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2012年 03月 29日

退職記念だ!フォーシーズンズホテル

フォーシーズンズホテル椿山荘東京は、今年いっぱいでフォーシーズンズホテルと椿山荘の業務提携を解消することになった。
来年からは、「ホテル椿山荘東京」になっちゃうんだって。
フォーシーズンズホテルのテイストが好きなのに、これじゃあ、もう、行くことはなさそうだなあ。

そんな折り、白洋舎お得意様ご優待券を、また手に入れた(2009年にもこの優待券で宿泊した。フォーシーズンズホテル、一泊プレゼント)。
半額以下の安値で、朝食だけでなく夕食もついている!
スゴイ!フォーシーズンズじゃなくなるからヤケクソなんだろうか!

私の仕事に今まで理解を示してくれたお礼という意味で、夫をご招待することにした。
フォーシーズンズじゃなくなってしまう前に、最後にあと一回遊びに行こう!

定刻にチェックインしようとしたが、レセプションにはチェックインの宿泊客があふれていて、順番が来るまで15分ほど待たされた。
そのお詫びにと、安いシティ・ビューの部屋ではなく少しお高いガーデン・ビューのお部屋にアップグレードされた(このホテルの最大の売りは、山県有朋の庭園)。
そして、
「ふつうの洋風のバスルームと、桧風呂のあるバスルームがございますがどちらがよろしいですか?」
と聞かれた。
洋風のバスルームは前回使ったことがあるので(写真こちら)、桧風呂のある部屋にしてみた。

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つづき。いつもとテイストのちがうお部屋にとまどうが……

by apakaba | 2012-03-29 22:43 | 国内旅行 | Comments(2)
2012年 03月 27日

退職!

今日、長年つづけてきた仕事を退職した。
自宅で、おもに小学生に勉強を教える塾の仕事である。

この仕事を始めたとき、一番下の「コシヒカリ」は幼稚園児だった。
「外に働きに出るなら割り切れるかもしれないけど、家の居間が他人の子供たちで占領されて、自分がお母さんに甘えたいときにそれができない、となったら、『コシヒカリ』ちゃんは悲しくならないかしら。」
と心配してくれた地元の友だちもいた。

私も自分の子供たちにはさびしい思いをさせないように気を遣ってきたつもりだが、子供たちのほうも“おかーさんを人の子に取られた”とは思わず、入れ替わり立ち替わり、どんどん子供さんがやってくる生活を楽しんでいた。

私の心残りは、“もっと、人の子だけでなく、自分の子にも目を配ってやるべきだったのではないか”ということと、“子供の学校行事にばったりと顔を出せなくなった”ということだった。

個人面談では、商売柄、
「おうちの方が勉強を教えることは、技術的にはできても、親子関係がケンアクになったりするから、あまり教え過ぎないで私に任せてください」
というようなトークをするのだけど、こと自分の子供となると、やはり“仕事を優先させて、自分の子供の教育はほったらかしてしまった”という罪悪感を持ってしまうのだ。

代えのきかない一人きりの仕事は信用が第一なので、「とにかく、絶対に休まない」ことにしていた。
高熱が出ても下痢をしていても滝のように鼻水が出ていても生理痛でも……だから、仕事を始めてからは、子供の学校の保護者会などの行事関係は全滅だった。
4月からの新年度、「コシヒカリ」は中3、「アキタコマチ」は高3になる。
せめてそれぞれの最高学年の1年だけでも、親らしく学校に顔を出そうと思っている。

生徒さんたちも、最後の日は子供なりに感慨深げだった。
今日に限って「先生、これわからない。これもわからない」と、やたらと質問攻めにしてきたり、お菓子やお手紙をくれたり、宿題を山ほどやってきたり、遅れて来たくせに「全部やってから帰る!」と意地になって、終了時刻になっても教材にかじりついていたり、やっぱりいつもとちがってた。
全員が、「さようなら。」と挨拶して部屋を出ていくとき、こっそりふり返って、私が最後まで自分を見てくれているかをたしかめてから退室する。
あれはなんでだろうね。
こっちもわかっているから、残っている子の勉強を見る手を休めて、目で見送ってあげる。
満足して、にこっとして去っていく。
見られていることが好きなんだわ子供って。

