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2013年 06月 23日

大学生だった私へ……『旅をせずにはいられない、アジアの魅力』

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下に置いてあるのは、くじ引きで当てたデジタルフォトフレーム

きのうは大変たのしい一日でした。
早稲田にある、早稲田奉仕園のリバティホールへ。
「旅行人」でおなじみの漫画家の堀田あきおさんかよさんと蔵前仁一さんによる、『旅をせずにはいられない、アジアの魅力』トークイベントでした。

あきおさんの描かれた旅マンガの原画は、印刷よりもずっと美しくてうっとり。
やっぱりナマの絵はいいですねえ。
旅をしているときの気持ち——感動・疲労・郷愁・焦燥など——がグッと立ち上がってきました。

トークはおどろきの写真が満載、そして写真のおどろきを凌駕するおどろきエピソードがざくざくと。
私も、1990年にバンコクで楽宮旅社を探して歩き、中には入らず前を通り過ぎたことなど、ずーっと忘れていたのに、不意になつかしく思い出しました(私はカオサン一択でしたね)。

かよさんはトークイベントの司会は初めてとのことでしたが、初めてとは信じられない名司会で、前からファンでしたがますます好きになりました。
蔵前さんにはたっぷりトークの時間をとって、あきおさんには冷酷に(!)タイムリミットを伝えつつ、かわいらしく落ち着いた仕切りで、2時間があっという間でした。

トーク後の懇親会では、長年の一方的憧れだった方々や、初めてお会いしたネット友達の方々や、いつもの方々と、たくさんお話ができてとにかくもう感激至極。

私は、昔、早稲田大学の学生でした。
早稲田界隈をうろついていました。
ちっとも好きな街ではないけど(食堂は「キッチンオトボケ」とか変なのばかりだし)、今でも特別な思いのある場所です。

あのころの自分に、今の自分を見せてやりたいです。
「これから25年くらい生きていると、今あんたが夢中で買いあさっている本の著者の方々とお会いできるしお話もできるんだよ。ガンバレ」とね。

by apakaba | 2013-06-23 11:55 | 旅行の話 | Comments(0)
2013年 06月 15日

誰の心情に寄り添うか?

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きのうやった雑用のひとつ。9月の運動会で、一等賞二等賞などの目印に、園児さんの腕につける「等賞リボン」の作成。100個くらい作って、また来週に持ち越し

幼稚園の雑用係として働いていると、幼稚園というのはほんとに先生たちの善意の手作りでいろんなことが成り立っているのね……と実感する。
子供3人の先生たちに、今さらながらお礼を言いたい気分だ。
小学校や中学校の音楽の授業では、選曲の意味がさっぱりわからないJ-POPを習ったりしているが、幼稚園のほうがよほどまともな童謡を唄わせている。
それを聴きながら仕事をしていると、とても和む。

さて、そんな幼稚園でもやっぱり“家政婦は見た!”的な裏事情はあるもので、この幼稚園は完全同族経営だ。
おばあちゃんが理事長、60代くらいのお母さんが園長、まだ20代とおぼしき若い息子さんが事務と教員の統括をしている。
おばあちゃんは名誉職で実質なにもしないようだが、園長と若先生は24時間いっしょにいる(自宅と幼稚園はつながっている)。

この、若先生のストレスがものすごい。
二人はつねに険悪である。
職員室に二人でいると、親子ともずーっと苛々して言い争っている。
園長からすると「あの子はなんにもわかってない」、若先生からすると「園長のやり方じゃ物事が進まない」。
古い絵本の整理ひとつでも、園長は「本は大事。なるべく捨てないで」、若先生は「ぼろぼろな本や明らかに誰も手にとらない本は、捨てていかないと、いつまでも整理なんかできないよ!」
私は両方に「そうですねえ」とか言いながら、最低限の量の古本をひもで縛って捨てた。

なんでもかんでも倉庫に取っておきたがる園長も(おかげで未整理のモノがあふれかえっている)、私がいるのに職員室で声を荒げる若先生の未熟さも、双方に非はあるし、同族経営がうまくいっていないときのありふれた光景だ。

それよりも自分でおもしろいと思ったことは、私は、新旧対立の場面になったとき、ほとんどの場合、“若い人の心情に寄り添ってしまう”ということだ。
なぜだろう?

