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2012年 10月 31日

高校の文化祭・本編

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前夜の正門。
インテリア科の生徒たちが、真っ暗になってもまだ校門装飾を組み立てていた。

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グラフィックアーツ科がデザイン・印刷・設置をおこなっている、大型告知看板。
各科のイメージがデザインされている。

次男「アキタコマチ」の高校は、普通科ではなく、工業科である。
都立工芸高校というきわめてユニークな学校であり、中学生のとき、「ありきたりの普通科に進むより、お前にはずっと合っているだろう」と、夫が次男に勧めた学校である。
偏差値だけで考えたら、「アキタコマチ」はもうちょっと上位校に行けたかもしれない。
しかしまったく後悔していない。
偏差値の数字なんて、ここでの充実した高校生活に較べたらなんの意味もない。

先週末はこの高校の文化祭だった。
写真で簡単に案内していく。

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朝になると、ちゃんと校門装飾は完成していた。
今年のテーマは「レトロ」。
いわゆる“高校の文化祭”の飾り付けはもっと派手なものだが、一見、地味な装飾である。
だからここをさっさと通り過ぎていく来場者も多い。
だが、この中学生たちは、すでにここで立ち止まってしまっていた。
「すっげえ……!これって、ぜんぶ生徒がつくるの?うわあ……」
「え、この椅子も?この箱とかもだぜ?あっ、床もだ!」
ちらっとしか写っていないが、屋根裏の木組みを見てほしい。
ふつうの高校生、こんなものはつくれません。

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これこそ、本来的な意味で「レトロ」だ。
息子の属しているグラフィックアーツ科は、もと印刷科。
活字で活版印刷、どこかの博物館みたい。美しい。

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グラフィックアーツ科のお宝、エプソンの大判プリンタ。
4色が通常のプリンタのインクを10色使うという。

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これもお宝。
白いインクを使った印刷・インクを厚く盛る特殊印刷・皮革やフィルムやプラスチックにも印刷できるという。
こんなの授業で使っていたら、家庭用の小さなプリンタなどおもちゃみたいなもんですか?
だが残念なことに、こんなにプロ仕様のものを使っていても、グラフィックアーツ科の展示は印刷物主体のため地味である。

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手先の器用さがわかりやすいのは、やっぱりこういう実習作品かな。
食品サンプル、もうこのまま河童橋道具街に卸せる。

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陶芸部の作品は展示即売をしていてすごい人気。

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展示の花形は、なんといってもマシンクラフト科だろう。
定時制の生徒もいるとはいえ……こんなのつくる人を、私はとても「あの子」「子供たち」なんて呼べない!
ひれ伏すばかりだ。
マシンクラフト科は、女子が圧倒的に多いこの学校の中で、唯一男子が多い、昔ながらの男臭い“工業科”のイメージが残る科である。

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なんでも手作りしちゃうのよ……

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プロ裸足です。

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インテリア科。
将来、この人たちの設計した家やマンションに住む人がたくさんいるといいな。

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アートクラフト科の彫金体験教室も大人気。

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地下1階にこんな砂場があるとは知らなかった。
生徒たちが必死で砂に何かを埋めているような掘り出しているような?
なにをしているんだろう。

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アルミニウムを溶かして型に流し込み、砂に埋めて冷ましているのだった。
辺りに漂う異臭をものともせず、見学者が詰めかけていた。

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この体験コーナーでも、なにか金属を鍛えて、ものを作っていた。



この学校に来ると、いつも気持ちが明るくなる。
この人たちが卒業して、いろんな分野に散っていって活躍するんだな。
平凡な高校を出て平凡な大学を出て、“ほんとうの自分に合った仕事が見つからない”“ほんとうに自分を求めてくれる職場がない”などと嘆く人に、彼らはなりそうにもないな。

「アキタコマチ」が言うには、この高校の生徒は、“こんなすばらしい設備の中で、こんなに専門的なレベルのことを高校生で習える”ことで自分にもプライドが育ってくるし、友達同士でも互いに尊敬しあっているという。
自分にはとうていできないこと(マンガを描く・写真を撮る・服を作るetc.)をさらっとやってのける、才能にあふれた友達だから、ただ教科の点数を競うばかりの普通科では決して生まれないようなリスペクトと連帯感を持っているのだ。

「アキタコマチ」も同じことを言っていたのだが、私がなによりも大事だと思うのは、ここの生徒は、“あらゆるモノは、ゼロから誰かが作り上げたのだ”ということを、体験として知っているということだ。

世の中に、製品はあふれている。
しかし、ほとんどの人間は、それはそこにあったものだとしか思わない。
誰かがアイデアを出して、気の遠くなるような工程と、素材との試行錯誤を経て、やっと完成品にたどり着いている、そのカタチが、いま目の前にある「これ」なのだ、ということを、誰も意識していない。
誰かがゼロからモノを作ったということに思い至らない人間は、モノにも人にも敬意がなく、感謝を知らず、すぐ文句を言う。
だがここの生徒はそのことを体験でわかっている。
そういう目で、モノを見ている。
たとえば、ちょっと手に取ったチラシのレイアウトも、紙の質も、グラフィックアーツ科には気になる。
たまたま本棚にあった、活版印刷で刷られた古い文庫本をいとしく感じる。
他の科の生徒たちも、なにを見てもそんな感じだろう。
ふと座った椅子が気になる、照明が気になる、テーブルの花瓶が気になる、出されたカップが、運んできたウェイトレスの指輪が、身の回りのさまざまなデザインが、みんな気になる……「私ならこんなふうにつくるかな」「俺ならこの色にしないけど」「きれい。こんど真似してやってみよう」
それは、息子が卒業後に進む、一見この高校とまったく関係ない進路に見える「料理」の世界も根本は同じだと思う。

