に戻ってきた。
そのとき、なにひとつ騒ぎを知らないカレも、腰にバスタオルを巻いただけの間抜けな姿でブルーの部屋に入ってきた。

財布の中をあらためてみると、案の定、お札が何枚も抜かれている。
「ちゃんと返しなさいよ!」
と叫ぶと、男は自分の財布からお札を取り出して返した。
「こんなことしたらダメよ、とっとと行きなさい。」
私は通報もしないで男を放免した。

カレはなにがあったのかよくわからない様子だったが、そのカレはいつの間にかたくさんの小さい子供たちに変わっていた。
私はものすごく子だくさんらしい。
子供たちがいっせいにバスルームに移動するので私もあとを追うと、ねずみがうようよといる。
私は、子供がねずみにかじられたら大変だと思い、
「たいへん!見て、ねずみがいっぱいいる!気をつけて!」
と注意するのだが、子供たちは私の声が聞こえないらしい。
そこで私もねずみたちをよく見ると、みんな童話の中に出てくるみたいなまん丸な目をして、とてもかわいらしい。
あれ?このねずみは悪いことなんかなんにもしないんだ?

と、理解したところで、目が覚めた。


はい、いつものように、分析は簡単そのものです。

・ブルーの部屋・・・きのう見ていた映画『キス・キス・バン・バン』に出てきた。レースのカーテンも、変な部屋の形も。
・ハダカでいちゃいちゃ・・・同じく『キス・キス・バン・バン』
・海・・・同じく『キス・キス・バン・バン』
・巨漢・・・同じく『キス・キス・バン・バン』
・バッグ・・・先日書いた「そのプラダ、ニセモノ?」
・財布・・・娘が財布を落として、今日、警察署に受け取りに行ってきた。隣の区で落としたから警察署も遠かったよ……
・相撲取り・・・朝青龍優勝
・警察に通報・・・だから警察署に行ってきたんだってば
・たくさんの子供・・・今、谷崎の『細雪』を読んでいて、子供がたくさん出てくるので。
・ねずみ・・・水野めぐみさんのキルトにねずみがモチーフとして出ていた。

自分で書いてて悲しいぜ。
この単純なアタマ。

by apakaba | 2009-01-29 18:40 | 生活の話題 | Comments(4)
2009年 01月 28日

お守り、御利益

きのう、バッグの中身にお守りが入っていると書いたことで思い出したが、財布の中に、べつのお守りが入っている。

私は昔からお守りを持つ習慣がなかったが、嫁いできた家の、去年亡くなった祖母が大のお守り好きだった。
どこへ行っても次々とお守りを買ってきてしまうので、毎年のお焚き上げが大変だった。
暮れになると、早稲田にある穴八幡という神社から「一陽来復」のお守りを家族の分だけいただいてくる。
財布に入れる小さいものと、紙に包まれたお札と2種類ある。
結婚して初めての年越しのとき、夫が
「このお守りを、12時になった瞬間に、財布に入れるんだ。」
「お札のほうは、12時に壁に貼るんだ。貼る場所は毎年ちがう方角だから……ええと来年の方角は……(コンパスでちゃんと測る)」
「あ、12時だ。おめでとう。さあ入れろ。一陽来復。俺はお札を貼ってくる。」
と、自分は毎年のことだから手慣れたものだがそんな手順をまるで知らない私にも教えて、私は“この家はこういうふうにするのか。へえ。”ととまどいながらも言うとおりにした。
結婚するまで、彼がこういう年越しをしているとはちっとも知らなかったので、意外な一面を見たように感じた。

嫁いだばかりのころは、“お守りなんて、馬鹿馬鹿しい”という気持ちがどこかにあったが、何回か年を越すうちに慣れて、そのうち私の方から「まだ来年のお守りはもらってないの?」と夫に尋ねたりしていた。
年寄りが長年つづけている習慣は敬おう、と素直に思っていた。
夫も信心というよりはまったくその気持ちで祖母に従っているようだった。

やがて祖母がだんだん弱ってきて、早稲田までお守りをもらいに行く元気はなくなっていったころから、いつの間にか一陽来復のお守りはうちから姿を消した。
義母たちも夫も、祖母に従ってはいたけれど、代わりに自分がもらってこようとまでは思わなかったらしい。
財布の中から一陽来復がなくなったのは、少しもの足りない感じだった。

