あぱかば・ブログ篇

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2014年 12月 31日

子供の働きでらくな大晦日だった

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かにしゃぶのあとのかに雑炊。

来年もがんばろう。

by apakaba | 2014-12-31 23:25 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2014年 12月 30日

病気の年

今年をふりかえって、最も思い出に残っているのは「病気ばかり続いたこと」だ。
2月、声帯結節になり、それが治りきる前に6月、顔面神経麻痺。
顔面神経麻痺の回復と入れ替わりに耳硬化症の難聴が始まり、これは手術以外に回復することがないので、現在も難聴・耳鳴り・自声強調とつきあっている。

どれも、罹るまではまったく知らない病気だった。
1年間でこうも次々と(命に別状のない)めずらしい病気になるとは、情けなく、自分に自信がなくなり、暗澹たる思いだ。
これまで、調子に乗って一人旅に出ていた罰だろうか。
声帯結節はまだしも、万が一、旅先で、治療に一刻を争う顔面神経麻痺になってしまったら?
想像するだけでぞっとする。

来年はめずらしい病気に罹りたくないなあー。
今年は本当にしょぼかったなあ。

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我が家恒例、長男「ササニシキ」による「冬の大感謝祭」。
「ササニシキ」が肉とワインを買い、次男「アキタコマチ」が調理する


by apakaba | 2014-12-30 22:53 | 健康・病気 | Comments(0)
2014年 12月 27日

場を圧倒する声

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ある休肝日の夕食は「コシヒカリ」が作ってくれた。
ネットで話題のトマトごはん(生トマトの炊き込み御飯)、豚の軟骨入りスープ。


年末。
でも保育園をやめて旅行ライターの仕事に変わってからは、ず〜〜〜っとちょこちょこ仕事をしつづけているので、年末という気がしない。
ライターの仕事って、きりがないんだな。

2月に影絵の公演がある。
11月に入ってから、ずっとその台本作りに関わってきた。
またDVDを制作するため、著作権に引っかかる現代の作品は使えない。
この壁はなかなかに高くて、もうめんどくさくなってオリジナル作品を作ることになった。
劇団代表がストーリーを考えて台本を作り、かなりいいものができた。

そして私は毎度のことながら声の主演なのだが、今回はどうも主人公に魅力を感じられず、配役決めの前夜までさんざん「やりたくない」とごねてた。
話自体はすてきなのだけど、主人公(少年の天使)が、どういう性格なのかちっとも見えず、演じづらい。
でもいろいろ考えあわせて、やはり私がやるべきなのだと思い直した。

やると決めたら役作りだ。
主役がどう演じたらいいか迷っていては、他の人がついてこられない。
こんどは「モテオーラ男子」でいくことにした。
主人公の少年天使は、ビジュアルは羽根が生えてるし、すぐ女の子を抱き上げて飛んじゃうし、あっという間に恋人の距離にちかづいて、けっこうな女子必殺ゼリフをすらすら言ってしまうような、無邪気ながらも将来有望なモテタイプではないか?
女たらしではなくて生来の気の良さで、周りの人たちがみんな自然と応援したくなるようなタイプ。
これでいこう!

そう決めると、あれほど後ろ向きだった主演が楽しみになった。
苦しんでいても、役作りさえ決まれば早いのだ。
劇団のメンバーは、私がこんなに裏でごねたり悩んだりしているなんて思いもしないんだろうなあ。
すいすいと苦もなく演技ができていると思っているにちがいない。

声の出演をするとき、いつでも心にくりかえし念じていることがある。
主演は圧倒的に魅力的な声を出さなければならない、ということだ。
まあ当たり前なんだけど。
見ている間は主人公の声がまっすぐバシーッと耳に届き、見終わったあとは主人公の声がいつまでも観客の心に響き渡っていてほしいのだ。
子供や大人が、劇を見にゾロゾロと入場してくるとき、私はマイクの前にスタンバイしてその一人一人の顔を見ながら「さあ始めるぞ、驚くなよ」って思ってる。
会場いっぱいの観客が皆、私の声に息を呑み、笑顔になり、嗚咽する。
劇をやってなかったら、他の手段では、私は何度生まれ変わったって、これだけの人数の人の心をいっぺんにつかんでしまうことはできないだろう。

