あぱかば・ブログ篇

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2011年 01月 31日

ロシア旅行記「6日目」掲載のお知らせ

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子供部屋に、ロシア旅行記・6日目を掲載しました。
コメント欄は閉じているので、コメントはこちらにお願いします。
タテ構図の写真が多いのが今回の特徴。
それにしても、ビジネスクラスでフルパックツアーに連れて行って、「コシヒカリ」さんのこのひどい感想は如何に。
おじいちゃんおばあちゃんも、せつないねえ。

by apakaba | 2011-01-31 23:25 | サイト・ブログについて | Comments(5)
2011年 01月 28日

容疑者Xの献身

あまりにも遅い鑑賞で、今さらあらすじを書くのも気が引けるが一応。

天才物理学者・湯川(福山雅治)の大学時代の友人である高校数学教師・石神(堤真一)は、アパートの隣室に住む靖子(松雪泰子)に思いを寄せていた。
娘と二人でけなげに暮らす靖子には、離婚した夫がしつこくつきまとい、部屋に押し掛けてお金をせびり、母娘に暴力をふるう。
彼女は思いあまって、発作的に元夫を殺してしまう。
石神は彼女を守るため、完璧なアリバイ工作を編み出し、警察の捜査の目をかく乱する。
しかし湯川は、じつは天才数学者である石神の頭脳が仕掛ける工作のほころびと、容疑者への恋慕を見抜いていく。
かつての親友同士・天才同士の対決の行方は?

……と、このように書くと、まるで福山vs.堤の華麗なる色男勝負のように思われそうだがまったくそうではなくて、堤真一演じる高校教師は、ただひたすらにしょぼくれたたたずまいを見せる。
東野圭吾の原作では、もと柔道部所属でダルマのような体躯をして、丸顔で頭髪も薄くなりかけた中年という描写だが、映画では白髪交じりのぼさぼさ頭に、寝不足が日常化していることが一目でわかるむくんだ顔としょぼついた目、流行と無関係な服装で、原作とはちがうくたびれ方を表現していた。
彼は最初から最後まで、徹底的に一度もカッコよくならない。
黒板に向かって高校生には難解過ぎる数式を猛スピードで書き連ねているときだけ生気を取り戻すが、その目は活き活きしているというより、瞳孔が開いたような表情をしていてどこか異常だ(カメラはその憑かれたような横顔を一瞬だけ近くとらえ、まるで授業を聞いていない教室内の様子はいきなり遠くに引いて映す)。
彼は人生に絶望し、自殺寸前だった。
それを、隣に引っ越してきた靖子の美しさが、救ってくれた。

堤真一がここまでいいとは思わなかった。
前に彼の主演で観た『クライマーズ・ハイ』では、原作の、泥臭いが正義の元へ立ち返ろうとあがく中年の主人公の役柄が、なんだか半端に“イイ男”になってしまっていて、原作に入れ込んだ私(「落涙は誰のために」として渾身レビュー)は「カッコいいけど、この役はこの人じゃない。」と、忸怩たる思いを抱いた。
だから今回も、「なんだかんだいっても堤真一って男前だし。また同じことになるのかな?」と思っていたが、杞憂に終わってくれた。
原作のダサくて暗い教師とはちがう容貌ながら、誰もがグッと彼に惹きつけられてしまう。
カッコいい福山目当てで劇場に足を運んだ観客は、帰り道には堤のどんよりした腫れぼったい顔が脳裏に大写しになってしまったことだろう。

この、“福山が主演なのに堤が桁外れの存在感”というバランスがまた非常にいい。
2008年の作品だから、天才・湯川役の福山は、まだ“龍馬さん”になる前の、ただのいい男(彼は龍馬伝で本当にすばらしい役者になりましたね)。
役どころも、天才学者であるうえに若々しくスキのない身のこなしで完璧なビジュアル。
大学の同窓生という設定の二人が並べば、美貌の差がさらに目立つ。
ところが二人を見ている観客は、堤の心情に添いたいと欲し、堤の真情を汲みたいと願ってしまう。
福山の輝く美貌は、冴えない堤を明るく照らすレフ板だ。
堤はその光の強さに、また寝不足の疲れ目をしょぼつかせながら立ち尽くしている。
この二人の、主演と客演の力が糾(あざな)う縄のように入れ替わっては立ち現れる構造が、実におもしろい(湯川先生風)。

