あぱかば・ブログ篇

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2012年 04月 30日

ドアノー展と、インド関係の日

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生誕100年記念写真展 ロベール・ドアノー(東京都写真美術館で5月13日まで)に行った。
期待外れという感想を持ったことが、自分でも意外。
ドアノーの写真は、ドアノー自身の魅力というより、パリの街はパリの力、ポートレイトはモデルの力に負うところが大きいように感じた。
両者拮抗せず、作家の力量より対象が勝(まさ)っているように思える。

みずからを“イメージの釣り人”と呼び、「待つことで得られる奇跡の瞬間」をとらえたと解説にあるとおり、たしかに、街角スナップは諧謔性十分だ。
とくに子供の写真はいい。
写真の中の子供たちは、残らず邪気なくいきいきしている。
だが、橋の上の絵描きをのぞき込む紳士や、ショーウインドーのヌード画を見る人々の反応の連作などは、おかしみはあるけれどそれ以上に少し「あざとさ」を覚えてしまった。

それは、占領下のパリの連作でも感じた。
完璧に“絵になっている”のだが、緊迫感よりもどこか芝居っぽいというか、役者が演じているような。
声も汗も感じられず、止まって見えるのだ。
彼の出過ぎない性格がそうさせているのだろうが、迫力には欠ける。

「物語の途中のような写真だ」と思いながらすすんでいくと、
“見た人に物語の続きを想像してもらえるような写真を撮りたい”
と、本人の言葉が書かれていた。
ずばり意図どおりということか。
ドアノーはもちろん一流の写真家である。
先日見たユージン・スミス展があまりによかったことで(真・善・美への問い——W・ユージン・スミス写真展「楽園への歩み」)、まだその余韻が残っていたから、やや好みではないように感じてしまったのだと思う。
ドアノーを見終えて、ますますユージン・スミスが恋しい。

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恵比寿に来たらお昼はシンガポールラクサにキマリ。
からいスープにシンガポールスリングの甘ったるい味が合う。

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2年ぶりに、ニュースレター「インド通信」の発送作業に顔を出した。
敬愛するインド・アジア映画評論家の松岡環さん宅にて。
環さんのお部屋にあったシャールクのドデカポスター!
シャールク、久々にかっこいいです。

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参加者プレゼントに、じゃんけんで敗退。猛烈ガックリ。
これはインド製のノートで、ゾウの糞を使った紙でつくられている。
とってもオシャレで、表紙にはヒンディー映画スターの4人が!
とっくにアラフォー以上となった3(スリー)カーンに加えてサイーフ・アリー・カーンを加えた4(フォー)カーン勢ぞろい!
え、なにがなんだかワカラナイ?
右上から時計回りに、我らがシャールク・カーン、サルマーン・カーン、サイーフ・アリー・カーン、アーミル・カーンです。
シャールクは大スターなのに、その名前からしばしばテロリスト扱いされてアメリカの空港で足止めされています。

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この日の〆、キルケニーのハーフパイント。
発送作業のあとに再会を喜んで飲み、くだらない居酒屋に移動して飲み、アイリッシュパブに移動して飲み、こうなると昼のシンガポールスリングがジワジワと効いてくる、昼に飲まなきゃよかったね。

by apakaba | 2012-04-30 22:00 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2012年 04月 26日

またまたiPhone写真で

そろそろGWが見えてきて、お盆とお正月同様、ブログを書く気力の減退する時節となりました。
私は出かけなくても、出かける人が多いので、見てくれる人ががたっと減りますからねえ。
そんなときもiPhone撮影をしていると、「最近のまとめ画像」が出せるので便利なものです。

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かわいいでしょう!
ほんものよりずっとかわいいし、“いい人そう”。
いい犬というよりいい人に見えるのが不思議。
ほんものはこんなにかわいくないです。

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ある日のごはん。
私が作ったので、盛りつけがヒドイわね。
食えればいいだろ的気分がありあり。
かますの干物・ごぼうのサラダ・ねぎ焼きびたし・ほたるいかの酢みそ・きゅうりのぬか漬け・トマトサラダ。

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「アキタコマチ」が作ったから、見た目もきれいですな。
台湾土産のからすみでスパゲッティー。

どれもiPhoneだと無修正でこんなにキレイです!
(ステマじゃありませんよ)

by apakaba | 2012-04-26 23:04 | 生活の話題 | Comments(2)
2012年 04月 25日

地震と、こわれもの

イームズ サイドシェルチェアが、届きましたー!