もちろん影絵はチームプレイだから、多くのスタッフの力を合わせて一つの作品ができている。
ただ、声の主演は、私のような人間が向いていると思う。
「適材適所」というのは侮れず、ある。
また難聴に苛立ちつつの練習になるだろうが、いずれ聞こえなくなるまでは、やれる限り主演をやるつもりだ。

by apakaba | 2014-12-27 23:21 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 12月 17日

文庫本とともに旅をする

今夜から、次男「アキタコマチ」がドイツ旅行に行った。
今日は準備をあれこれしていたが、「持っていく本をどうしよう」と迷っている。
とりあえず本人は『ノルウェイの森』の文庫本上下巻を兄の「ササニシキ」から借りていた。
だが私が「『ノルウェイの森』はどんどんいっちゃうからもしかしたら旅行中に読み終わっちゃうかもよ。読み終わった本ほどむかつくものはないよ。」と言うと、「もっと持っていった方がいいのかな!」と考え始めた。

「アキタコマチ」 :なんかおもしろい新書ないの?小説続きじゃなくて間に新書をはさみたい。

私 :ここにあるのはちょっと……お前は無教養だからねえ……『源氏物語論(吉本隆明)』とかじゃあね。

「ササニシキ」 :『罪と罰』を持っていけばまず大丈夫。

「ア」 :だから小説じゃなくて……まあいいけど。どこにあるの。

「サ」 :新潮文庫のはオレの部屋にある。(持ってくる)ちなみにこれという手もある。

「ア」 :なにそれ。

「サ」 :『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』。オレはもう最初のほうでだめだったけど。

私 :なに、“太った娘”が出てきていやになった?

「サ」 :いや、“太った娘”は出てこない。最初のページのエレベーターがどうのこうのというところでもう嫌になった。(朗読)

私 :あっはっは!そんなだったっけ。気障だよねえ。

「ア」 :結局どうすればいいの。『罪と罰』もいいんだけど、オレは今度の旅行では『ノルウェイの森』を読もうって決めてたから……Kindleになんか入ってないの?

私 :『悪霊』の新訳版が入ってるけど。でもファースト・ドストエフスキーに『悪霊』はすすめないよ。

「サ」 :最初に『カラマーゾフの兄弟』を読んでしまうのも失敗だ。『罪と罰』からがいいと思う。オレは高2のときに『カラマーゾフの兄弟』を読んで途中で挫折していた。

私 :まあKindleにもいろいろ入ってるけどね……

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今日の昼に「アキタコマチ」が作った丼。牛すじを煮たあとの煮汁を固めた煮こごりで作っていた

トカナントカ、ワーワーとやりあって結局『ノルウェイの森』上下巻と、『罪と罰(新潮文庫版)』の上巻だけを持つことにしたらしい。
「ササニシキ」が弟に本を渡すとき、「あれ、なんだこれは?」と、中から出てきた栞のような紙を取り出すと、バスのチケットだった。
「ササニシキ」が「アキタコマチ」くらいの年に、夜中にいきなり「あーあオレもどこか行きたいな。マレーシアに行こう」と言ってエアアジアのサイトを開き、そのまま航空券を取って旅行に行ってしまったとき、持っていった本が『ノルウェイの森』だったらしい。
マラッカに行ってマラッカ川を見ながら何時間も本を読んでいた、オレはその時間が一番好きだった……と帰ってきてから何度か私に話していた。

バスのチケットを抜いて、手渡していた。

「アキタコマチ」からはさっきメールが入って、今から飛ぶという。
文庫本数冊を持って一人旅、昔はよくやってたなあ。

by apakaba | 2014-12-17 22:19 | 旅行の話 | Comments(3)
2014年 12月 13日

『ゴーン・ガール』——「ニック」という名前から連想したもの

デビッド・フィンチャー監督、ベン・アフレック主演では絶対おもしろいにちがいないと思って公開早々見てきた。
(ネタバレになるかもしれないので、これから見る人はあとで読んでください。)

5周年めの結婚記念日に失踪してしまった妻の行方を探し求めるうち、自分が妻を殺した殺人犯ではないかと警察に疑いをかけられるようになってしまう平凡な夫ニックが、ベン・アフレック。
謎に満ちた美貌の妻エイミーを、ロザムンド・パイクが演じる。
ロザムンド・パイクの、表情筋の微小な動きで見せるものすごい演技は、アカデミー主演女優賞ノミネート確実といわれているくらいの芸域だが、やっぱり私はベン・アフレックのへなちょこ男ぶりに毎度律儀に驚嘆するんだなあ。