堤が人生を賭して救おうとした、薄幸の美女・松雪泰子も、彼女以外に考えられないほどの好演。
彼女は、劇中、捜査に当たる刑事たちや湯川の口から判で押したように同じ言葉を飛び出させる。
「容疑者、美人なんだってな?」
「美人らしいじゃないか。」
「ああ、はかなげで色っぽい美人だ。」
「そのはかなげで色っぽい美人が……」
天然ぼけな内海刑事(柴咲コウ)だけは「だからなんなんですか?美人美人って、事件となんの関係があるんですか!?」と、皆が皆、“容疑者はかなりの美人”であることにまず着目することにとまどい苛立つが、その柴咲コウの反応に、またしても皆が皆、判で押したように同じ返事をする。
「大事なことだよ。」
そう、なにかコトが起きたとき、渦中にある女が美人であるかどうか、は、きわめて重要な事項なのだ。
若くて天然な柴咲コウにはわからない。
皆が女の美醜にそれほど注目する意味が。
はかなげで色っぽい美人、もと水商売をしていて、不幸な過去を持ち、今は心機一転して娘と静かに暮らそうとがんばっている女。
男の人生を狂わせるに十分値する資質だ。

だが、彼女に恋をした隣人・堤の人生は、本当に“狂った”のだろうか?
彼女のアリバイを作るための罪を彼は犯していくから、その意味では狂ってしまったといえる。
しかし、死んだように生きていた彼にとって、事件が起きた日から逮捕までの12月の日々だけは、愛する人から心底頼られる存在たりえていた。
彼女は彼なしでは一日も過ごせなかった。
それが殺人という異常な状況下で成り立つから、一般人の共感のレベルを超えるし、だからこそこうして小説や映画にもなるのだが、殺人まで極端な形ではないにせよ、女の魅力が男の人生を取り返しのつかないほど変えてしまうことには、誰も異論はないだろう。
だから「大事なことだよ。」なのだ。

いくらなんでも、隣人として挨拶以上の言葉を交わしたことすらほとんどない関係なのに、彼の愛は深過ぎるのではないのか?と感じた人もいると思う。
美人なだけで、そこまで好きになるか?中年男の不気味な片思いが勝手に高じた結果ではないのか?と。
でもそもそも恋をするって、そういうことじゃないの。
たまに顔を見るだけでうれしい。
存在を近くに感じるだけで、その日が幸せ。
彼女のためなら、なんでもしよう——女が美しいということは、もうそれだけで、男の行動の絶対の原動力なのだ。

総合的には標準レベルだったがとにかく堤真一が際立っていた映画だったなあ。
堤に刺激されて思わずこんなにいっぱい書いてしまった。
私はやっぱり、映画ではなによりも俳優の演技に注目したいので、いい演技を見せられると触発されるのね。

by apakaba | 2011-01-28 09:48 | 映画 | Comments(8)
2011年 01月 24日

また行くのか結婚20周年旅行

楽天トラベルからのメールマガジンで、お台場のホテル グランパシフィック LE DAIBA(旧メリディアン)の一泊朝食付きが71%オフというタイムセールがあり、衝動買い。
正月旅行もプレゼントしたばかりなのにご奉仕しすぎのような気もするが、またも夫に宿泊をプレゼントするリッパな妻なのである。

急に決めたからきのうバタバタと支度をして子供に留守を頼んでクルマで出かけた。
日曜なので道が空いていて、お台場まで30分で着いてしまった。
20:00チェックインというプランのはずなのに17:00に行ったらもう部屋に入れた。
チェックイン前にプールで泳ぐつもりだったので、早く出発したのだが、ずいぶんのんびりしたホテルだね。

お部屋はデラックスルームでとても広々していて、とくにバスルームが広くていい感じ。
しかしゴミ箱が、部屋のグレードに不釣り合いな安物そのもののプラスチック製なのが残念だ。
夕食にイタリアンに行こうとして、予約のために交換台に電話したら、「そちらはすでに閉店しております」と言われた。
部屋に置いてあったレストランの案内の印刷物にはしっかり写真入りで載っているのに、ずいぶんのんびりしたホテルだなあ。