でも、もしかしたら、人のお子さんを見ることにかまけて、自分の子供をちゃんと見ることが足りていなかったかもしれない。
明日からはちゃんと見るぞ。

私の家族よ、長年支えてくれてありがとう。
いままでここに来たすべての生徒の皆さん、どうもありがとう。
その保護者の皆さん、ありがとうございました。

by apakaba | 2012-03-27 23:32 | 生活の話題 | Comments(10)
2012年 03月 24日

小学校の卒業式へ

今日は、小学校の卒業式に行ってきた。
これも中学のPTA役員の仕事のひとつで、“近隣の学校からの来賓”として出席する。

自分の子供3人が卒業し、私の塾の生徒もたくさん在籍している小学校である。
今日の卒業生の学年は、とくに私の生徒が多い学年である。
私はこの3月いっぱいで、自宅で塾をやる仕事をやめる。
これで彼らも卒業、私も卒業、卒業式には親として、アンド来賓として何度も出席しているが、ひときわ感慨深い。

つい半日前のきのうの夕方、うちで最後の勉強をしていった子が、一晩で別人のように、かっこよく、美しく、立派になっている。
いろいろな理由でうちを途中でやめていった子を、1年ぶり、2年ぶり、3年ぶりに見る。
女の子らしくなったねえ。
背が伸びたねえ。
あれ、キミはあまり変わらないねえ……

先生方のご指導の賜物で、合唱や呼びかけは滞りなく進んだ。
先週は中学の卒業式に来賓として出たばかりだが、中学生の女子はグシャグシャに泣くのに、今日の小学生は、泣かないんだな。
小学校の卒業式で泣くのは親なのだ。
私もだいぶ泣いたが、親ならともかく、来賓席で度外れに泣いている人というのは客観的に見て不気味である。
「あの人たしか中学のPTA役員でしょ?なんであんなに大泣きしてるの?親や担任でもあるまいし。」
と不審に思われそうだ。
うん。おっしゃるとおり、ヘンですよ。
でも私は、ただの近隣の代表じゃないんだ。
親でも担任の先生でもないけど、半分親みたいで、半分担任みたいな気分なんだよ。
毎週2回ずつ、自宅に上がって至近距離で接していれば、へたな親戚よりよほど近しい。
君らは、いるだけで泣ける。

校長先生が、「君たちは、未来からの使者です」とおっしゃっていたけれど、私は、この国の未来を怖がっている憶病者だ。
でも、彼らが大きくなるまでは、こっちががんばらないとなあ……
はにかんでついつい笑ったり、生真面目そうな表情を作ったり、ステージから降りてほっとして放心している子たちの顔を見ていると、真剣にそう思う。

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で、とりあえず日本の文化継承だよ!
今日は付け下げ。
前回(着物を着るとこういうこともあるのだ)よりはマシに着ることができた。
雨コートを脱いだばかりで少し帯がくしゃくしゃしてますが。
しかしまだまだ、すべて一人で着るには長い道のり。
午後からも、ウールの普段着で練習。

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羽織もついているアンサンブルなのだけど、これも結婚以来今日初めて、しつけをとって袖を通した!
ちょっと私には、かわいすぎるかな。
これを仕立てた結婚当時はかわいかったのだが!

