あぱかば・ブログ篇

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2011年 10月 31日

iPhone撮影

iPhone 4s を買って使い始めると、携帯電話よりずっと写真がきれいに撮れるのがうれしい。
撮る動作にしても携帯カメラよりスマートだし。
出かけたときに一人でランチを食べていると、私よりもだいぶ年上なおばさんたちが、出てきたお料理の写真をスマホでさっと撮っているけど、あれもうれしいんだろうな。

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私も、ついつい身の回りのものを撮っちゃう。

トリの手羽元を酸っぱい味付けで煮込むつもりで、30本ほど買ってきた。
詰めてあった袋から手羽元を出しながら鍋に入れていこうとしていたら手が滑って、ずるずると開けっ放しの抽斗に落ちていってしまった。
ああっ時間がないのに!抽斗の中のものをみんな洗わなくちゃ!と泣きそうになるが、失敗の写真を撮ると、なぜか泣くのをやめて笑いたくなる。

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犬の散歩などで通りかかるとき、かねがね不思議な落書きだと思っていた。
近所のお宅の塀に「か」「め」と油性マジックで書かれている。
ここはかなりのお屋敷なのだが、この落書きを消す気はないのかな?
もしかしてこれを書いたのは、このお宅のお子さんなのかもしれない。
それにしても「かめ」なのか「めか」なのか、もっと書くつもりだったのか(「めがね」とか「かめれおん」とか)、もっと難しい暗号なのか、通るたびに考えてしまう。
人のおうちでもこれくらい寄ればどこだかわからないでしょう。

旅行に行ったときなんかはちゃんとカメラで撮影するけど、日常のメモには重宝する!
iPhone激ラヴでちゅよー!

by apakaba | 2011-10-31 18:09 | サイト・ブログについて | Comments(6)
2011年 10月 28日

交じることで無二を生み出す——南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎

「あっ、今日はお客さんの中にガイジンさんが来ていますね!この番組もいよいよ“国際的”になってきましたねえ〜」
「わはは、わはは」
たしか、30年くらい前までは、客席に観客が入るバラエティー番組で、番組冒頭に司会者がこんな台詞を言うのはまだまだごく当たり前だった。

16世紀なかば、今の日本人には想像を絶するほど激烈な異文化体験をした人々が、日本にいた。
ポルトガルやスペインの南蛮船からぞくぞくと降ろされてくる、目にも彩なるヨーロッパ芸術の品々。
顔立ちも肌の色も口から出る言葉も、なにもかもが異なる人間たち。
そして、これまで1000年の長きにわたってなじんできた宗教とはまるで異なる思想を展開する、目新しい魅力に満ちた異国の宗教とそれを語る宣教師たち。
当時の日本人の驚愕と、未知の世界を知った彼らの喜びが、この展覧会に横溢していた。

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美術館併設カフェ「不室庵」の麩焼きお汁弁当。麩が大好きなのでしばしば来ている。でも味が濃いめ。ごはんよりお酒がいいなあ

気がつけば、2時間も展示を見ていた。
今年はサントリー美術館の開館50周年という年で、年間を通して記念の展覧会がつぎつぎと開催されてきた。
その最後を飾るのが「南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎」である。
第1章から第7章までと展示構成がわかれており、すべての章が興味の尽きない展示ばかりだった。
長くなるので、第5章までの感想を書いてみる。

つづき。展示室の中に入ってみましょう!

by apakaba | 2011-10-28 12:03 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(5)
2011年 10月 25日

軽井沢 前編(紅葉・石の教会)

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20代のほぼすべてを出産と育児に費やして、といって悪ければ捧げて、といって恩着せがましければ、ええとなんだろう。
とりあえず出産と育児ばかりやっていたので、子供がみんな学校に上がったら、うれしくて飲みに行ったり、旅行に行くようになった。
一人でなければ夫とふたりであり、子供は置いて行くのが当たり前になっていた。