祖母のお守りが消えたのと入れ替わるようにして、新しくお守りを財布に入れることになった。
私は、末っ子が幼稚園の年長だった年に、保護者の会の副会長を務めていた。
それまでまるまる9年間、幼稚園児の母親(「幼稚園ママ」と呼ぶ)でいたけれど、最後の年くらいは役員でもやるかと思ったのだった。
行事の運営をしたり、卒業記念品を考えたり買い出しに行ったり、いろいろな活動をして楽しく過ごした。
卒業間近になって、お世話になった先生方に、コインのサイズのお守りをプレゼントすることにした。
単価はとても安くてたしか1個200円くらいだった。
くすんだ銀色の、ややいびつな楕円形をしており、大きな羽を背中につけた天使が、手を組んで祈っている姿が刻印されている“幸せのお守り”だった。
キリスト教系の幼稚園の先生にはふさわしい柄だったし、素朴さが気に入って、役員のみんなも買おうということになった。
「あたしたち1年間がんばったものね!おそろいで買おうよ!」
「そうね!友情の印ね!」
などと芝居くさく盛り上がって注文した。

財布の小銭入れのところに入れておくと、ちょうど100円玉と同じ大きさなので、まちがえて払ってしまったことが何度もあった。
レジで
「あのぅお客様、これはちがうようですが……」
と、お守りをつまんで返されると、まるで木の葉のお金で買い物をしにきたのがばれたように恥ずかしかった。

そのころから、だんだんと私の財布は薄くなっていった。
子供が大きくなると支出が増える。
一陽来復守は出て行ったお金が再び返ってくるというお守りだったらしいが、幸せの天使のお守りに替わるのとときを同じくして、めっきり返ってこなくなった。
ついつい、
「あーお金がないわ。」
「高いなあ。」
「まだ×日か、ああ今月も苦しいなあ……」
などと、お金のないぼやきを子供の前でしてしまうことが増えてくる。
子供たちは、
「うち大丈夫?」
と、余計な心配をしてくる。
「お守り効かないね。前のお守りはお金のお守りだったのに、幸せのお守りに替わってからお金がなくて、うち、貧乏になっちゃった。」
などと具体的な指摘までされると、“しまった、子供の前で苦しいだのなんだの言ってはいけないのに”と思った。

たまに、子供たちは私の財布の小銭入れから天使のお守りを出して、
「これがお金のお守りだったほうがよかったんじゃない?おかーさん、幸せじゃないでしょう。だんだん貧乏になっちゃってさ。これ、幸せのお守りなのに。」
と真面目に尋ねてきたこともある。
子供なりに真剣に“うち、大丈夫かな!?”と心配しているのだが、まさか日々に飢えてしまうというレベルでもないのに、子供からすると、親が「たいへんだお金がない」と言っているのを真に受けてしまうのだった。
だから、天使のお守りを出して
「これ、効いてないよね。」
と子供が言うと、こう答えていた。
「ううん、とてもよく効いてるのよ。おかーさんはとっても幸せだよ。」
「どうして?だっておかーさんはいつもお金がなくて大変だって言ってるじゃない。」
「そうねーお金はあんまりなくなったね。でもそのかわり、あんたたちがみんな大きくなっていい子に育ってるからこれ以上幸せなことはないよ。みんなかわいくて、それがなによりもうれしいのよ。だから幸せのお守りはとてもよく効いているよ。」
文章にして書くとあまりにもそらぞらしくて我ながら苦笑してしまうが、ちゃんと真面目な顔をして、はっきり言葉に出してこういうことを言うと、子供はとても安心するもののようで、
「そうなのかー。効いてるんだーこのお守りも。」
と、手のひらに載せてしげしげ眺めるのである。
その様子もかわいらしい。

6年前、「友情の印ね!」なんてふざけあった役員メンバーは、ばらばらに別れてほとんど会うこともなくなった。
今でも律儀に財布に入れている人は、私の他にいるだろうか?
まあ、それはそれでいい。
子供とこういう会話をさせてもらえただけでも、御利益だと思う。

子供たちは曾祖母の影響でお守りが大好きだ。
どこかへ旅行すると、おこづかいでしょっちゅう買う。
私はべつに止めない。
そして私はやっぱり自分からは買わない。
自分で買うほどには好きでもないのだろう。
財布の中に1個だけ入った“幸せのお守り”くらいでちょうどいい感じ。

by apakaba | 2009-01-28 18:54 | 思い出話 | Comments(10)
2009年 01月 27日

そのプラダ、ニセモノ?

