あぱかば・ブログ篇

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2015年 10月 28日

新しいiPhoneで最近撮った写真

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ほんとは美人なんですけど、お見せできなくてスミマセンおほほ。
湿疹の薬を塗っていて、ノーメイクでマスクをして散歩しています。

iPhoneが新しくなって、写真がキレイ。
ハイダイナミックレンジのおかげで、明暗が極端な場面でもちゃんと写る〜。


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ハイダイナミックレンジばんざーい。


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カマキリがカナヘビをおいしく食べていたところ、コーシローが興味を持って、のろのろと逃げるカマキリ。
コーシローは蜘蛛は食べてしまうけど、カマキリはちょっと怖いみたい。


by apakaba | 2015-10-28 21:24 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 10月 27日

ボタニカルアート/石川美枝子と仲間たち展Ⅱ

京王プラザホテルのロビーギャラリーで開催されている、ボタニカルアート展に行ってきた。
石川美枝子さんとは、3年前にとあるパーティーでたまたま同席したときに、少しお話をした。
そのときは、石川さんが植物画家だなんてまったく知らなかった。
というか“植物画家”それ自体を知らなかった。
それ以来、東京で石川さんのほんもののボタニカルアートを見られる日を、ずーっと待っていたのだった。

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感激です……!!!!!!!!


花は人のために咲いているわけではないけれど、人は花に引き寄せられる。
ラフレシアは熱帯雨林を象徴する存在に思えた。
“花”の概念をすべて否定するような奇怪な容貌、謎の多い生態、しかしそれは、この花が熱帯雨林で生き延びるために選んだ進化の形だ。
......................
それは万人が「かわいい」とか「きれい」と感じる形ではなくとも、私にはきわめて感動的な孤高の姿に映った。
彼らの、生きるためのシビアな知恵に較べたら、人間など、どの人種であってもほとんど見分けがつかないほどおんなじではないか。


石川さんの描くラフレシアは、他の仲間たちのみなさんとは、まるで別の次元にいた。
仲間たちのみなさんの作品は、どれもとてもきれいで、温かく、植物への愛が満ちていた。

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だが石川さんの描く植物は、愛よりも温かさよりも、まずなによりも、その植物“そのもの”だった。
それでいて、紙の中の植物にグイッと手を引かれて立ち止まるほどに、“アート”だった。
写実をきわめて、その先にアートがあるというより、写実をきわめることで、植物がほんらい身につけているアートが映し出されている感じ。
植物の持つ、豊かさや、不気味さや、明るさや、はかなさ、そうしたものは、ただ透徹した観察と正確な筆致によってのみ描き出される。


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今日はギャラリートークもあって、3年ぶりに石川さんにお会いできた(後ろの方で一方的に見ていただけですが)。


……そう思いながら帰ってきて、検索をかけてみたら、私の考えていたこととまったく同じことをばっちり書いてくれているページがあった!

3年越しの念願叶って、やっとほんものの石川さんの絵を見ることができ、とても幸せだった。
ラフレシアを見たときの感動や、ボルネオ島の自然も懐かしく思い返せた。

ご主人の上島さんが書いたブログはこちら(ボタニカルアート展 Botanical art exhibition ―石川美枝子)。
ギャラリーの写真がたくさん載っています。






by apakaba | 2015-10-27 21:51 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2015年 10月 26日

10月23日、新橋演舞場昼の部、スーパー歌舞伎Ⅱ 『ワンピース』

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『ONE PIECE』をスーパー歌舞伎でやるとネットで知ったとき、まずなによりも真っ先に目に飛び込んできたこの絵に、まじまじと見入ってしまった。
おだっち(原作者・尾田栄一郎)の絵のうまさ。
きちんと『ONE PIECE』のままなのに、ばっちり歌舞伎になっている。
なんと美しいことよ。
もうこれだけで、舞台の成功を少しも疑わなかった。
何ヶ月も、ずっと楽しみにしてきた。