でも、長男が大学生になって毎日のようにクラスの友だちやサークルのメンバーと遊び歩くようになると、「この家族がそろうのは、もうほんとにわずかな時間しか残されていないのかもしれない」と思うようになってきた。
自分のたのしみばかり優先させてすまない。子供たちよ。

と、最近では反省して、美術展などに、子供と行くようになった。

日曜日に軽井沢へ行ってきた。
すでに紅葉が始まっていて、みんなで写真をたくさん撮った。

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落ち葉撮影をがんばる「アキタコマチ」の手と、遠くに夫

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私も「アキタコマチ」を真似してみる

軽井沢での目的地はふたつ。

ひとつは、つい先週に夫の従妹が結婚式を挙げた、「石の教会 内村鑑三記念館(公式サイト。写真がきれい。音楽が流れます)」。
我々は出席していないが、義父母が出席して大変おもしろい建築だと言っていた。

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サイトの写真を見ると、教会建築としてはあまりにも変わった形に目を奪われるが、実際訪れてみると、期待したほどの荘厳さは感じられなかった。
解説では、この建物の石とガラスの二重でつくられた構造は新郎新婦の二人が力を合わせることを意味しています、とか、バージンロードがまっすぐではなくぐるりとまわって祭壇にたどりつくというつくりは人生の紆余曲折を表しています、とか伺ったのだが、そこはかとなく商業主義的なムードを感じて、素直にすばらしいとまでは言いがたかった。

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ここは地下への入口。結婚式ラッシュで、正面からは入れない。地下に内村鑑三の資料が展示してあり、結婚式の切れ目まで待つ。ひとつ式が済むと、チャペルの見学ができる

がんばってはいるけど……やっぱり光の教会だな。
国内の教会建築で、「すごい」と心の底から思ったのは。
光の教会——“イメージ”を獲得するための結晶として

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紅葉は最高。気候もちょうどよかった。夫がお土産にジャムをたくさん買えというので手作りジャムの店で買い込む

内村鑑三のことは、知識がほとんどなかったが、うまくない字でやたらと標語めいたコトバを書いては飾り、
「実篤?」
「相田みつを?」
「ミツル(326)?」
思わず夫と掛け合いをやってしまった。
おもしろい人物なのだろうが変わった人だなという感想。


後半・軽井沢千住博美術館へつづく。

by apakaba | 2011-10-25 19:46 | 国内旅行 | Comments(6)
2011年 10月 23日

“詞”が歌のいのちだ

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娘の「コシヒカリ」の文化祭に行った。
私は毎年、コーラスのお手伝いに参加していて、今年でもう8年目になる。
中学生が母親のコーラスなんて聴きたくもないと思うけど、その気持ちはわかるけど、演目として長年定着してしまっているからあきらめましょう生徒諸君。

唄うのは好きだし、タダで歌のレッスンをしてもらえると思えば、3週間の練習も悪くない。
なにより、譜面を必死で追うことって、ふつうは学校を出てしまうとなかなかないでしょ。
カラオケとか、流れてくる曲に乗せて唄うのとちがって、知らない歌を、音符をたよりに「メゾピアノから入って、ここでブレス、そのあとここでリピートしてコーダ。あれ、コーダどこ?」とすすんでいくのはとても楽しい。

今年の曲目は坂本九の『見上げてごらん夜の星を』とAKB48の『桜の栞』だった。
『桜の栞』という歌をまるっきり知らなかったのだが、秋元康の詞はなかなかよかった。
なんだかんだいっても、やっぱりそこらへんのアホな若者が書いた詞とはちがってきちんとしている。
もちろん「卒業シーズンに、どうぞ〜」という狙いは見えるけれど、日本語の歌詞として素直な美しさを感じた。

