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2014年 10月 30日

気胸再発

きのうの夕方、仕事から帰ってきてグッタリしていたところへ、次男「アキタコマチ」から電話がかかってきた。
気胸が再発したからどこかの病院に入るという。
救急車で搬送してもらった。

本人の予想では、再発したら手術以外にないから、このまま入院して手術ではないかということだった。
あわてて病院へ行こうとすると、長男「ササニシキ」がいやに盛り上がって、「オレも行きたい!」と駄々をこね始める。

「保護者じゃないんだから、あんたが行ってもしょうがないでしょ。犬の散歩でも行っておいて!」
「なんで。オレも手術見たい。」
「あのねえ手術なんて見られないの!手術室の外で待ってるしかないの!」
「オレも待ちたい!どうしておかーさんだけ!」
「だから〜親だからだよ……手術中は親族はそこにいるんだってば……」
「オレも病院の廊下で苛々しながら待つのをやってみたい。それで医者がドアを開けたら『ばっ(立ち上がる)!先生!どうなんですか!』って言ってみたい。『あ〜手術は成功しましたが……』とか言って手袋を脱いで……」
「そんなとこで手袋なんか脱がないよ!あんたは家で勉強してなさい。」

とかやり合っていると娘の「コシヒカリ」も学校から帰ってきた。
やはり、手術と聞いて盛り上がっている。
「わたしも行きたい!妹が制服のまま駆けつけた、とか、なんかいい感じ。」
盛り上がって笑い合う二人を残してクルマで出た。

これまで、家族が病気や怪我をして、あわてて病院へ駆けつけるという場面を、何度経験してきただろう。
何度経験しても慣れない。
病院を探しながら、都内をクルマで急ぐのはとても疲れる。
とくに夜は疲れる。
だからいつもすっとんきょうに元気のいい曲をかけて唄いながら行くことにしている。
病院へ向かうときはそう決めている。
ブライアン・アダムスを自分の高校時代当時のように爆音でかけて、大声で唄って行った。

「アキタコマチ」は、病院で痛みは落ち着き、きのうはそのまま帰って、11月中旬にあらためて手術のために入院することになった。
今日もまた、検査をしに病院へ行ってきた。

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きのうはおやつとジャムを買ってきてくれた気の利く次男だったが

疲れたなあ。
クタクタだ。
気胸は、私の耳硬化症とちがって、ひどくすれば命に関わる病気だ。
きのうはどうにか落ち着いて帰れたけれど、今日は学校へ行くのはおじいちゃんに頼み、下校時に迎えに行くのと病院へそのまま連れて行くのは「ササニシキ」に頼み、病院への迎えは私が行った。
とりあえず運転免許があるというのはいいことだ。
次男の学校は一橋大学のそばなので、「ササニシキ」と学食で二人並んでお昼を食べ、二人でキャンパスを探検し、ロースクールの教室を勝手に見学してきたという。
なんだかよくわからない仲のよさだわ。

この家は子供たちが明るいなあ。
きのうの“手術”“入院”という言葉を聞いたときの盛り上がりようもすごかったけれど、ああいうのに呆れながら、救われているんだと思う。
私は元来、精神的にとても弱い。
すぐくよくよするし、困難に負けそうになる。
でもなんだかんだと家の要にならなければならないといつも思っている。
きのうもそうで、胸の痛みで苦しがっている本人にはできるだけ落ち着くように接し、残りの子供たちには明るく接し、仕事で忙しい夫には「私が病院に来ているから来る必要はない」と言い、自分の心の中では最悪のケースを山ほど想像していてもそれは絶対に見せないようにしている。

将来、私が重大な病気にかかって手術をしなければならなくなったときも、あの子たちはあんなふうにきょうだい同士で盛り上がって集まってくれるのだろうか。
それぞれが大人になって、それぞれの生活に入ったら、今のようにはぱっと集まってはくれないだろう。
それでも、いつもワイワイにぎやかに一緒に暮らしていたことはいつまでも忘れないのだろうな……なんてことを考えながら病院へクルマを走らせていた。

by apakaba | 2014-10-30 23:11 | 子供 | Comments(0)
2014年 10月 27日

英語の歌

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本文と関係ありませんが、アーリオ・オーリオ・ペペロンチーノ。頂き物のナマ唐辛子がさわやかでした!