きのう、知り合いに会ったとき、私のバッグを見て
「あら、めずらしい形ね、プラダでそういう形って。」
と言われた。
「うんそうなの、もらい物なんだけど。……でもこれ、ニセモノじゃないかなあって思ってるの。」
「え?なんで?」
「ファスナーがきちんと噛み合わなくて開いてきちゃうの。それにどことなくちゃちな感じがして。」
「ははぁ、それはもしかしたらそうかもね!私もこの前に香港に行ったとき、そういうお店に連れて行かれて、友だちがニセモノだって知ってて買ってね。やっぱりファスナーが開いてくるって言ってたわ。」
「まあでも、犬の散歩とか近所の買い物にしか使ってないし。べつにいいんだニセモノでも。」

このバッグは、夫の従妹が持っていて、もっと大きいバッグがほしくなって捨てようとしていたところを、もったいないからと義母が見つけて譲り受けてきた。
電話で
「眞紀ちゃんにどうかと思うんだけど、いらない?色は焦げ茶で、がま口みたいに底のほうが広がってる作りだから、物がたくさん入って使いやすそうよ。」
と言われても、どんな様子だか思い浮かばないけれど、プラダだと聞いてとりあえず「ほしい!」と言っておいた。

現物を見た瞬間、“あれっ?”と感じた。
どこがどう、と具体的に言えないのだが、なにか違和感があった。
“あれ、これニセモノじゃないかな?”
なんとなーく、醸し出す雰囲気が、ちゃちな感じ……?
ロゴがなんとなーく、ウソっぽい感じ?

義母や従妹には言わず、夫に
「あれさ、ニセモノじゃないかと思うんだけど。」
と言うと、夫は
「んなわけねーだろ、いろんなプラダがあるんだよ。ランクの高いのと、低いのと。」
と取り合わない。
ろくに見もしないで。
きっと、従妹も香港かどこかに旅行に行ったときに買ったのだろう。
でもたしかに軽くてたくさん物が入って使いやすいのは事実なので、ありがたくデイリーに使うことにした。

でも1年くらい使ったら、ファスナーの噛み合わせがきちんとしなくなってきた。
夫はプラダショップに行って、ファスナーだけ交換してもらったら、と言うのだが、これはニセモノだと密かに確信している私はショップに行って店員に見せるのが嫌なので、そのままだましだまし使っている。
ちゃんとしたお出かけのときにはちゃんとしたバッグを持っていくから、いいんだもん。

誰でもそれぞれにバッグのこだわりがあると思うが、私は、間仕切りができるだけ少なくて、ファスナー付きの小さいポケットが内側にあるものが好きだ。
間仕切りは嫌いだけど、まるっきりひとつの場所しかないのは嫌。
小さいポケットに、直接いろいろ放り込むから。
小物入れをひとつ用意すればすむと思われるだろうが、そうすると大きい箇所の荷物がひとつ増えるでしょ。あれが嫌。