コーラスの先生によれば、歌というものは、なによりも「詞」がだいじなのだそうだ。
数回唄って音を取ったあとで、あらためて全員で、ふたつの歌の詞を曲なしで朗読した。
昨今の流行りのへなへなな詞だと、リズムとメロディーを抜いて歌を裸にしてしまうと、目も当てられないほど情けない言葉しか残らない。
ここのところ、イマドキの歌をコーラスで採用していて内心忸怩たる思いだったので、「今年は秋元康と永六輔、やっぱりちゃんとした日本語でいいなあ〜」と、ほっとした。

しきりと、以前に観た映画『ラブソングができるまで』を思い出していた(簡単なレビューがこちらに入っています)。
作詞をする女性ドリュー・バリモアが、元ポップスターのヒュー・グラントに向かって、「歌で一番大事なのは、詞なのよ!」と力説するシーン。
アホみたいな話だったけど、いい映画だったなあ。

コーラスは、毎年のことながら、まあまあの出来。
私は中学の文化祭ってまるで興味がなくて、今まで一度も、最初から見たことがなかった。
自分の子供の出番にも興味なく、見た覚えもほとんどない。
8年目にして初めて開会式の前から行っちゃった(今年度はPTA役員なので!)。
生徒さんたちは、彼らなりにがんばってはいるけど、やっぱり端々が雑だなあと感じる。
息継ぎのところでバツッと音を切ってしまったり、発声の仕方にていねいさがなかったり。
なにより、コーラスの先生のおっしゃる
「歌というものは、メロディーに乗せて、詞を伝えることがもっとも大切なことです。いくら音程がとれていても、詞の、ことばひとつひとつが聴く人に伝わらなければ意味がないのです。」
というレベルまでには思いが至っていないのね……と思ってしまった。
シビアな感想。
でも、親として「子供たちのがんばっている姿を見るだけで、もう涙うるうる」というのは小学生まで。
大人の階段をのぼるなら、さらに唄えるように、ガンバローみんな。

※写真は、役員にも配られた、本日の給食。
今日はお弁当給食というもので、この学校の給食にしては、すばらしくおいしうございました!
でもこの和風な献立にりんごジュースは唐突だと思います!
でも唄ったあとだったからゴクゴク飲んじゃったけどね!
私以外の役員メンバーは、残して家に持ち帰ってた!

by apakaba | 2011-10-23 00:10 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(6)
2011年 10月 21日

壊されている

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Cafe MUJIの「季節のデリプレート」は野菜がほとんどでとてもうれしいのだがぜんぜんお腹いっぱいにならない。
その足でアフタヌーンティールームへはしごして、スコーンを食べてしまう。
あきらかにカロリーオーバーになって、すっかり満足して(スコーン大好きです)、電車に乗って帰った。

「食べ過ぎたよねえ。でもどうせデリプレートだけじゃ足りなかったし」などと考えながら、あたりの景色にはうわの空で家のすぐそばの角を曲がって、はっと息を呑んだ。

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機械にはなんの罪もないけれど、重い曇天の下、まったくひとけのない道で、それはひたすらに暴力的で禍々しかった。

ふいに、津波でめちゃくちゃになったまちで、たった今も、ちょうどこれのような、恐竜みたいな重機が活躍しているのだろうと思った。

この現場は、きっと更地になっても、すぐまた新しくてきれいな家が建つのだろう。
その日を心待ちにしている家族が、きっとどこかにいるのだろう。
でも、津波被害のまちは……と思うと、ランチのつかの間の幸福感は消し飛んでしまった。
どうしても、心から、楽しくなれない。
なんとかしなければ。
あなたも復興、私も復興、ってところだわ。

by apakaba | 2011-10-21 23:32 | ニュース・評論 | Comments(0)
2011年 10月 18日

稗粒腫とったー

ほっぺたの真ん中に稗粒腫(ひりゅうしゅ・「はいりゅうしゅ」とも)ができて1年くらいたってしまいました。
稗粒腫とは、皮膚のすぐ下に角質がたまってしまう病気で、あってもなにも悪さをしないので病気というほどのものでもないのですが見た目が悪いのです。
ほっぺたの真ん中にぶつんとデキモノがあると、顔を洗っていても手のひらに触って気になります。
3月に香港のフォーシーズンズホテルでエステをやって、フェイシャルのときにエステティシャンが容赦なくそのデキモノをぎゅーぎゅーと爪で押したのもショックでした(その話)。
自然に取れるものと思っていたけれど、1年ちかくたってもその気配がなく、なによりも数年ぶりに会った友人の顔を見て、「取ろう、皮膚科で」と決意したのでした。

