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2009年 08月 29日

鹿肉シチューを作ってみる

初いのししの宴、コーシローの悲しい一日を6月に書いたが、実はあのときいっしょに鹿肉のカタマリもいただいていた。
それもいのししは1キロだったが鹿は3キロ。
我が家でもさすがに3キロの肉は一度に食べきれないので、うまくできたら双方の実家にもお裾分けすることにして、やってみた。


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解凍して、調理開始。

by apakaba | 2009-08-29 12:36 | 食べたり飲んだり | Comments(29)
2009年 08月 28日

1990年の春休み.92 ネパール篇

<初めて読まれる方へ>
この旅行記は、私が大学卒業旅行でタイ・インド・パキスタン・ネパールを一ヶ月半まわっていたときの日記を、不定期に載せているものです。文章(註・レート換算含む)はすべて22歳当時のままです。
前回までのあらすじ
カトマンズで迎えるホーリー(春を迎える大きな祭り)の日。
レゲエミュージシャンのイスルとその日本人妻の文子(あやこ)さんと知り合う。
ホテルブリクティの部屋は排水が悪くて水浸し。
修理にがんばる使用人のランと相棒のヒロを捨てて、待つのに飽きた私は眠ってしまった。


3月10日(つづき)
 目がさめたらヒロも寝ていて、ランはいなくなっていた。
 妙に静かになっている。寝るときやたらウルサくて起きたときすごく静か、というのは、なんだかすごくヘンな気分になる。時間の流れを感じる、ということでしょうか。

 部屋の中はとても静か、ということは、外もバカさわぎをしていないのだ。イメージとちがうお祭りである。人がどんどんくり出して、笛や太鼓がうるさいくらいで……なんて思っていたら気抜けするほど静かなのだ。
 ベランダに出てみると、閑散とした道に、数人赤いヒト(*1)が通る程度。

*1・・・ホーリーでは、赤を主とした染め粉を投げつけ合う。

 あの赤さには驚いたが、人の少なさにがっかりしたほうが大きかった。
 しかしよく見ると、屋上や窓に子供がたくさんひそんでいて、手に水風船を持って、投げる相手を狙っている。私たちのベランダにも、たまに飛んできた。と思っているうちに、激しくたくさん飛んできた。
 赤いのが入ってなくてよかったけど、ガラスに当たったり足もとすれすれに当たったりして、身の危険を感じてきた。日本人の若い女がボーッと外にいたら狙われて当然なのだ。投げていいか?という目くばせをさかんに送ってくる男の子、女の子。そのたびにコワイ目でダメ!という顔をする。
 大人の男にはさすがに当てないようだ。すたすた通りを歩いている。
 みんないたずらっぽい目をしているのだ。でも反射神経がよくないとヒサンな目にあってしまいそう。あまり楽しい気分にはなれない。かといってヤメてしまえ、という気持ちもない。(無邪気に祭りを楽しむには)年齢がいってしまったようである。

 などと思っていたのだが、下のフロントに降りていくと、あの経営者軍団?というかナンというか、あの若い連中が、ギャッハッハッハー!という勢いでドカドカ帰ってきた。私たちがつられてニコニコすればすぐにでもべっちょりとつけてきそうだ。(赤いヤツを)
 そうはいくもんか。ととっさに真からイヤそうな顔をする。
 本当はいっしょに赤くなってガハハー!とやりたいのだが、染め粉が取れやしないと聞いたので。心のせまい日本人になってしまいました。
 ドカドカと手を洗い、香港ねえちゃんが作ったごはんをつまむ。我々もぼつぼつと食べた。

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文子さんとイスルの家。みんなヨッパライです。


 今日は文子さんとイスルの家でパーティーがあるので、行く約束をしていた。暗くなってからやっと外に出た。拘束されて外に出られないのはやはりなんとなく苦しい。
 手ぶらで行くのは失礼なので、お菓子を買った。いつもチョコレートとミネラルウォーターを買うお店である。カトマンズではドーナツにかねがね魅力を感じていたのだが、その店にはなく、ついいつもケーキを買ってしまうので、とうとう食べられなかった。
 乾き物と、クッキーを買った。そして軽く食事をしてから行こうと決めた。

