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2014年 06月 29日

予後(顔面神経麻痺)

顔面神経麻痺その後。
本当はきのうの土曜に退院を予定されていたのだが、「土曜は仕事に行くので金曜退院にしてください」と頼み、点滴の時間を早めて金曜に無理に退院してきた。
だからやっぱりきのうの出勤は体がきつかった。
親しいパートさんたちには、顔の半分が動かないことを見せて楽しんでいただく(楽しんでいただく?)。
右目だけパチパチと素早くまばたきして、麻痺している左目が閉じない様子を見せたり。
気の毒がってへんに目をそらされるよりも、「うわあほんとうだ!」と素直にビックリされるほうが気が楽である。

なによりも、ものを食べることがハードルだ。
口から食べ物が出てしまうし、ふつうなら決して出さないような汚い音を立ててしまったりするし、口の周りがすごく汚れる。
そもそも食べているときの形相がすさまじい。
がっついているつもりはないのに、右半分だけ大口を開けることになり、地獄絵の「餓鬼」のようだ。
私は回復を信じているけど、これが一生だったら、本当につらいだろうなあ。

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たいしてかわいがっていない犬だが退院して触ったらやっぱり癒された

さっき次男に「だいぶ治ってきたね。お見舞いのときに較べたらずいぶんマシになったよ。」と言われた。
娘は、下唇を下げたり口をとがらせたり両目をぎゅっとつぶったり鼻に皺を寄せたりする顔の動きを「これできるの?」「これは?」「これは?」と言ってくる。
百面相をすると体を折って笑い転げる。
箸が転がっても可笑しい年頃の乙女には、悲劇的な母親の顔も笑いの例外ではない。
その笑顔はしみじみとかわいく美しい。

まだ頭痛や顔の痛みがなくならないので、ゆうべは退院祝いと精をつけるために焼き肉に行った。
帰り道、雨が降ってきたが長男は傘を持っていない。
娘が差し掛けてあげて、兄妹で仲よく傘に入って帰ってきた。
そういう姿を見ていると、「兄妹はいいな。」と思う。

無表情でいると、左側の崩れはあまり気にならないレベル。
だが笑ったりして表情筋が大きく動くと、とたんに地獄絵の顔になってしまう。
無表情でいられる時間は、周りに気づかれないから気が楽だ。
でも、それでもきっと大きく笑ったりするほうが、早く回復するんじゃないかな。

by apakaba | 2014-06-29 18:33 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 06月 27日

ホテルにこもれ!ジオパークをめざせ!の香港旅行 〜2.香港ジオパーク

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彩虹駅を出ると建ち並んでいる団地群。「虹」を表現しているらしいがボロボロ

香港ジオパーク
1.ロテル・エランのつづき。
ジオパークに行きたいとは思っても、方法がわからないままだ。
ホテルのフロントで聞いてみた。
「西貢(サイクン)へバスで行き、船着き場へ行けば、プライベートボートがありますよ。大型の定期観光船ではなくて、漁師が漁の合間の稼ぎでやっているようなボートです。客引きがたくさん出ているから大丈夫」
と言われてほっとした。
まず、緑のミニバスで西貢へ。

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西貢にあるビジターセンターがあるが定休日、というかまだつくりかけの模様?

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西貢はやはり田舎

ここは近くの離島へ渡る船がたくさん発着しており、船着き場には海水浴客が長蛇の列をつくっていた。
まだ海水浴場に着いてもいないのに、早くも水着姿の若い男女。
浮き輪をかかえた子供。
みんな楽しそう!
だがそんな彼らを尻目に、我々はジオパークをまわるのによさそうなボートを物色する。

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ここはどう?

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こっちのほうがいいか。

ボートツアーはコース(乗船時間)によって値段が何種類かに設定されている。
一人で乗っても満席になっても同料金。
みんな海水浴に行ってしまい、真面目に(?)柱状節理を見学したい旅行者などあまりいないようだ。
誰かと乗り合いにしようとしばらく待ってみるが、なかなか集まらない。
やっと、真面目そうな中国人男性二人組の旅行者がやってきた。
さっそく「いっしょに乗りましょう!」と誘う。

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この大きな船に乗るのではなく、私たちは手前の青いほう。乗り込んでいる青いシャツが中国人二人組。チラリと奥に見えている、停泊中の船の多さよ!よくぶつからないもんだ

チャーター料金は、たしか14000円くらいだったと思う。
ジオパークに興味を持ってからも行き方がさっぱりわからず、ずっと心細い思いをしてきたから、人が集まらなくても乗るつもりでいたけれど、やっぱり一気に半額になったのはうれしい(我が家の分は7000円くらいに)。

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さあスタート!

雨季の香港でこの快晴は幸運だ。
レディーファーストで、中国人男性二人組は私を前の席に座らせてくれた。
どうしておそろいの青いシャツを着ているのか知らないが、海水浴に目もくれずこっちへ来るだけあって、彼らは熱心に見学していた。
彼らのカメラには、無数の私の後頭部が記録されたことであろう。
なんかごめん。

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細いトンネルを器用にくぐっていく

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中国人青年は「洞窟なう」とスマホ撮影しSNSへ(推測)

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トンネルくぐり中。こういう写真って本人しかおもしろくないのよね

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天気は最高、船頭さんの操舵テクもよく、楽しいクルーズ。
残念なのは船頭さんの言葉が理解できないことだけだ。
広東語なのか、「あの岩はナントカという名前だよ」などと、指差しながら教えてくれるのだがそれがわからない。
中国人二人組は言葉を理解していて、質問したりしている。
彼らは英語も話せるので、「あの遠くに見えているのは中国本土ですよ」などと私たちに教えてくれた。

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水がきれい〜。またせまいところを通ろうという船頭さん

ジオパークの奇岩にはそれぞれ名前がついている。
「牛尾洲」「吊鐘洲」「火石洲」などなど。
長いコースにしたのでみんな見たのだと思うが、そんなわけでなにがなにやら。
しかし、ここだけは必ず見たいと思っていた岩があった。
「破邊洲(ポーピンチャウ)」という、この奇岩ツアーでももっとも有名な景観を持つ岩だ。

