あぱかば・ブログ篇

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2015年 05月 31日

Apple Watchが来ちゃった

夫が、「夏ボで、Apple Watch をペアで買おうと思うんだが」と言い出す。
「な、なんで。『いらない』って言ってたじゃないの。しかも私もなの?」
「うーんでも欲しくなっちゃって。俺は黒にしようと思ってるんだけど、君、何色がいい?」
夫は業界系のとある有名人と仕事をしていて、その人がつけているのを見て、「俺も欲しくなっちゃったんだよ」。

とくにいらないんだけど、ていうかアーリーアダプターにも程があるでしょ……恥ずかしいよ……
「でも一人で持ってるより、ペアで持ってるほうが何かと楽しいらしいんだよ。」

あとで次男「アキタコマチ」に話すと、
「なにをやってるの……あれは一人で持っててもしょうがないんだよ。」
「うん、だからおかーさんと持ちたいんだって。」
「バカじゃないの(←ものすごいぶった斬りに爆笑した)。あれをペアで持っててなにができるか知ってる?『ハートビート』とかいって自分の今の心臓の鼓動を相手に送れるんだよ。」
「えええええ?」
「『タップ』とか『スケッチ』とかの機能で、相手の時計にトントンと振動を伝えたり、絵を送ったり。」
「それでなんの意味があるの。」
「だからさ、こんなのは日本人の愛情表現に合ってないんだよ。」
「お父さんからそんなのが送られてきても、絶対スルーして怒らせちゃうと思う。そういうのめんどくさくて返さないタイプだし。私そこまでお父さんを愛してない。」

とかなんとか言っているうちに、ほんとに来ちゃった!

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ひええ〜私のだけ出荷されて届いちゃった。
Appleのファンも今回ばかりはみんな様子見なのに、おばさんが早くも持ってるのって、ハ、ハズカシー!
電車とかで注目されちゃう〜。
夫はさっそくいろいろいじってみて、「おおお、文字盤が見やすい!老眼にはいいぜ!!!!!!!!」
最初の感想がそれなの……
たしかに、やっぱり画面は見やすくてキレイ。
なんだかんだカッコイイし、おもしろいのはわかる。
未来来てる感じがすごい。
かつての、世の中の人々がみんな携帯電話を持つのが当たり前になるまでの間のように、世の中の人々がみんなApple Watchをつけるのが当たり前になる日まで、気長に待つよ。


by apakaba | 2015-05-31 17:14 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 28日

また別の、保育園時代の子


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次男「アキタコマチ」が作ってくれた牛タンの赤ワイン煮

今日から、来月の公演に向けて影絵の練習が本格的にスタートした。
小学校へ行き、図書室の前を通りかかると、一人だけ廊下に出てうろうろしている男の子がいる。
クラスの子供たちは、みんな図書室の中で本を見ている。
あの子を見たことがある、あの子も、保育園のパートでおととし担当していた子だ(保育園時代の子)。
1年生の始めならまだしも、もう2年生なのに廊下か〜。

私はその子を、「つーちゃん」と呼んでいた。
つーちゃんは、先生やパートさんの間で、とても難しい子と言われていた。
大人になつかない、甘えるのが下手。
心を開いた相手でないと、絶対口をきかない。
私も、つーちゃんがしゃべってくれるまで、何ヶ月もかかった。

先生には人気がなかったが、男の子たちの間では、つーちゃんは一目置かれていた。
大人っぽいニヒルな風貌がかっこよかったのかもしれない。
つーちゃんは人間の言葉でコミュニケーションをとるのではなく、たまに獣になって、私のところへ来た。
四つ足で、なにかの猛獣になりきって、「ぎゃううー」とか「ううー」といった唸り声だけを発する。
鼻に皺を寄せ、四つ足で広いホールの中を駆け回る。
その擬態は見事だった。
赤ん坊のころからずーっと一緒に生活している(保育園生活は、まさに「生活」である)幼児同士というのは、なんでもすぐにありのまま認めてしまうので、「ああ、今つーちゃんは動物になってんだな」と周りは気にも留めない。
つーちゃんが四つ足で一人走ってみたり威嚇してみたりするのを、注目しているのは新人の私だけだった。
私のところへも猛獣のまま飛びかかってきて、「おお、こわいねつーちゃん。」と言うと、「ぎゃうっ!」と、顔に噛みつきそうにして吠えた。

