あぱかば・ブログ篇

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2010年 11月 30日

済州島のおもひで

いや、まだ行っていません、というか実現するかどうかもわかりませんが。

きのう、B賞、どうでしょうと題し、済州島行きの微妙な当選をした話を書いた。
義母は私が声をかけたことですっかりノリノリになってくれて、B賞そっちのけで独自に検討をし始めたようだから、しばらく結論は出ないだろう。

私は韓国に行ったことがない。
でも“済州島”という言葉を聞くと、アザヤカに一片の写真がよみがえる……私の写っていない、楽しげな観光写真だ。

大学4年の9月、私は就職の内定が出ずに落ち込んでいた。
30社くらい落ちつづけていた。
学校に行かずバイトと旅行ばかりしていたから成績はぎりぎりで、卒業がそうとうあやしかった。

仲の良かった女友だちは皆、イイトコの内定をもらっていた。
私が仲良くしていた子のひとりは青田買いで朝日新聞社の記者職、もうひとりはNHKのBS2のキャスターに就いた。
ふたりは、私に気を遣ってあまりはっきりとは言わなかったのだが、9月に韓国旅行に行った。
前年の春休みにもふたりでインドへ行き、インドで知り合った男子学生ふたりと、計4人で済州島へ行ったらしい。

深く考えないことにしていたがやっぱり置いて行かれたような感じがして、くやしかった。
気を遣っていることがありありとわかるので、いかにも平気なふりを装い、
「韓国、行ってきたの?写真見せてよー。」
と、まだ内定がとれていない私は言った。

今まで、彼女たちは何度かふたりでインドへ行ったりネパールへ行ったりしていて、その前後には私にも旅行の話題をしきりとしてきた。
お土産を買ってきてくれて、写真も「見て見て!あのね、ここはね……」と、見せてと頼む前からどっさり押し付けられていた。
それが、今回は私に隠れるようにこそこそと計画をすすめ、いつ行ってきたのかあやふやな返事しかせず、「あたしたちばっかり楽しんで、眞紀ちゃんは大変なのに、悪いかなあって思って……」と、むしろ傷つくことを言われたりする。

「私はぜーんぜん気にしてないよ!旅の話を聞くのは楽しいよ。韓国は行ったことないし。」
気が進まない様子の友だちから、無理に写真を見せてもらった。
いつもどおりに旅の思い出バナシを聞かないと、不自然だと思った。
けれども、「これは済州島といって、韓国の一番南の端にある島なの。」と言われて、海の写真を見たら、
「ああ〜、置いて行かれたよーっ!!!!!!!」
と、叫びたくなった。
水着姿の男女が波と戯れている写真。
あまりにもガックリしたから、友だちの水着のデザインまで、今も覚えている。
ひとりは大人っぽいビキニ、もうひとりは茶色のボーダー柄ワンピース。
ああ、楽しそう……男子もいるじゃん……私が就職活動でしょぼくれた毎日を送っている間にこの人たちはよお〜〜〜〜〜。
あのときだけは、心からくやしかったなあ。

まあそれが私の“済州島”の唯一の思い出です。
済州島と聞くと、そのショックな写真しか、頭に思い浮かびません。

by apakaba | 2010-11-30 22:15 | 思い出話 | Comments(3)
2010年 11月 29日

B賞、どうでしょう

旅行の懸賞には片っ端から応募することにしているが当たったためしがない。
でも、きのうついに当選メールが届いた!
でもでも、その当選は……B賞。

応募したことすらすっかり忘れていたけれども、行き先は済州島だった。
「ロッテ韓国旅行キャンペーン」という懸賞で、韓国のなかでいくつかの行き先を選んで応募する。
そういえば、私はA賞はソウルにして、B賞は済州島で応募していた。
A賞は、ロッテホテル&航空券が無料になるのだが、B賞は少しお金を出すのである。
閑散期の平日に、少しでも客室稼働率を上げようということだね。

