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2014年 09月 27日

耳硬化症、悲喜劇の途上

認めたくなかったが、とうとう恐れていたことが……「右耳も、難聴が始まった」
これからは、歩いているとき本当に周りに気をつけなければ。
とくに背後から追い抜いてくるプリウスは最重要案件だ!

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基本的に私の願いを叶えてくれない地元の神社で神頼みしてみる

というわけで、耳硬化症その後。
なんでも「(笑)」でひどい態度の病院に見切りをつけ、もとの近所の耳鼻科へ戻り、「あのひどい医者じゃないところへ行きたいからもう一度紹介状を書いてください」と頼む。

きのう、耳硬化症の手術では日本一の実績を持つ病院へ行ってきた。
そこでまた聴力検査や鼓膜の動きを見る検査をして、左だけでなく右耳も難聴が始まっているとわかった。
つい3ヶ月前には、近所の耳鼻科で聴力検査をして「ずいぶん聴力はいいですよ。高校生くらいのレベルが聞こえています」と言われたばかりなのに、坂道を転げ落ちる聴力低下ぶりだ。

新しく行ってみた耳鼻科の先生は、典型的な「腕っこき」タイプ。
自分の技術に絶対の自信を持っている。
とくに患者に親身になるようなタイプではなく、難しい手術ほどうれしくなってやる気出すようなタイプ。
こういう医者はわりと嫌いではない。

かといって、べらべら一方的に説明してハイ帰ってということはなく、「なにか心配なことや質問はありますか?」と聞くので、なかなか周りに情報がなく不安だと言うと、
「この病気は10000人に一人のめずらしい病気です。だから自分の周りに罹った人がいなくて心配になります。だから皆さんネットなどで必死に検索して、まちがった情報が載っていても信じてしまうんです。
あなたがここにたどり着いたのは賢明です。あなたはもう私が診ますから大丈夫なんですよ。もちろん将来手術ということになったら私がやりますから安心です。ふっふっふっふ」

なんかすごいぞ。
ゴッドハンドか。

「ええと私は耳の穴がとても小さいので、耳穴からの手術は難しいかもしれないと思って心配なんですがー。」
「どれどれ。ああ〜これくらいあれば十分だ。ふっふっふ。なんということもない。」

「今は手術には早すぎるから、難聴が進むのを待つしかないんですね?このあと聴力がだんだん下がってきたら、補聴器ということになるんでしょうか?」
「いやそのときが手術するときでしょうふっふっふ。だから補聴器の心配を今からすることはないんです。」
「ナルホドー(←バカ面)」

なにを質問しても余裕綽々だ。
不敵というか無敵。
さすが、日本一この病気の執刀をしてきただけのことはある。
ついいっしょになって笑っちゃう。
なんかもうまさに「皇帝」って感じ。
現代人で「皇帝」ってベッケンバウアーかカラヤンくらいしか似合わないと思ってたけど、こんなところにもいるのね!
これだけめずらしい病気を執刀してきたら、それこそネット有名人だし、治りに関して逆恨みされることもあるだろう。
技術もあり、なおかつそんなものもはねのける神経を持っていないと、第一線では続かないんだろうなあ。
目の覚めるような皇帝ぶりに微苦笑しつつ、「ここで行くか」と思った。

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誕生日だったので夫が花をくれた

いずれにせよ、今は手術するほど聴力は落ちてないので、数ヶ月おきに通院して検査をしつづけ頃合いを見計らう、という、チーズやお酒の熟成のような状況となった。

ただ、私が「自声強調(自分の声が頭の中で響き渡る感じがして苦しい)」を訴えると、先生は
「もしかすると、耳硬化症にきわめてよく似た、さらにめずらしい病気という可能性もあります。」
と、医学雑誌のようなものを見せてきた。
「これです。あ、これ私が書いたんですけどねふふふ。万が一この病気であれば、ますます手術を急いではいけません。CTを撮りましょう。次回来たときにその結果がわかります。」
ナンデスカさらにめずらしい病気って。
もう十分なんですが。
まあとにかく、そのさらにめずらしい症例を発見して論文を書いたのもその先生らしいので、万が一そうでも、なんとかしてくれるだろう。