だが、当日、新橋演舞場に着くと、ドキドキしている。
歌舞伎はしょっちゅう見に行っているけれど、「ドキドキ」することなんてない。
それも当たり前で、ふだん吉右衛門だの仁左衛門だののクラスの役者がやるのに、ドキドキする必要などないからだ。
最後に歌舞伎で開演前にドキドキしたのはいつだっけ……ああ、染五郎が初めて歌舞伎座で弁慶をやったときだ!
「見たことがない舞台、うまくいってほしい、うまくいくだろうけど、うーん、うまくいくだろうか? いや絶対大丈夫! とにかく、応援している!」
そんな、苦しくなるような期待。
あのとき以来だ。

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劇場内に入ったら、手を広げたルフィの人形にスポットライトが当たっているという、ふだんの歌舞伎とまったくちがう設えがしてあって、またズキンとなる。
カッコいい!
実は私は、『ONE PIECE』を読んでいないし、アニメも見ていない。
それなのにここまでドキドキワクワクできる。
かなり元が取れた気分だ。

だが舞台のおもしろさは、予想以上だった。
冒頭にナレーションが入るが、これを勘九郎・七之助兄弟が昼の部と夜の部を交代で当てている。
私は昼の部で七之助のナレーション、ごく短いものだが、冒険の幕開けにふさわしい爽やかさで、「いいなあ〜」とつくづく。
火、水、プロジェクションマッピング、大仕掛けな舞台装置、絢爛豪華な衣装、まったくすばらしい!
やはり、舞台にはこういうスカッとくるスペクタクルがなければ。

役者陣のひたむきさには、ハードウェア以上に感動した。
すでに大評判となっているが、中でも巳之助の熱演が出色。
ゾロはもう二次元から3Dで立ち上がってきたかのようにゾロそのもの、ボン・クレーのオカマ六方には客席も万感の思い、大向こうから「大和屋!」の声も飛んだ。
私も、完全に一皮むけて吹っ切れた感のある巳之助の、会心のボン・クレーには、大笑いしながらも泣けた。
ボン・クレーがおもしろければおもしろいほど泣けた。
お父さんに、見せることができなかった……
でも、父・三津五郎の早すぎた死が、巳之助の覚悟を固めさせたのかもしれない。

右近の碇知盛そのものの「白ひげ」は、予想外の名演だった。
知盛のように後ろに飛んで果てるのを、思わず今か今かと待ってしまった。
それくらい、どっしりと重く演じていて、今まで右近という役者を「まだまだ若手」と軽く見ていたことを反省した。


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他の役者も書き始めるときりがないほどにそれぞれすばらしかったし、アクションやダンスも最高だったが、ただ一人、猿之助のルフィだけに、最後まで違和感が残った。
『ワンピース』なのにルフィに違和感があってどうするんだという気もするが、そう感じてしまったのだから仕方がない。
原因はいくつか考えられる。
ひとつには、「アニメでの田中真弓がすばらしすぎるから」。
ルフィのイメージは、田中真弓の声に収斂されている。
他の配役はまだしも、ルフィだけはどうしても田中真弓の声が誰の脳内にも響き渡ってしまうのではないか。

また、歌舞伎の決め事と澤鷹屋の芸の縛りとのすり合わせの結果、一種異様なルフィができあがったとも思える。
海賊一味の立て役の中で、ひとり完璧な白塗りというのは、ビジュアル的に抵抗感がある。
いくら歌舞伎の“いいもん(善人)”は白と決まっているからといって、ルフィの雰囲気とは合っていない。
花道を何度か走って登場してくるが、誰よりもドカドカとうるさく足音を立てて走ってきそうなルフィが、スススススッと歌舞伎の“すり足”で登場してくるのも妙な気分だ。

白塗りはハンコックとの早変わりのために必要という理由もあるだろうが、それにしてもハンコックは猿之助がやるとギャグシーンでしかなく、もしあれが原作どおりボリューム満点の美女がやったら、まったくちがうシーンになっていただろう。
早変わりは、澤鷹屋である以上、どこかでやらねばならないのかもしれないが、とんちんかんなルフィとおばさんのようなハンコックではいずれにせよ見とれることも感動もなく、ただひたすら早業を楽しむ時間となってしまう。

猿之助という役者は、「黒塚」の怪演を見てもわかるように大変な芸を持った役者ではあるが、美女でも二枚目でもなく、小柄なために大きな立て役も似合わず、なかなか彼の芸を生かす場を見つけづらい人だ。
おそらく狐忠信や土蜘のような、この世ならぬものをやるのがうまいのでは。
猿之助は、ルフィやハンコックよりも、ちょっとだけ出てきた“留め男”シャンクスが、自然な風格があって一番カッコよかった。

