あぱかば・ブログ篇

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2013年 12月 28日

仕事納め

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「ササニシキ」撮影。

今日で、保育園の年内の仕事が終わった。
ウェブライターのほうの仕事も納品したし、明日から一週間の休み。

今年はよく働いたな〜。
6月に幼稚園のアルバイトに入り、7月に保育園のアルバイトに入り、同時期にウェブライターの仕事も始めて、9月からは同じ保育園でパートタイム勤務で採用された。
1年前、こんな仕事をしているなんて想像もしていなかった。

7月に一ヶ月だけのつもりで入ったフルタイムアルバイトで、私の指導に当たってくれた先生は、とても厳しい人だった。
他の先生はみんなやさしいけれど、どこか短期アルバイトの人間を“お客さん”扱いしているところ(戦力として本気では当てにしていない感じ)があるのに、私を担当した先生は完全に私を“戦力として本格的に鍛える”姿勢だった。
ビシビシ仕込まれた。
他の先生たちは「あれをやってもらえますか」だけなのに、その先生は「あれをやってもらえますか、なぜなら子供たちがこれこれをこうするからです。」まで説明する。
他の先生たちは「あれよりこっちを先にやってもらえますか」だけなのに、その先生は「あれよりこっちを先にやってもらえますか、どうしてかというとこっちはこういう理由で、優先すべきことだからです。」まで言ってくれる。

毎日ぽんぽんきつい言い方をされるから落ち込むが、とにかく正論で、理不尽なことは言われないし、ごくたまに
「私も子供たちのことで忙しいと、ついきつくなってしまってごめんなさい。でも、いつも本当に助かってます。」
と言ってくれる。
それだけでその日が明るくなり、明日もがんばろうと思っていた。

9月からは、私の担当は変わって、その先生の保育補助に入ることはめったになくなってしまった。
でも夏の一ヶ月で鍛えられたおかげで、新しい担当に入ってもほとんど困らずに動けた。

私は、これまで生きてきて、“保育園”というものをほとんど知らずにきた。
3回目のお産の前に、上の子ふたりを一ヶ月半だけ短期で預けたことがあったが、短期入所という意識があって保育園についてなにも関心を持とうと思わなかった。
こんな世界があったのか!と、ただただ驚き、一言では言い尽くせない発見を今に至るまで重ねている。
そして、そんな場で仕事を始めたことは、私にとって実に大きな影響をもたらしたと思う。
右も左もなにひとつわからない一番新米の下っ端として、多くの人から用を言いつけられてそれをやる。
失敗をくり返す。だんだんできるようになる。
そのうち言いつけられてないことにも気を配ることを期待される。
それにも失敗をくり返す。だんだんできるようになる。

ある程度の年を取った人間は、みんな一度こういう経験をするべきだと思う。
自分の今までの経験が、まったく通じない、歯が立たないという経験。
自分の思い上がりを恥じる経験。
職場や、地域や、せまい友人関係の中で威張りかえっている人間、つまり世の中をなんでもわかっていると思い上がっている人は、保育園の一番下っ端として働け!
いままで培ってきたつもりのものの見方は、ほんの一面だったと気づくだろう!

トカナントカ、こもごもな感情とともに今年の勤務終了。
例の厳しかった先生のところへ「よいお年を」と顔を出した。
先生は立ち上がって、
「ありがとうございました。でも、ほんとに、(短期じゃなくてパートタイムに)戻ってきてくれて、よかったです。」
と言ってくださった……!
いい仕事納めになった!

by apakaba | 2013-12-28 22:17 | 生活の話題 | Comments(2)
2013年 12月 27日

フランス、イタリア、シンガポール、アンド、フィリピン

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羽田空港国際線ターミナル、「江戸舞台」のイルミネーション。冬の間だけこうなります

ゆうべ次男の「アキタコマチ」が、調理学校主催のフランス・イタリア研修旅行から帰ってきた。
40名の参加で、両国のリッパなレストランやホテルをめぐり、チーズ工場見学や、同校フランス校見学などもしてきた。
自由行動時間もたくさんあり、フランス二度目の息子は友達と離れて単独で美術館などに行ってきたと言う。