 久々にchineseにしましょう。ということで、中華飯店に入る。黄色と赤のヒジョーにお手軽っぽい小さな入り口だった。ところが。実はそこはかなり高級っぽいところだったのでした。意外に奥が深いのだ。
 そこでホントーに失敗、信じられないほど待たされてしまったのでした。停電にはなるし。
 日本人が3人くらいで隣のテーブルにいた。
 我々は明日はタイに戻るので、この余ったネパールルピーをなんとか円にかえようとして彼らに持ちかけてみた。
 レートはいくらか、とか、あーだこーだとやってるうちに、明日空港で土産でも買ってしまえばいいと思い始め、こっちから言い出しながら断ってしまった。
 ルピーだと大金でも、日本円にするとがっかりするほど少ないのだ。それならネパールのものを買ったほうがよっぽどいい。

 (サーブが遅いので)怒り狂いながらワンタンスープetc.を食べ、ジャスミンティーをぐびぐび飲んですっとんで出た。というつもりだったのだが、もうあまりにも時間が遅くなってしまったので、ヤメよう、ということにした。明日は早いし、少ししかいられないし、帰りの足がないし。Uターンしてホテルに戻ってきた。
 まだ奴らは騒いでいた。パウンドケーキ(安っちい)をおみやげだヨーン!と出した。きっとヨロコんでくれると思ったのに、ラジューは笑いもせず、いらない、あんた方が食べなさい、と言う。予想外の反応にとまどってしまう。香港ねえちゃん(ラジューの彼女)はちょっとニコニコして受け取ってくれた。あまりおいしいものではなかったのでしょうか。ショックである。

 TEL.をかりて、イスルの家にTEL.する。文子さんは、いいからいらっしゃい、と言ってくれた。そんじゃあ行くかあ、とまた気が変わる。
 Uターンなどせずにまっすぐ行っちゃえばよかったよ。

 ところが。我々はまたここでやたら時間をくっちゃうのよ。
 リキシャがぜんぜん走ってないのだ。かなり歩いたのに。
 非常に焦る。夜遅いし。ホーリーだし。
 へとへとになり、気分が果てしなく下降していると、そこへまたしても訪れてしまうのよ。正義の味方が。
 まさかカトマンズで2度もトヨタ車に乗るとはね。
 またしても男二人連れの、服装のいい人々なのだ。
 しかし車内はいくらカトマンズが寒いからといって、こりゃー眠っちゃうゼという暖かさだった。ヒーターがついているからガンガンかけちゃうのかな、と思ったりした(なければつけようがない)。
 こういう親切なヒトには、自己紹介もあいそよくおちゃらけてやってしまう。彼らの若いほうはナント、今噂の(?)British armyなのヨー。ヒロはコーフンしていた。

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メガネのほうがお坊ちゃまなSUNIL。ギターの男がイスル。イスルはやっぱりカッコイイです。

 イスルの家は、もうほとんど食べるものはなくなっていた。べつにいいけど。文子さんはティカ(額に付ける赤い印)をつけていて、うーん似合う。
 それからはもうおちゃらける一方なのだ。お客は最初3人いて、あとからもうひとり来た。ひとりは大江千里と荻島真一を足して2で割ったような奴(SUNIL スニル)。
 彼は文子さんの気に入りで、外務省かなんかのエライ人の息子で、中山外相や海部さんのことをよく知っているのだ。親しくしているらしい。
 SUNILはスゴイ学歴を持っていて、俳句をやっていて、しかもやたら人なつっこい。
 日本人にそっくり、日本人みたい、と言うと、がんとして、いや、ぼくはネパール人だ、と言う。よく言われるらしいがそのたびにぼくはネパール人だ!と言い返すという。ネパール人であることが誇りなのか、他国人に見えるのがイヤなのか。前者のように見えるが。

