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2013年 02月 25日

祝・アカデミー賞4部門受賞!『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』

映画には、当たり前だがおもしろい作品とおもしろくない作品があり、おもしろい映画は、さらにふたつに分けられる(もちろん、その基準は個々の判断だ)。
ひとつは、“見ている間は楽しんでいるのに、終わったとたんにその話のことをすっかり忘れてしまう”作品と、もうひとつは“何日経っても、見ていたときの余韻が体に残り、気がつくといつの間にかその映画のことを考えている”作品。
『ライフ・オブ・パイ/トラと漂流した227日』は、まちがいなく後者だった。
一度IMAX3Dで見て、いつまでも頭からこの映画が離れず、もう一度3Dで見に行った。

今日、アメリカで第85回アカデミー賞の発表があり、数々のライバル作が並ぶ中、本作は監督賞・撮影賞・音楽賞・特殊効果賞という今年度最多の4部門で受賞した。
二度見に行った作品がこんなに評価されたのはうれしかったけれど、少し不思議な感じもした。
もっと観客の動員数が多い作品もあるし、もっと観客の涙を絞り出した作品もあるし、もっと現在の社会の問題に焦点を当てた作品もあったはずだ。
それなのに、いくら原作がヒットした小説だといっても、主演は無名の新人だし、そこまで注目される作品だろうか?
これはやはり、“いつまでも、余韻から離れられない”という、映画本来の魅力を皆が感じ取ったからにちがいない。
あらためて今日、あれはいい映画だったのだなと思える。

公開されてから日が経っているので、すでにたくさんのレビューがネット上にも現れている。
今さら私が書くことなどなにもないけれど、「おめでとう!ライフ・オブ・パイ!」という意味で、簡単に感想を記しておく(結末箇所に触れるのでこれから映画を見る人は注意)。

南インドの旧フランス領ポンディシェリーで育ったパイ少年が主人公だ。
父親はすばらしい動物園を経営していたが、やがて一家はカナダへ動物ごと移住する。
貨物船での旅の途中にマリアナ海溝の辺りで船が沈没し、家族を失い、救命ボートで荒海に投げ出されたパイは、数種類の動物とともに漂流することになる。
最後まで生き残ったのはトラであり、パイはトラとふたりきり、太平洋で過酷なサバイバル生活に入る。
その異常な体験を、大人になったパイが、ある作家に語って聞かせる、というストーリーだ。

大人になったパイが語る「動物との漂流体験記」は、実はハイエナは船のコック、オランウータンは母親、シマウマは乗員の仏教徒、そしてトラがパイ自身の野獣性を表している(ボートに乗っていたのは人間だけ)——というのが、ネタバレというかパイも話している「もう一つのストーリー」だ。
本当にトラが乗っていたのかどうかも含め、この話にはこれでもかというくらいの符牒がちりばめられている。
全編に伏線が張り巡らされている。
それを、謎解きよろしく目を皿にして見破っていこうと試みるのも楽しい、しかし、私が見終わってまず最初に、なによりも強く感じたことは、謎解きではなかった。
もっとシンプルなことだ。

トラの姿は、神(信仰)の具現した姿だ、ということ。

トラは、観客が寓話的に期待するように(たとえばパイに忍び寄るサメをトラが撃退してくれるとかいったこと)、パイの生存を助けてはくれず、逆にほとんどずっと命をおびやかし続ける。
ほとんどずっと腹を空かせて怒っている。
パイはトラをどうにか怒らせないよう、飢えさせないよう、命がけで工夫を重ねていく。
だが満足しているとき(腹一杯食べ、水を飲んで海が凪いでいるとき)、トラは凪の水面のように静かだ。
なにもしていないその姿は、美しく気高く見える。
海に向かって佇むトラが、「なにを見ているんだ?」とパイに聞かれ、答えるわけもないが背中越しに少しだけ顔をパイに向けるところなど、一瞬のカットなのにグッと胸にくる美しさだ。
なにを考えているのかつかめない。
幼いころにパイの父親が忠告したとおり、「トラは友達じゃない。心が通じ合うことなどない」、だがただ存在するだけで、畏怖と美を存分に味わわせる。
飼い馴らすことなどできないけれども、とにかく共に生きる、いや、これほど共にいるのが困難なのに、共にいなければ生き延びられなかった、この得体の知れない巨大なもの——すべてが“神への信仰”のイメージに、ぴたりと重なる。