友人のほっぺたの真ん中にも、私よりずっと大きな稗粒腫があり、何年も前から「あれはにきびなのかなあ。どうしてそのままにしているんだろう」と不思議に思っていました。
先日、数年ぶりに再会してみたら、ああ、まったく同じ稗粒腫が。いや待てよ、ちょっと大きくなってる!?
「なんと、何年たっても、自然にぽろっと取れてくれるものではないんだ!」

今日、いつもかよっている皮膚科へ、顔の湿疹の痕を薄くする飲み薬を取りに行ったとき、「これが気になるから取ってほしい」と言いました。

「これは自分では取れないわよ(女医さんです)。ちょっとずつ大きくなるのよね。あってもべつになにも悪いことはないけど、もし気になるなら取れますよ。もう少し大きくなってからでもいいけど?」
「いや、いいです今取ってください。」
「顔に麻酔をしますよ。手術が終わったら今日お風呂に入るまでは絆創膏を貼り付けますよ。いいですか。」

診察台に寝て、顔に注射されるのはやっぱり怖いので目をつぶって死んだふり。
あっという間に角質はなくなった模様。
絆創膏をほっぺたの真ん中に貼って帰宅しました。

でも今日は午後から学習塾の仕事がある、ということは小学生たちに「わー先生どうしたのそのバンソコ」と聞かれる、んーそれは面倒だなー。
帰宅したらすぐに、絆創膏はバリッとはがしちゃった。
よい子は真似をしてはイケマセン。
よく、アクション映画で、怪我で気絶して病院に運ばれた主人公が、意識を取り戻すと当然のように点滴を腕から引っこ抜いてとっとと勝手に退院するシーンがあるでしょう。
ちょうど、あんな感じでしたねえ。ぜんぜんちがうか。
取れたところがどうなっているか、見たかったし。
でも血がちょっと出ていてなにもわかりませんでした。

さっきお風呂で顔を洗ってからあらためて見たら、ほんの小さな穴が、ぷつっと開いていました。
ちゃんとふさがるかな。
「傷口は、やがて跡形もなくなくなります」と皮膚科の先生は言っていたけど、心配なのでオロナインを穴に詰めてみました。

他人が見れば、私の顔なんかどうでもいいものだし、顔に小さな突起みたいなものがあろうと、そしてなくなろうと、誰も気がつかないと思うけど、やっぱりなくなって顔がつるつるになると気分がいい!
ちょっと、手術代がかかったけどな!(5000円弱です)

後記:その後、手でもけっこうぽろっと取れることを発見しました。

by apakaba | 2011-10-18 20:36 | 健康・病気 | Comments(2)
2011年 10月 17日

伸びる盛り

数日前に書いた「死んでいくこと、生きること」のコメントに、ブログフレンドのminmeiさんが「『近況報告とか、病院あっちこっちとか』もついでに読んだ」ということを書いてくれた(コメント欄が、今と違って大充実!アナタのコメもあるかもよ!)。

私もなつかしくなって読み返してみたら、「ササニシキ」のことを「身長175センチ」と書いてある。
今は185センチだから、3年間で10センチ伸びていたのか。
子供は1年間に10センチ以上伸びてしまうときがあるから驚くことでもないが、“高2のときに175センチ”というのは、まさに今の次男「アキタコマチ」と同じなので、「あれ!」と思ったのである。
ということは、ひょっとしたら、もうそろそろ身長が止まるかと思っていた「アキタコマチ」もこれからまだまだ伸びちゃうってこと?
もうそんなに、どいつもこいつも大きくならなくていいのにー。