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プールは20メートル×3コースというこぢんまりしたプールなので、もしたくさん人が入っていたら困ったなと思っていたが、ほぼ貸し切りだった。
二人で猛烈に泳ぐ。
プールは照明が暗めでヨーロッパ調のしゃれた内装をしており、水もきれいで、一面のガラス張りの向こうにはお台場の夜景がばっちり見えて、これぞホテルのプール!だった。
ただ、フィットネスジムにはせっかくきれいなお風呂がついているのに、排水が完全に詰まってしまっていて、ドアを開けたら水が脱衣所のほうまで溢れんばかりとなっていたのは残念至極だった。
男湯のほうはそんなことはなく快適だったらしいが、私はシャワーさえ浴びられずに上がることになってしまった。

夜はまたも夜景がばっちり見える上層階のレストランで少し食べて、メインバーにも行ってみた。
シングルモルトは、ごく一般的な品揃え。
シャンパンにソルベとりんごの小さな角切りを加えたものが売りのようだったのでそれを頼んだがどう考えてもシャンパンだけのほうがおいしかったな。
口直しにラガヴーリンとスプリングバンクを飲んでみたがごくふつうだった。

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朝はルームサービス。
レストランの営業が7:00からというのんびりスタートなので、これでは夫の出勤に間に合わない。
なんだかほんとにのんびりしたホテルだ。
まったくオーディナリーなアメリカンブレックファストだがこれで3000円は高いなー。

トカナントカ、ステキなところと首をかしげるところが混在したホテルだったが、短い滞在をそれなりに満喫できた。

ホテルから直接出勤した夫を見送ってから、「アキタコマチ」に電話すると、
「オレもう学校に行くところ。朝はごはん炊いて食べた。ごみは『コシヒカリ』と半分ずつ出しておいた。」
と言う。
家に帰ると、「コシヒカリ」がメモを書いていた。


おかえりなさい。
アップルパイはできあがったので冷蔵庫に入れてあります。
私と「アキタコマチ」お兄ちゃんが一切れずつ食べたので、あとは3人で食べてください。
完成形の写真もとりました。机の上にあるカメラにはいっています。
ちょっと甘すぎるみたいなので紅茶と一緒にどうぞ。
昨日の晩の食器は洗いましたが、洗たく物は、やり方がわからなかったので、洗たく機に入れたままです。
洗たく物のほしてあったものはたたみました。ごみも出しておきました。
散歩はお願いします。
では、いってきまーす。
「コシヒカリ」より


本当に、いい子たちに育ったねえ。
親がとつぜん遊びに出かけてしまっても、ちゃんと家事をやってくれてる。
子供は苦労して育てただけのことを返してくれますな。
ホテル遊びも楽しかったが帰宅してからしみじみうれしかった。
子育て開始して20年たって、おかげさまで私もらくらくになりました。

by apakaba | 2011-01-24 19:39 | 生活の話題 | Comments(2)
2011年 01月 20日

同級生

おそらくAはクラスで一番背が低い男だった。
ずば抜けて背の高い夫(当時は友人)と並ぶと、双方とも身長差をもてあましているように見えた。

私と夫が在籍していた大学の国文科1組は、4年間クラス替えをすることがない。
40〜50名ほどのクラスメイトは、まるで高校までのクラスのようにこぢんまりまとまっていた。
Aとは、そんなクラスの仲のいい遊び仲間だった。
たびたびみんなで旅行に行ったり、同じ短期のバイトをしたり、家に泊まりに行ったり来たりしていた。
Aは関西出身で、たまに混じる関西のアクセントが当時の私の耳にはめずらしく響いた。
私は彼を「A」と名字呼び捨て、彼も私を「I」と名字呼び捨てにしていた。
私に向かって、
「あのな、I、俺、前から思っていたんだけど。お前な、T.REXのマーク・ボランに似てる。」
などと突拍子もないことをたまに言った。

彼は音楽をやっていて、ライブハウスでギターを弾いていた。
ライブにもみんなで義理で行ってみたら、意外にもステージでの彼はカッコよく見えた。
夫(当時は友人)は、
「あいつ音楽やってるときだけすげえカッコいい。ミック・ジャガーに似てる。」
と言って写真をたくさん撮っていた。
夫は当時、我々のグループ内では“記録係”とされていて、友だちの写真を撮る係だった。

