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あぱかば・ブログ篇

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2022年 09月 18日

連休中日(なかび)の外出

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老犬の様子見を母に任せ、娘と東京駅へ。
雨がすごいので車で行ったら八重洲パーキングは超満車で大失敗だった。
チケットを取ってから、駐車場内をぐるぐるぐるぐるとゾンビのように回遊するという絶望的な時間の無駄。
イノダコーヒも行列。
スーツケースを引いている人が多いので、東京に旅行に来た人たちなのね。
連休だもんな。
イノダコーヒは、実は前から思っていたけど名前の割に高すぎるしフードがおいしくない。
アラビアの真珠の砂糖ミルク入りだけはたまに飲みたくなるが、あれとても正直言って南インド料理店のコーヒーでもいいような気がする(味音痴発言)。
名前に寄りかかっているよなあ。
そんなこと言うとファンから怒られるだろうが。
前から思ってたけど、さすがにもう行くこともないかな。


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東京ステーションギャラリーで「東北へのまなざし」という、おもしろいのかおもしろくないのかよくわからない展覧会を見る。
ブルーノ・タウトの特集部屋は、これは実に日本側から見たタウト像だよねと思った。
東北の土産物の代表として、こけしがたくさん並んでいるコーナーは盛況だった。
私が「昔はどの家にもこけしがひとつは飾ってあったなあ」と言ったが、娘はピンとこないようだった。
私はこけしというのは取り立ててかわいく感じたことがないので興味もなかったのだが、こけしコーナーに見入っているたくさんの人々は「これはどこどこ系ね!」などと話し合っている。
私「こけしってどうしてあの形なんだろう。デフォルメが激し過ぎる。男根の象徴とか(子孫繁栄を願って)、そういう意味合いがあるのかなあ。」
娘「男根に少女の顔を描くんだから変態ということよ。こけしを作っているのはみんな男でしょう。だから。」
私「そんな考え?! なんでそうなるの!?」
工芸品に対してそんなことを言うのはまったく侮辱も甚だしいが、展覧会で見たたくさんのこけしをきっかけに興味を持つことはあると思う。
ともあれ、無学な娘も今日初めて棟方志功やブルーノ・タウト、柳宗悦などを知り、実りもあった様子。


# by apakaba | 2022-09-18 17:54 | 歌舞伎・音楽・美術など | Comments(0)
2022年 09月 15日

運転免許証更新、ステキランチのことなど

運転免許証更新に行った。
違反していたので鮫洲へ。
次回はわずか3年後。
あ〜なんとめんどくさい免許証更新よ。
次こそはゴールド奪還をめざしたい。
前回の免許証の写真は、背景の色とちょうど同じ色のブルーのTシャツだったので、まるで首だけが浮いているようなふざけた写真となり、割と気に入っていた。
今回もそうしようと思ったがそのTシャツは古くなって捨ててしまったんだな!
違反なので2時間の講習を受ける。
昔はこういう講習のビデオでは、交通事故に遭った家族が泣いていたりするドラマ仕立てで、見るだけしらけてしまっていたが、今はドライブレコーダーの映像が中心。
これは下手なドラマよりよほど当事者意識を持てる。
運転しているのと同じ目線になるので、自転車やバイクとぶつかってしまう瞬間(もちろんとても軽い事故だが)の映像を見ていると、「うわっやった!」と、自分が事故を起こしたような気分になれる。
ドラマや講義より有効だと思った。


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鮫洲まではるばる来たので、ずっと行きたかった「インド宮廷料理 マシャール」へ。
大森で開店したことは知っていたが、うちから大森はとても遠い……なかなか行くチャンスはない。
今日は鮫洲運転免許試験場に行ったので、タクシーに乗って大森まで。
品川エキュートに入っているシターラダイナーのフセインシェフがシターラをやめて以来、もうシターラには行かなくなった。
フセインシェフの料理はほんとにおいしくて、いなくなったら別の店のようになってしまったから。
そのフセインシェフの始めたインド料理レストランがここ。
オーナーは、20年近く前にインド関係で付き合いのあったFB友達の 柴原 三貴子 さん。
もうずーっと会ってないけど、マシャールの写真を見ては行きたいな〜と思っていたのだ。
ドーサを食べたかったがティータイムにしか提供していなかったので、ベジタブルプラオのランチに。
久方ぶりに食べた、心の底からおいしいと思うインド料理!!!
うまーい!!!!! と、何度も心で叫びつつバクバクと食べる。
プラオがね! 少しも、油っこくないんですよ!
パッラパラなのにふっわふわ。
雪のように軽い。
スプーンに山盛り載せても、少しも重さを感じないエアリーな米!
そしてここまでおいしいパーラクパニールも、本当に久しぶりだ。
チーズが新鮮!
サラダもスープもデザートも、さわやかな酸味と控えめな辛味、奥行きある甘味で、お腹いっぱいになってももたれない!
チャイも紅茶の渋味がきっちり出ていて、スパイスが舌で踊るよう。
全部が、信じられないくらいおいしい。
宮廷料理の名に恥じない。
ごく普通のインド料理(というかなんというか……)の店が多い中、やはり、さすがはフセインシェフだなあと感動した。


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さらに我らが武田画伯の美しいナマ絵が飾ってあり、武田さんの絵ってほんとにきれいだな〜としみじみした。
最高のランチだった!!!!!!