ゆうべ、夫がTSUTAYAでブライアン・アダムスのベストアルバム『Anthology』を借りてきて、夕食時にかけていた。
往年の、数々のヒット曲に「ウワーこれはなつかしいね……」とくり返す私。

「私はブライアン・アダムスの全盛時代のアルバムを何枚も唄えるよ。アルバムまるごとで。というかブライアン・アダムスだけじゃなくいろんな人の曲を、アルバムまるまるで唄える。」
と言うと、家族は驚く。
高校生で英語の歌をあんなにいっぱい唄えたのだから、昔の若者はえらかったもんだ。
「私も昔は頭よかったんだよね……」
夫は「若かったからだよ。」と言う。
うん、それはもちろんそうだ。
娯楽も少なかったし。
でも、部活もやっていたしデートや予備校もあって、それでどうして英語の歌詞なんか覚える時間があったのだろう?

今、うちの子供たちは当時の私のように英語の歌をいくらでもすらすら唄うということはとてもできない。
かろうじて長男が少し唄える程度。
英語で歌を唄うという環境がなければ、覚えられるわけがない。
人生で最も物覚えがいい時代に英語の歌詞のひとつも覚えないとは、情けない話だ。

実際、今の私はどんなに好きな英語ミュージシャンの歌でも、やっぱり覚えられない。
とても悲しい。

問題を先送りにするようだけど、決心した。
このあと私の耳はどんどん難聴になる一方で、とうてい音楽を楽しめる状態ではなくなるだろう。
難聴のせいで日に日に音痴になっていってるし。
でも手術をして聴力が回復したら、そのときこそ、一念発起して英語の歌詞を覚えよう。
それを楽しみに生きようと思う。

by apakaba | 2014-10-27 22:31 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2014年 10月 26日

名古屋市美術館探訪記

名古屋の友人に会いに行き、ついでに名古屋市美術館を歩いてみた。

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まず腹ごしらえに白えびの天丼。白えびは東京ではめったに食べません

名古屋市美術館は、名古屋出身の建築家である故・黒川紀章氏が自ら「私の代表作だ」と言って殊に愛していたという。

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このスケールの建築物には、作り手も愛着を抱きやすいのではないだろうか。
晩年の作品である「国立新美術館」の、鈍重でお金のにおいしかしない建築物に較べ、1階部分を地下に埋め込んだ低層建築という野心あふれる構造が好ましい。
今になって見ると部材の古くささは否めないが、黒川氏のアイデアが横溢している。

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国立新美術館ほどには馬鹿げたうねり方をしていない

さてここで開催されていたのは、東京から巡回でまわってきた「現代美術のハードコアはじつは世界の宝である展 ヤゲオ財団コレクションより」である。
タイトルといい、各作品の解説文といい、なんとも軽々しい。
世界の一流の現代アート作品が集まっているのに、この軽々しさが“アートの敷居の高さを低くする”と考えているのだとしたら、逆効果だと思った。

コレクションはすべてがすばらしいというわけではないが(現代アートはそういうもんです)、多くが感動的もしくは興味深いものだった。
とくに印象に残ったものはメモを取ったので、その分だけ記しておく。

・アンディ・ウォーホル「ジャッキー・フリーズ」 
有名人の顔を反復させるウォーホルの手法は、対象への愛とリスペクトがいつもある。それは無数に撮った「自画像」の自己愛と自己憐憫とは別のもの。素直さに心を打たれる。

・ゲルハルト・リヒター「毛沢東」
絵に目を近づけるとかえって逃げていく感覚。毛沢東という人物をまちがいなく描いているのに、近づこうとするほど実体が見えにくくなる。抜群の視覚トリック。