「アキタコマチ」は、いつも友達とこう話しているという。
「“消費するだけ”の側の人間にはなりたくない。“つくる”側の人間でいたい。」
風変わりな青春。
風変わりなこの高校は、きっと大人になってず〜っとたっても、彼らの母校でありつづけるだろう。
彼らに会うと、ニッポンはまだまだ大丈夫だなあと思えてくるのだ。

(私が参加したのはPTA編です)

by apakaba | 2012-10-31 18:10 | 子供 | Comments(4)
2012年 10月 29日

高校の文化祭・PTA活動編

先週末は、次男「アキタコマチ」の高校の文化祭でした。
私は今年度、文化委員会というPTA活動の委員をやっているため、主催コーナーの担当に行ってきました。
(昨年度は中学のほうで役員、今年度は高校で委員と、毎年毎年、やりたいと思ってないのにくじ運強く役を引き当ててしまいます。)

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前日準備の様子。
文化委員会のコーナーは、無料休憩所です。
お茶類とお菓子を提供します。
昨年度よりも来客数が増えて、1400人の方がここを利用しました。
お茶出しとお菓子の補充、各テーブルの管理、ごみ出しの分別などを行います。
コーヒー(粉末)・紅茶(ティーバッグ)・緑茶(粉末)を用意していますが、熱湯を出してはいけないという規則があって、そのため棒温度計(なつかしい)で測って、70度にします。
これがなかなかに大変です。
粉末は溶けてもティーバッグは色も味も出ないと文句を言われて、紅茶を大量につくっておいて70度に冷ましてから出す、という方式にその場で変更しました。
なんでこんなことで苦労するんだか。
小学校などのこういう会では、ふつうの熱湯を問題なく出していたのにな。

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9月末に、文化委員会のおもな仕事のひとつである「講習会」というものをやりました。
そのときに「アートフラワー」をつくりました(その模様はこちら→講習のダメな生徒
この会は大変盛況で、最後にはみんなで次から次へと作品を作り、「これを文化祭のときに販売して、売り上げ全額を被災地への募金にしよう」ということになりました。
ところが、前日準備でみんなが持ち寄ったアートフラワーを飾っていた矢先、学校側からストップがかかり、「販売希望の場合、事前に企画書を提出し、販売用の講習に出席していない団体は受け付けない」と言われました。
前日の夕方になってからそんな話になって、セッティングをしながらやきもきしましたが、委員長とPTA会長が一生懸命掛け合ってくれたおかげで(販売目的ではなく、あくまでチャリティーであると説明)、ぎりぎりになって承認が下りました。
よかった。

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小さな作品は200円〜。
大きな作品は400円〜。
この、「〜(から)」が大事で、それ以上払ってくれるのはもちろん大歓迎です、という意味です。

私は、募金箱当番になりました。
やってみて思ったのは、「募金って、けっこうしてくれるものだな」ということでした。
“被災地の子供が学習する機会を得るための基金へ、直接、全額寄付”するという説明を貼り出しているため、お花を買わなくても「ごちそうさま」とおっしゃって、休憩できたことへの“お礼”としてお金を入れていく方が多かったことと、400円のお花を700円で買っていったり、「友達に配るわ」とまとめて4つ買っていったりする方が何人もいらっしゃって、ビックリしました。
私が講習会で嫌々製作したお花も、400円ですぐに売れたんですよ。
二日間で、用意したお花は完売しました。
これはうれしかったです。

いくらたくさんの方が募金したといっても一人一人の分は少額ですから、収益は二日間で20000円弱くらいだったと思います。
20000円では、なんにもできないような気もしてしまいます。
それでも、私は「たかが高校の文化祭、二日間で20000円集まるなら、全国でこんな感じのことをやったら、かなりの金額になるのだろうな」と思いました。
被災地は忘れられていると報道でよく目にしますが、なんだかんだいっても、やっぱり善意って生きてるものだなーと実感しました。

(明日、文化祭の様子につづく。敬体ではなく常体で書くと思います)

by apakaba | 2012-10-29 23:00 | 子供 | Comments(2)
2012年 10月 26日

『ホテル・ニューハンプシャー』覚えてる?

今年は夫の誕生日プレゼントを買っていないので、お詫びに焼鳥屋に入った。
映画の話になると、夫が
「エマ・ストーンはかわいいなあ。」
と言う。
私も、今年知った女優の中でエマ・ストーンは圧勝の魅力だと思ったので、『アメイジング・スパイダーマン(レビューは「アメイジング・アンドリュー!」へ)』を見て以来何本かつづけて出演作を見た。
「かわいいよねえ、いいよねえ。あとアマンダちゃんね。」
アマンダ・セイフライドのことだ。
夫は、ここしばらくアマンダちゃんにだいぶ入れ込んでいた。

私 :アマンダちゃんは、かわいいし、ちょっとロリっぽくて、エロティックでもあるし、すごくはすっぱな雰囲気も出せるし、ほんとにいいわ。
なんで海外はいい女優が次から次へと出てくるんだろう?
でもさ、あなたは新しい女優もなんだかんだと知ってるけど、“昔は映画も(娯楽の一つとして)見ていたけど今はまったく見てない”という人も多いよ。
そういう人ってすぐわかるよ。いまだに「女優ではナスターシャ・キンスキーがきれいだ」とか言い始めるからね!