今、ポケットの中に入れているもの。

・メンソレータム
 リップクリームとしてだけでなく、鼻の下とか、ちょっと手が荒れたときなんかにも使えるので。

・リップグロス
 もっとも平凡な色のを。

・手鏡
 外にいる間じゅう、鏡がまったくないというのは不安だ。あと、逆さまつげになったときに見る。

・生理用品
 女の身だしなみだと昔に母から言われた。

・ゴム
 女の身だしなみ?コンドームじゃないよ。髪を結ぶゴム。外出先でラーメンなど食べやすいから。

・あぶらとり紙
 女の身だしなみですか。

・櫛
 ブラシがニガテな髪質。フィリピン製のすっごくちゃちな櫛。ナゼか持ち手にgood morningと書いてある。

・ウエットティッシュ
 長年の幼児連れ時代のくせが抜けません。

・福禄寿をかたどったお守り
 京都の三十三間堂で買った、とても安いお土産。福禄寿は「人望」の神。私に最も欠けている徳ですな。


こうして書き出すとすごい分量のようだが、実際の量はほんのわずか。
これらが内ポケットにすっきり収まれば、ニセモノバッグでもいいや。

by apakaba | 2009-01-27 18:01 | ファッション | Comments(6)
2009年 01月 25日

東京国際キルトフェスティバル

東京ドームできのうまで開催されていた、東京国際キルトフェスティバルに行ってきた。

幾日か前に書いた当ブログ編み物始めますかのコメント欄でご案内をいただいたので、是非行ってみたいと思ったのだが、その後、顔の湿疹がひどくなり(猿面冠者アゲイン。ステロイド剤投与の功罪)、正直に言ってここのところあまり外出したくない気分となっていた。
しかも私はキルト制作など今までやったことも見たこともなく、この先も始める可能性は薄そうなわりに「入場料が、意外と高い……(当日券2000円)」という情けない要素もあって、ちょっと迷っているうちに日が過ぎてとうとう最終日になってしまった。
いざ最終日ちかくになってみると、“行かないと、きっとずっと後悔するだろう。”という気持ちのほうが大きくなってきて、やっぱり行くことにした。

会場へ向かいながら、不思議な気分だった。
どうして行くんだろ?
それは“縁”という言い方でしか説明のつかない、衝動なの。
そしてきっと目当ての作品の前に立ったら、説明のつかない感情に衝かれて泣いてしまうだろうなあという予想も、立っている。

東京ドームのアリーナは、大盛況であった。
ご自分が作品を出展されているのか、布や製品などのグッズを買うのが目当てなのか、そぞろ歩いているのはやや年配寄りのご婦人が多くを占めていて、皆さんそれぞれに熱気を帯びた視線を大作に投げ、のんびりと布の間をめぐっていた。
彼女たちのペースで歩いていたら楽しいだろうが、丸一日かけても時間が足りないだろう。
インフォメーションでめざす作家の名前を出し、そこ目がけて足早に移動する。
歩きながら目の端でいろんな作品を鑑賞する。
斬新な作品もあり、昔ながらの作品あり、ひとくちにキルトといってもバリエーションは無限にあるものだと短時間で感心する。
しかし、私が見ようとしているのは、すべてのキルトではなく、水野めぐみさんという方の作品だった。

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「君と動物達がくれたもの」
他の作家とすこしちがうスタンスを作っている方に見えた。
もちろん、駆け足で他の作品の前を通り過ぎただけの印象なのだけど。

水野めぐみさんという方は、イラストレーターであり旅本作家の故イトヒロさんのお知り合いで、昨年、イトヒロさんの著書『旅の虫眼鏡』から動物の図案をいただいて作品を制作したとのことだった。
そのイトヒロさんの最期を看取った方が、水野めぐみさんの作品が東京ドームで展示されることを知らせてくださった。
それまでの経緯は、「元気でな!」とイトヒロさんが手を振るに記した。
そこに書いたように、私は、イトヒロさんという方を存命中には直接存じ上げないままとなった。
つまり、私は、イトヒロさんをじかに知らないし、看取った看護師さんをじかに知らないし、お知り合いというキルト作家の水野さんというかたをじかに知らない。
でも、現実にここに来ている。
愛らしい動物の目やしぐさと、原色をいっさい使わないのに鮮やかで印象的な作風に見入っている。
そのことの不思議さで胸がいっぱいになる。

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“縁”というのは、あるんだな。
ここのところ、よく感じる。

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『フランキー&ジョニー 恋のためらい』というラブロマンス映画があった。
刑務所での刑期を終えたアル・パチーノが、ダイナーでコックとして働きはじめる。
間もなく、ダイナーの仲間のひとりが、老母を亡くす。
仲間は皆でお葬式に行き、新参者のアル・パチーノも行く。
ヒロインは彼が棺の前で涙をぬぐうのを見て、あとで彼に尋ねる。
「どうしてさっき泣いてたの?亡くなったのは、あなたにとっては知り合いでもなんでもない人なのに。」
彼はぽつんと答える。
「人の死は悲しい。」

この映画を観た当時は学生だったから、このセリフの重さ、というか真実味が、ピンと来なかった。
今になると、本当にそうだなとしか言いようがない。
イトヒロさんを知らないままだったのに、死が悼まれる。
無条件に、悲しいことだ。
故人を直接知らなくても、その周りの人たちの、死を悼む表現の仕方から、いかにその人が大きな人だったのか、うかがえる。
田中真知さんのブログ、蔵前仁一さんのブログ、子ヤギさん(看護師さん)の年賀レターの発送、そして水野めぐみさんという方の、キルトでの表現。
このキルト作品は直接に死を悼んでいるわけではないだろうけれど、制作中、イトヒロさんのことをきっと思ったはずだ。
そうやって、人からいい追悼をしてもらえるって、すばらしいな。