・杉本博司「最後の晩餐」
久々に見た、蝋人形シリーズ!どでかい。かの有名な宗教画を杉本が解釈すると、ゾクゾクする「実存」へ、生命を与えられる。

・トーマス・シュトゥルート「ノートル・ダム、パリ」
大好きな、パリのノートルダム寺院だ。下に人間、上に彫像、そのどちらにリアリティーがある?ゴシック建築の粋をこの高さとスケールで撮ると、見る者が神の視点になる。

・アンドレアス・グルスキー「V&R」
やっぱりグルスキーの巨大プリントはすごい。「物質文明への批判」などもっともらしい解説はあるが、私にはファッションショーの写真は色の美しさにうっとり。

・ツァイ・グオチャン(蔡國強)「葉公好龍」
香港大学の美術館で、この人の企画展を見た。大判の紙を火薬で焼いて、龍を表現するという発想のおもしろさ以上に、東洋的な美がはっきりと現れている。作家のことを何も知らなくても、一目で東洋人とわかるのだ。


1階展示室と2階展示室があり、1階のほうが圧倒的な作品ぞろいだったが、2階へ上がっていく階段のスペースは近未来的ともいえる真っ白な空間で、1階部分で得たさまざまな考えをいったんリセットさせている。
やるなあ。黒川紀章。

この美術館は所蔵品もすばらしく、半分はそれが目当てだった。
日本で唯一、フリーダ・カーロを持っているのだ。
初めて見るほんもののフリーダ・カーロの「死の仮面を被った少女」は、重い作品のはずなのに、愛らしく、陰りのない色彩があふれていて、素直に「きれいな色だなあ」と思った。

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そして、たまたま私が行った日一日だけ展示されていた、ジェームズ・タレルのインスタレーションが!!!
《知覚の部屋-テレフォンブース;意識の変容》という体験型の作品で、予約をして1時間ほど待つ。
7分間、やっと直立していられるくらいのせまい部屋に閉じ込められる。
小さな半円のドームが頭にはまりこみ、びょお〜びょお〜という砂嵐みたいな音とともに、ドームの中は青、紫、ピンクとゆるやかに変化する光が映し出される。
ドームは真っ白なので、たちまち遠近感は失われ、頭の上に無限に空間は延びているようにも思える。
いかにもタレルらしい視覚効果だ。
そのうち光に包まれていた頭上には、人を不安に陥れるような縞模様の光線——言葉では表しにくいが——が、しつこく発生する。
ずーっとこのくりかえしだ。
7分間耐えられる人は少ないようで、多くの人は途中で退出してしまうという。

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なんなんですかねタレルって人は。
私はもちろん7分間立ってましたが。
なにを信じるか?
目に映るものを信じていいのか?
いままさに体験していることは、ほんとうに“体験”か?
いつもクエスチョンマークを次々と突きつけてくる、大好きなアーティストだ。

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しめさばおいしうございました。焼酎のロックが鮨屋の湯飲みで出るのは不思議だったが

名古屋ですっかり文化的な一日を過ごせた。

by apakaba | 2014-10-26 19:11 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(2)
2014年 10月 25日

コーシローが噛み付かれてからのこと

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10月の最初に、すぐ近所の遊歩道でコーシロー(うちの柴)を散歩させていると、うちのより一回り体の小さい若い柴が、ギャンギャン吠えながらこっちへ向かってダッシュしてきた。
あんな凶暴そうな犬をノーリードとは危ないなあと思う間もなく、コーシローに飛びかかってめちゃくちゃに噛み付いた。
ふつう、犬同士は険悪になっても、まずは唸ったり吠えあったりして威嚇し、相手の強さを判断する。
当然そういう流れだと私もコーシローも思い込んでいた隙をつかれた格好だった。
首筋と耳を噛まれたコーシローは痛がって悲鳴をあげ、走って追いついてきた飼い主がリードを持って引き離した。

