あぱかば・ブログ篇

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2016年 02月 24日

突き指、アンド難聴

きのうの朝、つんのめって突き指をしてしまった。
子供達に指を見せると、「この程度じゃ骨折なんて絶対してないから。隣の指もいっぺんに巻いて固定しておけば何日かですぐ治るよ。」と冷静な意見。
「アキタコマチ」には「つんのめってよけきれずに手を付くなんて、おかーさんの運動神経も衰えたもんだね。」と笑われたが、こうして老人は怪我をするようになっていくんだな。

大学入試が終わって発表待ちの「コシヒカリ」に、ごはんを作ってもらった。

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お弁当作りもキャンセルさせてもらって、降って湧いた突き指休暇。
子供達の助言に従い、傷めた薬指と添え木代わりの中指を一緒に巻いて固定して、この文章を書いている。

「コシヒカリ」は、「お兄ちゃんたちには敵わない」という気持ちが強くて、料理も今までほとんど次男の「アキタコマチ」に任せきりだった。
でももう大学生になるんだし、そろそろごはんくらい作れるようになろうと本格的に思い始めたらしい。

野菜や肉を切るとき、よく「これはどのくらいの大きさに切るの?」と聞かれる。
「3センチ角くらい」とか「マッチ棒くらいの太さ」とか、言い表すのは簡単だが、そうは言わない。
「自分がこれを『あーん』って食べてるところを想像するの。そうすると、『これくらいだなー』ってわかってくるよね。」
前は、「おかーさん、そんな回りくどいこと言わないで、はっきり何センチ角とか言ってくれれば早いのに……」と言いたげな、やや不満そうな顔をしていた。
でも、食べる人の身になって作ることは料理の基本。
それよりも、自分が食べているところを想像しながら作るのが、一番確実な方法だ。

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ある日のお弁当……とりももソテーオーロラソース、鯛・白菜・しいたけのあら煮、もやしと卵のあんかけ炒め、白菜と塩昆布浅漬け、胡麻塩ごはん

ごはんのふりかけを決めるとき、毎朝、このおかずでお弁当を食べている自分を想像する。
このおかずに合う塩気やからさや甘さのふりかけるものは……と考えている。

少し先の未来を想像する力は、人間だけに備わっているのだろうか?


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年を取り、一日中グダグダと寝ているコーシロー。
犬は未来を想像しない。
犬を見ていると、“未来を想像しない者は強い”と思えてくる。
人間は、老いて怪我や病気に苦しむ未来を想像する。
だからやがて来る不幸に備えようとする。
けれども……犬はおいしいごはんのためにぴったりの材料を切りそろえたり、毎朝、お弁当に梅干しを載せるかとろろ昆布を載せるかゆかりをかけるか、数秒間考えることもない。

友達から電話がきたので、突き指のことをしゃべっていたら、ある瞬間から、電話から聞こえる相手の声が、音としては聞こえるけれどなにを言ったのか少しもわからなくなった。
ちょっとギョッとしたけれどそれは当たり前で、難聴が進んでいる方の左耳で聞いていたからだった。
もともと利き耳は左だったから、今でも電話は左で聞いてしまう。
気軽な馬鹿話だからよかったけれど、これがもし重要事項の会話だったら、聞き落としてしまうかもしれない。
そろそろ、右で電話を取れるように慣らしていく潮時なんだと思い知った。

少し先の未来を想像する。
そこには、病気や怪我で思うとおりにならず、苦しみ、泣いている自分が見える。
でも人に助けられたり、うれしいことを自分で見つけたりして笑っているところも見える気がする。


by apakaba | 2016-02-24 22:49 | 健康・病気 | Comments(0)
2016年 02月 22日

コーシロー10歳

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年をとったコーシローはとても不細工。
一日中、ふがふがと独り言を言いながら横になっている。
気が強くて、飼うのが本当に大変な犬だったけど、じいさんになってどうにかこうにか、飼えるようになった。
友達から「雄の柴は3年かかる(飼いならすのに)」と言われたけれど、10年かかってしまったじゃないか。
にゃんにゃんにゃんの猫の日に、誕生日だ。
どうせ犬だし特になにもしない、代わりに、今日一番不細工だった写真。


by apakaba | 2016-02-22 22:53 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 02月 19日

