2009年 07月 29日
「あれこれ散らばっている連載を、片っ端から終わらせよう」とはいつも思っているのになかなか進まないのが連載モノのつらいところ。 気づけば、もう、2009年も半年以上過ぎているじゃないの。 すでに今年に入ってからおもしろい本をいっぱい読んじゃっているし。 でも連載を途中で放棄するのはイヤなので、とにかく簡単に紹介だけします。 昨年は10点では足りなかったので、Best10といいながらもう少し追加します。 9... 甘い蜜の部屋 (森 茉莉 著) 森鴎外の愛娘、という冠はこの小説に限っては、まあ、必要であろう。 やおいなかほり芬々の『恋人たちの森』では、「父親より文章がずっとうまいじゃないの。鴎外の娘という看板など必要ない」と思ったものだが、自伝的な色合いの濃いこの長編小説では、美貌のヒロイン「モイラ」を自分の姿として描いていることを念頭に置きながら読むとますます耽美な気分に浸れる。 つかみどころなく、努力が嫌い、勉強が嫌い、誰もが目を見張るような美貌を持ち、父親からの溺愛を受けて育っていく、魔性の娘モイラ。 すべての女の敵であり男の敵でもある。 この娘を見た人間は、みんな底のない美しさの奴隷になってしまう。 この鬼才にはもっともっと、書いてほしかったなあ。 二十世紀初頭の裕福な知識人の家庭で育ったという圧倒的なアドバンテージから紡ぎ出される、現代の作家には決して真似できない文章世界だ。 教養の厚みも、口にしてきた食べ物も、憧れを通り越して敬服するしかない。 料理の過程の描写は執拗なまでに多く、森家がいかにいいものを食べてきたかがわかる。 まったくさりげなく「マカロンが食べたい」なんて書かれていて、この家ではニッポンの庶民より数十年早くマカロンをふつうに食べていたのか……などと小さいことにも驚いてしまう。 10... チーム・バチスタの栄光 (海堂 尊 著) あまりにも有名な医療ミステリー小説。 すいすい進むが、誰でも文句なしにおもしろい!と思える! 映画では主人公の田口公平が竹内結子、白鳥圭輔が阿部寛という配役だったが、小説から先に入った私には、あの配役には不満たっぷり。 田口は絶対に男!阿部ちゃんをそのまま田口役にスライドさせてもいい。 そして白鳥圭輔は、私なら、爆笑問題の田中氏がぴったりだと思うのだが。 11... カラマーゾフの兄弟 (ドストエフスキー 著・亀山郁夫 訳) 学生時代に読んだ、原卓也訳の新潮文庫版から約20年、そろそろ細部の記憶も怪しくなってきた頃合いに光文社から出た、昨年ブームだった新訳版。 やはり、二度目のせいか、若いころにまばたきする間さえ惜しんで読みふけったドライヴ感はなかったな。 もちろん、近代文学の最高傑作のひとつであることはまちがいないが。 読んでいる間と、読み終わってしばらくの間、カラマーゾフ的世界から抜け出せないような感覚はついてまわる。 本の中で、人生におけるなにもかもが起こり、なにもかもが詰め込まれている感覚。 こういう大長編の傑作を読了すると、やはり、なにかが自分の中で決定的に変化する感じがする。 ものを考えるときに拠って立つ場所のひとつになるという感覚か。 亀山版は、なんだか現代っぽさが先走っているというか、やや軽さが鼻につき、素直に「ドストエフスキーはおもしろいなあ!」という感想には結びつかなかった。 「それって、どういうこと?」とか書かれると、なんだか文学的に見えない……でも、なにしろこちらは原文を知らないのだから、当時の流行作家のドストエフスキーが、さほど格調高い文章を書いていたのではなくて、当時の若い人がしゃべる言葉そのままに(「それってあれだよねー」というような)、文章の勢いを重要視して書き進めていたのだとしたら、納得できる。 むしろ、亀山郁夫氏がみずからつけた解説に、氏の翻訳者としての良心と強い信念を感じ、感銘を受けた。 本編を読んでいる間は、「もしかして亀山さんってさほどの力はない人なのかも?」と思っていたのに、解説を読んだら偉大な知性の持ち主であることがよくわかった。 これにつづいて、『謎とき「カラマーゾフの兄弟」(新潮選書 江川 卓 著)』も読んでみたが、こちらは若干三面記事っぽいつくりというか、軽い読み物であった。 12... 母は娘の人生を支配する—なぜ「母殺し」は難しいのか (斎藤 環 著) 娘を持つすべての父親と母親必読の書。 そこのお父さん、お母さん、絶対に読んでください。 うちは大丈夫、我が娘には関係ない、なんて思ってはいけません。 