 もうひとりの男は、ほとんど話さなかったが、すでにたくさん飲んでいたらしく、静かに深く酔っていた。目の焦点があやしかった。
 あとのひとりは、もうむちゃくちゃにウルサイ奴なのだ。
 声がデカくて顔もハデ。ヒロは完全につかまっていた。とにかくバカ騒ぎなの。写真を撮る、というより、シャッターを切るのがやたら好きで、どう考えてもフィルムのムダ使いなのだが、ばしばし撮ってしまう。この家にくだらない大量の写真があるのも、コイツのせいか、そうかそうか……と納得した。

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バカ騒ぎ大好き、写真大好きなのはこの人。撮るのが大好きだから、彼が写っているのはこれ一枚きり。こうしてみると、やっぱりイスルはいい男だよねえ。

by apakaba | 2009-08-28 15:27 | 1990年の春休み | Comments(4)
2009年 08月 27日

甘い女の子?苦い女の子?

子供たちの夏休みももうすぐおしまい。
「アキタコマチ」は、すでに今日から学校が始まり、ここしばらく家で勉強していた「ササニシキ」も予備校に行った。
「コシヒカリ」だけが家でぶらぶらしているので、料理や掃除を手伝わせている。
だいぶ家事がこなせるようになってきた。

近所にあるミスタードーナツのポイントカードの有効期限が、あと数日になっていることに気づいた。
べつにポイントでほしいものもないのだけど、なんとなくもったいないような気になる。
「ミスド行く?」と娘に聞いたらもちろん「行く行く!」
1年ぶりくらいにミスドに入った。

新しいドーナツが増えていて、なんでも試してみたいタイプの私は、ついつい明らかに甘すぎるとわかっている「デコド(=デコレーションドーナツ)」というものを頼んでしまう。

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これがハニーディップの「デコド」。
ああ、見ているだけで頭痛がしそう。
甘さのパンチでぶん殴られたみたい。
おいしいことはおいしいけど、一度きりの経験でけっこうです。

もう1個買った(まさかもう1個食うのですか)「ダブルチョコレート」のほうは、甘さが前よりぐっと控えめになっており、ショッキングな「デコド」のあとではほろ苦ささえ感じる大人っぽい味。
おいしうございました。
いろいろと工夫しているんだな。

近くのテーブルでは、女子高生がきゃーきゃーとうるさい。
「女の子ってうるさいねえ。」
と私が言うと、「コシヒカリ」も嫌な顔をする。
「ほんと。うるさい。」
「おかーさんは中学生高校生のころから、こんな(今みたいな)調子だったよ。」
「えっ?」
「昔から醒めたタイプ。きゃーきゃーしてなかった。」
「へええ。おかーさん、わたしとおんなじじゃん。わたしもそうだよ。」
「高校生のころ、だいたい仲のいい4人でいっしょにいたんだけど。4人ともおかーさんみたいな感じで、ぜんぜんきゃーきゃーしてない子たちだった。
他は大人数で8人とか10人くらいでいつもいて、きゃーきゃーしてるんだけど。」
「へーわたしとおんなじ!わたしの友だちも、みんな静かにしてるタイプだよ。」
「それでも、いつも男子たちが声かけてきて、遊びに行こうとか誘われるのはおかーさんたちのグループ。大人数のきゃーきゃーグループには声がかからないの。
あれはどうしてだろうね。
醒めた態度の女の子より、女の子っぽいほうがモテそうだけどねえ。」
「そりゃ当たり前でしょ。」
「どうして?」
「だってうるさいもん。うるさい女の子たちは男子だっていっしょにいたくないよ。」
「アハハなるほど。」