つーちゃんは卒園して1年生になり、去年の夏休みには保育園の庭を懐かしそうにのぞいていた。
そのころ私はまだ勤めていて、フェンス越しに
「つーちゃん、学校楽しい?」
と聞くと、にこっとして「うん」と言っていた。
そしてせみの抜け殻をフェンスの隙間からくれた。

「うん」と言っていたのに。
図書室の廊下でひとりぼっち、猛獣にもなっていない、ただの小さい子供に戻ってしまったつーちゃん。
「つーちゃん。なんで外に出てるの。」
いきなり声をかけたら、びっくりして見上げる目が少しおびえている。
この子は猛獣になっていないとき、一人でセンチメンタルになって泣いていたりしたな。
しょうがないなー。
君のためにもやろう。
今、私は演技で壁にぶち当たっているけれど、本番までにちゃんと仕上げて、君が夢中になる劇にするよ。
もう私は君の「せんせい」じゃないし、直接してあげられることはそれくらいしかない。


by apakaba | 2015-05-28 22:35 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 22日

保育園時代の子

夕方、犬の散歩で近所の公園を通りかかると、小学校の子供が大勢で遊んでいる。
その中に、おととし保育園にいた男の子が駆け回っているのを見た。

私はその子を「こうくん」と呼んでいた。
こうくんは、先生たちからは人気のない子だった。
先生も人間だから、先生の間で人気のある子とない子がいるものだ。
こうくんは「人の顔や名前を覚えない、扱いづらい子」と言われていた。
私はおばかさんな男子代表のようなこうくんが好きだった。

こうくんは夕方の自由遊びの時間になると、毎日興奮して私に飛びついていた。
だだっと走り寄って両手でおっぱいを掴む、通りすがりにお尻をばしっと叩く、そんなセクハラを毎日受けていた。
先生は怖いから先生にそういうことはしないが、パートの人間は身近なので、子供の方も甘えてなれなれしくする。
こうくんは私のことを「あんた」と呼んだ。
私の名前を覚えられなかったのだと思う。
「あんたってさあ、お母さんみたい。先生じゃないみたい。」
「あんたって、おばさんなの?おねえさんなの?」
と、保育園で勤め始めた私に言ってきたのは、こうくんだった。

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今日のお昼ごはん


卒園したら、いじめられないといいなあ、物心ついたときからずっと一緒だった保育園の友達と別れて、この子は大丈夫かなあ。
先生たちも心配していたし、私も心配だった。

今日、笑顔で走り回っているこうくんを久しぶりに見て、ほっとした。
私が遠くからにこにこしてこうくんを見ていると、ゲラゲラ笑った表情のままで、私と目が合った。
こうくんは、私のことを忘れてしまっただろう。
通りがかった散歩のおばさんにしか、見えていないだろう。
でも満面の笑顔で目が合って、通りすがりのおばさんにも笑ってみせてくれた。

来月、小学校で影絵の定期公演をやる。
君のためにやるよ。
君のために練習して、いい声を出そう。


by apakaba | 2015-05-22 22:42 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 18日

風邪で見る夢・2

私と娘の「コシヒカリ」が家から外に出て、小高い丘に上る。
草原(くさはら)がつづいていて、丘の上にぽつぽつと建つ遠くの家の一つから、黒いボストン・テリアが転がり出てきて、さかんに動き回っている。
その様子がおもしろくて、「コシヒカリ」に「ねえあの犬見てよ。」と声をかけると、ボストン・テリアはいつの間にか黒い2匹の子犬になっていた。
子犬がじゃれあっているのがかわいいので、私はiPhoneを取り出して、動画を撮り始める。

iPhoneの画面越しに、草原の遠くから地割れが起こり、亀裂がめりめりとこちらに向かって走ってくるのを見る。
遠くにある、犬の出てきた家と、子犬がじゃれあっているその間を地割れが割く。
子犬たちは天変地異に気づかずじゃれあっている。
丘の上の家は崩れ落ちる。
セメントを流したような灰色の土砂が押し寄せてくる。
その辺りまで、動画を撮り続けている。
そのとき、私は、「画面越しに見る光景は、どんなにショッキングな物事であろうと、肉眼で見るよりも著しく現実感を損なう」ということを知る。

眼下にあった我が家やその近所は、この一瞬のうちに、すべて灰色の土砂に埋まってしまった。
とっさに「家族は大丈夫だろうか?」と、心の中で点呼を取る。
夫と次男は出勤したからとりあえず無事。
「コシヒカリ」は一緒にいるから無事。
長男「ササニシキ」は……どうだったっけ?もしかしたら、家の中か?
そういえば隣に住んでいる親は?