夜道なので怪我をしているか確認できず、とりあえず狂犬病の予防接種済みかどうかをまず尋ねた。
30代前半と見えるメガネをかけた女性で、何度も謝っていたが、犬を飼いきれていないようだった。
犬を怒るというより、犬に困り果て、疲れ果てている様子だった。
私は彼女に同情した。
というのも、うちもさんざん気の強い雄の柴に悩まされてきたからだ。
コーシローはきわめて飼いにくい犬で、今は年を取って多少は丸くなったけれど、それでも、今でも機嫌が悪いと飼い主に牙を剥くことがある。
行動をよく見ているとわかるが、野性の習性が非常に強い犬なのだ。

だから元気な柴を飼いきれていない彼女に同情心が湧き、「うちもずっと犬には困ってきたんですよ。」と話した。
これから、犬をしつけるのに長い戦いになるけれど、お互いがんばりましょうね……という気持ちになった。
もちろん、こんなことをする危険のある犬をノーリードで散歩するのはいけないということは言った。
家に戻って明るいところで怪我の確認をしたらまた改めて連絡することにした。
もし動物病院で治療というようなことになったら、その分の請求だけはしてもらうため、名前と電話番号を聞いて別れた。

家に帰って見てみたら、耳から血が流れていた。
病院でちゃんと消毒したほうがいいかと思い、すぐにもらった携帯の番号に電話をして、
「明日にでも病院へ行こうと思うので、請求額が確定したらまた連絡します。動物病院は保険が利かないから、ちょっと高くなるかもしれませんが、ごめんなさいね。」
と言った。
相手の女性はひどく恐縮し、ショックを受けていた。

でも翌日になったら、たいしたことはなかったようで、病院へ行くほどでもないとわかった。
そこで、報告して安心させようと、数日後にまた電話を入れた。
すると出ない。
そのあと何度も電話をかけてみたが、出ない。
着信拒否にされたようだ。

私は、飼いにくい柴を飼っていることでせいいっぱいの同情心を持っていたし、今後しつけなどでアドバイスできることがあればしてあげたい、くらいに思っていたのだ。
お金は結局発生しなかったからいいのだけど、それにしても……落胆した。
悪いけどそんなだから噛み付く犬をノーリードで散歩させたりするんだよ!と言いたくなった。
このあと、お互い徒歩圏内に住んでいるだろう相手と一生会わないでいられるつもりなんだろうか?

それよりも、このネット時代に、明らかに一方に非があるのに、頰被りをして解決したつもりなんだろうか?
もしも私が逆上して、2ちゃんとかに実名と電話番号をさらすというような行為に出たら、とかそういうことは想像しないのだろうか?
あるいは、たとえば家族などの入れ知恵(「そんなおばさんの言うなりになるな。逃げろ」と言われたとか)なのかもしれないが。
目の前の困難を避けて、それでこの先ずーっと私と会わないかとびくびくしながら散歩をさせるのだろう。
なんとまあ愚かな人がいるものよ。
今月はその一件で、気持ちが晴れなかったな。

by apakaba | 2014-10-25 11:16 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 10月 24日

サントリー美術館「高野山の名宝」と国立新美術館「チューリヒ美術館展」

六本木の三大美術館、「サントリー美術館」「国立新美術館」「森美術館」を「六本木アートトライアングル」というらしいが、今日は森美術館以外のふたつをまわってきた。

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サントリー美術館併設カフェ「不室屋」の麩焼きお汁弁当。私にはお酒がないと味が濃いがここに来るといつも食べる

サントリー美術館で開催中の「高野山の名宝」は、ハズレ企画なしのサントリー美術館らしい、満足度の高い展示。
とりわけ運慶作の「八大童子像」の露出展示(ガラスケースなし)がすばらしい。
よく、「仏像はお寺で見なければ。美術館では、ムードが出ないよねえ」などと言う人がいるけれど、私はそれにはまったく賛成しない。
こんなに間近く、好きな角度から仏像を眺められるなどという贅沢がゆるされるなんて、まったくいい時代だ。

