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2014年 03月 30日

長崎旅行報告・前編(羽田ファーストキャビン・雲仙地獄ナイトツアー・長崎カトリックセンター・出島)

佐賀旅行報告を書いたばかりだけど、次に長崎に行ったことをまとめておこう!
長崎行きはチームラボ目当ての佐賀行きよりも前から、娘の「コシヒカリ」と二人で行くことを決めていた。
「コシヒカリ」が行きたいところ・泊まりたいところを最優先してスケジュールを組んだ。

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彼女はまるでゴージャス志向のない子で、まずは「カプセルホテルに泊まりたい!」
羽田空港国内線第1ターミナル内、カプセルホテル「ファーストキャビン」。
が、これがカプセルのスタンダードと思ったら大間違いだからね!

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学生時代、旅行に行くとカプセルにはお世話になったなあ。
カッコよさは京都のナインアワーズに負けるが、ここも悪くない。
ちなみに連休前夜とあって満室だった。

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長崎空港に降りてすぐにレンタカーを借り、一気に佐賀へGO!
長崎旅行じゃなかったの?
いえ、またしてもチームラボを見るために、佐賀へ行くのです。
チームラボの展覧会「チームラボと佐賀 巡る!巡り巡って巡る展(会期終了)」は4会場に分かれており、今回は時間の都合でそのうちの2会場をまわった。
(チームラボの感想はまた別の記事にします)

それにしてもこのとんこつラーメン屋、一歩入った瞬間に強烈な獣臭さが鼻を打ち、娘も「動物園のにおい!」と囁いていたなあ。
やっぱ基本的に苦手。とんこつ。

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長崎空港から佐賀、佐賀から雲仙へと怒濤のロングドライブをしてきた目的は!
「コシヒカリ」たっての希望で雲仙地獄のナイトツアーに参加することである。
行く価値アリ!
真の闇の中を懐中電灯を片手にゾロゾロと。
ガイドさんの解説を聞きながらまわるのは、日中よりも夜のほうが断然迫力があっておもしろいだろう。
満天の星空を見上げ、星座の解説もしてくれてお得。
とくに大叫喚地獄から夜だけ響いてくるという不思議な音(相当耳を澄まさないとわからない)は、娘が一番最初に「聞こえたっ!」と手を挙げて盛り上がっていた。
ヘアピンカーブの連続の山道を運転してきた甲斐のあるツアーだった!

雲仙での宿泊は民宿。
一泊朝食付き12000円/部屋、ちょっと高いと思ったがこんなものか?
風呂もトイレも部屋に付いていない。
私はふつうのホテルのほうが使い勝手がよくて好きだが、娘はこういう感じが割と好き。
お風呂は温泉じゃなかったので徒歩5分の公共浴場(温泉)へ。
庶民的銭湯好きな娘の好みに合う、いい感じのひなび方だが熱かった!

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翌朝の雲仙。おしどりの池というらしい。
またまたドライブをして長崎空港へ戻り、レンタカー返却。
運転免許があってほんとによかったなあ。
公共交通機関だけでは、一泊でこんなダイナミックな動きは決してできなかったことだろう。

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長崎カトリックセンター内のユースホステルに宿泊。
こちらも部屋に風呂トイレなし。
浦上天主堂の目の前というムードある立地だが周囲には飲食店などがほぼない。

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室内はこんな感じ。
ドミもあるが満室だった。
室内に洗面台があるだけでもありがたい。
窓の外に迫っているのは浦上天主堂だ。
ヨハネ・パウロ2世もお泊まりになったことがあるそうだ!

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娘がどうしても行きたいと言っていた出島。
娘に付き合って行ったつもりが、行ってみたらおもしろくて何時間も見てしまったよ。
恥ずかしながら、私は出島というのは今でもばっちり扇形で海に張り出した格好のままだとばかり思っていた。
出島ってとっくに周囲が埋め立てられて、まちなかにあるのね……これには完全に虚を突かれた!
見学しながらも、まだ「ここはただ出島について学習するだけの施設で、ほんものの出島は海沿いにあるんだ」と思い込んでいたなんて。
おかーさんのバカバカバカ。

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「カピタン」の部屋。
カピタンって何???考えてみたらキャプテンのことか。
オランダ商館長のことをカピタンと呼ぶらしい。
メチャクチャな和洋折衷ぶりに「コシヒカリ」も興奮。

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泣かせる、ニッポン西洋化への道。

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私は日本史にからっきし弱くて、出島のことも見学するまでほとんど何が何やらだったのだけど、それだけに目から鱗ボロボロだった。
出島にいたオランダ人たちは、日本人のことがすごくイヤだったのね!
ああ〜早く帰りたいよ〜って思っていたのね!