そんな感じで、主治医は見つかったが両耳難聴という地獄が始まった。

「自声強調」の感覚も強まってきたし、自分がものを食べる音が頭に響き渡って不愉快このうえなし。
ありえないけれど、たとえていうと口の中にマイクを入れて咀嚼の音を録り、映画館で大音量で聞かされているような感覚だ。
そんな音大きくして聞きたくないよ!ピンク映画か!(行ったことないけど、大音量で性行為中の音を流すそうじゃないですか)。
これがだんだんひどくなるのを待つしかないとは、参ったなあ。
これから徐々に周囲の微妙な音、微(かすか)にして妙(たえ)なる音は消えていき、残るのは耳鳴りと咀嚼音だけって、どういう罰ゲームデスカ。

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がっくりと帰途に着き、家にちょうど次男「アキタコマチ」がいたので経過を話す。

若い人はいいな、と思う。
未来を信じている。
彼がいうには、
「ふーん、オレは手術が待っているというのはけっこう明るい方向だと思うけどね。だって技術の進歩ってすごいでしょう。3Dプリンタだって、ここ2年くらいでしょう?そんなもの出てくるなんて誰も考えていなかったのに。今に砂糖菓子なんてみんな3Dプリンタになるよ、まあ関係ないけど。
そう考えれば何年かあとに手術というのは、今すぐ手術よりいいことじゃん?
だってその間にも技術はどんどん進歩するんだから、今よりももっといい素材ができたり、もっと手術が簡単になっている可能性があるじゃん。オレは技術の力を信じてるからねー。」

なるほどね……

「でも、いくらその先生が今は皇帝でも、何年もしたらあなただって年取るでしょ!って思っちゃったよ。」
「だけどその先生が今無敵なのは、その先生が最先端で一番いっぱい手術を成功させたからでしょう。もしその先生が年取ってだめになっても、そのあと続く医者がぜんぶダメということはないじゃない。これからどんどん、その先生を見て育ってきた医者が代わりに活躍していくことになるんだし。
だからやっぱり手術は先のほうが、未来は明るいんだよ。」

なるほどね……
負うた子に教えられですね。

by apakaba | 2014-09-27 13:55 | 健康・病気 | Comments(5)
2014年 09月 22日

耳硬化症の記録をちょっとずつつけることにした

日ごとに左耳の耳閉感が増している。
きのうより今日のほうがずっと、ふさがった感覚が強くなった。
不安が強く、睡眠薬を飲んでもうまく眠れないというまずいありさま。

病気のことを書くのは読む方が嫌だろうとは思うけれど、このあと右耳も聞こえなくなっていくとしたら記録を残しておいた方がなにかと参考になりそうなので、たまに書いていくことにする。

読んでもつまらないですががまんしてください。

今日、小学校のボランティア影絵劇団で集まりがあった。
たくさん人がいると、やっぱり人の話が聞き取りづらい。
何度も聞き返すのは申し訳ない。

ちなみに家族の中では、圧倒的に次男の声が聞き取りづらくなった。
それもここ3,4日のうちに始まった。
同じ言葉を3回つづけて聞き返すと、息子もさすがに会話をあきらめて切り上げる。
難聴の人はこうしてだんだん孤独になっていくんだなあと思う。
別に次男が冷たいといっているのではなく、たいした会話もしていないのにお互い無駄な労力は使わずにいたいのだろうが、やっぱり家族の会話から置いていかれてさびしい。

劇ではやっぱり主役をやることにした。
配役決定のときに、初めてメンバーに症状の説明をした。
耳が悪くなってから一度も演技をしていなくて、大きな声も出していなかった。
やってみて、「台詞の演技は歌と同じ」だと初めてわかった。
歌が唄えなくなったのは、自分がどの音を発しているかわからなくなったからだが、演技でも無意識のうちに自分の耳で自分の声の高さや強さを聞き取っては微調整していたのだ。
すごくヘタになった感じがして泣きたくなる。

