<   2010年 08月 ( 13 )   > この月の画像一覧


2010年 08月 27日

2010年1月〜8月に観た映画(DVDも)前編

きのう、2009年2月〜12月に観た映画(DVD )を書いたが、やはりタイトルだけ並べているのはさびしい。
一言ずつでもメモしよう。
(リンクの貼ってある作品は、単独でブログにレビューを書いたものです。)

アバター
劇場鑑賞。3Dメガネの不快感さえ克服すれば見事な娯楽。
映画はレジャーの一選択肢だということを思い出させる。

映画は映画だ
韓国映画が好きなので定期的に観ている(おばさんの好きないわゆる韓流じゃないよ!)
キム・ギドクらしいバイオレンス、ヤクザ役俳優、脚ながーい。

チェイサー
つづけて韓国映画。このテではやっぱり「殺人の追憶」が一番だなー。
大鶴義丹似の犯人がいまひとつ迫力なく怖さがない。

抱擁のかけら
劇場鑑賞。レビューにコメントゼロだった。ペネロペちゃんはいつでも大輪の花です!

レスラー
ミッキー・ロークバンザイ!
ぶよぶよマッチョな醜い肉体を切り裂くと、ドロドロと膿が流れ出しそうだ。
肉に語らせる、鬼気迫る演技だ。

マイレージ、マイライフ
シンガポール行き機内で鑑賞。セクシーアイコンのジョージ・クルーニーが、痩せておじいさんになっていたのがショック!

太陽のかけら
メキシコっぽかったなあ。ガエル・ガルシア・ベルナル初監督作品らしいが、話はそんなでも。

失われた肌
ガエル祭り。こっちのほうがガエルらしさ(セックス依存症じゃないの?!って感じの)がよく出ていてナイス。

ニューヨーク、アイラブユー
劇場鑑賞。好きな映画。好きな俳優満載だし。
とりあえずニューヨークに行ってみたくなる。日ごと夜ごと、ああいう小さなできごとが起こっているのかなあっと。

NINE
劇場鑑賞。目にもアデヤカなスバラシイ女優陣。劇場でよかった。

サンシャイン・クリーニング
男にも仕事にもぱっとしない姉妹だけど、がんばる!意外とハートウォーミング。

母なる証明
知的障害者ウォンビンは、うまいのかそうでないのか?「ギルバート・グレイプ」でデカプーが見せた完璧な演技とちがって、今一つ判別つきにくいところがキモかも。
時折「ウォンビンはほんとはアホの子のふりをしているだけで、なんでもわかっているのでは?」と思うとぞくっとする。それが狙いか?

めし
成瀬巳喜男監督を初めて観たが、小津安二郎のほうが圧倒的におもしろい。
原節子の美しさには驚くが、上原謙はそんなでも……現代の目で見ると、横暴な亭主に見えちゃうな。

君のためなら千回でも
小説でマジ泣きしたので映画も。しかし小説のほうがやはり感動した。
父ちゃん役アフガン俳優がステキ。
アフガニスタンに昔から強い憧れを持っているので、バザールの映像などでシビレル。

空気人形
期待ほどでも……私の嫌いな「日本映画だよー」って感じ。
風景をゆっくりカメラでなめてー、それからー、みたいなタルイ流れ。
ペ・ドゥナの美しいヌードと、ダッチワイフそのものの血の通っていない雰囲気は瞠目!

シャッターアイランド
劇場鑑賞。デカプーはつねにスバラシイ(彼の、銃を構える演技が好き)のだが……話はありがちな感じ。

I Come With The Rain
ビョンのカラダに衝撃……!!っと腰抜かしている間に終わっちゃう。
ジョシュ・ハートネット、キムタク、イ・ビョンホンの主演陣が、まったく意味なくハダカをご披露しつづける。
話は陳腐でどんより(いちいちキリスト教世界になぞらえ、キムタク≠キリストは失笑)、ただもうビョンの上半身の異常な発達ぶりだけが驚き。

マイ・ブラザー
劇場鑑賞。モノスゴク力を込めてレビューを書いたなあ。
余韻が残る、観てよかった映画!!!

パブリック・エネミーズ
タルかったー。進みがゆっくりすぎ。ジョニデ&マリオン・コティヤールの美男美女っぷりは画面映えばっちりだけど、古くさい感じ。

アイアンマン2
劇場鑑賞。ロバート・ダウニー・Jr.ならなんでもオーケー。大好きです!