もとは岬の先端だったのが海蝕により切り離されたこの岩は、30mもの高さの六角柱状節理を有するという。
念願のポーピンチャウを、海から見ることができた!
今回の香港に来た甲斐があったなあ。

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ついに来たポーピンチャウ(右側)!せ、せまい……ほんとに通れるの?(向こうにチラッと、後述の萬宜水庫が見えている)

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水の美しい海峡(?)を通り抜けていきます

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はい通れましたー!ふりかえったところ。

見事な柱状節理の壁は傾斜80度だという。
やはりここがハイライトなので、喜びを分かち合い、乗客4人でかわるがわる記念撮影。
船頭さんも4人いっしょの写真を撮ってくれた。

しかし感激がおさまってみると、重大なことに気づく。
ボートからだと下から見上げることになるため、全体像が、撮れない……
あの光景は、陸路からハイキングしてこないと見ることができないのだ。
香港ではあまり長くない涼しい季節に、いつかまた来たい。
(どこかから画像を引っ張ろうとも思ったが人の写真を交ぜるのもなんなので、ぜひ「破邊洲(ポーピンチャウ)」で検索してみてください。)

そして、せまい海峡(?)を通り抜けると、そこはポーピンチャウと並んで憧れていた、「萬宜水庫」だった!
ここで新たな感激。

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萬宜水庫とは、1970年から建設の始まった香港最大の貯水庫だ。
香港全土の地図を見ると、一番東に大変大きなダムが記されている。
この、「萬宜水庫」の四文字を見るたび、わけもなく「見たいなあ」と思っていた。
ある風景の写真を見て、「この場所へ行きたい」と切望することは誰でもあると思うが、なんとなく地図を見ていて似たような気持ちになる人も、きっとたくさんいると思う。

ポーピンチャウと萬宜水庫、二つ見られて感激したあとは、まだまだ続く怒濤の六角柱状節理群!
ハイライトはずっと続くのであった。

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感激にズキズキする……

自然観察系の観光が大好きなので激しく興奮しているが、私のカメラではせっかくの大迫力の柱状節理がとても遠い。
ズームレンズに替えて、ちょっとだけ寄ってみる。

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うん、ちょっとズームするだけでよく見える!
替えのレンズを持ってきてよかった!

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感激……!

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感激……!

香港ジオパークの成り立ちについて検索していて、このような文章を見た(pdfファイルだがこちら)。

「今から1.5億年ほど前、香港東部の西貢地区は大噴火に見舞われ、直径20kmのカルデラが生まれた。そこに400mもの厚さで堆積した火山灰がゆっくりと冷えて見事な六角柱状節理群が生まれた。通常柱状節理は深灰色の玄武岩だが、この地のものは明るいオレンジ色の流紋岩だ。一本の節理の直径は1mほどもあり、世界的にも稀な大きさだ。それが1979年に作られた大貯水池(萬宜水庫)のおかげで手軽に観察できるようになり、2009年には中国ジオパークに指定された。そして今年(2011年)秋にはユネスコの国際ジオパーク指定・・・」

これを読んだら誰だって行きたくなるだろう。

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帰路につく。カキの養殖場を見た

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帰りには海水浴客やカキの養殖場から帰るお客を乗せていく。乗船を手伝う、すばらしい肉体美の香港じいさん

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「彼氏と海水浴、楽しかったワ!」やーん私の前の席を取られちゃった

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もうすぐ最初の船着き場へ。あの山々を、いつかトレイルしてみたい

香港ジオパークについて、日本での知名度は低い。
だが、日本からアクセスの簡単な香港で、これだけの原始の大自然の姿を見られるということはもっともっと知られていいと思う。
そのためには、日本語サイトの充実を、強く望む!(多くの日本人は英文サイトを見ない!)

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下船。中国人二人組よありがとう!そして我々は西貢の観光客らしく、やっぱり海鮮料理に行ってみるのであった

3.フォーシーズンズホテル香港につづく)

by apakaba | 2014-06-27 06:57 | 香港2013 | Comments(2)
2014年 06月 26日

入院生活をふりかえって

すばらしい入院生活も、とうとう明日でおしまい。8日間の入院だ。
明日、最後の点滴を入れたら退院する。
あさってには仕事に行かねば。

顔面神経麻痺の治りはまだ表れない。
しかしみんなが完治するというから、完治を信じている。

実に楽しい入院だった。
自分の病気が、重大な病気の人に較べて笑っちゃうほどのものだったからだが。

運動不足解消のために、夕食後の静かな時間にベッド400床の院内をくまなく歩き回ると、たくさんのすごいお年寄りが苦しみながら寝ている。
ふだん、保育園児という、ピチピチプチプチとはじけそうな人間と接しているから、この落差は新鮮だ。
みんながんばってるのだなあ。
病院の廊下を徘徊して、それとなく部屋のベッドをのぞいて歩くと、自分が院長か幽霊になったような気分だ。
とても客観的になる。
鈍感になるとか、冷たい感情というのとはちがう。
こうして弱って死ぬのだなあということがわかるだけだ。

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ある昼食。にんじんのすまし汁、お好み焼き風玉子焼き、いんげんのあえもの。私はいんげんが大好物だ

この病院のスタッフは、皆とても若い。
この病棟の特徴なのか知らないが、男女の看護師さんたちは若者ばかりだ。
若い人が働いているのはいい気持ちだ。
廊下やナースステーションではわいわい楽しげなやりとりが聞こえる(決してうるさくはない)。
まるで大学のキャンパスみたいな明るい雰囲気で、激務なのだろうけどこんな感じの職場ならけっこう楽しく乗り切れそうじゃんと思う。
若者の雇用があるのはいいことだ。

若い人たちはいろんなタイプの患者の扱いを、よく心得ている。
年配のベテラン看護師は、だいたいはすばらしい方だが、中には無神経なことを言う人もいるものだ。
でも若い人は、気の遣い方が自然だ。
“空気を読む”世代は、やさしい。
入院患者を扱うような、人と人とのやりとりで瞬時の反射神経を必要とされる仕事に、彼らはとても向いていると思う。