1年後の夏休みには、中学生になった「コシヒカリ」は、毎日部活で学校に行ってるんだろうな。
ひとりになったら、もうミスドも行かないなー。

by apakaba | 2009-08-27 17:21 | 子供 | Comments(9)
2009年 08月 23日

豪華都内旅行、ホテルオークラ東京

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今年の夏休みは、「ササニシキ」が大学受験、「アキタコマチ」が高校受験で、夏期講習がびっしり詰まっているため、どこにも行かないつもりでいたのだが、夏休み直前になって義母から
「せめて近場でプールのあるホテルにでも泊まりに行かない?」
と急に言われた。

あれこれ検討した結果、ホテルオークラ東京に二泊することに決まった。
自宅から30分くらいで行けてしまう近場だが、子供たちはプールと鉄板焼きなどのごちそう、夫は気に入りのバーに久しぶりに行けるから、皆それぞれに盛り上がっていた。

さあ出かけよう。
夏期講習の間隙を縫って、都内旅行へ。

ホテル滞在の話と写真へ

by apakaba | 2009-08-23 16:49 | 国内旅行 | Comments(12)
2009年 08月 22日

サマーウォーズ

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夫と、娘の「コシヒカリ」と3人で観に行ってきた。
兄ふたりはそれぞれ受験勉強に忙しいから、娘はひとり、小学生時代最後の夏休みを、無為に過ごしている。
「どんな話だか知らないから、そんなに興味ない。」
と言いながらも、アニメ好きな娘はついてきた。
私と夫は、細田守監督の前作『時をかける少女』を観てかなりおもしろかったので、期待して出かけた。

どうしても前作と較べることになるが、とてもいい映画だった。
『時をかける少女』が、誰もが通る道である“学園もの”を主題にして共感を呼びやすかったとすれば、今作の『サマーウォーズ』は、血族のつながりから人と人との大きなつながりという、さらにスケールの大きいテーマを扱っていて、近未来のヴァーチャルな世界を盛り込みながら破綻せずにうまくまとめている。
監督の視点に、非常に同時代性を感じる。
昔ながらの、「年寄り(=一家の長《おさ》)の言うことは聞くもんだ」といった典型的な“親戚ノリ”と、PCや携帯電話でアバターを現在以上にフル稼動させた未来的な人とのつながりに、有機的な意味合いを持たせることを難なくやるには、私や夫の世代以上ではついてこられない、以下でもピンとこない、ちょうどぴったりと我々世代の人間の考える世界ではないのか……と、思ったら、やはりそうだったのでうれしかった。
帰宅してから調べると、細田監督はちょうど我々と同世代の人だった。

私が映画づくりには絶対に必要だと思っている“細部の作り込み”も手抜きなしで、ちょこまかと笑わせたり泣かせたり。
一部アニヲタには甚だ評判の悪い声優陣も、大ベテランの富司純子やすっかり大人になった神木隆之介くんをはじめとして、私にはしっくりなじんだ。
そして山下達郎の主題歌は、いつまでもいつまでも映画の余韻の残る、すばらしい歌だった。
私も夫も、「いい映画だったなあ。」と感激して見終わった。

ところで同世代でもなんでもない小学生の娘には、おもしろかったのかがやや不安だったが、しっかりと理解していたようだ。
娘はもちろんゲーム世代でもあり、同時に、私と夫の双方の親戚の集まりにはいつも出ていて、へんてこな親戚とつきあう術も心得ているし、年寄りの言うことは聞いておけという暗黙の了解も心得ている。
すっかり細田監督の世界にはまりこみ、映画を観た翌日には山下達郎の主題歌をi Podに入れてすぐに歌詞を覚え、劇中で重要なゲームとなる「花札」をお小遣いで買ってきた。
録画してあった『時をかける少女』もテレビで観て、
「この“魔女おばさん”てさー、自分も昔タイムリープしてたんでしょ。」
と見抜いた。
私も夫も、原田知世が昔に主演していた映画と、アニメになった『時をかける少女』がつながっているとはすこしも思っていなかったから、娘の言葉にぎょっとした。
そして筒井康隆の原作を買ってやるとあっという間に読み、
「やっぱりそうだった。魔女おばさんの部屋に、写真と、ラベンダーの花を飾ってあったわけが解けた。」
と満足していた。
ラベンダーの花のことなどまるっきり忘れ果て、ただただ当時の原田知世が圧倒的なかわいさだったことしか覚えていない我々は、小学生の娘の洞察には驚くしかなかった。
原作と新作アニメの関係性など、アニメ界というか『時かけ』ファンには常識なのだろうけれど、私たちは娘に謎解きされるまで考えたこともなく、25年ほどの歳月を経てなお色あせない昔の映画(と原作)に敬意を捧げる細田監督という人にまたも同時代を感じてグッときた。

