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2009年 04月 30日

耳栓をして寝てみる

以前、アイマスク、ラヴラヴ!にも書いたとおり、私はとても寝付きが悪くて、ちょっとしたことですぐ眠れなくなってしまう。
昼寝のできるときにはアイマスクを使うようにしていたが、最近は音が気になるので、耳栓も使うことにしている。
聴覚は、人間の体の感覚の中で最後まで起きていて最初に起きる感覚だという。
だからたとえば手術のとき、患者の麻酔がかかっていると思って、周りの医者や看護師たちがその患者のうわさ話などをするのは厳禁だということだ。
寝ているように見えても、案外、耳だけは寝ていないのだそうだ。

ちょっとした物音もイヤ、ちょっとした明るさもイヤ。
まったく神経質なことよ。

今まで耳栓はたまの昼寝のときだけに使っていた。
もともとは旅行用に買ったもので、飛行機の中と旅先で寝るときに使っていた。
しかし、最近、夜に寝付けないことが多くなってきたので(そんなに昼寝ばっかりしているわけじゃないんですよ!)、夜も耳栓をしてみようかなあと思っていた。
でも翌朝に目覚ましの音にも気付かなかったら困るし、どうしよう。
夫は、私がお弁当を作れる時間に起きてこないと、私を起こさずに、そのまま寝かしておいてそっと出かけて行ってしまう。
「あーっ、お弁当を作れなかった!」
と、取り残されて驚いて飛び起きることになる。
それも悪いし……でも、夜に眠れないでいるのもつらいし。

ゆうべ、初めて耳栓を夜に使ってみた。
これはとてもよい!
長男が夜中にどたどた歩き回るのも、隣の家かどこかでやっているように遠い。
耳栓は、水の中に潜ったときの感じにそっくりだ。
外からの音がよく聞こえなくなり、代わりに自分の体の中の音がダイレクトに鼓膜に響く。
呼吸の音、唾を飲み込む音、軽く咳払いをする音、耳を澄ますと脈の音もする。
はじめはそれらの音が外の音よりもよほど鼓膜に近く響き、かえってうるさくて気になるかもしれないと思うのだが、それは自分の音なので、外からの騒音に較べて、慣れる。
自分の音とならすぐ仲よくつきあえる。
家族がトイレの電気をぱちぱちつけたり消したりする音や、階段を駆け上ったりする音より、自分の呼吸の音のほうが自分にとって心安らかなのは当たり前だ。
そのうちに眠くなるわけだ。

久しぶりに、心安らかに眠ることができた。
そして得意の長い夢を見た。
いつものような、長くて支離滅裂な夢の最後のシーンは、お膳が並んだ部屋だった。
夏目漱石の小説の登場人物のような初老の男性と、その年ごろの娘と、私と夫で、向かい合って和食の会食をしている。
初の顔合わせのようで、はじめは場が和まない。
やがてお燗したお銚子が出てきて、全員でおちょこの代わりに金柑をくりぬいたものでそれを飲む。
「カンミカンですな」
「いやまったくこれこそはカンミカンですなあ」
「はははは」
「ほほほほ」
おもしろくも何ともないのだが、我々は“缶みかん”と“お燗を金柑のおちょこで飲む=燗みかん”を無理矢理に引っかけて笑い交わし、酌み交わしているのであった。

「カンミカン、カンミカン」という響きが頭をぐるぐると駆けめぐったところではっと目が覚めた。
夫がネクタイを締めてもう出かけるところだった。
ああ、やはり寝過ごしてしまった!
目覚ましが聞こえなかったよ!
ああちくしょうなにがカンミカンだ。

やっぱり耳栓はダメかな。
どうしたらいいんだろう、酒量が足りないのかな?(そのせいなのか!)

by apakaba | 2009-04-30 17:57 | 健康・病気 | Comments(4)
2009年 04月 29日

ヌード撮影バナシ

私: 篠山紀信がさー、ちょっと前まで、どっかのビルでヌード展みたいなのやってたの、知ってる?(註:恵比寿のNADiff a/p/a/r/tにおいて開催されていた企画展。)

夫: 知らない。

私: なんかヌード写真集(NUDE by KISHIN)を出したらしくて、その出版記念みたい。
夫: へえー。興味ないな。

私: 私さー思うんだけど、ヌードって、モデルの限界を感じちゃうのよ。ヌードって、自分のハダカを不特定多数の人間の目にさらされてもいいという女がヌードになるわけでしょ。それは通常の神経の持ち主とはかけ離れてるよねえ。
やっぱり、体を世の中に出してかまわないという神経の女ってふつうじゃないよ。そうすると、写真にもそういうものが映ってきちゃうし。ポルノ女優っぽいというか、あ、ふつうの女の人じゃないやというのがすぐ見えちゃうし。
そうすると白けるのよねえ。

夫: うーん、それはしかたないことなんじゃないの。
だって、撮られていることを意識してないとかだったら、盗撮とかの世界だろ。
そしてそれが美しいかといったら、見ていてちっとも美しくないし。