「B賞なんて意味ないじゃーん。あくまでもタダで行けるからこその懸賞でしょ!」
「ぶっちゃけB賞って応募者全員ご当選でしょ?」
「済州島くらい安いんだから自力で行けや」
私が全額タダのA賞だけでなくB賞にも応募したと言うと、友だちにさんざんそう言われたけど、いいの。
なんでもかんでも応募したいお年ごろなのよ〜。

で、案の定というか、くじ運最低の私でも、B賞が当たったのである(俗にいう全員プレゼント=「全プレ」というヤツですか)。

まんまと乗せられているのは十分わかっているが、旅行計画書などを見てしまうとやっぱり「行きたいなー」と思うのが人情。
出発日は来年3月中旬までの平日限定、最小催行人数6名というシバリもある、このあたりがやっぱりB賞。
私は仕事の曜日を調整すれば平日でも大丈夫だが、誰かいっしょに行く人はいないかな?
夫は当然、仕事だし……友だちも平日の真ん中に3日間は難しいかな。
隣の母を連れて行こうかと思ったが、本音をいえば、私が出かけるときはちょっと家事を応援してくれると助かる!だから母にはなるべく家にいてもらいたい!

とんでもなくいいアイデアを思いついた。
義母を連れて行けばいいんだ!
義母はかねがね「韓国とか、台湾とか中国とかインドとか……アジアの国に行ってみたい」と言っていた。
しかし義父がアジアの国々にまったく興味がないから、あきらめていた。
この前、ついに義父を置いて一人でネパールへのツアーに参加し、自信を深めているところなのである。

電話してB賞獲得のことを説明した。

「ええとーそんなにすごくお得ってほどでもないですけど、お義母さんは韓国とか行ってみたいと言ってたでしょう、でもおじいさん(義父)が行かないから、だったら『眞紀ちゃんが懸賞で当たっちゃったっていうからしょうがないわー付き合わないとー』とか言えば、いい口実になるかなっと思って。」
「え!あたしも行くの?へええそれはたしかにうれしいけど、それいくら?」
「ええと成田発着で39000円です。」
「それはそんなにとびきり安いというわけでもないわね!あたし、HISからメール配信が来るんだけどそっちのほうがもっと安いのがあるかもしれない。ちょっと調べてみるわね!」
と、やる気満々。

済州島の話が一段落すると、
「とにかくあたし今ネパール病なの!ネパールがと〜ってもよくってよくって!とにかくあの、山が……!!!!!!もう、すごくて……!!!!!!!」
と熱に浮かされたようにネパールへの愛を語り始めるのだが、そんなにつづけてネパールばかり行くわけにもいくまい。
きっと明日にでも、こんどは私といっしょにネパールを再訪したいのだろうけれど、ネパールと済州島では日程も予算もまったく変わってくるから、今回はとりあえずB賞でどうにかしてください。

もしかしたら、B賞は使わずに、義母が自力でもう少しお得なプランを拾ってくるかもしれない。
そうなるとB賞は無駄になるが、それにしても、あきらめていた韓国に、嫁が「微妙な懸賞が当たったからいっしょにどうですか」と聞いてみたことで、俄然行く気になってきたのだから、やっぱりこれは“当たり”の賞なんだろうなと思う。

私だって韓国には行ったことがないから、是非行ってみたい!
現在、北の方はやや物騒だけれど、南の外れならまず大丈夫だろう。
3月、B賞もしくはべつのツアーに、行かれるのか?私?

by apakaba | 2010-11-29 19:46 | 旅行の話 | Comments(12)
2010年 11月 27日

ハリー・ポッターを観るぞ!

1作目『ハリー・ポッターと賢者の石』を、公開当時、義母がどうしても劇場で観たいと言うので付き合うことにして、「コシヒカリ」が幼稚園児だったころに、早朝から並んで観た。
スリリングなシーンを幼かった「コシヒカリ」が怖がり、何度もトイレに立ちたがり、せっかくの劇場鑑賞が切れ切れになってしまい、話はちんぷんかんぷん。
その後、当時小学生だった「ササニシキ」が「すごくおもしろいからおかーさんも読んで」と強く勧めてきたから『ハリー・ポッターと賢者の石』の本も読んでみたが、数ページで挫折した。

児童文学なんて、オトナが読んでもしょうがないんですよ!