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武田さんのホームページはこちら



# by apakaba | 2022-09-15 22:03 | 食べたり飲んだり | Comments(0)
2022年 09月 06日

シンガポール旅行、幸希ちゃんの旅の仲間(私)

幸希ちゃんというのは次男「アキタコマチ」の奥さんの名前で、今回、私の旅の仲間だった。
私の旅の仲間はたいてい、現地集合現地解散で部屋(もしくは宿)は別。
このスタイルが一番融通が効いて、予定を立てやすい。
今回は日本政府のあの無意味な“コロナ水際対策”最後の犠牲者として(犠牲者として?)、日本帰国72時間前PCR検査もあったから、なおのことこのスタイルでよかった。
万が一、どちらか一方が陽性で帰国できなくなっても、もう一人は帰国しようということにした。
旅は基本的に自己責任ですからねー。

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アートサイエンスミュージアムのチームラボ「フューチャーワールド」


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プラナカン料理「キャンドルナッツ」


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中国ヘンホア料理「プーティエン」


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なんだかんだ一番落ち着く風景(リトルインディア)


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女子旅バンザイ


# by apakaba | 2022-09-06 20:50 | 旅行の話 | Comments(0)
2022年 09月 05日

化学療法の話・4

「化学療法の話・3」の続き。



これを書いている今は、化学療法フルコースの8回中2回を終了して3回目に入ろうとしているところだ。

3週間ごとに通院して点滴を受け、同時に飲み薬も飲む治療だが、副作用が大変強い。8回(24週間)をすべて受けられるかどうかは、患者本人の体調と意志次第である。ちなみに私は、まだ2回しか終わっていないがすでにつらすぎてギブアップ寸前。ギブアップしてしまえば、当然、がんの再発や転移の確率は上がる。しかし次々襲ってくるいろんな副作用も苦しい~。苦しいなんてもんじゃないわー。どうすりゃいいのー。


私は、この病気になって以来、一度も泣いたことがない。

告知されたときも、手術前も術後も、心が鈍いのか体が病気慣れしているのか、苦しくてもまったく平常心で過ごしてきた。だがこの化学療法はね! かなり泣きそうなくらいつらいですよ!! ずっと吐き気があるし、味覚障害で口の中が苦いし顎が痺れているし、髪の毛は半分くらいに減ったし、手足が痺れて痛いし、特に指先がいつもズキズキ。手が色素沈着で死体みたいな色。膝下から足首までびっしり真っ赤な湿疹。目もかすむし頭も悪くなる(注意力散漫)。どれくらい目と頭が悪くなっているかというと、たとえばネット記事の「電車内に掲出 粋な設問の意図」というタイトルを、「粋な設問」ではなく「粋な股間」と見間違え、「それはどんな股間のことなのか?」とクリックしてしまうくらい、救いようのない低下ぶりだ。


3週間の最後の1週間くらいは、あちこち痛みながらもそこそこ出歩けるくらいの体調だが、次の点滴が近づいてくると嫌で嫌で泣きそうになる。こんな気持ち、大人になってからあんまりなかったことだなあ。考えただけで嫌すぎて泣きそうになるなんて。しかしさぼるわけにもいかないので、今日3回目に行ってきた。

朝7時から熾烈な採血の順番争いがあり、その後9時まで診察を待つ。主治医に「いや~もう副作用がつらいんですっかり嫌になっちゃってます。」と訴えようとした矢先、「今日は治療を受けられません」と告げられた。

これも重要な副作用の一つだが、白血球の値が下がりすぎて投薬を続けることができなくなったとのこと。1週間休薬期間を延長して、値が良くなるのを待つことになった。


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気が抜けるというか予定が狂うというか。

通院は1日がかりなので、そのたびに学校の勤めを休むのも嫌だ。しょぼぼぼんだ。どうせ出勤するには遅すぎるので、映画か美術展でも行くか。

……しかし白血球が減少すると感染症にかかりやすくなるので、この時節柄、おとなしく直帰するか。……しかしそれも悔しく、行き場のない気持ち。都営大江戸線新宿駅まで行って、「ヘルプマーク」をもらってみた。

驚いたことに、駅員さんに「ヘルプマークが欲しいんですが」と言うと、何一つ尋ねられずぽいっとくれた。てっきり、申込書みたいなものを書くとか、せめて質問をされると思っていた。こんなに簡単にくれるのであれば、悪用する人もいそう。健康なのに付けて電車やバスの座席を譲らせるとか。