This is England
意外とツボ。昔のケン・ローチ作品を彷彿とさせるようなヒリヒリっとした感じの。

オーケストラ!
劇場鑑賞。レビューにも書いたが、これは強くオススメ。
笑って、泣ける!サワヤカな気分!

アリス・イン・ワンダーランド
劇場鑑賞。超ガッカリ。おもしろかった人、いるの?
でもコメントレスに書いたとおり、あれでジョニデは本当にきれいな顔立ちをしていると思い知った。
素が完璧な顔立ちだから、あそこまでデフォルメしても顔が崩れないでファンタジーの雰囲気を保てる。あの役(の顔)は、他のどの俳優にもムリだね……


長くなったので、いったん。あと1回。

by apakaba | 2010-08-27 21:01 | 映画 | Comments(10)
2010年 08月 26日

2009年2月〜12月に観た映画(DVD )

ここ最近観た映画(またですか)を書いた2009年2月5日以降、一度もまとめ映画レビューを書いていなかったのね。
さすがに、一本ずつに一行でもコメントを入れながら書くことすら不可能な分量になってしまった。
2010年に観た映画もかなりたまっているし。
コメントはムリとあきらめて、とりあえずタイトルだけを並べておきます。
リンクの貼ってある作品は、単独でブログにレビューを書いたものです。
もし興味がある作品が載っていたら、コメント欄で質問や感想などください!
最後に、印象深かった作品を挙げました。

以下リスト。長いよー!

by apakaba | 2010-08-26 14:00 | 映画 | Comments(15)
2010年 08月 25日

食中毒で寝ていて

なんと、寝てばかりいると日の過ぎるのが早いことだ。
名古屋へ行ってからもう一週間も経っていたのか。
食中毒なあたしと家族を書いてからも3日。
いまだ下痢がつづいています。
皆さまお見舞いのお言葉ありがとうございます。

今、私はいろいろとサイアク。
こんなに下痢つづきじゃサイアクなのは当たり前だけど、それ以外にもいくつか。

ピークに具合が悪かった数日間、顔を洗わずにいたら、たちまち湿疹が復活してしまった。
何年もつづいている脂漏性湿疹が、いまだ完治していなくて、体調が悪いと出てくる。
久しぶりに顔ブツブツ。

湿疹とはべつに、口唇ヘルペスも復活して痛くて口が開かない。
口唇ヘルペスできたぞと書いたのが2年前。
それ以来、やっぱり体調を崩すと出てくる憎い存在なの。

そして歯磨きをしなかったら、口の中がびっしり歯肉炎になって痛かった……!
いつもすごく時間をかけて磨いているのに、ほんの何回かさぼったら途端にこれだよ。

今はどれもだいたい下火になったのでまあいいのだけど、自分の大小さまざまなレベルの虚弱ぶりに感心するわ。

ところできのう、ひとつ新しく知ったことがある。
某所に、「おかげさまで、食中毒も80%くらいは治った感じで、直立二足歩行ができるようになりました。 きのうまではネアンデルタール人らしき前傾姿勢だったが」と書いた。
書いてから、「ネアンデルタール人って……あまり前傾してないかも?むしろ今の私より背筋しゃっきりでスタスタ歩いてたり」と心配になってきた。
どんなにくだらない場でも、自分の発言には責任を持ちたいお年ごろ。

「ササニシキ」に、
「ネアンデルタール人ってさ。スタスタ歩いてる系?」
と聞くと
「当たり前じゃん。」
「『うほっ』て感じじゃ、ないの?」
「それは猿人。ネアンデルタール人は原人。」
あ、「『うほっ』て感じ」というのは、私のイメージでは両腕が前に垂れ下がっていてへっぴり腰な姿勢で……まあ類人猿以上クロマニヨン人以下というくらいのトコ(それだとネアンデルタール人も入っているが)。