映画でも気持ちが乗りきれず、本でも敗退した私は、無理矢理自分にそう言い訳してあきらめた。

その後何年か経って、4作目『ハリー・ポッターと炎のゴブレット』を、子供たちにせがまれて観に行った。
……2も3も飛ばしていきなり4じゃ、わかるわけがないでしょ。
それでなくてもこの映画シリーズは、原作をだいぶはしょっていると言われているから、継ぎはぎな印象しか受けず、「もうあたし、ハリポタとは縁がなかったということで。」と、ハリポタの世界からは完全撤退・絶縁することを決心した。

子供たちは3人とも、すべての本を何度も読み返し、映画もくり返し観ていた。

先週、最新作『ハリー・ポッターと死の秘宝 PART1』が公開された。
「コシヒカリ」は、「おかーさんも行こう!」と言ってくるが、「ええーいいよ、おかーさんハリー・ポッターさっぱりわかんないもん。」と早々に脱落宣言。
「コシヒカリ」は
「連れて行ってくれるだけでもいいけど……でもおもしろいのに……」
と、がっかりしていた。

そんな折り、少し前からリンクを張らせていただいている、アガサさんという映画評で有名なかたのブログに、最新作のレビューが載っていたのを読んでしまった。
それはこちら

これ読んだら、今まで何年にもわたって「私はハリポタとは無縁な人生」と決めていたのをころっと宗旨替えすることに決定〜。
だって私も好きなんだもん、アラン・リックマン。
というかあの映画に出ている俳優、みんな豪華で好き。
『ロード・オブ・ザ・リング』も、最初はダルダルだったのにだんだんとおもしろく感じるようになったし、一気に観ればけっこうイケるかも!

ということでとりあえず初めから3本借りてきて、今日、2本観た。
「コシヒカリ」につきっきりで解説してもらわないと細部が理解できないのは、私の理解力がないせいかと思ったが子供たちにいわせるとあれは原作のダイジェスト版、というより原作を楽しんだ人間が映像化を楽しむためにある映画だから、おいてけぼりを食った気分になるのは当然で気にしなくてよいとのこと。
ふーん。
まあ、小説の映画化ってえてしてそんなものだけど、それにしてもこのおいてけぼり感覚の強さは如何に。

でもまあ、娘の懇切丁寧な解説のおかげでけっこう楽しめた。
今さら文字通り「一から出直す」のもひどく時代遅れな気もするけど、レンタルの棚はほぼ空っぽということは、私みたいな、最新作に備えて「遅れてきたファン予備軍」がたくさんいるということだろう。

そんな調子で、ただいま猛烈追いつき中ー。
がんばるわー。

by apakaba | 2010-11-27 23:51 | 映画 | Comments(10)
2010年 11月 26日

障害児とのキャンプの思い出

ブログを通じたお友だちで、みかちさんという人がいる(ブログこちら)。
発達障害の勉強をつづけている方で、お仕事も多方面で活躍している人だが、彼女のブログを読んでいて「私も昔、こんな活動に関わっていたことがあった……」と、急に思い出した。

小学校6年生のときに、新しくできたクラスの友だちに誘われて、障害児と健常児(このネーミングもどうかと思うが、便宜的に使う)がボランティア指導員とともに遊ぶ、というグループ活動に参加していた。
誘ってきた子の妹さんが知的障害児だったので、その子と妹さんや、彼女の数人の幼なじみはみんなその活動に入っていた。

チロリン村という名前のそのグループは、月に1回集まっていて、木登りしたり、カレーなどを作ったり、マイ竹箸を削って作ったり、横須賀の猿島(横浜南部の人間なので)に探検に行ったりした記憶がある。
もっとも重要なイベントは、夏休みに静岡のどこかへキャンプに行くことだった。

私は6年生なので、新入りだがいきなり班長になった。
私の班には、「みよちゃん」という名前の知的障害児が入った。
各班に一人から数名の障害児が入る。
みよちゃんは私が班長だということもあまり理解してくれていない様子だったが、私は初めてのキャンプ、初めての障害児を引率する役職に、とても緊張していた。