夫 :(爆笑)ナスターシャ・キンスキー!それは……古いな!

私 :そりゃナスターシャ・キンスキーはきれいだったよ。でもさあ〜。魅力のある女優がじゃんじゃん出てきてるのにいまだにそれはどうなのよ?って。

夫 :ナスターシャ・キンスキーは……『ホテル・ニューハンプシャー』に、出てたよな!

私 :ん、そうだっけ?

夫 :出てたよロブ・ロウと姉弟で。

私 :バカねちがうわよ、ロブ・ロウと姉弟だったのはあの人だよ。ホラ。あの人。

夫 :ちがったっけ?誰?

私 :ええとあの人。同性愛者の人。体外受精の。『羊たちの沈黙』のクラリス・スターリングの。

夫 :ジョディ・フォスター?

私 :そうそう。

夫 :そうだっけ?よく覚えてないな……でも出てたろナスターシャ・キンスキー。あ、なんかかぶり物かぶって。

私 :あの人は「熊のスージー」ね。

夫 :ぎゃっはっは!そうだ!(やたらとツボ。アーヴィングの原作を思い出したのだろう)

私 :でしょ、ロブ・ロウとジョディ・フォスターは姉弟だけど近親相姦だよね。あの家に、なんか悪い旅の奴(テロリスト一味)が来て、ジョディ・フォスターはそいつらと親しくなっちゃって、ヨーガの体位を教えてやるとか言って連れ込まれて一晩中帰ってこないのよ。
それで姉ちゃんが好きなロブ・ロウは心配してるんだけど、ジョディ・フォスターが部屋から出てきて、「全部知ってしまったわ。ナントカの体位も、牛の体位も」とか言うの。

夫 :……そんなのぜんぜん覚えてない。

私 :それで私は「牛の体位?どういうのだろう?」って、ずーっと気になってたんだけど、最近ヨーガを始めてやっとわかったんですよ。
牛の体位というのはようするに四つんばいになって、胸と腰を反らせるポーズのことなのね!それを毎週やってるわけだ私は。“これは『ホテル・ニューハンプシャー』だなあ”って、思い出すわけよ。

夫 :よくそんなセリフ覚えてるなあ。うーん、君の記憶力はすごいですよ。俺なんかまったくかないませんよ。

私 :いや映画の記憶力に関しては、私なんか「アキタコマチ」の足下にも及びませんよ。

いかにも飲んでいるときの意味のない会話だな……

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本文と関係ないけど今日のランチ。野菜の素揚げフォー。からかったです。そしてすごい分量でした。しかも生春巻と揚げ春巻とえびせんべいがつきます。油バンザイ

by apakaba | 2012-10-26 22:50 | 映画 | Comments(8)
2012年 10月 25日

娘の見た異界『千と千尋の神隠し』

銭湯、台北、千と千尋。娘の大事なもの」を書いてから、「たしかに、娘を台北まで連れていって、映画の舞台を見せたのに、自分が見ていないのはナンですね」と思い立ち、やっと『千と千尋の神隠し』を見た。

よかったです!
今まで長らく、宮崎駿作品は『となりのトトロ』『パンダコパンダ』『太陽の王子ホルスの大冒険』がいい!それ以外はダメ!と言ってきたけれど、前言撤回します。
『千と千尋の神隠し』が一番いいね!

寝る前に「コシヒカリ」が
「おかーさん、どうだった、どうだった?」
と聞いてくるので、簡単に感想を言った。

私 :よかったね!おもしろかった。(娘が満面の笑み) “異界への入り口”はたくさんある、ということ。“異界へ行くために、結界を越える”というモチーフが、何度も何度も出てきて、そこがよかったね。

「コシヒカリ」 :そうでしょう!そうなの!

私 :映画の中に、いくつもの“結界”が出てきた。異界への入り口はあちこちにあって、大人には気付かなくても子供にはわかる。だから『トトロ』でも、最初メイちゃんだけが異界へ越えていった。『ハリー・ポッター』の、ナントカと何番線ホームとかいうやつも。

コ :9と3/4番線ホームね!

私 :うん、それ。
トンネルを越える、橋を渡る、川を渡る、「ぜにいば」の家の門をくぐる——どれもが“結界”として用意されてるよね。それを千尋が一つ一つ越えていくたび、物語が動く。
茶道でも“結界”という言葉は使うんだけどね。穢れた自分と、その向こうの世界とを扇子を使って分けるのね。

コ :へえー。

私 :台北で、九份に行ったとき、あんなに観光地化されて観光客がゾロゾロ歩いている場所なのに、フッと脇道を見ると、真っ暗な路地があったりしたじゃない?(そのときの写真)あっ、ああいうところに、異界への入り口は用意されているのかもしれない?……って思うような。

コ :うんうん、そうそう!