小さなクラスの中で、男子と女子はつきあったり別れたりをくり返していた。
私もそうだったし、夫(当時は友人)の片思いも、Aの交際そして別れも、クラス中に瞬時に知れ渡るという環境だった。
Aはある女子と破局してから、しばらくヤケクソだった。
ある年の初めには、
「I、俺の今年の抱負聞いてくれよ。“暴飲暴食”。」
「暴飲暴食ー?」
また次の年の初めには、
「I、俺の今年の抱負。」
「今年はなによ。暴飲暴食を超える抱負があるわけ?」
「ん、ふふふ、驚くなよ、“何でもあり”だ!」
「何でもありー?だんだんひどくなってない?」
と呆れたこともあった。

根が真面目な人間なので、国語国文学の発表のときなど予想外の大演説をぶったりして周囲を驚かせていたが、卒業すると、就職せず「小説を書く」と言い出して、東京に残ってバイトで肉体労働をしながら、しばらく執筆活動をしていたようだった。

私はその後、クラスメイトと結婚して子供が生まれて、自分の生活が忙しくなってしまったから、Aがどうしているかよくわからないままという年が続いた。
一度、「ササニシキ」が2歳、「アキタコマチ」がお腹に入っていて臨月というくらいに、スイカをぶら下げて家に泊まりに来た。
そのとき彼は、白いTシャツに真っ赤な総バンダナ柄のズボンという異様に目立つ服装をしていて、数年ぶりに集まったメンバーも「あいかわらずAは……」と苦笑していたのだが、それを最後に会う機会がなくなった。
学生時代のように飲み明かして雑魚寝して、それっきりだった。

半年くらい前、家から二駅の駅前で、ばったりAに再会した。
東京の西の地域で展開している個別指導の塾の先生をしているという。
のみならず、その校舎の校長だという。
肉体労働者はやめて、塾の先生になったという噂は聞いていたが、うちのすぐ近くで、そんな出世していたとは。
やはり根が真面目な男は巻き返しも速い。
そのときは急いでいたから挨拶だけして別れた。

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娘の「コシヒカリ」の成績がよくないことが気になり、塾をさがしていて、Aを思い出した。
あそこに入れるか。
はじめは「おかーさんとお父さんの友だちなんて、なんだか恥ずかしい」と嫌がっていた娘だが、
私が
「でもね、塾の先生ってひとくちに言っても、いろんなレベルの人がいるんだから。勉強がたいしてできない大学の学生とかを使ってるところも多いんだよ。
勉強を教わるからには、勉強のできる人から教わらないとダメなの。これだけははっきりしてる。
まあホラ、その点、Aくんはおかーさんの同級生でもあることだし、学力的にはさして問題ないわけだよ(私も昔は勉強ができたのです)。
なにより、人柄がわかってるから安心でしょう。
塾の先生って、そう言ったら悪いけど変わり者でおせっかいで社会の落後者みたいな人がいっぱいいるんだよ。だったらおかーさんたちの友だちのほうがいいでしょ?」
と説得すると、気が変わったようで「やっぱり、入る」と言い出した。
まあ、Aもじゅうぶん変わり者で人情家でしばらく就職もしないでいたヤツなのだけど。

私と娘で、その塾に行ってみることにした。
なにも連絡しないでいきなり行くから、もしかしてAはいないかもしれないと思ったが、中に入ってみたら、いた。
私が「よう」と声を掛けると、バンダナ柄のズボンではなく小柄な体をスーツで包んだ彼は、一瞬ぎょっとしていた。
それはそうだろう。
ふつう、予約もなくふらっと入ってきた母子連れの母親は、校長に向かって「よう」という呼びかけはしない。
A校長はビクッとして目を見張って私の顔をまじまじと見てから、「おわあああー!」というような叫びを上げた。
「なんだよビックリしたよ!お前か!俺、俺、……ああびっくりした!……え、こちらは……お嬢さん。うわあ!え、そうなの?来てくれたの?」
「うん、成績悪くってさあ。」
「そうなのかー。あっ!申し遅れました。校長の、Aと申します。」
「よろしくお願いします。」
「それにしてもなあー。いやありがとうね来てくれて。うれしいよ。」