「ササニシキ」は世界史の資料集を持ってきた。
彼は私が社会科系で悩んでいると、すぐに資料集や用語集を持ってきて「これを見なさい。」と言う。

サ :これを見なさい。(先史時代のページ)
私 :あ、ネアンデルタール人はけっこうしゃっきり立ってるね。いや、でもちょっとは「うほっ」て感じ。……あれ?ピテカントロプス・エレクトスないの?
サ :なにそれ。
私 :え、ピテカントロプス・エレクトス知らないの?なんでだろう……(資料集に載っていない)もしかして「ジャワ原人」で統一されているのか。ナルホド……
サ :一番古いのはラミダス猿人。
私 :なにそれ。ガミラス星人じゃないの?
サ :なにそれ。
私 :「ヤマトの諸君。」だよ。顔の青い。デスラー総統。
サ :あああの顔の青いヤツはガミラス星人っていうの。
私 :そうだよ。しかしラミダス猿人なんて聞いたことないな……アウストラロピテクスだと思ってた。昔の知識とちがうのね……

あとで調べたら、ラミダス猿人は1992年に発見されたのね。
しかも日本人が発見したのね。
当時は子育て真っ盛りで世の中のことに疎かったもんなー。
今やそのチビッコ(「ササニシキ」は1991年生まれ)にものを教わっているんだな。
しかし息子がピテカントロプス・エレクトスを知らないというのも少しショックだ。
その名を知らないと、いろいろと文化的な面で不都合じゃないか。
チャールズ・ミンガスとか……桑原茂一とか……新しいところで「たま」の「さよなら人類」とか……あ、新しくない?ちっとも?
本当に、時間の感覚は狂うものだ。

by apakaba | 2010-08-25 14:23 | 健康・病気 | Comments(4)
2010年 08月 24日

名古屋へ遊びに行った・後編

前編のつづき。
翌日は、S氏にクルマを出してもらい、伊勢まで行った。
伊勢神宮に行くのは初めてである。

c0042704_1530817.jpg


参拝の正しい順序は、外宮(げくう)を先にお参りしてから内宮(ないくう)へ。
とのことなので、私もそれに従うことにした。

つづき。外宮に入ります

by apakaba | 2010-08-24 17:20 | 国内旅行 | Comments(8)
2010年 08月 23日

名古屋へ遊びに行った・前編

一泊で名古屋に行ってきた。
ふだんから、家族と、小学生の生徒たちとしか口をきかない生活だが、夏休みはとくに、仕事の時間を増やすし、周りがあちこちへ「旅行に行ってきた」と言ってくるから、私も「どこかへ行きたい。大人の他人としゃべりたい」欲求が高まるのである。
名古屋在住の友だちに「あたしと遊んでー」と声をかけ、そのわりに自分ではなにひとつプランも希望も出さず、やってくれ状態。
名古屋へ行くのは20年ぶりで、しかも新幹線で行ったことがないから、新幹線のホームに降りた途端からおんぶに抱っこだ。

おもにお世話になったPさんがホームまで迎えに来てくれて、地元で大人気のビストロへ連れて行ってくれた。
ビストロ ル・ボルという、名前だけ聞くとぼられてしまいそうなお店だけどその反対に、たいへん良心的なお値段でおいしいお店だった。

c0042704_1624476.jpg


冷たいスープ。
トマトのグラニテが乗っていて、その下に糸瓜(と思われる)のせん切りが隠れている。
かつてバブル時代に一世を風靡した、三田の高級フレンチ コートドールの名物スープを彷彿とさせるが、向こうは梅しその風味、こちらはトマトの風味でそれぞれちがう酸味を提供している。
ヤルね。

つづき。おいしいものがつづきます

by apakaba | 2010-08-23 17:29 | 国内旅行 | Comments(8)
2010年 08月 22日

食中毒なあたしと家族

今日も歩数計(携帯電話についている機能)は0歩。
きのうは病院に行ったから203歩。
おととい0歩。
なめくじのように暮らしています。

「コシヒカリ」が
「おかーさん、今日もなめくじですか?」
と聞いてくる。
そう言いながら、おかゆを作ってくれたり、りんごジュースをお湯で薄めて持ってきてくれたりする。
この子は人の看病をするのが好きで、小3のとき、私がノロウイルスでなめくじだったときも甲斐甲斐しく働いてくれた(そのときの記事はこちら→「コシヒカリ」のりんご。今読み返したら感動して自分で泣いたぞ)。