誰よりも一番熱いはずのルフィのセリフが、猿之助が言うとなぜかとてもあっさりと聞こえる。
これだと『ワンピース』の大前提(ルフィの熱さにみんなが動かされる)が崩れてしまう。
もしも配役を変えられるなら……、もしもルフィを、たとえば勘九郎がやったら。
ハンコックを七之助がやったら。
まったく別次元の『ワンピース』になるぞ。
まあ、実現はしないんだけど。
(ついでに、イワンコフを中車がやったら……いやこれ以上は申しません)

猿之助のあっさりしたルフィは、もしかしたら、演出家として奮闘した結果なのかもしれないとも思えた。
若手のよさを最大限に引き出し、本水のアクションも本来なら自分がやるところをすべて若手の見せ場にして任せ、あれだけの作品に仕立て上げることに心を砕いたのでは。
「おれは助けてもらわねェと生きていけねェ自信がある!」
これを、身を以て示したようにも見える。

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それにしても、この舞台の大成功は、おだっちの『ONE PIECE』が「歌舞伎に合っているから」というのは大きいと思う。
というより、『ONE PIECE』という漫画じたいが、もともと歌舞伎っぽさを持っているからではないか。
『ONE PIECE』のあの決めゼリフ(名言集が出るくらいの)は、歌舞伎の見得や名乗り(で観客が感じる爽快感)にきわめて似ている。
海賊なので、彼らの言葉は非常に乱暴だ。
それは、歌舞伎の世話物での荒っぽさとよく似ている。
「うるせえな、ばばあはすっこんでろぃってんだ!」くらいのセリフは、ぽんぽんと飛び出す。

『ONE PIECE』のセリフは、“声に出して読まれることを待っている”言葉なのだ。
漫画にもいろいろあって、吹き出しの中の言葉が黙読を前提として描かれている漫画は多い。
『ONE PIECE』のセリフは、目だけで読むと非常に汚い。
だがうまい役者が声に出してそれを言えば、命が入って胸に応えてくる言葉になる。
歌舞伎と親和性が高い作品なのだ。
これに目をつけた猿之助は、やっぱりすごい。
そして、スーパー歌舞伎の話が持ち上がるまで、歌舞伎をいっさい見たことがなかったというおだっちもすごい。
歌舞伎の世界を知らないのに、あんなに歌舞伎っぽい。
それはどこかで、日本人の持っている「心意気」が通じているからなのかもしれない。
(おだっちは「心意気」という言葉が好きだそうだ。)


by apakaba | 2015-10-26 17:15 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2015年 10月 24日

歌舞伎座芸術祭十月大歌舞伎、夜の部連続ツイート

今月は、月に3回歌舞伎に行くめずらしい月だった。

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夜の部終了後の遅い夕食。
サラミと黒イチジク、ルッコラの前菜

22日、歌舞伎座夜の部、芸術祭十月大歌舞伎、壇浦兜軍記。ただただ玉三郎に口あんぐり。「この前もこの先も、何十年も見られないものを、いま見ている」という、芸術の神髄に触れる時間。琴の演奏中に弦から目を離し、会えなくなった恋人を思い出す表情。琴、三味線、胡弓を演奏する離れ業、(

2)このあと誰が継げるというの。いくら玉三郎が後継者を育てたいといったって無理だよ。しかし妖怪のような玉三郎を受ける菊之助、引けを取らない美しさ。白塗りのいい男をやったらいま一番。あんなに色男になっちゃって大丈夫?このあと菊五郎の妙味を身につけられるの?逆に不安。彼はちょっと(続

3)富司純子さまの美貌を受け継ぎすぎて、かえってそれが芸の幅の障害になってしまいそう。髪結新三、万感の思いが去来する演目。これまで幸四郎、勘三郎、菊五郎、三津五郎で見てきた新三だが、見れば見るほど、新三というのは、表面の明るさ軽さに似合わず、思ったより難しい芝居(役どころ)(続