母親の存在が娘の人生をスポイルしていくさまざまな図式を、臨床ケースだけでなく、少女漫画や現代小説など幅広い分野から紹介し解説していく。 母親の娘であり、娘の母親である私も、ひとごととは思わずに真面目に読んだ。 13... 誘拐 (本田靖春 著) イマドキのへなちょこな新聞記者にはまず無理だろうよ。 骨太な、現場主義のジャーナリズム。 古いヤツだとお思いでしょうが……やっぱり昔のジャーナリストは、かっこいい!! 1963年、東京の入谷で起きた「吉展ちゃん誘拐事件」の発生から、被害者殺害、警察のミスで、犯人をすんでの所で取り逃がし、迷宮入りかと思われながらも、執念の捜査で犯人を逮捕し、その犯人の人物像にまで迫る。 刑事たちの焦りと苦悶、幼いころから田舎でつらい目に遭ってきた犯人の、やがて破滅へと追いつめられる悲しさ、事件に巻き込まれていく周辺の人々の人間模様まで描き込み、「それでも、真実を書きたい」という筆者の強さにぐいぐい引っ張られる。 新聞黄金期の遺産だ。 14... 幻影の書 (ポール・オースター 著・柴田元幸 訳) 出ましたオースター×柴田の最強コンビ。 勝手にコンビにしているのは日本人読者だけだけど、やっぱりオースターには柴田元幸がもっとも似合う。 内容は、オースターらしく話の中にまた話が、その中にまたエピソードという入れ籠細工の長編であるが、彼の小説を読んでいる間、「語られることによって現出する世界のあまりの美しさに、泣きたくなる」という経験ができる。 その美しさを手放したくなくて、別れなければならないシーンが近づくにつれ胸が苦しくなる。 つまり夢中になって読むということだな。 15... タイタンの妖女 (カート・ヴォネガット・ジュニア 著) いかにもハヤカワっぽい、古めのSF。 SFというと、宇宙船の機体の細かい性能とか、ミサイルや宇宙服の機能などの描写がたくさん出てきそうだけれど、この小説にはいっさいなし。 乱暴なまでに宇宙船は宇宙船、宇宙は宇宙としてそのまんま横たわっている。 絶賛と酷評の差が激しい作家だが、私にはどこかしら、人間の存在のむなしさや有り難さを読み取れておもしろかった。 あれ、気づけば15点も紹介していた。 あといくつか、よかったもの悪かったものをランダムに書き留めておく。 新アラビアンナイト (清水義範 著) 多作にして有名な作者だが、残念ながら私にはまったくおもしろくなかった一冊。 なにが合わなかったのかというと、文体が、自分で「俺って軽妙?俺って洒脱?」とうきうき喜んでいるような、妙な名調子。 こういう文章の人はニガテです。 恋愛の不可能性について (大澤真幸 著) 残念ながら、読了することができなかった一冊。 おもしろくなかった、のではなくて、私の頭脳ではとうてい太刀打ちできない、難しい本だったから! これまでいろんな本を読んだり途中で投げ出したりしてきたけれど、「難しすぎて、私には無理!」という理由で読めなくなったのは、この本と、『日本思想という問題――翻訳と主体(酒井直樹)』のふたつだけ。 やーんバカでごめん。 今読めないのでは、この先読めるようになるとも思えないけど、定期的にチャレンジしていくつもり。 日本を降りる若者たち (下川裕治 著) 昨年読んだ本のなかのワースト1。オメデトーぱちぱちぱち。 日本の若者が、自分の家に引きこもるのではなく、タイのバンコクの安宿街などで引きこもっている、ということに取材しているらしいが、筆者は自分でなにも考えを述べず、どっちつかずの逃げの姿勢。 ジャーナリズムのかけらもない。 結論らしきことの文末はすべて「〜〜なのだろうか。」「〜〜かもしれない。」 読んでいていらいらする。 こんなものなら素人に十分書けます。 フェルメール——謎めいた生涯と全作品 (小林頼子 著) 大絶賛というほどではないが、フェルメールの絵を見て興味を持ってから読むと、絵の解説として過不足のないつくり。 前半はやや筆者が「私が私が」と出しゃばってきてうるさい印象だが、一転、後半からは淡々と解説を語り始める。 Coyote 2008年4月号 雑誌ですけど。柴田元幸特集がたいへんたいへんすばらしかった。 翻訳者と、原作者との信頼関係については、この号を読むまでさほど意識していなかった。 ミルハウザー、オースター、ダイベックなど、現代アメリカ作家たちがこぞって賛辞を惜しまない、それが柴田先生だ! ますますファンになったよ。 この雑誌、いつも同じクオリティーだったら絶対定期購読するのだが、号によってムラがあるのがなあ…… (追記:雑誌ではなくて書籍に分類されるそうです!) 