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江戸舞台のイルミネーションに接近するとこういう具合

フランスはここ何年かとくに治安が悪く、引ったくりやスリが増えていると少し前に聞いたので、注意するように厳しく言って送り出した。
「アキタコマチ」自身は大丈夫だったが、同じグループの中でiPhoneをすられた生徒がいたと言う。
なんだかんだいっても息子は年齢の割に旅慣れているので(バリ島・フランス・ロシア・イギリス・香港・マカオ・上海・台北へ渡航経験あり)、海外行き自体がまったく初めてという人たちよりはうまく危険を避けられたらしい。
同校の他のグループで、被害総額15万円というところもあったというから、現地では若い団体客がそうとういいカモにされているのだろう。
せっかくの楽しい研修旅行のはずが、気の毒に。

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プラネタリウムを有するスターリーカフェで22:00。スクリーンに出た

私は息子より一日早く、シンガポール旅行から帰ってきた。
その話はまた、もしも時間があればブログに書くとして(希望は薄いが)、家に帰るため新宿からタクシーに乗ったときの運転手さんの話だ。

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スターリーカフェでは星空以外の演目も次々と投影される。手前の筒みたいなやつがプラネタリウムだ

「お客さんどちらからお帰りで?」
「シンガポールです。」
というあたりはふつうの会話だったが、運転手さんは「フィリピンはいいところですよ!」と薦める。
「フィリピンですか。行きたいとは思ってるんですが。」
「セブ島の辺りはほんとにいいですよ、海がきれいで。私は年に3,4回は行ってるんです。」
「えーっ、そんなに!」
「妻がフィリピン人なので。妻の実家はセブ島の近くにあるんです。だからその辺りはとてもいいんですが、ただ、マニラはちょっと治安が悪いんでね、女性にはお勧めできませんね。」
「ああ、そう聞きますねえ。」
「女性が一人でタクシーに乗るなんて、マニラじゃ絶対にしませんよ。レイプされて殺されますから。女性は絶対に3人以上で乗らないと。それに、カーナビなんて付けてないから、わざとひとけのないところに連れて行って、拳銃を出して脅かしてきます。もしくはナイフで刺されます。」

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シャワールームは30分で1000円、ソフトドリンクサービス券付き。30分はけっこうせわしない。前のドリンク券なしで800円だったほうがよかったと思う

……ちょっと待てーッ!
そんなバイオレンスなのマニラって?
今回の休みが取れたとき、シンガポールに決める前にはマニラ行きを半ば本気で考えていたのだ。
タクシーに乗るのに命がけな国なんて、旅の候補になりようがないじゃないか〜。
しかし、けっこう周りに行ってきた人はいるのに。
この運転手さんも心からフィリピンを愛してやまないみたいだし、いたずらに怖がらせる意図はなさそう。
もしかしたら私がぜんぜん旅慣れていない人に見えて、おおげさに忠告してくれたのかもしれないなあ。

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新設なのできれい、だが前のデザインのほうが好みだった(前のシャワールーム画像はこちら

だんだん、安穏と旅ができる国が減ってきている。
一昔前までは気楽に訪れることができたのに、今や私が生きている間に平和になることはないとしか思えないような国もある。
とても悲しいことだ。
シンガポールは、そんな中で、旅行者にとってそうとう安全な国だ。
私が電車に乗って東京と同じくらいに居眠りをしてしまう国は、シンガポールくらいだ。

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シャワールーム内の待ち合いスペース。混雑時間帯は朝5時から9時の間と、夜8時から12時くらいとのこと

シンガポールではずっと一人だったから、時間がたっぷりあって、シンガポールのことや旅のことを考えていた。
旅行は私の唯一無二の趣味である。
若いころは、天真爛漫に「次はどの国に行こうかな」と思っていたけれど、今は「次に旅行に行かれる休みが取れたとき、どの国なら安穏と旅ができるかな」と、まず考えるようになった。

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気をつけて、いい旅を

いつか世界中を安穏と旅できるように。
タクシーも電車も、みんなが居眠りできるように。
もちろん、わがニッポンもね!