夫と妻という、家族の最小単位での結びつきにスポットを当てており、観客は当然、ふたりの成り行きを暴走列車の乗客になった気分で追って行くのだが、そのスポットライトの外側にいる人物たちがとてもいい。
妻エイミーの両親は、「アメイジング・エイミー」という児童書で大当たりしている人気作家夫婦。
主人公エイミーは理想的な少女で、妻エイミー本人はその幻影に長年苦しめられてきた。
虚像が実像を食うモンスターとなっているわけだ。
エイミーはNYの裕福な都会育ちで、両親は娘を愛しながらもその愛情はやや常軌を逸している。
家庭環境が、エイミーの極端な人格を作った。

いっぽう夫ニックの生い立ちはずっとシンプルだ。
双子の妹マーゴとはなんでも話せるベストフレンドであり、ふたりとも数年前に亡くなった母を今も追慕している。
父は老人ホームに入所しているが徘徊もしてしまう困り者。
ニックの普段着はとことんダサい。
経済的にはエイミーの家よりずっと劣るようだが、家族としての当たり前の情愛が流れている。

ニックという名前を聞いて、私は「彼はイタリア系か?少なくともカトリック系か?」と連想した。
ニックはニコラスの愛称であり、ニコラスはカトリック教会の聖人に由来する名前だからだ。
そういう目で見ていると、カトリック的家族愛を、兄妹の絆にも感じるし、とりわけほぼ映画にその姿を見せない“亡くなった母”が重要に思えてくる。
というのも、「エイミーは性格が複雑で、親しい友達ができにくいけれど、姑とは仲よくしていた」という証言があったのだ。

うそで固めたエイミーの性格であれば、姑との交流もうわべだけのものだったのかもしれない。
それは容易に推測できる。
あの行動を見ていれば、そう思うのがふつうだ。
けれども、もしかしたら、ひょっとしたら、カトリック的情愛の権化のようなもう一人の母親(亡き姑)は、孤独なエイミーのたった一つの錨だったのかもしれない。
実の両親でさえ児童書の執筆と売り上げで実質的に娘を金づるにしていた、異常な家庭育ちのエイミーが、唯一まともでいられる相手だったのかもしれない。
そう考えると、姑の死によって錨が外れ、素朴な家族愛はここに消滅し、彼女を決定的な破綻へと進ませる直接の原因となったのかもしれない。
そう仮定すると、エイミーという女性が、ただのサイコ女ではなく、悲哀をもった重層的な人物にも思えてくる——「ニック」という名前と母を偲ぶ双子の兄妹の様子から、そんなことも連想していた。
それはちょうど、『勧進帳』や『義経千本桜』をはじめとする歌舞伎の名作に、“頼朝”という登場人物は出てこないのに、通奏低音のごとく頼朝の影が物語にずうっと影響しているのと同じように。

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歌舞伎といえば、きのう初めて国立劇場へ行ってきた

こんなことはすべて私の思い込みであり、フィンチャーはまったく意図していなかったのかもしれない。
しかし、優れた作品は、見る者に想像をさせる。
ディテールの作り込みによって、見る者がさまざまに考えることができる余地をくれる。
フィンチャーの快進撃はまだまだ続くだろう。

by apakaba | 2014-12-13 23:25 | 映画 | Comments(4)
2014年 12月 11日

亀山郁夫×東浩紀 司会:上田洋子 『カラマーゾフの兄弟』からチェルノブイリへ——ロシア文学と日本社会

12月9日に開催されたゲンロン講座「亀山郁夫×東浩紀 司会:上田洋子「『カラマーゾフの兄弟』からチェルノブイリへ——ロシア文学と日本社会」は、片時も間延びした時間のない、エネルギッシュな議論が交わされた会だった。

五反田のゲンロンカフェは、ドストエフスキーを愛好し、亀山先生の新訳版出版によって若き日の衝撃的なロシア文学体験をふたたび胸によみがえらせたであろう、私のような聴衆で満員。
夫と大学生の長男も連れて行ったが、3人で興奮しながら帰途に着き、夫は翌朝亀山訳『悪霊』をKindleで買い求め、長男は東浩紀『弱いつながり』を1時間で読み切っていた(『弱いつながり』は、今年の私の読書ベスト10に入る名著だと思う)。