「八大童子像」は、運慶の作品と、時代がはるかに下ったあとの作品が混在している不思議な集合体なのだが、誰でも一目で「これは運慶、これも運慶、これは運慶じゃない。」と区別がつく。
運慶の作品はあまりにもあまりにも、独創的だ。
あまりにも写実的。
童子の顔(と妙な髪型)を見て、まず衆生(と敢えて呼ぶ)が感じるのは、ありがたみよりも“親近感と嫌悪感”ではないか?
「あ〜こんな顔のヤツいるわ、昔同じクラスだった、すごい性格悪かった小太りのヤツ」とか、「あっ!この人見たことある!ん、たまに弁当屋の前で会う隣の部署の人?」とでもいうような……なんともいえない、気まずいような距離感。
それなのに、やっぱりこの世の人間では絶対にない超人的なはかり知れなさを湛えている。
美少年でもなんでもないのに、目が離せない。
関わり合いたくないのに、関わらずにはいられない、そんな感じの童子の一群だ。
よくぞ高野山から降りてきてくれた。
快慶の四天王像もいいけれど、やっぱり運慶の魅力には及ばなかった。

それにしても「玉眼」というのは、当時の美術界において、ドラスティックな改革をもたらしたものだったんだろうなあ。
あれをやったらもう後戻りはできない。
ただの一片の木が、玉眼を得ることでほんものの仏像になる。
平安末期から鎌倉時代に起こった玉眼ブーム(?)を見ていると、当時の日本文化の質の高さには感動する。

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次に国立新美術館の「チューリヒ美術館展」へ。
こっちの展示は、けっこうヒドいと思った。
副題どおりの“印象派からシュルレアリズムまで”の錚々たる作家の作品を、ただただ、ずらずらと並べているだけ。
倉庫みたいな展示だ。
キュレーターはなにをしているの?
ふつう、スイスという国の説明とか、チューリヒ美術館での実際の展示の様子や日本との関わりなどを、展示の合間に写真などで解説してあったりしないか。
それでも、このキュレーターの時代に、こんな企画展でも千客万来なのだから、東京とはおめでたい街だ。

なにしろ超有名作家ぞろいなので、いい作品はいっぱいある。
しかし一回りすると、結局なにを見ていたのかよく思い出せない。
なにかに向かってグッと引き寄せられていくような、大きな力に導かれるような企画がない。

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地元の喫茶店に戻る

ふたつの企画展を見て、作品そのものの持つ力よりも、都心で開催する美術展には企画力が大事だなあと感じた。
まあいつも感じるのだけど。
やっぱり私はサントリー美術館が好き。相性がいい。

by apakaba | 2014-10-24 22:46 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(2)
2014年 10月 22日

難聴が進んでも社会貢献したい

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耳硬化症の診断をされてからちょうど一ヶ月が経った(その日記)。
一ヶ月経って、また同じ新宿のタイ料理で同じランチ。
感慨深い。

診断を受けて泣きながら帰り、自分の本当の病気のことを知らなかった最後の瞬間に食べたランチの写真を何度も見た。
命に別状はない、のだけど、当座はショックでふらふらになっていた。

一ヶ月前より、少しだけ難聴が進んでいる感じがする。
音痴も少し進んだ。
とても悲しい。
でも、だんだん慣れてきた。
レベルからすると、命に関わる病気の宣告を受けたくらいのショックから、鏡を見るたび年を取っていく自分を見る程度の悲しみに。

ところで私は保育園でパート勤務をしているのだが、さまざまな理由からそこをやめてちがう仕事をしたいと思っている。
先生たちがヒドいというのは最大の困りごとだけれど、それは言い始めるときりがないので割愛するが、いくらなんでも仕事の内容がナンだなということもあり。
週日の仕事は以下の通り。

・子供の水分補給のお茶出し
・おしぼり(昼食後に使う)を作る
・昼寝の布団を敷く
・着替えを出す
・足を洗うたらいの用意(夏はシャワーの用意)
・おむつ替え、大小便の始末、おもらしの始末
・手を洗う介助
・昼食介助
・おむつの仕分け
・雑用(トイレットペーパーを1回分ずつにちぎって畳むなど)
・おやつ用のおしぼり作り
・着替えの手伝い
・おやつ介助
・昼食やおやつの後片付け(掃き掃除、おしぼり洗い、ぞうきんがけ)