もう30年も前のことなので記憶がかなり褪せているが、ところどころははっきりと覚えている。
ひとつは、生まれて初めて、川で泳いだこと。
高い岩の上から飛び込んだりもできたし、流れが速くて淵もあり、今なら安全面で保証できないということでとても許可されそうにないような川だった。
私たちの小学校の若い女性教員もボランティアとして参加していて、初めてその音楽の先生の水着姿を見て非常に違和感があったことと、水着の隙間から陰毛がはみ出ていて、子供心に仰天して凝視してしまったことも覚えている。

夜中に、指導員の一人が恐ろしい話をして(その内容もはっきり覚えている)、皆でしーんと静まり返り、そのあと数人の若い指導員とともに河原まで散歩に行って、河原に寝ころんでうとうと眠ってしまったこと。
河原の石がごつごつと背中に当たり、とても寝にくいが睡魔に負けた。
夜が明ける前に宿泊所に戻ったものの、抜け出したのがばれて上層部の指導員にこっぴどく怒られたこと。

私は、班長なのに、自分が遊びたい誘惑に負けて、みよちゃんを置いて河原に出かけてしまったのだった。
翌日からはしっかりとみよちゃんが眠ったのを見届けた。
体力がもたないので、私も寝た。
みよちゃんはひどく痩せていて、薄い布団を頭からかぶって仰向けになって寝ていると、まるで魔法で消されたように、この世からいなくなってしまったみたいだった。
「みよちゃんは薄い」と、帰ってから母に報告した。
みよちゃんは、おそらく泣いたり駄々をこねたりもしたと思う。
そんなような覚えも、ぼんやりとある。
でもみよちゃんが宿泊中にたびたび機嫌を損ねたことは、きっと6年生の私にはさほど大変な思い出にならず、それよりみよちゃんのあまりにもはかない体——薄い寝姿を、夜中にはっと飛び起きては班長として確認したことが思い出に残っているのだった。

みよちゃんは私のことなど絶対に覚えていないと思う。
あの子が何年生だったのか忘れたが、下級生だったことはたしかだ。
でもみよちゃんの親御さんは、新米班長だった私のことは知らずともチロリン村のことは覚えていると思う。
私が川で泳いだり飯ごう炊さんで失敗してまずいコメにガックリしていたころ、みよちゃんの親御さんはまったくちがう時間を過ごしていたと思う。
毎日、心配していただろうなあ。
大船駅で解散するとき、迎えに来ていたのだろうなあ。
解散前に合唱した「あの青い空のように」を、涙ぐんで聞いていたのかもしれないな。

by apakaba | 2010-11-26 22:13 | 思い出話 | Comments(4)
2010年 11月 25日

おでんなど

せっかくこの冬初めてのおでんにしたのに、夫は「胃が痛い」と言って寝込んじゃった。
ガックリ。

うちのおでんはおいしいです!
練り物は、混ぜ物たっぷりの市販品ではなく、無添加素材の手作りのお店で、湯気の立っている作りたてを買ってきて、「おでんの素」なんか使わないで作るからねえ。
これで食べてくれないんじゃがっかりだわ。

今日、うちに来た生徒たちがクンクンと鼻を動かして
「おでんの匂いがするー。今日はこの家はおでんか。」
と、本気で羨ましそうに言ってくるのもかわいい。
(うちはLDKを使って塾をやっているので、昼から仕込んでいる煮込みの匂いはどうしてもバレてしまうのです。)
子供っておでんが好きよね。
「そうよ、今日はおでんなの。だが残念ながらキミに食べさせる分はないんだ。うちの家族だけ。タネは全部5コずつしか入ってないんだもん。」
「えええー、そんななの?食べられる量が決まってるの?オレんちなんてメチャクチャいろいろ入ってて、オレ食べまくる、お父さんと。そして三日くらい食べつづける。」
この子は帰ってから
「先生の家は今夜はおでんだよ。オレも食いてえ。でも先生の家では、一人ずつが食べるタネが決まってるらしい。先生がそう言ってた。オレそんなのやだな。」
とか話すんだろうな。

