あぱかば・ブログ篇

apakaba.exblog.jp
ブログトップ
2017年 04月 01日

新年度です

今日から新年度。
毎年、年度替わりには、家族の身辺の変化を川底の石のように(←安部公房『砂の女』からのパクリ)見上げているばかりだった私だが、今年度はかなり身辺が変わる!
公立中学校の「学習支援教員」になり、来週から働き始めるからだ。


今一番楽しみなのは、給食!
夫に作っているので、自分の分もお弁当にしてもいいのだが、自分が作ったお弁当って本当につまらない。
私が子供だったころとはちがい、いまどきの給食はおいしい。
一食たった300円程度で食べられるなんて幸せすぎて怖い。
あとは、上履きを買って、学校のセンセイっぽい服をちょっと買って、研修に出たりして準備。
身辺が変わるってうれしいことだな〜。


c0042704_17094129.jpg

先月、近隣の小学校で保護者向けに開催された、発達障害児について学習するセミナーに出てみた。
せっかく採用されたんだから、ちゃんと勉強して、役に立とう。

それにしても、昨年度に始めた、土日に中学生に勉強を教えるボランティアを通して痛感したことがある。
国語(母国語)の軽んじられようたるや。
私は中学高校の国語科が専門だが、中学生英語なら教えられるので英語もよく見ていた。
学校指定のドリル教材があるので、その例文を読んでみると……

「名前、何?」
「かばんの中に、何入ってる?」
「これ、あんまりおいしくない。」
「英語、私には難しいよー。」
「消しゴム何個持ってる?」
「ぼくのラケット使って。」
「チョコレート!」

……がくぜん。
たしかに、英作文には役に立つかもしれない。
会話(口語)をそのまま頭の中で英文に変換するにはね。
だが、勉強というものは、教科を横断して学んでこそ、真の力になる。
この英語教材。国語力は完全無視ですかああそうですか。
助詞はどこへ行ったんですか?
こんな文を読まされ続けるなんて、最悪だ。
そう感じるのは、国語科だからなの?
(ちなみに最後の「チョコレート!」の正解は、「It's a chocolate!」である。)

私は、国語を教えたい。
受験にあんまり必要のない科目でも。
思考を広げ、深める大切な手段が、国語だ。
土日のボランティアは続けるが、週日に私が担当するのは、通常の学級にいるのが困難な子供に限られる。
それでもその子供たちが、もしも自分の内面について思考し、表現する術を持たずに苦しみを抱えているとしたら……国語を勉強することで、苦しさから抜け出すための穴を、少し広げられるかもしれない。
私にも困難が待ち構えているだろうけれど、やっぱり楽しみだ!


# by apakaba | 2017-04-01 22:46 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 03月 31日

歌舞伎座三月夜の部、国立劇場ツイート

3月のうちに3月中に見た歌舞伎はメモしておくことにした。
めずらしく連続投稿。
ここしばらく、仕事ばっかりでぜんぜんブログを書いていないしね〜。

c0042704_16204452.jpg
こちらは国立劇場の舞台。


三月大歌舞伎夜の部、引窓。幸四郎はもうやれる役が決まってきている。セリフをただ軽く流している。流すだけでも可笑しみがあるから、笑うシーンではないのに、観客がつい笑ってしまう。あれは芝居全体を壊す。かなり扱いかねる役者。早く白鴎になってください。しかし相撲取りがヤクザ稼業(続

2)すれすれだった時代。今も「興行」ではあるが、暗い影は当時に及ぶまい。けいせい浜真砂、また奇妙な芝居だねえ。なんで五右衛門が女ですか。藤十郎って一体おいくつなの。罰ゲームじみた装束の仁左衛門ほんの数分の登場、仁左衛門なら何を着てもよろし。4年ぶりの助六、4年ぶりのドキドキ。(続

3)口上の最中から、あの袖の奥にはあの絶世の助六が控えていると思うだけで胸がしめつけられるほどの高揚感。こんな芝居はめったにない。海老蔵助六、余人をもって代えがたしとはこのこと。不世出の美貌。千両役者。壮大な大根役者。ほんとに不思議な男だ。団十郎助六時代には花道が退屈で退屈で(続

4)「いつまで傘を開けたり閉めたりしてるんだ、とっとと舞台へ出てくれ」とまで思っていたのに、海老蔵の花道はいつまでもずっと花道にいてほしいと願うほど。観客全員うっとり。逆に言えば「セリフは下手だから喋るな」ってことだが。セリフはだいぶうまくなったがこれ以上の上達はないか?(続

5)雀右衛門揚巻、先代雀右衛門おばあさん(?)時代に見たのでそれに比べたら美しいが、玉三郎揚巻に比べるのは酷。ちょっと世話女房っぽい。くわんぺらはミスキャスト。歌六では真面目に演じすぎ、あれは幸四郎や仁左衛門がやるから生きる。白酒売菊五郎は自在の境地。この芝居の真髄は(続