熱が高くてお風呂に入ってないし顔も洗ってない。大好きな歯磨きも、ずっとしてない。
ただお腹を抱えて寝てるだけ。不潔そのもの。
陣痛じゃないのと思うくらいに痛いから仕方がありません。

「ササニシキ」が部屋に入ってきたから
「この部屋、病人臭いでしょう。」
と言うと、いきなり冷房を切って窓を全部開け放って
「病(やまい)の“気”(き)に満ちている。」
と占い師みたいなことを言って、両手で窓の外へ空気を追い出すような動きをする。
しかもそのまま行ってしまう。
「ちょっと!そのままで行かないでよ!冷房入れてよ!」
本当に、役にも立たないうえに行動が意味不明だよ。

「アキタコマチ」はたまに顔を出していろいろやってくれるので、
「ありがとう、あんたはやさしいね。お父さんよりあんたのほうがいいわ。結婚してくださーい!」
と手を伸ばすと、にっこり笑って
「お父さんが今ごはんの片付けをしてくれているよ。お父さんと結婚してよかったね。おやすみ。」
と紳士的に立ち去る。

夫はなめくじ女房に内心で舌打ちしているにちがいないが、黙ってすべてやってくれている。
いつもはなにもやらないが、家事は私よりはるかに几帳面にやり切れる人なので、台所も部屋もふだんよりカンペキにきれいになっている。
ガス台まわりとかピカピカだし。

それにしても、これほど激しく当たってしまったのは5年前の生シジミ以来だ(記事こちら→お腹が痛い日々です。あなたやあの人のコメントもあります)。
今回は、名古屋へ遊びに行ったときになんだかんだと生のものを食べたので、そのどれかだろうと思われる。
たいていの食中毒は48時間以内に発症するが、カンピロバクターという細菌だと、潜伏期間が2〜7日と長く、牛やトリの生食にリスクがあるという。
ああ食ったとも。
しかし、私以外のメンバーはみんな大丈夫らしい。
きっとたいしてひどいものではなかったのに、私一人が反応してしまったのだな。
ほんとにひ弱な体ってイヤね。
しかも5年前には激ヤセしたのに(3日で3キロ)、今回はあまり痩せてもいない気がするぞ。
下痢の意味がないじゃないか。
下痢の苦しみの一番のご褒美は超短期集中ダイエットなのに!

でもきっと、明日には大丈夫だと思う。
きのうまでは「おかゆなんてとんでもない、ジュースも見たくない、歯ブラシを持つのもムリ」「読書ムリ、テレビムリ、パソコンの画面ムリ、キーボード重すぎ」というくらいの重症だったのに、今日はジュースを薄めたものとおかゆをお腹に入れたら、どうにか布団の中でこれくらいのものは書けるようになった。
明日から名古屋の話を書きます。と、予告してみる。

by apakaba | 2010-08-22 17:14 | 健康・病気 | Comments(11)
2010年 08月 16日

夏休みまんきつ!

c0042704_1112695.jpg


きのうの夜、犬の散歩に行って、いつものようにうんちをトイレットペーパーでつまみ上げたら、手が滑って落としてしまった!
悪いことに真っ白なジーンズを穿いていて、うんちが膝を滑り落ちたよー!
わかりますかこのガックリさ。

という悲しいできごともありながら。
楽しい夏休み。
ここしばらく、下のふたりがロシア旅行に行っているので、浪人生と夫婦の3人暮らしです。
核家族一人っ子の家というのは、かくも静かで平和なものなのか。
浪人生はどうせ予備校や図書館に一日中行っているから、リタイア夫婦みたいな雰囲気です。
浪人生を置いて、近所にできたイタリアンの店へ行ったり、浪人生を連れて寿司屋へ行ったり。
写真は寿司屋の岩牡蛎です。

明日、11日ぶりにロシアから下の子たちが帰ってくるので、成田までお迎えに行きます。
明日の到着便は朝早いので、今日これから成田のホテルに泊まりに行って、プールで泳いで遊ぶことにしました。
成田のホテルにはあれこれ泊まったけれど、今回は初めて泊まるラディソンホテル。
とってもアメリカーンな雰囲気だわ。

