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2014年 05月 27日

台湾で、日本を考えていた 14.埔里の夜と朝

13.紙聖堂(ペーパードーム)のつづき。(初回は台湾2013からどうぞ)

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紙聖堂から埔里のゲストハウスへ戻るのに、どうにかバスをつかまえることができた。
あまりにもバスが来ないのでなかば本気でヒッチハイクを考え、家族連れなど安心できそうな車に存在をさりげなくアピールしていたが、乗らずに済んだ。

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日月潭でチーズケーキを食べたのにすでにお腹が空き、ゲストハウスにたどり着く前に血のスープを食べた。
豚の血を蒸して豆腐のように固めたもので、豬血湯という。
私は貧血が深刻なので、中華圏で見つけると食べることにしている。
飛び上がるほどおいしいわけでもないが、栄養満点で、新鮮な血でないと作れないという。

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ゲストハウスに戻ると、日本人オーナーさんに近所のおいしい店を聞く。
お勧めは徒歩15分くらいの、蒸し餃子の店だった。
屋台街のような地元民中心の屋台街があるから、そこへ行けという。
途中でコンビニに寄り、台湾ビールを2本買って餃子に臨む。

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餃子はもちろんおいしい。
だがとくに飛び上がるほどでもない。
一人で食べていると、これ一品だけでお腹いっぱいになってしまうのが少しつまらない。

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ゲストハウスのドミトリーは、30代と見える日本人の女性二人組と、50がらみの女性と、香港から来たという20代の女性が同室である。
まっすぐ帰るのは早すぎるので足マッサージに行く。
私は足がとても疲れやすくて、足マッサージは毎晩でもやりたいくらいだ。

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探し歩いて一軒だけ見つかった足マッサージ屋。
たいへん上手であった。
英語も日本語も通じないのでほぼ黙っていたが、中華圏のマッサージ屋は腕が確かだなあ。

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下段のベッドから見える女性用ドミの風景

ゲストハウスに戻ると、日本人二人組はベランダに出てビールで盛り上がっているらしい。
おばさんはすでに熟睡。
香港の女の子もイヤホンをつけて眠っていた。
私のベッドはおばさんの下段で、おばさんがかなりいびきをかくのが気になってちっとも眠れない。
ほんとのドミは久しぶりだ。

<4日目>3月13日

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4日目、今日が最終日だ。
ゲストハウスは朝食がないので外に食べに出る。
もともとのどかな埔里だが、バスターミナルから離れたこの界隈はさらにのどか。
しかし一歩外に出ると、目を奪うタワーがそびえている、シュールなコントラスト。
あれは台湾建築界の巨人・李祖原氏設計のビルである。
台北101と似ていて一目で李氏の作品だとわかる。
今日は午後の帰国便までの間に、李氏の作品をひとつ見に行く(あのタワーじゃなくて)。

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なぜか公園にダチョウが放し飼いされているシュールなのどかさ

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地元の人々がテイクアウトしている食堂に入った。
一人メシなのでひたすら安く。

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なんか旅の間じゅうこんなようなテキトーな食事ばかりしていたなあ。

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きのうの夕方にも同じ場所を通っていたのに、朝の光の中だとみんなフレッシュに見える。
埔里は酒造りや製紙工芸も有名な街である。
そして台湾映画『セデック・バレ』の舞台となった「霧社事件」の霧社にも近く、温泉も散在している。
もっとゆっくり滞在していたら、もっと埔里が好きになったことだろう。
しかし3泊の詰め込み旅行では仕方がない。
あと一箇所、建築を見て日本へ帰ろう。

15.(最終回)中台禅寺につづく)

by apakaba | 2014-05-27 09:43 | 台湾2013 | Comments(0)
2014年 05月 25日

ガラスを握った手を開くな

きのう書いた、「でも扱いに注意しないと、怪我をする」について、Facebookでいろいろコメントが寄せられた。
そこでのレスを少し書き出して、きのうの記事の補足をする。

きのうの話の最後に書いた「ガラス」は、いうまでもなく私にとっては旅のことだ。
私は病的に旅好きで、こと旅行となるとすべての理性が吹っ飛んでしまう。
昔から危険な性向だと自覚しているが、誘惑に勝てない。
それで家族に(独身時代は母に、結婚してからは夫に)多大な迷惑と心配をかけてきた。
とくに夫には、心配をかけるだけでなく留守中の家事育児を押し付けていたので、彼も我慢の限界に達していたことと思う。
実際、去年は実に夫婦のピンチであった(現在全力で立て直し中)。

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ガラスはいくらきれいでも、所詮はガラス。
ダイヤモンドは、現実の生活の中にある。
大事なガラスを手放したくなくて握りしめると手を切る。
生活をそっちのけにしてガラスにこだわっては怪我するだけだ。
でもあぶなくても好きだから離したくない。
誰にでも、手に握ったガラスのかけらはあるだろう。