夫は、30年以上前に亡くなった私の父を、もちろん直接には知らない。
けれど、父のいた共同通信社の『五〇年史』かなにかに、父の過労死のことが書かれていて、そこに部下による追悼文が書かれていたのを読んだという。
泣いたと。
「こんな追悼文を書いてもらえるなら、俺も早死にしてもいいかなっと思うくらいの名文で……泣けたぜ。追悼文を書いたその人もすごいけど、それを書かせたあなたのお父さんという人が、どれだけの人物だったかと思ったよ。」
キルトを見ながら、夫の言葉が浮かんだ。

早く亡くなるのは、いいことではないに決まっている。
でもその人が遺したものは、誰かを突き動かして、誰かを揺さぶる。

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だってこの作品の前には、いつでも人垣ができていて、写真もろくに撮れないほど。
「あらかわいいわこれ!」
「見てこの表情、かわいいわねえ……!」
「わあこれいいわねえ!なんともいいわね。」
これほど作品があふれかえる会場でも、人はちゃんと、ここで足を止めるんだもん。

by apakaba | 2009-01-25 20:14 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(12)
2009年 01月 24日

手作りドーナツとベーキングパウダー

この前、子供のおやつにするのに久方ぶりにミスドに行ったら、ドーナツの品揃えがだいぶ変わっていて驚いた。
クリスピークリームドーナツを意識したラインナップなのね。
サクサク系ではなく、ふわふわ系の生地が増えている。

と、いう話を「コシヒカリ」にすると、
「ええー、わたしサクサクのほうが好きなのに。ふわふわしてるなんて、ドーナツであるひつようがない。」
と言うので可笑しかった。
「まあねえ、おかーさんもドーナツは昔風のサクッとしてるほうが好きだよ。でもドーナツって家で簡単に作れるよ。」
「うそ!うそ!ホント?!」
「リング型にするのは難しいけど、生地をスプーンで油に落とす丸いかっこのなら簡単だよ。」
話しながら、“そうか。私は、子供にドーナツを作ってやったことがないんだ。”と気がつく。

私が小さかったころ、天ぷらやフライなどをすると、ついでに母がドーナツを揚げてくれた。
揚げ物をした油をそのまま使って最後に少し作る。
おかずが揚げ物なのに、食後のデザートもまたも揚げ物ですか、と今なら胸焼けしそうだが、子供にはおかず以上にうれしかった。

生地は適当そのもので混ぜていたように思う。
「ここにベーキングパウダーを入れる。」
と、いつもは棚の一番上にあってまったく出番のない缶をおろしてきて、その粉をうんと少しだけ加える。
たまにしか使わないし使ってもうんと少しだけなので、ベーキングパウダーの缶は、私の記憶する限り一度も新しいものに買い換えられたことがなかった。
その缶は、フランス国旗を倒したような赤と白と紺色で、白地部分に紺色で印刷された黒人らしいコックのおじさんの顔が、白目をむいていて、あらぬ方を見つめているようで怖かった。
あの不気味なおじさんの缶から、おいしいドーナツが生まれるのはそぐわない気がしていた。
しかも缶はだんだん古びてきて錆など浮いているのに、中のパウダーはちっとも減らず、これでは永久になくならないのではないか、ベーキングパウダーというのはいつまでも腐らないのかな?などと子供心に思った。
(今、まだあの缶のデザインはあるのだろうかと思って検索してみたら、
楽天の中でこれではないかと思われる缶があった。でもイラストが、ぜんぜんちがう……)

「これを入れなきゃいけないの?これはそんなに大事なの?」
私が聞くと、母は
「そう、ベーキングパウダーが入らないと膨らまないの。」
と答えた。

食卓に、揚げ物のおかずといっしょに並ぶ手製のドーナツは、形も大きさもたいへんおおざっぱな“ドロップドーナツ(おしゃれな言い方をすれば。スプーンで生地を落とすもの)”で、古いアルマイトのボウルに砂糖——グラニュー糖や粉砂糖ではなくただの上白糖——をどさっと入れてドーナツにまぶして食べるのだった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「おいしかった?」
その思い出話を聞く娘が興奮して尋ねる。
「おいしかったよ。あんなの簡単だよ、あんたならもう自分で作れるよ。」
私は母のようにまめではなく、作るのが面倒なので娘にやらせようとする。
「え!わたしにできるの!やるやる。“ベーキングパウダー”買ってきて!」