次回の“来賓”は、4月の中学入学式である。
そのときはさらにマシな着方になるようがんばる。

卒業生の皆さん、未来からの使者よ、おめでとう。
4月からおたがい、がんばろうね!

by apakaba | 2012-03-24 23:46 | 生活の話題 | Comments(6)
2012年 03月 18日

着付け練習中

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おととい、着物を着るとこういうこともあるのだと書いて以来、“一日でも早く、一人でちゃんと着られるように練習せねば”とやる気が出て、今日はウールの普段着で練習。

赤いウールの着物は嫁入り道具のひとつで、帯は義母が貸してくれました。
この着物、結婚以来、今日初めてしつけをとって袖を通したわ!
初めて着る服は、和洋問わずワクワクします。

ウールはてろてろしないから私のような初心者には助かります。
あたし、がんばる!!!!!!!!!!!!
夏までは、外出着は着物中心でいくわよ!(大風呂敷です)

by apakaba | 2012-03-18 17:24 | ファッション | Comments(10)
2012年 03月 17日

東京直下型地震に備えるのは、こんなこと?

きのうの晩ごはんは「アキタコマチ」と二人だった。

ここ2,3日で地震がつづいていた。
ゆっさゆっさとのんきな感じに揺れるのは怖くないが、震源が近いと地鳴りがして怖い。
揺れ始める直前に「ズズズズ……」と地面がうなるような感覚があり、眠っていても、揺れる前にぱっと目が覚めてしまう。

私 :いやー今さらのんきすぎるんだけど、さすがになんか備えるべきかな私も。
「アキタコマチ」 :今さら!遅い!流行遅れでしょ!
私 :うん、どう考えても1年遅いんだけどさ。でも東京に当たる確率70%とかいわれちゃって、あんな地鳴りつきの地震がつづくとさ。さすがに私も。
ア :水は?
私 :水は大丈夫。たくさん備蓄してる。食べるものも、お菓子とかならあるしね。やっぱりなんとかなるか。最初の一発を生き延びれば、あとはなんだかんだいってもここは都会で人はたくさん住んでるし、どうにかなりそうな甘い考えなわけよ。

ア :あとはトイレだね。あと下着を少し用意しろっていうよ。
私 :下着?下着なんて換えなくても大丈夫じゃないの?
ア :はじめの数日は生きることに必死だから大丈夫だけど、そのあと避難生活に入ったときに、人間の尊厳をできるだけ保ちたい、ふだんにより近く暮らしたいという欲求が強くなるんだって。トイレもそうでしょう。簡易トイレみたいなものを用意するのはいいと思うよ。それこそ、生理用品とか。
私 :そうかー。家がつぶれたら下着を探し出すのも難しいもんね。この部屋(居間)の食器棚からはみんな割れ物が落ちてくるだろうけど、アタマ打って死ぬほど重いものは上のほうにはないし、全部割れちゃったとしてもさほど惜しくないものばかりだし、よく割れ物の上を歩ける靴を用意しろっていうけど、私いつもスリッパ履いてるから玄関くらいなら到達できるもん。
あとやっぱり怖いのは火事かな。津波は、このあたりには到達しないだろうし、でも火事は、いくらうちが気をつけていたって、隣近所から火が出たら防げないもん。うちなんか木造でよく燃えそうだし。煙で死ぬとかツライよなー。
二階が落ちてきて圧死とかも嫌だけど。一発で死ぬなら簡単そう。

ア :おかーさんはこの家にいる確率が一番高いからね。
私 :うん、出かけているときはもうそのときの運しだいだからとくになにも考えてない。考えてもしょうがないもん。家族みんながバラバラに外出していたら、それぞれ自力でがんばってくれってことでさ。……で、結局、なにを準備したらいいんだろうね?大事なものってなんだろう。
そう考えていくと、パソコンくらいしかないんだよね。
服とか持ち物はろくでもないものばかりだし、金額的に価値があるっていったら指輪とかの貴金属類だけど、そんなのもまあ、しょうがないし。それに火事になっても泥棒さえ来なければあとで掘り起こせるしねえ。
それよりパソコンがだめになったらショックだよ(わが家は各自がノートを使っている)。
ア :オレも……うん、パソコンのデータだな。
私 :やっぱデータのクラウド化ですかねえ。私も家で地震が起きて今すぐ外に出ないといけなくなったら、せいぜいiPhoneと、犬だよね連れ出せるのは。犬もパソコンも、は、無理だわ。
ア :なんだかんだいったって生き物のほうが大事だもんね。いくらコーシローが一人でも生きられる強い犬だといっても、パソコン選んで犬放りっぱなしというわけにはいかないでしょ。そしたらやっぱり、首輪はいつもつけておいたほうがいいのかな。連れ出しやすいように。
私 :火事で地面が熱くなってたら犬抱っこはけっこうキツイな……重いから。