愛する人たちを捨て置いて無謀な旅をしてきたことで、得たものも失ったものも大きい。
自分のやってきたことを、自分の子供たちがやろうとしたら、手放しでは賛成できない。
でも実際にやってきてしまったら、ガラスの光をかざしあうように旅の断片を話し合うだろう。

私は夫に本当に申し訳ないことばかりしてきた。
せめてものつぐないに、できるだけ私のご招待で一緒に旅行に行くようにして、無謀な行動は慎む。
ご招待のためのお金を稼ぐ。
そのために、旅のウェブライターとして原稿を書く。

さて。いきなりここから案内になるが、私が今やっているライターの仕事は、旅行サイト「エイビーロード」の旅コラム「たびナレ」というコーナーだ。
このコーナーは何人も執筆陣がいて、毎日更新される。
このたびやっとライター別検索ができるようになった。
たびナレガイド:神谷」という名前で載っている。
旅行をして、このブログに書いてきたことを、商業ベースで読むにふさわしい内容に直して書いている。
(自分の個人ブログに載せた文章をベースに書くことはとくに問題ないため。)

旅行サイトの商業ベースで書くということは、とにかく読者が旅行に行きたいという気持ちにさせることが目的だ。
だから「いまどき文章のうまいおもしろい素人旅行記は山ほどある。それは求められてはいない。情報が正確であること、“あなたも一度行ってみませんか?”“ぜひ試してみてください!”といった、一歩踏み込んだ誘い文句を入れることなどの定型を守る。自己完結のエッセイになってはだめ。」といった約束事を守ることになる。
これはまさしく自分勝手に自己完結で長年文章を書いてきた私には難しかった。
それでも、ありきたりのガイド記事は書いていてつまらないので、私ならではの視点を盛り込んでいるつもりだ。
難しいがおもしろい。
本来の文体とはちがうけれど、やっぱり旅という好きな素材で文章を作るのは、書くのが好きだから楽しい。

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転んでもただでは起きないとかいうと身も蓋もないが、夫と旅をするために、今までの多大な犠牲を払って続けてきた旅行のことを書いているわけだ。
ガラスを懐手に握ったまま、ダイヤモンドを磨くため!
そんなわけで、たびナレ読んでね。
「いいね!」もよろしくお願いします。
人気があればこのコーナーも存続するので!

by apakaba | 2014-05-25 22:56 | 旅行の話 | Comments(0)
2014年 05月 25日

でも扱いに注意しないと、怪我をする

息子の年齢のネット友達がもうすぐ海外赴任に行くので、その前に会った。
1年ちょっと前に、うちに遊びに来たことがあり、会うのは今回で二度目だ。

彼はたまたま検索で私のブログ記事にヒットして読み、「いきなりだけど、三谷眞紀さんのファンになった。」とツイートしていたのをたまたま私が見て「この人は誰だろう?」と思って声をかけて知り合いになったのだった。

前に会ったときは卒業間近の学生だったが、就職して1年過ぎて、学生っぽさが抜けていた。
彼は私の旅行記事を読んで影響を受けて、一人旅を志向するようになったという。
私と同年代のお母さんが、息子の一人旅をとても心配しているということも初めて知った。
私は、自分の子供たちに「一人旅ができない人間にはなるな!」と言って、一人前のタビビトになれるようあれこれ指導してきたので、自分と正反対の親御さんには驚くばかりだったし、大切な息子さんにそんな悪影響を及ぼしてしまって合わせる顔がない。
とはいえ、もう社会人なんだし、親としても肚をくくるしかないだろう。

しゃべっていると、つい年齢差を忘れてただの旅で知り合った友人のような気分になってしまうが、私の半分しか人生を生きていない人なので、たまにまるっきり話が噛み合わずそれがおもしろい。
私は若い人に「私の若いころの旅行は……」と、昔の旅苦労自慢をするのは嫌いだ。
だから彼はほとんど私のハードなエピソードを知らない。
話の流れでちょこっと出てしまうだけで、すごくおもしろがる。

インドでインド人をバイクの後ろに乗せて田舎道を運転した話や、ウズベキスタンで長距離タクシーの運転手に「疲れたから運転を替われ」と言われてマニュアル車のタクシーを運転していた話などには呆れられた。
中でも「親に安否を知らせるために、国際電話をかけるのは半日がかり」という、昔のネパールやインドでの話は「そういうふうに国際電話をかけるということ自体を初めて聞きました。そんな話をする人、周りにいないし」と言われて、ジェネレーションギャップを痛切に感じた。