自分で自分の演技を演出できない。
ようするにカンで適当にやってる。
ヘッドホンなどで耳をふさいで、自分の声を聞こえなくして唄っている人みたいに(たいてい音程がずれまくってますよね)。
ふつうにおしゃべりができるのに台詞が言えないというのはピンとこないと思うが、誰もがふつうにおしゃべりはできるのに歌を唄わせると人によってウマいヘタがあるのと同じだと考えていただきたい。

人が聞けばとくにいつもと変わりなく聞こえたと思う。
しかし、大きな声を出すと、まるで反響の激しい小部屋に閉じ込められたみたいに、自分の声が頭蓋骨の中にガンガン響いて演技どころではない。
ちょうど、耳のそばで、金属の壁を金属バットで叩いているような感じだ。

ためしに指でぎゅーっと左耳をふさいでみると、ガンガン響く感覚はなくなる。
しかし右耳だけだとボリューム調節がよくわからない。
半分くらいは左をふさいで片耳でやってみて、半分くらいは金属バットでがまんして……と、こまめに切り替えて乗り切った。

手術の段階まで難聴が進行していない以上、日々の生活では試行錯誤しながら不調とうまくつきあうようになっていくのだろう。

一ヶ月後の本番まで、どれくらい悪化するのか、すごく不安だ。
本番当日は、DVD製作のためテレビ局の撮影も入り、朝からぶっ通しで4回本番を録る。
声もつぶれそうだが金属バット責めに耐えられるかなあ?
そもそも主演が「カンで適当にやってる」ってまずくないかい。

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込み合う店内、一人だけ私を見ていた子。早く元気になって、また旅をしたい

手術すると聴力の回復は見込めるらしいが、この耳閉感は治らないと聞いた。
一生金属バットかあ〜〜〜〜参ったなあ。
でも顔面神経麻痺の飛躍的な回復を思い出すと、いけそうな気もしなくもない。
あのときは、鏡を見るたび絶望していたのに、一ヶ月で完治しちゃったし。

診断をしたのが失礼千万な医者だったので、もう一つ病院に行ってみようと思うが、こういう難しい病気を診る大きい病院って、失礼千万な医者のところへまた行って、紹介状をもらわないと、「選定療養費として5400円」払わないといけないのね。
それも悔しいけど……でも電車賃を払って失礼千万な医者のとこに行って、何時間も待たされて、と考えると、紹介状なしでもいいかな〜とも思う。
どっちがいいの?

by apakaba | 2014-09-22 18:18 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 09月 20日

耳硬化症

受け止めることがあまりにも大きなことだったので、なかなか書けずにいたが、私の耳の不調は「耳管開放症」ではなく、もっとずっと深刻なもののようだ。

左耳の具合が悪くなって2ヶ月半ほど、いろいろな漢方薬を処方されて飲み続けてきたが少しもよくならず、いくらなんでもおかしいと思って、都内でも有数の耳鼻科専門病院(といえばわかる、というくらいの有名な病院)へ行ってきた。
来月に影絵の公演が迫っており、今回の声パートは主役の重要度がきわめて高い。
主演復活のためには早く治さなければと本気を出すことにしたのだ。

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未来を知らないというのは、いいものだな……と、このランチ写真を見て思う。
診察前の腹ごしらえにこれを食べているときは、希望がいっぱいだった。
大きな病院にかかれば、たちまち全快すると思ってた。
このランチの時間に、戻れたらいいのに。

しかし、診断は「耳硬化症(じこうかしょう)」(ググってね)。
日本ではきわめて稀な症例のため、診断をつけるのも難しい、いわゆる奇病だ。

症状は「難聴」「耳の閉塞感」「絶え間ない耳鳴り」。
しばしば聴力を測っているが、だんだんと落ちてきている。

この病気は、手術以外に快方に向かう手だてがほぼないという。
担当医がとてもひどい態度だったので、ますます絶望した。
なにしろ
「このあとだんだんと聴力が落ち、やがて聴覚を失います。右もいずれ聞こえなくなる確率が高いです。そうしたらまあ手術か、補聴器ですね(笑)」
という言い方をする。