ア :まー、結局ここまで東京直下くるくるいわれると、もう備えなんて無駄なような気がする。備えあれば憂い無しなんてウソだよ。憂いを完全に払うことなんてできない。
オレは、なぜか根拠のない自信があって、最初の一発は生き延びられる気がするの。自分が死ぬなんてちょっとも思ってない。どこにいても。中央線に乗っていて閉じこめられて横倒しになって、とか、そうなるかもしれないけどあまり想像できないし危機を逃れると思ってるの。
だから自分のことはほとんど心配してない。
オレがこわいのは、……あのさ東日本のエピソードっていっぱいあるじゃない。あれで、おばあさんが、その母親のすごい高齢の寝たきりのおばあさんを、津波が来るって警報が鳴って見殺しにした話を読んだんだけど、オレはそういうことが本当にこわい。
そのおばあさんは、寝たきりの母親に「あなた自分で逃げてね」と声をかけて逃げたんだって。
逃げられるわけないのに。
でも一瞬で判断しなきゃ、自分もいっしょに死んじゃう。
寝ている母親に「自分で逃げてね」と言わなければならなかったおばあさんの気持ちを考えると、ほんとにつらいよね。そして避難はしたものの、家も、寝たきりの母親も流されて、すべてなくなって、身寄りもなくなって、……その行動を責める人なんていないだろうけど、でも「どうして自分は生きてるんだろう」と思わずにはいられないだろうし、この先ずっと、母親を見殺しにしたことで自分を責めるだろうし。
もう、かわいそうとかいう話じゃないよね、つらすぎるよ。

私 :震災のそういう話はネット見てるといくらでも出てくるじゃない。東北にはそういう思いをしてる人がたくさん生きてるんだよね……まったくすごいことだよ。

ア :オレは、自分がそのおばあさんみたいなことになってしまったら、どうしようかと思ったりする。
『はだしのゲン』みたいなことに。おかーさん読んでないの?

『はだしのゲン』は地震じゃなくて戦争だけど、空襲で家が崩れてきて、お母さんとかがその下敷きになるの。
お母さんは下敷きになりながら「おまえは逃げて、生きるのよ」とか言うんだよ。
ゲンの力では柱はどけられないし、どけたところでもうお母さんの体はつぶれてるし、そんなことしてたらいっしょに死んじゃうし、それでゲンは兄弟を連れて逃げるの。それで助かるの。
オレがおそれているのは、そういう状況。
自分が家族とか周りの人を見殺しにして生き延びた、とか思ってしまうこと。

私 :はーお前はなんでそんな自分がゲンなの。お前の想像では、つねにおかーさんのほうが柱でつぶれる仕様になっちゃってるの?自分が柱でつぶれるほうには、ならないわけ?
ア :うん。ならない。だって最初の一発は大丈夫という根拠のない自信があるから。

