“フィンチャーが『ミレニアム』シリーズを撮る”と知ってから、公開に間に合わせようと、この年末年始は原作のシリーズをぶっとおしで読んでいた。
厚い文庫6冊を読み終えて準備万端。
今回は、三部作の一作目にあたる。
オープニングが、呼吸を忘れるほどのすばらしさだ。
ツェッペリンの『移民の歌』のカヴァーが爆音で響き渡り、不吉な予感が画面からドロドロと流れ出るような、極限まで暗い、絶え間なく挑発的な映像。
胸がどきどきする興奮と、ビーンと体の芯がしびれるような陶酔感が同時におしよせる。
このオープニングを見るためだけにもう一度劇場に来てもいいと本気で思った。
自宅ではぜったいにこの息を呑む感覚は味わえないであろう。
ストーリーはどちらかというと古典的な“密室サスペンス”もの。
大富豪ヘンリック・ヴァンゲル老人が、40年前に失踪したままでいる親族の少女ハリエットの行方をさがすため、雑誌『ミレニアム』の記者であるミカエル・ブルムクヴィストに極秘の調査を依頼する。
ヴァンゲル一族が住むのはスウェーデン北方の街ヘーデスタから、さらに橋一本のみでつながったヘーデビーという孤島(だから一種の密室事件である)。
最初は乗り気でなかったミカエルだが、いつの間にか謎解きの魅力にからめとられ、島に住み込んで調査をすすめる。
だが一人ではこの一族の謎を解くのは不可能と知り、助手としてリスベット・サランデルという若い女性調査員を雇う。
彼女は極端に無口でやせっぽちで無表情で反社会的と受け取られる外見をしているが、調査の腕は超一流だ。
二人の力で、謎は徐々に解かれていくのであった。
三部作、文庫6冊分をぶっつづけで読んでもまったく飽きさせなかった原作を、フィンチャーがどのようにまとめあげるのか……たいていの場合、原作がいいと映画は失望するものだから……と、(フィンチャーならやってくれる!という)期待も大きかったが同じくらいに(セオリー通り、失望パターンかも、という)心配もあった。
見てみての感想は、
「やっぱりフィンチャーはすごい」
よくもあれだけの長編を、158分にまとめたものだ。しかも少しも飽きさせることなく。
原作を読んでいなくても、きっと次々出てくる登場人物たちすべて「こいつが犯人か?」と、いかにもあやしそうに思うだろうし、読んでいる者には、あの暗く寒い島の風景が、夢中で読みながら思い描いていた風景とぴったりと同じ(よりクリアであり、いかにもフィンチャーらしい、さらに暗く不吉なトーン)であることに興奮するだろう。
カーチェイス・アクション・派手な爆発シーンなど、映像ならではの強みもたっぷりと見られる。
原作を読みながら「これが映像になったら、どんなにいいだろう」と想像したものだ。
主演がダニエル・クレイグだと知ったとき、かなりとまどった。
原作のミカエルは一本気な正義漢だが、さして腕っぷしが強いわけでもなく、どちらかというと気さくでハンサムな優男といったイメージだ。
身の危険が迫ったときは、小柄なリスベットに命を助けられたりしているへなちょこなのだ。
だがきわめて女性にもてるし、きわめて女性関係にだらしない。
自分からアプローチしなくても、引きも切らず女が列を成して「抱いて!」とせがんでくるタイプ(しかもすべてに誠実に対応することができる)。
ダニエル・クレイグは、もっと男くさくてマッチョで、ピンチのときも一人で敵をやっつけてしまえそう。
これじゃ原作者スティーグ・ラーソンが意図していた“ふつうの男と女の役割を逆転させたかった。女のようなミカエルと、男のようなサランデル”という構図が崩れてしまわないのかな?
だが、さすがにダニエル・クレイグは、そんなジェームズ・ボンドなままのダニエル・クレイグではありませんでした。
きっちりと、へなちょこになっていた。
映画評ではリスベット役の新人女優ルーニー・マーラの好演ばかりに注目が集まっているが、彼女がいいのは見る前からなんとなく予想できただけに(初登場シーンの後ろ姿の歩き方だけで“この女、ふつうの人間とちがう”と十分感じさせる)、ダニエル・クレイグの見事なミカエルぶりは、原作を読破したばかりの私にはよけいにうれしかった。
黙っていればいい男だが、そこはかとなくがさつで隙がある。
そこが憎めない。
鉛筆をくわえる、資料のページをめくるたびに指をなめる、飛行機の中でスコッチと水の瓶をいっぺんにカップに空ける、めがねを聴診器みたいに耳から顔にぶら下げてしまう。
“ブンヤっぽい(雑誌記者だけど)”とでもいったらいいのか。
そのへんの細部の作り込みが、ものすごくミカエルをミカエルらしくしている。
ひとつ残念なのは、ミカエルとリスベット・サランデルのつながりと、ミカエルの放埒な女性関係をもう少し描いてほしかったというところだ。
158分、謎解きが忙しいのは察するが。
調査会社の上司アルマンスキーが目撃する、ミカエルの冗談でリスベットが大笑いするというちいさなシーンは、是非挿入してほしかった。
ミカエルに惹かれていくリスベット・サランデルの心情は、続編ではますます大事になる。
さらに、彼が女好き……というより来る者を決して拒まない、しかも完璧に満足させてしまうという天与の資質は、『ミレニアム』シリーズをとおして非常に重要なことだと思うからだ。
年増でも、人妻でも、少年のように痩せたカラダでも、筋肉隆々の巨大な女でも、彼は迫ってこられれば等しく誠実にベッドインして満足させる。
ミカエルは、すべての女にとって、天からの使いのような男なのだ。
大天使ミカエル。
彼の前でなら、すべての女は心も体もありのままをさらけ出せる。
ものすごい才能だ。
つまり彼は、すべての女の欲望の対象であると同時に、すべての男のあこがれの対象にもなりうるのである。
原作の題名は『ミレニアム』ではなく、『女を憎む男たち』だという。
この大長編小説は、つねに男が女を不当に蹂躙しつづける。
各章のはじめに、スウェーデンでの性暴力についてや、アマゾネスの伝説など、フェミニスティックな示唆に満ちた挿話が載せられている。
ステキな北欧の国スウェーデンという、多くの日本人の幻想は即座に打ち砕かれる。
過酷な過去を持つ孤高のヒロイン、リスベット・サランデルは、女性の怒りと復讐心の権化としてある。
そのリスベットでさえ、ひととき心をゆるしたのがミカエルなのだ。
ミカエルだけが、暴力をふるう側の男と、ふるわれる側の女たちとの、唯一の橋になっているのだ。
このあたりの描き込みがやや少ないばかりに、ミカエルがただのへなちょこないいヤツになっているように見える。
続編でさらにベッドシーンを充実させることを、強く希望する!
そしてダニエル・クレイグの局部が見たい!
毎度思うが、なぜモザイクなのか。
あのきたならしいモザイクのせいで、監督の意図とはかけ離れた絵になってしまっていることだろう。
必要があるからこそ局部を映しているはずなのに。
フィンチャーだって怒ってるぞきっと。
第二作『火と戯れる女』が待ちきれない。
ああ、なんとかして、ダニエル・クレイグのモザイクを取っ払えないものだろうか……!?