あのおじさんの缶はまさかもうないだろうと思いながら買い物に出ると、果たしてあのような古くさいデザインの缶はなく、子供心に「いったいこの粉はいつなくなるんだろう」と心配になった記憶があるため、一番小さいサイズのものを購入した。

娘は生まれて初めて存在を知った“ベーキングパウダー”にすっかり興奮していたが、私が買い物袋から缶を取り出すと、
「ちっちゃ!こんなに小さいので、ドーナツなんか作れるの!」
と仰天した。
「だってほんのひとさじしか使わないんだよ。パソコンで作り方を出すから、あとは自分でやりな。」

揚げるところは手伝ったが、ほぼひとりで作れた。
娘は、家でドーナツを作ることができるということを知って自分で感激していたが、私はPCで出したレシピどおりの味は、母が昔作ったドーナツとは似ても似つかない、ふわっと軽い食感だったことに、半分感心し、半分がっかりした。
なんか、今風だわ。
昔食べていたのは、もっとサクサク、というよりガリガリした感じの、重量もどしっと重い感じのドーナツだったなあ。
今度はPCに頼らず、母といっしょに作らせたら、味が再現できるのかな?
それとも昔のベーキングパウダーが、古くて、役目を果たしていなかったとか。

by apakaba | 2009-01-24 08:28 | 食べたり飲んだり | Comments(5)
2009年 01月 21日

ステロイドを抑え、やる気も抑え

顔の湿疹がひどくてなんにもやる気が起きません!
今日、猿面冠者アゲイン。ステロイド投与の功罪を書いてからちょうど一週間たち、皮膚科へまた行ってきた。

「どう?」
と聞くので、
「だんだん、赤みとひりひりかゆいのがひどくなってきました。」
と訴えると、
「ああ、これからもっともっとひどくなるから。真っ赤に腫れ上がってくる。今は麻薬を抜くのと同じ、禁断症状のような状態なんだ。
どうして1年も2年もステロイドつづけちゃったの。医者は一ヶ月。一ヶ月かよってなにも効果が出ないなら替えた方がいい。まあそれはあなたのせいじゃないけど。そんな強い薬を出し続けた医者が悪いんだけど。」
でも、前の医者には
「これは長くかかるヨ、何年もかかるからネ。もう少し、薬を厚く塗ってみて。」
と言われたから……とは、言い返さなかった。
どっちにしろもうこうなったからには、仕方がない。

湿疹が出ていないはずの、頭皮や耳や鼻の穴までかゆい。
耳や鼻の中までびっしり湿疹が出ているような感じがしてくる。
口も腫れ上がって、口の中まで湿疹が進出している。
まぶたも熱くて重い。
今朝は、小学校のPTA活動でやっている、登校時のパトロールに出たが、恥ずかしいから大きな帽子をかぶり、マスクをかけて行った。
人が嫌いになりそう。

ずーっとイライラしてひとつのことに集中できず、時間があっても、なにか書こうという気が起きない。
むしろ山ほど料理を作るとか、無心でできることのほうがはかどる。
だから一日中料理をしていた。
最近、私が凝った料理をたくさん作るから家族は喜んでいる。

ああ、なんてつまらない日記なの。
ステロイドの毒が抜けるまで2年と言われたけど、ほんとにそんなにこの顔が続くのか?
2年もイライラして暮らすの?
うそー。
なんにも書けないじゃないかー。
書きたいこといっぱいあるのにー。

by apakaba | 2009-01-21 23:11 | 健康・病気 | Comments(6)
2009年 01月 17日

大阪滞在24時間 第6話 司馬遼太郎記念館

前回の分を書いてからだいぶ間が空いてしまったが、これが最終回。
昨年11月につづけて書いていたので、バックナンバーは2008年11月の目次でご確認ください。

午後のやわらかい陽射しの中、全国どこにでもありそうな一地方都市といった風情の駅前を歩く。
住宅地のなかに、司馬遼太郎記念館があったのだが、我々はついうっかりと行きすぎそうになった。
きょろきょろしながら歩く我々がいかにも地元の人間ではない様子なのだろう、記念館スタッフの、年配の男性に、
「ええと、司馬遼太郎記念館へお越しですか?」
と声をかけられて、
「はい、そうです!」
と答えると、
「ここですよ。ようこそ。どうぞゆっくりご覧になってね。」
と案内された。