動画撮影を止めたiPhoneで母に電話をかけてみると出た。
「家にいないの?」と聞くと、「今、『ササニシキ』と一緒に警察署にいる」と言う。
「警察署?どうして?」

二人とも無事だったことにほっとしたが、電話を替わった「ササニシキ」が泣いているのでぎょっとする。
「お母さん。オレは……ごめんなさい。大変なことをした……。」

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今ではおじいさんになったコーシローも、しつけにさんざん苦労した


車も電車も壊滅なので、歩きで警察署まで迎えに行くことにして、無事だったコーシローにリードをつけて、パニックの街を歩き出した。
歩きながら電話をつづける。
「ササニシキ」は泣いているので話の要領を得ない。
なにか悪いことをしたのは確実なようだが、その内容を、いくら聞いても言わない。
なんだろう、スリ?恐喝?殺人?放火?政治的な活動?
親に泣いて謝らなければならない犯罪って、なんだろう。

犬を連れて、ひとけのないガソリンスタンドを通り過ぎる。
街の車は皆、灰色の土砂の下敷きになり、車を出す人がいないようだ。
「ササニシキ」は泣きながら、私と長年断絶してきたことを悔いる言葉を漏らしていた。

男の子は、子供のころにはよく泣くが、だんだん泣かなくなると親とぶつかることもなくなる。
「ササニシキ」はよく泣いていた。
最後に泣いて私と衝突していたのは、中学生のころか。
この子の泣き声を10年ぶりに聞いたのか。
犬を連れて、この世の終わりのような通りを西へ向かって歩き、泣き声の懺悔の言葉を聞きながら、10年前までの、子育てが完全に暗闇だったころの息子を思い出している。
いつの間にか過ぎたんだなあ。
終わりがないように見えていた子育てスランプも、いつの間にか終わってしまった。

「もういいんだよ。大丈夫。心配しないでいいよ。今、そっちへ向かってるからね。お母さんはいつだって絶対にお前の味方なんだから、泣かなくていいの。なにをやったとしても、お前を守るから。」
それで、なにをやったの?
と、早くそれを知りたかったのに、頭が割れそうに痛くて、起きてしまった。

子育て、スランプ (2004年の「ササニシキ」。私は読み返すたびに泣けてしまいます)
子育てに悩む   (2005年、このあたりからそろそろ、「ササニシキ」は泣かなくなり、対立は減っていきました)


by apakaba | 2015-05-18 09:20 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 17日

風邪で見る夢

とんでもない風邪だ。
日にちの感覚がなくなるほど、ずーっと横になっている。

切れ切れに夢を見る。
夢の中で、私はまだ結婚していなくて、母と姉との3人暮らしだ。
本当に3人暮らしをしていたのは、おそらく8年間くらいだったと思う。
この間、父の亡くなったあとの家で、年の近い母と姉はよくぶつかっていた。
私はずっと年が離れているため、当時はみそっかすのような扱いで、二人とも私の意見など聞く耳は持っていなかった。

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おきつねさま。
風邪を治してください


夢では私は当時よりもう少し大人のようだ。
洗濯機の前にスツールがあり、そこに母が座っている。
洗濯機は動いている。
母はなぜかカトリーヌ・ドヌーヴである。
例によって姉と諍いを起こして怒っている。
ほんものの母が怒っていても、ただおばあさんが怒っているだけだが、なにしろ今はカトリーヌ・ドヌーヴなので、怒っている姿も美しい。
絵になる。
こんな美女だったっけなと疑いつつも、私は洗濯機の上でカップスープのコーンポタージュを作ろうとしている。
だが稼働中の洗濯機の上なのでがたがたと振動し、カップにうまく粉末が入らない。
中身がたいがいこぼれてしまったので、もうひとパック入れるが、それは永谷園のお茶漬け海苔の素だった。
コーンポタージュとお茶漬け海苔を混ぜてしまい、いまいましい思いをする。