私 :そういうのって……家族が、それぞれお互いをどれくらい理解していたかという積み重ねに尽きると思うよ。
たとえばまあ私がつぶれる側として、ふだんの、これまでの、おかーさんの発言。態度。人生への考え方。そういうものを知っているかどうかでしょう。
いつも言ってるじゃない、「まーべつにおかーさんはいつ死んでもちっともかまわない。自分が死ぬのはどうでもいいのよ。子供が死ぬほうがずっとつらい。子供には生きてほしい。」って。
そしたらそのいよいよのときだって、判断がついて後悔も少ないじゃない。
“親を見殺しにした”という後悔はもちろんついてまわるだろうけど、「まあでも、おかーさんもふだんからああ言ってたことだし。オレが無事に生きてることを、きっと喜んでくれてるよな。うん。ちゃんと生きよう」と納得はできるじゃない。
ア :そうだね。そういうのって、ふだんから家族の考えをわかってないと、いつまでも自分を責めちゃうよね。避難のためになにか用意しておく……もある程度の安心のためには大事だけど、最初を生き延びさえしたら、あとは圧倒的に心の問題だもんね。ずーっと、つづくんだもんね。
私 :そうだよ。うちはワインもいっぱい買ってあるし、火事で全焼とかにならなければ酒でも飲んでしばらくしのごうよ。
ア :アハハ!

by apakaba | 2012-03-17 11:10 | 子供 | Comments(6)
2012年 03月 16日

着物を着るとこういうこともあるのだ

今日は娘の中学の卒業式でした。
娘はまだ2年生ですが、私は今年度のPTA役員で来賓として出席するのです。
来賓というよりむしろ接待のお手伝いで、待合室で近隣の学校の先生や町内会の方々へお茶やお菓子を出したりします。

私は、今後なるべく多くの機会を捉まえて着物を着たいと思っていて、今日もさっそく無地の着物で行きました。
まだ一人で着ることができないので、隣りに住む母に着付けてもらいました。

母は着付け教室にかよったりもせずに昔から自分で着ています。
そのため、タオルなどを巻いて体型を補整することを不自然で窮屈だといって嫌い、紐類もあまりぎゅうぎゅう締め上げません。
仕上がりの見た目重視のプロが着せるより、着るほうはずっとらくちんですが、その分、少ししわが寄ったり、着崩れもしやすいのです。
着崩れたらその場でそのたびに直せばいいだけのことというのが母の持論です。

登校し、来賓の待合室でお茶出しをしていると、藤色の無地の着物に黒い紋付きの羽織を着た老婦人が入ってきました。
町内会の重鎮の女性のようです。
その方は、私を見るとご自分のバッグも置かず、席にも着かずに、まっすぐ私のところへ突進してきました。
そしていきなり
「あなたね、これじゃダメよ。」
と、私の帯やお太鼓や伊達締めなどを、片っ端から直し始めました。
「せっかく着物を着ているんだから。これじゃ見ちゃいられない。」
と、見ず知らずの私の着崩れをすごい勢いで直してきて、私も周りの役員メンバーもビックリ仰天しました。
着物の老婦人Aとほぼ同時に入室してきた洋装の老婦人Bも、つかつかと私と老婦人Aのところへやってきて、
「あらAさん、あなたもお好きねえ。あなたはもうベテランだからね。見てられないんでしょ。」
と言いつつ、ぴったりと寄り添い、ぎゅうぎゅう締め上げている姿をおもしろがって見ているのです。

そうする間にも、いろいろな来賓の方が見えているのに、非常に恥ずかしい思いをしました。
でも老婦人Aがせっかくやってくれているから……、
「いや〜ありがとうございますー!」
とお礼を言いつづけました。
たしかに、母がやってくれたらくらくな着付けより、多少お腹が苦しくなったものの、見た目はすっきりしました。

老婦人ABのおふたりは、並んでお茶を飲み始めました。
しかし、着物の老婦人Aの目が、するどく私の手元を見張っているのです。
なんだろう、私のお茶のいれかたが気に入らないのかしら?
少しすると、洋装の老婦人Bがいつの間にか私の背後にまわっていて、
「あのねあなた、老婆心ながらいうとね、着物のときは、指輪と時計ははずすものですよ。そのことをあのかた(老婦人A)がとっても気になさっていてね。」
と、こっそり教えに来たのです。