私: そりゃそうだよ、盗撮とかハメ撮りとかじゃなくて、もっと、たとえばそこらへんの、きれいな素人で、絶対にヌードモデルになんかならないような女性をプライベートで撮ったりしていたら、それはずっと素敵で、撮った人間との関係性を感じさせる写真になると思うのよ。
でもそういう写真は決して世に出てこない。
それで、シノヤマとか荒木とかがすごいすごいともてはやされるのは、なんとなく納得いかない気がするんだよねえ。
だって荒木なんかは、モデルが素人だとしても、荒木に撮られるという時点ですでに欲情しちゃってるじゃないの。あれがいただけないのよねえ。

夫: うーん、シノヤマは、ふつうに写真を撮らせると本当にうまいんだよ。でも、途中からなんだか知らないけどハダカに芸術性を求めようとし始めて、いきなりつまらなくなった。
モデル云々というより、シノヤマの問題だろうと思うよ。

私: ヴィジョンズ・オブ・アメリカの第三部にシノヤマのヌード作品も出ていたけど、あれはダメだったなあ。
すごく、凡庸でがっかりした。

夫: あれなあ。作り込みすぎなんだよ。考えすぎなの。
そもそも、ヌードって本来が性的なものであって、撮る側は性的なものを感じているのに、シノヤマがいかにも性的なものを感じていないかのように作るところがつまらなさの原因なんだよ。
変に芸術らしさに走って、性的なものを排除しようとしたところが間違っていて、ふつうに撮ればすごくうまい写真家だったんだよ。

私: ふーん。たとえばさあ、メイプルソープのヌード写真見てマスターベーションするヤツっていないじゃない。

夫: 当たり前だよ、だって彼は性的なものを感じていないんだから。

私: あれはあれですごいよね。ああいう突き詰め方って彼にしかできないよね。
ただもう、肉体の美しさに圧倒されて、性欲なんか消し飛ぶじゃない?
でも、通常の男は、彼みたいなガラス玉みたいな目玉でヌードを凝視して、形の美しさを追求することってないもんね。
そうなると、ジョンベルの撮った女がやっぱり説得力あるよなあ。

夫: ジャン・フランソワ・ジョンベルな。あれは、だって寝てから撮ってるんだから。プライベートが出るだろう。

私: だからヌードって本来そういう魅力を持ったものだと思うのよ。作り込みを半端にしても、なんか、汚いよ。マスターベーションにも使えない、突き抜けた美も半端なモデルしか使ってないから感じられない、じゃあ、さっぱり撮る意味がわかんないよ。

夫: ま、日本の写真家はつまんないってことだな。
日本の写真家ですごいのは、星野道夫と、杉本博司だ!

私: バカねそれ両方とも限りなくニッポン人じゃないじゃん。

夫: そういうこと。ステージを海外に移しちゃった人な。


※以前、レノンの命日に、メイプルソープの美神を思い出すというのをここに書いたことがあったので、こちらもよければどうぞ。

by apakaba | 2009-04-29 23:19 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(6)
2009年 04月 25日

インド料理店にて

パラク・パニール(ほうれん草とチーズのカレー)を食べようと思って、インド料理店へ。
今までに4,5回入ったことのある、南インド料理を得意とする店へ行った。
いわゆるよくある日本国内のインドカレー屋では出さない、イドゥリ(米の蒸しパン)やワダ(豆をすりつぶした甘くないドーナツ)を、自宅からすぐの街で作っているというのは不思議な感覚がする。

私は、行きつけの飲食店とあまりにもなじみになるのは苦手である。
足繁くかよっていても、ひとりで入るときはほっといてほしいほうだし、誰かといっしょに行くときも知らん顔をしていてくれるような、ドライな接客が好きだ。

だがインド料理だけは、たいていこの正反対なことになる。
インド国内でも、外国のインド人街でも、私の周りには店員や隣の店の人間までが仕事を放り出して取り囲み、デザートやチャイをふるまってくれる。
旅先では、別人のようにサービス精神旺盛に、ヒンディー語やインド映画の話をするからだ。
ヒット映画の挿入歌を原語で唄ったりすれば、やんややんやの喝采だ。
でも日本国内ではさすがに他のお客さんに対して恥ずかしいので、めったにこういうトークはしない。
壁に据え付けられたテレビに次々と俳優たちが映ると、“本当は私は片っ端から彼らの名前を言えるのだよ”と心の中では思いながら、文庫本を開いて黙々とカレーを口に運ぶだけである。

この店は昨年11月のオープン当初にはまだお客が少なかったので、ちょっとだけ店員さんたちとしゃべったことがあった。
日本語がほぼ話せないような人ばかりなので、おもに英語とヒンディー語を交ぜて話し、まるで旅先の食堂のような気分だった。
しかしたちまちのうちに人気店となり、たくさんいる従業員はランチタイムにはフル回転しているので、私などとのんびり映画やインド旅行の話などしている余裕はなくなった。
だから数回かよったがお互い知らんぷりということがつづいた。