4)なのだと思い知りつつある。初役の松緑、おめでとうございます。ご祝儀気分の配役陣だが、やはりセリフが一本調子でまだまだ。だが見た目の新三っぽさはもしかしたらこれまでの錚々たる新三役の中で、一番では?松緑の新三は出からすでに悪の雰囲気を前面に出している。これまでの新三はそこが(続

5)やや弱く、愛嬌が先立っていた。松緑は声の音域がせまいことが致命的。魅力的な声の演者は声に幅があり、セリフの1音目に倍音を出すことがある。声の幅が演技の幅になる。黙阿弥のすばらしい名調子を身につけてがんばってください。勘三郎あたりでは愛嬌が先立って新三の異常性がわかりづらい(続

6)が、新三というのはサイコパス的人格破綻の小悪党。絶対友達になりたくないタイプ。向こうから歩いてきたらよけて通り過ぎたいタイプの男。松緑の醸し出す新三ははまっている。亀寿の勝奴も悪そうでいい。染五郎ではかわいくなりすぎ、菊之助では菊五郎新三と一心同体すぎ、亀寿の距離の取り方(続

7)は、小悪党の下でいつか親分を出し抜こうとしている小悪党らしさ、とてもいい。しかし左團次大家、どうなの。役柄の説得力はあるけど、スピードがやや遅くて私の求める大家ではなかった。要するに三津五郎。三津五郎の大家が忘れられない。新三を見ながら、彼の声が聞こえる。帰ってきてくれ。(続

8)大家の妻も普通。やはり髪結新三は役者にとって奥の深い演目なんだな。時蔵の忠七は盤石。時蔵、今月ほんといいわ。昼の部でツマラナイ常盤御前で立ってたと思ったら文七女房で見事なくそばばあ。夜の部では白塗りのなよなよ二枚目。大活躍。昔は全然好きな役者じゃなかったが最近目覚ましい。(終

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さつまいものムース、魚介のジュレ



おまけ)22日夜の部では仁左衛門夫人と菊之助夫人を見かけたが、ああいう世紀の色男を夫に持つってどういう気持ちなんだろう。常人の理解を超えているわ。舞台の夫を見て、私たちが感じているように「ステキ……!!!」って思うんだろうか。まあどっちにしろ彼らの妻にならないからいいんだけど……


by apakaba | 2015-10-24 10:36 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(2)
2015年 10月 22日

夫の誕生日パーティーで

秋は我が家の誕生日ラッシュで、しょっちゅうパーティーをしている感じ。
ゆうべは夫の誕生日パーティーをした。

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「アキタコマチ」が作った、きのこのミートローフ。
肉汁を使ったソースと、ヨーグルトで作ったドレッシング。

娘の「コシヒカリ」からのプレゼントは、ひのきの香りのアロマオイル。
家ではしばしばエッセンシャルオイルで癒されている、女子力の高い夫に選んだ。

「アキタコマチ」からは、グレンフィディックの非常にめずらしいカオランリザーブ。
アイラカスクというのがものすごく我が家向き。
一同、湧きに湧いて、スコットランド土産のグレンフィディック モルトマスターズエディションと飲み比べる。
どっちもうまいが「やっぱりアイラカスクの方がうまい! 俺はアイラが好きだ!」と夫が叫ぶ。

するとすかさず、それまで黙っていた「ササニシキ」が、マッカランを取り出す。
こちらはシェリーオークカスク。
私はビールとワインのあと「アキタコマチ」が初任給で買ってくれたヴィンテージポートを飲んでいたが、その後はボトルが並びグラスが乱れ飛ぶ異様な盛り上がりになった。

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ゴタゴタと見苦しくてすみません



「ササニシキ」は、今年、弟妹への誕生日プレゼントを渡していなかった。
この3人は、なんだかんだと毎年誕生日にお互いプレゼントを交換しあっているので、今年は「ササニシキ」が突然プレゼントをサボり始めたことに、弟妹は不満を持っていた。
「勉強が忙しくて時間がない。金もない」と言い訳を続けていたが、
「11月のお兄さんの誕生日までになにもプレゼントがないのなら、もうこの先はプレゼントはなくなると思ってね。」
と脅迫じみた言葉を突きつけられ(そもそもそこまでしてプレゼント交換をしなくても、と私は思うが、それは3人のルールのようで)、お父さんのパーティーに乗っかってと考えたらしい。