「飲み薬は効きませんが、血流をよくする効果のある薬を出しますから、それで多少は耳鳴りがマシになるかもしれませんね(笑)。まああんまり期待しないでください(笑)。まだ手術するほど聴力が落ちていませんから、もっと聴力が落ちて補聴器という段階になったら手術するかどうか決めてください。」
「私は耳鳴りはまだ我慢できるし、難聴といってもぜんぜん聞こえないほどでもないです。なによりもつらいのが、耳がふさがったような感覚で、自分の声が頭蓋骨に反響してがんがん響き渡ってしまうような感じなんです。この症状は飲み薬でよくなりますか?」
「まあ、無理ですね(笑)」
「……」
「とにかく今はすることがないので、難聴がひどくなったら手術です。」
「……」
「仮に手術で聴力が戻っても、今までどおりに聞こえるようになることはもう無理です(笑)」

帰り道、泣きながら帰った。

ちゃんと聞こえる人生は、もう終わりですね(笑)

ということですね。

命に別状ないからよかった?
外見には変わりがないからよかった?
そういわれてしまえば、なにも言えない。

しかし、好きだった音楽を聴いても、前とはまったくちがった音に聞こえるし、自分の声量の加減がわからなくて、つい小さい声で話してしまうようになった(相手の反応を見て適当にボリューム調節をしている)。
歌を唄うのが好きだった。
でもすごく音痴になった。
自分がどの高さの音を出しているのかわからない。
人の話も、ぜんぜん聞き取れないことがある。その回数が着実に増えてきている。
音楽や人の声だけでなく、たとえば風の音や、茶席で釜のお湯が静かに沸く音や、そういうかすかな、ひそかな音が。
まだまだ生きるつもりなのに……半分くらいで、聞こえない人生というステージに入ったのか。
信じられない。

ほんとうに信じられない。
実際、難聴はひどくなってきている。
手術できるなら今すぐにでもしたいが、まだそれには時期尚早だと。
そんなことをしているうちに右も悪くなったらどうしよう。
補聴器について調べなければ。

現実を受け入れなければ。

この不調に早く慣れて、手術ができる日を待とう。
手術は失敗すると味覚障害になったり、聞こえるようにならないばかりか、聴力を完全に失ったりすることもあるという。
それでもやらないよりはやってみようと思う。
もしかしたら、劇的によくなるかもしれないんだし。

難聴がひどくなったら、演技は難しくなるかもしれない。
いつまでも主演をやれないとしたら、今すでによく聞こえなくても、来月は無理してでも出ようと思う。
今回の劇で、死んでいく主人公の最後の台詞は、
「俺は、この運命を、受け入れる」
私ほどこの台詞をうまく演じられる人は、いないのかもしれない。

毎日、悲しみと耳鳴りがうるさいのとで、睡眠薬がないと眠れない。
こんなことになってしまい、本当に悲しい。

でも、もしかしたら、もしかしたら耳硬化症ではないのかもしれない、という希望も捨てきれないのだ。
近いうちに、もう一つくらい大きな病院へ行ってみようとも思っている。

by apakaba | 2014-09-20 23:17 | 健康・病気 | Comments(14)
2014年 09月 14日

ケーララの祭り「オーナム」@国分寺カフェスロー

国分寺カフェスローでのイベント「オーナム」に行ってきた。
オーナムとは南インドのケーララのお祭りのことだという。
ケーララには、20年ちかく前にさびしい旅行をした。
本場でダンスも見たけど、とくに感動しなかった。

が!!!!!
今日の二組のダンスは感動した。

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モヒニアッタムを踊った丸橋さんは、15年くらい前からの知り合いだったのに、ダンスを見るのは今日が初めて。
感慨無量である。
“ダンス”という言葉から連想する、西洋的なダンスとはぜんぜんちがう。
演劇的な表現がとてもおもしろかった。
クリシュナとの恋の行方を踊ったダンスと、母親が赤ちゃんをあやして寝かしながら赤ちゃんのかわいさにうっとりするというダンスでは、同じ“女”でも表現する表情がまったく変わっている。
“母親”を演じる丸橋さんは母親の顔であった。
クリシュナと彼にあこがれる女性の表現は、異性を惹き付ける、若い色気が横溢していた。