あのするどい視線は、“ほんとに近ごろの若い人は情けない(どうも私も「若い人」に分類されているらしく何度も「若い人」と言っていた)。着物のときは全部はずすってことも知らないんだわ。ああ、着物を着る資格ゼロね。”ということだったようです。

「私も茶道をやっていたので、一応それくらいは知っていますが……いまどきそんなこと言ってる人はいませんよ。」なんて言い返すことなどできるわけがなく、地域の方のいうことははいはいと聞いておこうと、すぐに指輪も時計もバッグにしまいました。
そのあとも老婦人Aはずっと私の手元をチェックしていて、満足したみたいです。

着物を着るということは、ああいう人々のチェックの目にさらされることなのだ、と実感して、なんというか、ありがたいようなメンドクサイような気分になりましたよ。

卒業式じたいは、寒かったこと以外、平穏でしたけどね(今朝の気温は−2度。早く春になって〜)。

by apakaba | 2012-03-16 23:37 | ファッション | Comments(10)
2012年 03月 15日

またiPhone写真日記

ちゃんとしたブログをちっとも書けない年度末な日々ですが、iPhone写真だけはとりあえず撮るので、またそれらの放出日記ということで。
しばらくこれだな。

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ブルーな週明け!
日曜日、クルマを車検に出したら、代車がよりによってこんなぼろぼろなインテグラ。
すり傷へこみ傷だらけなのは目をつぶるとしても、ハンドルを動かすたびに「キュゥゥ、キュゥゥ」とへんな音が鳴るし、ドアロックは閉まらないし開かないし!

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私が大学生くらいのころ、パネルはこんな感じでしたね。
今まで、代車だけが楽しみでヤナセに点検に出していたのに……(うちのはメルセデス最下層の安物だけど、Bクラスの新車とか、すごい馬力のCクラスとかがこれまでの代車だった)。

「まあでも、海外に行くとこうだよな。こういうぼろいクルマがふつうに走ってるよな。」
「そうね海外気分だね!」
夫とお互いを盛り上げようとするも、ガックリ気分の我々。

こんなひどい車じゃなるべく乗りたくないけど、きのうは仕方なく夫の実家へ「キュゥゥ、キュゥゥ」とハンドルを鳴らしながら往復してきました。
卒業式や入学式に、今年度PTA役員なので来賓として出席するのです。
私は会社員ではないのでちゃんとしたスーツなど持っていなくて、式典のときは着物を着ることにしています。
夫の実家に着物を置かせてもらっているため、取りに行きました。

義母は「これも着たら」「これとこの帯は合うわよ」と、次々と出してくれて、いろんな着物を山ほど持ち帰ってきました。
義母の持ち物だけでなく、祖母の形見の大島や、母が私の嫁入りのときに仕立ててくれたウールのふだん着用着物も持ってきたので、ちょっと出かけたりするのに着るのが楽しみ!
どっさりのすてきな着物を見ているとうれしくてうれしくて、もう早く着てみたくて待ちきれないです。
歌舞伎とか、美術館とか、映画とか、飲み会とか……これからいろんなところに着ていきたいな〜〜!!!

そのうち、ハンドルの「キュゥゥ、キュゥゥ」が鳴らなくなってきました。
なんで?
ずっと動かしてなかったのかなあ?

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今日は仕事が始まる前に、耳鼻科と皮膚科の病院のはしご。
まず耳鼻科へ行くと、花粉症患者さんでぎゅうぎゅうだったため、ひとまず皮膚科へ行っていつも出してもらっている薬を受け取り、早めにランチに行きました。
喫茶店としかいいようのない近所の喫茶店で、ハムピラフ。
おいしそうでしょう。
なぜかバナナが二切れついているところも、昭和の喫茶店風味で好きですねえ。