飲酒年齢の「アキタコマチ」にはマッカランを一緒に飲むことでチャラ。
お酒を飲めない妹に、いきなりプレゼントを渡す。
「三菱鉛筆 マークシートセット」という、マークシートを手早く塗りつぶせる鉛筆と消しゴムのセット。
「これで周りの受験生を威圧することができる。これを取り出せば、『あいつ、デキル!』と周りはビビる。」
のだそうだ。

「そして俺の宝、山川の『世界史用語集』。」
自分が高校生のときに使っていた、ボッロボロの世界史用語集を、今さらくれた。
「これはねえ、ものすごいよ。この書き込み(「ササニシキ」の手書きで矢印や数字などがいろいろ書き込んである)によってシステマチックに勉強をすることができる。
俺は本当はこれを渡したくなかった。
塾のバイトでけっこう生徒から世界史の質問をされるから。
でも、これをあげよう。」
「ありがとう……表紙が外れてるけど……これで勉強する。」

なんというか、あいかわらずの独自の世界だ。
一生懸命料理をして、希少なスコッチをプレゼントしてくれた「アキタコマチ」より、なーんにもしていなかった「ササニシキ」が、いきなり場をぜんぶ持って行っちゃう。
まあ子供達が3人仲よくしてくれれば、親としては言うことはなにもないが。


by apakaba | 2015-10-22 12:52 | 生活の話題 | Comments(0)
2015年 10月 21日

目が耳を補う

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近所に中高生のろう学校がある。
下校していく時間に、よく彼らとすれちがう。
たまにカップルを見かける。
彼らはとても楽しそうでほほえましい。
この辺には他にも高校がたくさんあって、カップルもしばしば見かけるが、ろう学校のカップルは他の学校の男女よりもずっとほほえましく感じる。

今日もその学校のそばを歩きながら、あれはどうしてだろう……と、なんとなく考えていた。
またちょうど下校時刻で、ゾロゾロと生徒さんがつながって出てきた。
何十人も、手話で会話しながら楽しそうに帰っていく。

急にわかった。
ろう学校のふたりが会話するときは、ずーっと見つめ合っているからだ!!

見ていないと相手がなにを言いたいのかわからないから、お互いにこにこしながらも真剣に相手の手話を読んでいる。
通常のカップルは、声で内容を把握するからそこまで見つめ続けない。
だからろう学校カップルのほうが、いっそう睦まじく見えるのだった。

私も、難聴になってから、前よりも会話中に相手の顔を一生懸命見るようになった。

そういえば、片耳が聞こえないという男性がいて、その人は聞こえづらいときにはよく聞こえる方の耳を出すようにしながら、幾分こちらに顔を近づけるしぐさをしていた。
それはなんとなくドキドキするようなしぐさだった。

私は、もともと左耳が利き耳だったのに左耳から難聴になってしまったので、もう聞こえにくくなった左耳を出して「ん?」という愚かな癖がなかなか抜けず、最近やっと右耳を出して聞こうとするように矯正した。


by apakaba | 2015-10-21 20:45 | 健康・病気 | Comments(0)
2015年 10月 17日

歌舞伎座芸術祭十月大歌舞伎、昼の部連続ツイート

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これは11日のランチですが。
新宿ゲウチャイ、私にはちょっとからすぎた鴨肉のセンヤイ
iPhoneを新しくしたら写真がとてもキレイ!うれしい!


10月12日、歌舞伎座昼の部、芸術祭十月大歌舞伎、音羽嶽だんまり。うん、若い人ばかりなので、うん。児太郎は父よりいいと思うが、素顔がけっこう男っぽくかっこよくなってきてしまったのが逆に足をひっぱるかも?矢の根、まあ盤石ですかね。なんで江戸時代の人って曽我兄弟が好きなんだろう。(続

2)一條大蔵譚、くうう〜仁左衛門が、どの角度から見ても、う、うつくしーッ。吉右衛門とまったく違うタイプの大蔵。甲乙つけがたいが作り阿呆の仁左衛門の関西弁に軍配か。あんなバカ殿、腰元全員キュンキュンしちゃう。どんな阿呆でもいいから全力でお世話したくなる!そしてぶっかえり後の(続

