あぱかば・ブログ篇

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2009年 06月 30日

育ちが出ること

「アキタコマチ」の中学と「コシヒカリ」の小学校は区立で、給食が出る。
給食の話はよく出る。
「アキタコマチ」は、
「中学の給食はおいしくないおいしくない」
といつも言うが、食べないと午後の授業がもたないからしかたなく食べているのだという。
ふたりとも、給食費のもとは十二分にとるほど食べてきているらしい。
彼らの強みは“好き嫌いがない”ことだから、友だちが嫌いなものをみんな押しつけてくるのだという。

毎日毎日、
「今日、班のそら豆を全部もらった」
「今日はすいかを5切れもらった」
「スモモを班の子が全員残して全部もらった」
「今日のお魚のおかずをほとんどの子が嫌いで、わたしのお皿が山盛りになっちゃった。」
などと報告してくる。
それを、
「よかったねえ。得したねえ」
と言いながら聞くのだが、この子たちの親としてはたしかに“みんな、うちの大食いの子たちのためにありがとう!”と言いたいところだけれど、大人の人間としては喜んでばかりもいられない。
複雑な心境だ。

話を聞いていると、よそのお子さんたちの、あまりの好き嫌いの多さに唖然とする。
別に、うちのメニューのような、ゲテモノ系を食べろと言っているわけではなくて、給食なんて子供の食べやすい食材しか出ないはずなのに、「果物は全部嫌い」とか、「肉は全部嫌い」とか、極端な子供が多すぎる。
子供たちに聞くと、「食べたくないなら食べなくてもいいよ」と、親が残すことをゆるすからだという。
うちの子じゃないからいいや……という気もしなくもないけど、将来、息子のヨメや娘のムコがこんな調子じゃ、ばーちゃんイヤだなあというのが正直な気持ちよ。

私は自宅で幼児と小学生に勉強を教える仕事をしているが、えんぴつを正しく持てない子供がたくさんいる。
小さい子は誰でも正しく持てないから、一も二もなく褒めて励ます。
絶対に怒らない。
「わあーていねいな字だね!大きくてしっかり書いたね!次のページを書くときは、この中指を奥へ引っ込めてみよう?慣れないとぐらぐらするかもしれないけど、大丈夫。すぐ慣れるよ。そのほうがもっと、ずっとのびのびした字になるの。……あーっそうそう!えらい!うまい!ほらちゃんとできた!えらいねえ賢いねえ!おうちでも気をつけてやってくるんだよ!私の言ったことを忘れないでね!」
とかそんな調子。
何日かあいて、またうちへ来たときにはまた戻ってしまっているから、また励ます。
そのうちにだんだんと、正しく持てる日数が長くなっていく。

箸の持ち方とかの、いわゆるテーブルマナーも同じでしょう。
“食べられればいいでしょ”“書ければいいでしょ”ということではなくて、見苦しいか・見て美しいかも、重要でしょう。
ものを食べることだって同じで、出てきたものに感謝もせず、「まずい」「おええ〜」「キモイー」と言って顔をしかめて、お皿の隅に全部寄せたり残したり、うちの子供に押しつけたり(うちにとってはありがたいことですが)。
それは美しい眺めではないでしょう。
見て美しい子を育てるのは親の務めじゃないのかな。

箸が正しく持てず、えんぴつを正しく持てず、お皿の隅にピーマンを全部残して「おええ、臭い」と言うような人が我が家に将来来てしまったら、私はつらいよ。
よくいう「親の顔が見たい」ってヤツですよ。
そろそろ、子供たちもおつきあいなど始まるお年頃だと思うので、愚かな心配だとは思いつつ、ホンネだわ。
私自身と結婚するとかいうわけではなくて、子供たちが連れてきた人ならそれは不可抗力だもんね。
でも、でも、やっぱり気になってしまうだろうな。

by apakaba | 2009-06-30 22:41 | 子供 | Comments(14)
2009年 06月 28日

小さな旅というには小さすぎる旅?

“どっか行きたい”とだけはいつも思っていても、実行に移すのは難しい。
どこに行きたいのかも自分ではっきりわかっていないし。
でも行きたいなー。

木曜の夜、洗濯物を畳みながらNHKの首都圏ニュース845を見ていた。
井の頭公園の自然文化園で、カイツブリのひなが生まれて、親鳥が子育てをしている映像が流れた。
ひゃああ、かわいい!
これを見に行きたい!