6)コメディーなのに、今回はコメディーがうまい人が菊五郎以外いず(海老蔵も下手)残念。今になると、勘三郎より三津五郎の抜けた穴の大きさを思い知る。4年前、三津五郎の通人は絶品だった。出てきただけでワーッと沸く。勘三郎の代わりはいても三津五郎の代わりはいないのでは?それにしても(続

7)先代の団十郎から、生き写しの海老蔵まで、美貌の助六を見ることのなかった人々(団十郎助六時代)は、助六という芝居がよくわからなかったのでは?今から歌舞伎を見る人は幸せだ。海老蔵の助六を、まだこれからもずーっと見られるのだから。引っ込みの海老蔵の、決意した表情は瞠目。ガンバレ(終

c0042704_16220605.jpg
団十郎が植樹したという熊谷桜。
国立劇場はさくらまつりの期間中でした。




国立劇場、通し狂言伊賀越道中双六。前回の上演も見たが、やっぱり妙な話だ。こちらの歌六はよし。雀右衛門もよろし。この二人、3月は国立劇場と歌舞伎座を掛け持ちして大変な忙しさだ。吉右衛門は年だなあと感じる。体が、動かなくなっている様子ではなく、逆に軽くなっている。年とともに、(続

2)殺陣では若い者が動いて大幹部クラスはあまり動かずやっつける方が様になるが、吉右衛門は自分が動いてしまい、動きにグッと重さをつけることができなくなっているので、腰が軽く見える。やはりもう鬼平ではないなあ。そろそろ立ち回りは卒業では。菊之助の白塗りやよし。役にも合っている。(終)


# by apakaba | 2017-03-31 16:25 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 03月 31日

歌舞伎座、二月昼夜、三月昼の部ツイート

ふと見返してみたら、昨年9月以来、歌舞伎ツイートをまったくしていなかった。
毎月欠かさず見に行っているのに〜。
今年の2月からの分だけでも、書いておく。

c0042704_15054280.jpg
2月3日の初日。
帰りに寄ったポーラミュージアムアネックスでやっていた青木美歌個展。



猿若祭二月大歌舞伎昼の部、猿若江戸の初櫓。勘九郎の足さばきの軽さよ。宙から吊られているいるように、軽々と舞台を踏む。大商蛭子島、女好きな頼朝松緑は適役なのかよくわからない。長い割にはさしたる見所なし。四千両小判梅葉、やっぱり黙阿弥が好きだなあ。菊五郎は黙阿弥にばっちりはまる。(続

2)一番の見せ場の大牢シーンは、妙に長く、様式美(美というかなんというか)が興味深い。男祭り状態の牢獄、テレビなどの取材もなかった時代、さぞ一般大衆の目には恐ろしく、奇異で、のぞいてはいけない世界を覗くような気持ちになったことだろう。扇獅子、うん、正直いって忘れちゃったごめん(続

c0042704_15095174.jpg


3)二月夜の部、門出二人桃太郎。中村屋さん、おめでとうございます!兄桃太郎はばっちり歌舞伎になっているぞ。弟桃太郎はまだ人形みたいだ。何を見ても感慨深い。この子達が歌舞伎座で大役をやるころには、私は生きているのか。パパ勘九郎はじめ皆さん、うれしそう〜。贅沢な犬猿雉も大ハマりだ(続

4)異様なメイクの犬染五郎、メイクなしでいけそうな猿松緑、やたら生真面目な羽ばたきの雉菊之助、3人どれもこの役以外ありえないほど。特に菊之助の生真面目な羽ばたき姿が忘れられない。絵本太閤記、うーむ多くは言うまい。芝翫がアレなので、全体に退屈に。がんばれ。梅ごよみ待ってました!(続

5)菊之助の美貌は非の打ち所なし。演技もはまっている。出色は勘九郎の最近めずらしい女形。そこそこの美貌といい性格といい、いるねこういう女、と思わせる説得力ある存在感。児太郎も同じく。男が最後に選ぶのは結局このタイプか〜とうなずかされる。だから女二人の「しらけるねえ」が最高。(終)


c0042704_15113280.jpg


三月大歌舞伎昼の部、明君行状記。初日のせいか、梅玉はセリフが入ってないような。明君というか普通に梅玉じゃないか。しゃべってるのが。亀三郎との熱の差が……梅玉は毎月ほんとに忙しい。話も、真山青果はいつもおもしろくない。なんであんなになんでも言葉で説明するのか。説明のための台本。(続

2)義経千本桜碇知盛、待ってました仁左衛門知盛。比類なき美しさ。後半血まみれも、いつもより血糊が多めな気がします。銀平女房は玉三郎以上の人は見ていないが。巳之助くんもいい役がついてる。安徳帝右近の美しさは知盛がひれ伏したくなる実在感あり。それにつけてもこの話を見るたびに、(続

3)平家物語という物語の凄さをひしひしと感じずにいられない。「浪の下にも都のさぶろうぞ」と安徳帝に言い聞かせ自害していくシーン、女房たちの着物が海に漂うビジュアルなど想像すると果てしない気分になる。やはり名作中の名作。当たり前だが平家物語あっての歌舞伎作品だ。読破まで遠いが〜(続