by apakaba | 2013-12-27 22:02 | 旅行の話 | Comments(0)
2013年 12月 17日

貧血が私のだめな性格をつくる

しばらく自分の健康に興味がなくなっていたが、いきなり思い直して、ちゃんとすることにした。
今月に入ってから次々に乳がん検診、大腸がん検診、歯科検診と歯のクリーニング、特定健診(通称メタボ健診)を受けた。
がん検診はマイナスだったし、特定健診もすばらしい成績。
肝機能、コレステロール値、中性脂肪などが自慢できる値なのは毎回のことで、私ってこんなに虚弱なのにつくづくすばらしい健康体なのねと思う。

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健康診断をいっさい受けないコーシロー

一点、貧血が深刻だ。
今までもずっと貧血気味だったが、今回は「要医療」になってしまった。

「女性と男性では貧血と認める判定値自体がちがいます。男性のほうが判定値が高く設定されています。男性は貧血に弱く、女性は貧血気味の人が多くて貧血状態に慣れています。あなたの数値では、男性ならふらふらして立っていられません。ここから駅までも(10分くらい)歩けずに倒れるでしょう。
あなたはの血液はふつうの人の四分の三くらいなので、今すぐどうこうということはなくても、そのままたいしたことないと思って(貧血状態に慣れてしまって)長年やっていくと不調も出てくるし心臓にも負担をかけます。」
困ったね……でも、今までにも何度か貧血といわれて、鉄剤を処方されて飲んでいたこともあったが、私は鉄剤を飲むとムカムカ吐き気が止まらなくてだめなのだ。
鉄分を含むものを多く食べるということで終わった。

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生クリームの載ったケーキが好き。コレステロールも中性脂肪も心配ない体はありがたい

貧血に加え、低血圧でもある。
貧血で低血圧じゃ、そりゃ元気ないのは当たり前ね。
Wikipediaで見たら「貧血が徐々に進行した場合には、体が低酸素状態に慣らされるために、相当に強い貧血になるまで特に自覚症状が無いこともある。」とおそろしいことも書いてあるじゃないの。
まさに私だ。

体が心をつくる、ということを、だんだん感じる年齢になってきた。
私はだいたいやる気がない。
がんばれない。
つねにだるい。
これは、怠け者な性格のせいだけではなくて、長年の貧血が原因で、倦怠感と二人連れの人生を歩いてしまっているのではないのか?
そう考えると、とても気が楽になる。
自分のなめくじのような暮らしに対する悔恨も、少し軽くなる。
だって血が足りないんだもん。

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栄養をつけなければと思い、薬膳ココナッツミルクフォー。枸杞の実・山クラゲ・赤ナツメ・干し百合の花・蓮の実などの薬膳がたっぷり。

いわゆる“血の気が多い”と呼び習わされているタイプの人を見ると、苦手意識と同時にちょっと羨望も覚えるのは、私は彼らの“血”を欲しがっているからなんだな。

たしかにWikipediaの文章にあるように、自覚症状はなかったし、医者から指導されてよかった。
自分の弱い性格が貧血に(も)因るとわかったのも収穫。

by apakaba | 2013-12-17 08:37 | 健康・病気 | Comments(6)
2013年 12月 15日

小瀧達郎写真展 PARIS 光の廻廊 ギャラリー・トーク

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「複製技術時代の芸術」
小瀧さんと作家の田中真知さんのトークの間、ずっとその言葉が頭から離れなかった。
ベンヤミンがこの世紀の評論を著したのは1935年、お二人の間に置かれた小瀧さんの愛機ライカのレンズがちょうど製造されたあたりの年代である。
年代が重なるのは必然であろう。
ベンヤミンはライカのレンズで撮られた「複製技術時代の芸術作品」の申し子たる「写真」をたくさん見たことだろう。
小瀧さんの印画紙選びや暗室作業などの話を聞きながら、「写真とは、ほんとうに、ベンヤミンの言うように“機械的な複製”なのか?」と考えていた。
原則的には写真は無限に複製が可能だが、お話を聞けば聞くほど、フィルム写真をプリントすることはファインアートに属すると思わざるを得なかった。