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とりあえずコーシローを無理に載せてみたが、怖がっているばかり。

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5人家族なので5脚。
梱包を解いた和室でそのまま撮ったため、なんだか不似合いだなあ。

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脚の部分がカッコいいでしょう!
今の木の椅子は、コーシローがひとりになるときに寂しがってかじってしまい、ぼろぼろになったので、今度はかじっても大丈夫なスチール製にしたのだ。

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そのほかに、最近買った物。
電球の形をした花瓶と、ポップなタマゴ立て。エッグスタンドというのよね。
両方とも椅子を見に行ったときに、コンランショップで買った。
背景には、W・ユージン・スミス展(レビューこちら→真・善・美への問い)で衝動買いしたボブ・ディランのポートレイト。
なんかいきなりシャレた部屋になってきたわ。

なぜ、あれこれ買うことにしたか。
震災以降、私は基本的にブルーだ。
無常を感じちゃってる。
今朝だって5:22に地震で起きた。
震災以前を思えば、四六時中揺れているといってもいいくらいの、東京以北だ。
そこへもってきて、東京直下地震の被害想定見直し。
あれで決定的に、無常気分になった。
服もまったくほしくなくなったし、新しくモノを所有しようという意欲が、完全になくなってしまった。
どうせ地震が来たらだめになっちゃうのに。
とくに割れ物なんかサイアクよ。

でも、なんて言ったらいいんだろう?
そんなふうに、無常感とともに、ボロい椅子で気持ちの明るくなる小物ひとつ飾らずに、いったい何年暮らしたらいいの。
もしかしたら明日、東京直下は来るかもしれない。
今朝は震度3だったけど、明日の朝は震度7になるかもしれない。
でも私が年をとって順当に寿命が尽きるまで、その日は来ないのかもしれない。
だったら割れ物も買おう。
ちょっと値の張るすてきな椅子に座っておいしいごはんを食べるほうが、よっぽど幸せじゃないの。
たとえ、この椅子が、地震で2階が落ちてきてつぶれてしまったとしても。

というわけで、私も少しモノを買うことにした。
泣いてばかりいたって、幸せは来ないから。
重いコート脱いで、出かけませんか。

by apakaba | 2012-04-25 22:17 | 生活の話題 | Comments(2)
2012年 04月 24日

娘の行きたい京都へ行く 2.娘の食べたいものを食べる

1.ゲストハウス金魚家のつづき。

二泊三日といっても初日と最終日の夜は駅弁だから、京都で食べられるチャンスは限られている。
第1回にも書いたとおり、この旅行は“わたし(娘の「コシヒカリ」)がおかーさんを連れて行ってあげる”という名目なので、食べるものも娘の希望を最大限に採用した。
息子二人に較べればまだかわいいものの、育ち盛りの女の子ってのは、あなどれず食べるねえ〜。
私も昔は、きっとそうだったのだな。
第2回は、食べたものを並べてみた。


娘の食べたいものを食べる

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つづき。育ち盛りのすごさを、思い知りました

by apakaba | 2012-04-24 19:15 | 国内旅行 | Comments(6)
2012年 04月 23日

真・善・美への問い——W・ユージン・スミス写真展「楽園への歩み」

W・ユージン・スミス写真展を、「マグナムにいた人」というくらいの甚だ乏しい予備知識しか持たないままで見に行った。
たんに、開催している会場が好きなギャラリーだったという理由だ。
御茶の水のギャラリー・バウハウスにはこれまでも何度も行っている。
本ブログでも二回、関連記事を書いた(是非!なんかやたらとがんばって書いてるわ!)。

横谷宣写真展「黙想録」——置換への断念/共有する感懐

gallery bauhaus 3周年記念特別展「The Collection II」

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予備知識も先入観もなかったことで、無心に見ることができた。
見ながら、写真という表現手段での真・善・美について、頭の中にさまざまな言葉が浮かんでいった。

ピッツバーグと日立で労働者を撮ったシリーズは、まさに本人のいうとおり「『芸術』と『ジャーナリズム』は対立するものではなく、両者は対等」だと感じさせられる。
鉄鋼業の街で立ちのぼる煙は、幽玄と最もかけ離れた土地に幽玄をもたらす。
肉体労働に従事する下層労働者の表情は哲人であり賢者であり、黙りこくって汗にまみれた顔の皮膚には長編の物語が刻まれる。
言葉でないやり方で、我々はそれを読む。