私 :ちょっとぞくっとくる感じ。得体の知れないものを感じる感覚。そういうものの描き込みが、すごくよかったねえ。
“異界”や“異形のもの”は、なんにも特別なことじゃなくて、いつも日常の隣にあるのかもしれない。
そういう世界の描き方だね。
台北をヒントにしているようなところもたくさん出てきたし。あの、砂金が出たところとか、山道の神社の鳥居とか、トンネルとか、まさに九份と、金瓜石(その写真)の辺りにそっくりだったね。やっぱり、行ってよかったね。
はい感想はおしまい。もう寝なさい、おやすみ。

コ :そうなの本当にそうなの!ああ、やっとわかってくれる人がいてくれた。友達としゃべってても、「あれおもしろかったよねー」「感動したよねー」くらいで、話しあえる相手がいなかったの。
わたし、小さいころに見て、あの映画の世界にどれだけあこがれたか。
おかーさんがやっとあの映画のことをわかってくれたから、わたし、うれしい。
おかーさんが見てくれてよかった。おやすみ。

簡単にしゃべっただけなのに、「コシヒカリ」はえらく満足していた。

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夫の誕生日に少し遅れて、きのう「コシヒカリ」が買ってきた花

by apakaba | 2012-10-25 17:01 | 子供 | Comments(0)
2012年 10月 24日

中国西北家庭料理 沙漠之月に行ってきました

先週、飲みに行ったお店の紹介をします。

私のネット友達の、中国人の奥様インインさんがお一人で切り盛りしている、「沙漠之月(ブログこちら)」という、中国の奥地、西北部の家庭料理のお店です。

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お通しの茹で落花生、大好きなんです。
セロリとにんじんもいい食感。
これだけでも幸せ。

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干し豆腐、ああ〜これも大好物です。

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ロール状の蒸し鶏の表面にサフランを塗って風味付けをしています。
私はもっと香菜が山盛りでもいいです!
香菜大好きです。

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カウンター5席の小さな店内に、小さな対面キッチンがあって、そこからどんな食材があるのかうかがえます。
砂肝があったのできゅうりと和えてもらいました。
さっぱりしてます!
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冷菜がつづいたので、そろそろ温かいお料理。
キッチンになすがぽんと置いてあったのを見て、「私なすが大好きなんです。なんか作って」と頼んでやってもらいました。
豚の細切りと炒め合わせているだけなのだけど、よくある“中華炒め”とはちがう深みはどう出すのでしょう。
インインさんは「私は料理にはいっさい秘密なし、化学調味料とかもなしで、ほんとに家庭そのまんまの味でやっています。」と言います。
やはり、スパイスの使い方や自家製ラー油の調合のよさ、そして素材をシンプルに引き立てる調理方法がすべて生きているんでしょうね。

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豚モツもやわらかく煮てあったので、それも炒めてもらいました。
ピーマンやねぎをぶつ切りにして炒めただけだけれど、火の通りは完璧、このモツの味わいはなんでしょう。
私は、自分でモツ煮を作るときにはねぎ・しょうが・にんにくとともにしょうゆ味で煮込みますが、これは和食のモツとは別の、中華の風味がします。
香港の街角に流れているような香りです。

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ではそろそろ、インインさんの本領発揮!
手作り餃子を作ってもらいましょう。
手つきは力んでもいないしまったく急いでいないように見えるのに、魔法みたいにスルスルと皮ができあがっていきます。
あざやかとしか言いようがありません。

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すてきよーッ!
インインさんの手作り餃子を食べるのが、長年の夢だったのです。
これはインインさんの大好物のセロリ(グリーン種。ここが肝心)がどっさり入った餃子で、肉はほんのわずかしか入っていないので、さっぱりとして何コでも食べられます。
インインさんも「おなか空いた。」と、いっしょに食べました。
私たちは自家製ラー油(←バカウマ)と黒酢で食べましたが、インインさんはなにもつけずにさらにさっぱりと食べていました。
でも一般的な日本人の好みにも合わせて、ちゃんとふつうのしょうゆとふつうのお酢も置いてあります。
私のオススメは、そのままか自家製ラー油&黒酢だけどね!

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そして!
この日は、ラッキーなことに「ソーズ麺」が用意してありました。
ソーズ麺とはインインさんの出身地である甘粛省の郷土料理だそうです。
いつも用意されているわけではないので、予約のときに聞いてみてください。

「マシンがあるから簡単ですよ〜」と得意げに出してきたのは、この手回し麺打ち機(なんという名前かわからない)でした。
餃子の皮作りと同じく、どこにもバタバタした様子がないのに、にこやかにおしゃべりしながらこのように麺ができあがっていきました。
料理が嫌いで、ぐずぐずしてるかバタバタしてるかどちらかの私は、「おかあさんと呼ばせて!」とインインさんのふっくらした手にすがりつきたい気分です(だいぶ年下だけど!)。

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ソーズ麺ちゃん!ラヴでちゅよーッ!
女二人でさんざん飲んで食べていたので、一杯を二人で分けるくらいでいいかな?と内心思っていたのだけど、ぺろりと一杯食べられます。
トマトベースのスープと、しこしこした打ちたての麺、サイコロ状に小さくそろえられたかわいいトッピング、毎日食べても飽きないようなお味。
ちょうどイタリアンでいうならポモドーロみたいな麺料理です。
ソーズというのは、具材の豆腐や野菜の角切りのことだそうです。

おいしいだろうなとはある程度覚悟していきましたが(覚悟?)、ここまでおいしいとは思いませんでした。
友達のお店だからって、決して過剰にほめているのではありませんよ。
私は中国本土を旅したことはありませんが、中国通の人にも胸を張ってオススメできるお店です。
インインさんは東京で写真の専門学校に行っていたので、店内にいっけん無造作に貼られた写真は、どれもきっちりインインさんが撮った写真です。これも楽しい!