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そして入野智江ターラさん率いるアビナヤラボの古典劇クーリヤッタムは、本当に不思議な踊りだった。
目が離せないのだけれど、催眠術にかけられたようになるというか、この時が永遠に続くように感じられるというか、永遠なものへと続いていく感じだ。
ダンスを見ているのか、自分がなにをしているのかすら判然としなくなるような、平凡な言い方をすれば神がかっているような踊り。
妙な喩えだが、「親知らずを抜く大変な手術をしているのに、その最中になぜか思わず眠ってしまう」という感覚。
すごいことが行われているのにふと自分が無になるような感覚。
世界最古の演劇と呼ばれるのもわかる。
パーカッションのみの伴奏も、その感覚を増幅させるすばらしいものだった。

お二人のダンスを見ていて、演じるということ/身体を使った内的な表現ということを考えていた。
自己表現の究極の形を二つ見せてもらえた。
インド舞踊とひとくちにいってもいろいろな系列がある。
この道を長年追求してきたお二人の踊りは、新米の踊り手には絶対に出せない表現力を持っていた。

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マサラワーラーのケーララ料理はおいしかった!
いつもよりからくなかった!(一度唐辛子噛んだけど!)
あの毎回工夫された料理も、彼らの自己表現なんだなあ。

by apakaba | 2014-09-14 00:20 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2014年 09月 08日

変わっていく秋

おととい、私が仕事から帰ってくると、入れ違いに長男「ササニシキ」が出て行こうとしている。
「旅行に行ってくる」
「どこに?」
「わからない」
と言いながら出て行ってしまった。
夜になって、この画像だけが送られてきた。

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ピンがドロップされているだけで本文なし。
仙台にいることはわかった。
大学院の入試が一段落したから学生の本領発揮か。

今日は、次男「アキタコマチ」の二十歳の誕生日を家族で祝った。

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「ササニシキ」は少し前から弟妹に誕生日プレゼントを検討していて、弟にはネクタイとハンカチ、妹には多機能目覚まし時計を選んでいた。
二人とも盛り上がって喜んでいた。
「コシヒカリ」は、自分の誕生日はとっくに過ぎたので、まさか自分のことまで覚えていてくれたとは思わなかったらしく、驚いていた。
なんだかんだと3人で仲がいい。

私は今日から、新しい仕事を始めた。
エイビーロードで旅行のウエブライターをやっているのだが、これまでの旅コラム的なコーナーだけでなく、「海外旅行徹底ガイド」というコーナーも書いてみることにした。
これまでのような自由度の高い記事ではなく、基本データ、ベストシーズン、おすすめ観光地、ツアーのポイント、グルメやショッピングの情報など、さらに実用的な記事である。
今日から書き始めたので、要領を得るまで時間がかかり、まる一日かかってしまった。
自分の個人的な感想や思い入れで語ってはだめで、正確で客観的で旅行初心者の参考になるものでなければならない。
だから味気なくてつまらないかと予想していたが、これがけっこうおもしろい。
やっぱり新しい仕事をするのは気分が変わるし、好きな旅先のことを調べていくのは楽しいものだ。
文体を、苦手な敬体ではなく常体で書けるのもうれしい。

旅行サイトはネットにあふれている。
今さら観光情報など書いたところで、誰かの助けになるのか?
という気がしなくもない。
でも、検索でヒットすれば、私の書いたものを読んで、おもしろそうだから行ってみようと思い立つ人が、どこかにいるのかもしれない。
そう想像すると、すでにうれしい。

子供たちも大きくなって、私も変わろうと思う。

by apakaba | 2014-09-08 23:14 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 09月 05日