それから私は名古屋の友だちのところへ一泊で遊びに行き、長年行きたかった伊勢神宮へも行ってきます!
そのあとの週末には、ふたたびイエメン写真展へ行き、来週はしばらく働いて、来週末はいよいよこの夏休みのメインイベント、直島へGO!
7月後半から8月半ばまでめいっぱい働いてきて、後半はのんびり、遊び三昧。
いいペースだわ。
そんな感じで更新頻度が落ちますが、いずれまた報告記事書きますね。
ではでは〜〜〜

by apakaba | 2010-08-16 11:24 | サイト・ブログについて | Comments(8)
2010年 08月 15日

個人的な記憶、日本人の記憶(終戦記念日に)

犬の散歩をしながら、ふと「自分の記憶の一番底にある“植物”は、なんだろう」と思いついた。
おしろい花?ねこじゃらし?ぺんぺんぐさ?生家の裏庭にあった柿の木?……いや、ちがう、それらよりもずっとずっと底にあるのは“はまゆう”だ。

そんなことを探り始めた理由が、自分でもわからなかったが、よく思い返してみたら、散歩道の途中で、はまゆうを目の端に見かけていたからだった。
最初に解答を見ていて、それから設問を考えただけのことだった。

はまゆうがなによりも親しい植物だった、という人は、さほど多くないと思う。
私は、物心ついたときにはあのつるつるした長い葉っぱを撫で、図太い葉っぱのわりには、かぼそく可憐な花びらが開くさまを知っていた。
生まれて初めて覚えた植物の名前も、はまゆうだったかもしれない。

「このはまゆうは、眞紀と同い年よ。」
と、幼いころにさんざん母から聞かされていた。
「これはお父さんが××島に取材に行ったときのお土産なの。」
その××島がどこなのか。
私は、子供のころずーっと“沖ノ鳥島”だと思っていた。
しかしこれはかんちがいで、沖ノ鳥島は水没におびえるただの珊瑚でできた岩にすぎない。
そんなところではまゆうが育っていたわけがない。

気になって、ゆうべ母に電話してみた。
“××島”は、鳥島のことだった。
でも、
「あれ、鳥島だったっけ?硫黄島だったかも?」
と母が言い始めたのでまたびっくりした。
「お父さんって、い、硫黄島にも取材に行ったことあるの!?」
「うん、行ってたわよ同じくらいの時期に。」
「ひええー。すごーい!でも、なんの取材で硫黄島や鳥島に行ったの?」
「忘れちゃったあ。ずいぶん昔のことだもん。観測所の閉鎖だったかな?硫黄島は、なんだっけ?」

母に、40年以上前の、父にとっては数ある取材対象のひとつのことを詳しく思い出せというのは難題に過ぎた。
やや呆然として電話を切った。
お父さんは、硫黄島にも行っていたとは……。

父は共同通信社の社会部にいた。
私が9歳のときに過労で他界した。

今朝になって、ネット検索で調べてみたら(こういうときには本当にコンピュータはありがたい。いい時代だ。)、アホウドリの大生息地として有名な鳥島は、「1965年に群発地震が発生したことにより気象観測所が閉鎖された」とある。
母が「観測所の閉鎖で……」と言っていたのはこのことか。
母によれば、八丈島から人夫(人夫という言い方は時代を感じる)が来て、解体した資材を運び、父はその様子を取材し、八丈島の人夫に頼んではまゆうの株を自宅へ送ってもらったそうだ。
私の生まれ年は1967年だから、はまゆうとぴったり同い年ではないが、母のなかでは「あのころ仕事で留守がちだった夫から送られてきた、とんだ大きなお土産」と、なかなか授からなかった二番目の子供(=私)の誕生が重なっていったのかもしれない。

もうひとつの「そういえば硫黄島にも行った」というほうも気になり、検索してみた。
父が生きていて、私が生まれた年に近くて、硫黄島がニュースに登場したこと……これか……「終戦後、米軍の統治下にあった硫黄島は、1968年6月26日、小笠原諸島と共に日本に返還された」。
これに行っていたのか。