昔、真夏にイスラエルのネゲヴ砂漠をレンタカーで縦断したとき、
「彼らの言う“約束の地”がどこにあるかなど、どうでもいいことだ。とにかく彼らは、その“イメージ”を信じて、この苛烈な自然の中で生きていく。」と感じた。
神は姿を現すことがない。
神はイメージだ。
しかし極限の状態でなら……もしかしたら……像を結ぶことがあるのかもしれない、そう、救命ボートの上のトラのように。

冒頭とラストに、天国も用意されている。
インドの歌手ボンベイ・ジャヤシュリーの天上の歌声で始まるオープニング、動物園の映像はまさに天国だ。
脳内にセロトニンがあふれ出し、うっとりとした幸福感に包まれる。
そして冒険の話を語り終えた大人のパイが、家族を出迎えるラストの家の風景は、パイがインドを離れ、凄まじい体験をしつつさまよい続けた果てに再び築いた、もう一つの天国である。
そこでまたジャヤシュリーの歌声。
中盤は、嵐の轟音やトラの咆哮ばかりが耳に届いていたのに、最初と最後にこの世の天国を表現している。
天国と、そこから出てさまよった“227日”は、3Dの映像効果により、ますますお互いを引き立て合っている。

パイの初恋の少女が「なにか聞いているのよ」と、トラのしぐさを真似るほんのちょっとした表情や、船が出航した後センチメンタルになっているパイに、母親が「これからもずっと、人生は続くのよ」と言い聞かせるごく短いセリフなど、なんでもないように見える細部がなぜか心に残る。
「とびきりおもしろかった!」「感動して泣いちゃった!」というような映画ではないのだが、これがやはりアン・リーの力なのだろう。

さて、トラは、本当にボートに乗っていたのか。
パイの心の分身なのか。
私が感じた“神のイメージ”がトラだということと、“パイの野獣性の具現化”がトラだという解釈は、別のもののようで同じことだ。
信仰も、己の分身も、すべて自分の中に、たしかに存在するということ。
それは、はっきりと割り切れるものではない。
永遠に続く数、パイ(π)のように。

*アン・リー監督作品で一番好きな『ラスト、コーション』のレビューはこちら→『ラスト、コーション——セックスで露呈されていく相克』
当ブログで、なぜかつねに検索トップのレビューです。

*予告編ではコールドプレイの『Paradise』が流れているが本編では採用されず、ややガックリ。似合うのに。しかし音楽はコールドプレイの力がなくても、ほんとにすばらしい!

*インドの名優イルファン・カーンとタッブーが出演していて、インド映画ファンにはうれしい限り。イルファン・カーンの読み切れない表情はπそのもの。タッブーちゃんの老け方には驚くがやっぱり今もキレイ!

by apakaba | 2013-02-25 21:07 | 映画 | Comments(8)
2013年 02月 22日

人間の時間と、犬とか他のいろんなものの生きる時間

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2月22日、にゃんにゃんにゃんの猫の日、コーシローの誕生日です。
7歳になりました。
餌と散歩のときだけ、このとびっきりの表情をします。

私が年を取るよりずっと早く、年寄りっぽくなってしまった。
生きる時間のちがう者と暮らすのはおもしろくて悲しい。
人間の時間と、ハムスターや金魚や、木や、地球の時間。
生きている時間の長さがちがう。
生き物じゃないけど、建築物も。
周りの物事を、なんでも人間の時間に当てはめて考えてしまいがちだけど、それはまるっきり的外れなことなんだなあ、と、ここ最近の、犬の老けっぷりを見ても感じますね。

by apakaba | 2013-02-22 18:51 | 生活の話題 | Comments(11)
2013年 02月 15日

おとといの昼に聞いたおしゃべり

新宿にある、気に入りのフォー専門店へ。
気軽な食堂なので、昼休みと重なるとオフィス街から出てきた人でいっぱいになる。
内定をもらったばかりの学生向けに研修会かなにかがあったのか、若い男女に座席を取り囲まれてしまった。

女子は言葉遣いが悪い。
「あーあ、お腹すいた。なにこれマジ激ヤバうまそう!」
私の隣に座った子はそう叫び、向かいに座った子たちと研修の内容についてしゃべっている。
向かいに座った子の一人が、
「電話の応対とか大変そう〜。もうさ、話すのヤだから片っ端に留守電に入れちゃいたい……」

ん、“片っ端から”じゃ、ないのか?