『サマーウォーズ』は現在公開中なのでネタバレをしたくないため、ストーリーについてはなにも書かない。
できれば夏の間に観てほしい。
ていねいにつくられた作品で、同世代の人にも、子供世代にも、グッと感じるものがある。
うちは、娘と3人で観ることができて、いい思い出になった。

by apakaba | 2009-08-22 23:05 | 映画 | Comments(10)
2009年 08月 21日

長いお盆休みですが

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残暑お見舞い申し上げます。

しばらく更新が止まっていることを心配してくれるメールが入りつつあり、そういえば今年はなにも宣言していなかったと気づきました。
すみません、私は元気です。
おととしから、学校の夏休みとともに私もブログを書くのを休んでいました。
家族が家にいるときはPCを離れ、家事に専念して、ついでに読書や映画や家族で出かけることを優先させようというのが理由です。

今年は、受験生がふたりいるので、家族の予定もバラバラになりがちなことだし、私のネット生活も休みなしでいけるかなと思っていましたが、やはりそうもいきませんでしたね。
というわけで、しばらく休んでいます。
もうすぐここも復活すると思います。
そしたらまたよろしく。

写真はスーパーにあったピラミッド型のすいか。
無造作にふつうの果物といっしょに置いてあるのに、値札は「30000円」
なぜかアラビア語のシールまで。

今日は娘を連れて、お台場の日本科学未来館へ行ってきました。
性懲りもなく、またもキヨシローのナレーションの映画を観るために……でも満席。
入館しないでそのまま回れ右で帰ってきちゃった。
8月中にもう一度チャレンジしてみる。
そんなことをしながら、今年の夏休みは過ぎていきます。

by apakaba | 2009-08-21 16:46 | サイト・ブログについて | Comments(5)
2009年 08月 12日

後輩と会う・後編

彼はなかなかに泣かせる文章を書いた。
サークルの記念行事以降に数回やりとりした分と、長時間の飲み会のお礼メールを見て、曲がりなりにも国文科卒だけのことはあるよ、と思う。
逆に言うと、こういう情緒的で、腐れ文学的(腐れは余計です)な文章というのは、国文科のヤツぐらいにしか書けない。
たまらなくなつかしく、そして気恥ずかしい。
まるで私が書きそうな文章だ、と、不意に昔の自分が写っている写真でも見せられるような照れくささを感じる。

メールの中でとても驚いたのが、彼が私のことを、「昔と全く変わっていなかった。身体の隅々まで生気がみなぎっている、可愛い小動物みたいに」「時間が経つにつれて少女のような顔になっていくのが不思議だった」「くるくる変わる表情」と表現していることだった。
セルフイメージとのあまりのギャップにとまどう。
自分では自分のことをこんな元気のいい女性だとは見ていない。
血圧低いし。
貧血だし。
生理痛で毎月寝込んでるし。
肌は弱いし。
無表情だとよく言われるし。
しょっちゅう鼻水に苦しんでるし。
隙あらばうたた寝してるし。
すごーく、生命力の弱ーいタイプにイメージしている。

