あぱかば・ブログ篇

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2013年 10月 30日

おかあさんと言われる

保育園で保育補助の仕事をし始めてから2ヶ月が経った。
7月にも1ヶ月だけアルバイトで入っていたから、それを足すとまる3ヶ月になる。

きのう、4歳児の男の子に「絵を描いて」と頼まれて、鳥の図鑑を見ながら苦労していろいろな鳥の絵を描いていると、ふと
「先生は、なんか……おかあさんみたいなにおいがする。」
と言われた。
その子のお母さんは若くて美人なのでちょっとうれしかったけれど、子供はどうしてこんなことを言うんだろう?
大人はまず決してそんなことは言わないし、言うとしたらなにか特別な意図があるときだ。
幼児に他意はない。

娘の「コシヒカリ」にその話をして、
「あの美人なお母さんと同じシャンプーを使っているとか化粧品(無香料だけど)を使っているとか、同じ洗濯洗剤を使っているとか……においを発するようなものがまったくおんなじってことは、まずありえないと思うのよね。不思議だ。」
と言うと、
「ほんとの“におい”を鼻から感じたってことじゃなくて、なんとなく雰囲気がお母さんみたいだなと感じて、つい“これは、うーん?ああ、においが同じなんだ”という言い方をしただけなんじゃないかな。」
と言うので、それも一理あるかと納得。

今日は5歳児の生意気な口をきく男の子に、
「あんたさ、ぜんぜん先生に見えない。なんか、おかーさんに見えるんだけど。」
と生意気な口調で言われた(ちなみにこの子のお母さんも若くて美人。ありがたや。この子は私の声が出なくなったときにも「あんたおばあちゃんなんだろ」と絡んできた→おばあちゃんと言われる)。

褒められているともいえるし、問題であるともいえる。

“先生”と“お母さん”は厳然と別の存在である。
おそらく、私にまだ“保育園の先生”らしいプロっぽさが身に付いていないのだろう。
だからより親しみやすく、甘えやすく、見くびられやすいのだろう。

ただ、幼稚園とは比べ物にならないほどの長時間を園内で過ごす保育園児にとって、先生たちはまさしく“第二のお母さん”だ。
もっとも長くて12時間を園内で暮らす。
お母さんが恋しいのはあまりにも当たり前だ。
身近な大人にひととき甘えたいという欲望が、幼稚園児には理解できないほど痛切だということを毎日ひしひしと感じている。
先生の威厳を身に付けつつ安心して甘えたくなるようなパート職員をめざしている。

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パートが終わって、疲れて家に帰ったらお菓子が山盛り。
次男「アキタコマチ」が実習で作ってきた。
あの子たちも十数年後には、こんなことができるようになるんだからねえ。

by apakaba | 2013-10-30 23:19 | 生活の話題 | Comments(0)
2013年 10月 27日

大熊ワタル&伊勢崎賢治『JAZZ HIKESHI』ライブ

今日は、吉祥寺のジャズ喫茶へライブを聴きに行ってきた。

最近、Facebookで、現代イスラム研究者の宮田律さんと知り合い、宮田さんの知り合いに伊勢崎賢治さんがいらっしゃることを知った。
伊勢崎さんはNGO・国際連合の職員として、世界の紛争地帯で紛争処理や武装解除に尽力してきた実績を持つ方である。
お名前を見て思わず懐かしくなり書き込みをしたところ、友達申請をしてくださった。

私はビックリ仰天した。
伊勢崎さんは『インド・スラム・レポート(1987年/明石書店)』という本の著者であり、大学生だった私は衝撃とともにこの本を読んだのである。
インド、いや世界最大のスラムであるムンバイ(当時ボンベイ)に2年半暮らしたレポートは、短期取材の人間には決して書けない迫力がみなぎっていた。
刊行後、3年たって初めてインドへ行き、10年たって初めてムンバイのスラムへ一人で行った。
といってもタクシーの窓からこわごわと雰囲気だけを眺めるにとどまったが。
窓の外を見ながら、しきりと伊勢崎さんの文章が思い出された。