ドストエフスキーは、高校生から大学生にかけて、取り憑かれたように読みあさり、短編も含め読破した作家だ。
とりわけ『カラマーゾフの兄弟(新潮文庫/原卓也)』は、その疾走感、ドライブ感に完全に巻き込まれ、どんなに眠くても疲れていても目がカラカラに乾いても、読書を中断することができないほどだった。
それはすべての『カラマーゾフの兄弟』経験者に、ある程度共通する体験ではないだろうか。
ところが新訳の亀山版では、なぜかそのドライブ感がなかったのだ。
自分が年を取ったからなのか、それとも訳のちがいに因るところが大きいのか?
私と同じ感想を、夫も長男も持っていた。

しかし亀山先生が、心の底からロシア文学とドストエフスキーとロシアを愛しているというその熱が、ご本人を前にしてみて初めてわかった。
会場全体が、亀山先生の愛の熱で熱くなるのを感じた。
ドストエフスキーは、失語症的(どもっているような感じや同語反復など)な、異様な高揚感のある文体を持っている。
原文に忠実に訳せば訳すほど、わけのわからない(文として破綻した)文章となっていき、読みづらい。
亀山先生は、あえて言葉を整理し、現代的な言葉遣いを用いてドストエフスキーへの壁を低くしてくれたのかもしれない。
ロシアでは、ドストエフスキーは読みづらい作家として、人気がないという。
日本でドストエフスキーの人気が高いのは、亀山先生に連なる多くの諸先生たちが、稀代の作家の高い壁をよじ登り切り崩してこられたご尽力の賜物なのだ。
そう思うと、また胸が熱くなった。

議論はきわめて知的でありながら終始なごやかな笑いに満ちており、真にインテリジェンスの高い人が集まって話すのを聞くのはなんと気持ちのいいことなのだろう、と久々に感動した。
東氏の著書は昔から家族でよく読んでおり、私など知的レベルは足元にも及ばないながら、その活動を全力応援している。
彼の、“「人文」に拠って立つ”とでもいおうか、はっきりした真っ正直な立ち方にとてもシンパシーを感じ、同時に滅びゆくものへの哀惜も感じ、「それでもやはり人文の力を信じたい」という決意の固さになんともいえない美を感じるからだ。

ドストエフスキーに度肝を抜かれた高校生のころから、私も人文畑を進んできた。
私は現在一介の主婦で何者でもないけれど、人文は学問として確実に廃れてきており、これからの時代、ふたたび勢いを盛り返すことは二度とないだろう。
文章をどれだけ読んできたか。
文章をどれだけ書く能力があるか。
そんなこと、この時代にはどんどんどうだってよくなってきている。
人文にさっさと見切りをつけた人間が、うまく立ち回ってお金を儲けられる。
それでも、人文という立ち位置から社会に関与していく人間は、まだ死に絶えてはいない!
東氏が主催しているこの「ゲンロンカフェ」もそうだし、「思想地図β」も、チェルノブイリツアーも、福島第一原発観光地化計画にしてもそうだ。
強靭な知力と力のある言葉、誠実で胸を打つ言葉を彼が持っているからこそ、これだけの活動が(お金が儲かるかは知らないが)立ち上がり存続しえるのだろう。

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ゲンロンカフェ入り口。扉の右上に、大ファンのチームラボ猪子さんのサイン!彼ほどの天才なら、語る言葉は「マジヤバい」だけでもいいんだよ!

本当に感動的な講座だった。
先ほど「読破した」と書いたが、実は『未成年』だけ読んでいない。
なぜなら、私はあまりにも愛好する作家がすでに亡くなっている場合、本当に読破してしまうことを恐れてしまうからだ。
「これを読んでしまったら、もうこの人の新しい作品は読めない……」そう思うと、最後の一作品になるともうだめなのだ。
しかし、訳が変わると何度も別の読書体験をできるということが、『カラマーゾフの兄弟』でわかったのだから、亀山版『未成年』が出たら、新旧の訳を読み比べてもいいかな。
文学に、真の意味で「読破」なんてものは、永遠に来ないのかもしれない。
読書は、人文は、かくもおもしろく奥深い。

by apakaba | 2014-12-11 17:34 | 文芸・文学・言語 | Comments(0)
2014年 12月 09日

丸呑み

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Facebookに、お弁当の写真を撮ってアップすることがある(いつもまずそうな写真だが)。
今朝は夫と次男が持っていった。