またまた別の、保育園時代の子

去年の5月に、2回つづけて、前に勤めていた保育園で見ていた子たちのことを書いた。

保育園時代の子


保育園にはさほど長く勤めていなかったから、思い出が少ない。
それだけに、最初に見た子のことはいつまでも覚えている。

私はその子を「あーちゃん」と呼んでいた。
あーちゃんは、前に書いた「こうくん」や「つーちゃん」と同じ年、今は2年生になっている男の子だった。
あーちゃんは人気のある子だった。
クールで頭がよくて絵がとびきり上手で、保育園いちの問題児も、あーちゃんのことは尊敬していた。
メガネをかけた大人びた子で、男の子同士にありがちなくだらないケンカをしたり、感情をむき出しにして怒ったりは決してしなかった。
ご両親も、なんとなくアートの香りのするすてきな感じの人たちだった。

しかしご両親は忙しいようで、あーちゃんは土曜日も保育園に預けられていた。
土曜の保育は平日よりも格段に子供の数が少ない。
保育園は幼稚園に較べてはるかに保育時間が長いので、子供達はそれなりに疲れている。
土曜も終日保育園にいるのは、幼児にとってやはり過酷なことなのだ。
しかも、土曜保育は同じ年の友達がほとんど来ないため、年下の子たちと同室で長時間遊ばなければならない。
これは一番年齢の高いクラスの子、とくに元気をもてあます男の子にとっては苦痛なことなのだ。

あーちゃんと同い年で土曜も来ていた子は、そうとうの暴れん坊で、誰彼なくボカスカ殴ってしまうような子だった。
この子も「ザ・男の子」という子でかわいかったけれど、どちらかというと絵を描いたり本を読んだりしていたいあーちゃんと、本気の取っ組み合いすれすれの遊びをしたい肉体派のその子では、長時間一緒にいたら双方にストレスが溜まる。
肉体派の子はあーちゃんに手荒くつっかかり、大人なあーちゃんはひたすら耐えていた。

ある日、私が彼らの保育室に入ると、当然のように肉体派の子ががばっと体ごと飛びかかってきた。
その子にひととおりかまってやると満足して立ち去った。
その一瞬の隙に、あーちゃんがスルスルっと寄ってきた。
きっと上手に描けた絵でも見せてくれるのだなと思って膝をついて待つと、まったく思いがけなかったことに……あーちゃんがぎゅっと抱きついてきた。
そんな子じゃないと思ってた。
今まで一度も、こんな子どもらしい甘えを見せてこない子だった。
知的でクールでおしゃれで、ふだんはあーちゃんとしゃべっていると、体の小さい大人と話しているような感覚だったのに。
私のような下っ端パートタイマーに、こんなことをするほど、あーちゃんには、抱えきれない疲労があったのか。
すごい力で抱きついてきたから、私も力を込めて抱きしめかえした。
ほんの数秒のできごとで、あーちゃんの気持ちが私の体に流れ込んできた。

ぱっと離れて何事もなかったかのように立ち去った。
それっきり、卒園するまで、あーちゃんは私にスキンシップを求めてくることはなかった。

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一度でも抱きしめた子は、どんな子であっても忘れられない。
精神年齢の高いあーちゃんが、小学校に入ってそれなりに苦労することを予感していた。
2年前の3月に卒園してから、一度も会っていない。
あーちゃんはどうしているかな……幸せだといいな……と、思い出してきた。

あさって、あーちゃんの入った小学校の近くで、私の所属している影絵劇団の公演がある。
私のいる劇団が本拠地にしている小学校とはちがう小学校に進んだから、彼は私の劇を見たことがない。
あさって、あーちゃんが来てくれるといいな。
君のためにやるよ。
あれ、あの声は……と、あーちゃんが遠い記憶をたぐってくれるようないい声を、出せるように準備しておくよ。


by apakaba | 2016-02-19 21:16 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 02月 18日

とりあえず、「コシヒカリ」の大学受験終了

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きのうで高3の娘「コシヒカリ」は、大学受験がすべて終了した。
発表はまだまだあとなので、親としてはどうなることか気になるが、一応おつかれさんということで。
次男「アキタコマチ」がちょうど店の定休日だったので、なにか夕飯を作ると。
「コシヒカリ」は「わたしの誕生日に作ってくれた、ピザみたいなやつがいい」。
強力粉とイースト菌で生地をふくらませ、ふたりで仲よくピッツァ・カルツォーネを作っていた。


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グレープフルーツとスモーク鴨のサラダ。
ドレッシングが、前よりも、う、うまい。
腕が上がったなあー。


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魚介のピッツァ・カルツォーネ。
前よりも生地がふわふわで軽く、格段においしい。