かようにして、「コシヒカリ」の体験入塾が始まった。
帰ってくると「よくわかった」と言っている。
あとでAから、報告の電話が来た。
実力は問題ないので、あとは学校での様子次第で内申は上がるだろう、というような話。
電話の会話が、とても不思議な調子だ。
「わたくし、ナントカ塾のAと申します。」
「お世話になっております。」
「本日、『コシヒカリ』さんの数学を担当させていただきましたが……Iから見て、どうなの学校での様子とかって?」
などといきなり口調が砕ける。
「うん、そうだよねー。」
「ふんふん。お前はそう思ってるわけね?」
となるかと思うと、再びあらたまって
「わかりました。それでは、次回は英語ですが……」
と、先生と母親に戻ったり、
「ところでミタニはどうしてんの?元気なの?」
と同級生に戻ったり。
もしこの会話を傍で聞いている人がいたとしたら、混乱するだろう。

今、私のことを、Iと旧姓を呼び捨てにする人はいないし、「お前」と呼ぶ男もいない。
卒業してから、あんなに長く離れていたのに、その声を聞くと、昔に戻るね。
我々が一番、バカやったり騒いだり悩んだり泣いたりしていた時代に。
まだお互いなんにも人生が始まっていなかった時代に。
夢だけ語り合ってた時代に。

たったひとつ変わったことは、彼の言葉から、関西弁が完全に抜けていたことだった。
これだけは年月を感じたなあ。

「コシヒカリ」の成績が上がって、ちゃんと高校に入ったら、昔のように家に招いて一杯やるか。

by apakaba | 2011-01-20 22:58 | 生活の話題 | Comments(5)
2011年 01月 18日

また役員

来年度、娘の中学のPTA役員に、決まってしまった。
地元の中学には、長男3年間+次男3年間+娘が今年1年の、計7年間お世話になっているが、一度も役員をやらずにきたから、このまま逃げ切れるかと思っていた。
でも来年の8年目では、さすがに逃げ切れませんでしたね。

くじ引きで当たってしまった10人の候補者のうち、7人が決定する。
今日、互選会があったが、なんとかして落ちる3人に入ろうと、やりたくない人は切々と辞退の理由を述べる。
もしくは「できないといったらできない」と言い切って、欠席しちゃう。
私はぜんぜんやりたくないのだけど、そこまで突っぱねる勇気もなく、
「自宅に生徒が来て勉強を教える塾をやっていて、生徒が増えたため平日の午後は全滅。一人でやっていて、代えが利かないためPTA総会や毎月の運営委員会にも出られません。それでもいいなら」
と、気弱に半分逃げ腰姿勢を維持するも、「じゃーミタニさんは書記でいいんじゃない」と、決められてしまう。弱い。私。

なんだかんだと、幼稚園でも小学校でも役員をやっていたことがある。
両方とも副会長の役職だったから「今度も副会長がいい!」とゴネてみるが、「だって運営委員会にも総会にも出られないんでしょ?だったらダメ。司会の仕事なんだから。」と会長候補に一蹴された。

副会長がよかったなー。
書記って、大変なわりに仕上げた書類は“できて当たり前”だし、不備があるといきなり目立つでしょ。
ああほんとにまったくよ〜〜〜〜〜。
まあでも、子供が計9年間行っていたら、一度くらいはやらなきゃダメか。

by apakaba | 2011-01-18 21:39 | 生活の話題 | Comments(4)
2011年 01月 17日

初・ブルガリんぐ〜〜〜!

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ホンモノよー!
ちゃんとBVLGARIBVLGARIってぐるぐる書いてあるでしょう。

ブルガリは、前から「欲しいなー」と思いつつ、敷居が高くてひとつも持っていなかったのですが。
これは、ブルガリには大変めずらしいスターリングシルバーとヘマタイトの安物!
いえ、超お値打ち物!