銀ひらすの西京漬焼き、かぼちゃの煮付け、ビーツの茎の中華炒め、マッシュルームとフレッシュバジルのオムレツ、昆布佃煮(買った)、胡麻塩ごはん

簡単なメニューだが、いつもやさしい友人たちが「おいしそう」とかコメントを書いてくれる。
写真をアップする目的は料理を見せびらかすことではない。
たんに四方山話を書くための枕のようなものだ。
しばしば「旦那さんは幸せね。いつも大喜びでしょう」と言われたりするが、これまでほとんどお弁当のお礼や感想を夫から言われたことがない。
でも、そう言うと、まるでうちの夫が感謝知らずの嫌な人間のように思われそうで、なかなか正直にも言えない。

夫は、どうなんだろう。
弁当写真を友達に見せるようになってから、夫がお礼も感想も言わないことが、だんだん気になってきた。

この前、その気がかりに一気に答えが出た。
ししとうをごま油で炒めたおかずを入れたのだが、けっこう“当たり”の多いししとうで、からいものが絶望的に苦手な夫はさぞ苦しむだろうと心配になった。
「お弁当にししとうを入れたら、辛さヒット率高いです。ちょっとだけかじって確認してから食べてください」とメールまで入れた。
しかし、帰ってきて「大丈夫だった?」と聞いても、「からいのもあったような気がする、うん、たぶんあった。でもほとんど丸呑みで飲み込んでるからわからない」と言うではないか。

これを聞いて、本当にショックだった。
あんなにからさに弱い人が、味をまるで感じないくらいに早食いしないといけない職場って、いったいなんなんだろう。
かねがね、「弁当の時間は5分。自分の席で仕事をしながらかきこむ」と言っていたけど、大の苦手のからいものの一件で、その言葉がおおげさではなかったことを理解した。

つまり夫は、「弁当がうまかった」と思う余裕はまったくなく、なにを食べているかすらわからないままかきこんでいるのだった。
食べながらもメールの返信などに追われているから、食べ終わった瞬間に、もう昼食のことは忘れているのだろう。

ふつう、仕事が忙しいといっても、せめて昼食くらいは食べる時間があるんじゃないの?
オフィス街では、昼時になると、首からネームカードをぶら下げたサラリーマンがぞろぞろ出てきて、今日はどこで食べようかと談笑しているじゃないか。
たまに「仕事に忙殺されて昼飯抜き」なんて言っている人がいるけど、週六日、昼食を5分で丸呑みしないといけないほど忙しい人ってさほどいないと思う。
20代や30代ならともかく、50近くなってもこれでは、不憫すぎる。
しかもこの先、定年までずっとその暮らしは続くであろう。

最近、夫は「朝の通勤が疲れるから、早く出ることにする」と言って、今までより20分早い電車に乗るようになった。
当然それに合わせて弁当作りも早く起きないといけないわけで、内心かんべんしてくれと思うのだが、とてもそんなことは口に出せない。
20分早く仕事に行っても20分早く帰るようになったわけではない。
つまり20分多く働くようになっただけなのだ。

この人は疲れてもうすぐ死ぬんじゃないかと思う。
仕事をしすぎると、人は簡単に死んでしまうことはよく知っている。
私の父も仕事をしすぎて、元気だったはずなのに45歳でコロッと死んだ。
できる限りサポートをしたいが、彼の仕事量にはどうやったって追いつけない。
こんな人生、幸せなのかなあとも思う。
「こんなにおいしそうなお弁当を作ってもらって幸せね」と友達から言われるお弁当を持たせたって、当人は、何十年も、味もわからず丸呑みするだけの人生。
私にできることはなんだろう。
私がもしどんなにお金を稼いだとしても、それで夫の仕事量が減るわけではない。
とてもむなしく、悲しい。