それからぱたりと伊勢崎さんの活動を知らないままに年月が流れ、数年前にたまたまTwitterでお名前を見かけて、懐かしくなってフォローだけしていた。
どうも、彼は紛争解決請負人をしつつもジャズトランぺッターとしても活動しているらしいのである。
と思ったら急転直下の友達申請。
と思ったら日曜日に吉祥寺でライブがあるという。
彼の最近の著作を読んでいて、ビデオニュース・ドットコム(インターネット放送局)に出演した回も見ていた夫にも声をかけて、二人で行ってみた。

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ヨドバシ裏、ジャズ喫茶メグという由緒正しきジャズ喫茶。
(このお店の話を書き始めるときりがないが)近所にこんなところがあったのかとビックリする我々夫婦。

セットリストはオスカー・ピーターソンやマイルス・デイヴィスなどのオーソドックスな曲が中心で、ほとんどがうちでも聴いているものばかりだったので安心して楽しめた。
MCでは、クラリネット奏者の大熊ワタル氏とゆるやかそうで実は鋭く、世界の紛争について語り合っていた。
MCと絡めて次の曲へとつなげていくので(次の曲の紹介が現在の国際的な問題を語ることの前振りとなる)、曲と語りの双方がよく響き合って記憶に残る。
こういう表現の仕方があるのか。
ジャズという表現がそのときそのときの社会問題ときわめて密接に結びついたものであったことを思い出せば、腑に落ちる。

大学生のときに読んでインドへ行くきっかけの一つとなった本の著者と、26年後に言葉を交わすことができるとは、まったくなんという幸せなSNS時代であることよ。
今まで旅したパキスタンやシリアや、ついこの前感慨深い旅をした台の湾原住民の話などを聞いていると、胸が熱くなる。
世界に紛争がなくなって、私みたいなぼけぼけした旅行者がぼけぼけと旅ができる世の中が、来ますように。
今日は心からそう思ったなあ。

by apakaba | 2013-10-27 22:48 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(2)
2013年 10月 25日

天啓

夢で“天啓”を受けたことがありますか。

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結婚直前、インドネシアを一人でぶらぶらしていたころ。ブサキ寺院

今朝、私は人生がひっくり返るような夢を見た。
まさしく天啓。
夫が不治の病に冒され、余命が今日一日だという夢だった。
激しい痛みとともに、手足がだんだんと死んでいき、やがて心臓も止まるという難病で、これに似た病気は実際に何種類かあるが夫の場合はその進行度合いが激烈で、たった一日で心臓まで到達してしまうという筋立てである。

夫も私も、余命一日ということをなぜかしっかりと認識している。
今日の終わりに彼の命も終わるということを、言葉にしなくてもわかりあっているのだ。
夢なので時間軸が先へ行ったり後戻りしたりする。

あるシーンでは、彼はすでに四肢を切断していて、悲しいことに畳(たとう)紙にくるまれてベッドに横たえられたりしている。
またあるシーンでは、まだ手が動くので、「最後の食事は俺が作る。」と言って、トマトソースのスパゲッティを作ろうとして、鍋をかきまわしている。
そこへ激痛が走り、私は自分はどこも痛くないのに身を切られるつらさを味わい、顔を見合わせて「痛いの?」「痛い。でも、大丈夫。」と短く言葉を交わす。

私は無我夢中でその顔を見つめている。
あと何時間かで永遠の別れが来る。
あと何時間、あと何時間……夢だから時間を刻むことができないのだが、着実に終わりが近づいていることを感じている。
あと何時間かで、もう生きている彼を見ることはできなくなる。
声を聞くことも、目を見合わせることもないんだ。
私は滝のように涙に濡れて、トマトソースを作っている夫を一秒でも長く見つめようとしていた。

そこで目が覚めた。
私は生まれ変わっていた。
たかが夢なのに、きのうまでとは世界のすべてが変わったと思えた。
今日が人生最後の日だと、人は誰も知らない。
だから、悩みや恨みに終わりがないと思えてしまう。
でも、今日の終わりに自分の、もしくは伴侶の人生が終わる、ということをはっきりと知っていたら、その日はきのうまでの続きではなくなる。