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ある昼食。冷やし中華と肉団子。なぜかつけだれ。かけてもよかったか。麺をすするのは顔面神経麻痺には無理

私の部屋は4人部屋で、カーテンで仕切られているからお互いほぼ顔を合わせないままだが、入れ替わりいろんな人が入っては出て行く。
その気はなくても、カーテン越しにいろいろな人生を垣間見てしまう。

一人暮らしの年配の女性たちは退院後が心細そうだ。
結婚している女性たちは、お見舞いに来る旦那さんの前では気丈にふるまっている。
旦那さんたちのほうが、心細そうである。
「(お前が入院して)さびしいなあ」と口に出す人もいれば、「いいよまだ面会時間ぎりぎりまでここにいるよ」と粘って、病気の奥さんに「もう帰りなさいよ」と追い返されたりしている。
みんなとてもやさしい言葉を、やさしく奥さんにかけてあげている。

しかし患者さん(入院中の奥さん)は、本当は心細いのだ。
私以外はみんななにかの手術をひかえているか術後かである。
彼女たちは、説明に来る医者の前ではおとなしく、やはり気丈にふるまっている。
しかし若い看護師さんが来ると、こっそりと不安を打ち明ける。
旦那さんの前でも、医者の前でもしゃんとしている女性患者さんは、看護師の前だけでは本音をもらしている。
何度となく聞いた。

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最後の晩餐、海鮮チャンプルと揚げ茄子醤油和え。茄子に目がなく野菜大好きなので最高だった!というかどの食事もおいしかった!ありがとう病院食

病院は、社会での立場がスルッと逆転するところだな。
どんなえらそうなおじさんも、手術衣を着せられて髪を隠す帽子をかぶせられれば、ただの患者。
そんな格好で若い看護師さんに説教したって、悪いけど笑っちゃう。
私はPCを持ち込んでSNSをやっていれば、誰もお見舞いに来なくても励まされたし少しもさびしくなかったが、PCを使えない患者さんには毎日が単調で、不安のやり場がなく、看護師さんにぶつけるしかないのだろう。
まったくインターネットバンザイだ。

そんなわけで、ともかく社会復帰……この一週間、たくさんの励ましありがとうございました。
おかげで私は、ずっと平穏な気持ちで入院生活を送れました。
ほんとはもっともっとブログを書きたかったけれど、一応患者だし、これくらいで。おほほ。
怒濤の更新をぜひ読んでね!

入院中の更新↓

顔面神経麻痺で入院中

入院日記(顔面神経麻痺)

台湾で、日本を考えていた 15.(最終回)中台禅寺

台湾で、日本を考えていた インデックスとあとがき

ホテルにこもれ!ジオパークをめざせ!の香港旅行 〜1.ロテル・エラン

実は香港旅行記ジオパーク編も書いたのだけど、それは明日の更新に回します。

by apakaba | 2014-06-26 23:35 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 06月 25日

ホテルにこもれ!ジオパークをめざせ!の香港旅行 〜1.ロテル・エラン

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<はじめに>
昨夏に夫と行った香港旅行を、写真で紹介していく。
台湾で、日本を考えていた」の連載が終わったばかりだが、入院中で時間があることだし、できるだけ更新してしまうことにする!

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チェクラップコック空港から中心部へ行くのに、多くの人は便利なエアポートエクスプレスを使う。だが私は、断然バスが好きだ。この風景が!

台湾旅行記でもおわかりのように、私は一人旅だととにかくストイックにがんばりすぎてしまうので、贅沢好きの夫といっしょのときにはうんとペースを落とすように切り替えている。
だから今回はごくありきたりの「ちょっと贅沢な大人の香港旅行♡」だ。トホホ。
ただし基本的には夫の好きな極楽ステイで、一つだけ私の要望を入れることにした。
それは「香港の、大自然を見に行こう!」だ。

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読めませんが

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ちゃんとオーダーは通ります

香港の東端にある「ジオパーク」というところへ行ってみたい!
私は香港でハイキングをしてみたいと長年思っているのだが、夏場は暑すぎて無理。
それなら海へ出て、柱状節理の残る原始の香港を見たい。

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ぶれない姿

『香港アルプス ジオパークメジャートレイル全ガイド(アズ・ファクトリー)』という本をたまたま読んだことから、俄然ジオパークに行く気になった。
しかし、いざ行こうとして調べてみても、詳細がさっぱりわからない。
船があるのか、あるなら定期船なのかチャーターなのか、陸路で行くのか、どこからスタートすればいいのか、こんなにメジャーな観光地である香港でも、ちょっと中心部を外れてしまうと、とたんに情報は取れなくなってしまうのか。
やれチョコレートショップがオープンした、やれオシャレ飲茶のできる店ができたといった話題にはことかかないのに。

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とうとう、丸の内にある香港政府観光局にまで行ってみた。
いまどき、「香港旅行に行きたい」と思ってまず香港政府観光局に行く人がどれだけいるだろう?

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だがここでも収穫はゼロ。
行ったことのある職員がいない。
雑誌の切り抜きを見せながら「タクシーで近くまで行かれそうですよ」としか教えてくれなかった。

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これぞ一昔前の海外旅行という感じも、しなくはない。
昔は旅行なんてこんなもんでしたね。
「とりあえず、近くまで行ってみて、そこでやってみる」
台湾旅行で原住民の村へトライしたときのような展開に、またもなってしまうか心配だ。
でも、根っからこういうのが好きだ。
ジオパークは次回に譲り、今日は一泊した「ロテル・エラン」というホテルの写真を載せる。

<ロテル・エラン>

香港のホテルは大変高いが、少し郊外なら驚くほどお得だ。
サービスたっぷりのかっこいいデザインホテルに、中心部からは想像できない値段で泊まれる。
L'hotel elan(ロテル・エラン)は、冴えない軽工業地帯である牛頭角(アウタウコック)にある。
Wikipediaによれば、香港でもっとも所得の低い地域だそうだ。
そんな下町に突如出現した、オシャレホテル。

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スタッフは感じがよかった

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天井から下がるキラキラオブジェは日本人アーティストの作品らしい

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アートをたくさん置いているのが売りのひとつ

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オシャレホテルもオシャレじゃない子供で見た目台無し

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スイートルームにグレードアップされてた

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冷蔵庫内のドリンクはフリー

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リビングルームにある謎のアート?