安藤忠雄建築を見るのが好きなので、安藤さんのホームグラウンドである関西へ行くとひとつは立ち寄るようにしているのだが、この司馬遼太郎記念館のことは、完全に誤解していた。
昭和の大作家の記念館なのだから、きっとさぞ大きな箱ものなのだろう、とイメージが先行していた。
私は、安藤建築は小さいもののほうが、よりエッセンスが凝縮されているように感じられるから好きなのだ。
だから、“司馬遼太郎記念館なんて、名前からして大建造物っぽいわ。きっと、光の教会みたいなギュッとよさの詰まった建物ではないのだろうな。”とばかり思いこんでいたのである。
少しでも予備知識を持っていれば、故司馬遼太郎氏の自宅にあるのだから、ビルのように大きなものが建つわけがないということを予想できただろう。
実をいうと私は住宅地のなかに唐突に出現するビルのようなものをきょろきょろと探していた。
だから、いかにもこぢんまりした佇まいの正門(というより、ちょっとした邸宅の玄関という風情)から、スタッフの男性にやさしく声をかけられてびっくりしたのであった。

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予想よりはるかに小さい!
ゆるやかな弧を描くアプローチは、滋賀の『ブルーメの丘』に建てられた美術館「日没閉館(レポート記事ブルーメの丘「日没閉館」にて)を思い出させる。
ただし弧のカーブが逆向きだが。

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安藤建築の記念館に至るまでの庭の道に、司馬氏の自宅の一部が公開されていた。
書斎のなかをこのようにのぞける。
帰宅してからこの写真を司馬ファンの長男に見せると、
「おおっ、すげえ!ここ行ってみたいのに!すげえ蔵書。なにこの椅子。誰が座ってたの。すげえ。」
と大興奮していた。
恥ずかしながら私は司馬氏の著書を読んだことがないので、このファン心理丸出しの興奮ぶりにはちょっとたじろぐ。
司馬遼太郎に心酔する人は数限りなくいるはずで、きっとその人たちにとってはここは聖地なのだろうな。

記念館内は撮影禁止なので、中の写真はない。
私の安藤建築ランキングの中では、光の教会と並んで一、二を争う、すばらしい建物であった。
体の移動=視野の移動を、これほどドラマティックに演出している場もなかなかないだろう。
バリアフリーで文字どおり敷居の低い雰囲気のエントランスを入り、地下の階へ降りていく。
地下への階段を降りて振り返ると、そこには高さ11メートルの、1階からつながっている大書架がある。
これは、司馬氏の蔵書の一部を、「イメージ展示」の方法で見せているのである。
1階に大きくはめられた美しい模様入りの磨りガラスを通して、光がやわらかく降り注ぎ、その光景に神々しささえ感じる。
一度身を低くすれば、振り仰いで見上げるものはますます高く見える。
地下へ移動して、2階分ぶち抜きの縦に長い書架を見せる……安藤さん、あなたの視覚のマジックには毎度幻惑されますよ。

司馬ファンならもちろんのこと、私のような司馬ド素人な人間でも、この「イメージ展示」には、まるで司馬氏の脳内に迷い込んだかのような畏怖の念を覚えるだろう。

それにしても安藤忠雄という人は、よくぞここまで豪胆でいられるものだ。
「対話ノート」という名前の意見感想ノートにも、いろいろと苦言も書いてあった。
もちろん大半の感想は、建築よりも司馬遼太郎に対する思いをつづったものだったが、たまに
「こんな展示の仕方では、上のほうの本が見えなくてわからないし、本が傷むと思う」
「このイメージ展示という手法はいかがなものか。せっかくの司馬氏の蔵書なのだから、きちんと分類し、皆の手に取れるようにしたほうが有効ではないのか」
と、“建築家の自己満足”を指摘するような声もあった。

ナルホドねえ。
熱烈な司馬ファンであり、建築などどうでもいいという人には、そのように見えるのかもしれない。
しかし、あなたたちはこのドラマティックな視点の移動と美しい光景——そう、まさに“光景=光の景色”だ——を体験して、ますます司馬遼太郎氏へのあこがれが、強くならなかっただろうか?
この造形は、建築家と大作家との間にカチリと切り結ばれた、一瞬の火花だ。
どちらかの力が劣っていれば、たちまちどちらかが斬られる。
双方の刀は、互角の鋭さだ。
(もっとも、あとになって夫は「あれは……建物が(司馬氏より)勝ってたなあ……。司馬遼太郎はすぐれた作家だけど、この先100年残るかといったら、どうだろう?でもあの建築は100年残る、それほどすごかった。」と言っていた。)