4)どんつく、ご贔屓巳之助くんが踊ってます。今月いい役がついてる。早く八十助にしてあげてー。しかし松緑も踊りがいいねえ。あの人たちの運動神経ってなんなんだろう。海老蔵謎の表情な若旦那、彼ってどうしていつもああいう妙な表情なんだろう。夜の部にやってくれるからいいんだけど。(終)

# by apakaba | 2017-03-31 15:16 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 03月 30日

3月の子供たちのこと

最近の子供たちの話題など。

先日、「ササニシキ」が大学院を卒業したらしい。
「お前の卒業式っていつ」と聞いても、今月になるまで「よくわかんない。」と答えてきた「ササニシキ」だが、一週間くらい前に「28日。」という。
「ふーん。卒業式には出るの。」
「出ない。」
「なんで。」
「時間がない。」
「じゃあ卒業証書はどうやってもらうのよ。」
「わかんない。」
勉強に忙しくて、卒業式にも出る時間がないらしい。
6年前の大学入学式のときには、両方の祖父母が出席してしまうという派手な喜びようだったのに(私は出席しませんよ)、卒業はひっそりしたものだ。

27日、「お前明日卒業式でしょう。」というと、「うふふっ。おかーさん、なんでそんなの覚えてるの。」
「そりゃ当たり前だよ。かわいい子供の卒業式くらい覚えてるでしょう。」
「うひひ。そんなこと言ってー。」
私が子供のことに本当に興味がない親だと思い込んでいるらしい。

きのう、一応卒業パーティーをした。
「アキタコマチ」がパエリアを作った。

c0042704_10250504.jpg

具材が多すぎてコメが見えないけれど、私が作るのとはまるっきり別レベルの味。
当たり前だけど。
「ササニシキ」は卒業後も引き続き大学の図書館を使って勉強をし、私たちが食後のケーキを食べているころにやっと帰ってきた。
法科大学院というのは実に奇妙なもので、司法試験を待たずに卒業させてしまう。
だからとうとう無職の男になっちゃった。
卒業おめでとうという言葉も、なんだか出てきにくい状況。
でも親としては、また一人、子供がもう学生じゃなくなったんだと思うと、それなりに感慨深い。


「アキタコマチ」も、ここのところとても大変だった。
勤め先のシェフが、日頃の無理がたたって、怪我の感染症から発熱して入院してしまった。
一気に「アキタコマチ」に責任がかかってきた。
もともとスタッフの数が少なすぎることが、シェフが倒れた原因だ。
しかし、「アキタコマチ」がこの大ピンチをうまく切り抜ければ「なーんだ、お前だけでもどうにかなるもんだなわっはっは」という楽観的な結論になるだろうし、失敗をすれば「なーんだ、やっぱりお前は半人前だな」との評価になるだろうというダブルバインド。
まあ「アキタコマチ」の性格だから、意地でもやり遂げたけど。
シェフももう復帰してくださったので、「わっはっは」めでたしめでたし、ということに落ち着きつつある。


「コシヒカリ」は滑ったり転んだりの台湾ひとり旅から戻ってきた。
旅行記を書いていたので、また掲載していく予定。


台湾から帰ってきて、友達と遊びに行った帰り、中央線のホームで、人が落ちて死ぬところを見てしまったという。
夜のホームですぐ隣に並んでいた酔っ払いの男性が、自らホームに頭から落ちていった。
連れの人か他人かわからないが、その隣にいたメガネの男性が、すぐに緊急停止ボタンを押したが、ホームに入ってきた電車がスピードを落としきれず、そのまま轢いてしまったという。
メガネの男性はメガネを外して駅の階段に座りこみ、頭を抱えていたという。
ショックを受けて帰ってきた。

毎日、子供たちにもいろんなことがある。
それを日々聞いている。


# by apakaba | 2017-03-30 11:32 | 子供 | Comments(0)
2017年 03月 14日

「コシヒカリ」が海外ひとり旅デビュー

今は二人とも多忙で無理だが、長男次男とも、以前はかなりたくさん旅行をしていた。

一人ででも友達同士とでも、国内外へどんどん出かけていた。
娘の「コシヒカリ」は、高校を卒業するときに、兄たちに倣って広島へひとり旅をした。
「ひとり旅は、楽しいけど、さびしい。わたしはやっぱりひとり旅には向かないんじゃないかと思う……。」
しばらくそんなことを言っていたが、この春休みに台湾へ行くことにしたらしい。
本当は私に一緒に行ってほしかったようだが、「大学生になったら親を頼らないで一人で海外旅行をしなさい。」と突き放したのだった。

だが!
突き放したはいいが、心配で心配でたまらない。
兄たちとちがい、娘は海外旅行に対する心構えがまるっきりできていない子なのだ。
あんなにいろいろな国へ行っているのに。
娘は、これまでインドネシア(バリ)、ロシア、イギリス2回、香港、マカオ、台湾2回、ポーランド、オーストラリア、シンガポール2回、と、なかなか華麗な渡航歴を持っている。