たいして高級感あふれるわけではないが、安っぽくもなく、ちょうど「こんな家に住めたらカッコいいな」と、ちょっと憧れるような部屋。
一日目、本当はチェックインしたら海水浴に行くつもりだった。
地元の海で海水浴、いいでしょう。
だが夫が体調を崩し、この日はこのまま部屋でKindleを読んでいた。
いい部屋だったのでずっといても飽きなかった。

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ベランダに出ると、場末なので冴えないムードですが……

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夜になればそれなりに

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そして朝になればこのように。

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散歩中にいちゃいちゃするコーナー

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アートがあちこちにあっておもしろい

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朝食もおいしかったが、コーヒーが煮詰まっていたのがマイナスポイント

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このように、高級ホテルに較べればゴージャスさには欠けるものの、とにかく一歩踏み込んだらスタイリッシュな別世界へという意気込みは十分に成功していると思う。
写真だけだととんがっているように見えそうだが、スタッフのホスピタリティは厚く、好感度大である。

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だが“一歩踏み込んだらスタイリッシュ”ということは、一歩外に踏み出せばダサい日常に戻るというわけで……とたんに風景はこうなる。

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香港名物、竹の足場が覆いかぶさってくる。
やはりこの地域は、香港でもっとも低所得な、ローカルなまちなのだ。

2.香港ジオパークにつづく)

by apakaba | 2014-06-25 21:38 | 香港2013 | Comments(0)
2014年 06月 24日

台湾で、日本を考えていた インデックスとあとがき

旅行に行ったのが2013年3月で、帰国後すぐに連載を始めたのに……ああ、書き終わるのに1年以上もかかってしまいました。
例によってインデックスをつけました。
導入として本文中の文も抜き出しておきます。
写真もいっぱい載せたので、ぜひどうぞ。

1.佳佳西市場旅店
<1日目>3月10日
〈東日本大震災で多大な復興援助をしてくれた台湾。
だが多くの日本人のほうは、あまり台湾のことをよく知らないのではないかと思ってきた。〉
〈歩きながら、“建築という体験”にただただ驚いていた。
内と外が、絶えず入れ替わりになる。
どこまでが内側でどこからが外側か、境界が曖昧になる。
だめなもの(冴えなかった昔の建築、窓の外の風景)を取り込み、敢えて見せることでますます内側の空間を心地よくさせ、またこの場所への愛着も生み出す。〉

2.西門市場
〈八丈島の夜逃げあとの家と、この市場と、原発事故の避難はまったく無関係な事柄だけれど、“かつて確実にそこに暮らしがあったのに今はもぬけの殻になってしまった”という事実の切実さが、共通して胸に迫るのである。〉
〈経営の傾いたいかさないホテルと、手入れを忘れられた金魚鉢のような市場——ともに、この地の記憶を濃くとどめている。
前回紹介したとおり、JJ-Wホテルは、いかさなかったころの建築の記憶をそこここにとどめつつ真新しく生まれ変わっていた。
すぐ隣に建つ市場は、このホテルの魅力と合わせ鏡のように、歴史を語る役割を負い続けている。
あくまでもおしゃれでコージーなホテルの中。
一歩外に出れば、積年の臭気に胸苦しくなる市場。
ふたつの建築は、セットで体験してこそ両方が輝く。〉

3.藍曬圖 Blue Print
〈台南での目的地のひとつは、泊まっているJJ-Wホテルの建築であり、もうひとつが、これから向かう「藍曬圖(ランサイトウ。英語名 Blue Print)」というアートである。
両方とも台南出身の建築家/アーティストの劉國滄氏の代表作であり、ネット友達の写真を見たとたん、「どうしても実物を見たい」と切望した作品なのである。〉
〈第一級のアートを見たときの、最上の反応——
まず仰天する。
なんじゃこりゃー!と思う。
目が離せない。
写真や本などの予備知識を、見た瞬間に凌駕する。
解釈を手ばなす。
へたな解釈などするより、無限の自由なインスピレーションが生まれることを、アートが許容し、歓迎する——
この一連の反応をさせる力を、ブループリントは持っていた。〉

4.神農街
〈古い町がどんどん現代化になっていく。
現代と昔とともに暮らしている私たちは幸せだ。
われわれが生活していた痕跡を大切にしながら、
今の暮らしが続いている。

昔ながらの窓のシンボルを取りはずし、
新しいシーンに取り替える。
新旧文化が共存できるよう望みながら、
世代の記憶を伝承し続けていく。

……、か、感動……!!!!!!!!!!!!〉

5.サヨナラJJ-Wホテル〜三地門へ
<2日目>3月11日
〈朝担当のスタッフの女の子は、朝食のサーブに忙しいのに見送りに出てくれて、(日本人の女の子風に)両手をちょこちょこっと振って「じゃあねー」と日本語で言ってくれてかわいい。
日本のホテルで「じゃあねー」は決してありえないが、日本語よりも英語のほうがずっと堪能な若いスタッフにそう言われると、かわいくてメロメロである。〉
〈今日の目的は、山に入って原住民のルカイ族を訪ねることである。
台湾にいる原住民のうち、ルカイ族はネット友人の訪問記を読んでとくに魅力を感じていた。
台南から屏東(へいとう/ピンドォン)まで鉄道で行き、屏東からバスに1時間ほど乗って内陸へ向かう。山岳地帯の三地門(さんちもん/サンディーメン)まで行ったら、そこから先は……どう進むかわからない。〉

6.日本語・美人・三地門
〈台湾の原住民の中でもとくに興味を惹かれたルカイ族に会うため、屏東(へいとう/ピンドォン)からバスで三地門まで来た。
三地門からさらに奥地へ入りたいが、どうしていいか手段がわからない。〉
〈三地門に来たら、いきなり美人率がアップしてビックリする。〉
〈老婆が少女だったときに、“適切ではない”という言葉を教えた日本人がいた。
その日本人はとっくに死んだだろうし、このおばあさんもどう見てももうすぐ死ぬだろう。
そうしたら、無鉄砲な日本人旅行者に向かって、「それは、適切ではない」という言葉を発する人間は、台湾には永久にいなくなるだろう。〉