写真のおもしろさの50%は暗室作業であると小瀧さんは言う。
そのときそのときの、心の状態が出るから。
撮ってすぐの熱い気持ちのままプリントをしたもの(ヴィンテージプリント)と、時間がたってからプリントしたものでは同じ写真でも別物になる、なぜなら時間がたつと客観的になり、シャッターを切ったときの興奮はさめているから——これにはとくに共感した。
較べるべくもない話だが、私も、旅行や映画や歌舞伎や読書などの体験を文章に書こうとしても、時間がたってしまうとなぜあんなに熱い思いを感じたのかが自分でもよくわからなくなってしまう。
刺激を受けてすぐに書いたものは、散漫で練れていないところがあるけれど、やはりストレートな力と熱を持っている。
その意味で、写真もフィルムさえ残っていればいつでもプリントできるというのはとんだ見当違いで、このギャラリーに飾られた新作のパリの写真は、一見そうとは見えずともやっぱり熱いのだ。

トークでは写真の話題からパリという街について語り合うひとときもあり、昔フランスに熱心に行っていたことを懐かしく思い出した。
写真展開催に寄せた真知さんの文章を読み、自分が書いた旅日記と響き合うものを感じてうれしくもなった。

かれのまなざしが向けられているのは、時の容赦のない流れの中にあって、変わることなく「パリ」という都市空間を支えている謹厳な意志だ。それは洋品店に置かれた古いトルソーや、大聖堂の上から下界を見下ろす怪物像や、使いこまれた階段の手すりや、ベンチにたたずむ老人の背中など、パリの街のあらゆる細部に浸透して、「パリ」を不断に生成させつづけている原型的な生命力のように思われる。(沈黙する意志の光)」

真知さんのあいかわらずの名文のあとで見苦しいが、私は初めてのパリに行ったとき第一印象をこう書いた。

「亡霊の棲む街…という感じ。石造りの、一見華麗な、しかしよく見るとかなり古びて暮らしにくそうな建物は、100年前に来ても、これから100年あとに来ても、きっと変わらない。この街はこの街並みを変えない、絶対に。“変えずにいてやる”ことへの、なんという執念深さだ?こんなとこに暮らしてたら、気位も高くなるだろう、だってあらゆる不便を乗り越えて、この石の街を保ちつづけているのだから。」
(やや批判的な書き方なのは、パリの第一印象がよくなかったせいだ。このあと好きになった。)

街の細部に宿る“パリをパリとしていつづけさせるための意志”。
それは小瀧さんの撮った“人の手の痕跡”“人の気配のあと”。
モノクロプリントのうっとりする階調を見つめていると、言葉ではない表現で小瀧さんが語るパリと、自分が歩いていたパリがぴたりぴたりと重なっていく。
それは、昨年の写真展で見た、行ったことのないヴェネツィア(レビュー「戦きへ誘い込む——小瀧達郎写真展 「VENEZIA」)の写真を前にしてただただ戦いていた——色と色のあいだの色合いまでも表現し、その間(あわい)にこの世ならぬ世界を現出させる写真体験とは別の陶酔であった。

会期2014年1月18日まで。
小瀧達郎写真展 PARIS 光の廻廊 2010-2013

by apakaba | 2013-12-15 17:47 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2013年 12月 11日

根津美術館へ、晩春と晩秋の2回訪問

根津美術館で昨年の5月に開催された「KORIN展 国宝『燕子花図』とメトロポリタン美術館所蔵『八橋図』」を見に行った。
ちょうど庭園の燕子花(カキツバタ)も見頃で、館内で屏風絵を見て、屋外でほんものの花を見て、という贅沢な体験をした。
2009年に隈研吾氏の設計で改築されたことにも興味があり、写真もたくさん撮った。

しかしそのときはブログを書く気力がなくそのまま1年半経ってしまった。
先日、2回目の訪問で「井戸茶碗 戦国武将が憧れたうつわ」を見てきた。
季節が変わっての再訪もいいものだなと思い、写真を晩春と晩秋の両方を載せていくことにした。
(ただし秋はカメラを持たずiPhoneで撮影している。)