年齢的には、私は二人の真ん中よりも園長のほうに近いだろう。
でも、人格的にも経験もまだまだの若い人を応援したくなる。
自分が、まだ若者気分だから?
それとも、彼と同じように未来がたくさんある子供を持つ母親として、“滑っても転んでも応援するから、ガンバレ”という母親的な心理が働くのだろうか。
母親と経営者という二つの立場から息子を見守らなければならない、園長の二重のつらさも感じるし。

「映画や小説などの登場人物の、“誰”に感情移入するか」という話にも似ている。
同じ作品でも、長い年月を経たり心境が変わったりしたあとでもう一度触れると、まったく見落としていた登場人物の気持ちに寄り添うようになっていたりするものね。

(“家政婦は見た!”的な日々はまだつづくけど、家から近い職場では、たとえハンドルネームといえどこんなこと書くと支障があるから、遠い場所にしてよかったな!)

by apakaba | 2013-06-15 12:38 | 生活の話題 | Comments(0)
2013年 06月 13日

雑用のおばさんスタート

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幼稚園で働く日々が始まっています。
1学期の間は、職員室の雑用をやり、2学期から本格的にセンセイ(幼稚園教員の免許がないので副担任として)になって働きます。

というわけで!
私の職場での毎日は、「はい」と「終わりました」の2語しか発することなく進んでいきます。

今日やったこと。

・電話番をして担任の先生に伝言をしたり。

・物置に放り込みっぱなしだったキリンの置物をのこぎりで解体して捨てる。

・物置に放り込みっぱなしだったペットボトルのお茶を整理。

・本棚に入れっぱなしだった古い本を縛って捨てる。

・色画用紙を○の形に100枚くらい切り抜いた。

・職員室とトイレの掃除。

・コピーに使う裏紙のサイズを合わせて棚に整理する。

・今日限りの教育実習生の反省会に食べるケーキを買い出しした。

ちなみに、火曜日にやったこと。

・テープと画鋲で掲示物を貼り直す。

・裏紙を裁断してメモ用紙作り。

・電話番。

・マジックインキやフェルトペン類が書けるかどうか全部試し書きをして、インク切れのものは捨てる。

・職員室とトイレの掃除。

・書類をファイルに入れて表紙に紙を貼り付ける。

・整理棚の修繕。

・キリンの置物の解体を途中まで。

・通園バスに添乗して、園児の相手と通園ルートの確認(2学期から乗るから)。


……絵に描いたような雑用係でしょう。
人生でこういう経験は初めて。
結婚前のサラリーマン時代も、一人で営業車を運転して、横浜と川崎地区の中小企業相手にパソコンを売る営業マンをしていたし。
若い先生たちから「あれやっといて」「これ運んでおいて」などと言いつけられながら、雑用のおばさんという視点で職場を見渡すのは、けっこういいわ。
誰でもなくなったような感覚が。
園児さんたちから「……だれ?」とけげんそうに聞かれるのもおもしろい。

by apakaba | 2013-06-13 22:13 | 生活の話題 | Comments(6)
2013年 06月 11日

生まれて初めてのお弁当箱

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勤め始めたので、さっそく買った、私(わたし)用の弁当箱。
なんだかすっごくうれしい!

よく思い出してみたら、初めて自分で自分のために買ったお弁当箱だったのだ。
中学・高校時代に使っていたのは、母が買ったピンク色のタッパーウエアのお弁当箱だった。
毎日弁当持ちだった生活はあれが最後で、大学時代もサラリーマン時代も昼は外食していたし、結婚してからは弁当持ちで勤めたことがなかったから。
結婚後、夫の分を買い、子供が生まれてからは、子供のためにも何度も弁当箱コーナーにかよったが。

夫と次男と娘と私の分を、朝、用意していると、いくら早起きしても時間が足りない。
自分で自分用のお弁当を作って持っていくのは生まれて初めてだ。
今までも、ずいぶん“食べる人の身になって”作ってきたつもりだけれど、これからはますます、それを実感する弁当作りになるだろう。

ちなみに今日は、この中にチャプチェ・ほうれん草の煮たのの玉子とじ・なすのマリネが入っています。

by apakaba | 2013-06-11 21:44 | 生活の話題 | Comments(2)
2013年 06月 09日

仲良くなるための打開策

いきなりお恥ずかしい話ですが、ここのところ、夫ときわめて仲が悪くなっていました。
やーね。
どの夫婦でも珍しくもない話でしょうが、うちも大してラブラブというわけでもないんですよ。