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おととい、友だち4人と近所で飲んだときのテーブル。
左奥からほたるいか沖漬け、たこわさび、手前が鮫軟骨梅肉和え。
そうとうたくさん食べて、各自、生ビール飲んで芋焼酎ロックで飲んでから白ワイン3本空けたのだが、ひとり4000円ちょっと。
いまどき、フツーレベルの居酒屋って安いのね。驚いた。
当然化学調味料なんかどっさりだろうけど、いいの。

by apakaba | 2010-11-25 22:36 | 食べたり飲んだり | Comments(11)
2010年 11月 22日

親世代それぞれの旅行

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連日、食い物写真ばっかり載せてよーと思ってるでしょう。
ほんとすみません。
今日は会社で研修会があり、帰りに渋谷の南翔饅頭店に寄ったのですわ。
写真だと、散らばって見えておいしくなさそうだけど……おいしうございます。
このランチメニューは、写真に出ているものの他に、上海蟹みそと豆腐入り揚げ春巻、海老入り汁麺がつき、ひっくり返るほどお腹いっぱい。

なぜいきなりこの系統のお店かというと、私の親が先日、台湾旅行から帰ってきて、大変たのしかったという話を興奮してしゃべっていたせいかもしれない。
私は台湾に行ったことがないので、ただただ一方的に流し込まれる土産話を聞くばかりだったのだが、ひとつひそかに感心したのは、世界中いろんなところへ旅行している親が、台湾という日本から非常に近くて旅の選択肢としては目新しくもない場所を、たとえばつい先頃行ってきたアラスカや、インドやトルコなどの国々とまったく同等の興奮度をもって語っていることに対してであった。

地理的な遠近や、“秘境”だのなんだのといった、いうなれば“旅のブランド力”(その国へ行ったこと自体が自慢になるような困難な旅)みたいなものは、この人たちにはまるで関係なくて、見栄でもなんでもなくシンプルにその旅先そのものを楽しみ、そこから得るものを素直に受け取っているのだな……と、思ったのだった。

それをとてもいいなと思う。
渡航先の数とか滞在日数とか、いかに困難な旅路を経験したか、を自慢する人は多い。
私はそういうタビビトは好きではない。
そんなものでその人間に箔がつくと思ったら大変な勘違いで、逆にその人に自慢できることがないから、かえってそこ(旅の困難さ)にアイデンティティーを求めてすがりついているだけのことだから。
そんな次元の低い自慢などからはとうの昔に解き放たれている私の親は、子供のような純粋な好奇心をもって、台湾を楽しんできたようだった。

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それで「なんだかいいなー台湾。」と思っているうちに、今日のランチがそれっぽいものに決まったのであった(上海の老舗・南翔饅頭店の東京支店のひとつ)。

今日、義母からも電話があり、ネパールへの一人旅から帰ってきたという。
フルパッケージのツアーとはいえ、初めての海外一人旅だったので、私も子供たちもとても心配していた。
最終日に煮沸の足りないお湯を飲んで下痢をしたようだが、それ以外はなにもかもがすばらしかったと、これまた興奮アンド感激して、ひとしきり私を相手にしゃべっていた。

聞く相手が私しかいないというのが正直なところだが。

夫(義父)は白人の国以外にはまったく興味なし、夫(義母の息子)はネパールに行ったことがなく行く気もあまりなく、その他の親戚も、ネパールとはほど遠く暮らしている。
唯一、私だけが二度行ってネパール語もちょっぴりわかる程度というネパール好きなので、「今度は是非いっしょに行きましょうよ!!!」と、すっかり自信をつけた義母は言ってくるのであった。

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いかにヒマラヤが大きくすばらしく、これまで見てきたスイスなどの山々を小さく感じたことか。
いかにネパール人男性がカッコいいか。
いかにカトマンズの街に風情があるか。
息もつかずに報告をしてくる様子は、台湾帰りの私の親とまるで同じだ。