私は、×イチンロウ(←伏せているのでどこだかわからないと思いますが)みたいな、いわゆる日本の決まりきった“中国料理”にぜんぜん興味ありません。
ここのような味が、本当においしい中国の家庭料理の一つなんだな〜と、(食材の好みが私に合っているのもあると思うけど)感動しました。
家庭料理バンザイ。

池袋から歩いていけます。是非。
5人でいっぱいなので、予約の電話を入れましょう。

「沙漠之月」
豊島区東池袋2-63-15 アミューズ館パートⅡ 3階
18:30~23:00(LO 10:30)日・祝休
予約電話 08066349898

by apakaba | 2012-10-24 13:49 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2012年 10月 22日

銭湯、台北、千と千尋。娘の大事なもの

靴を好きな数字の下駄箱に入れて、木札の錠前を持って入ると、番台は無人。
番台をはさんだ向こう側の男湯から、お客なのかちがうのか判別できない男性が、声をかけてくる。
「今ねえ、番台がちょっと奥に入っちゃってるから。お金そこに置いていって。」
娘の分と二人分払って入浴した。
たまに来る、近所の典型的な東京銭湯だ(入口の写真はきのうの記事いつか恋する君のために 中学最後の文化祭の最後)。

「京都でもいっぱい銭湯に行ったけど(娘の行きたい京都へ行く4.新選組以外の目的地に所収)、東京の銭湯もやっぱりいいね、負けてないね。」

お風呂から上がって、服を着ていると、番台のおばさんが坪庭のある木の扉から風のように入ってきた。
丼と箸を片手で器用に持っている。
丼は遠目には犬の餌じみたぶっかけごはんのように見え、思わず娘といっしょに横目で追ってしまう。
おばさんは、先ほど男湯の脱衣所から首を出して声をかけてきたおじさんに向かってその丼を差し出し、
「先に食べたから。はい、これね、おにいちゃんのごはんね」
などと話しかけている。
“あのおじさんのこと、おにいちゃんだって!”
“お客さんじゃなく、やっぱりここの人なんだね。”
娘と目配せで話す。

風呂上がりのおばあさんが、木の床にためらいなく手やお尻をつき、半裸で元気よく体操をしている。
大きなパンツが裏返しであることに気がつき、教えてあげようとしたものの既(すんで)のところで思いとどまる。
“もしかして、二日穿くのかもしれない?昔の人だし、それがふつうの習慣なのかもしれない。もしくは、新しい下着を持ってきていないで、家まで裏返しで帰ってから取り替えるつもりなのかもしれない。だとしたら余計なお世話だわ。”

お釜型のヘアドライヤーは3分くらいで20円。
小銭がなくて娘に出してもらう。

帰り道、娘は
「ああもっと来たいなー。わたし銭湯が大好き。とくに雨の夜に立ち寄って……お風呂から出たら雨が上がってた、なんて、すごくいいな、やってみたい!」
などと喜んでいる。
「さっきのおばあさんとか、いきなり丼持って入ってきた人とか、おもしろかったね。」
と言うと、
「そうそう、ああいうの好き!昭和な感じで。」
昭和を知らない娘は、ふだんからやや昭和を美化しすぎているのだが、たしかにあの銭湯のなにもかもがまぎれもなく昭和だ。

やがて3月に二人で行った台北の思い出を語り始める(旅行記は胡蝶の夢ひらひら台北)。
「『千と千尋の神隠し』でも、ああいう丼のごはんとか出てきた。
おかーさん『千と千尋』は見たほうがいいよ。あのね、昭和な銭湯の感じと、まさに舞台になった台北の感じが交ざって出てくるの……何回見ても、ああこういうことだったんだなあって発見があるの。
わたし台北に行ってほんとによかった。あの感じ、ほんとに『千と千尋』そのもので……『ここだ!こんなだった!』って思うの。
映画を観てから台北に行くと、またあらためて感動して映画が好きになっちゃうの。」

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3月に行った台北・金瓜石(きんかせき)。娘のカメラに一瞬だけ霧がどいてくれた。『千と千尋の神隠し』の舞台のひとつと噂されている丘。旅行記では4.金瓜石と、犬写真に濃霧の写真あり

これまで、娘にはあまりいろんな体験をさせていないように思っていたが、それでもなんだかんだとしてきたんだな。
京都や東京であちこち銭湯に行って、映画の舞台に行って、ひとつひとつは断片的な経験でも、娘の中ではつながって、楽しくて大事な思い出になっていくんだな。

by apakaba | 2012-10-22 08:54 | 子供 | Comments(4)
2012年 10月 21日

いつか恋する君のために 中学最後の文化祭

娘の「コシヒカリ」の、中学最後の文化祭に行きました。
今年度から体育で「ダンス」が必修になったので、ダンスの発表がありました。
娘は、水泳なら学年で一番速いのにダンスは苦手のようで、後列でしょぼしょぼと踊っていました。
ダンスのうまい子が走るのが速いとか、バスケが得意とかいうわけでもないというのが体育のおもしろいところでもあり、残酷なところでもあります。
それで成績までついちゃうんだから、学校体育って、いったいなんなんだろうね。

私も母親の参加するコーラスに出ました。
この中学も、子供が9年間かよっていて、今年が最後です。
毎年コーラスに出ていました。
歌はたいしてうまくもないけど唄うのは好きだし、ステージに立つのとかが好きな目立ちたがりなんでねえ。
今日も前列でセンターとりましたよ。
って、順番で決まっただけだけどね!