苛立っているところへ姉が入ってきて、せまい洗濯室で前のめりに転ぶ。
私のせいなのかよくわからないが姉は私のせいだと心の中で思っているらしい。
全員がイライラしている。

私は、手で洗濯機と床に散らばったコーンポタージュの粉末とお茶漬け海苔の刻み海苔や棒状のあられを集める。
それから母と姉の仲がよくなるようにいろいろとしゃべる。
昔とちがって、二人とも私の言葉を聞いてくれる。
でも本当は、私もかなり機嫌が悪いのだ。
頭が割れそうに痛い。
頭が割れそうに……というところで目が覚めた。
風邪で、頭が割れそうに痛い症状が、ずーっと続いている。


by apakaba | 2015-05-17 13:57 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 05月 16日

風邪とコーシロー

風邪の具合がだんだん悪くなり、きのうは熱も上がってしまった。
今日も朝からすでに熱があるので、まだまだ続きそう。

ライターの仕事がたまっていて、きのう今日くらいでがんばろうと思っていたのに困ったことだ。
ギャザリーというリクルートのまとめサイトの仕事で、「旅行・おでかけ」という部門のキュレーターをやっている。
(「キュレーター」とか、なんか笑っちゃう名前だけど、そういう名前なのですね)
私の作ったまとめ一覧はこちら。読んで「いいね」してね!

これの新しいまとめを作らなきゃと気ばかり焦っているのだが、PCに向かって座っていることが無理。
通常の健康状態なら何時間でもPC作業ができるのに!
どうにか写真の選択だけしたところで力尽き、あとは横になっていた。
(なぜブログやSNSは書けるかというと、責任がないから、そして横になっていてもiPhoneで書けるからだよ!)

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コーシローは私の寝ている部屋に入ってはいけない決まり。
だから私を見ながら廊下で寝ている。
犬は寂しがり屋なので、扉を閉めずに寝る。

私は寝ているのが大好きで、いくら横になっていても飽きない。
切れ切れに眠ったり、頭痛・咽頭痛・関節痛に苦しんだりしていると、「もし私が一人暮らしで犬と暮らしていて、このまま死んだらどうするだろう」と夢想する。
寝室に入ってはいけない決まりなのに、実はコーシローは人目を盗んでちょくちょくこの部屋に入る。
そのたびに厳しく怒られている。
きっと、私がこのまま死んだら、廊下から一歩ずつ部屋に近づき、おそるおそる部屋に入ってくるだろう。
そして私が怒らないから、まずは私の足元に来て、布団を使って寝るだろう。
それからだんだんと自分の領域を広げていって、私の顔のにおいを嗅いだりして、やがて自分の布団のように私にくっついて寝るだろう。

うーん、いまいちな死に方だな。
まあ実際は私には家族がいっぱいいるから、死んでも家族が発見してくれて、コーシローは私が死んでいなくなったことも認識せずに残りの日々を過ごすのだろうけど。
一人暮らしで、犬などのペットだけと一緒に暮らしている人は、病気で気弱になったときはきっとこんな想像をするんだろうな。
一人だったら家事も少なくて楽だろうけど(私は今朝も熱があっても洗濯とゴミのまとめとかはした)。
理想の暮らしってなんだろうと思うよ……
とりあえず今からまた少し寝ます。


by apakaba | 2015-05-16 09:56 | 健康・病気 | Comments(0)
2015年 05月 14日

風邪を引いた日のこと

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きのうは、次男「アキタコマチ」が、勤め先のレストランが定休日だったので、夕飯を作ってくれた。
ポークソテーのソースは私が作るよりずっとなめらかで口当たりがいい。
ケチャップととんかつソースのベースに、白ワインビネガーと肉汁を足してスムースな口当たりにしている。
にんじんの千切りは歯触りがちょうどよく、均一な細さ。
手刻みのスピードもとても速い。
数年前までは「いつまで切ってるの」と声をかけていたのもだが。
セージ入りニョッキと、蒸してからオリーブオイルで焦げ目をつけたとうもろこしも香りがいい。