きのうは風邪で寝込んでいた私を置いて、あとの4人は一日中出かけていた。
i Phone 4sをいっぺんに4台買ったため、ソフトバンクのショップで手続きをして、夫の実家へ行って義母にも1台渡してあれやこれやとやっていたら、帰宅が夜9時くらいになった。
(私はその間、ず〜っとごろごろしていた。)

お昼は4人で一風堂へ行って、替え玉も食べたという。
そして実家では(おやつに?)カレーを食べたという。
帰宅してから、宅配ピザをMサイズ3枚注文。
ほんっと、食べるわ。

食べる人って大きくなるんだよね。
ある時点からいきなり横に大きくなるのだけど、育ち盛りは縦へ、縦へ。
さすがに「ササニシキ」はもう止まったと思うけど、あとの二人はあとどれくらい伸びるのかなあ?

by apakaba | 2011-10-17 22:42 | 未分類 | Comments(2)
2011年 10月 16日

鼻詰まり〜欽ちゃんのドンとやってみよう!

きのう・今日と寝てばかりいたので風邪はだいぶよくなったが、後半はひどい鼻詰まりに苦しんでいた。

私は物心ついたときからずっとアレルギー性鼻炎で、カモガヤなどの雑草花粉と、ほこりと、猫の毛がとくにダメだった。
ところがここ数年は体質が改善したのか、通年、滝のように鼻水が垂れていたのがすっきりさっぱりしている。
そろそろ、幼いころからの悲願である“猫も飼える”のではないだろうか!なんて思っている。
でも今回の風邪は昔の自分に戻ったようなすごい鼻詰まりだった。

子供のころ、横になっているときに鼻詰まりで眠れないと、いつも『欽ちゃんのドンとやってみよう!』を思い出すのだった。
萩本欽一氏が視聴者からのはがきを読んで、おもしろかった順に「バカウケ・ややウケ・ドッチラケ」の3つの箱に分けていくコーナーがあった。
欽ちゃんも若かったので、けっこう容赦なくはがきを「ドッチラケ」に放り込んでいくのがおもしろかった。
小さかったからその投稿はすべて忘れたが、一通だけはっきりと覚えていたのが、欽ちゃんが次のはがきを読んだときだった。

「右の鼻が詰まったので右を上にして寝たら左の鼻が詰まったので、左を上にして寝たら右の鼻が詰まったので、仰向けに寝たら両方とも詰まったので斜めに寝たら両方ともとおった。」

小学校低学年だった私は、このはがきに驚愕した。
私のことだ!と思った。
私も、まったく同じく、右を向いて左を向いて仰向けになって、眠れぬ夜を過ごしていたのである。
私だけじゃないんだ!
夜ごと、鼻詰まりで苦しんでいるのは!
そしてこのおはがきの主のいうとおり、右を上にすれば左が詰まり、左を上にすれば右が詰まり、仰向けになると両方詰まるのだよ!
おんなじだよ!

しかし……、え、斜め?
斜めってなんだ?
欽ちゃんはなぜ「斜めってなんだろうねえ?」と不思議がらないのか、不思議だった。

私は、上、つまり天井から見たとして斜めに寝ている図を想像したのだった。
布団に斜めに寝ているだけで、結局仰向けじゃないの?
それでなんの解決になるのか、ずっとずっと悩んだ。
悩んだあげく、仰向けと横向きのちょうど真ん中へん、一方の肩が浮き上がった状態をいっているのだとわかったとき、ひゃああ〜と声を上げそうになった。
そして、さっそく次の鼻詰まりの夜に、斜めに寝るのをためしてみた。

た・し・か・に、鼻の通りがよくなる!
欽ちゃん!あのはがきを、バカウケの箱に入れてくれたの?
あれはすごいよ!