年を取ると、変に斜に構える必要がなくなって、いつまでもどんな旅先でも、うきうきと旅ができるように思う。
シンガポール旅行記など見ればおわかりのように、私もそういうタイプなのだが、旅先に対して心を開くことが、結局は一番素直に楽しめるように思う。

by apakaba | 2010-11-22 23:56 | 旅行の話 | Comments(11)
2010年 11月 21日

イエス様がプレゼント

「わたしが思うにね。これは、聞いたこととかじゃなくて、わたしが思っていることなんだけど。」

きのう、アフタヌーンティールームでケーキを食べながら(きのうの話)、「コシヒカリ」がいきなり真面目くさって切り出す。

私 :え、なあに?
コ :ずっと前から考えていたことなんだけど、クリスマスツリーのてっぺんのスターって、あそこでイエス様が生まれましたよっていう目印でしょう?(このことを3年前、ブログに書いた。「スターあっての、クリスマスツリー!」なかなか感動的な話)
東方の三博士が、その星を目印にして祝福に来たっていう。
私 :うん、うん。

3年前のことを思い出すと、言葉遣いがだいぶ大人びてきて微笑ましい。

コ :その、光っていたスターのふもとに、イエス様がいたでしょう。
それで……ほら、クリスマスツリーの下に、プレゼントを置くでしょう?あのプレゼントは、イエス様のことなんじゃないかと思うの。
私 :んんんーー?
コ :つまりー、イエス様がプレゼントで……クリスマスのプレゼントは、イエス様の代わりっていうか……イエス様がプレゼントだったの。プレゼントがイエス様なの。

私 :ああ、クリスマスプレゼントはイエス様を象徴しているということ?そういう意味?
コ :うん、そうそう!
私 :イエス様が、私たち人間に贈られたプレゼントということだね?
コ :うんうん、そうそう!

私 :ナルホドー。すごいねよく考えつくね、そんなこと。思ってもいなかったよ。
コ :え、そう?わたし、昔からクリスマスツリーの下のプレゼントってイエス様を表してるんだと思ってた。


本当にごくたまになんだけど、“この子には敵わないなあ”と思うときが、あるんだよね。

by apakaba | 2010-11-21 22:48 | 子供 | Comments(6)
2010年 11月 20日

保護者会、予防接種、子宮

「アキタコマチ」の高校の保護者会へ。
もともと保護者会にはあまり真面目に参加しないほうなのだが、次男は普通科高校ではない学校に行っているから、就職にせよ進学にせよ、私には勝手がわからず不安なので行ってみた。
「コシヒカリ」も高校の見学をしたいと言うので、連れて行く。
ポスターや彫金など、プロ顔負けの生徒の作品を見て、娘はしきりと感心していた。

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娘と渋谷のアフタヌーンティールームで食事。
ビジュアルがきのうの「東京婆」のランチと似てますな。
“カフェめし”ってちがうメニューでもなんだか様子が似ていると思いませんか。

保護者会へ行く前、午前中には「コシヒカリ」を子宮頸癌の予防接種に連れて行った。
ここの自治体では、この予防接種は13歳の女子に対して全額助成金が出る。
実は効き目はないとか、製薬会社を儲けさせるだけとか、いろいろと賛否両論ある予防接種だが、まあ無料だし受けておくことにした。
私の心の中でも、「必要あるのか?」「バラマキ政策の一つじゃないの?」という迷いはある。

「ササニシキ」が「どこ行くの」と聞くから、「『コシヒカリ』の予防接種」と答えると、
「何の?」
「子宮頸癌だよ。」
「しきゅう……?『コシヒカリ』に子宮なんかあるの。」
絶句ーーーーーーーーーー。

「えっ……どういう意味?大きくなってからできてくるとか?」
「そう。うひひっ。」
「そんな……成長してから雌雄が分かれる下等動物じゃあるまいし、人間がそんなことあるわけないでしょう!」
「うひひひひひひ。」
自分の部屋でこの会話が聞こえてきて、「コシヒカリ」は苦笑していたという。

万が一、本気でそう思っていたとしたらかなり問題あるバカ者だが、『まだまだガキの妹が、子宮なんてオトナな代物を持っているわけない。小癪な』とか思っているとしたら、……うーんそれもバカ者だ。
いずれにせよ大変なバカだ。
来年の春、大学生になったらリアル女子学生にせいぜい振り回されればいい。