by apakaba | 2014-12-09 10:05 | 生活の話題 | Comments(0)
2014年 12月 04日

スコットランド家族旅行雑感その2・ホリルードハウス宮殿

<その1・エディンバラ城>のつづき。

<1日目午後 ホリルードハウス宮殿>

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一日目の午後からはホリルードハウス宮殿(ホリルードよりホーリールードと表記した方が正しいと思うが)に行ってみた。
ここの見学はエディンバラ城よりずっとよかった。
その好印象は、日本語のオーディオガイドを借りたことが大きいと思う。
ガイドを聴きながらまわれば、展示品や歴史や建築の工法・デザインなどについて詳しく知ることができる。
聴いているとまわるのがとてもゆっくりになってしまうので、時間をたっぷり取って行くべきである。
言い方を変えれば、内部は撮影禁止だから、オーディオガイドも聴かずにさっさと見てまわるだけでは、あとになってなにを見たのか忘れてしまうだろう。

この宮殿は、15世紀から現在に至るまで、ずっと使われている現役の建築であるという。
ここになによりも強くおもしろみを感じた。
歴代のスコットランド国王夫妻の住居であり、現在のエリザベス2世も、夏にスコットランドを訪れると(冬は寒すぎて来ない)、ここに滞在するという。
そんな格式の高い場所を、イギリス王室が使っていない1年の大半の時期に一般公開しているとは、なんとまあ気前のいいことだろうか。
まだ来たばかりだが少しイギリスが好きになった。

エディンバラ城は街のシンボル的な存在であるものの、私は、実際に使っている建築をとても魅力的に感じる。
サマルカンドやエルサレムなど、いろいろな場所で、今はもう使われていない建築物を見てきたが、いくらその建築自体が美しくて文化的価値が高くても、人々が生活の中で集まってくる現役の建築物のほうが、思い出に残っているのだ。

オーディオガイドによると、エリザベス2世もエディンバラに滞在することをとても好んでいるという。
思うにスコットランドのほうがイングランドよりも食べ物がおいしいからじゃないのかなあ?
王室なら庶民の食事とは関係なくおいしいものを食べているのかな。

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建物の中は撮影禁止だが外は撮影可能だ。
ひととおり見学が終わると、宮殿に隣接したホリルード寺院の廃墟に出られる。
ここは現役の建築物である宮殿とは好対照を成す廃墟だ。

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オーディオガイドでは、ホリルード寺院と呼ばず徹頭徹尾「アビー」と呼んでいたのがちょっとおもしろかった。

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それにしてもイギリス王室は、つい日本の天皇家と比較してしまうが、イギリスに来てみると、その立ち位置がまったくちがうのだとわかる。
王室メンバーは、あくまで生々しく人間らしい。
お土産ショップにも、王室メンバーのブロマイドがどっさり。
この感覚は日本人にはないな。

このあとは街歩きをして、1日目終了。

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中古CDショップでクイーンのアルバムを見かけたが……

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The World's Endという店名に惹かれる。「ワールズ・エンド 酔っぱらいが世界を救う!」みんな見ましたかー

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エディンバラには、いわゆる乞食がいることにビックリした。
ここのところ、乞食が道端にいる国へ行くことがなくなっていたのだな。
久しぶりに見たなあ。
けっこう寒いのにがんばる。
大きい犬とセットなところはパリと同じ。

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この犬は乞食セットの犬ではなかった。観光客の人気者

(つづく)

この旅行記中の話題は、エイビーロード内のたびナレに記事を書いています。
こちらもぜひどうぞ。



by apakaba | 2014-12-04 15:31 | スコットランド | Comments(0)
2014年 12月 01日

保育園退職

11月いっぱいで、保育園の仕事をやめた。
昨年の7月から区立保育園で働き始めて、パートタイマーとして保育補助・掃除・雑用をやってきた。
自分も夫も子供たちも皆、幼稚園にかよっていたから、保育園という場所とはほぼ接点がなかった。
勤めてみて初めて、100人の子供を預かる集団保育のシビアさを知った。

保育時間の長さは幼稚園とは比較にならない。
一番早くて朝7時半から、一番遅いと夜7時半まで。
しかも毎週土曜も来たりする。

2歳児までは、午前の軽食、昼食、午後3時の軽食、6時半の補食、と、計4回、保育園でものを食べる。
テレビなどの画面は見ない。
だからテレビゲームやビデオ鑑賞もない。
ひたすら、折り紙、ままごと、積み木、あやとり、保育園にある木製や(我々パート職員手作りの)布製のおもちゃ、年長児はトランプや将棋などをして遊ぶ。
運動のために、音楽に合わせてリズム体操。
夏は毎日プールに入り、園の畑で野菜を育てて収穫し、園庭では縄跳びやかけっこや砂遊びをする。
畑にはいろいろな虫がいるので、それを捕まえる。
花を摘んで色水を作ったり、木の実をとってままごとに使ったりする。