3)美貌たるやどうだ。オレンジ色の素っ頓狂な着物がビカビカの美貌で乱反射。吉右衛門の大蔵では頼もしさ勇ましさを秘めていたが、仁左衛門の大蔵はより悲哀が前に出てくる。役者の違いなのだ。鬼次郎菊之助も、梅玉のときはいい役とも思わなかったが菊之助だと役柄にはまっている。仁左衛門の(続

4)ものすごい名演に打たれていることがわかる。作り阿呆からのぶっかえりを、心底から驚き、恐れ入っているのが伝わる。孝太郎もはまっていた。前はちっともいいと思えず、父の美貌を継がなかったことをひたすら悔しく思っていたが、今になると彼はむしろ秀太郎のようになっていくのか。なるほど(続

5)人情噺文七元結、志ん生で聞いていた落語だけど、まあ菊五郎はもはや非の打ち所がないですな。出の瞬間からすべてが完璧。そして時蔵、なんだってあんなに最高なんでしょうか。あの人はお姫様じゃダメで、世話物がほんとにばっちり。この夫婦の魚屋宗五郎も完璧だったが志ん生かこのコンビかと(続

6)いうくらいに笑い転げる。それにしても菊五郎の脚。とうてい70過ぎとは思えない鍛えた脚だわ。角海老の玉三郎、毎度思うが桁外れの役者。妖気がドライアイスのように充満していく。客席がシーンとなる。あのセリフ回し、真似したいねえ。最初から力が抜けているのに、さらに所々でふぅっと(続

7)力が抜け、セリフの中の間のあけ方が…他の役者には絶対にできない、耳目を一手にひきつけなければ納まらない、強烈な演技のスケール。体の奥底からむずむずしてくるような…異界の入り口を見せられるような感覚に囚われる。しかし皆さん、ほんとにいい演技するねえ。最高だったよ昼の部!(終わり

おまけ)演技について考える。下手な役者は、「解釈」がない。伸びる役者は、どんなに小さい役でも、読み込んで、解釈を重ねる。その意味で夜の部の亀寿さんに期待している。夜の部、髪結新三の勝奴の解釈が筋書きに出ていた。未熟な役者は所作やセリフを覚えるので一杯なんだろうな。私もがんばろう。


by apakaba | 2015-10-17 16:50 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2015年 10月 10日

口コミサイトに文句を書き立てる人々

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きのうの私。
アウディのショールームの2階。
車の一ヶ月点検に行った。
奥にあるのが私のPC、1時間くらい待ちながら原稿を書いていた。

ここのところずっと、リクルートのキュレーションサイト「ギャザリー」で香港のホテルのまとめを作っている(私のページ)。
参考のために、口コミサイトをあちこち見ているのだが、まあ文句の多いこと。
日本人って文句が多いのかな。

やれバスタブがない、シャンプーがない、壁が薄い、駅から遠い、坂道を登るのが大変、スタッフがつっけんどんだ——そんなに気に入らないなら永久に国内旅行をしている方が幸せでは。
もしくはもっとお金を出して高いホテルに泊まりなさい。
いまや香港のホテル代は日本よりずっと高くなっているのに、いつまでも日本基準で「こんなに払ったのにスリッパがない、歯ブラシがない」とか、いちいちうるさいよ。

これがもしも物価の高い北欧とかの口コミだったら(見たことないから想像だけど)、ここまで悪しざまには書かれていないように思う。
「たかが香港のくせに」と、日本よりも低く見ている気持ちが透けて見える気がするなあ。

口コミの文句たらたらを読むのは不愉快だが、これも仕事なので仕方がない。
読んでいると、ホテルに対する私の要求のハードルが低いのかなとも思う。
他の国ならもっとずっとひどい目に遭うこともままあるのだから、香港のホテルなんてそんなに騒ぐほどのひどいことなんてないじゃないの。
私はどこへ行っても楽しいと思える性格なので、ホテルの紹介をしながらどんどん褒めまくってしまうのだが、私の記事を読んで旅行に行って「だまされた!」とか言われるのだろうか。
そう言われないために、書き方にはいろいろ工夫をしている。