彼の年、私はなにをしてたっけ。
彼の生まれた年。
彼の生まれたとき。
もしかしたら、彼の生まれた日。

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はいありましたー。
1991年、23歳、1月から2月にかけ、会社をやめてインドネシアをぶらぶらしていて、旅先で知り合った人の家から家へ、転々と泊まり歩いていた。
居候つづきで、宿というものに泊まっていなかったからお金をぜんぜん使わなかった。
写真はジョグジャカルタ。
これを撮った人は誰だろう。

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これを撮った人は誰だろう。
ここはどこなんだ?
誰と行ったんだろう。
私は誰に向かって思いっきり笑顔を見せておどけているのだろう?
思い出せない。

彼の人生の2倍を生きて、その間に、あんなに鮮烈だったいろいろな旅の思い出も、写真がたくさん残っていてさえ、このありさまで忘れてしまう。
まったく情けない。
そんなのって、若い彼には、信じられないことだろうな。

でも、個々のことは忘れてもいいの。
旅はその人の奥深くに沈んでいる、宝物のガラスのかけら。
同じ宝物を持っている者同士、目が合ったら懐からちょっとだけ取り出してお互いに向かって光らせて、にやっと笑ってまたすれちがっていく、そんなものじゃないかな。
私の息子じゃないけど、がんばれ。
あなたは懐に宝物を持ってる。
(→タイトルへもどる)

この話の続きはこちらへ→ガラスを握った手を開くな


by apakaba | 2014-05-25 00:56 | 旅行の話 | Comments(0)
2014年 05月 22日

お祭り好き

新しいことをやりたいといつも思ってるけど、ほんとに一から新しいことをやるのは大変。

今年度も、影絵人形劇の活動には在籍しているが、土曜出勤に勤務が変わったので、なかなか手伝うことができなくなった。
今年は公立小学校でも土曜日の授業が復活して、土曜の授業時間を使って子供たちに影絵の作り方や上演までの指導をすることになった。
なんかすごい出世だけど、そんなわけで私はほぼノータッチ。
また今年も年に2回くらいの公演の声の出演に駆り出されて、なにがしかの役をやって、それについていいとも悪いとも評価されないで、孤独な気分でメンバーの演技指導をやるのだろう……と考えると、なんだかなあー。

なにか、新しいことを、加えられないものだろうか。

きのう、運転しながら久方ぶりに声を出して歌を唄った。
ふだんの生活で歌を唄うことがまるでない。

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歌を、劇に取り入れるのはどうかな。
今までも歌は入っていたけど、私が役柄の中で唄うのではなく、楽曲部分は独立して別の人(プロの歌手)が唄っていた。
もっと簡単に、演者が劇中に短く唄うのはどうだろう?

これまで、ふざけて「ミタニさん唄う?」と何度か聞かれたけど固辞してきた。
歌は、ヘタでもないけど抜群というほどでもない。
演技と歌を較べたら、演技よりはヘタだ。
役を演じている中で唄うのは、ただ唄うのとは難しさがちがうだろう。
私は少年役ばかりだから男の子になって唄わないといけない。
歌で演技の足を引っ張りたくなかった。

でもなんか新しいことをしたいのよねえ。

もしくは、せっかく土曜授業を受け持ったのなら、これを利用して、子供たちに劇中の歌やかけ声なんかを仕込んでおいて、本番でいっしょに唄ったりかけ声をかけてもらったりするのはどうかな?
盛り上がりそう。

もしくは、高学年で演技のうまい子をスカウトして、小さい役で出演させちゃうとか。

そういうことを考えるのは得意。
昔から文化祭みたいなもののアイデアが次から次へと湧いて出てくるタイプ。
お祭りをやりたくて、在籍しているの。

by apakaba | 2014-05-22 20:18 | 生活の話題 | Comments(4)
2014年 05月 21日

卒園した子たち

新年度になってから、保育園の勤務でさびしく感じていることは、3月に送り出した5歳児(年長児)クラスの子供たちと会えなくなったことだ。
乳児から2歳児くらいまでは、たしかにかわいいのだけど、それはこっちが一方的にかわいいと思っているだけで、向こうは私のことなど、離れて数ヶ月もたてば覚えているわけがない。
でも大きい子たちは、私のことを「マキ先生」と言って向こうから慕ってくれていた。
このちがいは大きい。

今日、買い物から帰ってきて、家の前の駐車場に車を停めようとしていたとき、たまたま、卒園して1年生になった男の子と女の子に会った。
車の窓を開けて「○○ちゃん!」と声をかけると、しばらくぽかんとした顔をしていたが、「……マキちゃん。」
私も忘れていたが、生意気盛りのあの子たちは、パートの先生である私のことを親しみを込めて「マキちゃん」と呼んだりしていたのだな。
正規の先生たちにはないしょだけど。