やや久しぶりに行ったその店は案の定満席で、私は隅の席でサスペンス映画の暗すぎる画面に目をこらしながらランチセットを頼んだ。
パラク・パニールはおいしいが、ランチでは私の好きなイドゥリやワダは出ない。
3時以降のメニューなのだ。
画面が暗い……ダンスシーンはないのかな……主演は誰だろう……といつものくせでテレビを凝視していると、ホールのチーフらしき男性が、オーダーに駆け回るスタッフや満席のお客の間を縫って、こそっと私のテーブルに寄ってきて、さりげなく小さなワダの載ったお皿を置いた。
「サービスです。ひちゃちぶりの、おきゃくちゃま。」
つたない日本語に、思わず笑ってしまう。
アツアツ揚げたてのワダには、「おいしいわー!」という言葉が何度も口をついて出る。
チャトニ(ワダにつけるソースのようなもの)も複雑な風味で、爽やかだ。

やがてだんだんとサラリーマンのお客の波がひけてきたので、サスペンスタッチの画面を指さし、
「これは新しい映画?Who is the starring actor? 」
と尋ねてみた。
ここはひとつ、お礼のトークだ。
チーフはにっこり笑って、
「アクシャイ・クマール。」
「ああ、アクシャイ・クマール。」
とくにファンではないがもちろん知っているからヒット作の歌でも唄ってもよかったのだが、店内中の注目を浴びたくないので控えた。
やがてアクシャイ・クマールの大写しになったから
「アクシュー?(アクシャイの愛称)」
と指さすと、チーフはとてもうれしそうに「Yes!」と答える。
毎日こんなにどっさりお客さんが来ても、たまたま店内テレビに映っている俳優を、ニックネームで呼ぶお客はここにはほぼ来ないんだろうなあ……私は彼らにとって、自分で思っている以上に印象の深い客なのかもしれないと思った。

インド国内よりも、インド以外の国でトークをすると、彼らはとても喜ぶように感じる。
インドにいる日本人は、知識や言葉も、私などくらべものにならないほど豊富な人も多いだろう。
しかし、日本を含めインド国外に暮らすインド人たちは、お国のカルチャーや食べ物や言葉をちょっと知っている人間がいることを、
「へえ!知ってるの?まさかこんなところで、外国人とこんな話ができるとは思わなかったよ!」
と驚き、うれしがってくれる。
“まさかこんなところでこんな話ができるとは”ということがドラマチックなのだな。
日本人が外国を旅していても、日本のことを知っていると言って近づいてくる人間はろくでもないことが多い。
でも、インドのトークを私がするとき、相手のインド人の目の中に、望郷と誇りが浮かぶように感じる。
I love India.と、彼らはまっすぐ目を見て笑顔で言う。
その目を見るのが好きだ。

by apakaba | 2009-04-25 08:58 | 食べたり飲んだり | Comments(4)
2009年 04月 22日

髪型を変えに行く(そしてその道中の音楽)

髪型を変えようと思っていて、ここ数日、街ゆく女性のアタマをずっとチェックしてきた。
気付いたのが、とくに若い人は、「みんな、けっこうエコノミーなアタマをしているのね?」ということ。
とりあえずカラーは入れているが、だらっと伸ばしっぱなし・ナナメ前髪のミディアムロングを、そのままか、ひとつに束ねているくらい。
髪型と呼べるほどの髪型を、していないのだな。
私が若かったころみたいに、女性は全員ソバージュとか、全員サーファーカットとか、全員聖子ちゃんとか、そういう現象は今では見られない。
過度な流行はつねに滑稽さを伴うので、今の女性たちの脱力ヘアスタイルは、いいと思う。
しかしお金をかけていないことは一目瞭然だ。
不況アタマと命名。

夕方に予約が取れたので、クルマで片道1時間の美容室へ。
往きはきのうにつづいてSteve WinwoodのBack in the High Lifeと、U2のHow To Dismantle An Atomic Bombをかける。

15年くらい前からなじみの美容師さんは、あまり短く切らないで、カットとパーマでイメチェンを図ったらどうかというので従うことにした。
短くしすぎると老けるからねえ。

きのう、「髪を短くしようと思う」と子供たちに言ったら猛反対に遭ってびっくりした。
次男は「髪を短くするとおばさんぽくなる」と決めつけるし、とくに娘の「コシヒカリ」は、私の髪に前からなぜかとても執着している。
私の、長くてツヤツヤの髪(私は髪だけは艶やかで年を取らない)が憧れのようで、よく触ったり、「三つ編みやらせて」と言って遊んだりしていた。
今日も出かける直前に
「おかーさん行っちゃうの!待って待って!写真撮らせて!」
と、あわてて携帯カメラとコンパクトカメラで撮っていた。

自分が子供だったころ、母親の髪の毛なんか気にしたこともなかった。
ただ、母は白髪の少ない髪だったのに、50歳くらいで大病を患ったあとに白髪が激増したため、初めて白髪染めをしてきたとき、“お母さんの真っ黒だった髪が茶色くなった。おばさんぽいなあ”と思った覚えがある。
年齢も違うけれど、私の冷淡さと較べて、娘は「やだやだおかーさん、髪切らないで!」といやに執着する。

「じゃあどんな感じのスタイルがいいでしょうか?」
美容師さんに尋ねてみると、
「逆にこの長さを生かして、ところどころランダムに短い毛束を作って……わかりやすく言うと、麻丘めぐみがやっていたような……」
「ああ、『愛と誠』みたいな……?」
「そうそう、ああいうバツンとした段をいくつか大胆に入れてですね……」

(一体このたとえは、本当にわかりやすいのでしょうか?)