自分でも信じられないくらいに、心がさっぱりときれいになっていた!
こういうのを、天啓というんだな!
きっとこういう体験を強烈にした人や、もともとの感受性が強すぎる人が、夢を見た翌日に宗教をひらいたりするんだと思う。
私はひらかないけど、自分の蒙は啓いたという実感がある!
なんてすばらしい日!

by apakaba | 2013-10-25 23:05 | 生活の話題 | Comments(4)
2013年 10月 08日

ウサギ小屋をどうするか問題

娘の「コシヒカリ」は、夏休みにお世話になったオーストラリアのホームステイ先のファミリーにメールを出していた。
ずっと返信が来ないので、「アドレスが違っているんじゃないの?」と聞くと、案の定まちがっていて、正しいアドレスで送信したら翌日に返信が来たという。
ホストファミリーの皆さん、ほんとスミマセン。
(「コシヒカリ」のホームステイの話はこちら→「コシヒカリ」のオーストラリアホームステイ報告)。

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ホストファミリーのお子さんたち。10歳と7歳の女の子。家では妹・末っ子気分満喫の娘だが、ここではお姉さん気分

お父さんと、10歳の女の子からの文章で、女の子は「あなたはうちに来てくれたけど、いまは遠くに行っちゃったのね」というようなことを書いている(まだ文章がプレーン)。
そして、「来年、もしかしたら家族で日本へ行くかもしれない。そうしたら会いたい」と!!!

とても、とてもうれしい!
しかーし!
……我が家は、きわめて狭いのだったよ……どうするのよ?
古くてぼろいのは仕方ないとしても、どんなに掃除したって狭い家は広くならない。
家族4人を迎え入れるスペースは、我が家にはとうていない!
犬好きのご家庭だから、是非コーシローにも会ってほしい。
オーストラリアの片田舎では、ほんものの日本犬を見る機会はあまりないだろう。
しかし、ほんとに、うそじゃなくて座る場所もないのだ。
うちが5人で4人のお客さんを出迎えたら、座れないどころか一室に収まることすらできない!
まさか、玄関から入って住宅展示場みたいに「ここが狭いニッポンのハウスでーす」とゾロゾロ歩いてもらってそのまま座らずに玄関から出て行ってもらうとか?

家が広かったらなあ。
是非泊まってもらって、食事を出したりしたいのに。

でも、もし来てくれたら、なんとかもてなしたい。
東京を案内して、近郊にも案内して、いつか私もオーストラリアに行ってみたいなあ!
(そして野生のカンガルーを触ってみたいなあ、とは言いませんよ。)

by apakaba | 2013-10-08 22:25 | 子供 | Comments(4)
2013年 10月 07日

声帯結節

おばあちゃんと言われるを書いてから早一週間。
声が出なくなってから十日たってしまった。
今日、再び耳鼻科へ行くと、再び鼻にファイバーを突っ込まれた。
「またですか……」と全力で嫌そうな様子を見せたがその甲斐なく、鼻ファイバーで声帯の写真を撮られる。

あまりにも治りが悪いので、もしかしてこれは精神的な問題(失声症)ではないのか?
なんだかんだとストレスフルな毎日だし!
と恐れていたが、そうではなくて「声帯結節」というものらしい。
喉を酷使すると声帯にタコのようなものができてしまうという。
「声帯のペンだこのようなもの」とのこと。

いろいろと虚弱な体なのだが、声帯もか。
というかいろんな病気があるものなのね。
延べ3週間分の薬を飲むことになった。

声帯結節は、子供にもできることがあるという。
3歳以上の元気な子供って、毎日ものすごく喉を酷使しているなあというのが実感だが、彼らもきっと、軽く声帯結節になっていることがあるのだろうな。
軽いものなら安静にしているだけで治るので(受験が終わるとペンだこが消えるように)、私のように鼻ファイバーを突っ込んだり投薬したりとおおげさなことにならずに済んでいるのだろうな。

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関係ないけどきのうiPhone 5sに替えた。ファーストショットにうちのキンモクセイを撮ったがつくづく絵にならない花ね

by apakaba | 2013-10-07 21:08 | 健康・病気 | Comments(4)