動物好きの「コシヒカリ」に「土曜日、井の頭公園に行ってカイツブリの赤ちゃんを見よう!」というと喜んでついてきた。
NHKのニュースでやったら、週末にはお客さんが山ほど来てしまうことが心配だったが、午前中に行ったせいか、拍子抜けするほど人が少なかった。

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「エサくれーっ!」
いたー!かわいいー!
人が少ないので、ガラスに張り付いて長時間カメラを構えてみる。

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立ち上がった!
4羽生まれて、この立ち上がっているひなだけが大きくなっている。
長く見ていると、親が運んでくるエサ(水中の小魚)を、ほとんどこのひなが受け取ってしまう。
親の給餌シーンは、動きが速くてぶれてしまった。

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まだまだ、公園内のスタンプを押して喜ぶお年頃。
あとに待っている小さい子と同じ精神年齢でしょうか。
でも中学生になって、母親とふたりでカイツブリの赤ちゃんを見に来ることはなさそうだから、これが最後かな。

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「これが最後かな」と思うとなんでもいとおしく感じられる。
大人だけで来て、喜んでモルモットを抱っこするのも考えにくいし……そう思うと、子供って宝だね。
子供を喜ばせてやろうと思って、疲れていても無理して動いているつもりが、自分が楽しませてもらえているんだからねえ。

「わたしモルモットを飼いたい!中学生になったら飼おう!おとなしくて簡単そうだしー。ああ、早くほしいな!ここで買えないのかな?」

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どれがいいデスカ!
ナンテ、ここでは買うことはできません。

“どっか行きたい”の欲求はいつもの行動半径内ですぐに終わっちゃった。
正味1時間半くらい。

by apakaba | 2009-06-28 22:37 | 子供 | Comments(10)
2009年 06月 27日

ファラ・フォーセットとDV

今さらっぽいけど一つだけ。

DVの根深さをしみじみと思った。

ライアン・オニールは人間のカス。
(俳優としての才能などとは別に、女性に関しては。)
彼女の前にも何度も離婚したり結婚したり。
生涯一DV男。
だから子供たちもクスリだの暴力だのでメチャクチャ。
彼のメチャクチャな血がしっかり受け継がれてる。

DVの激しい男ほど、一時的に改心したときはとろけそうにやさしいというよね。
そのやさしさが麻薬のように忘れられず、また暴力が待っていても女はDV男の元に戻っちゃう。
暴力に屈して戻るのではなく、やさしさをもう一度味わいたいから。

死の直前になってまで、やっぱり彼女はカレのひざまずく姿に心を奪われたんだろうなあ。
あの求婚のニュースを字面どおりに受け取って「愛に感動」とかって……あはは。
笑う。

でも見方を変えれば最高の愛かな。
DV男には計算高さなんてないから。
彼らはある意味、いつでもまっすぐ。
「そのときは本当にそう思ったんだ」が彼らの流儀。

死にかけている人間に暴力をふるう人はいないから、きっと彼女は最後の最後には、彼のとろけるやさしさの中で息絶えたのでしょう。
だったらまあいいか。
本人が幸せな最期なら。
私は御免だが。

彼女ほどの美貌に恵まれて、世界中の男を魅了しても、ふつうの幸せを得られるとは限らないんだなー。
死の間際の求婚劇には、悲しく、やるせない気持ちになった。
せめて天国での安息をお祈りします。

by apakaba | 2009-06-27 09:45 | ニュース・評論 | Comments(6)
2009年 06月 25日

初いのししの宴、コーシローの悲しい一日

友だちから猪肉を1キロいただいたが、自分で調理をしたことがない。
スライスならぼたん鍋にするところだが塊のままなので、塊のままモツ煮込みのように煮込んでみることにした。

まず冷蔵庫で一日かけてゆっくり解凍。

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わあ!おかーさん、この肉はなあに?食べていいの?

「ダメだよ!」
解凍した肉を、コーシローに見せてみる。

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今日のボクのごはんなの?!ボクいい子だよ!

自分からお座りをする。
虐待ですなあ。

扱ったことのない肉なのでどうしたらいいのかさっぱりわからないながらも、とりあえず豚バラの角煮やモツ煮込みを作るときのように、下ゆでして洗ってどっさりの臭み消しとともに気長に煮込むという作業でやってみる。

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解凍してみたら、心配していた冷凍焼けもなく、きれいな血の赤だ。
鉄分たっぷりって感じぃ。
家畜の肉とはちがうねえ。
肉そのものに、力がみなぎっているように感じられる。
猪肉は、貧血にも効き、体を温めるという。
さあ、がんばろう!

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あのう、ボクずっとがんばってるんですが。
見て、こんなにいい子だよ!そろそろ「よし」って言って?


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あれ!どうして持ってっちゃうの!なにこのいいにおい!