「毛束になる段をいくつか、おもしろおかしく作って、そこにパーマをかけるとなかなかおもしろいと思います。」

(この、“おもしろおかしく”というのがとても気に入ったので、彼の提案を採用した。)

たしかにおもしろおかしい髪型になって、いつもながらさすがの腕前だと感心する。

帰りにはU2の残りと、美容師さんとの会話で出たからZEPのⅣをかける。
Ⅳを1枚分全部聴くことはふだんはあまりないのだが、意外と夜のドライブに合うなと思った。
とくにThe Battle Of Evermoreの演奏は、暗闇の荒野を走っているような気分へと誘われる。
頼りないヘッドライトに浮かぶ未舗装道路に目をこらして、こらしているつもりがいつの間にか意識がよそへ、暗闇のほうへ、飛び去っていくようなドライブ。
本当は工事中の山手通りを爆走しているのだが。
それにしても、Stairway To Heavenという曲は、音楽史に100年残る曲だな……とも思う。
“聞き流す”ということを決して許さない曲。
Ooh, it makes me wonder……が始まる直前のギターからは、もうどこかちがう場所へ連れて行かれる。
それがどこなのか……この曲は、あらゆる場所へ連れて行く。
たとえば、停電ばかりのどこかの国の安宿の部屋。
豆電球の下、ガタガタの椅子で片膝を抱えて、なにもしていないひとりきりの自分が見える。
ざらざらしたテーブルで日記を書く。
爪に詰まった土埃を、もう一方の手の爪で取る。
でもちょっと髪の間に指を入れて、頭を搔くと、またたちまち爪が真っ黒になっている。
なぜこんな景色が見えるのか、とても不思議だ。

この曲のことを、前にも書いた。
ツェッペリンⅣは人生のあらゆる局面にマッチするというのを、5年前に書いたことを、聴いているうちに思い出した。
あのときは、今6年生の「コシヒカリ」はまだ幼稚園児だったのか……と、年月の速さに泣きたくなる。

それにしても、音楽を聴いて泣きそうになったり意識が別のところへ行ってしまったりでは危ない。
Ⅳが終わったので、最後はこれも夜にぴったりのアルバムでDonald FagenのThe Nightflyで締めた。

by apakaba | 2009-04-22 23:19 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(6)
2009年 04月 21日

からすぎなければ

きのうの昼、お昼ごはんをどの店で食べようか考えながら運転していた。
前日のお昼は渋谷のベトナム料理店でフォーとチャーハンのセットだった。
今日はなににしようか……吉祥寺で気に入っている店をひととおり思い出し、タイ料理が食べたくなって、去年の6月にオープンした「クルン・サイアム(ぐるなびのリンクページこちら)」へ。
吉祥寺にはたくさんタイ料理店があるが、最近はここに連続して行っている。

でもね、いつも書いているように、私は絶望的にからいものが苦手なのです。
この店の料理はおいしいけれどからい。
日替わりサラダのセットを頼む。
「あのー私、からいものがとても苦手なのですが大丈夫ですか!」
「からさは作るときに調節できますから。まったくからくなくもできますよ?まったくからくなくしますか、ちょっとは辛みも入れますか?」
まったくからくなくというのは、それはそれでつまらない気がする。
「ええとちょっとだけ、辛みを入れてください。」
とオーダーしてみる。

セットのスープには、前回の教訓から、味も見ずに卓上の砂糖を1杯溶かす。
これくらいしないと、とうてい飲めません。
“ちょっとだけ辛みを入れて”のオーダーで作られたサラダ(というか、野菜と肉のあえもの)は、私にはからくてからくて、砂糖を全体に振りかけて、ようやくどうにか食べることができた。

これで、“ちょっとだけ辛み”なの?!
じゃあふつうのからさは一体どれくらい?
ちょっとだけにしてもらってさらに砂糖をざくざくかけても、からさで鼻水は垂れるし唇は腫れ上がるし涙は浮かんでくるし、私ときたら誰が見ても我慢大会の苦行状態。
店内では若い女の子が顔色ひとつ変えずにパクパクとランチを食べている。
みんなどうしてそんなにからさに強いの?
味覚がどうかしてるんじゃないの!
大体、からいという字はつらいと書くじゃないの。
からいことはつらいことなんだよ!

「うるさいよ。だったらタイ料理なんか食べるなよ」と言いたいんでしょう。
ちがうのよ。
タイ料理は好きだ。
エスニック料理は、いくらつづいてもぜんぜん飽きない。
店で食べるだけでなく、家でもしょっちゅう、ベトナムフォーやソムタム(青パパイヤのサラダ)、生春巻き、パッ・タイ(タイの焼きビーフンみたいなもの)、グリーンカレーなどいろいろ作る。
でも、家で作るときはからくしない。
辛みを足すにしても、私が鼻水を垂らさないで食べられるレベルね。

いつも思うのだが、店の料理(つまり本場のタイ料理)は、なぜあれほどにからくしないといけないのだろう。
あんなにおいしいのに、からすぎると、おいしさよりもからさがなによりも先立ってしまって苦行じみてくるように感じるのは、からいものが苦手な者の身勝手さなのか?
あのからさあってこそ成り立つ料理なのだとしたら、やはり私は本当の意味ではタイ料理が好きなわけではないのだな。