そ、そ、それなのにですよ。
自宅から羽田空港まで行く行き方がわからない!
ていうかそもそも、羽田空港と成田空港の区別がついてない!
羽田空港に着いたら何をしたらいいのか、まったくわからない!
「あの、みんなが見上げてる、“でんしばん”を見ればいいの?」
「……でんしばん ってナンデスカ。」
フライト案内表示器の見方も知らない。
チェックインも出国審査も搭乗口にいつ行くのかも、とにかくなにもかも、海外旅行を一度もしたことのない人に教えるように話さないといけない。
この子の人任せぶりは、いったいなんだろう?
そのくせ、「台湾は漢字が読めれば大丈夫でしょ」と、なめてかかっている。
2回行ったことがあるとはいえ、両方とも家族が連れて行っていたから、自分ではなにもできないままなのに。

旅先のトラブル事例や注意事項を、山ほど教えた。
「漢字が読めるからって、油断したらだめ。バスに乗ろうとしたって、同じ行き先が書いてあるバスがバス停にいっぱい来ちゃったりするんだから。そのどれに乗ればいいのか、確かめること。そもそも思っていたよりバス停が遠いとかいうこともあるから、とにかく時間に余裕を持って行動するんだよ!」
と、きのうあんなに言い聞かせたのに、今朝はもう家から出る時間が遅くなっている。
夫に持たせるお弁当をすごい速さで作って、駅まで車で送った。
送りながら怒りっぱなし。

朝の家事を終えて、そろそろ飛行機に乗る頃だなあと思っていると、メールが来た。
私はApple Watchを使っていて、これにはメッセージに対する簡単な返信機能がついているため、タッチミスをしてとんちんかんな返事を送ってしまった。

c0042704_15091928.jpg

ださいやりとり。

台湾をふつうに観光してくるだけなら、私もここまで心配しないが、娘の目的は台湾原住民(原住民とは差別的な呼称ではなく、原住民自身の自称である)の村を訪ねることなのだ。
私が4年前に行こうとして失敗した、ルカイ族という人々の住む山奥の村へ行こうとしている。

私のこの旅行記を読んだことがきっかけだ。
当時壊れていた道路が、今は開通して旅行者も入れるようになったらしいが、外国人の立ち入りを制限している区域なので、警察署に行って入山許可証を取らなければならない。
そんなのできるの?
英語もまるっきりできず、旅スキルゼロの子が。

もうひとつ、私が台湾映画『セデック・バレ』を勧めたこともきっかけになった。
セデック族という原住民の抗日運動の話で、日本統治時代に、山の原住民がいかに日本人に抵抗したかを描いた超大作だ。
思った通り娘は
「原住民かっこよかったー!首狩り(当時は首狩りの習慣があった)超カッコいい!」
と盛り上がり、
「日本人が皆殺しになった場所と、セデック族の首領の碑を見に行く!」
と言い出す。
「原住民はハンサムぞろいだよ。台北から南へ行くと美男美女率がいきなり上がるから!」
と私が言ったのもいけなかった。
「『セデック・バレ』みたいなカッコいい人がいっぱいの台湾!」
と夢見ている。

日本のすぐ近くの国をよく知りたいと思うのは、とてもいいなと思う。
日本人は、台湾人のことを、ともすると都合よく「親日」と思いすぎる傾向があるが、山の暮らしをしていた原住民にとって、日本統治は受け入れられるはずのない強圧であった。
現場へ行って、ルカイ族やセデック族の建築や食生活や習慣といった文化を知り、漢民族とはちがう人々の顔立ちを見て、初めて深く感じ取れることがあると思う。
娘は感激屋なので、行けば100%、感動する。

でも心配。
子供達の旅志向は、結局、親の私の影響というか責任に他ならないけれど、息子二人とはちがってやっぱり心配なのよ。


# by apakaba | 2017-03-14 15:41 | 子供 | Comments(0)
2017年 03月 11日

中学校の学習支援教員に採用された

東日本大震災から、今日でちょうど6年だ。
2年前の今日はこんなことを書いていた。
今でも影絵人形劇の活動は続けている。
これに加え、今年度からは、近隣の中学校で土日に勉強を教えるボランティア講師も始めた。

今年度の回は、先月で終了した。
おかげさまで、今年度はこの教室の評判は昨年度に比べて格段に上がったという。
お嬢さんを通わせている実行委員の方から、
「昨年度よりも先生たちが真剣に教えてくれるから、遊びっぽい雰囲気がなくなって、集中しやすくなったって娘が言っていました。
と、講師の皆さんにお礼の言葉をいただいた。
ブログに書いたことが生徒のみんなに伝わっていることがうれしかったし、講師の方々が熱心に取り組んでいることもうれしかった。
いくら私一人が真剣にやろうとしても、他の皆さんに熱意がなければ雰囲気は変わらない。
来年度もこの講師メンバーに続けてほしいという依頼を、皆快諾していた。

というわけで、私も引き続き、中学校でのボランティア講師をすることになったのだが……実は、4月からこの中学校と同じ学校で、これとは別に、さらに仕事をすることになった。
学習障害(LD)、注意欠陥多動性障害(ADHD)、高機能自閉症等のために学習面で困難を抱える生徒に対し、学習の支援を行う「学習支援教員」という仕事である。
4年前、不登校児が通う施設で学習支援をする仕事に就きたくて、何度か応募したことがあった。
しかしいずれもなしのつぶてで、あきらめていた。
ところが、ここ数年のうちで、不登校児の支援教室とは別に、より問題が顕在化している子供に対する支援が本格的に動き出し、近隣の中学校でも学習支援教員を置くことになったのである。
これに応募してみた。

c0042704_18185119.jpg
本文とは関係ありませんが、くじらのユッケ。
くじらが大好きです!!