「スタッフが日本語を話せない」とかは論外として(国内旅行にしなさい)、「スタッフがつっけんどんだ」も、私はほとんどの場合、アナタの側に問題があるのではと想像している。
聞き取り能力がないから、早口の英語が聞き取れなかっただけ。
なんども聞き返すからちょっと呆れられただけ。
あまり盛大に愛想笑いをしないタイプの香港人に当たっただけ(心根は気のいいやつがほとんど)。
アナタの態度がもともと悪かっただけ。
そんなところじゃないかな。

口コミサイトに文句を書き散らして溜飲を下げる前に、自分によくないところがなかったか、ちょっとでも顧みたらいいのにと思う。
その方が、自分も心安らかで旅が楽しくなると思うけどね。


by apakaba | 2015-10-10 12:42 | 旅行の話 | Comments(0)
2015年 10月 08日

家でも進路指導

「貧しい国の人のことを考えましょう」と言われても』を先日書いたが、娘の「コシヒカリ」はあれこれと友達の話もしてくる。
高3なので、友達の進路の話もする。

コシヒカリ: クラスの友達が、パン屋さんになりたいんだって。もう受験勉強が嫌なんだって。大学に行かないで、パンを作る専門学校に行きたいんだって。でも先生は「このクラスは全員大学受験で進学だから」って決めつけるの。その子の言うことなんてぜんぜん聞いてくれない。先生の人生じゃないのに。
先生はただ進学実績だけが大事で、生徒のことなんか考えていないよ絶対。

私: まあそりゃ先生も仕事だからねえ。学校としても大学進学の数字は上げたいし。だけど、必ずしも先生が自分の利益だけで言っているわけでもないと思うよ。
大学であれこれ知って考えたりして、それからパン屋になっても遅くはないしねえ。若いんだもん。
たとえば女子栄養大学に行っちゃうとか?
そしたらもっと食物のことを広く見ることができるし、「パン屋がいいと思ってたけど、やっぱり栄養学の勉強がおもしろいな!」とかいうふうに変わったりするかもしれないじゃん?
あそこの販売(学生が作ったパンやケーキの売店)、おいしいよ。
そういうところでパンを作ってから考えるのもいいんじゃない。

たとえば女子栄養大学じゃなくっても、ふつうの大学の商学部とかなんとか、経済系の学部に行ってしまったとしても、パン屋という「商売」をやっていく上で将来役に立つかもしれないしね。
パンを上手に作れることと、売れる店にするのは別だからね。
だから今の時点で「パンを作りたいからパンの専門学校!」と決めてしまわず、他の可能性も示せるという意味では、大学に行くことが絶対に無駄だとはいえないでしょう。

コ: そうかあー。おかーさんが先生になって進路指導してくれればいいのに。(先生みたいな)あんな言い方されたら、「先生は自分のことしか考えてない」と思ってもしょうがないよ。

私: まあねえ、物の言い方だよね。先生ももう少し言い方を変えると、素直にわかってくれると思うけど。
ただまあ、進路というのはわからないよ。
大学に行くのが絶対にいいとも思えないし、専門学校に行くほうが幸せかもしれないし。
でも専門学校を選ぶのはよほど強く決心していないと。大学に行ってから「やっぱりパンだ、専門に勉強しよう」ということはできるけど、その逆はなかなか厳しいから。

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iPhoneを替えたから写りがキレイ


コ: うーん、みんな「夢」ってなんだったんだろうと思うの。みんなけっこう「管理栄養士になりたい」とか言ってるんだけど、それってほんとに子供の頃からの夢なの? 夢に少しでも近い仕事に就きたいんじゃないのかなあ? 管理栄養士ってなによ。絶対、親とかに「資格取れ」とか言われて、それをいかにも昔からやりたかった仕事みたいに自分で思い込むようにしてるだけじゃないの?

私: またずいぶんひどいことを言うねえ。それはあなたが世の中のいろいろな職業を知らないだけというのはあるんじゃないの。だって子供ってそんなにたくさん職業を知らないじゃない。
管理栄養士はいろんな職場があって、いいと思うよ。
おかーさんがいた保育園でも、管理栄養士じゃないけど栄養士さんがいたよ。
給食の献立を一生懸命考えてさ。毎日、食事の時間には子供のお部屋をまわって、子供たちから「せんせーい、きょうのこれ、おいしかったー」「しゃりしゃりしてて、おいしかったー」とかって言われちゃって、そういうのってやりがいになるじゃない?