耳管開放症その後

【かなしい】
耳の聞こえが、さらに悪くなってた。
今日、影絵劇団のミーティングに行き、聞こえが悪いため、次回の公演ではやれるかどうかわからないと話した。
終了後に残った数人でしゃべって、「耳を治して、主演に戻るよ!がんばるね!」と約束したのに……

耳鼻科へ行って聴覚検査をしたら、難聴になり始めてるじゃないかー。
今までの漢方薬とちがう漢方薬に変わった。
今までは「加味帰脾湯(かみきひとう)」、今日からは「補中益気湯(ほちゅうえききとう)」。
がんばってくれ漢方薬。

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本文と関係ないが、「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」にて撮影。映画『宇宙兄弟』のセットだとか

「太ると治るんですが……」と耳鼻科で言われたが、そんな急に太るのは難しいよ。
太ると耳管の周囲にも脂肪がつくからだと。
一ヶ月後に影絵の公演があり、主演に戻るよ!とか言ってしまったので非常に焦っている。
「もう少し、積極的な治療は」と聞いてみると、生理食塩水を鼻から入れて耳管のほうへ流していくのだと。
なんか原始的だなー。
しかしやれることはやってみよう。
いかにも苦しそうだけど。
虚弱で参っている。

前に書いた耳管開放症のことはこちら→スコットランドから戻りましたが、まず耳の不調のこと

by apakaba | 2014-09-05 18:26 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 09月 02日

やっぱりチームラボ。東京都現代美術館「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」

先週の金曜日、東京都現代美術館で開催されていた(会期終了)「ミッション[宇宙×芸術]-コスモロジーを超えて」へ行ってきた。
うちからだととても遠いが、チームラボが出展しているので夕方から首都高で。
電車で行く元気なし。

宇宙というテーマから、「博物館のほうがいいのでは?」と懸念していたが、展示を見たら「美術館」で納得した。
宇宙にインスピレーションを得た、ジャンルを超えたさまざまなアートが中心となっていた。
まあやっぱり、私としてはチームラボ圧勝でしたけどね!
なにしろ代表の猪子さんが好きすぎて、夢に出たりするくらいだ。

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「冷たい生命」は佐賀のチームラボ展でも見た感動作。
書道の墨痕が描く「生」という字の軌跡から、地上のあらゆる生命が生まれ、四季が生まれ、過ぎていく。
デジタルアートでありつつ、表現はきわめて日本的な美。
過ぎゆくものへの郷愁、巡り来る次の季節への喜びと懐かしさ。
去っていくもの(花、蝶、葉)へ向かって手を伸ばしたくなるが……ふと剥落するように、その裏側のデジタルの骨組みを見せられる。
そこで興ざめするかと思えば、かえってますます儚さを募らせる。
人に芽生えるあらゆる感情を、現代の天才はデジタルで余すところなく映し出す。

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そしてこの展覧会のための新作「憑依する滝、人工衛星の重力」は、広い会場が飛沫の湿気で満たされるかのような心地になるデジタルインスタレーションであった。
人工衛星にふりそそぐ水は、ほんものの水のようでありながら、ほんものの水の落下よりもわずかに遅い。
そこに、見る者それぞれの気持ちを入り込ませる「余地」が生まれる。
見る人によって自由な解釈を結べ、自由に想像を遊ばせ、ただぼんやりと見入るのも自由。
自由落下を少し遅らせるだけで、ここまで人は解放され、自由になれる。

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この日は特別展示で、夜7時からは滝の水が黄金に変わるのだった。
7時前から少しずつ人が集まり始め、水の色がふと(予告や音楽などもなく)金に変わっても、人々はざわめくこともなく見入っていた。
いや、ざわめきを忘れ、陶然としていた。
一心に金色の水を浴び、金の飛沫を胸に吸い込もうとしているようだった。

チームラボは100年残る天才だ。
他の展示もとてもおもしろかったが、結局全部かっさらわれた。
(シンガポールビエンナーレと佐賀でのチームラボ報告も、ちかぢか必ず書きますねー!)

by apakaba | 2014-09-02 22:26 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)