久々に履歴書を作り、教員免許状の写しを用意して、課題の作文を書いて一次選考通過、教育委員会で面接を受けて、採用された。
面接は深い内容の質問を次々とされて、これは若いころに受けたら絶対に通らないだろうと思った(おばさんはしゃべるのが上手になるもので……)。
一次選考の作文は、このブログに書いた文章と似た内容のことを書いたので、自信があった。

私は、すべての子供は幸せになるべきだし、そのためには絶対に勉強をしなければならないと思っている。
目標は難関大学に入ることとか、そういうことではなくて、その子に合った最大限の努力をして、自分の幸せを自分で選べる権利を獲得できるよう、勉強をすべきだ。
くりかえし書いているが、世界の不幸は、正しく教育を受けられなかった人間が引き起こしていることばかりではないか。
そしてその犠牲になっているのも、正しく教育を受けられなかった子供。
世界の不幸を減らすのは、正しい教育を受ける子供を増やすことしかないと思う。
大人は、子供がその子に合ったレベルで(←これも大事)最大限に力を発揮できるよう、さまざまな形で手助けをするべきだと思う。
私の始めたボランティアなんて、たいした力にもならないけど、それでも、大人になっていく途中の子供の、知への入り口を開きたい。

上記リンクの「後編」の最後に書いたことだ。

c0042704_18205492.jpg
くじらのベーコン。
そのへんのベーコンとは!まるでちがいます!!!


教育が大事だ。
子供に対する、正しい教育が。
昔からずーっと一貫して変わらない信念だ。
だからずーっと子供に関わっている。
家庭教師、塾講師、通信添削指導、自宅での塾、保育園、影絵人形劇、休日の講師、そして新しく、学習支援教員だ。
それぞれに大変さがあるが、中でも「健常児」ではなく、特別支援教室に入ることが決まっている「障害児」の相手となる新しい仕事は、きっと困難なことが山ほど待っているだろう。
しかし、「障害児」が、「みんなとはちがう」ことで追いやられ、排除されていくことは、本人と周りの子供たちの情操にとっても、将来的には日本という国にとっても重大な損失ではないのか?

東日本大震災の日に、あらためて書く。
今、日本はより排他的な方向に向かっていると感じる。
弱者を切り捨て、いないものとして、内向きで短期的な快適さだけを求めているように見える。
自分の仕事が、多様性を認められる、包摂的な社会に向かえるための、ほんのわずかでも責任を担えると信じている。
専門家でもなく、担任でもない、本当にちょっとだけの仕事だけれど、逆に専門家でも担任でもない立場だからこそやれることもあるのではないか?
私のすることは、微力だが無力ではない。


# by apakaba | 2017-03-11 18:29 | 生活の話題 | Comments(0)
2017年 03月 02日

1年ごとの聴覚検査へ

ブログを書く時間と体力がない日々で、書きたいことが溜まっているが……今日はとりあえず耳硬化症の経過などを。
1年に一度、聴覚検査と問診に行っている。
今日は、1年前に較べて、少し聞こえが悪くなっていた。
しかし手術のレベルにはまったく達していないそうで、主治医の先生(カリオストロ伯爵に似ている)は「あなたは、このまま一生手術をしないでいけるかもしれない。」と言う。


c0042704_17303285.jpg
聴覚検査のあとは、おいしいものを食べて元気を出すことに。
銀座に移動して、ナイルレストランのムルギーランチ。
10年ぶり。バカウマ!!


「実は難聴よりもずっとつらいのは、上半規管裂隙症候群で、頭に声が響いてしまうことなんですが。」と尋ねると、「それはもうしょうがない。手術か、骨の再生をお祈りするしかありません。」と突き放される。
「今から骨なんか再生しませんよー」と言うと「そう、だからもう治りません」と。
あ〜あ。
頭蓋骨を開いて手術しないといけないほどつらいというほどでもないし……しかしうっとうしい限りだ。


c0042704_17285091.jpg
座るととたんに「ムルギーランチね!まちがいない!ランチだから早く!」とせかされまくる。
ほんとは別のものも試したかったけど、ここは言うことを聞いてムルギーランチに。
しかしラッサム大好きな私は、ラッサムをどうにか追加。
野菜ごろごろのラッサムとはちがう味わい。
これもいいけど、野菜ごろごろの方が好きかなあ。