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「月の石船」上が春、下が秋。

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本館脇のアプローチ、春。
長いひさしが特徴的。

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日本庭園とケンカしない控えめな意匠。春。

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瓦屋根もモダン。春。

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少し傾いた春の陽射しの中の苔。

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秋は紅葉を求めてみんな上を見ながら歩いていた。

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舟に見えたが井筒(井戸を囲ったもの)だそうだ。春。

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秋になるとすがすがしい緑から幽玄ムードに

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『京都の空間意匠』という本を読んで感銘を受けて以来、日本庭園を歩くときはいつも敷石に注目している。
上はわりと正式(「真行草」でいうならやや「行」寄りの「真」)。
茶室へ向かう道、下の写真は枯れた雰囲気を醸し出す(「真行草」でいうなら「草」)。春。

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ちょっと西日が悪目立ちし始めたが、燕子花目当てで行ってみる価値はある。

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昨年の「KORIN展」は、尾形光琳の「燕子花図」と「八橋図」を100年ぶりに2作品を一度に見ることができるというすばらしい試みだった。
画面を右上から左下へ、「橋」で稲妻のように画面を分断することで、いきなり雅やかさからアヴァンギャルドへと屏風の中の世界が一転してしまう。
橋のなかった「燕子花図」はそれだけで十分美しいのに、「八橋図」を見ると、もう橋なしの燕子花は考えられないほどだ。

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散るもみじを眺め、思索にふける気分。
秋の庭の風情も捨てがたい。

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(ここから先すべて春)
館内に戻り、中から建築を見直す。
圧迫感の少ないすっきりしたエントランス。
しかし人が多いのね。

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西日が長く差し込むとおもしろい休憩所。
先日来たときはまったく光が差していなくて、ただの部屋だった。

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同じく西日の休憩所を、真横から撮る。
左半分はガラスに映っている。
入館者はまるで舞台劇に出演している俳優たちのよう。
自分がドラマチックな場の主役になる。
西日が入るとこのスペースがこのような視覚効果を得ることを、隈研吾氏は知っていたのだろうか。

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壁はすべすべしているが、建築に使用している部材はさほどの高級品でもなさそうな感じがした。
大理石などでやたら飾り立てるよりも、この美術館にはふさわしいと思う。
展示品と、庭園のよさを損なわずにそっと寄り添うような目立たない建築には好感を持った。

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ハンサムな弥勒菩薩立像は人気。
たくさんのコレクションが惜しげもなく公開されている。
とくに2階に展示されていた、古代中国(紀元前13世紀ごろの殷の時代)の「饕餮(とうてつ)文」の入った青銅器には激しく感動した。
実用品なのに芸術性がこんなに高いとは。
しかも紀元前13世紀!?
そのころ日本では、やっと縄文文化。
縄文式土器も芸術性が高いけど、この青銅器を見てしまうと、参りましたとひれ伏したくなる。

建築を楽しみ、開催中の展覧会を楽しみ、常設のコレクションを楽しみ、四季折々の庭園の風景を楽しみ、まあなんとお得な根津美術館であろうか。
表参道駅から少し遠いけど、いいところだなあ!

by apakaba | 2013-12-11 14:02 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2013年 12月 05日

マキ先生パズル

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左側がきのうの、右側が今日の分だ。
私に毎日「せんせい、だあーいすき」と抱きついてくる5歳の女の子が作ってくれる。
顔は両方とも「マキ先生パズル」だそうで、左側の細い線みたいなのは頭髪部分。
右側は首で切り離されている。
あまりにも私が好きなので、私のパズルを作ってくれたという。

上の茶色いのは、「せんせい、おかしでなにがすき?」と聞かれたから「チョコレート」と答えたら作ってくれた。

「感激」の一言である。
自分の子供が幼かったころ、私の絵を描いてくれたりすると感激していた。
子供の描く親の絵は絶対ににっこりしている。
子供たちにあんなに怒ってどなっているのに……と、それを見て親たちは泣けるものなのだが、子供は大人の笑顔がなければ生きていけないので、とにかく笑顔だけを選択的に覚えているから描くときも真っ先に浮かぶのだろう。