あっ、あの夜はずっと飲んでたからか!
たしかに、飲んでいる間だけは少し元気。ナルホド。

元気そうだったのは酒がガソリンだったからだということはわかったけれど、気になるのは“少女のような”というところで、大人になってからそんなことを言われたことがない。
“つんつんしていそう”とか“自分から挨拶しなさそう”とかは言われるけどね(ほっといてください)。
それは、いってみれば彼が勝手に感じたことだから、私が分析する必要もないのだけれど、とてもめずらしい表現だったのでそれについていろいろ考え、ふたつ理由が思い浮かんだ。

ひとつは、私たちはもうセンパイ後輩ではなくなったということ。
学生当時は厳然として2学年の隔たりがあった。
新入生の勧誘の出店で、彼をサークルに引っ張り込んだのは私だし、記憶にないけど茶道の稽古も、きっとはじめのうちは手取り足取りで教えたのだろう。
国文学科の教授の話や、もっと広く、国文学の話などもしたと思う。
彼自身も、
「大学のころ、Iさん(私の旧姓)がいつもこわかった。怒られるとかいうことではないけど、『あんたこの本も読んでないの?あの作家も知らないの?ふーん』とかってバカにされそうで……」
と言っていた。
けれどもそれからずーっと会っていなくて、今や彼に教えることなど当然ながらなにひとつないし、私はただのつまらない主婦で、彼は世界中が知っている企業で順調に(だと信じてます)働いている。
私は彼に先輩面する必要もなくなったし、第一、したくてももうできなくなった。
私はまったくの空身、徒手空拳で飲んでいるだけの、愉快なおばさんになった。
それが無意識に、カッコつけずに子供っぽい顔つきになる原因になったのかな、と思う。

もうひとつは、彼が私に“そういうもの(=少女っぽい感じ)”として在ってほしいという目で見ていたということ。
人は、自分の見たいものを見る。
写真や絵画作品にしろ、文学作品にしろ、人は個の感情を投影することなくしては鑑賞することができない。
“大人の女性”でもなく“愉快なおばさん”でもなく、“少女”だよ、よりによって。
少女……“不可侵”な感じ?
不可侵、オカスベカラズ。
大学時代を象徴する、大好きなワタクシですから。
侵すべからざるおもひでの人ということで。
ああ〜遠い。なんという年月だ。
会ってしゃべっていたときはなんとも思わなかったが、メールを読んでみて、途方もない年月を感じずにはいられなかった。
そして、長く生きるのはたまらなく楽しいことだなと思った。
切れたと思っていた縁がまたつながるし、これから新しい縁もきっとたくさんできてくるし。

若かった自分のことや現在の自分のことを考え直したりした飲み会だった。
その後輩の心の中に、二十歳そこそこだった私と、一気に20年も年を取った今の私が違和感なく重なることが、とても嬉しく感じる。

by apakaba | 2009-08-12 23:40 | 生活の話題 | Comments(8)
2009年 08月 11日

後輩と会う・中編

気がついたら9時間ぶっとおしで飲んでいた。
高田馬場で沖縄料理と焼酎の品揃えが売りの飲み屋など、学生時代には考えられなかったぜいたくである。
兼八、百年の孤独、佐藤の黒、魔王など、ひととおりのブランド焼酎が、なみなみと気前よく注がれるから、うれしくなって端から飲んでいく。
ロックだから味はどこで飲んでも変わらないはずだが、学生のころには、この街で、夜中に頭痛で飛び起きてしまう日本酒しか置いていないような店でしか飲んでいなかったことを思い出すと、ひときわ旨いように感じる。

私は飲んでも絶対につぶれることがないので、自分の心配はしていないが、“Cくんは大丈夫かな?また背負って帰るのは嫌だなあ。昔はひょろひょろしてたけど当時より重そうだし。タクシーに放り込んでも、自宅は遠そうだし。”と途中から少し気になってきた。
それくらい、彼は喜んでいた。
学生時代、いかに私の存在が大きかったか、いかに私とまた会えることがうれしかったかを、1時間おきくらいに語る。
こんなツマラン主婦と会ってここまで盛り上がってくれるとはありがたい話だ。