コ: そうかー。そういうふうに言ってもらえたらうれしいね。

私: まあそんな職場ばっかりじゃないけど、その仕事の内容を知らないと夢も持ちようがないけど、いろいろ知っていくと、思ってもいなかったことでやりがいを感じられるかもしれないんだし、仕事ってなんとも言えないよ。
だからあんまり「子供の頃の夢」だけがキレイな夢とばかりも言ってられないんじゃないの。


娘はとても幼いと思う。
これくらいのことは、もう自分で想像してほしい。
娘はいつ大人になるんだ?


by apakaba | 2015-10-08 10:30 | 子供 | Comments(0)
2015年 10月 06日

「貧しい国の人のことを考えましょう」と言われても

大村智さん、ノーベル医学・生理学賞受賞おめでとうございます。
寄生虫が失明を引き起こす、熱帯地方の風土病治療の功績が称えられたということだ。

大村さんとはぜんぜん関係ないけれど、このニュースを見て、先日娘と話していたことを思い出した。

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失敗写真その1


コシヒカリ: 貧しい国の人って、どうしてたくさん子供を産むんだろう。学校では、「貧しい国の人のことを考えましょう。」っていつも言う。小学校とかで給食を残したりすれば、「貧しい国では飢えで苦しんでいるんですよ!」とか。
でもそういう国では、人口は増えちゃってるじゃない。それって、どうして? 人口が爆発したらもっと飢えちゃうし。だったら産まなければいいのに。
そういうこと、なんにも教えてくれなくて「貧しい国の人のことを考えましょう」と言われても。

私: 貧しい国だと、子供は労働力になるから、たくさん産んでおけばゆくゆくは家のためになるという考え方だよね。それに乳幼児のときに死んでしまう確率も高いから、とにかくいっぱい産んでおけという考え方になる。

コ: そうか。でも、飢えで苦しんでいるんなら、こんな言い方アレだけど、病気とかで少し人口が減ったほうがましなんじゃないの? たとえばそういう場所に流行っていた病気が治療できるようになって、栄養状態もよくなって、そしたらもっともっと人口が爆発しちゃうんじゃないの。

私: うん、たくさん産んで、たくさん死んでいくというサイクルは、人間の尊厳から離れているよね。だいぶ動物の世界に近い。魚の卵とかそうじゃない? たくさん産んだって、ほとんど死んじゃう。でも高等な動物ほど、少なく産んで大事に育てるでしょう。
人間もそれと同じで、子供がたくさん死ぬこと前提でたくさん産むより、その家庭に見合った適正な人数を産んで、その子供たちを大切に育てるほうが、結果的にはより人間らしく生きられるじゃない?
適正な人数なら教育も受けさせやすくなる。母体への負担も減る。女性の社会進出だってしやすくなるでしょう? そんなに子供ばっかり産んでたら、お母さんが知的労働に就くチャンスは減るじゃない。お産で命を落としたり、産後に体がボロボロになったりするし。
そしたらもうその日を生きるのに精一杯になっちゃう。
だけど男より女のほうが頭が悪いなんてことは、ないでしょう? 女性が社会に出ていくチャンスが増えることで、その国全体が底上げされていくことになる。国のレベルが上がることに、つながるかもしれない。

コ: そうか〜〜〜! よくわかった。今まで、誰もそんなことをちゃんと説明してくれなかった。学校の先生は「貧しい国の人のことを考えましょう」だけしか言わなくて、筋道立てて子供に説明してくれないもん。

私: ふん。そしたら今度はあなたが友達にそうやって説明してあげたらいいよ。よくわかるでしょ。

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失敗写真その2


教育は大事だ。
これくらいのこと、大人なら誰でもわかっていても、世界のせまい子供には、やっぱり一度筋道立てて教えないと、はっきりと納得できない。
それをすべて飛ばして、最後の決めゼリフ「貧しい国の人のことを〜〜」だけ言っても心に響かず、聞き流すか、先生への反発心だけが残る。
娘が少しでもマシな子になるために、私も家庭でがんばるけど、先生たちもがんばって。
と、いうエピソードが他にもあるけど今日はこんなとこで。


by apakaba | 2015-10-06 13:13 | 子供 | Comments(0)