ところでこのプレゼントは、私個人にくれたものだから、ブログとかにアップしてもかまわないんですよね。
職場で勤務中に撮影したものでもないし。
その子の個人情報がこの絵で特定できるわけもないし。
なんでもたちまち炎上してしまう世の中なので、あちこち気を遣って大変だわ。

by apakaba | 2013-12-05 23:21 | 生活の話題 | Comments(2)
2013年 12月 04日

何を見ても美しいと感じる

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45歳で父が急死したのは37年前だ。
9月の誕生日で、父親の亡くなった年齢を抜いた。
ずっと年上の存在だった父は、これからは“年下の男のコ”のカテゴリに入るわけだ。
46歳の目で見る世界、47歳の目で見る世界……年を取っていく私は父が見ることのなかったものを見て、老年の心境へと入っていく。
外見的にも精神的にも文化的にも、今の人間は親の世代より若いから、年齢で輪切りにすることは無意味だろうか?
私は、生命体としての人間が、生まれて美しい時期を過ぎて老いて死んでいくという大きな営みへの相対し方は、やっぱり親の世代も今も同じだという感覚を持っている。

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晴れた朝、犬の散歩に出ると、何を見ても「美しい」と感じる。
紅葉を眺めるのは無論のこと、ただ茶色く枯れて落ちていくだけのケヤキやナラの葉の形を見ても美しく感じるし、木の枝や根っこのごつごつした曲がり具合を見ても美しく感じる。
かわいた音を立てて歩道を転がっていく落ち葉もいいが、川に落ちて集まっている紅葉した葉っぱは、桜の花筏に勝るとも劣らない美しさだ。
地上のかわいた葉っぱよりも、水に濡れると赤がつややかだ。
もはや水面から沈んで、腐るのを待つだけの落ち葉が川底に暗くかたまっているのが見える。
その様子も美しい。

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しばらく前から、鯉の死骸が川の浅瀬に引っかかったままになっていることに気づいていた。
鯉の死骸を、川沿いの道を通るたびに見ていた。
少しずつ元の体ではなくなっていき、今日見たらついに骨だけになっていた。
立派な骨が川の水から飛び出して屹立していた。
韓国人アーティストのイ・ブルの問題作「荘厳な輝き(生魚にビーズなどの装飾を施して腐っていくのを見せる展示作品)」そのものだった。

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とにかく何を見ても美しいと思う。
自然のものに美しくないものがない。
紅葉の写真は誰でも撮るが、写真にするときは枯れた葉は注意深くよけて、きれいに染まった葉だけが存在しているように撮る。
でも本当は、その脇にくしゃくしゃに茶色くなった葉やまだ赤くなりきっていない葉が絶対にある。
それらを含めてすべて美しいし、今を盛りと赤くなった葉の一群れに光が当たると、赤に心を奪われる。
人工の色ではなくて、自然の中の色が自然の日の光で照らされるからあんなに美しい(だからライトアップには興味がない)。

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老齢の方々が、春の桜や秋の紅葉を見て「きれいねえ!本当にきれい!」と、惜しみなく感嘆の声を上げていることがよくあるが、今まで私は「あの年なら、数えきれないほどの回数の春や秋を過ごしてきただろうに。それでもなお飽きずに『きれいきれい』と言うのか」と不思議だった。
近頃になって、やっとあの人たちの心持ちがわかるようになった。
「ああ今年もまたここの見事な景色を見られてよかったわ!」
「命の洗濯ね!きれいなものを見て寿命が延びた!」
「来年も見られるかしら!それまで生きられるかしら。」
「アハハハハ!」
なんていうお決まりのやりとりが、グッと胸にくる。

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人間が自然の一員だというのは頭ではわかっているが、若いころはかえって感じにくい。
自分の体が老いていくことで、その事実は初めてわがことになる。
私も浅瀬に引っかかった鯉のように死ぬ。
くしゃくしゃに縮れた落ち葉のように死ぬ。
でもそれぞれの中に確実に美しさがある、と、思うことは、自分を肯定することなのだろうか?
父は秋の日の木漏れ日や腐っていく鯉を見たか?
それに自分を映したか?
7歳上の姉とちがって、私には父がいないことが当たり前の人生だった。
父を追慕したこともほとんどなかった。
しかし、父の年を抜かした今になって、父の不在が心から残念だ。
老人になった父ではなく、45歳で死んだときのままの父に尋ねたい。

by apakaba | 2013-12-04 14:49 | 生活の話題 | Comments(2)
2013年 12月 02日

蔵前仁一トークイベント「バルカン半島を旅する」

バルカン半島に興味を持ったことがほぼなかった。
しばらく体調の悪かった蔵前さんがお元気になって一発目の本格的な旅行に行った報告会、というのがうれしかったから聞きに行っただけだったのだが。

お話が進むにつれどんどんバルカン半島が好きになる!
精神的に縁遠かった場所が、具体的な“次の旅の候補地”としてピカピカと輝き始める!
この快感は久しぶりだった!