7.屏東の慈鳳宮〜高雄シングルイン
〈いや別にサービスに限らなくても、個人的に肉体的な関係でもいいのだが、マッサージにしても性的なことにしても、相手への気遣いや誠実さがダイレクトに良い結果や悪い結果を生むものだ。
そう考えると、この哀愁漂う厚化粧のおばさんの男運のなさそうなたたずまいもうなずける。
まあ大きなお世話だが。〉

8.高雄観光〜澄清湖海洋奇珍園と衛武営都会公園
〈1959年に蒋介石が中国からの核攻撃を避けるためにつくった核シェルターの一部を、水族館にしている。〉
〈美しい生き物やグロテスクな生き物、すばらしいコレクションに本気で感心する。〉

9.蓮池潭、ライトアップの魔力
〈大型ネコ科の躍動感あふれるしなやかなボディーの曲線、獰猛そうな横顔、今にも闇夜に飛び出し疾駆してゆきそうではないか。〉
〈だが夜の力、ライトアップの力はすごい。
ツルツル・ごてごての作り物に、命が吹き込まれ、ほんものの虎の躍動や恐ろしさまで宿らせる。〉

10.台湾の真ん中の街・埔里へ
<3日目>3月12日
〈ここまで英語が話せない人だらけな旅は、ウズベキスタン以来か?〉
〈面倒になって警察署に飛び込み、「困ったなあ」というそぶりをすると、英語の話せない警官たちは「どうする?」と顔を見合わせ、一人がパトカーに乗せてゲストハウスまで連れて行ってくれた。
やっぱり、旅は女だと得することのほうが多い。〉

11.埔里バスターミナル〜日月潭サイクリング
〈こんなに小さい街のバスターミナルのコーヒースタンドで、こんなに堂々と原発反対を主張していることにグッときた。
旗を指差してニヤッとしながら「NO NUKES.」と言うと、ラテを渡してくれた女性はにっこり微笑んで「Yes.」と言った。〉

12.日月潭ビジターセンター
〈コンクリートという現代的でチープで深みと無縁な素材を自在にうねらせて、湖の景観をこわさないように寄り添うように建てたビジターセンターを、とても慕わしく感じる。
カメラを向け、どこを切り取っても、岸辺に打ち寄せるさざ波のようなうねりを思わせる。〉

13.紙聖堂(ペーパードーム)
〈東日本大震災からまる2年というタイミング(2013年3月12日来訪)ということも、日本人のひとりとして胸に迫る。
地震国である台湾との交流がこういう形で実を結んでいるとは、知らなかった。〉
〈台湾では、こういう公の施設でも、原発反対をすごく堂々と表明しているのだね。
日本をふりかえると、台湾のほうがずっと先鋭的でありつつスタイリッシュに原発反対を表している。
奈良美智の大きな絵もある。ここでも日台交流が進んでいたのだった。〉

14.埔里の夜と朝
<4日目>3月13日
〈もっとゆっくり滞在していたら、もっと埔里が好きになったことだろう。
しかし3泊の詰め込み旅行では仕方がない。
あと一箇所、建築を見て日本へ帰ろう。〉

15.(最終回)中台禅寺
〈私は、それでもなお、建築家というものは、心の根っこは皆とんでもないロマンチストなのではないかと思うのだ。〉
〈軋轢や弾圧は当然あっただろうが、旅行者の無責任さでそのことはいったん抜きにしてみると、この国に残るものに触れるのは本当におもしろい。〉
〈この名称の裏で、押しも押されもせぬ現代台湾建築界の巨星・李祖原氏を、あきらかに「ビッグブラザー(これも『1Q84』にある)」として位置づけているにちがいない。〉

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あちこちキュートな松山空港

一人旅だと、テーマに沿ってどんどん禁欲的に進んでしまう。
私の旅は、これからもずっとこんな調子だろう。
いつまでこれでいけるかなあ。

by apakaba | 2014-06-24 17:12 | 台湾2013 | Comments(0)
2014年 06月 24日

台湾で、日本を考えていた 15.(最終回)中台禅寺

14.埔里の夜と朝のつづき。(初回は台湾2013からどうぞ)

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この旅行の最後に行ってみたのは、埔里のゲストハウスから約7㎞ほど山あいに入った禅寺「中台禅寺(日本語サイトこちら)」である。
「台北101」で知られる台湾建築界の巨人・李祖原の代表作だ。

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台北101も巨大だが、タワーとして見ればまだ理性的に受け止められる。
しかしこの寺院の途方もなさは、常人の理解を超える。
建築自体が、座禅を組んでいる修行者の姿を模しているというから、あのてっぺんの金色の部分はアタマというわけだ。
あの金色のところだけ切り離されて、宇宙に向かってゴゴゴゴーと飛び立っていってしまいそうである。
東洋的といえなくもないが、それより先に受ける印象は「スペクタクル」だ。
ポストモダンが潤沢な資金を手にすると、ここまでやれるのか。

以前、『巨大建築という欲望—権力者と建築家の20世紀』という本を読んだ。
そのときに書いた自分のレビュー中の一文を思い出した。
権力者たちは皆、「人間が本能的に快適と感じる空間としての建築」をはるかに凌駕する規模の大建築を夢想してきた。
そして、権力者らに命じられるままに、もしくは命(めい)に刃向かい、もしくは権力者以上に権力志向のインスピレーションとサジェスチョンを武器に、その時代時代を生きた建築家たちがいた。


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この寺院のトップと李氏の結びつきは強く、両者はもちろん台湾政界とも深くつながっているという。
そんなことは外国人の素人が見た瞬間にもわかる。
ここまでストレートにお金のにおいがする建物もなかなかない。
建築には大きなお金がかかるものだから、利権と結びつくのはたやすいだろう。
私は、それでもなお、建築家というものは、心の根っこは皆とんでもないロマンチストなのではないかと思うのだ。
この悪趣味寸前の寺院だって、見ようによっては“ロマンの塊”にも見えてくる。
それは、やはり写真ではなく、見に行ってみないと感じとれないことなのだ。