どれも簡単。ちなみに土曜の仕事は、一日中掃除と消毒だ。あと布団干し。
はっきりいって中学生か60歳以上の人で十分にできる仕事で、時給は悪くないがいくらなんでも脳みそ使わなさすぎ。

前から書いているとおり、私は社会に貢献したいという気持ちが強く、自分の仕事が社会貢献につながることがいいなと思ってきた。
今やっているパートの仕事は、まちがいなく社会貢献だ。
でも、他の人がやってもいいようにも思う。
もっと専門性の高いこと、もっと今しかできないことで、お金をもらえて、社会貢献ができないものでしょうか?!

私にできることなんて限られている。
いくら社会貢献したくたって、人類を救う薬を開発したり、宇宙開発や自然エネルギーの開発なんてできるわけがない。
私にできることは、次世代の人間を育てることに関わることくらいだろう。
だから、子供に関わりたい。
よくいい年をした大人で「子供が嫌い」とか言っている人がいるが、いったいどういう楽天家なんだろうと思う。
あなたが老人になって一人では生きられなくなったとき、社会を担って、ことによるとあなたも担ってくれる(おんぶしてくれるとか)のは、今のちびっこたちだ。
老いた自分の病気を治し、寝たきりになったら面倒を見てくれるのは今のちびっこたちだ。
私は保育園でも「かわいいなあ」というより先に、「私が老人になったときにはよろしく頼むね」という気持ちでお世話している。

ようするに、子供は社会の宝だ。
宝を正しく輝かせるのは教育だ。
私は、教育で社会貢献をしたい。

それでそんなようなことを友達に言いまくって、近所で「無償の塾」をやっているNPO法人を見つけた。
中高生にただで勉強を教えるという。
区から助成金が出ていて、あとは寄付金で運営しているらしい。
それに飛びついてみた。

ところがーー!
なんと講師もボランティア!
ただ働きで、「交通費程度」くらいしかお金はもらえないという。
ものすごくガックリ。
いくらなんでもそんなの聞いたことがない。
お金がほしくて求職しているのに、いくら理想が高くても、うちはただ働きができるような経済状態ではない。

それにしても、この先、難聴がどんなふうに進んでいくのか見えないのがつらい。
新しいことをしたくても、二の足を踏んでしまう。
あーあどうしようかなあ……

by apakaba | 2014-10-22 22:52 | 生活の話題 | Comments(2)
2014年 10月 14日

落ち込んでいるばかりではだめで、工夫をしないと

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練習中。台本と目がすごく遠いのは老眼だからではなく、スクリーンの高さに目を合わせているのですよ

きのうから難聴の具合がグッと悪い。
台風で気圧が変化しているからだろうか?
今日、目前に迫った影絵の公演の練習に行ってきたがまるっきりだめだった。

きのう今日と、咀嚼音がやたら響くようになったので悪い予感はしていた。
サラダを食べればバリンバリン!
麺類をすすればズルズルズルーッという音が、脳天に大反響して、おいしく感じられない。
ものを食べるだけで疲れきってしまう。

長らく劇の声の出演をやっているが、劇団を始めて以来のピンチに今いると感じる。
吊り鐘の中でわめいているみたいに(吊り鐘の中に入ったことないけど)、自分の声がわんわんと響きまくって、自分でなにを演じているのかぜんぜんつかめない。
命が削られていくような感覚がする。
それでいて、まるっきり命には別状ないんだから馬鹿馬鹿しい。