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2時間のトークはあっという間だった。
次々と飛び出してくる蔵前さん的名所の数々やエピソードを映像と地図で追いながら、「これはやっぱり蔵前さんにしかできない報告会だ」と考えていた。
命の危険にさらされるようなとてつもないスリルにあふれた冒険譚などはまるっきり出てこないし、話術がいやに巧みとかいうこともないのだが、蔵前さん自身の好奇心や満足感と共にいる感覚になるのである。
蔵前さんがほんとうに旅行が好きで、旅先を心からおもしろがっていることがまっすぐにわかるからだ。
「教えてやろう」「見せてやろう」という態度は皆無。
「昔のタビビトはああだったこうだった」という懐古趣味な自慢も皆無。
今、この旅行を楽しむことだけに邁進している、その率直さがどの世代の旅行者も惹かれる一番の理由だ。

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そしてこの報告会の、採算度外視な入念な準備ぶりよ。
お手製特製「バルカンの旅ミニガイド」と来年のカレンダーがお土産につき、動画を現地であんなにいっぱい撮って、シーンにぴったり添うすばらしいBGMをつけて編集し……これで参加費が1000円!
ご本人の労働を考えたら、完全に足が出るはずだが、動画を見たりミニガイドを読んだりしていると、「この人は、根っから好きなんだなあ、旅に関わることを作っていくのが。」とひしひし感じるのである。
もちろん、このネタ(という言い方は品がないが)をこれだけにとどめるはずがなく、今後なんらかの形になっていくだろうが、「鉄は熱いうちに打て!旅報告は新鮮なうちにしとけ!(忘れる前に!)」という気概がいい。

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神楽坂でのトークのあとはいつも激安な「竹ちゃん」へ流れる。そのあと3次会、パンクIPAステキー

時間と金銭の余裕がない今、実現がいつになるかはわからないが、ともかく私にとってはバルカン半島が旅の候補地として燦然と輝き始めた。
蔵前さんのいいところは、「蔵前さんが行ったのなら、私も大丈夫かな?」と思わせるところである。
蔵前さんは、ぜんぜんマッチョでもストイックな旅人でもなく、どちらかというとあまり体が強くない。
しばしば旅先で寝込んだりしていることに、親近感を覚える。
私も旅好きではあるが体が弱くて、重いものは持てないしたいていお腹を壊すし筋肉痛にもなるし眠れないと翌日の行動がつらい。
だから蔵前さんが報告で「ここを10キロくらい歩いて……」などと言っていると、「えっ、楽しそうなところだけど10キロも歩くのか。でも蔵前さんが平然とああ言っているなら大丈夫か……」と、希望を持って旅計画を進める気持ちになる。
あれだけの有名人(教祖だの元祖だのカリスマだのと勝手に称される)にして、この壁のなさ。
つくづく、特異な人だ。

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オーソドックスにボウモア12年

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夜中に揚げ物はイケマセン

蔵前さんと『旅行人』が、どれだけ私に出会いをもたらしてくれたか、数えきれない。
新しい友達との出会いと、未知の旅先との出会いだ。
ファン歴27年、もはや人生の一部だ。
感謝してもしきれない。
でも、私の中では蔵前さんは永遠に35歳くらいだが、実はけっこういい年だ。
これからも体に気をつけて、永遠に中年の星、老年の星として旅を続けてください。


*以前書いた旅行人関連の記事。
ファン歴25年の蔵前仁一さんと『旅行人』のこと
「インド先住民アートの世界」蔵前仁一コレクション
旅行人文化祭
大学生だった私へ……『旅をせずにはいられない、アジアの魅力』

by apakaba | 2013-12-02 12:27 | 旅行の話 | Comments(2)