ほんものの出島を歩いてみて、そのせまさを実感した。
こんなに狭苦しい土地に、ほぼ閉じ込められていたとは。
そりゃ嫌気がさすだろう。
オランダ人たちは、タバコと酒とばくち(と傾城?)に完全に溺れていたらしい(そのことを示す展示ばかりだった)。
ワインやコーヒーなどの珍しいものをやたらねだってくる日本人を嫌がりながらも、毎日の昼食と夕食をこんなテーブルで日本人とともにとっていたんだって。

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さらに嫌そうな表情を浮かべているのは、微妙に色の黒い人たち。
オランダ領東インド(インドネシアとか)から連れてこられた人々は、さらに「ああ〜早く帰りたいよ〜」と思っていたんじゃないかなあ。

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そんなわけでいかにもふつうの日本建築に、いきなり南国調の窓の手すり。
バタヴィアから運んできたという。
無秩序さがすごいなあ。

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ただの工事現場と思って通り過ぎる人多数。
しかし、実はここは発掘調査の現場だった!
手ぼうきのようなもので丁寧に土を掃いている手つきを見て、「あれ?工事の人じゃないのね?」と気づき、声をかけてみると、調査員の方が「ここにかまどの跡があったんです。炭を置いた跡が見られます。」と説明してくれた。

出島にはかなり感銘を受けたなあ。
歴史ロマン好きな娘も、そうとうおもしろかったようだ。

中編(新地中華街・浦上天主堂・長崎原爆資料館)へ続く)

by apakaba | 2014-03-30 20:02 | 国内旅行 | Comments(2)
2014年 03月 29日

佐賀旅行報告

3月に2回、九州へ行ってきた。
佐賀県内で「チームラボ」の国内初の大規模展覧会を見に行くため、1日から佐賀へ、3週間後にまた佐賀と長崎へ行った。
チームラボの紹介と感想はまた別に書くことにして、それ以外の、ふつうの旅行部分を記しておく。
佐賀行きはFacebookに、チームラボと長崎行きはTwitterに、それぞれ連ツイしていた。
それをつなげて載せることにした。
まずは佐賀旅行。

福岡出身の友人たちが口を揃えて
「佐賀???佐賀は山と田んぼしかないのに。」
「私たちの中では、佐賀は“ない”ことになってる。クルマで福岡から“なにもない”場所を走っていると、もう長崎。『佐賀?通り過ぎたよね』というところ。」
と、さんざんなことを言ってきた。
行ってみると、本当に山と田んぼ。
レンタカーで走りながら、食事をできる店を探すのも大変だったし(コンビニのありがたみを実感した)、陽が落ちると身の危険を感じる暗さ。
こんなに真っ暗な道を走ったのは、学生時代に運転した知床以来だった。

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九州のラーメンはとんこつ中心なのか?
高菜が好きなので高菜入りにしてみたけど、しょっぱくなりすぎて今ひとつ。
高菜はやっぱり白いごはんの方が合う。

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佐賀県立宇宙科学館。
武雄にある。
実はチームラボの展示しか見なかった。
外観が派手だったので一枚。

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なにかと話題になっていた、武雄市図書館。
攻撃を覚悟で(誰からのでしょう)、実際に行ってみての個人的な感想を正直にいえば、「いいところだなあ」の一言。
月曜の午前中なのに駐車場は満車。
館内は老若男女、たくさんの市民でにぎわっていた。
娯楽のきわめて少ない佐賀県で、これは出色の施設だ。
武雄市長にもそこで偶然お会いしたが、報道されているような人物にはとうてい見えなかった。
いかにも生き生きしていて、アイデアが次々浮かんでくるような人。
感じのいいナイスガイだった。

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そして佐賀といえば!
やってきました吉野ケ里遺跡。
ここにはビックリした。
まず、広い。広いなんてモンじゃない。
絶対にまわりきれない。
土地を弥生時代のままにしておいても困らないくらいに地面があるということね。

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そしてとんでもなくよく整備されている。明らかにやりすぎ。
税金の使い道を、とりあえずここに持ってきている感じ。
地方の行政ってお金の使い方が難しいのね……

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たくさんお土産を買った山田酒店。
「鍋島」という日本酒がおいしいと聞き、このお店がいろいろめずらしい地酒を取り扱っているというのでわざわざ行ってみた。
行った価値のある品揃え、丁寧な説明。
佐賀でお酒を買うならここですよ!