唇が腫れ上がったまま、帰りのクルマではSteve Winwoodの名盤Back in the High Lifeをかける。
1曲目のHigher Loveのイントロから80年代っぽさがぶわーんと香り立つな。

by apakaba | 2009-04-21 18:05 | 食べたり飲んだり | Comments(10)
2009年 04月 17日

忘れっぽいことを忘れるな

ゆうべ、「アキタコマチ」が食事の直前におやつをバカ食いして、それから食事にしたら、「ううっハラが痛い!ハラが痛い!」と苦しみ始めた。
「オレって、だいたいいつもハラが痛くなる!多分、ごはんの前におやつをきゅうに食べ過ぎるのがいけないの。」
「自分でわかってるならよしなさいよ。」
「でも、つい食べちゃうんだよ。毎回忘れちゃうんだよね。」
「自分はおやつを食べ過ぎるとあとでお腹が痛くなりやすいんだってことを忘れないようにするのよ!」

この子は私によく似てとても忘れっぽいので、たびたび、こういう実りのない会話をすることになる。
こういうとき、私は“自分は忘れっぽいという、そのことを覚えてさえいればいいのだ”と言うことにしている。

「アキタコマチ」はなかなかおねしょのくせが治らず、大きくなってもおねしょをしてしまうことがあった。
私はそのたびに言い聞かせてきた。
「おかーさんは、あんたに『おねしょをするな!』って怒ったことは一度もないでしょう。誰も好きでおねしょをするわけじゃないんだし、眠っているんだから寝ている最中に気をつけるのは無理だよね。
でも、『自分はおねしょをしやすいのだから、寝る前にはあまり水を飲まないで、トイレに行ってから寝よう。』ということだけは忘れないようにしなさい。
おかーさんの言っていることは、おねしょをするな、じゃないのよ。
おねしょをしやすい自分、を忘れないようにしよう、ということなのよ。」

つい数日前に、「アキタコマチ」は風邪を引いて内科に行ってきた。
帰ってくると、処方された飲み薬を、年寄りがよくやるように日ごとに分け、三分割したピルケースに収めている。
「まあずいぶんマメだね。飲み忘れないようにしてるの?」
「うん、オレって本当にバカで忘れっぽいからさー。やってみたの。」
「そうだね、おかーさんがよく言っている危機回避の方法だね。自分がバカで忘れっぽいということさえ自覚していれば、危機を避けるためにどうしたらいいのかが見えてくるんだよね。」
「そう、おかーさんにいつも言われてるから記憶力になんか頼るのはやめて、いろんな予定も、なんでも手帳と携帯のスケジュール帳と両方に書くようにしてるんだ。だってオレってほんとに驚くくらいに忘れっぽいから。ものすごいバカだからさーアハハ。」
「そうだねアハハ。自分がバカだということすら忘れたらもう終わりだねえアハハ。」
「ほんとだよねアハハ、もうおしまいだね。そしたらオレどうしようアハハ。」

ほのぼの情けない会話だ。
でも、この危機回避の方法は、大人にこそ応用可能だろう。

子供に注意するにしても、後の祭りなのに「おねしょをするな!」「食べ過ぎるな!」「薬を飲み忘れるな!」など怒鳴りつけても無意味である。
「どうしてこうなっちゃったんだろう。それはキミが忘れっぽいからなんだ。そのことさえ忘れなければ解決できるんだよ。」
と言うほうが、子供にとって希望を持てるし、言っている親としても怒りを抑えることができる(内心では、「またおねしょか!フザケンナ〜〜〜っ」と叫びたい衝動に駆られていても)。
私もとても欠点の多い性格なので、自分にもよく当てはめてみている。
根本的な性格ってどうせさほど変わらないから、短所を自覚するくらいしか、人はやることないんだと思うわ。

by apakaba | 2009-04-17 18:11 | 子供 | Comments(7)
2009年 04月 16日

小学校ママも最後なの

小学校の保護者会へ行ってきた。
年に何度か保護者会があるのだが、いつも仕事のある曜日と重なっていたので、3年ぶりくらいに出席できた。
「(保護者会に)いるからびっくりしちゃった!」
と、いろんなお母さんに言われた。

今年は、私にとって、感慨深い年となるだろうなあ。
高校・中学・小学校の子供3人を、いっぺんに卒業させる。
とりわけ、なんといっても小学校が今年で最後かと思うと、感慨無量である。
3人分、のべ18年分、小学校ママをやってきました。
高校受験と大学受験と、ふたり受験生を抱えてはいるけれど、やはり親としての関わりが密で思い出深いのは小学校なので、できるだけ役に立てればと思っている。

とかなんとか考えながらクラスの懇談に入る前、隣のクラスのお母さんが私を呼ぶ。
「卒対(卒業対策委員会)やらない?あたしやろうと思ってるんだけど。Aさんもやるって。どう一緒に?」
こういう言葉、ヨワイねえ。
この人とは、7年前にいっしょにPTA副会長をやった仲だ。
そしてAさんというのはそのときのPTA会長だ。
「へえ!やるの?わかったやるやる。こっち(自分のクラス)で立候補しておくから!」
クラス懇談会直前の土壇場に、ドアの前で約束した。
卒対は考えていなかったけど、「やるか?」「やるやる!」みたいなノリにはコロッといってしまう。