9年も出ていると緊張もまったくせず、ステージから眺め下ろすと、自分の子供はどこにいるのかわからなかったけれど、うちに来ていた生徒(3月まで自宅で塾をやっていたので)が見ているのを見つけたりしておもしろかったです。
一曲目はいきものがかりの『風が吹いている』で、歌詞はJポップそのもののトホホな歌詞ながらも、唄うには元気いっぱいないい歌です。
ソプラノはすごい高音を出すんですよ。

二曲目は『花は咲く』という、東日本大震災の復興支援ソング。
こちらは歌詞が岩井俊二、曲が菅野よう子というすばらしい歌で、唄いながらみんな自分たちがぐっときて泣きそうになるような歌です。
今年は今までの9年でも圧倒的によかったと思いました。
母親のコーラスなんて見たくもないよカンベンしてよというのがふつうの反応だと思うけど(毎年、自分も参加しながら、なぜこのコーナーをつぶさないのだろうと疑問だった)、今年は真剣に聴いているのが、ステージから見てわかりました。
見ていたお母さんたちからは、「感動して涙が出た」とも言われ、練習が多くて大変だったけれど、最後の年もやってよかったなあと思いました。

私はもう一生、ステージに立ってコーラスをする機会はないでしょう。
いい思い出になりました。

自分の歌はまあいいとして、ダンスの発表の時間に、まるで高校の文化祭のような盛り上がりだったことには驚きました。
歓声、嬌声、掛け声、手拍子、コール、足を踏みならしたり、持っているものを振り回したり、ウオオオオッというどよめき……こんな反応は9年間で初めてです。
毎年、この中学の文化祭は、もっと先生に“やらされてる”感じがありありの、ちっともおもしろくない白けた文化祭でした。
それなのに、べつの中学みたい、いや高校みたい。
今の3年生がそういう子が集まっているかららしいですが、どの先生よりも長くこの学校を見てきた私には、感無量でした。

「アキタコマチ」は、体育館の暗さと照明のひどさと戦いながらステージの撮影をしていました。
「兄が妹の写真撮るとか、キモイ兄ちゃんに思われないかね?」
と私が聞くと
「オレはそんなふうには思われないから大丈夫。プライドにかけてかっこよく仕上げる。あの学校カメラマンなんかに負けない。そして校長室の壁にまた貼られる」
と、よくわからない挑み方をしていました。
運動会のときも、校長先生や学校付のカメラマンよりずっとうまく撮って、「コシヒカリ」が校長先生に「これを貼り出して」と頼んで貼らせた(貼らせたというのもナンだけど、実際そんな調子)「アキタコマチ」です。
自分がカメラを提げて中学に行くと「あっ、『コシヒカリ』のお兄ちゃんだ」と言われて人気なのをよくわかっているんですね。

娘は、青春の高揚のまっただなかから家に帰ってくるとくたくたになり、合唱コンクールで優勝できなかったことをひとしきり悔しがっていました。
ねぎらいのために、久々に銭湯が好きな娘を近所の銭湯に連れていきました。
お風呂の中でも、お釜型のヘアドライヤーを二人で並んでかぶっているときも、ずっと文化祭のことや友達のことをしゃべっていました。
おばあさんやおばさんたちは、娘をまぶしそうに目を細めて見ていました。

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花は 花は 花は咲く。
いつか生まれる君に。
花は 花は 花は咲く。
わたしはなにを残しただろう。
花は 花は 花は咲く。
いつか生まれる君に。
花は 花は 花は咲く。
いつか恋する君のために。

by apakaba | 2012-10-21 00:13 | 子供 | Comments(2)
2012年 10月 17日

ハチノス、どう呼ぶ?

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数日前に次男「アキタコマチ」がつくったディナー。
豚ロースのソテーにマスカットとパセリバターソース。
もとは舌平目で作るものらしいが、舌平目が手に入らなかったので肉にしてみたが、やっぱり舌平目のほうがおいしかった気がする。
レモンであっさり引き締めたほうがよかったかな。

トカナントカ、高3の秋にしては、大学進学をしない「アキタコマチ」は気楽に暮らしている。
せめて語学だけでも身に付けろということで、英会話を始めた。
義母(おばあちゃん)がかよっているのと同じ、スリランカ人の女性の先生のおうちに上がってお話してくるらしいが、ほんとに身に付くのかな?

とりあえず、習うのがスリランカ人からというのが私にはおもしろく感じられる。
そのうち、スリランカのおうちに遊びに行かせてもらったりする機会もあるかな〜、なんて。

義母が「孫はがんばってますか?どんな感じですか」と先生に聞くと、先生は「『アキタコマチ』は、sweetだ」と言ったとか。
スイート?
って、どういうニュアンスなんデスカ?
英語にうとい私には実感しにくいが、おばさんの外国人にsweetと言わせるとはなかなかのオババキラーであることよ。

料理の話題を中心にしているという。
「アキタコマチ」は、この前、トリッパを一から一人で作った。
いつもは私がハチノスを買ってきて、下ゆでからすべてやっていたのだが、「オレが一人でやってみたい」と言うので初めて全部一人でやらせた。
おいしくできたので、きっと先生にも自慢したのだろう。
先生はスリランカ人といってもクリスチャンなので、なんでもタブーなく食べる。
トリッパも好きだという。

「でも何て説明したの?英語でハチノスって?beeのなんとやら……とかって言ったの?」
「ちがう。“ハチノス”という言葉は、日本語で言った。」
「へえ!それで先生に通じたの?」
「うん、先生はハチノスが好きなんだって。でもなかなか手に入らないから食べたいって。」
「へええー!それでハチノスって、英語でなんていうの?」
「それがねえ。ハチノスはねえ。なんと、英語で“タオル”っていうんだって。」
「タオル?」
「うん、towel。」
「柔毛突起ってやつですか……でもハチノスがタオルとは、国が変われば言い方も変わるんだなあ。」

でもタオルはどっちかというと、ハチノス(第二胃袋)よりもセンマイ(第三胃袋)のほうが似つかわしい気もする。
センマイは、なんていうんだろ。
ミノ(第一胃袋)は?
ギアラ(第四胃袋)は?