私は父の仕事(記事)を、一行も読んだことがない。
今になると、それが、無念でたまらない。
父は、海外旅行へはたった一度、母とふたりで香港・マカオに行ったきりだった。
仕事ではなく、完全に遊びで、数日間の海外旅行。
香港土産にお決まりの絵皿を作って、絵皿の中では母とふたり「初の海外でうれしくてしょうがない日本人旅行者のおじさん」の見本のような笑顔を向けていた。
けれども、父はふつうの人が決して行かれないところへ行っていた。
宮内庁記者として昭和天皇ともじかに話していたし、横須賀支局時代には米軍基地に入って米兵を相手にスラング混じりの英語で取材し、全島が天然記念物の、鳥しかいない鳥島にも、太平洋戦争の激戦地硫黄島にも行っていた。
ほかにも、もっともっと、いろんなところへ行っていただろう。
そんなふうに飛び回っていたのは、現在の私よりもずっと若い、30代半ばだった。

チャーター船から鳥島の絶壁が近づいてきたとき、どう見えた?
お母さんにはまゆうを送ろうと思ったのはなぜ?
硫黄島のどんなところに、戦争を感じた?

父と話をできないことが、今、たとえようもなく悲しい。
でも、人の記憶はどこかで受け継がれるし、そうでなければさらに悲しい。
たまたまはまゆうを見かけただけで、こんなに過去のことに思いを馳せることもできる。

今日は終戦記念日である。
戦後65年経って、記憶の風化が危惧されている。
でも私は、記憶の風化ということについては楽観的だ。
人はそんなにたやすく、昔のことを忘れないと思っている。
8月になると、毎年きまって原爆と終戦の特集番組が組まれるが、子供たちは飽きることなく戦争特集番組を見る。
とくに長男は、3月に広島を一人旅してきたばかりだから(旅行記)、とりわけ熱心に見ている。
自分の個人的な記憶でなくても、日本人の記憶として、子供たちが確実に引き継いでいることを感じる。

私は、ありきたりの旅先へ旅行し、書いても一銭にもならない文章をつづるだけのただの主婦だ。
それでも、「どこかへ行きたい。なにかを書きたい」という衝動は、父親から引き継いでいる性質だと思う。
もし今でも父が生きていたら、キカイ音痴ながらもどうにかPCを開いて、私のブログを読んで「うちの娘はおもしろいモノを書いているんだよー。親譲りだなあ!」などと、古い記者仲間に親バカ丸出しで紹介しているかもしれない。
そして孫どもに、昭和6年生まれの父は戦争の話をいつまでもしゃべっていたかもしれない。
ちょうど終戦の日、こんなことを思っていた。

by apakaba | 2010-08-15 13:18 | 思い出話 | Comments(4)
2010年 08月 13日

靴ばかり買ってる

この夏の間に、4足買った。
リーガルのローヒールパンプスと、リーガルのストラップサンダルと、パタゴニアのトングサンダルと、きのうさらにプーマのシューズ。
きのう買ったプーマは、ビッグキャットロゴがイカス。

c0042704_1581172.jpg


天然皮革で真っ白だから、ニュートラルの靴墨を最初に塗り込んで保護する。
靴も好きだが靴磨きも好きだ。
革靴を定期的に自分で手入れしないなんて、オトナ失格だよね!

「今は(ファッションで一歩先に行っているのは)プーマだぜ!」
と夫は力説するが、「ササニシキ」は
「なんでプーマ?プーマ弱い。プーマなんてダメ。アフリカの(サッカー)チームはみんなプーマ。安いから。」
と、あくまでサッカーシューズとしてしかメーカーを判断しない。
母親がどこのメーカーのシューズを買おうと勝手だろーーー。
うるさいなーーー。
「アキタコマチ」がいればなあ(現在、ロシア旅行中)。
「おお、おかーさんおしゃれじゃん。この、ロゴがやたらデカくなっているところがしゃれてるよね。おもしろいよね。オレも持ってるよ。」
とか言ってくれるはずなのだが!

by apakaba | 2010-08-13 15:13 | ファッション | Comments(3)
2010年 08月 09日

「旅」を考えた日——イエメン写真展 Heart of Arabia

c0042704_1823343.jpg


長い一日。早朝から成田空港へ。
ビジネスクラスで行く、夏の旅行に書いたとおり、「アキタコマチ」と「コシヒカリ」が、きのうからロシアへ発つため、成田までクルマで送っていった。
空港は、旅行・帰省シーズンでだいぶ混んでいた。
大きな荷物と裏腹に浮き足立っている人々の間を縫って歩くのは、むなしい。
みんな、どこへ旅立っていくのだろうか?