クラスに入って今年度の委員を決めるとき、広報委員も引き受けちゃった。
だってなかなか決まらないんだもん。
「ミタニさん、久しぶりに来たと思ったらいろいろ引き受けちゃって。仕事もしてるのに、すごいじゃない。」
帰りにもいわれ、Aさん(案の定、卒対委員長になっていた)からも同内容のメールが来た。

褒められたいから掛け持ちを引き受けたわけでもないんだけど。
今年で最後だ、という感慨と、この学校のお母さんたちはレベルが高い人が多くて、いっしょにやっていて楽しいということと、なによりも、数年ぶりにでも行くと声をかけてもらえることがうれしいのよね。

ちょうど10年前あたり、私は友だちがいなくて、ひたすら暗く暮らしていた。
PTA活動なんて絶対にやりたくないと思っていたし、あんなのをやる母親なんてダサいおばさんだと思っていた。
でもそのあと引っ越してこの学校に入ったら、お母さんたちのきれいで有能なことにびっくり仰天。
主婦だといっても、明日から現役でどんな職場にでも復帰できそうな切れ者の美人がそろっている。
企画ひとつ通すにしても、ノーアイデアのまま集まって、ゼロから「どうするー?」ではなくて、
「ねえ、ミタニさん、そろそろナントカの行事だけど。私、家で原案だけ考えてレジュメを作ってみたんだけど、これどうかなあ。時間のあるとき見てくれない?」
と、すでにたたき台をプリントアウトして作ってくれるような人たちだ。
私などはバカ面で「へー。いいね。いいんじゃない?」と相づちを打つだけ。
もうまったく、私などと〜〜〜〜く(遠く)及ばない能力の持ち主がそろっているのですよ。
地域性があるのだな、お母さんのレベルにも。
そういう人たちといろいろ話し合っていくのは楽しい。
私は、長くこの学校にいるだけで「へー。いいんじゃない?」くらいしか言えない無能なメンバーだが、忘れずに誘ってもらえるだけでありがたいと思うわね。

というわけで、今年度は、受験生ふたり、広報委員、卒業対策委員、図書ボランティアといろいろやります。
ここの更新は滞ります、と今から言っておこう。

図書ボランティアでは、なぜか文学好きと思われているらしく、私の担当は『小僧の神様(志賀直哉)』『最後の一葉(O.ヘンリー)』『雨月物語(上田秋成)』と、リッパな作品ばかりを割り当てられている。
広報委員では苦手の写真撮影、アンド文章書きかー。
とりあえずニコンD70を使えるようになって、行事に出動だ!
文章はどうせ決まり切ったことしか書けないし。
がんばります。けっこうやる気満々よ。

by apakaba | 2009-04-16 23:24 | 生活の話題 | Comments(4)
2009年 04月 14日

ソルトリーフ初体験

椅子から立ち上がるほどのおいしさ。
え、知ってる?
すぐ近所のスーパーで売っていて、とても気になっていたのだが、先日思いきって買ってみた。

海ぶどうによく似た食感で、生のままいくらでもつまんで食べてしまいそう。
爆発的ヒットの予感がする!
写真を撮っていないので、「ソルトリーフ」オフィシャルサイトでご覧ください。
とても美しい野菜です。
でも、作りものっぽくてちょっと食べ物じゃないみたいにも見える。

フリルアイス(エコ作という会社が出している水耕栽培のレタス。これもしゃれていておいしい!エコ作のサイトはこちら)・アルファルファ・ソルトリーフ・松の実・パルミジャーノチーズでサラダにして、塩胡椒と白トリュフオイル(白トリュフをオリーブオイルに漬け込んで香りをうつしたオイル。信じられない芳香)とアップルヴィネガーをかけて食べてみた。
こんなコジャレたサラダを家で食べられるんだから、レストランに行く必要がないじゃん!と家族一同絶叫のおいしさ。
まあ、これもコジャレた野菜やオイルを簡単に買えるからなのだが。
そのかわりに、当然だけど高い。
ソルトリーフは1パック260円くらい。
これで100円だったら週3回は食べてもいいくらいだ!

「こんなの初めて!」な体験は、あらゆるシーンで大事な喜びをもたらしてくれるものだけれど、このソルトリーフにはびっくりしたねえ。
いろんな食材を口に入れたときの「え!?おいしーい!こんなもの初めて食べた!」という感動はいくつになっても忘れたくない。
海ぶどう、青パパイヤ、パクチー、モロヘイヤ、牛や豚の妙な部分(内臓とか腸とかの)。
フランスの片田舎の朝食についてきた、信じられない新鮮さのバター。
イスラエルのトマト。
ダマスカスの羊。
札幌の北大クマ研(北海道大学ヒグマ研究グループ)の分室でわけてもらった、自家製鹿肉の燻製。
フォーという麺があるのか、ライスペーパーってなんなんだ、ラクサってフォーとはちがうのか?
学生のころにさかのぼって、高田馬場の焼鳥屋で初めて食べたトリ刺し。「鶏肉ってナマでもいいの!?」
もっとさかのぼってマンゴーやパパイヤみたいな南国フルーツ(昔のニッポンにはありませんでした)。
真っ赤じゃないスパゲッティ。