私は、仲良くなる打開策のひとつとして、いいことを思いつきました。
それは、
「このブログを読んでもらう」
ということです。

2002年、夫は、私がブログ(の前のホームページ)を作ることを快く思っていませんでした。
表立っては反対しなかったけれど、彼が本当は嫌がっていることをわかっていました。
わかっていながら、それを押し切る形で、私は文章を書いて発信することをスタートしました。
夫は「やめろ」「ダメ」とは一度も言わなかったかわりに、私の書いたものを決して読まないことに決めたようでした。

おかげさまで、私は10年以上自由に書き続けてきたけれど、夫が絶対に読んでくれないというのは、さびしいものでした。
彼は、私がなにを大事にして、なにに感動していたか、まるで知らずにきたのです。
夫婦なんだから実際の会話の中でそれを表していけばいい、というのは理想論で、私には、なにかに触れたとき、しゃべるよりも書くほうがうまく表せることが多いのです。

夫は、今ではすでに、私のネット生活を認めてくれています。
私が文章を発信することを通じて、爆発的にたくさんの人と知り合い、書くことで私の人生が楽しく豊かなものになったことを認めてくれています。
昔はかたくなに拒んでいたけれど今なら君の書いたものを読む気がある、と言ってくれました。

ブログのアドレスを送って彼が勝手に読むのではなく、古いものから現在に向かって時系列にして、少しずつ記事ごとのURLを送ることにしました。
すべての記事を読ませる必要性もないし、それではいつになったら現在に追いつくかわからないので、アーカイブから私がピックアップしたものだけを、毎日1回送ります。
簡単な感想が返信されてきます。

今まで、一緒に住んでいる夫婦でメールやメッセージをやり取りするのはバカみたいだと思ってきました。
でもやってみるとけっこういい感じです。
冷静になれるし、学生のころや付き合っていたころに手書きの手紙をやり取りしていたころみたいで懐かしくもあります。
毎日ラブレターを送っているようで楽しいです。

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かぶといくらの塩昆布和え

きのうは子供が全員出払っていたので、二人で近所に飲みに行きました。

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わら焼き鰹たたき。キッチンに炭火があり、わらをその場で焼いて炙る

私は強烈に飲み過ぎて、今日は丸一日廃人でした。
まだ、2003年4月までの分しか送付していません。
夫が今日の記事に追いつくのはいつかな?
私は、この日記を送付するだろうか、飛ばしちゃうだろうか?

by apakaba | 2013-06-09 22:27 | 生活の話題 | Comments(2)
2013年 06月 08日

仕事始めた

ここ1年ばかり求職中でした。
高校の非常勤講師(国語)になろうとして活動していましたが、教員未経験の高齢(ほっといてください)が災いしてか書類が通過せず、ほかの仕事も探しながら、できるだけ教育関係に近い場を考えていました。

先月、やっと「これだ!」と思える仕事が見つかりました。
区内に数カ所ある、不登校児(小中学生)の通う施設で、勉強を教える職員の仕事です。
これなら、学歴職歴資格そして親としての経験が活かせます。
しかし、募集は年度の変わり目に一年一回きり。
今年度の募集はとっくに終わっていました。

それなら職員の募集がくるまでは、幼稚園で働いてみようかなと考えました。
不登校児の先生の仕事にこの冬あたりにかかる募集で採用されれば、年度いっぱいで幼稚園はやめ、採用されなければ、来年度もひきつづき幼稚園のほうで働きながら、再来年の募集に応募してみよう。
受け続けていれば、いつかは採用されるかもね。
されないかもね。
それはそれでまた考えればいいし。

というわけで、うちから片道1時間弱のところにある幼稚園でアルバイトすることにしました。
きのう初めて、出勤しました。
私ときたら、“通勤”というものをしたのは結婚以来初めて!
結婚してから、通信添削教材指導員とか、家庭教師とか、自宅の塾とか、毎日通勤する仕事と無縁できたので、バス通勤とはいえ、はなはだ緊張します。

朝、夫・次男・娘の分に加え、自分の分もお弁当を作って、お茶を水筒に入れて持っていくのは新鮮というか大変というか。

幼稚園の仕事の内容は、今後一ヶ月間は職員室の雑用(電話応対・受付・掃除・書類整理など)、9月からは教室に入って“副担任”として、まったくセンセイの仕事を受け持つということです。
送迎バス(ワゴン車ですよ)も運転します。
私は中学高校の教員免許は持っているけど、幼稚園教員の資格はないので、正規の先生の補助につくわけです。
自分の息子と同じくらいの年齢の先生の補助に入るのは、私はちょっと楽しいけど先生のほうからしたらやりにくいかなあ?
運動会や遠足やお遊戯会などの行事にも出るし、唄ったり踊ったり本を読んだり、楽しいねえ。