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内側に「Save the Children」と刻まれています。
売り上げの一部が、国際援助団体「セーブ・ザ・チルドレン」に寄付されるチャリティリングです。

写真だとキレイだけど実物は妙に軽いしけっこう安っぽいです。
でもいいの。

by apakaba | 2011-01-17 18:17 | ファッション | Comments(4)
2011年 01月 16日

毎年同じ

今朝、夫と「今年、車検だったけ?」と話していた。夫が
「もうクルマは金がかかってしょうがないから、もっと小さくしたいな。フィアット500とか、ミニ(ローバー)とか……」
と言う。
「でも5人乗れないよ。やっぱり、絶対に5人全員が乗れないクルマを買うのは、子供たちが出ていってからじゃないの。」
「だよなあ。さすがにもう少し先だな。」
「めったに5人そろって出かけることはないけど。でもねえ。」

今日は、5人そろって、犬も連れて、遅い初詣に行った。
徒歩だけど。
5人でかたまって歩く機会は年々減っている。
私以外はみんな背が高いので、ぞろぞろつながっていると、いかにも人が“いっぱいいる”感じがする。

絵馬はなぜか毎年「ササニシキ」が担当する。
「ササニシキ」が去年の絵馬を持っていって、お焚き上げの受付に納め、新しい絵馬を私が買うとそれを持って帰る。
去年、高3のとき“合格守”を買ったが大学受験に全部落ちていたので、今年はどうするのだろうと思って「“合格”は?」と聞くと、「する」と答える。
きのう、センター試験を受けてさんざんな結果だったらしく、いつも能天気な長男にしてはめずらしくかなり落ち込んでいたが、一晩寝たら回復したようだ。

“ねがいぶみ”という、神様への手紙を書いて封筒に心付けといっしょに入れるコーナーでは、「コシヒカリ」が熱心に「ササニシキ」合格祈願の長い手紙を書いていたようだった。
「わたし、“ねがいぶみ”に100円も入れちゃったんだよ。」

毎年、なんだか知らないが絵馬の裏に「ササニシキ」が世にも汚らしい字で願い事を書く。
おととしは「幸せ」と書いて、ひらがなの「せ」が書けず、「也」をまちがえたような字を書いていたが、まあまあ幸せに暮らせた。
去年は「神頼み」と書いていた。
「神頼みしても落ちたから今年はもう神頼みはしない。」
「じゃあなんて書くの。」
「まだわからない。」
今年の絵馬の裏は、白紙のままだ。

「アキタコマチ」は、フィルムカメラを提げていって、例年のように神社にいるコーシローを撮ろうとしていたが、人が多いのを見て興奮して犬が動くので
「だめだ!こんなにじっとしないならフィルムがもったいない!」
とけちくさいことを言って、あっさりあきらめてしまう。
デジタルから写真を始めた人間は、フィルムを使うのをとても“もったいない”と思ってしまうようだ。

帰り道の途中にあるモスバーガーに寄って、お昼にするのも毎年同じ。
大食いぞろいの家なので、注文は全員がレジに一列に並んで、各自が言い、列の最後に並んだ私がまとめて払うのも毎年。
店の外でお座りして待っているコーシローが、さびしさに耐えかねてワンワン吠え始めると、そわそわして、かわるがわる宥めに行ったりするのも。
お座りしている姿がいかにも忠犬らしく見えて「カワイイ〜」と、若いカップルが何組も頭を撫でていくのも。

「毎年同じ」は大事だな。と、みんなわかっているから、行っても毎年同じでたいしておもしろいことが待っているわけでもない全員の初詣に、文句も言わずについてくるんだな。
そのへんは、うちの子たちはほんとに機微を心得ているな。

子供が巣立ったら、と想像するととてもさびしい。
だからもうしばらく、5人全員が乗れるクルマを手放す気になれない。
小さいクルマを新しく買う余裕がないというのが現実的理由だけど、心理的理由は、5人が乗れないクルマを持ったら、もう二度と家族が揃った今に戻れないように思えてしまうからだ。


********追記********

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今年の絵馬の裏はこうなった

by apakaba | 2011-01-16 18:07 | 生活の話題 | Comments(10)
2011年 01月 15日

ロシア旅行記「5日目」掲載のお知らせ

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「子供部屋」に、ロシア旅行記・5日目を掲載しました。
コメント欄は閉じているので、コメントはこちらにお願いします。
写真に載っていないところでも、子供たちはいろんな体験をしているようで。

by apakaba | 2011-01-15 17:46 | サイト・ブログについて | Comments(0)
2011年 01月 11日

遅くなりましたが、今年の抱負!