保護者会に出て、ますます進路について悩みを深くして帰り、「アキタコマチ」と進路についていろいろ語り合う。

「コシヒカリ」の子宮頸癌予防接種。
「アキタコマチ」の進路。
「ササニシキ」のバカ発言……親も悩むわ。

by apakaba | 2010-11-20 23:02 | 子供 | Comments(2)
2010年 11月 19日

東京婆

寝不足つづきでキツイよう。
でも面談の時期なのでがんばる。
(面談というのは、私の生徒の保護者が家に来て話をするということです。)
ふだんとちがって大人が家に上がってくるので、朝、掃除をしてから面談開始。

昼前に終わってから買い物に出るが、すでにくたびれてしまっていた。

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くたびれていても、こういう“カフェめし”をすぐ食べられるのが都会暮らしのいいところ。
首都圏に展開しているチェーンのカフェだ。
店員さんは英文をちりばめたそろいのTシャツと、カフェエプロンを着けて動き回っている。

だいぶ年配の女性が、ひとりで入ってきた。
上品な服装に、顔も美しくメイクしているが、足取りがおぼつかない。
さっと女の子が手を貸す。
店員さんのひとりだった。
どうも、年配の女性とその若い女性店員は顔なじみのようだった。
顔なじみといっても、日参しているというほどではなく、今まで数回ここへ来たことがあり、たまたま担当したのがその店員だったという程度のなじみのようである。

小柳ゆきに似ているその小柄な店員さんは、
「お水は、どうしますか。氷は?入れない?冷たくないほうがいいかな。ちょっとお湯足します?」
と、適度に砕けた調子を織り交ぜながら年配のお客さんに聞いている。
しかしお客さんの女性のほうはいささか耳が遠いらしく、これだけの質問に何度も「え?」「え?」と聞き返している。
店内にはボブ・マーレーの『Three Little Birds』『Redemption Song』がつづけてかかっていて私の好みだが、その年配の女性客にとっては邪魔なだけのようだった。

しまいに聞き取ることをあきらめ、
「いらないわよ、あたしはミルクティーだけでいいって言ってるでしょ!」
と、にっこりしながら拒絶した。
孫娘にでも返す言葉のような調子だった。
孫娘のような小柳ゆきちゃんは、にこっとして無言のまま氷水をいったん捨て、氷なしの水を入れ直して黙ってテーブルの端にそっと置いた。
年配の女性はそれを完全に無視していた。
というより小柳ゆきちゃんの気遣いをまるで理解していなかった。
小柳ゆきちゃんは平気でいた。

ほかにもぼつぼつお客が入り始めていたが、年配女性は小柳ゆきちゃんを独り占めしてとりとめなくおしゃべりしていた。
小柳ゆきちゃんも、年配女性のそばに立っておしゃべりしたりさりげなく離れていったりしていた。

男性スタッフによってミルクティーが運ばれてきたので、いったん小柳ゆきちゃんは彼女の元を離れ、ほかのお客の注文を取っていた。
しかし年配女性は、やや手先が利かなくなっているようでポーションミルクを床に落としてしまった。
その様子を、注文を取りながら小柳ゆきちゃんはちゃんと見ていて、注文を厨房へ通してから、新しいミルクを彼女のところへ持っていった。
彼女はおちゃめな動きで小柳ゆきちゃんに手を合わせた。
“ありがとね、あなたはあたしのことをちゃんと見ていてくれたわね。”
感謝と尊大さの混じった態度は、ふたりの年齢差にふさわしかった。

女性店員の態度の的確さもたいしたものだと思った。
そして、年配女性客は、なんだかひどく懐かしい感じがした。
亡くなった夫の祖母に、そっくりなのだった。

外出するときは、おしゃれな小さい帽子をかぶる。
年齢にふさわしい、女性らしいきちんとした服装をしましょう。
メイクはファンデーションからきちんとやるのよ。
でもやっぱり、足は弱っているから、なにかにつかまって、ゆっくりゆっくり。
知らない人でも知ってる人でも同じ態度でしゃべるしゃべる。
若い人は大好きよ。