毎晩、大学の図書館で勉強して、帰りは9時半くらいになる「ササニシキ」も、「今夜は『アキタコマチ』が作るからね。」と言っておくと、さっさと7時過ぎに帰ってくる。
おかーさんだと9時半なのに、弟だと7時過ぎに帰るのね。ああそうなんですね。


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私だって毎日これくらいのものは、食べさせてるんですよ。
ある日のお弁当、アンド朝食。
なめたがれいの煮付け、厚焼き玉子、ちぢみほうれん草のおひたし、牛ハラミ・セロリ・にんじんの炒め、とろろ昆布ごはん。

あ、ハラミの炒めは次男が作ってくれたんだった。
結局プロには勝てない。


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今日の「コシヒカリ」のお昼ごはん。
きのうのピッツァの具材の残りを、「アキタコマチ」が取っておいてくれた。
山のようなピザトースト。

思うところに合格できるといいなあ。
娘に甘い家族だけど、やっぱり一番下の女の子。
幸せな大学生活を、迎えてほしい。


by apakaba | 2016-02-18 21:44 | 子供 | Comments(2)
2016年 02月 14日

とりあえずiPhoneで1枚いっとく

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濁った池には曇り空。
清掃員は、生首もついでに回収するのだろうか。


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晴れた空には寒桜。
一本だけ咲いた桜には、グレーのコートを着た人々がヒヨドリのように吸い寄せられる。


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室内灯でエステラ・ガリシア。
窓の逆光と室内灯、スペインの金色がうまく出るか。


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スペインバルは自然光。
ありきたりのパエリアも、逆光だと意味ありげ?


出かけるとき、いつもカメラを忘れる。
iPhoneよりきれいに撮れるってわかってるけど、出かけること自体がうれしくてカメラのことまで覚えてない。
いい光を見たとき、初めて「うーん1枚いっとくか」と思い出す。


by apakaba | 2016-02-14 12:50 | 生活の話題 | Comments(0)
2016年 02月 11日

声は力になるか

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横浜、日野にある父のお墓に行ってみた


以前、自宅で幼児・小学生の塾を開いていて、生徒に毎回かならずかけていた言葉がある。
それは、帰り際に「さようなら」とか「ありがとうございました」とか挨拶されたら「気をつけてね。」と返事することだった。
別に自分でこうしようと決めたわけではなく、心から、“気をつけて”帰ってほしいと思っていた。
小さい子供たちが、どうか危ない目に遭わずに帰れますように。
本当はそれぞれのおうちまで送り届けたいくらいだったけれど、それは無理なので、せめて声だけでもかけていたかった。

他の生徒の質問に答えて解説したり、日誌を書いたりしていても、どんなときでも、誰かが帰るときには絶対に顔を上げて手を留めて、その子に目を合わせて、「気をつけてね。」と言う。
うちには毎週2回ずつかよってきていたので、週2回ずつ、生徒たちは私の「気をつけてね。」という声を聞くことになる。
というか他の子に言っているのも耳にしているはずだから、彼らはうちに来ていた年月、膨大な数の私の「気をつけてね。」を聞いてきた。
それが口先の挨拶ではなく、心から、みんなの帰り道が身悶えするほど心配だったということを、わかってくれていたかいないのか、まずわかってくれていないと思うけど、それでも、人の生の声を聞くことはそのこと自体が力になると私は信じている。

私が「気をつけてね。」と声をかけると、みんな「はあい。」と返事して去る。
このほんの2,3秒のやりとりが、子供の帰り道を、守る力があったのかどうかは、わからない。
でも、そうやって大人が真剣に自分のことを案じてくれていたということは、いつか、何十年もたってからかもしれないけど、いつか、彼らが大人になったとき、同じ心持ちになることの道標となるのかもしれない。

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本文と関係ありませんが。
きのうのお弁当。
さばの一夜干し焼き、菜の花のポン酢マヨネーズ和え七味風味、たけのこ煮、キャベツの胡麻辣油風味浅漬け、黒豆、ゆかりごはん



今日は父の39回目の命日で、夫に促され、6年ぶりにお墓参りに行ってみた。
私の教室にかよってきていた子供たちのように小さかった私は、父にどんな言葉をかけていたのか、まるで覚えていない。
父に、いたわる言葉を、かけることができなかった。
まったく無念だ。
だから、今生きていて、未来のたくさんある人に、たくさん、生の声で、言葉をかけたいと思う。


by apakaba | 2016-02-11 22:25 | 思い出話 | Comments(0)