下ゆでしたが、トリ足(モミジ)の宴のときとちがって、獣臭が鼻を打つということもなく、作業はスムース。
しかし肉が硬くて、いくら煮てもまったく柔らかくなってこない。
にんにく・しょうが・長ねぎと酒をどっさり入れて、ほろっと崩れるくらいに柔らかくなったのは、なんと7時間後。
頑固ないのししでした……

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ねえボクの肉はどこに行ったの?なんでにおいだけがしてるの?
ボクおかしくなりそう。

甘えるときにはあごを人の膝に載せてくる。
7時間も肉のにおいだけを嗅がされていたら参るだろう。

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やっと柔らかくなり、具材を入れてさらに1時間ほど煮込む。
そのとき初めて気づくが、あらかじめ肉を小さく切っておけば、これほど時間がかからずに済んだのではないのか?!
でも塊の肉って、塊のまま煮込むほうが味はいいというよね……

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なぜか色が飛んでしまったが現場っぽい雰囲気が出てるでしょう。
うちではカタマリ肉を切るのはなぜか「アキタコマチ」の仕事だ。

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ああ、すてき……

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ほろほろと崩れゆく肉塊と格闘する「アキタコマチ」。

おにいちゃん!おにいちゃん、ボクの肉は?!

まだ自分の肉だと信じてうろつくコーシロー。
「ごはんできたよー。」
全員そろって、いただきます。

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どーゆーことよ?なんでテーブルの上だけで盛り上がってるの?

だんだん現実を理解してきたコーシロー。

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ほんとにおいしくいただきました。
素人の調理だから、もっと獣臭いのかと思っていたけど、ぜんぜんクセがなくて食べやすい!
いのししバンザイ!1キロなんてあっという間よッ!
ごちそうさま!

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ふんっ……

犬って、ふてくされるとため息をつくんだよね。
このあと、いつものドッグフードをやりました。

by apakaba | 2009-06-25 17:05 | 食べたり飲んだり | Comments(16)
2009年 06月 24日

『俺たちに明日はない』フェイ・ダナウェイのアンバランス

一日中煮込みを作っていて家から出られないので、アイロン掛けをしたり洗濯物を畳みながらDVDを見る。
村上春樹『1Q84』に、何度かフェイ・ダナウェイに言及したシーンがある。
『1Q84』のラスト近くに『華麗なる賭け』のタイトルが出てくるのだが、レンタルショップになかったので『俺たちに明日はない』にしてみた。

あまり好きな顔の女優でもなく、きれいだと思ったこともほとんどない。
なにしろ、初めて彼女を見たのが1992年の作品『アリゾナ・ドリーム』で、ジョニー・デップが一目惚れをする40歳の未亡人という設定だったが実際は50歳を超えており、若いジョニー・デップと絡むシーンは見ていてあまりにも無理があった。
「ウワアー母と息子だよこのふたり。嫌だこんなの」
とすごーく違和感を覚えた。

しかし、『1Q84』のヒロイン青豆(あおまめ)が「ちょっと若いころのフェイ・ダナウェイに似ている」と人に評されたりしているので、青豆ってどんな感じの風貌だろう?フェイ・ダナウェイの若いころを見たら重なるのか、と思い、レンタルしてみたのだった。

実在した男女ふたり組の銀行強盗の話で、今見るといろいろと古さを感じるが、まあまあおもしろい。
若いフェイ・ダナウェイはやっぱりあんまりきれいだとは思えなかった。
なんだか若いのにおばさんっぽい。
でもふとしたときに魅力的な表情をするから。これが青豆っぽいところなのかな、青豆が正統派銀幕美女だったらかえってヘンだから、ややバランスを崩した目鼻立ちがいいのかもしれない、と考えたりして、アイロンも終わって気が付いたらポテチを一袋全部食べちゃった。

先週書いたレビューはこちら→村上春樹『1Q84』 夫婦放談

by apakaba | 2009-06-24 23:12 | 映画 | Comments(2)
2009年 06月 23日

1990年の春休み.91 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
カトマンズで、レゲエバンドのボーカリスト・イスルの家に遊びに行く。
奥さんの文子(あやこ)さんと対面し、いろいろと興味深いお話を聞かせてもらう。

3月9日(つづき)
 どうしてモノ売りがドルを欲しがるのかもきいた。
 香港にドルが流れ、ゴールドを動かすのに使われるそうだ。なんかこの話はああそうだったのか……とひどくコーフンした。
 どこだか忘れたが、商売上手な民族がいて、交渉のとき仲間と話すにはその民族の言葉を使うのだそうだ。文子さんは吉祥寺で民芸品の店をやっているが、その仕入れの時は必ずこれでやられるらしい。
 他にもセーターの選び方やいろんなことをきいた。
 おヒルをごちそうしてくれるかと思って期待を寄せていたがそれはひどく甘かった。なにしろ来ることも知らなかったんだから。