フォーをすすりながら疑問に思うが、もしかしたら若い人はわざとこういう言い方を使っているのかな。
たとえば「オレがここにいる意味じゃね?」みたいなの。
(「オレがここにいる意味がないんじゃないか?」ということらしい。)
尋ねるわけにもいかないので放っておくが、「片っ端に」がいつまでも気にかかる。

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豆乳スープと明太子のフォー

しゃべっている女子たちの向こうには男子がいて、その一人がけっこう大きな声で
「いや、オレは、もし結婚して、嫁が主婦だったら、弁当を持っていきたい。ランチにこういう店には入らないよ。」
と相手の男子に言う。
女子たちの空気がピキーンと凍りつく。
女子グループと男子グループは一緒に入ってきたが、まだ知り合いではないようで、きっとこれから新入社員同士、知り合うのだろう。

いつも昼は家で一人で食べているので、たまに外で食べると、自分がなじんでいるのと別の世界の人間を見ることができておもしろい。

by apakaba | 2013-02-15 23:02 | 生活の話題 | Comments(4)
2013年 02月 14日

受験が終わって

受験秒読みの子にかける言葉と、父の命日にの話の続き。
娘の「コシヒカリ」の高校入試は、一勝二敗、なんとかひとつ合格したので二次募集に走り回らなくて済みます。
皆様、温かいお言葉をありがとうございました。


息子たちの高校受験のときは見に行くことがなかったのに、今回は三日続けて私が発表に行ったので、なんだかグッタリ疲れた。
「コシヒカリ」は結果を聞いて、「うわーーーーーーん!」と両目から涙を放物線のように撒き散らして泣いた。
しかし一晩たつと、泣き腫らしてはいるが表情はすっきりしていて、中学から帰ってきたらけろりとしていた。
涙は心のデトックスとは本当なんだなあ。

「チャレンジ校はともかく、実力相応校にも落ちたんだから、それは実力が足りなかったってことでしょう。」
と私が言うと、間髪入れず
「ちがうよ“実力”が足りないんじゃなくて“努力”が足りなかったの。」
と言い返す、減らず口にあきれかえる。

今日は、制服などの指定用品の買い物に行ってきた。
「ササニシキ」も「アキタコマチ」も、幼稚園時代以来、一度も制服を着たことがなく、「コシヒカリ」は幼稚園さえ私服だったから、初めての制服に緊張している。
「友達できるかなあ……。」と、心細そうだ。
でも高校の校舎内を歩き回るうちに元気が出てきて、
「わたしがんばる。ちゃんと勉強する。生徒会長になろうかなあ。」
などと言っていた。

おととい、自信満々だった“実力相応校”にも落ちてしまった夜、「コシヒカリ」は早々に夕食を終えて部屋に引っ込んでしまい、あとの4人で食べていた。
「ササニシキ」は、近所のなかなか評判のいい塾で、塾講師のバイトをやっている。

サ :「コシヒカリ」もオレの塾に入ったら。オレの生徒も、高校からバリバリやって、大学はけっこう上位校を狙えるようになってるよ。

夫 :そんな塾に入れるより、教科を分担して家で教えようぜ。お前(「ササニシキ」)、英語と社会な。俺、国語。

私 :えっ、あたしも国語!

「アキタコマチ」 :数学いないけど?

夫 :大学受験に数学なんかいらねえよ!

ア :でも教科かぶってるよ。国語ふたりいるよ。

一同 :………………。

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春されば まづ咲く宿の梅の花 独り見つつや 春日暮らさむ。
でもうちはひとりじゃなくて、いっぱいいる。

がんばれ「コシヒカリ」。
涙の数だけ強くなれるよ。
アスファルトに咲く花のように。ほほほ。

by apakaba | 2013-02-14 10:33 | 子供 | Comments(10)
2013年 02月 11日

父の命日に

ここに亡父の話題をちょくちょく書くので、もしかしたら私はファザコンとか同情を引こうとしているとか思われているかもしれない。
私は、むしろ薄情な娘だった。
小学校でも活発にふるまっていたし、死んだ当日は驚きと恐怖で泣いたが、その後、父への思慕で泣いたこともなかった。
実はお墓参りにもぜんぜん行っていない。