まだまだ、食べたい。
まだ知らなかった、新しい、いろんなものを、食べたいわ!

by apakaba | 2009-04-14 15:24 | 食べたり飲んだり | Comments(6)
2009年 04月 11日

安藤忠雄ギャラリートーク@21_21 DESIGN SIGHT sanpo

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陽光と、幸せ満ちる土曜日。

東西の安藤忠雄建築をあれこれを見てきたが、ここは自宅から近くにありながら建物の中に入ったことがなかった。
東京ミッドタウンのアネックスとして2007年にオープンしたミュージアム「21_21 DESIGN SIGHT」(サイトこちら)は、三宅一生らをディレクターに擁し、さまざまな企画展を打ち出してきたが、どうも私には「行きたい」と強く思わせる企画がこれまでなかったため、建物の外側だけを眺めるにとどまっていた。

安藤建築(に限らないが)は、建物の中に入って歩き回ってこそ真価を身体的に知ることができるということはわかっているのだけれど、「まあ、近いし、そのうち魅力的な企画展が来たら入ろう」と思っていた。
今年の2月から、「U-Tsu-Wa うつわ」展が開催され、3月に行ってきた。
数日前、そのことを書こうと思って特設ページを見ていたら、たまたま、今日の午後に、安藤忠雄氏のギャラリートークがあるということを知り、再び行ってきた。


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企画展のチケットを提示すれば、整理券や予約などの手続きなしに自由に聞くことができるというラフなイベントのため、かなり早めに行ってみたのだが、受付の人が「十分に入れますし、お近くでお話を聞けます」というので、やや拍子抜けした。
もっともっと、山ほどファンが訪れると思っていたのに、のどかなものだな。


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時間があまったので、あちこち撮影してまわる。
「21_21」を、私はずっと「にーいちにーいち」と読んでいたのだが、本当は「トゥーワントゥーワン」と読むのであった。

3月に初めて中に入ったときの印象になるが、「うつわ」展は、3人の制作者たちの器を展示してあるもので、それぞれ悪くはなかったけれど、私にはやはりうつわのうつわ、つまり建築を体感できたことがなによりの収穫だった。
安藤建築の内部を歩き回るときいつも感じることだが、視点の移動に合わせて、刻々と印象が変化することには胸躍る思いがする。
第一印象では似たような建物だと思っても、いざ歩き回ると、ふたつとして同じなものはない。
この建物はここにあるのがもっともふさわしいのだ、という必然性を、最終的にはどれも感じさせる。


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美術館であるため、内部を撮れないのがかえすがえすも残念である。
半地下、というか展示スペースはほぼ地下に埋まっている。
建物が建っている土地自体も、ゆるやかに傾斜している。
これは裏手に回って撮ったのだが、この細長い窓は、中にいる人からするとちょうど顔の高さになり、体は地下に潜った状態で、首だけのぞかせて、外(左手の遊歩道)を眺めることになる。
そしてその眺めている首を、遊歩道にいる人間は見下ろすことになる。
そんな視点の仕掛けが、この建築には至るところに仕込まれており、自分がまるでキリコの絵の中の、あの濃い影を落とす登場人物になったかのような気分になってくる。
展示スペースの仕切り方が、閉じているような開いているような微妙な区切りになっており、それによって他の見学者たちの姿が、ふっと見えたり見えなくなったりする。
安藤氏のにんまりした表情が見える。


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にんまりした表情が見える、と思いながら2度目の鑑賞チケットを求めて入場すると、なんと安藤氏が座っていた。
トークまで出てこないと思っていたら、去年上梓した新刊にサインを入れているのであった。
『建築家』という本は、うちにあるよどうしよう、と一瞬迷ったが、やっぱり記念になるのでもう一冊買い求めて、「Maki」とサインを入れてもらった。
ちょうど行列の途切れたときだったので、
「関西の建築作品、ほとんど見に行っています。“日没閉館”にも行きました(ブルーメの丘「日没閉館」にてとして書いた)。」
と話しかけてみた。
「渋谷駅でも見に行ってみてください!」
と答えてくれた。(昨年、東京メトロの渋谷駅を設計した。)
これまで建築はさんざんまわってきたが、まさかご本人と直接お話ができるとは夢にも思っていなかったので、ぺらぺら話しかけている自分に驚いた。
それにしても、このエントランスからぐーっと傾斜している屋根、見事でしょう。
閉塞感と解放感のせめぎ合い。


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外だけでも、と必死の撮影。
トークは、地下の暗いギャラリー内で行われた。
この光あふれる戸外がうそのように、照明を落とした室内で、コンクリートむき出しの床に、お尻をつけてしゃがんだ。

安藤さんの声と話を初めて聞いたが、大阪弁であることに面食らった。
話が進むに連れてどんどん大阪弁率が上がってくるのが可笑しい。
石原都知事、橋下大阪府知事、京都府知事、など、有名人の名前が次々と出てきて、自由自在に持ち上げては落とす、落としては持ち上げる。
建築家として、権力者と向き合いながら意のままにはならないというのがおもしろい。