耳鼻科に行ったのは、二週間前に受けた血液検査の結果を聞きに行くためでした。
二週間前、鼻水が滝のように流れて、風邪なのか花粉症なのか気になったのです。

私は物心ついたときから、ひどく鼻の具合が悪くて、鼻水と鼻血にまみれて育ちました(なにこの描写)。
5年くらい前、鼻血に耐えかねて鼻粘膜を焼く手術を受けてからは鼻血はぴたりと出なくなり、そのころから鼻水もほとんど出なくなりました。
鼻粘膜を焼いたことが鼻炎にも効いたのか、体質が変わったのかわからないけれど、ほぼ鼻で悩むことがなくなりました。
10年くらい前にもアレルギー性鼻炎の血液検査をして、そのときの結果は「カモガヤなどのイネ科の雑草花粉と、ハウスダスト」に強い反応が出て、スギヒノキも少し反応が出ました。

でもここ何年かは鼻炎があきらかにおさまっているという自覚が強かったので、もうひとつ、どうしても調べたい検査項目を追加しました。
それは「ネコの毛」です。
私はネコが好きですが、それこそ物心ついたときから、なによりも強いアレルギー反応が出てしまって、医者に「対策は簡単です。ネコに触らなければいいんです。」と言われていました。
以来、どんなにかわいくても指先だけで触って(結局触るのか)、すぐに手を洗って、決して抱き上げたり顔を近づけたりはしないで生きてきました。
でも、なんとなく、そろそろネコもダイジョブなような気がしてきた!
一生だめだとあきらめていた、ネコを飼う生活も、この先、もしかしたらできるかも?

この二週間、ずっと結果を待ち遠しく感じていました。
結果!
「ハウスダスト」以外、アレルギー反応はすべてゼロ!
スギ・ヒノキ・カモガヤなどのイネ科植物、そしてネコも……!!!!!!!
やっったあああああーーーーー!
「でも、小さいころからずーっとネコがダメだったんですが!」
「それはひょっとすると、ネコについたダニの糞や死骸がハウスダストとなって、それに対するアレルギー反応だったのかもしれませんよ。とにかく、ネコの毛や皮膚の反応はゼロです。」
「ほんとですか?今まですごかったんですよ?(驚きのあまり、物分かりの悪い人みたいになってる)」
「(やや呆れ気味)ですからそれはダニかと思いますよ。つまりネコが大丈夫だからといって、油断するとダニに反応してしまいますから、用心しながらちょっとずつ触って実験してみるとか。」

そうなのか……!
でも本当かな。
10年前は、カモガヤの反応がすごいと言われたし、やっぱり体質改善のような気がする。
でもどっちでもいいや。
とにかく私、ネコ解禁ですからー!
今の家で両方飼うのは難しいから、犬が死んだらそのあとは散歩もしつけもいらないネコをのんびり飼いたいな。

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「まだまだ死なないよー。」
帰宅すると縁側でひなたぼっこしていたコーシロー。
もちろんまだこの犬が元気だからずっとかわいがるけど、現実的に、いつかは死ぬから、そしたらもう犬はいいや。
とりあえず、ネコを触っても大丈夫らしいことがはっきりしただけで、今日は最高だわ。

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ネコ解禁祝いに、次男「アキタコマチ」が焼いたケーキでおやつ。
そして本日の仕事開始。

by apakaba | 2012-03-15 15:28 | 生活の話題 | Comments(8)
2012年 03月 11日

1年前の日記

震災のこと、“記憶を風化させないために”とか“忘れないようにしよう”とかテレビやラジオでいうのだけど、いちいちいわれなくても風化もしないし忘れたくても忘れようがないよ。
風化どころか、状況はますます深刻になっているじゃないか。
よくも“風化”だの“忘れないように”だなんていえたものだと思う。

1年前に書いた日記。

震災当日・・・
地震、ガスメーターの復帰方法
これがtwitterや子供の友だちのお宅などでも「役に立った」と感謝されたのだった。

震災翌日・・・
パニックはダメだよ
物流が止まって商品が品薄になったのと同時に、パニック気味の人々の買い占め行動。

震災翌々日・・・
非被災者のPTSDはダメだよ
中1だった娘が暗くなり始めたことを心配していた。


三日間で私の言っていることは一貫していた。
「無事な人は無事を喜んで、落ち着こう。身のまわりの人を幸せにしよう」と、ほとんど同じことを書いている。
今になって読むと、まぶしいほど前向き。私。