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堂内に入ってみると、視界に制限がかかる分、さらに建物の巨大さがひしひしわかる。

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観光地ではなく、あくまで宗教施設なので、日本ではあまり観光ガイドに紹介されていない。
だが台湾や中国から、熱心な信者の団体ツアーが頻繁にやってくるらしい。
この四天王に天井を支えられた最下層階は人間界を表している。
人間界はまだけがれているので壁の色はグレーだ。
上階に上がるにつれ壁石の色がきれいになり、最上階は真っ白だというが、一般の見学者はそこまで入れない。
なにしろ部材のひとつひとつが、ものすごく高そうだ。

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私も団体ツアーに交じってまわってみた。
彼らの、「立派だなあ!」「ありがたや!」「ご利益ありそう!」「すばらしいねえ!」といったストレートな感嘆を間近に感じる。
熱気がすごい。
一緒にいるのに、感覚がとても遠い。

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堂内と博物館をひととおりまわって、再び外へ出てみると、来るときには気に留めていなかった周囲の豊かな自然が目に飛び込んできた。

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世界中どこへ行っても、自然というのは、ともかく等しく美しい。
そこに人間がどんな痕跡を残すか。
このことで、その場所は意味を付与される。
ここは「仏様の存在に近づくにふさわしい霊性」を帯びた場所として、選ばれたのだろう。
やっぱり来てみる価値はある。

この中台禅寺の桁外れな巨大さに関して、李氏へのインタビュー記事を読んだことがある。
「お寺をここまで大きくする必要があるのか」との問いかけに、李氏はこう一蹴していた。
「仏の世界というものは、我々人間の想像をはるかに超えるスケールだといいます。ならば、その仏の世界を表現するお寺が大きくなるのは当然。しかしほんものの仏の大きさに較べれば、我々人間だって、この寺院だって、ほんの取るに足らないちっぽけなものだと思いませんか?」

さすが、巨人の余裕だ。

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警備員さんは一言も英語が通じないながらもこの上なく親切だった。帰りのタクシーを呼んでくれた

2013年の台湾旅行はこうして終わった。
あとは、台北に戻ってパイナップルケーキの名店「微熱山丘」で買い物をしただけだ。

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松山空港から私はタクシーで行ったが、徒歩でも15分くらい

連載が長くなってしまったが、初回に書いたとおり、この旅行は“原住民”と“現代建築”の二つをテーマにしてきた。
“原住民”については、たくさんの原住民の美しい顔を見ることができてよかったけれど、ルカイ族の村にたどり着けなかったことが悔しかった。

“原住民”と“漢民族”と“日本統治”、この三者をいいとか悪いとか、今の人間がひとことで断じることはできない。
軋轢や弾圧は当然あっただろうが、旅行者の無責任さでそのことはいったん抜きにしてみると、この国に残るものに触れるのは本当におもしろい。
たとえば原住民文化や、彼らの漢民族とかけ離れたルックス。
年配の人が話す律儀な日本語や、各地に残る日本式家屋など。
近代化によって人々のありようが変化していった結果が、現在の台湾の姿だ。
それらを一つずつ知っていくことを、これからももっとしてみたい。

“現代建築”は、汲めども尽きぬテーマだ。
なにしろ台湾には日本人建築家と台湾人建築家の作品はまだどっさりあるし今も増え続けている。
加えて、現在世界的なムーブメントとなっている「アートと建築の融合」の潮流に、台湾もしっかりと乗っている。
古びていた建造物をかっこよくリノベーションするのは、とにかく柔軟なアイデア勝負。
私もとても好きだ。
こちらもまだまだずっと追っていきたい。

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店員さんの女の子たちは皆ビックリするほどかわいいが、撮影できず無念

これも初回に書いたとおり、現代建築を見に行こうと決めたきっかけは、台湾で活動する若手建築家グループ・リトルピープルアーキテクツの代表である謝宗哲という人の論評(そのページ。写真はイマイチだがすごくおもしろい)だった。
「リトルピープル」という社名がそもそも村上春樹の小説『1Q84』に出てくる言葉だ。
社名につけるくらいだから、謝氏はこの小説に大きな影響を受けているのだろう。
みずからを「リトルピープル」と名乗っているのがいい。
この名称の裏で、押しも押されもせぬ現代台湾建築界の巨星・李祖原氏を、あきらかに「ビッグブラザー(これも『1Q84』にある)」として位置づけているにちがいない。
「その巨人に太刀打ちできなくても、小さな自分たちはべつのやり方で、これからの台湾の新しい建築を考えていくのだ」という気概を、社名ひとつから感じた。
だからこの旅行の終わりに、巨人の巨大建築を見納めにしたことはよかったと思う。
ビッグブラザーの笑い声がこだまするような、あの異常な建物を。

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グルメに乏しい連載になっちゃったけど、このケーキは大好き!表参道にもオープンして、建築はなんと隈研吾。行かねば→サニーヒルズのサイト

(おわり)

by apakaba | 2014-06-24 15:22 | 台湾2013 | Comments(0)
2014年 06月 23日

入院日記(顔面神経麻痺)

入院四日目でやっとシャワーに入れた。さっぱり!
手ぶらの緊急入院だったが夫に頼んであれこれ持ってきてもらい、THANN(タイのナチュラルコスメブランドだよ)のシャワージェルとシャンプーを使い、フロ上がりはAQUOSのテレビを見ながらロクシタンのボディーローションで全身のんびりマッサージ。
まるで高級ホテル滞在だ。
とにかくごはんを作らなくていいのがいい(どれだけ料理嫌いなんでしょう)。
老人が、具合がたいしたことないのにすぐに入院したがるのもすごくよくわかる!
私も年を取ったとき、ちょっとつらかったらすぐ入院しちゃいそうだわ。

そうはいっても、顔面の崩壊は本当に悲しい。
いくら快適最高な入院といっても、また顔面神経麻痺になりたいかと聞かれたら絶対に嫌だ。
だって試しに「ベル麻痺」というワードで画像を検索してみてください。
それが今の私です。