 外に出て、文子さんといっしょにタクシーに乗った。メーターで乗っている。文子さんは日本人とは思われないらしい。顔がねー(ネパリっぽい)。でも色白なのだ。うらやましい。
 少年がボーイをしている、表通りからちょっと入った店に入る。我々の気に入りなのだ。文子さんは、
 「へー、こんな店知らなかった。でも、アブラミなんて変な名前じゃない?」
と、我々が少しも気づかなかったことを言って驚かせた(看板にAburamiと書いてあった)。我々は果てしなく笑ってしまった。文子さんは先に行ってしまった。

 我々はとりあえずリコンファームに行ってみた。が、しかし、土ヨウは休日で、Royal Nepalは閉まっていた。
 もう明日に賭けるしかない。通りの向かい側にあるNirula's(アイスクリームショップ)に、ついフラフラと入ってしまった。

 おみやげリストをチェックし、おみやげをバカスカ?買い込む。
 和紙のレターセットとカレンダーは、パッと見たときはすごく魅力的だったが、いざ選ぶとなるとひどく迷う。自分用には来年のカレンダーを買った。
 ボックス(きれいな細工の箱)の店では、すっかり主人が私になついてしまい、長居をした。彼はカシミールの人で、ムスリムだった。すごくなつかしくなってしまった。もう(ムスリムばかりいたパキスタンが)遠い昔のことのよう。
 ネパールはなかなか負けてくれないという話だが、ここではねばっただけあってけっこう負けてくれた。
 カシミールの話や家族の話をえんえんときいてあげたんだもん。とうとう写真まで撮ってしまった。わざわざ奥の革製品のところに連れて行くのよ。値が張るからね。そういうところが、こっちの人はとても子供っぽいのだ。

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 ホテルでやはり水びたし。リコンファームだの水だのでやたらここのホテルの人を呼んでしまう。
 たしかその晩に、私はヒロを泣かせてしまった。団(ダンラジ。ポカラの人)の写真を私のカメラで撮っていたのを、ヒロが早く現像してほしかったのだ。そのせかし方が異常だったので、私は不愉快になり、思わずきついことを言ってしまった。どう言ったのか忘れたけど。好きな人ならしかたがないわよね。

3月10日(日)曇
 待ちに待った、というはずだったのだが、きのう文子さんにきいてすっかりユーウツになってしまった、ホーリーである。(*1)

*1・・・インド亜大陸で行われる、春を祝う祭り。服や顔を汚すことが無礼講になる。

 石をぶつけられたり、あの赤い染料をぬりたくられたり、水風船(なつかしすぎる)をぶつけられたりするのだ。
 のどかに見物しようと思っていたのだがそれはまったく認識がちがっていたのでした。ただでさえ少ない服を再起不能にされてはたまらない。今日は完全にオフにすることにした。

 とにかくリコンファームである。私は、リコンファームの重要性をぜんぜん知らなかったし、一日前でもちゃんと乗れた、という話しかきいていなかったので、けっこう大きくかまえていたのだ。しかし、帰国シーズンだし、乗れないということはゼッタイ許されない。
 再びギャーギャー大さわぎして、なんとかすんだ。
 TEL.は本当に(かけるのが)つらい。受付の、相手の女性はイライラしてるし。
 やっぱりメニートラブルジャパニーズなのね。ラジューはすぐにOK,OK,Don't worry.Be happy.と言う。よく、いろんなところで、Are you happy?ときかれる。慣れないうちは、すごくヘンな感じだった。べつにいいだろ?かまわないよね?これでOKでしょ?というような微妙な表現を、ぜんぶAre you happy?と言ってしまうのだ。まあとにかくすんでよかったことだよ。

 外に出られないので、かなしいラン(ホテルの使用人)が朝食?をつくってくれた。
 ランは料理もできるのだよ。1時間かかるというので、部屋に戻った。
 おなかがすいてから実際に食べるまで2時間かかる、ということはもう経験ずみだったので。
 ランの食事はカラかった。でもおいしかった。ネパールに入ってから大衆の食べるものを全く食べていなかったので、新鮮である。

 我々の部屋がもう末期的なので、つまりを直してもらった。
 ラジューとラジューを小型にしたような奴と、最後にはやはりランが必死で直してくれた。我々にかかりきりとも言えるわね。一応、下着のパンツなどは片づけたが、じっと待っているうちにだんだん眠くなってきてしまった。
 ヒロとランを捨ておいて寝てしまった。

by apakaba | 2009-06-23 21:56 | 1990年の春休み | Comments(5)
2009年 06月 22日

父の日、なにかした?