東京の人間ではない私がイメージする、どんぴしゃりの“東京婆(ばばあ)”だ。
その女性を見ているうちに、祖母と面差しまで似ている気がしてきて、ふと涙が出そうになった。

私は、生まれも育ちも東京ではないけれど、東京が大好きだ。
こんなファッショナブルなカフェでも、さりげない人情がたっぷりあるから。
むしろこれからは、この手の飲食店は年配の人とどう接するかが生き残りに関わるのかもしれない。
テーブル4つくらい離れたところでかわされていた、女性ふたりのやりとりと、ちょうど読んでいた新書『デフレの正体』を交互に見ながらそう思った。

by apakaba | 2010-11-19 00:16 | 生活の話題 | Comments(2)
2010年 11月 16日

化学調味料に慣れる?

今夜は休肝日用メニュー。
*クリームシチュー(セロリとマッシュルームがどっさり)
*にんじん・ツナ・ピーナッツの炊き込みごはん
*柿・セロリ・くるみのサラダ
*はやとうりの漬物
いつものことだが、ほとんど野菜ばかりだ。

家で作る食事には化学調味料を使わない。
(もちろん、できる範囲内でだが。)
顆粒状の中華調味料も、洋風の固形スープの素も、化学調味料無添加のものを買う。
今の世の中、どうしても化学調味料は避けられないから、せめて自宅で作って食べるものくらいは化学調味料に毒されていないものが食べたいから。

野菜中心、化学調味料ナシ、加えて男3人は、弁当持参の食生活。
こういう暮らしだと、どんな人になるでしょう?

……とても、外食にヨワい人間になります。

数日前、「アキタコマチ」が友だちに誘われて、生まれて初めて「餃子の王将」で食べて帰ってきた。

ええと、今から関西の方々にケンカを売るようなことを書くので、あらかじめ謝っておきますごめんなさい。

「アキタコマチ」は、
「今日初めて王将っていうとこで食った。まずかった……!ラーメンとチャーハンと餃子のセットだったけど、サイアクのまずさ。もう二度と行かない。ラーメンの麺はミスドみたいな工業製品みたいななんのポリシーもないゴムみたいな麺だし、スープは餃子のたれの味がするし。餃子の皮はもっちりした部分がまるでなくてぺらぺら。
チャーハンは唯一まあまあだったけど、家でお父さんが作ったチャーハンのほうがおいしいっていう程度だし。
とにかくオレはもう二度とあそこでは……う!ハラが痛い!ハラが痛い!」
猛烈に下痢をしてしまった。
化学調味料を一度にたくさんとったときに起きる拒絶反応か、ただの食べ過ぎかどちらなのかわからないけれど、とにかく彼の体は全力で王将を拒否したようだった。

「ああ〜体から王将が出ていった。すっきりした。」

私は関西と縁がない人生を送っているので、勝手に“関西の人は全員、王将がソウルフードである”と思い込んでいるのだが、そんなことないの?(ないよね。)
とにかく次男は、関西でこんなこと言ったら袋だたきだなあという暴言を吐いていた。

でも次男の舌は、家族のなかでも一番敏感なのよね。

醤油を少し高いものに替えただけでも「あれ?おかーさん、醤油替えた?」と言ってくる。
私は、ふだんは低温殺菌牛乳を買っているのだが、たまたまふつうの牛乳を買って、その牛乳で杏仁豆腐を作ったら、次男は
「杏仁豆腐、おいしくなくなったよ。さわやかさがなくなった……もしかして牛乳替えた?低温殺菌牛乳じゃないでしょう?」
と言い当てたこともある。
だから、彼の“王将全否定の体”は、やっぱり化学調味料を感じ取ったからではないかと思う。
あながち暴言ではなくて正しい味覚なのかもしれない。

味覚というのは個人的なものだから、それぞれ好きなものを食べればよいと思うが、うちはやっぱり、化学調味料と動物性油脂の大量摂取はどうしても苦手だなあー。(あと、発泡酒も。)

by apakaba | 2010-11-16 22:36 | 食べたり飲んだり | Comments(13)