久々に目にするゼラチンシルバープリントの美しさには、毎度陶然となる。
なんてきれいなんだろう。
まるで、中国青磁のとろりとした肌合いを愛でるときのような気持ち。

だがなんといっても構図だ。
構図の完璧さには、幾度となく喉の奥で「ウウッ」と唸った。

スペインの村を題材にした「スペインの村のパン」の構図。
石造りの貧しげな路地、女が焼いたパンを大きな台に載せて家の裏口に入ろうとしている。
大きな台を頭上に掲げているため、女は完全に陰になっている。
円形のパンに陽が当たり、石造りの家や道にも陽が当たり、道の奥に犬がぼんやりと写り込んでいることで、視線は路地の奥へと誘導される。

「World War II」シリーズ、「硫黄島 海兵隊による382高地の爆破」の構図。
黒煙と白煙のコントラストは、モノクロならではの力強さで、悲惨をきわめた戦争写真であるにもかかわらず、思わず「美しい」と感じずにいられない。
破壊の瞬間に魅入られてしまう。

同シリーズ「レイテ野戦病院」の皮肉に満ちた構図。
教会を臨時の病院として使っているらしい。
広々とした空間の最奥部には荘厳な祭壇、その手前のベンチに黒衣の女性たちが並んでいる。
一番手前には、顔と両手を真っ白な包帯でぐるぐる巻きにされた裸の男が寝かされている。
覆面プロレスラーのようになってしまった包帯の隙間から、両目がこっちを見ている。
これも、(包帯の下の顔を想像すると)悲惨なのに、まるでフタユビナマケモノみたいな外見になってしまった男の寝姿に思わず吹き出してしまう。
思わず笑ってからあらためて包帯の隙間の目と見つめ合う。
聖と俗ってなんだ?
善と悪ってなんだ?
フタユビナマケモノみたいな男が問いかけてくる。

人物を中心に撮った作品では、当たり前のことながら、内面が出ている。
「カントリー・ドクター」シリーズのセリアーニ医師は、まるで映画俳優のような優男だ。
一見カメラの前でポーズを決めているかのようだが、その目は完全に放心しており、ユージン・スミスのカメラなどないかのようである。
「シュバイツァー」のシリーズには、「アフリカの聖人」と讃えられた偉大な男は写っていない。
トレードマークの眼鏡の奥の目は、決してカメラを見ない。
無表情なその姿は、希望や意志の強さよりも、悩みと孤独を感じさせる。
背景となっている、色彩にあふれているはずのアフリカは、モノクロのプリントのなかではひたすら茫漠として寒々しい。
見事な描写なのに「アフリカの聖人」らしさが表れていないという理由で『ライフ』誌と対立し、これをきっかけとしてスミスは『ライフ』を去る。

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代表作「楽園への歩み」の小さい女の子が、娘のワニータだ

そして大きな目がかわいらしい、小さい娘のワニータ。
「私の娘ワニータ」では、ネズミの死骸をきれいな箱に入れて花を飾り、その死を悲しんでいるワニータのあどけない表情をとらえている。
長いまつげにふちどられた目は残念そうにネズミを見つめ、唇が動いているので、なにかしゃべっているのだろう。
愛らしい声も聞こえてくる……音や声が聞こえてくる写真とは、撮っている人間がその瞬間を楽しんでいる証拠だ。
笑顔だけじゃなくて、悲しんでいるキミもほんとにかわいいよ。
もう少し成長したワニータのアップの写真もあった。
これはただ顔だけを大きく撮ったもので、背景などもいっさいない。
それによって純粋に娘の美しさに惹かれていることがありありわかる。

すてきな愛情の表現……と見とれていると、なんとその一枚は、私の見ている前で売れてしまった。
私より一足先に見学に来ていた女性が、
「これ、とってもいいわね!買って行こうかしら。サイン入りだし……」
と、60000円くらいだったサイン入りのプリントを、その場で買って持ち帰って行ったのだ。
だから、あのかわいらしいワニータのアップは、もうなくなってしまった。

私もその人に負けじ、と思ったわけではないが、展示即売をしているのを知って自分もほしくなってしまった。
有名な「ボブ・ディラン」のポートレイトを、オリジナルプリントではなく印刷ということでなんと10500円!しかもかなり立派な額装込み!
「これも最後の一点なんですよ。」
と、受付の方に言われたときの、えもいわれぬ優越感よ。おほほ。

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毎日見ててもいい男!