各教室から、自分の子供が幼稚園に行っていたころと同じ歌を唄っているのが聞こえてくると感激するし、新しい歌が聞こえてくると「いまはこういうのを唄うんだなあ」と感心したりしています。

私のボスというか、今月いっぱいやる事務仕事の指示を出すのが、園長先生の息子さんの若い男性です。
きのう、私が指輪とネックレスをしていったら、
「すみませんが、仕事中はアクセサリーはなしでお願いします。」
と言われました。
その若旦那、もとい若先生の耳にはかなり大きなピアスの穴が空いています。
母親が園長、お祖母さんが理事長という同族経営の末裔の若先生は、どんな学生時代だったのだろうなあ。
あの穴の大きさはただもんじゃないですね。
バックパッカーか、ヤンキーか、音楽関係?
いずれにせよその若いボスが、私に
「子供たちが、職員室の前に来て『(お昼の)お茶ください』『牛乳ください』『お茶ありがとうございました』などと言いに来ますが、たまにモジモジしたりしてその挨拶ができない子がいます。
そういうときは、そのまま聞き流さず、『なにかな?なんて言うんだっけ?』と待ってあげて、きちんと言えるまで指導してあげてください。
ちょっとしたことですけど、こういう挨拶は、教育ですから。」
と指示を出すわけです。
私も、小さい子供は毎日毎日、いや1秒ごとが成長の(教育の)途上だと思っています。

園庭はせまいけれど屋上で跳び箱やマット運動もできるし、せまい敷地を工夫してつくった立体アスレチックがあります。
隔週で近隣の温水プールへ行ったり、保育時間内に英語教育と日本語教育(百人一首など)もやっているという、なかなか文武両道教育熱心な幼稚園です。
ピアノ、国語算数の学習、アウトドア活動など、保育時間外の課外活動もさかんです。
今の幼稚園って、至れり尽くせりなのね。
先生たちは大変だなあ。
私も9月から、“副担任として”大丈夫かなあ?

私の専門はやっぱり国語の勉強を教えることだと自分では思っていたけれど、なんでもマジメにやればそれなりにおもしろいものだと思うようになりました。
とりあえず一ヶ月間は職員室の雑用係として、がんばります!

by apakaba | 2013-06-08 16:56 | 生活の話題 | Comments(6)
2013年 06月 05日

やけどの教訓

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めずらしく茨城までドライブ。夫はカメラを新調して、試し撮り

お久しぶりでございます。

ちょっと前、外食したときに食べたうずらのタマゴで食あたりしたような気がします。
しばらくトイレと親友でした。
そのあと、手をやけどしました。
グラタンを焼いていて、焦げそうだったからホイルをかぶせようと、素手でオーブンに手を入れたら淵に左手首をつけてしまいました。
手の皮がジュッとなくなりました。
痛かった……そして今も痛い。

教訓:オーブンに素手を突っ込んではいけません。

手を動かすだけで痛いのでキーボードを打てず、なにも書けないとなるとネットを見る気もなくなり、PCを切って暮らしていました。
美術展やトークイベント、歌舞伎など、自殺未遂よろしく左手首に包帯巻いてけっこうあちこち出かけていたけどね。

やけどをすると家族に甘えられるのはちょっと幸せ。
でも、新しい皮が張ってこないと、毎週行っていたプールに入れないのがいやだなあ。

久しぶりに激しくやけどして、改めて考えたことは、
「もしも、これが旅先だったら?」
ということでした。
旅先って、どこかの、いわゆる、あまり衛生状態のよくない、切り傷でもなんでもニベアをすりこんでしまうような(昔パキスタンでそうされたことがあり)、そういう国のことです。
ちゃんと消毒して滅菌ガーゼを当てて、シャワーも完全に防水して浴びて、といった、治癒への最短コースを、どうやったってとれないでしょう。
私は、旅先にほとんど医薬品を持っていかないタイプなのだけど、今回のやけどでは「私は今まで怪我のことにはほとんど注意を払ってこなかったなあ」ということでした。
次の旅には消毒薬と滅菌ガーゼくらいは、持っていこうかな。

まだズル剥け状態なので、やる気の出ない日々ですが、だんだん戻りますのでよろしく。

by apakaba | 2013-06-05 13:10 | 健康・病気 | Comments(5)