「あーっ!Iさん!今何時か時計見ました?!(あっという間に12時過ぎ)まだ10時くらいの気分でいたのに!アハハ!どうしよう。私はそこらへんの店で始発が動くまで飲んで帰るだけですけど!」
こんなこと言われて、あっそうと言って放り出すわけにもいくまい。
ホッピーくらいしか飲むもののない飲み屋へ移動した。
夜中過ぎだというのに、彼はホッピーの「なかみ」をボトルでとっている。
「あんたなにこれ。今からこんなに飲むわけないじゃないの!」
さんざんうまいブランド焼酎を飲んだあとに、なにが悲しくてホッピーの「なかみ」を飲み続けるんだよー。
しかしサシでいても“話すことがなくなる”という事態に陥る心配のない面子だ(彼はよくしゃべる人だし私もサシ飲みではよくしゃべるから)。
間断なく、あらゆる話をしつづけた。

明け方ちかくなって、Cくんは妙なことを口走り始める。
「あれ!(私の)顔が変わってきてる!あれっ?酔うと目がデカくなりません?!子供みたいな顔になってる!はりーっ!目の色が、薄い?!なんで?!」
「め、目の色?ああ、虹彩の色?」
こいつ大丈夫か。
酔ってなくてもハイテンションなタイプなのでいつ酔っ払うのかよく見分けがつかないけど、さすがにこれだけ飲みっぱなしでは、少しヘンな発言をするのかもしれない。

「Cくん、帰ろう。」

このセリフ、今までいったい何度、男性に言ったことか。
「○○さん、帰ろう。」
「××くん、帰ろう。」
ヨッパライには、「私、帰らなきゃ。」ではダメ。
男は、昼間に呼ばれている名前をはっきり呼ばれて「帰ろう。」と言われるとちょっと正気になる。
もしかして彼は酒にとんでもなく強くて、ちっとも酔っ払っていなかったのかもしれないけれど、それならなおのこと、“こっちも酔ってないのだよ”という態度を示しておかないと、この9時間しゃべりつづけたことが、すべて「なかったこと」になるような感じがした。
私は、話をしていた9時間がとても楽しかった。
だからそれを“なに言ってるんだかわからない、ヨッパライ同士の不毛の一夜”に落としてしまいたくはなかった。

明け方の薄い月と、走り回るどぶねずみを見ながら別れた。
私も飲み過ぎでバテた。
そのあとお礼のメールがきた。

(長くなったのでまたつづく)

by apakaba | 2009-08-11 16:40 | 生活の話題 | Comments(5)
2009年 08月 10日

後輩と会う・前編

彼の呼び名をCくんとする。
「自分(自分のことを自分という)“カリメロ(Calimero)”に似てるんですよー。似てるでしょう!」
出会ったばかりのころ、自己紹介代わりによくそう言っていたから。
たしかにカリメロみたいなかわいい顔をしていたが、なんといっても彼は存在そのものがかわいかった。
大学のサークルでの後輩であり、しかもサークル内では、マンモス大学のなかでめずらしく学部学科も直属の後輩だった。
3年生のときに新入生として入ってきたから、2学年離れているという意識があったが、彼は浪人生なので年齢はひとつしかちがわず、大人になってみれば1歳の差など、ないに等しい。
それでも、サークルの雰囲気じたいがそうであったこともあいまってか、彼は私に完全な敬語口調で話した。
相対的に、こちらは先輩然とした態度をとらざるをえない。
後輩たちに対して、できるだけフラットで、親密な態度をとるようには心がけてはいたが、学年の差は大きいものだなと、当時感じていた。