私が父の死を“ネタにした”のは、小学校4年生のとき一度きりだ。
学年の修了を記念してクラスで詩集を作ることになったが、皆「もうすぐ春」「クラス替えしても云々」といった平凡なものしか書けなかった。
みんなとちがうことを書いて、目立ちたかった。


人はなぜ死ぬのでしょう
人が死ぬとたましいが
天に帰るといいます
死んだ人たちは天国で
楽しく遊んでいるかもしれません
でも
残された人の心は冷たく
こおりついてしまいます

もうすぐお父さんの一周忌
お父さんが死んでからの一年は
とっても早かった
病院のろうかをかけていったとき
目を真っ赤にしていたしんせきの人たち
それを 私は わすれない


こんな詩を書いた。
「ぐすん」と一粒涙をこぼしている自分の顔のイラストまでつけた。
書きながら、すでに「お父さんをネタにして、心にもないことを書いてる。」と、いやな気持ちになっていた。
だが他人にはウケるだろう。
担任の若い女の先生は、感動していた。

数日後、先生のところへ行って、
「やっぱりあの詩はやめようと思うんです。なんか、暗いし!べつの詩に書き直しました。」
と、平凡な、春を待つ詩を出したが、先生は取り合わなかった。
「だめよ、詩というのは自分の正直な気持ちを書くの。暗いなんて関係ないわ。」
そのまま、詩集は発行されてしまった。
作文や詩には自信があったが、自分の得意なことでこんなうそを並べて、人の気を惹くなど、二度としない、と決めた。

自分がそう決めると、こんどはひとが父を“ネタにしている”ことがやたらと気に障る。
私の怒りは母に向けられた。
母と表立って対立してはいないが、母が父のことを親戚や他人に語るのがいやで、中でも、父が脳出血でソファに倒れ込み、意識が遠のく最後のときに、両手で母の顔をなでたという件(くだり)が苦痛だった。
「きっと、目がだんだん見えなくなっていったのね。まるで“子供たちを頼む”と言っているみたいだった。」
と、いろんな相手に何度も何度も語るのを、“芝居がかったことを言って”と、冷ややかに聞いていた。
聞き手が、
「そりゃそうよね、こんなに小さい子を置いていくんだから、つらかったんでしょうねえ。」
と、私に目を向けるのもうんざりだった。

しかし、父が死んだ年齢に自分が近づくにつれ、その芝居のワンシーンのような光景が、他のどの思い出よりもリアルな悲しみとして感じられるようになってきた。

父は「もうだめだ」と悟ったと思う。
人生が閉じられる瞬間、思春期の長女と幼い次女を残していかなければならない無念を、まだ若い妻に「頼む」と託していたと思う。
父のつらさも母のつらさも、胸を引き裂かれるようにわかるようになると、子供のころには父のことで泣いたことなどなかったのに、今は涙が出る。
父を“ネタにした”自分も母も、どうでもいいこととなり、それからは父のことを頻繁に書くようになった。
年月がたって、世代が変わったということだ。

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コーシローはすでに私と父の年を追い越してしまった。

36年前の今日、私の今の年齢で、父は亡くなった。
今日は、この36年の間で、もしかしたら最も特別な日かもしれないと思っている。
今日は、半分死んだ人のような気分だった。
片目はいつもどおり、片目はこの世ではない場所から見ているような……「今日が人生最後の日だとしたら」と、何度も思った。

今日、受験生の「コシヒカリ」は第一志望の高校に落ちてしまった。
めそめそしている姿に「息子どもとちがって、女の子はめんどくさいなあ」と呆れながらも、泣くことのできる素直な幼さをうらやましく感じる。
でもきっと、それもご先祖様の采配。
娘に合う学校に入れる。
父は、会うことのなかった孫娘を、バカっかわいがりしている。

by apakaba | 2013-02-11 17:05 | 思い出話 | Comments(4)
2013年 02月 08日

受験秒読みの子にかける言葉

「コシヒカリ」の高校入試本番まであと二日だ。
あさってから続けて三校受ける。
親にも学校の先生にも塾の先生にも「無理だよ」と言われていた学校をどうしても受けたいと言って、がんばっている。
一応、実力相応校、滑り止め校も合わせて、ぜんぶで三つということだ。