自分の演技がうまくいかないことは大目に見てもらうとしても、人の声の聞こえ方も変なのだ。
わかりにくいとは思うが一応たとえてみると、巨大な薄いゴムの袋に人々の声が入って、ぼよんぼよんと私に向かって押し寄せてくる感じ。
なにを言っているのかよくわからないくせに、ボリュームだけは耐えがたいほど耳をつんざく。
薄いゴムの袋を通して、人の声がパンチを繰り出してくるような感じだ。
人の声のパンチが頭を殴りつけてくる。
当然、頭が混乱して、たくさん殴られたあとのようにぼーっとして(たくさん殴られたことないけど)、今までの私なら絶対にありえなかったことが……「出番が、わからない」

何度も失敗してしまい、苛々が高じて、そこらへんのものを蹴っ飛ばしたり、投げつけたりしたいくらい、頭に来た。

激しく落ち込んでいることを夫に言うと、
「もしかしてこれを使ってみるといいかも。」
と、ノイズキャンセリングヘッドホンを貸してくれた。
すると、急に、自分の声も人の声も脳天に響かなくなった!すごい!
その代わり、自分の声も人の声も遠くに感じるけれど、ガンガン殴られ続けているような感覚よりはよほどマシだ。
ナルホド。
落ち込んでいるばかりではだめで、工夫をしないと。

ベートーベンが聴力を失った病気の原因は、耳硬化症だったという説が今日では有力だ。
ベートーベンは、聴力が弱くなってからは「歯に指揮棒をくわえてピアノに押し当てて音を拾っていた」という。
耳硬化症の診断を受けたばかりのころは、そのさまはなんとなく遠い話に思えた。
創造へのアプローチの壮絶さだけを感じた。
しかし、今はその逸話を身近に感じられる。
必要に迫られれば工夫するしかない。
18世紀にベートーベンが生み出した工夫は指揮棒だったけど、21世紀に同じ病気になったら、ノイズキャンセリングヘッドホンが役に立つんだよ。
しばらくこれで乗り切るしかない……

by apakaba | 2014-10-14 18:38 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 10月 11日

正しい就労支援を!

きのう、ガソリンスタンドでワイパーブレードの交換その他をした。
私の車に走り寄ってきた若い店員は、男なのか女なのか、ぜんぜんわからない。
痩せ型で小柄な体格で、とくに美しい顔でもないが、どことなく奇妙だ。
声も低めの女性の声のようにも思える、だが胸はぜんぜん膨らんでない、でもあれくらいの体格の女性もいるし。

なぜそこまでとまどったかというと、顔にファンデーションを塗って、きれいにアイラインを入れていたからだった。
目尻をピンと跳ね上げる、完璧な線を見て、「女か?」と思った。
でも名札は男の名前だった。

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よき職場に乾杯

彼はよく働いているが、走り方がいわゆるオカマなフォーム「曲げた両肘を前後より左右にゆするような振り方」をしている。
私の質問に答えて、「あぁ!」と手をパンと1回叩くしぐさや、「〜〜ですネ、ウフフ」という話し方は女より女らしい。

ガソリンスタンドは、男くさい職場というイメージがある。
ときどき若い女の子も働いているが、黒髪率0%の昔ヤンキーでしたという雰囲気の子が多い。
そこに交じって、お尻を振りながらちょこまかと小走りで働いている彼は、同じ制服を着ているのに異質だ。

接客業なのに、ここのオーナーもよく雇ったなあ。
あの人はどう見ても、セクシュアルマイノリティーだよ。
ちゃんと働ける仕事に就けて、よかったなあー。

by apakaba | 2014-10-11 08:36 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 10月 08日

皆既月食

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ぜんぜん、月食の写真じゃありません

今夜、東京のこの辺りは、皆既月食がほぼ完璧に見えていた。
月を見ない犬を連れて夜の散歩をしながら、住宅地を歩く。

踏切の中に立ち止まって線路を入れ込み、欠けてきた月をスマホで撮っている、勤め帰りの女性がいた。
数人が集まって、奥さん同士で空を見上げている。
家の玄関から箸を持ったままで眺めている、食事中の旦那さんもいた。