当然、録音や撮影は禁止なので、簡単にメモを取って聴いていた。
中でも、「建築家は、たくらむ者。“企画”とは企みのことだから、設計でなにかをたくらまなくては。」という言葉が印象的だった。


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企みという言葉は“良くないことを”計画するという意味合いが強いけれど、たしかに魅惑的な言葉だ。
それは子供のころの純粋なワクワクする気持ちの延長上にある。
安藤建築の内部に入って歩くときの快感は、まさに彼の企みに落ちる快感だ。

質問タイムがあったので、私も質問をしてみようかと思った。
前から、聞いてみたいことがあった。
一つは、とくに光の教会で強く感じたことだが、日本的な美の感覚をどれくらい意識しているのか、ということ。
「茶の湯や石庭の、極限まで自然を簡素化・抽象化した果てに現出する、“この世の何処にもない、調和に満ちた平安の世界”、実在しないが故に、その場にいる人間だけがくり返しくり返し、心の中に像を結ぶことを逆説的に許された、“イメージ”のたゆたい……」
こんなことを探訪記に書いたとおり、あのキリスト教会に日本的な美を感じたのである。

もう一つは、日本的な美ということにも通じるのだが、安藤建築は周囲の景観をまるで損ねず、含羞さえ感じさせるほどに奥ゆかしく、その地の人に愛される建物として存在する、その意志の強さはどこから来るのか。
このことは、司馬遼太郎記念館の探訪記で触れた。

しかし他の質問者がたくさんいたので時間切れとなってしまった。


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帰り道のベンチにて。
今日は、安藤さんご本人とお話しできたし、サインもいただいたし、トークも間近で聴けた。
そしてもう一つ、思いがけない体験をした。
トークイベントの1時間弱の間、コンクリートの床にお尻をつけて座り込むことで、いかにコンクリートが底冷えして住居としては住みにくいのかを、嫌というほど体験できたということである。
屋外ではTシャツ1枚という人もいるくらいの陽気なのに、体がきしむほど冷え切った。
しばらく、外のベンチで陽に当たって温まらないと、お尻が冷えでしびれてしまっていた。
なるほど安藤建築は、個人の住居として住む場合、そうとうの覚悟が必要なんだね!

by apakaba | 2009-04-11 22:35 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(6)
2009年 04月 10日

三重のおもひで

渋谷のタイ料理の店でネット友だちとランチ。
三重の女性が東京に遊びに来ているので、少しだけ会った。
三重の名所というと、伊勢神宮と熊野古道で、いいところなので是非行ってください!と強く勧められた。
私も行きたいとは思っているのよ。
先日の弾丸奈良旅行の日も、ほんとは伊勢か熊野古道を考えていたのだ。
こちらから行くには時間がかかるので、なかなか足が向かないのである。
ニッポンにも憧れの場所はたくさんあるものだ。

私は、三重に一度だけ入ったことがある。
学生のころに、長島温泉のナガシマスパーランドという遊園地に行った。
名古屋の男の子とつきあっていたときに、行ったのだった。

夏休みに帰省するときに、「いっしょに実家に来ない?」と言われた。
私は、帰省についていくなんて、家族にお披露目させられてそのままヨメ候補になってしまいそうでプレッシャーを感じてしまい、ちょっと及び腰になり、「いいけど、私はユースホステルにでも泊まるから。」と言った。
しかしカレは「うまくいけば、うちの空いてる部屋に泊まらせてもらえるかもしれないから、ユースの予約はしないでいいよ。」と言う。
それじゃますますヨメ候補になっちゃいそうだよーと心配になったが、名古屋へは夜中の東京発大垣行き普通電車、いわゆる“駆け落ち列車”で行くというので、それも一興かとつきあった。
当時、周りの人間がみんな貧乏学生だったというせいもあり、こういう苦行めいた電車の旅をよくしていた。
この大垣行き普通も、まさに苦行の車内だったが、その後“ムーンライトながら”という快速列車に替わったらしいので、まあいい思い出である。

カレの実家では、早朝に到着したにもかかわらず歓待され、「泊まるとこ決まってるの?」と聞かれて、まだ予約していないというとあっさり空き部屋に入れてもらえた。
お母さんは、「息子が女の子を連れてくるなんて、まあどうしよう!」と、感無量にうれしがって盛り上がっていたらしい。
なんか、スミマセン。

滞在中にいろいろなところへ連れて行ってもらい、ナガシマスパーランドにも行ったのである。
でも、バスに片道1時間乗ったということと、そのバスに乗っていた自分はどうにか思い出せるのだが、肝心の遊園地の記憶がなにひとつ残っていない。
バスに乗っているときは、
「三重県に行くのか。三重なんて生まれて初めてだわ。とても遠くへ来たような気がする!
でも名古屋の人にとっては、三重はちょっと遊びに行くようなところなのか。
距離感って、住んでいるところによってちがうものなのね。当たり前だけど。」
ということを考えていたのである。
遊園地のことは、入り口も中も、そもそも本当にたどり着けたのかさえも、すっぽりと忘れてしまった。
だから三重に行ったことがあるといっても、行っていないようなものなのである。

いろんな思い出があるもんだ。
“忘れてしまった”ということも、思い出のひとつなんだな。

by apakaba | 2009-04-10 18:30 | 思い出話 | Comments(11)