生まれて初めて、元旦から旅行に行ってしまったために、なにかと調子が狂って遅めスタートな今年。
本のBest10!だけは絶対やりたいけど、2010年の楽しかったことBest10!は、無理気配だわ。

今年の抱負を考えつづけていたがいいのが思い浮かばなくて今日まで日が過ぎてしまった。
昨年は「着物を着る人になる!」
・・・この抱負を掲げたときは、2010年がヒマになる予定だったのだが、このあと突然に仕事の風向きが変わって着付けどころではなくなってしまった。
そのため、着物を着られたのは結局2回のみのトホホな結果。
今年1年も、ひきつづき仕事が同じ感じだから、今年はもうこの目標はあらかじめ断念しておく。

一昨年は「おしゃれな人になる!」
・・・私はアクセサリーを身に付けることがどうも苦手で、家にいるときは指輪ひとつ、ネックレスひとつするのも嫌なタイプ。
ピアスとか結婚指輪などを24時間身に付けている人というのは、私にとってはもう理解不能の異次元世界の人。
でも、こんなことでは女らしさからどんどん遠ざかる一方だと反省し、この目標にしてみた。
家にいるときはともかく、玄関を一歩出るときには、とにかくなんでもいいから、アクセサリーを最低でもひとつは身に付けることにした。
これは今日までコツコツと続けている。
あと、髪の毛も、以前は美容院に行くのが1年に0.7回くらいの割合だったのを、少なくとも年に2,3回は行くことにした。これも達成中。

さて今年は。
そんな調子で、もうファッション系はいいや(あっさり)。
ということで、

「ネットの新しいお友だちに会いに行く。それからオフラインの旧交も温め直す」

……新しいほうはともかくとして……あたためなおす〜?
なんじゃそりゃ。
いや、私の性格だと思うのだけど、とにかく去る者は追わず、来る者は拒まずで今までの人生やってきたのですよ。
でも、よーく考えてみると、来る者のほうはともかくとして、去る者をあっさり手放さずに、もう少し追いすがっても、よかったのではないか?なんて。トシかしら。
しばらく音信の途絶えている昔々の知り合いなどにも、連絡をとって、会いに行ってみたりしようかなーとか思い始めた。
この抱負には、今までのファッション系のようにゴールはない。
今年をふり返って、「達成できたな〜」と思えればそれでよし、来年も再来年も、何十年もつづけたくなればそれはそれでよし、と。

年の初めに、抱負を掲げる人って、どれくらいいるのかな?
お互いガンバロー。

by apakaba | 2011-01-11 18:13 | 生活の話題 | Comments(12)
2011年 01月 10日

浪人生ってこんなもの?

今週の土曜に、「センター試験」がある。
うちの浪人生「ササニシキ」も、私大志望ながら「センター利用」ということをするために、一応センター試験を受験するらしい。

浪人を、私は経験していないから、この追い込み時期の浪人生の気分がわからないのだけれど、とにかく彼は悠々としている。
不気味なほど悠々としている。
いつもにこやかで朗らかで、勉強もしているようだがけっこうのんびりしてる。
ゆうべも、「焼肉に行こう」と夫が言うと、喜んでついてきて、数時間を食事に費やし、そのあとサッカーのアジアカップも、私と夫とともにテレビで全部見た。
中学高校のころのように部活にも追われていないから、むしろ小学生時代に戻ったみたいにゆったりしてる。
見た目も、いつでもお風呂上がりみたいにつるつるぴかぴかの顔をしていて、私が描いていた昔ながらの“浪人生”のイメージとはほど遠い明るい表情。

私が大学受験のときに、母から出された条件はたったひとつ、「浪人禁止」だった。
だからどう見ても受かるところだけを受けた。
でも、長男は極端なすべり止めを、今年も選んでいないような気がする。
それでもあの笑顔、満面のえくぼ。

なんだろうねあの人。
彼のマインドは、私には永遠の謎だよ。

by apakaba | 2011-01-10 22:28 | 子供 | Comments(4)