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渋いところで、佐賀城本丸歴史館。
おすすめ!
佐賀への愛がたっぷりあふれている。
私も今まで佐賀のことを何一つ知らず、とくに関心もなかったけれど、ここを見学したら佐賀が大好きになった!
佐賀って、なんてすばらしい、立派なところなんだろう……と、ここを見たら本気で思う。

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最後に行った大隈記念館。
きわめて愛校心の薄いタイプなのだが、こんなところに行くと母校が大好きみたいじゃないか。
「大隈詣」とかいう幟まで立ってるし。
見学したけどとくに感慨はなし。
閉館15分前に行ったら「さっと見てきてください」と言って、受付のおばさんが入場料をただにしてくれた。
こういうのはうれしいなあ。

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チームラボ抜きにしても、大忙しの佐賀旅行だった。
長崎旅行は近いうちに載せます。

by apakaba | 2014-03-29 00:40 | 国内旅行 | Comments(0)
2014年 03月 27日

年度末までに……

ウェブライターの仕事を始めてから、PCを開けて文章を書くことはイコール“仕事の原稿を書く”という暮らしになってしまい、ちっともこのブログを書けなくなっちゃった。
さびしい。
まあ、ここは書いてもお金にならないけど、原稿は書けばお金が入るから優先するのは当たり前ですねえ。

さびしいといえば、もうひとつの仕事、保育園でも、年度末で別れの季節だ。
4月から小学生になる子たちは、やっぱりどことなくさびしそう。
文字通り物心ついたときから(多くの子が0歳のときから)ずっとずっと第二のおうちとして暮らしてきた保育園から出るのだからね。
不安だろうなあ。

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本文とは関係ないけど、長崎に行ってました。飛行機から見た快晴の富士山

私にも別れがある。
私のことを、夏のアルバイト時代にビシビシ鍛えてくださったベテランの先生(先生のことを昨年末に書きました→仕事納め)が、定年退職されると聞いた。
9月にパート勤務を始めてから半年間、ほとんど挨拶以上のお話をすることもなかったけれど、ショックだ!
先生に、お礼を言いたい。
でも他の先生がいるところではおおっぴらに「アルバイト時代に、先生について働けてよかったです!」と、その先生だけに感謝を述べることはしにくいし、第一、気恥ずかしい。
今日も、めずらしく空き部屋で二人になるというチャンスがあったのに、
「いやー保育園はシビアですね、幼稚園とぜんぜんちがって。そこがおもしろいです。」
とかなんとか言っただけで、感謝の言葉は言えずじまいだった。
バカバカバカ。

31日まで、あ、あと3日しか保育園に行かない……あと3回行く間に、なんとかお礼を言いたい。
その先生からしたら、私など先生が最後に面倒を見た出来の悪いパートタイマーに過ぎないけれど、私からすれば、短期アルバイトではなくて長期で働くことを決心させるほど、保育園の仕事がなんたるかを仕込んでくれた人だからだ。

by apakaba | 2014-03-27 23:28 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 03月 11日

震災後3年たって、やっとつかんだこと

小学校のボランティア活動で参加している影絵の公演を通して、気づいたこと、考えたことがある。
私は影絵の人形に声を当てる担当なので、その視点からである。

劇で役を演じることは、基本的に“照れくさい”ものだ。
照れを持っている限り、役は演じられないし、聞いている方にも演者の照れが伝染する。
自分を捨てきれない人に演技は無理だ。

反対に、役にのめり込むと、自分の体の中に、その役が“入ってくる”感覚がある。
それが高じると、陰惨な役などを演じる俳優の精神に異常を来したりすることにもなる。
同じセリフを、心の底から振り絞って口に出すということを、何度も何度も何度も何度もくり返す。
そのうちに、自分と役の人物に境がなくなり、誰が言葉を発しているのかがわからなくなる感覚。
役の中で、驚き・怒り・恐れ・感動などの強い感情を表すとき、私自身の体がカッと熱くなり、心拍数が上がり、ズキズキ頭痛がしてきたり、毎回同じ瞬間に涙が込み上げ、声が震えたりするのだ。
役が体に影響を与えるのである。
そして、演じ終わったあとも、その凝縮された身体感覚がいつまでも消えないのである。