c0042704_18125396.jpg


成田から帰ってきて、残った家族のために昼食を作り、そのあとすぐにまた出かけた。
ネット友だちのあづま川さん(ブログこちら)が、お友だちのいっしぃさんという方と二人で西荻窪のカフェ「旅茶箱」で写真展を開催しており、友人数名と行く約束をしていた。

イエメン写真展 「Heart of Arabia」  2010/8/2 ~ 8/29
 告知サイト:こちら

c0042704_1822469.jpg


「旅茶箱」というカフェに初めて入った。
店に一歩入った途端、胸を締めつけられるような感覚があった。
足もとがぐらっとするくらいに、懐かしかった。
ここは、まるで……、まるでどこかよその国のゲストハウスそのままじゃないか!

暑さでへとへとになって、飛び込んだゲストハウス、ぼろくて低いソファには万年床のように民芸調のファブリックがかけられっぱなし、吸い寄せられるように、そこへ埃まみれの体をすっぽり沈めてしまう……ファブリックはタビビトの汗と埃を何年分も受け止め、沁み込んでいる。
へなへなと座って視点が変わってみると、自分が旅の本や情報ノートに囲まれた空間にいたことにふと気づく。
ドアを開けては、いろんな言葉を話すいろんな人間が、出たり入ったりしていく。
なにを飲む?
手持ちのぬるいミネラルウオーターはもういいや……コーラ?チャーイ?暑いから……奮発してビール?
国内で、ここまで旅先の雰囲気を再現している場所に来たのは初めてだった。

もうずいぶん長いこと、こういう旅をしていないな。

c0042704_1135478.jpg


あづ&いっしぃ両氏の写真は、この店の“窓”だ。
地下の店だから本当は窓はひとつもないのに、ひとつひとつの作品が無数の窓となって、旅先へ発たせてくれる。
テーマはアラビア半島のイエメンだが、この店に入って懐かしさにめまいを覚えた人間なら、イエメンに行ったことがなくてもその人に向けて窓は開く。
低いソファに座ってしゃべっているとき、“この人たちと知り合ったのは何年か前の東京であって、異国の旅先ではない”ということを何度も意識し直さなければならないほど、ゲストハウスでたまたま出会った者同士が語らっているような錯覚に囚われた。
最高のロケーションの、すばらしい写真展だ。

c0042704_11584692.jpg


みんなバラバラに各国のビールを買って撮影。
このあと吉祥寺に移動して、はしごしつつ飲みつづけたが、写真展の余韻がどうしても抜けず、時間が経っても旅先の気分のままだった。
私にとってはごく身近なはずの吉祥寺が、夜のタメル(ネパール)かタシケント(ウズベキスタン)にでも居るような感覚だった。

話題もやっぱり旅の話が多かった。
「ゲストハウスを自分がやってみたい、と思ったことはあるか」という話題では、私以外の全員が「思ったことがある」と言った。
私は自分がいつまでも旅していたいタイプなので、どこかに留まってお客さんを迎える立場には興味がない。
でも「やってみたい」と思うほうが多数派だったのが意外で、おもしろかった。
「旅のメートル原器(=自分にとって、永遠に変わらない、すべての旅の基本と感じられる地)はどこか」という話題では、私は「北海道かな」と言い、ひとりは「東京かな」と言った。
地方出身者でもない人からの東京という答えはこれこそ意外で、“だからこういう話はおもしろい”と思った。
旅先の“コイバナ”とか(これは皆が呆れるなか私が一人でしゃべりまくっていただけだが)、このあと、どの国へ行くつもりかとか……こんな会話をするのは、本当に久しぶりだった。
数年ぶりに会っても、旅バナシだと不思議なくらいにしゃべっていられることを、ありがたく思う。

遠い国のゲストハウスそのままのカフェ、イエメンの人と風景、都内で一番おいしいバインセオが出るベトナム料理店、焼き鳥の煙が充満する冷房もドアもない居酒屋、そして散会後にもう一軒駄目押しで飲んだスコティッシュバー。
一日で、いろんな国へ行ってきたみたいだ。
早朝の成田空港で右往左往していた人々を、もう一度思い浮かべる。
また、どこかへ行きたい……と、焦れるように思う。
それだけ熱い気持ちにさせる、写真展だった。

by apakaba | 2010-08-09 12:44 | 旅行の話 | Comments(21)