うちの親たちはふたりとも酒飲みなので、夫の実家にはウイスキー、私の実家には日本酒を持って行った。
日本酒は自分が銘柄をよくわからないから申し訳ないけどテキトーに選びました。
ウイスキーは好きだから選ぶのも夫とさんざん考えて、結局少しひねったところでアラン トカイカスク(簡単な解説ページこちら)のハーフサイズのボトルにしてみた。

義父はトカイワインが好きなので、持って行くと「おおお」と盛り上がっていた。
車で来たのにそれもすっかり忘れ、「一口ためしに飲んでみるか?」と今にも封を切って勧められそうになったので笑った。
義母はお酒が嫌い、というより義父がつねに飲み過ぎることを嫌がる。
だから一応、義母にも気を遣って小さいボトルにしてみたのだった。
義父は毎日怒られながら小さくなって飲んでいるものだから、たまにこういう機会があるとすっかりうれしくなってしまって上のような発言をしてしまう。
「息子たちにプレゼントされちゃったから仕方がない」とか言い訳を作って飲めるわけです。
ヨメもいろいろと考えるわけです。

ちなみに私の母は私など足もとにも及ばないくらい飲むので、先月の母の日には焼酎の一升瓶。
老母にこんなプレゼントを贈る家がどこにあるのかねと思いもするが、母に較べたら私など子供です。

ゆうべ家に帰ってから、ペペロンチーノと、ポルチーニ茸のニョッキと、新じゃがのグリル焼きと、生ハムで、簡単なごはんを作る。
「コシヒカリ」が「今日はどこに行ってたの?」と聞くので、
「買い物と、あと、父の日だからおじいちゃんたちにプレゼントを持って行ったりしたよ。」
と言うと、あわてて
「あ!忘れてた!どうしよう!歌にしようかな?」
と、兄たちと3人で合唱することを勝手に決めていた。
「ササニシキ」は
「はー?なに唄うの。“いまーわたしのーねがーーいごとがー、かなーうーなーらばー”」
と、出し抜けに『翼をください』を朗唱し始めた。
「コシヒカリ」はびっくりしていたが、
「あ!それならわたし、アルトが唄えるから、いっしょに唄おう!」
と喜び、勝手に朗唱している「ササニシキ」に勝手に音を合わせていた。

ところが食事前になったら、「ササニシキ」はお腹をくだしてトイレにこもってしまい、
「『ササニシキ』お兄ちゃん!歌は!」
と苛立つ「コシヒカリ」に「体調不良で棄権。」
「アキタコマチ」は「歌詞を忘れたから唄えない。」
3人いても唄う気満々なのは、「コシヒカリ」ひとり。
まあ、年齢を考えてもしょうがないよねえ。
中学生と高校生の男子が、父親の前で喜んで『翼をください』を合唱していたらそのほうが父親としては不気味だろう。
「コシヒカリ」が
「えっとー、お父さんに父の日のプレゼントを用意するのを忘れたのでー、歌を唄います。」
と言ったはいいが、兄ふたりは指揮をするだけで唄う気ナシ。
「“いまー、わたしのー”……ちょっとーちゃんと唄ってよ!」
「コシヒカリ」はひとりで出だしだけ唄うと、苛立って何度も何度も怒るが、
「いいよ、お前がひとりでそれだけ唄ってくれるだけで俺は十分だ。」
と夫は喜んでいた。

by apakaba | 2009-06-22 17:48 | 生活の話題 | Comments(4)
2009年 06月 19日

村上春樹『1Q84』 夫婦放談

※ネタバレはあまりないと思いますが、少しのネタバレも嫌な方は読まないでください。


私 :読んだよ上下巻。
夫 :おお早いね。
私 :おもしろかったよ。
夫 :へえ、村上春樹嫌いの君にはめずらしいね。
私 :うーん、昔に較べて枯れてきたっていうか。文章の鼻につく感じがだいぶなくなって……圧倒的なストーリーテリングぶりで、どんどん進むね。
夫 :あれは最高傑作じゃないかと思ってるんだよ!21世紀の『ノルウェイの森』といっていいだろう。