勉強ぎらいで、なにかと理由をつけてはサボることばかり考えていた娘だが、さすがに周囲の反対を押し切ってチャレンジ校(といっても中堅校ですが、彼女にとってチャレンジ)に出願してからは本気になったようだ(遅い……)。
それでも、家では泣き言ばかり言っている。
落ちたらどうしよう、もうなにもかもイヤ、この人生から逃げ出したい、トカナントカ。
そういう言葉を吐き出して、不安を発散しているのだろう。

「もう少しだねえ、がんばっててえらいねえ。」
私はたいがい無意味な褒め言葉しか言わない。
しかし神経質になっている娘は、
「ああ〜そんなプレッシャーになること言わないで。」
と、メンタル面の弱さを強調する。
もうあさってに迫っているのに、この弱腰では本当に自分に負けてしまう。

うーん、まあ高校入試って、結婚ほどには重大なことじゃないよ。
思ってない高校に行くことになっても、結婚相手をまちがえるよりは、だいぶラク。
それに長い目で見ると、さほどひどいことって起こらないような気がする。
おかーさんは大学時代、学校さぼって旅ばっかりしてて、成績はボロボロで、それでもテレビ局の報道記者とか、新聞記者とか、出版社とか、大きなマスコミに入りたくてね。
それで30社くらい落ちまくって、友達はみんないいトコに内定もらって遊んだり卒論にとりかかったりしているのに、おかーさんだけ就活スーツで走り回って、みじめだったよ。
すごくふてくされてた。
それで結局一般企業に入って営業職をやってたんだけど、それから見る見るうちに、マスコミの権威は失墜するし、ネット時代に入って部数は落ちるし、がたがたになっちゃった。
まさかこんなにあっという間に変わってしまうなんて、思いもしなかった。

これはきっと、おかーさんがつらい目に遭わないように、お父さん(私の亡父)とかご先祖様が守ってくれてるんだなあ、って思ってるの。
もしマスコミに入っていたら、とっくに体を壊していたかもしれないし、結婚も、子供も、今とは違ってたはず。
おかーさんに一番いいように、お父さんが(就職試験を)落としてくれてたのかもなあ、と思うの。

「ええ〜それってご先祖様に責任を押し付けるの?うまくいかなかったときに。」

そういうことを言ってるんじゃないよ。
その逆で、うまくいかなかったように見えたことも、実はあとになるとうまくいくことになるのかもしれない、それを用意してくれているのかもしれないってこと。

「なんか都合のいい考え方だね。」

だってそれが身内だもん。
理屈なんてないのよ。
だから、今は、第一志望じゃなきゃ絶対にイヤ、でも無理みたいだしどうしようとか思ってくよくよしているけど、第一志望に合格したら、それはお父さんとかのご先祖様が選んでくれたの。そしてもしも別の学校しか合格できなくても、それは第一志望と思っているところよりもこっちのほうがいいって、ご先祖様が先回りして助けてくれているんだよ。
おかーさんはいつもそう思ってるの。
だから自分に嫌なことが起きても、あとになれば、きっと「正しかった」と思えるから、あんまり気にしないんだ。

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受験がないから一生気楽

子供に向かって、「長い目で見れば」とか「大人になればわかる」とかいう言葉は、できる限り言わないようにしている。
それを言われたらもうなにも言い返せないうえに、子供にとってはリアリティーがなく、ただ苛立たしくなるだけだからだ。
だが、娘ももうすぐ高校生だ。
そろそろ、名実共に“ガキ”である時代を脱していい年頃だ。
そろそろ、自分の遠い先、遠い過去に目を向けてもいい。
36年前のあさって、私の父は倒れて、翌日に亡くなった。
それは、娘の第一志望校の、合格発表の日。

今さら「最後まであきらめないで単語を覚えなさい」だの「当日は早く起きなさい」だの言うよりも、「ご先祖様が一番いいチョイスをしてくれるよ」と言葉をかけるほうが、ずっと気持ちが安らぐだろう。

by apakaba | 2013-02-08 20:35 | 子供 | Comments(0)
2013年 02月 07日

夢の入る隙間などない——『故郷よ』

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ナターシャ・グジーという、チェルノブイリからわずか3キロほどの街「プリピャチ」出身の歌手がいる。
半年ほど前、彼女のチェルノブイリ事故のインタビュー記事を読み、その美貌と胸を打つ歌声とともに、プリピャチという地名が深く印象づけられた。
だから『故郷よ』という映画がプリピャチを舞台にしていると知り、どうしても見たいと思った。
映画は実際にチェルノブイリ事故で廃墟となったプリピャチで撮影されている。
ナターシャ・グジーの語った街の風景を映像で見て、さらに感慨深かった。