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ほんの一ヶ月半会わなかっただけで、とても懐かしかった。
0歳児からいる保育園の中だと、彼らは大きくたくましく見える。
でも卒園して1年生になってランドセルをしょって黄色い安全帽子をかぶっていると、当時より背は伸びているはずなのに、急に小さくかわいく見える。
あれはおもしろいなあ。

あの子たちを前に、早く私のやる劇を見せたいなあ。
あの子たちが見てくれるなら、やりがいがぜんぜんちがう。

by apakaba | 2014-05-21 23:15 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 05月 19日

校歌(早稲田大学茶道研究会創立六十五周年記念茶会欠席)

おとといの土曜日、早稲田大学茶道研究会創立六十五周年記念茶会があった。
私が大学時代に所属していたサークルの記念行事だ。
5年前、「早稲田大学茶道研究会創立六十周年記念茶会」のことを書いた。
あのとき、「また5年後ね」と言って、唯一のサークル友達kくんと別れた。
5年たったが、今年は行かなかったのだった。
私は土曜日出勤の仕事になったため、ふつうどおりに仕事をして、夕方から次男のバイト先で夫と友達と飲んできた。
その間(かん)、頭の片隅で「今ごろお茶会だろうな。誰が来てるかな。」「今ごろパーティーかな。校歌を唄ってるかな」と、ちらちら考えていたのだ。

保育園の仕事にはまだ就いたばかりなので、年休が年に6日しかつかない。
貴重な年休を使いたくないというのがお茶会欠席の理由。
正直言うとあまり会いたくないという人もちらほらいたし。
そして夜のパーティーは、現役の分を負担するからだろう、会費10000円ととても高い。
ほとんど仲のいい人がいないにしては高すぎるよねと思い、迷ったけれど欠席にしてしまった。

でも、少し後悔している。
行けばよかったかなと思ってた。
本当の本音では、私は、校歌を唄いたかったのだ。

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お茶ではなくお酒を飲んでしまうのは、今も昔も私は同じ

ここから先は、早稲田大学の卒業生でないとまず理解してもらえないと思う。
だが早稲田の学生で、校歌を唄ったことがある人間なら絶対に共感するはずだ。
早稲田大学の校歌は、日本で一番有名、というより日本で唯一の有名な校歌だ。
校歌だけはみんな好き。
あの校歌は1番から3番まで、すべて唄って価値がある。

でも、卒業したら、もう校歌を、お腹から声を出して唄う機会などまずない。
耳にすることはあっても、ちょっと口ずさむことはあっても(まあないけど。恥ずかしいし)、大勢で集まって拳を振って声を限りに校歌を唄うなど、サークルのパーティーででもない限りありえないだろう。
愛校心はなくても愛校歌心は強いのが早稲田の学生なのだ。
私もかねがね早稲田はだめな学校だと思っているけど、校歌を唄うのが感動的な時間であることにはいささかの照れも疑念も差し挟むことがない。

と、それくらい校歌には愛着があるのに、みすみすチャンスを逃してしまった。
土曜日、帰宅してからkくんの書いているSNSの日記を読んだら、私が思っていたこととまるっきり同じことが書かれていた。
曰く、校歌が心にしみた。みんな校歌が唄いたくて集ってるんだ。早稲田は凋落著しいけどやっぱり校歌を唄うことだけでもパーティーに行く価値はある……あらら〜。

これを読んで、彼は本当に友達だなあと思った。
5年会ってないしこのあと5年はまず会わないだろうけど、離れていても校歌に寄せる思いは同じ。
5年前に会ったときも、その前は15年くらい会ってなかったし。
つまり卒業してからほとんど会ってない。
でも校歌があれば大丈夫なんだ。

その話を夫にしたら、
「当たり前だ。あの校歌は誰だって好きだよ。俺だって好きだ。俺、卒業式のとき校歌だけ唄いに行ったんだもん。」
この人とも、やっぱり本当に友達だなあと思ったよ。
5年後には10年ぶりに、茶会とパーティーに行こうかなあ。

by apakaba | 2014-05-19 17:34 | 生活の話題 | Comments(2)
2014年 05月 03日

江口寿史 キング オブ ポップ(予告編)展

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80年代のあのころは、絵の上手さにビックリしたものだけど。

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たしかに、ひばりくんの原画(非売品)は美しかったけど。

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こうして新しい絵と見比べると、今のほうがうまい。
今のほうがしなやか、今のほうが立体感がある、今のほうが描く力が抜けてそれでいて描かれる女の子に力がある。

新しくなるほど魅力が増す。
立ち止まらずに描き続ける。
円熟してるけど進化している!
すごい!

by apakaba | 2014-05-03 07:19 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)