というわけで、会期はまだ長いが、即売品はどんどんなくなっていくので、一刻も早く御茶の水へどうぞ。

by apakaba | 2012-04-23 13:48 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(10)
2012年 04月 22日

旅行人文化祭

ファン歴25年の蔵前仁一さんと『旅行人』のこと
ポンガル@国分寺カフェスロー

1月・2月とつづけて、旅行人(旅を愛する人の雑誌・現在休刊)になじみの深いイベントに参加してきた。
そしてきのうは神楽坂のギャラリー「光鱗亭」で開催されている「旅行人文化祭(本日最終日)」にうかがった。
敬愛する作家の田中真知さんのトークイベントに参加するためである。

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グレゴリ青山画伯の出品のうち、一番うれしかったのがこれ。この表紙の特集「女たちの長い旅」には私のインタビュー記事も出していただきました。ブルーが、印刷の表紙よりもずっと美しい!

トークのテーマは、20年前のザイール川(現コンゴ川)を、奥様の裕子さんと二人で丸木舟を漕いで下ったときの、さまざまなエピソードだった。
これまで、本や雑誌などで断片的にその過酷な旅の模様は読んでいたが、写真を見たり現地で録音した歌や音を聴いたりしながら、たっぷり時間をかけてお話を聞いたのは初めてのことである。
写真の中のご夫妻は壮絶に日焼けしているし、病気やケガは場合によって命取りになるほど深刻なことだし、たとえ愛する人と一緒であっても、同じことをやりたいとはとても思えない。
それでもやっぱり、時間やいろんな条件に縛られず、自由に旅に出たいなという気持ちは、入道雲のように力強く湧き上がる。

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ザイール川の雲は格別

「旅行人」という雑誌が、そういう雑誌だった。
誌面に展開する旅の行き先は、まさしく世界中バラバラ。
それでも、今まで自分が少しも興味を持っていなかった“彼の地”の旅情報によって、次の旅先を決定したり、がぜん興味を持つようになって詳しく調べ始めたりするようになる。

定期購読をしていたころ、本誌が届くと、真知さんのページはいつも一番最後にとっておいた。
軽く読み流すことができない、一番楽しみで一番大好きな連載だった。

単行本『ある夜、ピラミッドで』に収録された「ある朝、シナイ山で」の最後の一行には息が止まった。
“こんな文章を書けたら……!”
背筋から身震いし、目で読みながら同時に読む声が漏れて、何年も何年も、その余韻が体に焼きついていた。
どれだけ憧れただろう。
こんなふうに書きたい、そして、こんなふうに人と出会いたい、歩きたい、と。

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石をとれ。サナギの殻を打ち砕け。そして荒野をめざすのだ。

「旅行人文化祭」は、あのころの灼けつくような感覚を思い出させるイベントだった。

会場には、私のネット友達も来ていたし、思いがけない人もたくさん来ていてうれしかった。
12年前、最後に行ったインドで、偶然知り合った作家の謝孝浩さんと、10年ぶりに再会できた。
年賀状などはやりとりしていたが、お会いする機会はもうないかなと思っていたのに、まるであれからほんのちょっとしか経っていないみたいで、なつかしさに胸がいっぱい。
インド・アジア映画評論家の草分け松岡環さんにも久しぶりにお会いできて、来週おうちにお邪魔することを約束する(超老舗月刊ニュースレター「インド通信」の発送作業のお手伝いをするため。私も10年以上行っているがここ数年ご無沙汰していた)。
また、旅行人執筆陣のなかでも大ファンだったエッセイストの森優子さんに、勇気を出して初めて声をかけた。
もう15年以上前、「旅行人」誌上で森さんが出品した読者プレゼントに当選して、感激して森さんにお手紙を書いたりしたことを話した。
他にも、「ファン歴25年の〜〜(上記リンク)」のコメント欄で案内をくださったライターの前原さんを始め、たくさんの執筆関係の方々、初めてお会いする方々と楽しくお話をすることができた。

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私の永遠のアイドル蔵前さんのカラー原画の数々。胸いっぱい。遊星通信時代のイラストにもひっくり返りそうになったぞ。皆さんの原画は、色彩が、印刷とは比べものにならないくらいに澄んでいた