どの箱に入ったのかは忘れてしまったが、あの投稿をした人は、本当に鼻炎に苦しんでいた人だったのだろう。
あのはがきのおもしろさ(というか真実味)は、鼻詰まりにとことん苦しんだ人にしかわからない。
だからもしかしたら、「ドッチラケ」の箱に行ってしまったかもしれない。
でも欽ちゃんはあれをすごい速さで呪文のように読んだから、もしかしたらパフォーマンスのおもしろさでウケたかもしれない。
私も、何十年ぶりかで、あの番組のコーナーを思い出したなー。
それだけ苦しかったのだな、この風邪が。

by apakaba | 2011-10-16 18:50 | 健康・病気 | Comments(2)
2011年 10月 15日

俺には、私には、これがある

ひどい風邪を引いてしまい、布団の中でこれを書いている。
おととい、木曜日の朝から、具合が急降下した。
水曜日は元気に出かけて、美術館へ行ったり、ショッピングをしていたのに。

水曜に買ったのは、ハンティングワールドのミニトートバッグ。
ボルネオチャリティーというシリーズで、収益の1%をボルネオ保全トラストに提供するらしい(1%ってちょっと少ないような気が?)。

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な、なんと2個〜!すごい太っ腹なあたしー!
というのはもちろんウソです。すこし見栄を張りました。
リバーシブルになっていて、底板もしっかり入っているし、隠しポケットも収納力十分。
雰囲気のちがうバッグを2個買った気分で12600円はお買い得でしょ。
これでボルネオの自然を守るために、私からもちょびっとだけの寄付が……と思うと、金額の少なさに複雑な気分だが、いろいろなチャリティーには一応、乗っかることにしている。

木曜の朝、「あっものすごく風邪引いちゃってる!」とびっくりしながら目が覚めた。
喉とアタマと上半身が、強烈に痛い。
でも、やることがいっぱいで、ゆっくり寝ていられない。
「いや、がんばろう。この、新しいバッグを持って、出かけよう!」という一念だけで、布団を跳ね飛ばして起き上がった。

こういうのって、バカみたいかな?

東日本大震災があった日、夫は職場から帰れなかった(詳しくは「非被災者のPTSDはダメだよ」をお読みください。夫は教員で、生徒全員の帰宅を確認するまで帰れませんでした)。
あれから何か月もたってから、彼はこんなことを言っていた。
「俺にはこれがある!と思えばけっこう大丈夫なもんだよ。
あの日、徹夜は当然として翌日も何時になったら帰れるかわからない状況だったけど、学校のトイレで顔洗って……いつも持っているポーチに入ってた、ビオテルムのあの、目に塗るヤツ。あれがすっごくよかった。いい香りだし……『俺にはこれがある!だから風呂に入ってなくても汚くないし、寝てなくてもやつれてない!俺はきちんとしてて、サワヤカなんだぞ!』って、支えになったんだよな。
ほんとにつまらないことなんだけど、そういうちょっとしたことで、力って出るんだよ。」

“目に塗るヤツ”とは、私が海外旅行で買ってきた、ビオテルム オムの目元用美容液である。
「あなたももうおじさんだから、少し顔の老化にも気を遣ったほうがいいわよ。」
と、何の気なしにお土産に渡したのだが、それがあの3.11を乗り切る糧になっていたとは、この話を聞くまで知らなかった。

「やっぱり『ふだんどおりに、きれいにしていよう』と思うことって、人間の尊厳なんだよ。俺なんかたった一晩だったけど、それこそ東北じゃずっと大変な生活をすることになって……田中康夫がいち早く、女性の身だしなみを整えるモノを持っていっただろ。化粧品とか、下着とか。
あれはまったく正しいよ。人間はそういうところから、がんばれるんだから。」