まあしかし、そんな不都合があっても、配布しないよりはいいのだろう。


調べてみると、ヘルプマークは「精神疾患の人が付けるもの」と認識している人が多いという。「あのマークを付けている人は危ないから近寄っちゃだめ」とか。なるほど。そういう人はもちろん付ける資格があると思うが、見た目が元気で普通っぽい人(私みたいな人)が「“危ない人”と誤解されたくないから」と、付けることを忌避するのはどうなんでしょうかね。それはかえって正しい認知が遠くなるだけなのでは。

社会の誤解をほぐすためにも、私は付けることにするよ。うん。電車通勤とか通院の時には。

実際、突然がたがたと具合が悪くなることもあるので。

というわけで、化学療法はやや足踏み状態に……



# by apakaba | 2022-09-05 17:48 | 大腸がん闘病 | Comments(2)
2022年 09月 04日

化学療法の話・3

「化学療法の話・2」の続き。




私が始めたのは「XELOX(ゼロックス)療法」と呼ばれるもので、ゼローダという経口薬とエルプラットという点滴を併用する。3週間を1クールとし、1日目に点滴を受け、同時に1日2回の飲み薬もスタート。2週間飲んで1週間休薬するので、これで3週間。それを8クール、計24週間で完了する。ただ、副作用があまりにもきつい人や、途中の検査で経過が良ければ24週間続けずに終了することもある。


おもな副作用は、手足のしびれ・痛み・腫れ・皮むけ、血管痛、吐き気、下痢、口内炎、色素沈着、味覚異常、白血球・赤血球・血小板の低下による内出血・感染症にかかりやすくなる・血が止まりにくいなど。


これを書いている今、私はまだ点滴は一度しか受けておらず、飲み薬を飲む2週間がそろそろ終わる頃だ。まだ先は長い。

ただ、私はあのヨレヨレになって帰宅した点滴のあとの24時間ほどで、副作用への大体の対処法を身につけることができた。


手足のしびれや痛みは、「とにかく温めれば解消する」!

つねに両手にひとつずつカイロを握っている。両つま先にもカイロ。温め続けていれば、しびれと痛みは起こらない。雨戸(昔ながらの金属の雨戸)を開けるときは手袋をするなど、ちょっとした冷えに注意する。洗濯物を干すのはあきらめる(乾燥機)。料理はあきらめる。


体温より低いものは飲めない。アナ雪(見てないけど)のなんでも次々に凍りついてしまう魔法のように、冷たいものが喉を通過するときにビシビシビシッと凍てついていく感じ! とても苦しくてビックリ。しかしこれも、口に含んで少し温めてからゆっくり飲み込めばなんとかなる。

味覚異常は点滴後数日して現れ、なんでも苦く感じてしょんぼり。しかしそれは2,3日で治まった。舌がもつれてうまくしゃべれない副作用も出たときは「このまま舌に障害が残ったら、影絵の声あてができなくなるのでは」と内心とても焦ったが、これも今は治まった。


吐き気は吐き気止め、下痢は下痢止めを飲む対症療法。吐き気は点滴後数日してから始まった。下痢は点滴後十日くらいしてから猛烈に始まった。色素沈着は今日あたりからそろそろ指先に。副作用はレイヤーで現れるので、毎日「今日はどうかな」と思いながら起き上がる。ただし手足のしびれと痛みは最初からずっと続く。


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このころ、手足が冷たくて散歩がとてもキツかった。



つくづく思うに、治療が冬でよかった。夏場にカイロを握ったりいちいち手袋をしたりでは変だし、さすがに冷たいものも飲みたくなるだろうし、色素沈着に紫外線は大敵だ。

毎日、あちこちの痛みで「ギャヒーッ」とか「ギギギギ」とか「うぐぐ!」とか(苦しみの音はガ行が似合う)声が出るが、これまでのところ点滴後一度も休まずに学校の仕事に行き、ライターの仕事もできた。と書くとすごく働き者みたいだけど、家事を放棄しているので。夫と娘がいなければ到底無理ですね。いや、私の仕事がもし学校の調理員さんだったら仕事も無理だったね。ほんと、好条件が重なったおかげでどうにかやれているのね。


食事は少なめになんでも食べているが、お酒は10月31日の長男の結婚式以来飲んでいない。少量ながらもほぼ毎日欠かさず飲んでいたのが、別人のようだ! お酒を見たり思い出したりすると、おいしくて楽しかった思い出がよみがえるが、だからといって手が伸びるという心境からは遠い。まるで過去の恋愛のように、戻りたいとは思わない遠い思い出。まあ健康になったらまた飲むと思うけど。つまり今の私は、ほんとの健康をまだ手に入れていないわけだね。


「化学療法の話・4」へ





# by apakaba | 2022-09-04 18:58 | 大腸がん闘病 | Comments(0)