ほのぼのと和む。

しかし、月食が進んで暗く赤い月になると、恐ろしくなってきた。

あの月を見て、「自然が見せてくれる天体ショー」などという無邪気な気分には、とてもなれない。
月食の原理を知らない古代の人は、さぞ恐ろしかったことだろうと思う。
人生も短かっただろうから、一生のうちに何度も皆既月食を見ていたはずがなく、天変地異の前触れとおののいたとしても当たり前だ。
それが世界中でさまざまな信仰を生むきっかけになったことも。
科学を知らない時代の、無邪気な信仰。
自然がなにかを人間に語りかけていることはない。
人間が、自然から勝手になにかを感じ取っているだけなのだ。

科学を知らなかった古代の人と、月食の原理を知っている現代人、“無邪気”なのはどちらか?

私は、灯りのなかった時代に、恐怖のどん底に突き落とされた古代の人間に気分に添ってしまうタイプなんだな。

by apakaba | 2014-10-08 23:09 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 10月 07日

『じょうはんきかんれつげきしょうこうぐん』(SCDS)

耳硬化症の疑いで通院している。
今日は、先日撮ったCTの結果を聞きに行った。

耳硬化症、悲喜劇の途上」に書いたとおり、診察の最後の方にちょこっと言っていた「耳硬化症にきわめてよく似た症状の、さらにめずらしい病気」かどうかが、CTでわかるという。

「あなたの頭蓋骨は生まれつき大変めずらしい形をしています。三半規管の上部を覆っている骨がとても薄いのです。そのため、自分の声が頭にがんがん響く感じがします。
左耳は典型的な耳硬化症の症状なのでこのまま聴力低下を待ちますが、右耳も耳硬化症であるとは、まだ判断しきれません。いずれにせよ聴力はまださほど落ちていないので経過観察でいきます。」

「……????頭の中の骨が薄い?」

「そうです。このSCDSという病気は……」

「え、えす?ナンデスカ?」

「『じょうはんきかんれつげきしょうこうぐん』」

「じょうはんきかんれつげきしょうこうぐん?」

「そうです、耳硬化症に似て、難聴も生じますが、自声強調が強い人はSCDSの可能性もあります。この場合、耳硬化症での人工のあぶみ骨につけかえるという手術は関係ありません。」
「ええとー、もしその病気だったら、やることはなんですか?」

「骨に厚みを持たせることですね。カルシウムをとり、ビタミンDをとり……」
「えっ、(治療の方向は)そっちですか!」

整理するとこうだ。
私の左耳は、耳硬化症になっている。
だが右耳の難聴は耳硬化症であるとは言いきれない。
両耳とも、CTで見ると上半規管裂隙症候群といっていいほど、骨が薄い。
自声強調の症状が、耳硬化症によるものか、上半規管裂隙症候群によるものかは、今の段階では判断しきれない。
たしかなのは、私の頭の骨が薄いことと、左耳の耳硬化症はほぼ決定、そして今のところすることはないということだけだ。

「あなたはおそらく骨がもろいと思います。白目が青い。だいたいそういう人は、骨が弱いんですよ。」
「はあー。」

自分の白目が青みがかっているのは知っていたし、けっこう気に入っていた。
ふつう、年取ってくると、白目が黄色や灰色に濁ってきたり充血したりするでしょう。
すっきりして見えると思ってたのに。

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体が弱いというのは、こういうことか、というのがわかってきた。
頭の中の骨がそんな格好だなんて、生まれてから今日まで知らなかったし。
ちょこちょこした体の不具合が、命に別状はなくても、少しずつ本人の生命力を萎えさせていく。

しかし、耳硬化症にしても、上半規管裂隙症状群にしても、「きわめてめずらしい病気」と医者が言うほどには、ほんとはめずらしくないんだと思う。
今まで調べられていなかっただけじゃないの?
いろいろな病気が、検査でわかるようになっただけのことなんだろうなあ。

だったら今後の医療の進歩に期待しよう。
私みたいに虚弱な人間は、それに期待するしかないもん。

by apakaba | 2014-10-07 15:10 | 健康・病気 | Comments(4)