小学生のころから高校を出るまで継続的に料理をしつづけ、調理学校でトップクラスの成績をとって、ビストロバーの超人気店でアルバイトをしていた経験が、就職しても職場で即戦力になっているとわかる。
パンも焼ける、寿司も握れる、和洋菓子も作れる。
何で成功するか、わからないなあ。
彼が小学生だったころ、この子はこの先どうなるんだろうと暗闇にいる気分だったのに。

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妹の「コシヒカリ」にニョッキの作り方を教えている。
骨折している「コシヒカリ」は「おもしろいー!」と喜んでいる。
私は風邪を引いてしまい、喉が強烈に痛くて寒気がしていた。
定休日の「アキタコマチ」が全部作ってくれたので休めた。
でも「コシヒカリ」の通学と通院の送迎、そして犬の散歩だけはしなければ。
家族がいると大変、でも家族がいると助かる。
どっちがいいとも思わないけど、みんな独立して家を出て行くまではがんばろう〜。


by apakaba | 2015-05-14 11:40 | 子供 | Comments(0)
2015年 05月 07日

さめない夢の世界へ——「チームラボ 踊る!アート展と、学ぶ!未来の遊園地」

この2年、ウルトラテクノロジスト集団「チームラボ」代表の猪子さんにぞっこんだ。
初めて会った日から一目惚れ。
チームラボと猪子さんには、ずっとドキドキさせられっぱなし。

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『秩序がなくともピースは成り立つ』
私はここに30分いました。
それほど気持ちいい。
鑑賞者の動きに反応した人間や動物(ウサギやカエル)がこちらに合図を送ったり、踊りをやめてこちらを見たりする

2013年12月、チームラボがシンガポールビエンナーレに『秩序がなくともピースは成り立つ』を出展していると知り、シンガポールへ行ってみた。
すると会場に、たまたま猪子さんがいたのだ。
チェックのシャツの普段着で、関係者と談笑しているのを遠くから見ただけでも、“乗りにノッてる男”の輝きがすごかった。
勇気を出して少しだけお話をしたが、壁というものがまるっきりなくて、気さくでフラット。
凡人とは別次元のところにいる真の天才とは、こんな人が多い。
その太陽のような明るさとシャベリのアホの子っぽさ(すみません。天才なんですよ)に完全に参ってしまった。

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この滝の水の落ちる速度は、ほんものの水よりも少し遅くしているという。
それにより、ほんものの水よりもさらにリアリティーを獲得する。
目への訴求。

(シンガポールビエンナーレの記事をエイビーロードに書き、猪子さんとの出会いも書いたのでぜひどうぞ!
作品の簡単な説明もあります。こちら→「シンガポールビエンナーレ2013」報告!(その2)

2014年3月、佐賀で開催された、チームラボ国内初の大規模な展覧会「チームラボと佐賀 巡る!巡り巡って巡る展」へ行った。
あまりに感動して、東京から2回行った。
なんと佐賀でも、猪子さんと会えてお話ができたのだった。
「シンガポールでお会いしました」と話しかけると、「ああーっ!あのときの!また東京から来てくれたの?嬉しいなあ!」と、会ったことを思い出してくれた。
2回続けてご本人とお会いできたから、今でも展覧会場に行くと猪子さんがいるような気がしてドキドキしてしまうのだろう。

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漢字が降りてくる。
漢字に触れるとその漢字のイメージの絵がふわっと現れてくる。
誰もなにもしないと、このとおり静かに漢字が降りては消えていくだけ。
日本科学未来館の展示では、たまたま、私がやってみせるまで、誰もその仕掛けをわかっていなかった。
文字が、意味を召喚する。
古代にはあったであろう「文字」というものに込められた力の原点へ、立ち返る

佐賀の「巡る展」は、旅先でtwitterに連ツイしたので載せておく。

佐賀の目的はこれだ。「チームラボと佐賀 巡る!巡り巡って巡る展」3週間前にも来た。あまりの感動で再訪。二度とも東京からだが、それだけの価値はある。この3週間、衝撃と感動の余韻がずっと体に残っていた。また来られてやっと落ち着いた感じ。

開催直後は空いていて貸し切り状態のこともあったが、昨日は大盛況。嬉しい。老夫婦のおじいさんが「こんなのを見てたら、全部吹っ飛んじゃうな。悩みとか、嫌なこと全部…」と言ってた。そう、チームラボは鑑賞じゃなくて体験。