ハチノスを英語でタオルと呼ぶなんて、知らなかったな。
ていうか本当だろうか!
誰か教えて語学に詳しいひと。

by apakaba | 2012-10-17 16:30 | 文芸・文学・言語 | Comments(2)
2012年 10月 12日

祝・ノーベル文学賞。豊乳肥臀/莫言(ばくげん)

きのう発表されたノーベル文学賞の受賞者は、中国の莫言(ばくげん・モオイェン)だった。
受賞は村上春樹だとばかり思っていたから驚いたが、それより、日本では知名度が高いとはいえない氏の名前を、「見たことある……いや、一冊読んだことがある」と思い当たった。

2000年2月にレビューを書いていたので載せてみる。
昔書いたレビューってハズカシイけれど、受賞祝いということで。
昔読んでおもしろいと思った人が受賞するのはうれしい。
おめでとうございます。

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本文と関係ないけどきのうの散歩中の空


豊乳肥臀

ある日の日本経済新聞日曜版に、本書が面白いという書評が出ていたので、翌日さっそくこの本を買って読んでみた。
中国では20世紀最後の文学界の巨匠・莫言(中国語ではモオイェンと読むらしい)の長編小説にして、刊行直後に発禁処分の憂き目を見た本である。
中国では、この程度の性描写でも発禁処分になってしまうのだろうか?
たしかに主人公が「乳房」に吸い付く場面が多いけれど……。

「豊乳肥臀」とは、大きなおっぱいに肥えたお尻、つまりグラマーという意味だ。
主人公と8人の姉たち、そして彼らの母親の、数奇な人生を描く。
主人公の男・上官金童(シャングアン・ヂンドン)は、13歳になるまで乳以外の一切の食物を拒絶してきており(ヘンタイというと簡単だが、学術的にいうと、恋乳拒食症児というそうである)、女性の乳房に対して異常な執着を持っている。
乳がなければ生きられないので、しまいに山羊を連れて歩き、お腹がすくと山羊の乳房に食らいついていた。
山羊と女性の乳房はまったく別物だと思うが、これがふつうの食べ物にうつるまでの妥協点だったらしい。
母と姉たちはそろってグラマーな身体と並はずれた美貌を持っていたが、激動の近代中国の大きな波に、その美しい身体は惜しげもなくなぶられつづける。
ある者は発狂し、ある者は女として生きることを拒み、ある者は近親相姦寸前。
一歩まちがえればただの色物になるところを、すれすれの品位を保って、大国がいかに現代の運命を突き進んでいったかという読者の時代的な興味も満たす。

久々に、小説らしい小説を読み切った!というサワヤカな読後感が残った。
私にとっては、中国という国はほとんど興味の対象から外れており、したがって中国の小説を読んだのもこれが初めてだったが、予想以上に、面白かった。

読みながら、しきりとトルストイが思い出された。
トルストイは執拗なほどの人物描写によって、登場人物が膨大な数に上るに関わらず、読者の頭にそのひとりひとりを鮮やかに刻みつける。
それが、トルストイ以上、とは言わないまでも、莫言の人物描写も負けてはいないのである。
読者は、主要な人物それぞれの、頭のかたち、額のかたち、耳たぶのかたち、鼻のかたち、顎のかたち、上腕のかたち、指のかたち、体中のなにもかもを、徹底的にたたき込まれていく。
しまいには誰でもすらすら似顔絵を描けそうなくらいだ。
こういうのは、もう小説を読む快感としかいいようがない。
この小説では、ひとつ決定的にトルストイに勝っている点がある。
女性の登場人物に限られるのだが、人物描写に必ず「乳房のかたち」が加わることである。
なにしろ乳房フェチのヘンタイ主人公が一人称で話を進めていくのだから、これ以上の観察力はない。
私も、女性の登場人物の乳房は全部思い出せる。これにはさしものロシアの文豪も叶わない。

吐き気を催す、地獄絵のような光景もあれば、面白すぎる漫画を読んで笑いをこらえきれないときみたいに笑ってしまう奇妙な挿話もあり、長い映画を見ているように楽しかった。
興味薄だった中国の小説がこれほど面白いなら、この世界中にはまだまだ読むべき本は尽きないなと思い、この小説を読んだのを機に、いろいろな国の翻訳小説を読み始めた。
(2000年2月16日)

by apakaba | 2012-10-12 08:27 | 文芸・文学・言語 | Comments(4)
2012年 10月 11日

日本文化ってすてき!「お伽草子 この国は物語にあふれている」

サントリー美術館の展覧会によく行く。
一昨年2回、昨年2回、今年は3回。
質量ともに、いつも満足させれくれる。
併設カフェは加賀麩の名店「不室屋」が入っているから食事やお茶にもかならず寄るし、「玄鳥庵」という茶室があって隔週木曜日に点茶席を設けているので、そこにも寄ることがある。
不室屋でごはんを食べてから展覧会を2時間ちかくゆっくり見て、締めくくりに薄茶席に入ったりしたらもうそれだけで半日滞在することになるが、ここでなら、バカみたいに混む「印象派絵画展」だのなんだのといった大型美術展よりずっと気分よく過ごせる(ただし夏は冷房がきつい)。
ここに来ると、食事やお茶も含め、日本人でよかったな〜、日本文化ってすばらしいなあー、としみじみする。