24時間の耳鳴りはとっくに慣れてしまった。
聴覚検査のときに「ピー」という音が耳鳴りなのか機械音なのか、ちょっとだけ戸惑うことがあるけど、それくらい。
難聴も手術レベルには落ちてないし、頭の反響はあきらめろという……つまりは、病気になる前の、スッキリとした聴覚は、もう一生、戻ってこないということデスネ。

誰でも年をとるのだけど、こういう不調を抱えることになるとは、想像していなかったなあ。
そしてそれはかなり負担。
しかし、大病にかからなくても、顔が老けたり、体型が崩れるとか、老眼になるとか、白髪やハゲとか、血圧や尿酸値やいろいろなこと、「トシだねー」と思わざるをえないことっていっぱいある。
人によって、どれがやってくるかはわからない。
私の場合、老化は耳に集中しているんだなあ。
難しくてめずらしい病気に、いっぺんに二つもかかってしまったんだから。


c0042704_17400096.jpg
男は黙って火災予防運動


顔が老けたり、体型が崩れたり、云々といった老化は、どうがんばっても、若かったころに完全に戻ることはない。
みんなその変化から目をそらしたり、悪あがきしたり、開き直ったりして、いつか老人になる。
だから私が聞こえでつらい思いをするのと、顔のシワや肥満やなんかで悩んでいるのは、だいたいおんなじ重さだね。
すごーくつらい。けど、みんなとおんなじ。
と、いう心境に至った、発病3年目の検査でした。


# by apakaba | 2017-03-02 17:38 | 健康・病気 | Comments(2)
2017年 02月 09日

映画音楽演奏会と、影絵人形劇団のこと

きのうの朝、NHK総合テレビ「おはよう日本」の中で、「FILM SCORE PHILHARMONIC ORCHESTRA(フィルムスコア・フィルハーモニック・オーケストラ)」が取り上げられていた。
2月5日にこの楽団の創立記念演奏会が開かれた。
行きたかったのだが、私は所属している影絵人形劇団の公演の本番があって、行くことができなかった。

今回のコンサートの特徴は、映画音楽の演奏、それも映画音楽界の巨匠ジョン・ウィリアムズの楽曲を演奏するということだったらしい。
テレビで指揮者のヤマトススム氏の話を聞いて感じ入った。
「映画音楽は、クラシック音楽に比べて軽く見られている。演奏会でも、映画音楽の演奏会をやるというと、『なーんだ』という反応になりやすい。
しかし映画音楽は決してクラシックよりも劣るものではなく、耳にしただけで、その映画がよみがえったり、そのシーンが鮮やかによみがえったりしてくる大事な音楽だ。
映画音楽のすばらしさを、お伝えしたい。」
氏は大体このような内容のことを語っていた。
映画を夢中で見た人間なら、誰だってうなずくだろう。
とくに、ジョン・ウィリアムズが音楽をつけた映画は、超有名な作品ばかりだ。

そのコーナーを見ながら、音楽というものが俳優の演技や風景描写にいかに大きく関わってくるかを考えていた。
映画を撮るとき、通常、俳優は音楽のない状態で演技をする。
音楽家は、音楽のない映像を見て、その場面に沿う音楽や、テーマ曲を作曲するものだ。
音楽のない状態で演技する俳優たちは、さぞ気分が盛り上がらないだろうなあなどと思った。
映画を見ていると、まるで俳優は音楽を聴きながら演技をしているかのように、演技と音楽が不可分なもののように見えているからだ。
それほど、音楽の力は大きい。


c0042704_22194701.jpg
本文とまるっきり関係ありませんが。
ある日。大久保、「ムット」


なぜ朝からこのように思いが巡ったかというと、実は、このオーケストラの楽団員の一人、Sさんは、影絵人形劇団の音楽担当者だからなのだ。
2月5日はふたつの公演が重なってしまい、彼女は今回は影絵の方を不参加にして、オーケストラに参加していた。
影絵の公演は、今までになく上演時間の短い「ミニ公演」だったとはいえ、私はとても心細かった。
彼女はすべての演目の音楽と効果音を担当していて、主題歌もBGMもすべて作曲・演奏してきた。
図書ボランティアという小規模な団体として発足したのが12年前、本格的に影絵人形劇団を名乗り始めてから5年。
その5年間のほとんどすべての声の主演は私がやっている。

Sさんと、とりたててママ友というわけでも旧友というわけでもない。
しいて名付けるなら「盟友」といったところだ。
影絵の練習期間中、私と彼女はぼつぼつと打ち合わせをする。
彼女は「アナタの声を聞いて音楽がイメージされるんだから、早いとこ声を仕上げて!」と思っている。
私の方は「アナタの音楽を聞いて演技がイメージされるんだから、早いとこ音楽を仕上げて!」と思っている。
どちらかが圧倒的に早く仕上がるということはまずない。
いい言い方をすれば刺激しあって、悪い言い方をすれば寄りかかりあって?、本番に向かって徐々にブレがなくなっていく。

c0042704_22231969.jpg
さらにある日。イングリッシュ・フルブレックファスト


ずっと一緒にやっているので、あまり細かく説明しあわなくても、音(向こうからすると声)を聞くとだいたい方向性がつかめる。
阿吽の呼吸でやっている。
ラストに感動的な楽曲ができあがると、「この作品に対して、こういう解釈か。だったらこの曲のイメージに合うように演技を変えよう」と、今まで出してきた声を変えたりする。
効果音やBGMの入るタイミング、盛り上げるタイミング、切れるタイミングを、声を出しながら「オッ、そうきたか」「やっぱりね。ここでぴったりストップすると思ってた」と、内心にんまりする。
にんまりするのは、本番中が一番多い。
つまり本番に一番阿吽の呼吸が働いている。