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蔵前さんのイラストでもっとも胸アツになったのが、この「チャンディガールのクソあつい夜!」初出時には笑い死にしかけたよ!コルビジェ建築にもなんの興味もなかった時代。

トシをとること、は、ちっとも憂きことではない。
10年、20年、25年という長い単位で、初めてお話できたり、再会したりできるなんて、これこそがトシとることの楽しさだ。
私は子供もすっかり大きくなっちゃったし、これからもどんどん、楽しい出会いをしたいわー!

by apakaba | 2012-04-22 23:13 | 旅行の話 | Comments(4)
2012年 04月 19日

針の穴を通す写真を、撮れるか

高校入学当時は、友達に誘われてベースを弾き始めた「アキタコマチ」だったが、すぐやめてしまった。
楽器の代わりにカメラを持って、友達に呼ばれてライブハウスでの写真を撮り、バンド仲間ではだんだんと彼の撮った写真が評判になって、そのうち「チケット代はいらないから自分たちを撮って」と頼まれるようになった。
お金をもらわないからバイトではないけど、チケット代は2000円くらいはするので、まあ、子供にとって損ではない話だ。

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先週、滋賀の友達のメリーさんが吉祥寺にやってきた。
メリーさんがアシスタントを務めている、ミュージシャンのマーティー・ブレイシー氏のライブがあるためだ。
マーティーのバンドは一流のプロばかりだから是非来て!とメリーさんに言われ、
「『アキタコマチ』に写真を撮らせよう。高校生の演奏とはレベルが段違いということもわかるし、友達を撮るのとオトナのプロを撮るのとでは、緊張感がぜんぜん違う。いい経験になる。」
と考えた。

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吉祥寺のライブハウス「サムタイム」で、一部・二部とツーステージぶっとおしで聴いた。
マーティーのバンド The Edge は、ずっと聴きつづけていたくなる名演だった。
いい音を出す人は、写真にするのに“いい瞬間”をいっぱい持っている人であり、とくにマーティーはどう撮ってもいい顔をしている。

「アキタコマチ」は、カメラ3台を用意して張りきって行ったものの、会場の撮りにくさ(ホールの真ん中にバンドセットがある・まったくライトの当たらないメンバーがいる・客席との距離が近過ぎてお客さんの迷惑にならないように動き回ることが至難・しかも満員御礼)に意気消沈。
「こんなんじゃ撮れない……」と、しばらくふてくされていたが、そのうちに
「たいていの人は、こんな撮りにくい会場じゃとっととあきらめちゃうけど、それでも(写真の)うまい人は、きちんと撮るはず。オレもがんばる。」
と宣言して、果敢にアタックし始めた。

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「構図、構図がすべてだ。こういう暗い場所だと、ついつい明るさばかりを気にしちゃうけど明るさにこだわってたらなんにも撮れない。劇的な構図。」
そう、いい瞬間をモノにするのは、ほんのちょっとの図々しさと、針の穴を通す(ここから撮れる!という)ポイントの見極めの早さ。
ふてくされていては、なんにも撮れません。

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計400カット以上撮り、自分で厳選してメリーさんにデータを送っていた。
感心したというかあきれたのが、彼はちゃっかりiPadを用意して来て、ステージ前にメリーさんに挨拶しに行って、すかさず
「僕はこういう写真を撮れます(=だから今日の写真も、どこかで使ってください)。」
と、今までの友達のライブ写真をプレゼンしていたことである。
オトナ相手に、まだ17歳だよ。
こういう商才は、私にはないなあ〜。

会場にはプロカメラマンもいて、その人の写真はあとで見たらやっぱりスゴカッタ。
「なんだ、これじゃ無理だ。オレの写真なんか使ってもらえるわけがない。」
だが、翌日に写真を見たときの夫の言葉には感動した。
まずプロのほうを見せると、
「ふーん、こりゃプロの機材だから当たり前だよ。中望遠で寄って。100万円くらいするだろう、太刀打ちできねえよ。」
そのあと、「アキタコマチ」のを見せると、
「よく撮れてるぜ。お前、負けてねえよ。この辺、すげえキレイに出てるよ。」
(いや、負けてるのに……)「お父さんはやさしいね。」と二人で苦笑した。