多くの日本人も同じであるだろうが、私も福島の原発事故がオーバーラップして、とても苦しい鑑賞になった。
光あふれ、のどかな風景が広がる冒頭。
だが美しい街のすぐ背後にはチェルノブイリ原発が迫っている。
真夜中の事故から一夜明けても、なにも知らない人々は、4月の温かい雨に打たれてはしゃぐ。
「雨に濡れないで!ああ、せめて家に入って……窓を閉めて……」と、スクリーンに向かって叫びたくなる。
福島の事故のあと、数日して初めての雨が降った日、夫と暗い顔を見合わせ、「子供たちが雨に濡れないように、ちゃんと傘をさすように言おう」と話し合ったことがよみがえったのだ。

現在も未来も続く悲劇の始まりだから、どのシーンも救いがたく暗い。
幸せに輝く結婚式のシーンも、見る側には、この結婚が事故によって壊れてしまうことがわかっている。
放射性物質をたっぷり含んだ雨が降ったりやんだりしている。
足元の湖の魚はすでに皆死んで浮かんでいる。
森の木々は赤く変色して枯れている。
事故を知らされていない人間だけが、この平穏な幸せがずっと続くと思い込んでいる。

ヒロインのナレーション「最悪の事態は音もなく起こる」という言葉通り、放射能には味もにおいもなく、音もせず、世界を着々と壊していくのだ。

映画では事故から10年経ったあとの登場人物たちも描くが、登場人物一人一人の“その後”は、犠牲者のひとつひとつの“例”を代表している。
プリピャチから離れ、新しい街で暮らし始めても同級生から「チェルノ野郎!」と差別の対象になっている少年。
事故の深刻さを知りながらそれを住民に言うことが許されない立場で、良心の呵責から、精神に異常を来す技師。
退去命令を無視して森に住み続け、森で採れたリンゴを食べて「なんともないよ」と話す森林警備員。
ヒロインはかつての美貌を保ちながらも、いかにも体調が悪そうであり、髪の毛も徐々に抜け落ちていっている。

とにかく見るのがつらい。
私は、映画はどこかに笑いや救済の要素がある作品が好きなのだが、『故郷よ』はそれが一切ない。
甘っちょろい夢など入り込む余地が、原発事故にはほんの少しも与えられないのだ。
事故に遭った人間が苦しみながら死んでいくような悲惨なシーンは、一度も出てこない。
ヒロインとの結婚式の最中に「(原発の)火災を食い止めるため」と呼び出されてそのまま帰らなかった消防士の新郎のその後さえ、病院で「とても会える状態ではありません。1600レントゲンも(放射線を)浴びたんですよ」と看護婦の口から語られるにとどまる。
目に見える被害を被るのはもっぱら動植物だけである。
一夜にして森のブナの葉は変色し、植えたばかりのリンゴの木は枯れ、魚は浮かび、小鳥は落ちている。
そして、犬や豚や牛などは住民の強制退去の際にすべて殺される。
だが、無抵抗のまま、死の理由も知らずに血みどろで死ぬ動物たちの姿は、プリピャチの住民の姿そのものなのだ。

最後まで見ても、湧き上がる気持ちは、怒りと絶望しか、ない。
だから、見て「おもしろい!」という作品ではない。
しかし社会的意義はきわめて大きい。
ナターシャ・グジーが音楽の力で人の心を動かしたように、映像でしか表せない力というものがある。
涙が出るような美しい自然、人々の平凡な営み、不気味な原発の姿、無邪気に雨を喜ぶ子供たち、広場のむなしいレーニン像、街のシンボルとなる観覧車、10年放置されてぼろぼろになったウェディングドレス——原発事故を考えるとき、ドキュメンタリー映画とは別のアプローチで、忘れられない鮮明なイメージを焼き付けている。

by apakaba | 2013-02-07 15:44 | 映画 | Comments(2)