孤独な鳥はやさしくうたう (田中真知 著) 昨年に渾身のレビューを書いたので、ここではタイトルだけということで。 10選に入れたかったけど、こんどは真知さんの旅の書き下ろしを読みたいなあと期待してあえて……ほほほ。 とまあこんな感じで急ぎ足で紹介してみた。 ちなみに、前に2回書いたときは以下の8点を取り上げた。 『おぱらばん』 『帝国との対決—イクバール・アフマド発言集』 『L.A.コンフィデンシャル』 『西行花伝』 『巨大建築という欲望—権力者と建築家の20世紀』 『マーティン・ドレスラーの夢』 『複製技術時代の芸術』 『百年の孤独』 それぞれ、2008年に読んだ本、Best10!(その1)、2008年に読んだ本、Best10!(その2)に書いております。 Best入りしている本は、私からどれも強力にお薦めします! (バンザーイ!連載がまたひとつ終わりました。)
by apakaba
| 2009-07-29 15:37
| 文芸・文学・言語
|
Comments(10)
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ogawa
at 2009-07-29 22:58
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この中ではやっぱり「誘拐」でしょう。
今の軟弱なノンフィクションが足元にも及ばない骨格の太い内容とでも言ったら良いのでしょうか。 この時代にノンフィクションを書いていた人たちは新聞記者出身(ブンヤ)の一匹狼みたいな人が多いから。 本多勝一もそうですね。 先日、読んだ「下山事件(シモヤマケース)」もなんか軽くて、ちょっとショックでした。ノンフィクションと私的日記をごっちゃにしたのなんて読みたくないです。 こういう骨太のノンフィクションて死滅したのかなぁ。
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ぴよ
at 2009-07-30 01:04
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新刊&ハードカバーを読まない私に食いつく場所はない(涙)
あー、この中で読んだのは「チーム・バチスタの栄光」だけだな。 カラマーゾフの兄弟は学生時代に読んだきりだからダメだー。 ちなみに阿部寛は田口役じゃなくて、バチスタの続編「ジェネラル・ルージュの凱旋」のジェネラル役がピッタリだと個人的には思った。 すいません・・・ロクなコメが出来ない(涙)
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kaneniwa at 2009-07-30 01:44
ドストエフスキーの 『カラマーゾフの兄弟』 は
図書館で借りた 集英社版世界文学全集45,46(1979年刊行) で読みました。 翻訳者の名前を見たら 江川 卓 とありました。 読みは江川卓(えがわ・すぐる)ではなく江川卓(えがわ・たく) だったのですが、まさかこんな珍しい名前の同姓同名の ロシア文学者がいるなんて思いもしなかったし、 ちょうどその数日前に、甲子園に行ったら着いたのが事情あって 午後8時過ぎで、その時は江川卓が阪神をスピーディに完封した 試合で、8回の表からしか見られなかったのでした。 この大著をまさかローテーションの谷間に訳したの? シーズン・オフに訳したの? 練習嫌いは翻訳活動のためなの? 江川って、投球もスゴイけれど翻訳もスゴイの? 江川って、ロシア語が堪能なの? 今ならネット検索で謎は一気に解消なのですが、 阿部寛の顔どころか江川卓(すぐる)の顔ばかりが 紙背に登場し、物語には全然集中できないままに 本は返却した思い出があります。 BYマーヒー
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キョヤジ
at 2009-07-30 02:02
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ほぉ、珍しくSFをあげてますなぁ。
ヴォネガットjrといえばスローターハウス5が代表作なのですが、そっちにいったのはどんな風の吹き回しなのでしょうか。 と、ぴよちゃんに続き、ロクなコメントじゃなくてスマソ。
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apakaba at 2009-07-30 16:01