私 :なんか、不思議な感じがするね。話はすごく奇想天外なのに、その主たる舞台はこの近所で、登場人物の名前もみんな日本人で。あれがもし外国の地名と名前だったら、むしろ小説としてラクに読めたかもしれないけど、奇妙な気分だったわ。
性愛シーンもだいぶ枯れたかなあ……でもあの人の小説って、どうしてかならず性愛描写があるんだろう。だって絶対に出てくるじゃん。
今回はフェラチオはあんまりなかったけど(昔の作品にはとても多かったので)、彼の作品って、セックスをすごく重要視しているのはなぜなんだろう?
性行為に特別な意味合いっていうか、力を見出したいのかなあ。
夫 :力というより、彼の小説って、いつでも“個”の問題を大事にしているんだよ。非常に“個”的なのね。セックスはその代表的なものというか。非常に個人的な行為だからね。

私 :ふーん。あと、女の人の描写に、とにかく胸の大きさが付いてくるのがおかしかったな。一瞬しか出てこない、父ちゃんの病院の看護婦さんまで、“胸は大きかった”とかさ。
村上春樹がおっぱいが好きなのかな。
でも、それによって、読んでいてすごくその女性のイメージを明確にしやすいんだよね。ああ、この登場人物のおっぱいはこんなふうで……と、像を結びやすくなるんだよね。あれはおもしろかったねえ。
夫 :だから、それも“個”なんだよな。女性のおっぱいというのは、“個”の、ひとつの代表的な象徴になりえるからな。
私 :ははあなるほど。その女性を、その女性の言動よりも表現してしまうというところがあるもんね。

夫 :あの、最後のほうで“空気さなぎ”が割れて、天吾(主人公)が中を見るところは、感動して泣けたぜ。
私 :えっ!あそこ泣くとこだったの!私さー、てっきり「あ、さなぎが割れた。さてはこの中には父ちゃんが入っているんだな。」って思ってたらちがったから「どうしてこうなるのよ?」と思ったんだけど!
夫 :(絶句)……えええ〜〜〜〜。なんてことだ。なんで父ちゃんが入ってるんだよ!父ちゃん出てくるわけないだろう!
私 :だって、父ちゃんのベッドだし……父ちゃんは運ばれていっちゃったから、「ははあ、父ちゃんは死んだんだな、だから生まれ変わりがさなぎから出てくるんだ!」って思ったのに……やーんバカでごめん。
夫 :んなわけねえだろうがようー。
ああ、夫婦といえども、これほど読みにちがいが出るとは……
私 :そうかあそこは泣くところだったのか……
夫 :俺はあんなに感動して涙したのに……あそこで、天吾は青豆(ヒロイン)を、「さがす」と決めたんじゃねーか。「さがす」と!彼はそれまで、ずーっと父親のことが許せなかったけど、最後になって父親と、まあ、通じ合ったっていうか、父親のくびきから離れることができただろ。
そして、彼女をさがすという選択を自分で決めただろ。自分で未来を選んだだろう。そこが感動するのに……!

私 :ああ、ごめんなさい。
でも、まあ、うん。話はおもしろかったんだよ。
あの、村上春樹っぽい、直喩多用はあいかわらずだけどね。
あの、「ナニナニのようなナニナニ」って、あんまりくり返すとうっとうしいんだよね。
もちろん、いちいちどれも上手だからいいんだけど、なんか気になるのよねえ。
昔は濫発していた「やれやれ」はぐっと減ったけどね。
昔に較べてうまくなったってことなのかなあ。えらそうに言うけどさ。
そういう、細かいところが雑というか、昔は気になって、鼻についてイヤだったんだけど。今回のはそれを凌駕するほどストーリーがよかったですねえ。
夫 :翻訳されて海外で人気あるっていうのがわかるよ。実際、いま、日本を代表する作家といっていいだろうなあ。

私 :ああ、翻訳ということでいえば、むしろ海外っていうかおもに英語だけど、英語に訳されることに向いているとは思ったよ。
この本で目に付く言葉で、“留保”というのと“適切”というのがあったんだけど。
やけに使うのね。
他の人なら、きっと別の、単語じゃなくて文にして表すと思われるところをその二字熟語でくるのかと。
コツン、コツンと当たるのよね。
たとえば、「彼女には、それを今するのは適切ではないように思われた。」とかそんなような使い方。
他の人なら「それを今することは、この場にふさわしくないように思った。」とかさ。そんな感じに書くと思うのね。
なんとなく、逆翻訳調というか、先に英単語が浮かんで、そこにぴったりする日本語の単語をさがして当てはめた、みたいな印象を受ける。
彼にとって、英語は日本語並みに親しいもので、英語の言い方のほうがむしろしっくりするというような局面もあるんじゃないかなと思えるのね。文章を読んでて。
だからこそ、英文にしたら、きっとあの直喩直喩の連続もかえって気にならなくなって、流麗な文体になって立ち上がってきて、英語で読む人々から称賛を受ける……というようなことは想像してるのよ。
まあ英語で読んだことがないからあくまで想像だけど。