でも、このあと、どんどん津波の死者の数が増え、原発事故が顕在化していき、何ヶ月も余震がつづき、「いや、これは余震じゃなくて、次の大地震への前触れにつながっているんじゃないか?」という予感に変わっていったのだった。
1年前の今日よりも、今日のほうが、較べものにならないほど私の気持ちは暗い。
黙祷しながら「時を戻せたら」と、どうしても、思わずにいられなかった。

たびたび震災のことに触れるのはつらいので、明日からまたいつもみたいに旅行のことや日常のことを書いていくけど、節目だから。
(記憶は、風化なんてしないよね?)

by apakaba | 2012-03-11 18:35 | サイト・ブログについて | Comments(5)
2012年 03月 10日

最近の画像放出というやり方で

2月にひきつづき3月もブログ書けず。
iPhoneにしてから写真は撮っているので出しておきます。

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おばさんのご多分に漏れずランチの外食が好きなのだけど、今月は時間がなく家でばかり食べています。
大阪の自由軒のカレーがレトルトになっていたのでさっそく!
私にはからかったです。でもおいしいよ。

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夫が職場(学校)で使ったお花をたまに持ち帰ってきます。
私へのプレゼントだったらステキなのだけど、そうではなくて華道の授業のあまり。
菜の花と、開ききっていますがチューリップ。

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これも持ち帰ってきた花束にあったガーベラ。
私のためじゃなくても、うれしい。

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ブームの塩麹を使った、タコとセロリその他のサラダです。
次男「アキタコマチ」作。

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同じく「アキタコマチ」作、豚肩ロースの煮込み。
母からオレンジマーマレードを山ほどもらって、「無添加だし自家製だから早く食べて」と言われたので、1200グラムのカタマリ肉をマーマレード2瓶使って、あとはいろんなものを使ってやってみました。

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飲みすぎたので、翌日は休肝日にしてフォー、同じく「アキタコマチ」作。
吉祥寺のベトナム料理店「ミス・サイゴン」でよく食べている「海老とレモンのフォー」を真似ています。

シンガポールでのインド人との交流とか、娘と行った台北旅行と京都旅行とか、書きたいのだけどしばらく困難なので……ウマイものを食べて乗り切ります。

by apakaba | 2012-03-10 23:38 | 生活の話題 | Comments(2)
2012年 03月 05日

旅が好きな家族

金曜の夜から、娘の「コシヒカリ」とふたりで京都旅行に行っていた。

金曜の夜、往きの新幹線の中で何度も「ササニシキ」からのメールを受け取って、やりとりしていた。
土曜の朝からタイ・ベトナム・カンボジアをまわる旅行をするのにあれこれ準備をしているらしい。
洗濯するのに洗剤はどこ、とか、お金をわけておくのに封筒がほしい、とか、そんなようなつまらないこと。
我々が帰ってきた日曜には、もちろん「ササニシキ」はすでにいなかった。

土曜の夜には、「アキタコマチ」から電話がかかってくる。
「春休みに直島と豊島と犬島をまわってきたいんだけど、飛行機じゃ高いから夜行バスで岡山まで行くつもり。バスの予約入れていいかな?」
一人旅で、瀬戸内海のアートの島々を“アイランドホッピング”するつもりらしい。

旅が好きな家だこと。

でも、それもこれも、お父さんが毎日一生懸命働いてくれているからなんだよ。
バイト代やお小遣いを貯めたからって、自分の力だけで行けていると思ったら大まちがいだよ。
(私もね!)

by apakaba | 2012-03-05 23:22 | 旅行の話 | Comments(0)