Cくんと、もう少し話せたかもしれないなあ。
そう思いながら私は卒業して、たちまち結婚してしまった。

彼は、サークルに入るか入らないかというときから、私のことをとても慕ってくれていた。
私も、べろべろに酔って千鳥足の彼を駅までかつぐようにして運んだり、これまたべろべろで夜に電話をかけてきては「Iさん(私の旧姓)!Iさんは……カッコイイです!Iさんは……%$#’”!!(全然意味ワカンナイ音声)」などと一方的に言うのを聞いてあげたりしていた。
パキスタンの国境の街ペシャワールで、アフガン人のかぶる帽子をおみやげに買ってあげたりした。
そんなふうにしてかわいがっていたわりには、卒業後に1,2度会ったきり、連絡もしなくなってしまった。

人の縁って、切れたりまたつながったりするものだな。

彼のことを、長い間忘れていた。
それが、この5月末にあったサークルの記念行事(早稲田大学茶道研究会創立六十周年記念茶会)で再会した。
そのときは、他に人がたくさんいたし、彼も忙しくしていたからほぼ挨拶しかしなかった。
20年近く会っていなかったけど、今でもやっぱりちょっとカリメロっぽかった。
そのとき私は、サークルのかつての仲間の顔をたくさん見て、なつかしいなあと感じただけだったが、Cくんは「Iさんだ!大変だ!」と思ったらしい。
というのも、私は彼に「卒論の書き方を教えてください。できれば卒論を貸してください」と頼まれて、自分の卒論を貸したことがあったのだ。
それきり20年近く返ってこなかったのでとっくにあきらめていた。
大事な卒論だけど、まああいつなら、持ちっぱなしでもいいか。くらいの気持ちだった。
しかし向こうは、私の顔を見たら「卒論を返さなくては!」という気持ちが湧き上がってきたらしい。

実家で私の卒論を探し出し、会うことになった。
私は、郵送でもいいと思ったものの、それも水くさいかと思い直し、なつかしの後輩と一杯やることに決めた。
彼はけっこうリリカルな男なので、「Iさんと飲むなら是非、高田馬場(大学の近く)がいいですねえ。」と押し、私にとっても彼にとっても、馬場は地理的に便利でもないのになと思った。
でも、こういうちょっとした無駄っぽいことは、大人(とくに職場)同士での人間関係ではなかなか出ない発想だ。

大学生のころに4年間かよったきり、ほとんど行くことのなくなった高田馬場へ行った。

(長くなったのでつづく)

by apakaba | 2009-08-10 23:14 | 生活の話題 | Comments(3)
2009年 08月 09日

さばの味

魚屋のおじさんが、私の買おうとしたさばの切り身を指して、
「お姉さん、なににするつもり?味噌煮?塩焼き?」
と聞いてくる。
「えーと塩焼き。」
と答えると、
「あのねこれをねえ。塩胡椒して、グリルで焼いて。」
説明を始めるので、
「塩胡椒?塩だけじゃなくて?」
と聞くと、
「そう。塩胡椒。それでグリルで焼いて、その上に、大根おろしを載せるの。それで、お姉さん、きざみ海苔ある?」
「うん。」
「きざみ海苔を載せて、あと、花かつおある?」
「うん。」
「花かつおを載せて、それからポン酢をかけて、テーブルに携帯電話を置いて、食べてね。私のやり方で食べてみて、おいしくてほっぺたが落ちたらすぐ救急車を呼べるように、目の前に携帯電話を置いてね。」
「アハハ。」
懇切で一生懸命シャベリを考えておいた様子に、私も笑った。

貧血なのでさばの血合いでも食べるかと思い、味噌煮はこの前にやったから今日は塩焼き、としか考えていなかった。
魚屋のおじさんの言ったとおりにやってみた。
これもおいしい。
塾から帰ってきてひとりだけ遅れて晩ごはんを食べる「ササニシキ」に出すと、
「これはどうやって食べるの。」
と聞くから、おじさんの言ったとおりに、食べ方の説明をくり返した。
「ササニシキ」は素直に従い、ひと言
「すずしい。」
と言った。
幼稚園児並みの語彙で幼稚園児には決して表現できないことを言うんだわこの人は。

by apakaba | 2009-08-09 22:56 | 食べたり飲んだり | Comments(5)