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「お伽草子 この国は物語にあふれている(公式ページこちら)」を見て、ますます日本人と日本文化が好きになった。
室町時代から江戸時代初期にかけて作られた短編の小説を「お伽草子」と総称する。
しばしばユーモラスな絵を伴うが、その絵の技量の高さにまず目を奪われてしまう。
とくに室町前期までの、初期のお伽草子絵は、鎌倉時代までの絵巻物の伝統を踏襲しているため、人物も背景画も、お屋敷の絵も、気品のある作品が並ぶ。
ストーリーも奇想天外で、見学者たちは皆夢中で現代語訳を読み、声を出して笑ってしまったりもしているのだ。
こんなハイレベルなものが生み出され、庶民の娯楽として流布していたとは、戦乱の世も後世の人間から見れば悪くない。
たまにあまりにも話がお下劣だったり、あまりにも絵がへたくそなものもあったりして、それも見る者を呆然とさせて愉快である。

人間の欲、とくに色欲には身分の高低など関係ないという風刺精神もきわだっている。
やたらと妖しい「美女」が出てくる。
「美女」の美しさに負けて、高僧が腕に抱いた途端、美女の体が水に変わって流れてしまう絵。
美女の着物からザーッと水が流れ出している瞬間の絵は、言葉を尽くした小説よりもはるかにショッキングだ。
また、「おようのあま絵巻」の絵は、一人暮らしの老法師の庵に、いままさに「御用の尼(なんでも売り買いし、男女の仲までもとりもつ老尼)」がやってきたシーンまでしか展示されていないが、このあとの衝撃的な展開の解説には「うわあ……」と声をあげている人がいた。
おようの尼は、若い美女を斡旋すると言いながら、老法師をあの手この手でだまして自分がベッドインしてしまうのである。
翌朝、尼の老婆を抱いたとわかって言葉も出ない法師と対照的な、したたかな尼。
平安時代までは、文学というものは読み手も書き手も貴族だったため、このような風刺作品はありえなかった。
もちろん、清少納言のような超インテリ女がほぼ名指しで誰かを批評したりするということはあったが、身分社会を堂々と笑い飛ばすという態度は、まさに戦乱を経た新しい社会の到来を告げている。
文学の世界でも下剋上が起こっていたということである。

本展覧会は大きく5個のテーマにわかれているが、室町後期から江戸にかけての「異類・異形への関心」という最後のテーマのコーナー(一部は第3・第4章にも重複して作品あり)はとりわけおもしろかった。
鼠や雀が主人公になった物語では、なんといっても絵が愛らしい。
雀が出家すると言い出し、ふくろうに頼んで“髪を下ろす(ボウズになる)”場面など、馬鹿馬鹿しさ(そもそも髪なんてない!)と、決意の固さがうかがえる雀とふくろうの顔つきがけなげでかわいくて、絵を描いた作者の、生き物へのこまやかな愛情が伝わってくる。
「鼠草子絵巻」の鼠たちも目がきょろきょろして愛らしいのだが、そもそも人間の姫君を見初めて結婚してしまうという荒唐無稽な話であるのに、読んでいるうちにいつの間にか、正体がばれたあとの主人公の鼠「権頭(ごんのかみ)」のかなしさに心が寄り添ってしまうのだ。
これも、ストーリーのうまさと愛らしい絵の生み出す相乗効果だろう。

この時期の話の仕立てのうまさは、当時、政治の実権を失い、暇を持て余していた公家などの知識階級がお伽草子を作っていたことに因る。
かつての栄光の時代をなつかしんだインテリ層が、自分たちこそ伝統文化の護持者であるというプライドをお伽草子の制作にぶつけていたのだ。
だって、鼠のくせに(鼠のくせに?)、歌がうますぎるではないか。
次から次へと、哀切に満ちた歌を詠んでは読者の涙を誘う。いや、泣いてないけど。でもかなりビックリはした。

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展覧会の興奮は不室屋の加賀棒茶でクールダウン!クールダウンといっても、実は冷房がきつくて温まりたかったのだけど!加賀棒茶は高級ほうじ茶で、上品なお味です。

お伽草子という大きなくくりの中で、屏風絵であったり、絵がない文章だけの本であったりとさまざまな展示がされていたが、私が息を呑んで長時間立ち止まってしまったのは、最後の第5章のコーナーにあった、いっさいの文章を排し絵だけで構成された絵巻だった。
『百鬼夜行絵巻』
京都・大徳寺の真珠庵の所蔵品であり、重要文化財である。
他にも数点の『百鬼夜行絵巻』が展示されているが真珠庵本の足下にも及ばない。
ドキドキ、ぞくぞくしてくる。
墨を付けた絵筆だけで、この妖怪の足の筋肉をこんなに躍らせているのか。
紙の上で静止しているのに、アニメを見ているようなのだ。
右から左へ、絵巻の終わりに向かって、動いているとしか思えない。
音楽や奇声まで、この古ぼけた紙から聞こえてくる。
疾走するもの、跳ね回りながらついていくもの、のっそりとあとについていくもの、身体の重さやスピード感まで、描ききっているとは。
これが現代に残っていてよかった。
見ることができてまったく幸せである。

会期終了までまだあるので是非。
日本人であることと日本文化に、誇りを持てます。

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不室屋のあんみつは求肥のかわりに生麩を使っています。

*以前書いたサントリー美術館関連記事はこちら→交じることで無二を生み出す——南蛮美術の光と影 泰西王侯騎馬図屏風の謎
このあとも数回行っているのだけど、感想を書きそびれていました。
今回は、感動を忘れないうちに書きました!

by apakaba | 2012-10-11 16:39 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(2)