作品に共通する強烈かつ高次元の日本への愛。天才の工学の人間が日本への愛を表すとこうなるのか。そこに言葉は介在する余地無し!言葉をすっ飛ばしてダイレクトに髄にくる感じ、だが手法はあくまでデジタル。それがカッコいい

チームラボを見ていると日本がとてつもなくカッコよく見えてくる。「日本」というコンテンツの読み解きの深さが凡百の「アート」とは段違いなのだ。まさしく天才集団。心の底から言い知れぬ気持ちが溢れ出し、涙があふれる。また、どこかで。

自と他、主体と客体の区別がつかなくなり、作品の中に入り込む感覚。それがパースペクティブの西洋絵画とまったく違う目でこの世界を感じて表現してきた日本人の見方。チームラボを見る前に猪子さんのインタビューや本を読むと感動もひとしお。

チームラボ猪子さんはイケメンと言われるがむしろ「面構えのいい男」。武士に会ったことないけど武士みたいな風貌。アホの子のようなシャベリに隠された強靭な知性と意志。デジタルで、網膜に映る残像、残り香、消えゆくものの気配、この世の名残り、日本的な美の全てを立ち上がらせる。天才集団来たる

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『ニルヴァーナ』
釈迦の入滅に集まった動物たち。
伊藤若冲から着想を得たこの作品は、佐賀ではモニター展示、東京ではプロジェクションマッピング。
プロジェクションマッピングは絵がややぼやけるが、より若冲らしさに近い。

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入滅の瞬間、うごめいていた動物たちが全員、こちらを向いて動きを止める。
やがて静かに去っていく。
釈迦のまぶたが閉じられるのを感じる。
自らが、死にゆく釈迦の視点になる。
日本科学未来館では、会期途中に展示を変えた。
この作品が『世界は、統合されつつ、分割もされ、繰り返しつつ、いつも違う』というタイトルとなり、アニメーションではなくなった。
始まりと終わりがなくなり、涅槃の物語は消えた。
代わりに、鑑賞者が壁に手を触れるとその影響を受けてさざ波のように画面が動く。
ニルヴァーナ(涅槃)も感動的だったが、さらにインタラクティブを追求したこの場に合ったものに進化


このときは、「東京凱旋はいつだろう」と、もうそれだけを待っていた。
2014年6月に、東京都現代美術館で開催された「ミッション[宇宙×芸術] -コスモロジーを超えて」に、2点出展していたが、もっともっとどっさり見たい。
そしたら日本科学未来館が大規模展覧会を、やってくれた!
3回行っちゃった。

今日、3回目に行ってきたが、展示が増えたり変わったりしていた。
やっぱり来てよかった。

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みんな大好き、『追われるカラス、追うカラスも追われるカラス、そして分割された視点』
板野サーカスへのオマージュ。
これは50回は見た。
あまりのかっこよさに涙があふれて止まらない


いくら見ていても、“飽きる”ということがない。
帰らなければいけない時間だから見るのをやめるだけで、本当はみんな、いつまでもずーっと見ていたいのだ。
会場のあちこちで、「ずっと見ていたいわ……」「家に持って帰りたい。家で見てたら30分くらいすぐ経っちゃうだろうな」「いや、ここから動きたくない……!」というつぶやきが漏れていた。

私も、同じ作品をそれぞれ何十回も見たが、それでもまたその作品に向き合うときがズキズキするほど待ちきれないのだ。
それくらい、チームラボの展示は多幸感にあふれている。
脳内の快楽物質がドクドク分泌されて、目をそらすことができない。
ある年上の友人が「あの映像の快楽は射精の感覚に似ている」と言ったが、その喩えはまさしく正鵠。
小理屈をすべて引っ剥がして、最後の最後に残った、人間が求める高次の快感だけを、隙なく繰り広げる。
「だって気持ちいいでしょこれ?」
作品の前に立ち尽くす人の頭に、猪子さんのあのシャベリが降ってくるようだ。

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会期途中で発表された新作。
蘭が人の動きを感知して上がったり下がったりする。
花の上下のスピードや距離を、どれだけ測っただろう。
人が快感を感じるタイミングにぴたりと合ったとき、上下の感覚が失せ、浮遊感が生まれる