映画と影絵、することは別だけれど、テレビのコーナーを見て、自分のしてきた活動を思い返していた。
自分はとてもおもしろいことをやってきたんだなあと思っていた。
そして、映画音楽も影絵も、音楽がその作品を忘れがたいものにすることは同じだなとも思っていた。

それにしても、100人規模のオーケストラに参加したSさんは、私とはまったくちがう場に身を置いて、かけがえのない体験をしたのだと思う。
おつかれさまでした!
次回こそは、聴きに行きたいなあ。
影絵の公演と重ならないといいなあ。


# by apakaba | 2017-02-09 22:30 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2017年 01月 26日

横浜中華街ドライブ

香港フード合宿もまだ中編までしか進んでいないが、香港で新たな刺激を受けたのか、「アキタコマチ」が
「オレの中華料理の腕は、このままだと限界だ。これ以上は、やっぱり中国人コックの料理から学ばなければ!」
と、いきなり言い出す。
「横浜中華街へ行く! そして食べて勉強する!」

そうは言ってもねえ。
横浜中華街にある店が、どこもかしこも勉強になる店ばかりじゃ、ないのよ……と、元横浜市民の私はひそかに思うが、張り切っているので一緒に行くことにした。
大学が春休みに入った「コシヒカリ」も連れて、3人で横浜ドライブ。
以前、「ササニシキ」がひまな大学生だったころには、運転の練習としてやっぱり横浜方面に行ったなあ。

あれは実に傑作なドライブだった(「ササニシキ」の不思議なノリをぜひ読んでください)。
「アキタコマチ」は、免許を取って1年以上たつが、なんと一度も高速道路を走ったことがないという。
これにはビックリした。
首都高は、慣れていないととても大変だ。
(ぶつけたわけじゃないけど精神的に)満身創痍、ヨレヨレと横浜にたどり着く。

2軒はしごして、小皿やセットメニューをいろいろと頼む。
料理の写真はなし。
うなるほどおいしいものが食べられなかったためだ。
ごくふつうの一般的な中華の店で、これなら遠くまで来なくても、結局うちのそばの中華料理屋の方がずっとおいしかったのでは、という身もふたもない結論。
「コシヒカリ」はひとりで盛り上がって、ごま団子や肉まん、天津甘栗など、好物をじゃんじゃん買っては食べている。


c0042704_17005566.jpg

あまり中華料理の勉強にはならなかったようだが、よく晴れた日だったのでドライブは楽しかった。
ふだんは子供たちと出かけることもないし、家では毎日顔を合わせているけれど、出かけているといろいろしゃべるので楽しい。
写真を撮って盛り上がったり。


c0042704_17055845.jpg

「今日は楽しかったね。」と「コシヒカリ」がデートの見本のようなことを言う。

夜は、私が体調不良で夕飯を作るのを渋っていると「アキタコマチ」がおいしい中華料理を作ってくれた。
中華料理ばっかり食べている日になったけど、「アキタコマチ」の作った蒸し魚とニラレバが一番おいしかった。


c0042704_17083949.jpg
イトヨリ。
超高級XO醤をうまく使ってくれた




c0042704_17102967.jpg
ニラレバをレバニラと最初に言ったのはバカボンのパパだとか


中華は火通しがすべてだそうで、たしかにニラレバのレバー、もやし、玉ねぎそれぞれの火通しは完璧であった。
運転は慣れていないからあまり上達しないが、料理は毎日やっているから上達しているな〜。


# by apakaba | 2017-01-26 17:14 | 子供 | Comments(0)
2017年 01月 23日

香港フード合宿・中編

やや間が空いてしまったが、前編の続き。
中編は、フード合宿2大ハイライトのレストラン訪問である。

ひとつめは、初日のディナーで入ったプライベートダイニング「法租界」。
私が香港で、というか今のところ世界中で最も好きなレストランだ。
以前、仕事で記事を作ったので、詳細はそちらを見てほしい。