本レス。
こんな遅まき、しかも長たらしく人気のないブログ記事にコメントありがとうございます。 ogawaさん、「東の本田、西の黒田」の一角ですから、骨太ですよね。 あのころのジャーナリストには、やっぱり格別の思いがあります。 真に新聞が世論を動かす力を持ち得ていた時代です。 ノンフィクションなんだけど、信念の強さに胸が熱くなるのね。 決して「〜〜なのだろうか。」「〜〜かもしれない。」なんていうへなへなな文末で逃げたりしない。 まあ森達也じたいが、マストな書き手というレベルでもないので……ほほほ。
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apakaba at 2009-07-30 16:02
本つづき。
ぴよさん、新刊&ハードカバーを読みなされ。 あ、ミステリーは除く。 うちに「田口・白鳥」ものは全部そろっているから、チーム・バチスタからすぐに読んでもよかったんだけど、私っておもしろかった人の作品を次々と読破していくことはあまりしたくないタイプなのね(もったいないじゃん)。 だから未だ「ナイチンゲールの沈黙」までしか読んでないです。 あそこに「ジェネラル」もちょっとだけ出てくるけど、阿部ちゃんでもいいかな。 「チーム・バチスタ」で目が悪くなっちゃう先生は、「これ絶対、伊原剛志!」とイメージしていたら、テレビでは見事彼になったのでうれしかったわ。(映画は吉川晃司だったのでかなりズッコケた) この夏は「ジェネラル・ルージュの凱旋」と「螺鈿迷宮」まで行くつもり!
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apakaba at 2009-07-30 16:09
本さらにつづき。
マーヒーさん、あの名前を見た江川選手登場以降のすべての日本人は同じことを思ったと思います。 しかしマーヒーさんの大混乱ぶりは、あはは。 いくらなんでも混乱しすぎだろ。 混乱がグルングルン回ってるじゃないですか。 それにしても、みんなが手に取る新潮文庫(あるいは岩波文庫)ではなくて、集英社版世界文学全集45,46(1979年刊行) というところが玄人っぽいというか素人っぽいというか……読む気力がそげてしまいそう。 読了せずに返却してしまったということでしょうか。 以前、長編小説よりも短編が好きだとコメントを書いていたので、あんな大長編はイヤかなーと思っていました。 高校・大学時代に、ドストエフスキーを夢中で読んでいましたが、当時、いったいなにがそんなに夢中だったんだろう?
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apakaba at 2009-07-30 16:23
本さらにさらにつづき。
キョヤジさん、ハヤカワもたまに読みます。 「スローターハウス5」もうちにあると思うけど、たまたま「タイタンの妖女」の文庫が転がってたから。 おととし亡くなったから、昨年あたりは、ちょっとした本屋では追悼コーナーというか、爆笑太田氏の推薦もあって、ヴォネガットブームだったんですよね。 本は好きだけど反応が薄いので、コメントはあるだけでうれしいです。 けっこう、書評を参考にして本を買ってくれるロムな人もいるんだけど、やっぱりなにか書いてくれるとうれしいですわ。 他の本もおもしろいですよ!
coyoteは質的にはムラを感じないんですけど、テーマにムラ、偏りがありすぎ。質は保っているけど、手を抜いているような。企業タイアップも多いしね。
アソコは新井さんがいなくなったらどーなるんでしょ。 ちなみに雑誌じゃなくて書籍なんだよね。Coyoteは。だから古いのも本屋にあるんだって。
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apakaba at 2009-07-31 11:30
soraさん、なにーっ雑誌じゃなくて書籍!(すぐ訂正入れます!)
まあ、あれは当たりの号のときは即永久保存版だよね。 新井さんの巻頭言はいつもいいんだけど、やっぱり広告とらないと、商売抜きというわけにはいかないしね。 |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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