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バクテー。これからはもっと凝った料理を作ろう

そんなふうにして暮らす子供たちは、幸せなのか、かわいそうな境遇なのか、どちらともいえない。
赤ちゃんのころから親と長時間離れて、規律どおりに動くことを要求される。
たとえば、0歳の子供が自分のおむつをしまってある棚を大人に指し示すことができる(自分のマークがついていることで区別がつく)。
1歳の子供が、食事の後には自分の椅子をテーブルにしまう。
2歳の子供が、「何々ができないから、先生、手伝ってください」と言葉を組み立ててお願いしてくる。
集団保育の子でなければ、まず無理だ。
つい不憫で、もっと甘やかしてあげたいと思ってしまうけれど、子供の甘えはすぐエスカレートして、結局は集団の規律が乱れることになるから、それはできない。

本来の年齢からいえば、まだまだ親にべったりでいいはずだ。
でもそれを突き放して「自分のことは自分でやって」としつけていくと、いつかはできるようになってしまう。
日々の教育ってすごいな。
というか子供はえらい。

私は、今年度は2歳児の保育補助に当たっていた。
先生たちはスパルタだったので、常々「もうちょっとやさしくしてあげていいのでは」と思っていた。
方針に逆らうことはできないので、たとえば着替えのときには、手を出すことはしない代わりに(「手伝わないでください」と指示がある)、自分で着脱ができると「えらいねえ!一人でできたねえ!」と思いきり笑顔で褒めてあげていた。
食事のときも「全部食べたね、えらいね」とか、「きのうよりきれいに食べられたね。最近調子いいじゃない?」とか、子供みんなに声をかけてあげていた。
手裏剣のように褒め言葉を繰り出していた。

先生たちはハードな仕事で疲れているのはわかるが、なぜ、もっと子供に笑顔を向けてあげないのだろう?
私は、子供にはとにかく「笑顔」「褒め言葉」「スキンシップ」の三つだと思う。
自宅で塾をやっていたときもずっとそうしていた。
小学生でも、話しながらほっぺたにちょっと触ったり、頭をなでたり、背中や肩に手を置いて励ましたり、そんなことをされるのは大好き。
まして親と長時間離れて、スパルタ指導をされている幼児たちだ。
先生に叱られてばかりでふてくされている子の手を握って、「きれいな手の形ねえ。女の子らしい指ですてきだわ」と言うと、「ほんとう?」と笑う。
いつまでも着替えないで、やはり怒られてしまった子のおなかを「かわいいおなかだなあ。なにが入ってるのかなあ」となでると、ウフフと笑って起き上がる。

でも、私がやめれば、この子たちが私のことはすぐに忘れてしまうということも知っている。
昨年度、私は当時の5歳児がとても好きだった。
みんな「マキ先生」となついてくれて、抱きついてきたりいろんなものをくれたり、友達のことを相談してきたり、いろいろあった。
でも卒園して半年も過ぎたら、もう私のことは再会しても覚えていない。
小さい子供はそんなものだ。
とくに保育園の子供にとっては、“今、目の前にいる人間(パートやアルバイト)が自分を世話してくれる存在”。
人見知りしているヒマなんてないし、いつまでも以前の先生に執着しているヒマもない。
新しい人が入った瞬間に、もう“ぴとっ”とその人にくっつく。
保育園はシビアなところだ。

その経験から、感傷に耽るのは昨年度でやめたのだ。
さらば2歳児。
集団保育の荒波を乗り越えて、リッパな小学生、そしてリッパな大人になってくれ。
30年後や40年後、私がヨレヨレになっていく途中、また再会するかもしれない。
そのときは君らが社会の中心。
そのときはどうかヨレヨレの私をよろしく頼む。
こんどは私のおむつを替えて、私にごはんを食べさせてくれるのかもしれない。
私は、小さい子供には本気でそう思っている。
みんな幸せに。

by apakaba | 2014-12-01 12:57 | 生活の話題 | Comments(2)