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より難しい場所で撮ることも、オトナに臆せず自分から動くことも、同じ条件下で撮った自分より格上の作品を見て反省することも、子供には全部が大事な勉強だ。
それは、写真以外のこと、たとえば彼がめざしている料理の世界でも共通することである。

日曜の朝、「アキタコマチ」の行きつけの美容院から電話がかかってきた。
「あれ?今日、息子が予約してましたか?」
「いえ、予約ではなくて、『アキタコマチ』くんに用事があって。」
担当美容師の女性が、来月、シュウウエムラのヘアメイクコンテストに参加するため、ヘアメイクしたモデルさんの撮影を頼みたいとのことだった。
モデルは美容師さんの友達で、モデル事務所所属の女性らしい。
あいつ、いつの間に美容院にもiPadを持ち込んでいたのか。

「アキタコマチ」のライブハウス写真は、こちらです。
ライブハウスで撮影する(ブログ・子供部屋)
二つのライブの画像をたくさんアップしています。
是非ごらんください。


by apakaba | 2012-04-19 11:01 | 子供 | Comments(8)
2012年 04月 18日

最後の出社

3月いっぱいで自宅の塾を閉めたのだが、家にはまだ教材や看板などの資材が残っていた。
フランチャイズなので手元に残っているものはすべて返却しなければならない。
段ボールに入れて郵送してくれとマネージャーに言われていたが、けっこうな分量で郵送費が高くつきそう。
天気もいいし、都内を横断して自分で持って行くほうがいいな〜。

途中、新宿に大きく寄り道してお昼にした。
野菜中心の和食の店「あえん」からはがきが来て、「これ食べたい!」と思っていた「春 桜ランチ」を食べに行く。

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あえんのお得意のサラダ。ひじきと切り干し大根は食べ放題だが、白いごはんかお酒がないと、こればかり食べつづけるのは、私にはなかなか困難。これだけ食べてお代わりしている人もけっこういる

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白いごはんじゃなくてこういうわっぱめしです。分量は男性には少ないかと。私のようなおばさんで店内はいっぱい

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春野菜の天ぷら。放射性物質を気にしてか、今年の春はスーパーでも山菜がグッと控えめに並んでいる。春野菜が大好きなのでできるだけ食べたいのに!

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桜アイス。コーンスターチ多めというか、乳脂肪分少なめというか、ソボクなぽろぽろしたアイスクリーム

「あえん」の季節モノのランチは、はがきが来るとたいてい食べに行ってしまうが、いつも「やっぱり白いごはん(玄米や五穀米などでもいい、炊込みや混ぜご飯ではないもの)がいいなあ。塩分とり過ぎな感じになるな」と思う。
食事はうす味が好きなので、外食は喉が渇く。

伊勢丹でめずらしいビールを4本買って、フランスフェアのワインを2本買って、会社へ。
マネージャーに挨拶して資材を返却し、長年かよってもう二度と来ることのない社屋をあとにした。
会社は、この先、偶然通りかかるようなことはない場所にある。
“この街にもこの通りにも、二度と来ることがない……(あんなに来たのに……)”という感慨って、久しぶりだった。

都内を地図を見ながら運転するのも久しぶりで、楽しかった(カーナビないですから!)。

by apakaba | 2012-04-18 23:00 | 生活の話題 | Comments(2)
2012年 04月 14日

花は盛りに……

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毎日の犬の散歩道

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花は盛りに、月は隈(くま)なきをのみ見るものかは。
雨に対(むか)ひて月を恋ひ、垂れこめて春の行方知らぬも、なほあはれに情深し。


桜の花は満開のときだけに、月は満月のときだけに、見る(価値がある)ものだろうか?
目の前の雨に向かいつつ、見ることのできない月の姿を慕い、家に閉じこもっていて春の移ろいゆく姿を知ることができずにいることも、いっそう心に染み入るものだろうよ(拙訳でスミマセン)

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毎年、桜のころになると、たくさんの歌(和歌)が心に浮かぶ。
1年前は東日本大震災のすぐあとでひどくふさいでおり(その気分が、1年たっても基本的に変わっていないのがやるせないが)、桜を見て「さざ浪や志賀の都はあれにしを……」ばかりが浮かんでいた。
(その詳しい記事はこちら「今年の桜を見て思ったことなど」)

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この春の桜には、歌よりも、『徒然草 第百三十七段』がしきりと思い出された。
そういう年齢になったということだ。
“『徒然草』を読んでどう感じるか”は、その人のトシを測るバロメーターだと昔から思っている。
高校生が古文の教科書で読まされて「いいねえ〜」としみじみしている図は想像しにくい。