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義母からお花が届いた〜

どれだけ友達やお医者さんから「後遺症はまず大丈夫」と言われても、やっぱり恐ろしい。
野次都議会だったら、「もうババアなんだから関係ないだろ」という野次が飛ぶところか。
たしかに、これが娘でなくてよかった、とは思っている。
私の顔が崩壊しっぱなしでも、この先の人生、さほど大きな狂いはないはずだ。
せいぜい、目が閉じないから目薬を常備し、周りから奇異の目で見られ、影絵の声の出演からしりぞき、夫からいたわられながらも内心で悲しまれるくらいだろう。
だが、もしいま高校生の娘がこの病気になって後遺症が残ったら、人生は大きく変わるにちがいない(若い人にはめったにないらしいが)。
ある日突然に身体障害者になるのは、誰にでも起こりうること。
でもやっぱり顔がだめになるのは精神的なダメージが大きいなあ、と、自分がなってみてようやくわかった。
身体障害者といえば乙武くんが代表選手のように思われるけれど、彼ハンサムだし。
何年か前に遠くから見かけたことと、つい先日、新宿のバーニーズでショッピングを楽しんでいるところを見かけたことがあるが、すごくかっこいいもん。
顔は大事だよー。

私の後遺症は、不安だけれどたぶん、大丈夫だろうと思う。
でも病気になると、いろいろなことを考える。
どうして自分が罹ってしまったのか?
そこに意味付けをしようとする。
顔の崩壊という一番ショックな部分をねらって、天から罰を下されたと考える。
極楽入院で天から休養を与えられたと考える。
後遺症が残ってしまった人たちの人生を考える。

病気になるというのはこういう時間を持つということなのだな。

by apakaba | 2014-06-23 13:16 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 06月 22日

顔面神経麻痺で入院中

入院して今日で三日目。
顔の左半分が急に動かなくなった。
通院でもいいが、この病気は初期治療がなによりも肝心で、入院すれば点滴でステロイド大量投与ができ、早く確実に治るというので、渋々入院を選んだ。
保育園では新米パートタイマーなので、年休がわずかしかないのが気になる。
しかし万が一、顔に後遺症が残ったらさすがに残りの人生がつらい。

顔の麻痺を調べるには10項目の検査項目があり、各4点の配点、合計40点満点だという。
眉の上げ下げ、「いー」と口を横に広げる、にっこり笑う、など毎日チェックする。
現在、私の点数は24点。まあまあのところ。
10点ほどだと後遺症の可能性大だが、これくらいの数字なら大丈夫だろうと。

そうはいっても不安だ。
かなりがんばらないと目が開閉しないことや、食べることが異常に困難なことの不便、そして他人には決して見せられないゆがんだ表情。
これじゃ影絵の主演など絶対にできない。
今までの天罰かなあー。
このあと真面目に暮らすから天罰は勘弁してください。

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タチアオイが終わるころまでに元気になりたい

しかし、首から下はまったくふだんどおりなので、入院生活は快適そのものだ。
かねがね、「楽な病気の入院は極楽だろうなあ」と夢想していた。
「一番幸せな入院はお産だ」とこれまでずっと信じてきたけれど、顔面神経麻痺の入院はお産よりはるかにいい!
お産は達成感と赤ちゃんのかわいさで興奮しているけれど、よく思い出してみれば下半身の状況はまだまだ悲惨だし、体型の崩れに我ながら仰天するし。

PCとiPhoneと充電器、そしてテレビカードと読みたかった本、これらがあれば入院は最高。
iPhoneでテザリングしてネットにつなぎ放題。
エイビーロードの旅原稿も仕上げられた(エイビーロードの私のページはこれだよ!)。
ごはんは出てくるし。
私はとにかく料理をするのがめんどくさいからまったく極楽だ。
食べるのが大好きなので、つねに完食している。
保育園を休むことと、家族に迷惑をかけることだけが気がかりで、入院を迷ったが、もう仕方がないと決めてしまえば楽しいばかり。
一人きりでいるのはもともと好きだし、SNSをやっていればぜんぜんさびしくない。
一人でいれば顔が崩壊していることを意識せずに済むから、精神的にもよい。

ゆっくりしているので、半年くらい常態化していた頭痛と肩の痛みも治ってしまった。
顔と頭皮にずっとあった脂漏性湿疹も治ってしまった。
家族には申し訳ないが、顔以外の体調は最高になっちゃった。
夜はよく眠れないが、「べつに明日の点滴中にでもうたた寝すればいいし。無理して眠らなくても。」と居直れるから、ぜんぜんつらくない。
BOSEのイヤホンをiPhoneに差して、ダンスミュージックを低くかけて読書。
いつもは「明日もお弁当があるから早く起きなきゃ!だから早く寝なきゃ!」と、寝ることさえプレッシャーなのだ。

病院のスタッフはみんな感じがいいし、部屋は4人部屋(患者はあと一人)だが一人分のスペースが一人旅中の安宿よりよほど広くてまとも。

私ばっかりこんなに最高でいいのか?
ふだんの生活で、本を何十ページも読める、それどころか目が乾かない限り何百ページも読んでいたっていい、なんて時間は決して訪れない。
これはいったいどういうご褒美なんだろう。
まるで天からの贈り物だ。
あれ、天罰じゃなかったの?