とてつもない天才が現れたとき、テクノロジーもアートも、激烈な転換点を迎える。
今、チームラボの見せるアートは、まさにその歴史的な大転換の中心にいると感じる。
誰も天才・猪子と天才・チームラボの仕掛ける未来についてこられない。
ついてこられるのは、天才か、子供だ。
未来の遊園地ゾーンで遊ぶ子供たちの輝く無心な顔を見よ。

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小理屈をこねて斜に構える大人には、ここのおもしろさはわからない。

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好奇心を持った大人は遊べる。


デジタルは冷たい?
デジタルは芸術とはいえない?
“複製技術時代の芸術(ベンヤミン)”を先鋭化させた鬼っ子?
いや、それは前時代へのノスタルジーだ。
デジタルでしか成しえなかった、新しいアートを見てほしい。
デジタルは双方向。
あたたかさに満ちた概念。
人を分断するのではなく、人を楽々とつなげる。
「日本」の「科学」の「未来」をおさめた日本科学未来館での展覧会開催は、まさしく未来を見せてくれるチームラボにふさわしい会場だ。

このレビューを読んで、週末に日本科学未来館へ行こうと思った皆さん。
作品を見る前に、かならず、解説を読んでほしい。
解説を読むことで、彼らがどれほど深くアートを、テクノロジーを、未来を信じているか、日本を、アートを、人間を愛しているかを、理解できる。
ともに、幸せを体験しましょう!

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新作の部屋で夢を見ている人々。
目覚めてもさめない夢があるとすれば、それはチームラボだ。



by apakaba | 2015-05-07 23:02 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2015年 05月 06日

男同士

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次男「アキタコマチ」はGWも関係なく、昼夜レストランで働いている。
今日は定休日だったので、久々に5人そろって夕食。
たけのこのソテーを作ってくれた。

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初任給で買ってくれたヴィンテージポートだ。
夫は「週休1日・最小限の人数で回す長時間労働」な息子に、自分と同じ境遇を感じているらしい。
食事時に、お酒は毎晩飲んでいるけど、稀に「アキタコマチ」がいるととくにご機嫌だ。
男同士の感じ。
母親と息子とはちがうつながり。


by apakaba | 2015-05-06 23:18 | 子供 | Comments(0)
2015年 05月 05日

團菊祭五月大歌舞伎・夜の部ツイート

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おととい歌舞伎座の夜の部に行ってきたので、また連ツイをコピペしておきます。

5月3日歌舞伎座夜の部、慶安太平記。松緑が久々にいい動き!菊之助の目の覚める色男ぶり。それに較べて蛇柳海老蔵の意味不明さよ。松緑や菊之助の地道な精進を見た後、やたらギョロ目を剥いて歌舞伎をやってる気になってる海老蔵が腹立たしい。しっかりせいよ。声も変だし、いつまでも見目の(続

2)良さに頼っている場合ではあるまい。「ここで俺登場」「ここで観客俺に釘付け」と、あの奇妙な姿から心の声が聞こえてくる。め組の喧嘩、菊五郎はいつ見てもうまいなあ!またも菊之助の目の覚める色男ぶり、だが芸の陰影が菊五郎は雲の上。音羽屋親子にまたしてもやられた!自分も芝居を(続

3)やるようになって、菊五郎の声の陰影の凄さがますますよくわかるようになった。70にしてあの張り、そして喉に絡めたときのニュアンスのある芝居。夜の部は似たような感じ(たくさん出てくるやつ)の組み立てだったけど、やっぱ若衆がどっさりアクロバットをやってくれるのは楽しい。(続

4)菊之助の美貌には未来を感じる。あれだけいい男だったら女形に専念するのはやはりダメだろう、いくら玉さまのご意向でも。立女形のスターだ。音羽屋安泰だ。菊五郎の芸と富司純子さまの美貌を継いだ菊之助、うん、ちょっとジュリーにも似てるよね。そして私の贔屓の巳之助さんも出ていて(続

5)うれしかったな。三津五郎の早い死を超えて、がんばってください。まだまだ全然大きな役がつかないけど、坂東家としては踊りができなければねえ。そういえばまだ踊りを見たことがない。巳之助さんがんばれ。(終



twitterに書くと、リツイートやリプライやお気に入りがたちまちついておもしろい。

というわけで。



by apakaba | 2015-05-05 22:18 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)