第百三十七段は、このあともずっと長く文章がつづく。
男女の情交にも触れ、京都の祭り鑑賞にも触れ、最後は“死”に対する姿勢にまで言い及ぶ。
ひとつひとつの例が、正鵠をずばりと射抜いているから、そのひとつひとつを自分に引き寄せて「そう、こういう恥ずかしい人いるわ」と思ったり「自分もそうかも。」と思ったりする。
もし最後まで読んだことのない方は、是非この春の機会に、北上する桜前線を慕いつつ、読み通してみてほしい。
本などなくても、今は「徒然草137」とか「花は盛りに」とか打ち込めば全文と現代語訳くらい出てくるから(ただ、私は古文を横書きで読むことには抵抗があるが。やっぱり読みにくいよ!)

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吉田兼好が比類ない名文家であることには、多くのひとに異存はないと思うが、この百三十七段の命は、冒頭部、いわゆる「つかみ」の部分だ。
「はなはさかりに」——たった7音。
「花」と古文でいえば、日本人みんなが心を寄せる、心を騒がせる桜の花のこと。
この7音だけで、読者の目の裏には晴れ渡る空に枝を伸ばす満開の桜が映る。
この章段全体を象徴し、印象づけ忘れられなくする7音。

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どんな名所の桜よりも、やっぱり地元の桜が好き。そういう人は実は多いだろう。それはきっと、地元の道を歩く自分とともにある桜だから。だから、地元に帰れない人には、どんな名所の桜を見せても、心から癒されることはないのだろう。と、散歩をしていて急に思った

言葉は、空から降りてくる。
言葉は、記憶の水底から浮かび上がってくる。
今年の春は600年以上昔の音、「花は盛りに」の音が降りてきたのだ(あるいは浮かんできた)。
徒然草137、セシウム137と同じ数字だ。
600年昔の言葉と、この国最大の議論の的が、ともにこの身に降りかかる。
600年前も今年の春も、桜が変わらずに咲く……この、果てしない気持ち……!

by apakaba | 2012-04-14 18:02 | 文芸・文学・言語 | Comments(4)
2012年 04月 10日

その後の着物活動!

ブログ更新もほっぽらかして、がんばっていますが……まだまだ、一人で全部着るには遠い道のりですね。
そりゃそうだ。
ふつうなら、月謝払ってしばらく着付けの教室にかよって着られるようになるのに、タダで親から教わって覚えようとしてるんだからねえ。
でもやってみるたびに、だんだんちゃんとしてきました。

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嫁入りのときに母が誂えてくれた着物の中で、もっとも格の高い訪問着と袋帯です。
10年くらい前までは「なんか着物に負ける感じで、私には似合わない」と思っていたけれど、ちょうどよくなってきた気がします。
年取るのも楽しいわね。

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夫の祖母が買っておいた大島の反物を、祖母の形見分けのときに、義母が誂えてくれました。
反物の写真を見たときから、「ウワアーこれ着たい!」と熱望していた大島を、やっと着ることができましたー!
帯は義母からの借り物。

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寄ると、ステキな大島でしょう!

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これも祖母の形見分けで出てきた反物を、私に似合う色に義母が染め直して、誂えてくれました。
大好きな明るい色。

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そしてつづれ帯も大好きな柄。粋でカッコいいでしょう!
この帯も祖母の形見。
帯留めは義母からの借り物。
光ってしまってよく見えないけど、飾り紋も義母が見本帳から選んでくれたのです。
アタマは、不器用な私の代わりに、器用な母が作ってくれました。
つまりアタクシは、祖母と義母と母のおかげでこういう姿になっているのであります。

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人形の刺繍は前と後ろについています。

私しか着る人がいないのでみんな喜んでくれて、これも孝行の一つかなと。

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ぜんぜん関係ない画像ですが。
私が着物を着て夫婦で遊びに行っている間、「コシヒカリ」は幼なじみの男子と、そのパパと、城ケ島へ釣りに行っていました。
成果はわかめと、ひじきと、このナマコ。

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今日の晩ごはん、超手抜き。
ヤンソンの誘惑・いちごとバジルのサラダ・桜のパン。

by apakaba | 2012-04-10 21:55 | ファッション | Comments(5)