料理は言うまでもなく、スタッフの雰囲気もレストランのある場所も、すべてが刺激的なレストランなので、ここは絶対「アキタコマチ」が来るべき店だと前々から思っていた。
それがやっと叶い本望である。
「アキタコマチ」は予想以上にビビッドな反応をしていた。
これまで何度も来ているのに、仕事の原稿ばかり書いて、このブログを書く時間がなくなってしまったため、法租界の奇抜な料理を紹介したことがなかった。
この日のメニューは以下の通り。


c0042704_11440207.jpg

A Little Swaying Boat.Chao Phraya River.
左がなすのクネル、トムヤムクン風味。
右は魚の浮き袋、ゆず風味のマリネ。
詩的な料理名はシェフが考えるが、予約した相手には事前にメールで材料や調理法を知らせてくれるから安心。
以下、「アキタコマチ」の感想。
「完全に常温だ。冷たくも温かくもない。すごい。料理って、“温かくなければ!”とか“冷たくなければ!”とか縛りからたいていの料理人は自由になれないんだ。これはなかなかないね!」


c0042704_13491080.jpg

Shanghai Lake.Switzerland Mountain.
上海蟹の生姜風味と、スイスのサワークリームのソースを使ったダンプリング。
上下を混ぜて食べる。
「これは、中華と西洋料理が完璧に1対1だ。上海蟹は完璧に中華料理の手法、でも下のソースの酸味の付け方はまぎれもなく西洋料理の手法。中華にこういう酸味の付け方はない。両方がまったく譲らない。そして……うまい!」


c0042704_13571832.jpg

The Green Days in Mediterranean Sea.
左側は、オランダのムール貝の煮込みと日本のわかめを合わせたものに、揚げた黄ニラをトッピングしたもの。
右側はわけぎのグリッシーニ。
「もはや何が何だか……だが! うまい! ムール貝の煮方は西洋料理なのに、そこに迷いなくわかめを持ってくるとか。」


c0042704_14264271.jpg

Shaking Sleeve.Charcoal Fragrance From A Farm House.
右側は、チャイニーズマッシュルームの蒸し煮と韓国のじゃがいも麵にクリスピーなハモンセラーノをトッピング。
左側はシャントレル(アンズダケ)と、じっくり煮込んだフランス産あひるの胸肉。
「ううーん。すごい。まったく食べたことがない。一体どうしたらこんな料理を考えられるんだ!」


c0042704_14434489.jpg

Soft Pluma.Soft Rice.Fragrance.
plumaはスペイン語で「羽」。
イベリコ豚のプルマ(豚肉の部位の名前)のグリルと、上海風ベジタブルライス。
このお米はゆめぴりかを使っているという。
「あーっ! あまりにもうまくて写真を撮り忘れた!」


c0042704_14530257.jpg

Sumiyaki Coffee.
塩味カスタード入りの卵白を揚げたデザート。炭で色をつけている。
コーヒーマスカルポーネムースと共に。
「このどう見てもまずそうな外見、そして、うまい……! なんなんだよもう……!!!」

興奮しきったままディナーを終えた。
「もう、オレはがっくりと膝をついて泣き出したい気分だ。どうしたらこんな料理ができるんだ?
香港だからなんだな。この“プライドのなさ”は真似できないよ。
料理って、どうしても自分の専門や自分の国から離れられないんだよ。
日本人だったらやっぱり日本料理のセオリーから逃れられないとか、フランス人シェフが日本料理のテイストを入れると言っても、フレンチの中にアクセントとしてほんの少し取り入れるくらいとか。
だからほとんどのフュージョン料理はどっちつかずで失敗する。“創作料理”という名のおいしくない店がいっぱいある。
だけどここは完璧に変なプライドから自由だ。
西洋と東洋ということへの、コンプレックスもこだわりもない。まさに香港っていう土地の根無し草ぶりを体現した料理だよ。
こんな店は日本では絶対に生まれないね。参った。香港すごい。ほんとに、なんという料理だ。感動した! いやあ、うまかった!!」

私や夫は、何度来ても「おいしい!」「食べたことない!」という素人な感想しか出てこないのだが、コックが素材や調理など、料理を分析するとこういう感想になるのか。
しかし、ここのおもしろさを完璧に理解し、「香港という場所でしか生み出し得ない」というところにまで考察が及ぶのはえらいものだと思った。

いつも予約のメールをやりとりしている、サービスチーフのクリスさんは、「皿洗いの女性が休みで、今日はぼくが皿洗いをしなくちゃいけないので……」と、厨房の奥から出てこられず残念だった。
しかし、代わりに二番手の若いサービスマンが、時に筆談も交えつつ「アキタコマチ」に丁寧に説明をしてくれていた。
メールで「息子がコックで、貴店にとても興味を持っているから」と伝えておいたのだ。
「東京のフレンチレストランで働いている」と言うと、
「ぼくは日本の料理の本を読んで勉強しています。ええと、“カイセキリョウリ”の(“懐石料理”と紙に書く)。ええっとその本は、日本の学校の本で……(“辻調理”と紙に書く)。」
「あっ、ぼくはこの学校を卒業しました!」と「アキタコマチ」も驚き、若手サービスマンと盛り上がっていた。

サービスチーフのクリスさんのことを見るや「あの人がチーフだね。いかにも切れ者っぽい。厳しそうな人だな。スタッフには厳しい人だね。見てすぐわかる。」とも言っていた。
このユニークなレストランに初めて来て、ここまで堪能して勉強してもらえたら、フード合宿も成功である。
次回は正統派フレンチレストランへ。
フード合宿のフィナーレとなる。
(後編に続く)





# by apakaba | 2017-01-23 15:53 | 食べたり飲んだり | Comments(0)