夫 :ここんとこ、ぼつぼつ評が出始めてきてるから、ネットに出ている分はざっと拾っているんだけど、だめだなみんな。うわっつらばっかりなぞってて。「読んでないんじゃねーの?」と思うほどひどいのもいっぱいあるぜ。“待望の!”とかよう。
私 :ああ、帯(本の帯。キャッチコピーが書かれているでしょ)じゃないのって感じ?
夫 :そうそう。今のところ、唯一すごいと思ったのは福岡伸一先生の評だけだよ。
あれは……さすが福岡先生!って思ったなあ。ああこの人は読んでる!わかってる!って思った。
私 :あれはすごいね。ああいう人ってさー、きちっと、自分のスタンスを持っていて、自分に引きつけて読み解いて、作品をおもしろそうだと思わせながら「これを書いた福岡先生はやっぱりすごーい!」と思わせるんだよね。作者と評者が互角なのよね。
あとの評は、村上春樹に完全に負けてるもんねえ。
夫 :そうそう、負けちゃってる、作品に。これから文芸誌とかにだんだん長い評が出てくるだろうからまた読んでみるけど……どうかなあ、これだという評は出てくるかなあ?

by apakaba | 2009-06-19 21:38 | 文芸・文学・言語 | Comments(4)
2009年 06月 18日

1990年の春休み.90 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
ポカラからカトマンズへ戻り、ポカラ以前に泊まっていたカトマンズのホテルBHURIKUTI(ブリクティ)でまた旅装を解くふたり。

3月9日(土)曇
 リコンファームをしなくてはならなかった。朝早くからリコンファームリコンファーム!と大さわぎして、電話をかしてもらったが、まったく出ない。おまけにラジュー(このホテルのマネージャー)はいない。みんな役立たずだ。かなしいラン(使用人)も何もできない。どこに電話してもだめなのだ。しまいにはマニラにもかけた。番号案内も苦しかった。電話で、外人と話すのは本当につらい。あの、出ない出ない……とイライラしながら待った、呼び出し音が耳から離れない。

 11時にイスル(*1)の家に行くと約束していたので、リキシャで行った。

*1・・・もうお忘れかとおもいますが。カトマンズからポカラへ飛ぶ飛行機で知り合った、ネパール人男性。
レゲエなバンド活動をしているとのことで、恰好もぶっ飛んでいる。
詳しくは76回分の後半をどうぞ。

 しかし、ナントカ大使館(わすれた)とまったくちがうところで降ろされてしまった。それからがつらかったのよ。思いがけず大変だった。
 その大使館の門を叩き、MAPを見せてもらおうと守衛に頼んだ。きっとヘンな奴らだと思ったことでしょう。ところが、その大使館の前に停めていたクルマが、連れて行ってくれるというのだ。ふたりの男だがヒジョーに服装がいい。品もあり、信用できそうだ。守衛を待っている途中だったので、悪いとは思ったけれど、確実に行けそうなので乗ってしまった。

 リキシャとちがってぜんぜん震動がない。トヨタカローラなのだが、眠ってしまいたくなるような快適さだ。
 リキシャに較べて、激しくリッチになった気分。こんなにクルマ(日本車)が快適だったとは……としみじみ思った。
 WISCONSIN MEDICAL COLLAGEというところのそばで降りた。そこまで行けばすぐにわかった。

 黒い大きな犬が玄関の前にいた。レンガで道らしきモノが作ってあるのだが、ひどくハンパで、瓦礫の一歩前というカンジ。イスルがひとりで掃除をしていた。
 家の中はやけにカッコイイ作り。大きな額に、イスルと文子さん(アヤコさん。イスルの奥さん)の写真がベタベタと貼ってあった。
 写真で見る文子さんは、とても30とは思えない若さで、でももしかしたらあまり仲よくなれないかもしれないというタイプ。斎藤由貴に似ているのだ。
 「うれしいよ・・・ヤッタネ!」などと額に書いてある。うーんスゴイ。私なら思っても書けない。

 そうこうするうちに、文子さんが帰ってきた。となりの家におフロをかりに行っていたということだった。玄関でイスルが私たちのことを説明している。文子さんは「そんなこときいてない」と言って怪訝そうである。うーんこれはマズイかなあ、来ない方がよかったかなあ、と、ふたりで小さくなってしまった。しかしぜんぜんそんなことはありませんでした。