ここを“体験(見学という言葉は甘い)”すれば、あえて、本が傷むとか上方の蔵書がよく見えないとかいうごもっともな意見をはねのけて、この「イメージ展示」を採用した安藤氏は、この形で最大限のリスペクトを司馬氏に向けて表現したメッセージなのだと知れる。

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スタッフの数の多さと、人情味あふれる雰囲気にも惹かれる。
ちょうど、光の教会(レポート記事光の教会——“イメージ”を獲得するための結晶として)で信者のかたたちの温かさに触れたのと同じような雰囲気だ。
「これが、大阪の土着性というのかなあ。すげーいい雰囲気なんだよな……光の教会といい、ここといい、そこにいる人たちが喜んで働いていることがわかるんだ。
安藤さんのよさをちゃんと受け止めているという感じがするんだよ。
やっぱり地元の建築家という強さなのかなあ。大阪の人間性なのかなあ。すごくいいよなあ。
第一、この建物が自分の家の隣とかに建ってても、ぜんぜん嫌じゃない。ほらほら見ろという自己主張がなくて、本当に、ちゃんと住宅地の景観を壊さないようにしてるんだ。この意志の力はすげえなあ。」
ここをあとにするとき、夫はしみじみと言っていた。

大阪滞在がわずか24時間という短い間に、本当にいろんなところを駆け回った。
最後にこのような幸福感を覚えることができて、よかった!



あ!
本来の目的は、息子の出展している写真展でした!
急がねば、日が暮れます!会場へダッシュ。

(完結)

by apakaba | 2009-01-17 01:41 | 国内旅行 | Comments(9)
2009年 01月 15日

毛玉取り器購入、そしてPL法

ニット製品の毛玉って、その服の値段にはとくに比例しないみたい。
高かったあの服も、安物をさらに半額にしたこの服も、毛玉の出やすい服は出てしまう。

毛玉取り器を、10年以上前に使っていたが、引っ越しのときに誤って捨ててしまったらしい。
今日、新しく購入するために量販店へ行ってみた。

値段にずいぶん差があることに驚く。
6000円くらいの、4000円くらいの、2000円くらいの、1000円くらいのと。
6000円くらいのはコードがついている。
4000円くらいのは、充電・交流両用式。
2000円くらいのは、乾電池。
1000円くらいのも乾電池。

1000円のはちょっとパワー不足のような気がしたので、下から2番目の2000円くらいのを買ってみた。

家に帰ると、「コシヒカリ」が「わー。なにこれー」と言って説明書を読んでいた。
「ひげそりには絶対に使用しないでくださいだってー。こんなのひげそりにする人いるわけないんだから、わざわざ書かなくていいのに。」
PL法の説明をするのも面倒だからいっしょに笑っていると、長男「ササニシキ」も帰ってきた。
部屋に入るなり「わ!なにこれ。」と言い、いきなりスイッチを入れて頬に当て始める!
「あーっ!やっちゃダメ!おかーさん!」
あわてる「コシヒカリ」。
いたのねここに。
こういうことをするバカが。

「ひげそりに使っちゃダメなんだよ!説明書に書いてあるでしょ!」
と「コシヒカリ」は怒るが、「ササニシキ」は聞きもせず、今度は犬に向かって
「ようしこれさえあれば。コーシロー、オマエも終わりだ!」
と言って、体の毛に当て始める!
「あっ!ダメダメ!そういうことするものじゃないの!」
「そんなことしたって、生えている毛の長さが揃うだけで意味ないのよ。」
「そうなの?じゃあこれってなんのための道具なの?犬の抜け毛を刈り取るんだと思ってた。」
「ちがうよ……セーターとかの毛玉を取るものだよ。それも引っこ抜くようなことはしないんだから、犬の体に当てたって、抜け毛の解決にはならないよ。」
「なーんだ、そうなの。」
危ない男だ。
こういうヤツは目新しいものが来ると、前後の見境がないのでなにをし始めるか予想がつかないから、目を離せない。

ともかく、毛玉取り器で私のニットものは生き返った。
ニット製品って、毛玉があるとたちまちビンボッたらしくなるでしょ。
今年の目標は「おしゃれな人になる」ですからね。

by apakaba | 2009-01-15 22:24 | 生活の話題 | Comments(0)