退院しても、まだ顔は元通りにはならず、もっとも早くて一ヶ月、長くて一年、麻痺は残るという。
しかし退院したら元の生活が待ってる。
気を引き締めて、崩れた顔を使いこなすように慣れなければ。
とりあえずマスクをして、保育園の幼児を怖がらせないようにしよう。

ヒマなので、また入院日記を書いていきます。
ヒマなのでつい長くなりそう。切れ切れに。

by apakaba | 2014-06-22 10:23 | 健康・病気 | Comments(2)
2014年 06月 17日

女が女を責める

きのう「気胸」と書いたとおり、次男「アキタコマチ」が自然気胸にかかってしまった。
今日、また同じ病院へ行って経過を見てきた。
現在、虚脱率(肺の空気が抜けて肺がしぼんでしまっている割合)は15%くらいとのこと。
虚脱率が30%を超えると外科的処置が必要となるため、できるだけ絶対安静に近い状態で様子を見るしかないらしい。

ERの待合室で診察を待っている間、2歳くらいの幼児を連れた母親と、その母親(もしくは姑かも)の二人の女性がやってきた。
2歳くらいの男の子は目の下が腫れ上がっている。
犬に噛まれたと言う。
若い母親は生後5ヶ月くらいの赤ちゃんも抱いている。
男の子は我慢強くじっとしていたが、親とおばあちゃんと引き離されて診察室に一人で入ると、待合室まで泣き叫ぶ声が響いていた。

おばあちゃん(実母か姑かわからないが)は、母親を責め立てている。
「子供の怪我は親の責任よ。あんな怪我させて。顔に痕が残ったらどうするの。パパに怒られるからね。」
何度も何度もしつこく同じ言葉をくりかえしている。
母親は反応鈍く、あいまいな態度。
反応するのに疲れているのだろう。

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自宅から遠い病院通いは一日仕事。3時近くに昼食

“子供の怪我は親の責任”——わかっているけど、正論だけれど、なにも今そこまで責めなくてもいいのになあ。
女が女の敵になってはいけないのに。
自分の子供が犬に顔を噛まれて、平気でいられる母親などいない。
まして赤ちゃんも連れているのに、動き回る盛りの2歳児の男の子に、完璧に目が行き届くなど無理だ。
すでに十分つらい思いをしている母親に、肉親がさらにむち打つような言葉を浴びせるとは。
私はどちらかというと若い母親よりも責めているおばあちゃんに年齢は近いのかもしれないが、自分があの立場になったら、絶対に嫁や娘をあのように責め立てるおばあちゃんにはならない。

人間一人、無事に育て上げるのは、子供のいない人や、すでに無事に育て上げてしまった人には、「当たり前のこと」なのだろう。
でもぜんぜんそんなことない。
赤ん坊を無事に生んで、“親の責任”という一言のもとに、怪我をさせず、病気をさせず、ふつうの大人に育て上げるのは、本当に大変なことだ。
幾度となくすれすれのピンチを切り抜け、乗り越えて、子供は大人になっていくのだ。
私は絶対あんなおばあちゃんにはならないよ……と、責める声が聞こえてくるたび思う。
ついおとといまでぴんぴんしていたのに、きのう突如、肺に穴が開いてしまった息子の隣に座りながら。

by apakaba | 2014-06-17 22:28 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 06月 16日

気胸

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きのうの父の日には丸鶏をさばいてフレンチを作り、トリのだしでヴィシソワーズも作ってくれた「アキタコマチ」だったが

次男「アキタコマチ」が気胸になり、忙しい日。
私も風邪を引いていたので病院に行こうとしていた矢先、学校から電話が来て、試験中に胸が痛いと言って倒れ、救急車で近くの病院に入ったという。
立川の病院まで、久しぶりに中央道で西へ。

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とても遅い昼食のために、一橋大学の学食に行った。初めて入ったがすばらしいキャンパスである

長男「ササニシキ」の卒業した高校と「アキタコマチ」の今かよっている専門学校は近い。
「ササニシキ」が高2のとき肉離れで歩けなかったときも、国立府中へ毎日車で送っていたなあ。
昔に較べて子供の病気や怪我で奔走する回数は激減したとはいえ、まだまだあるのね。

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今の学生さんは学食もおいしくてうらやましい。マーボー豚カツ定食、474円

自然気胸は、10代後半から20代前半の、痩せ型で長身の男性に多く起こるという。
それを聞いてはっと思い当たった。
私の夫も、23歳のころ、あるとき突然に胸の激痛でものすごく苦しんだことがあったのだ。
あれは気胸だったのか。
あれから25年たって、やっと痛みの原因がわかった。
その話をあとで「ササニシキ」にすると、「そういえば昔オレも胸が痛かったことがある」と。
なんだうちの男子はみんな肺に穴があくわけ?

耳たぶが伸びやすかったり、ほっぺたがやわらかい人もなりやすい体質だという。
知るかそんなこと!
しかし予防の手だてはなく、なったら安静に冷静に対処するしかないと。
飛行機に乗るなど、気圧の変化もだめ。
もし旅行中とかだったらどうするんだ!怖い!

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ガーゴイルかと思ったがただの装飾だった。近くに寄ると驚く

入院をすすめられたが断って車で戻ってきた。

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トラ?

「アキタコマチ」は生まれたときから体が弱くて、私はとても心配だった。
“この子は二十歳まで生きられるだろうか”と、ずっと本気で心配していた。
この3月にも鼻血がどうしても止まらず、両親ともいなかったため救急車を呼んだばかりだ。
体が弱いというのは致命的なことだ。
どんなにいい人でもどんなに頭がよくても才能があっても、やっぱり最後は体が資本。
私に似たんだなあ(痩せ型長身じゃないけど)。
二十歳目前で、またまた救急車のお世話かい。
気胸はひどくすると命に関わるというので、とりあえず安静にするしかない。

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ライオン?舌の長さがちがうのだった!

帰り道、ぐったりしている「アキタコマチ」を載せていると、松葉杖だった高校時代の「ササニシキ」を載せてこの道を往復していたことを思い出した。
「左が府中競馬場です。『中央フリーウェイ』ですねこの道が。帰りだから逆方向だけど。」
ちょうど自動車学校にかよっている「アキタコマチ」に、道を覚えさせようとして話す。
「なにそれ。」
「ユーミンのとても有名な歌だよ。」
「知らないなあ。どんな歌?」
「中央フリーウェイ。右に見える競馬場。左はビール工場。この道はまるで滑走路。夜空に続く。」
その部分だけを唄うと、
「おかーさん、歌うまいね。そのメロディー唄うのはなかなかできないでしょ。」
弱々しく笑う。
“この子は二十歳まで生きられるだろうか”という心配を、高校生くらいからは忘れていたけれど、久々に思い出した。
二十歳目前、君の前途は洋々なのに。
がんばれ。
肺の穴をふさげ。

by apakaba | 2014-06-16 21:11 | 子供 | Comments(0)