 文子さんは写真の印象とぜんぜんちがって、とてもサッパリしてしっかりした人だった。少し話していたらすっかり好きになってしまった。
 イスルが出かけてから、ずっと話していた。文子さんはかなりインテリジェントな人で、日本ではモノを書く仕事をしていたという。
 モノを書く仕事というコトバにはビビッと反応してしまう私は、何をやっていたのか具体的にきいみた。
 イベントの取材をするというのだ。仕事の話はおもしろかった。と言うか、文子さんの話はとにかくなんでもおもしろかった。
 またしても国際結婚なのだ。微妙なところが、いくら説明してもいくら話し合ってもわからなかったりするので、すごくもどかしいみたい。冗談が通じなかったり。ケンカばかりしているらしい。だんだんとイスルより文子さんがメインになってきた。

 読書のシュミもとても信頼できる。本棚を見ると、どんな人なのかわかってしまうものだ。うちの本棚は……ちょっとマジな本が少ないみたい?そんなのでわかっちゃうってコワイ。でも私もよくそれで判断する。
 しかし、この家にいるとぜんぜん本を読まなくなるのだそうだ。なんとなくわかる。そして食べて飲んでばかりいるという。なんとなくわかる。私ももうとてつもなく太ったもん。

by apakaba | 2009-06-18 22:54 | 1990年の春休み | Comments(2)
2009年 06月 16日

1990年の春休み.89 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
ポカラを離れ、最悪なバスで首都カトマンズへ戻ったふたり。
もう、この時点で旅は終わってしまったのかもしれない。
でも残り5日、なんだかんだといろんなことがあるのだ。

3月8日(金)つづき
 もっとカトマンズについて知ればよかった、と思う。
 何故か私はカトマンズについて、ネパール語についてぜんぜん勉強しようとしなかった。
 旅の終わり近くになって、もうめんどくさくなっていたのかな。買い物のときも、How much?ですませてたし。地理もぜんぜん覚えられなかった。

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民主化要求デモの最中で物々しいカトマンズ。


 あの、夕食を食べたところは、ダルバール広場というんだっけ。
 オムライスを頼んだら、あまりにも全くちっとも来ないので、私は怒り狂ってしまいました。和食メニューのある2Fの店なのだが、入った瞬間、んーあまりよくない、と思った。
 日本人が3人(男2女1)となりにいたのだが、目も合わせない。ネパール衣装を着ていて、私たちのようなカッコの女ふたりの旅行者なんて相手にできないよ、という様子。すごーくイヤな感じ。
 キャピキャピのままに来てしまう女の子の集団も困ってしまうが、あまりに旅慣れた奴というのもいまいましい。
 旅慣れた奴でもいい奴はいるのだが、ヘンに先輩面をしてるような日本人はサイテーである。
 その3人は互いに口もろくにきかず、漫画を読んでいた。一度感じワリイ、と思うともうオシマイである。国際電話もかけなくてはならないし、私は相当にイラついていた。
 店の兄ちゃんに怒りをぶつけたが、なかなかこなかった。やっときたオムライスはカラかった。
 
 とにかく果てしなく下降した気分で外に出る。ヒロとともに、International Telegraph Officeへ。
 母に電話すると、美奈子(ヒロの昔の旅の相棒でクラスメイト。今回は来なかった)から、成績発表が届いていて、卒業できるとのこと。あ〜〜〜よかった。
 これで卒業できるのね。教授に国際電話をかけなくてもいいのね。多分大丈夫だとは思っていたけれど、やはりホッとした。

 どしゃ降りの雨なのでリキシャをとっつかまえた。ふっかけてきたがビショビショになってしまうといやなので、テキトーに値切って乗った。
 フィルムを出しておいた店(ポカラへ発つ前に、現像を出していた)をさがすのに、予想外に時間がかかってしまった。やっとたどりつくと、トーゼンのようにもう閉まっていた。ザンネン。8時過ぎだもん。

 おみやげを買わねばならない。遅かったがとりあえずみやげものを見る。
 BHURIKUTI(ホテルブリクティ。ポカラの前にカトマンズで泊まっていたところへまた戻ってきた)に帰ると、ラジューが戻ってきていて、3Fの部屋に替われという。同じ値段で、もっといい部屋になるのだそうだ。
 見に行ったがこれといって変わったようにも見えない。ラジューがそれほどすすめるなら、まっいっか!と入った。
 しかしその部屋は思いきり水が出てしまう部屋なのであった。前も出たけどはるかにすごい。部屋中びっしょり。病気になってしまいそうなのだ。アメーバのようにじわじわと赤いカーペットをぬらしていくのである。

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ふたりでシャワーを浴びると、ついに部屋のドアから廊下にまで水が出てしまった。

by apakaba | 2009-06-16 20:10 | 1990年の春休み | Comments(5)