いま、『僧侶と哲学者 チベット仏教をめぐる対話』という本を読んでいる。
精神の平安を得られれば、物質に執着(シュウジャク)することもなくなるのだろうけれど、いかんせん我々は凡人。
モノが、弱った心に喝を入れてくれることは、あるのだ。

by apakaba | 2011-10-15 19:35 | ファッション | Comments(6)
2011年 10月 14日

死んでいくこと、生きること

先日、子供たちの友だちのお母さん、いわゆるママ友の一人が亡くなってしまったと知った。
癌だったことも治療の入退院をくり返していたことも、周りの知人は誰も知らないままだった。
近所の人なのだが、最後にその人に会ったのがいつなのか、まったく思い出せない。
昔はたまに子供が遊びに上がらせてもらったりして、夕方に子供を迎えに行くと、
「いらっしゃい。お茶飲んでく?ビールのほうがいい?ミタニさん飲めたよね?」
とさっそく聞いてくるような、豪快な人だった。

亡くなってから思い出してみると、“そういえば”ということが出てくるものだ。

犬の散歩をしているときに、たまにすれちがっていたが、会うたびに印象が変化していくようだった。
「なんだかあの人、昔はもっとどっしりとした雰囲気だったのになあ?なんだかだんだん、ふわふわとはかない雰囲気になってきたような?なんでだろう?」
と、私は不思議に思っていたのだ。
もともと色白な人だったが、白い大きなつばの帽子をかぶり、ゆっくりとした足どりで遊歩道をすすむその人は、まるで少女のようというか、ほとんど透きとおっているかに思えた。
透きとおっている人間なんているはずがないのだが、そう感じた。
とくに痩せているということもなかったし、つらそうな歩き方をしていたのでもない、ただ、足をつけないままでスーッと地面と平行に移動しているかのように見えて、昔の「ビール飲む?」と聞いてきたあの豪傑の女性とは別人のような印象を受けていたのだった。
すれちがうときに挨拶すると、私に笑い返す表情も可憐な少女のようになっていて、「若返ったってことかな?うらやましいわ」と思いながらも、どことなく落ち着かない気分になったものだった。

あれは、病院の帰りだったのかなあ……偶然出会うたびに、私にちょっとずつ別れを告げていたのかなあ……無垢な表情の後ろに、どれだけの思いがあったのかなあ……などと、ここ数日、思い返していた。

ママ友が亡くなったことを知ったのは、ちょうどスティーブ・ジョブズ氏が亡くなったのと同じころだった。
Macファンのわが家にとって、彼の死はもちろんショックだった。

そしてそのころ、たまたま、友人がYouTubeでRCサクセションの映像を貼っていたのを見た。
海辺のワインディングロード』を唄うキヨシローは、まるで私の息子みたいに若いあんちゃん。
ひょろひょろでお肌ツルツルの子供っぽい彼を見ていると、涙があふれてくる。
ねえキミ、私の大好きなその歌を唄っているキミは、60までも生きられず、そのすてきな声が咽頭癌に冒されていくことを、知らないのだね。
そのかわいい顔が、50半ばなのに70過ぎにしか見えないくらいに老け込んでしまうことも、知らないのだね。
“未来を知らない”ということは、なんてやさしいことだろう。
“未来=自分の死を知っている”ことは、なんて厳しいことだろう。

つらい気持ちが、重なったなあ。
まあ私自身は、84歳まで生きることを約束されているのだけど。
シンガポールでインド人占星術師に占ってもらったからね。
私は、生涯この占いだけを信じて生きていくことにしたんだ。
占星術は“未来を知らない”ことでもあり、“未来を知っている”ことでもあるから。

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今年初のむかご。
蒸かして塩つけて食べると、秋のおつまみ。
気に入りのお皿は、星占いをしてもらったときにシンガポールで買ったお土産だ。
おいしいものをたくさん食べて、楽しく生きていきたい。

by apakaba | 2011-10-14 22:15 | 生活の話題 | Comments(7)