3月の初めに演じた『たつのこたろう』は、1年前にも公演をした作品で、私は前回と同じく、主演のたろうの声をやった。
たろうが生まれる前に謎の失踪をして龍の姿になってしまった母親を探し、とうとう初めて親子が対面して「おっかさん、おら知ってる。おっかさんは、おらを育てるために、二つの目をつぶしてしまったんだね。でももう、おらが来たから、大丈夫だよ!」と励ますシーン。
1年前には、異形の姿になってしまった母を思いやり、力づけようとしていた。
だが、1年たって同じセリフを読み続けているうちに、
「そんな単純な感情ではなかったはずだ。生まれて初めて会う母親の姿がこれだったら、恐れや悲しみや怒りが込み上げたはず。通常の子供が母親に対して決して持ち得ない理不尽な感情。それを超えなければならない。『大丈夫だよ!』は、母親へと同時に、“自分に”言っているのだ。」
というところにまで思い至ったのである。
くり返すことで、役が本当に自分のものになったのだ。

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本文と関係ないけど吉野ケ里遺跡。広すぎたー

演劇は、教育的な活動に応用できるのではないか?と、練習の最中にずっと思っていた。
私が経験した「たろう」のように、自分とはちがう人生を生きる登場人物(陰惨な役とかじゃなくて)を演じることによって、その人にとってよい効果をもたらすのではないかと。
それには、演じる側にも見る側にも照れがあってはだめ。
役に本気でぶつかってセリフを言い、本気で指導してもらい、ひとつの作品に作り上げて上演したら、そのときその人の心は必ずや浄化されるだろう。

たとえば、犯罪者、中毒者、社会や学校生活に適応しづらい人など、何かしら生きることに困難を抱えている人たち。
演劇は彼らを変える力を持っているはずだ。
たとえば服役中の囚人が正義のヒーローのセリフを熱演したら……
引きこもりの人がコミカルな役を演じて、観客が爆笑したら……
いじめられている子がアドベンチャーの主人公を演じるとか……
これは、セラピーになるんだ!!!!

だが私たちはただの主婦で、できることとできないことがある(刑務所で演技指導に当たるわけにもいかない)。
そこで思いついたのが、影絵を被災地支援に役立てたいということだ。
具体的には、私の住んでいる杉並区と南相馬市は友好都市として交流しており、災害時相互援助協定も結んでいる。これを活用できないか。
区の教育委員会を巻き込めば、一度きりの慰問ではなく、影絵を通じて南相馬市の子供と長く交流を持てるかもしれない。

さっき震災特集のラジオ番組を聴いていたが、被災地の小中学校からの声で
「子供たちの心のケアはこれからも続く問題。むしろいま始まったばかりと言ってもいい。3年たって、ようやく子供たちはあのときのことについて(苦しかったことや悲しかったことを)口を開いて語り始めた段階」
というのを聴いて、ますますその思いを強くした。
東日本大震災について、風化風化と言っているのは、遠くの人間の思い上がりなのだ。
子供の心のケアが“いま始まったばかり”なら、準備が整ってから現地に乗り込んだって遅すぎるということはない。
公演やワークショップのような活動を、1回こっきりの自己満足に終わらせないために、入念な準備をしたい。

私は旅行が大好きだが、東北には3年前から一度も行っていない。
「震災ボランティアなどでなくても、ただの観光旅行でいいから東北旅行をしてお金を落とそう」という言葉はさんざん聞いたが、あまりにもショックが大きすぎて、とうてい平常心を保って東北に向かうことはできないと思っていた。
諸々の感情が押し寄せ、行こうという気持ちに達することができなかったのだ。

3年間、娯楽としていろいろなところへ旅行に行くたびに、後ろめたい気持ちもあった。
誰に責められたのでもないが、「旅行なんてぜいたくをできるなら被災地に募金しろ」「被災地へ旅行しろ」と言われているような感じがあった。
お金、は、無論とても大事なものだけれど……募金しても使い道がはっきり見えるわけでもないし、それよりも自分の中で「これなら私にも被災地に貢献できる」と確信できるものがないうちは、安易なことはしたくなかった。
今、やっと堂々と被災地の子供に会うために「これだ」と自信を持てるものをつかんだ。

私は逃げていた。
去年の今日、どうしても震災の日の日本にいたくなくて台湾旅行に逃げた(台湾2013いまだ連載途中)。
2年前の今日、ただ苛々し、無力を感じてこんな日記を書いていた(1年前の日記)。
それは、「私は被災地に、これを持って行ける」と確信できるものを、なにも持っていなかったからだった。

これは私が思いついたことで、まだメンバー全員に言ってはいない「夢」の段階だが、いつか実現させたい。
何年かかるかわからないけれど、何年かかるかわからない大きな「夢」があるって、すごくいいなあ!

by apakaba | 2014-03-11 13:52 | 生活の話題 | Comments(4)