2012年 10月 07日
原美術館はいつ来ても美しいが、月夜もまた格別である。 この日、「展覧会リポーター特別鑑賞会」が開催された。 NPO団体AIT(特定非営利活動法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト])が、海外の若手アーティスト10人を日本へ招いて3か月滞在させ、その期間にアート作品を制作してもらい、帰国後の作品とともにふたたび日本に呼ぶという企画展である。 アーティストの国籍は、インドネシア・インド・シンガポール・ブラジル・アフガニスタン・アルゼンチン・アメリカとさまざまである。 私も、彼らの作品を鑑賞してレポートを書くという特別観賞会に応募して、行ってきた。 記録のためにすべての作品を撮影したが、とうてい載せきれないので、とりわけ印象に残った作品を挙げてみる。 〈ギャラリー1〉 「憑かれた蓮」 アフガニスタンのカディム・アリによるこの絵は、ややストレートに過ぎる表現ながらも、赤・青・金の色彩どれもに目を惹かれる。 横たわるブッダにはなんの表情も浮かんでいない。 これが、ポップに転びがちなこの絵にミステリアスな深みを加えており、解釈に豊かさを与えていると思った。 キュレーターによる解説ツアーで、「上部に書かれたアラビア風の文字は、実は文になっておらず、読めない文字である」と聞いた。 たいていの日本人にはいずれにせよ解読不可能なこの文字列は、読めないものをわざと書き込んだゆえに母国で物議を醸したともいう。 アラビア文字は中東に人々にとって神聖なものである。 ハザラ人という彼の出自は、それだけで反骨のシンボルとなっているのだろう。 「無題」 同じくカディム・アリが日本滞在中に制作した連作。 金箔の下から、またも正体不明の文字列がのぞく。 細いうねりはうつむいた女性の髪だろうか——と、目を思いきり近づけて見ていると、頭上から単調な歌声が繰り返し繰り返し聞こえてくることに気付く。 声に導かれて階段をのぼると、中二階にモニターが置いてあり、そこからちょうど真下にあたるギャラリー1に声が降っていくのであった。 「コイサンカ」 金のマスクで目元を隠している女性は、六本木のホステス(娼婦)である。 カディム・アリが日本滞在中に知り合った。 彼女はポーランドから来て不法就労をしている。 祖国に2歳の娘を置いてきており、国際電話で娘を寝かしつけるために、子守歌を唄って聴かせる。 きわめて短いフレーズを単調に繰り返すだけの子守歌「コイサンカ」のメロディーは、私にはなぜか「竹田の子守歌」のメロディーを思い出させた。 京都の被差別部落で唄われていたという「竹田の子守歌」、民族的不幸を背負ったポーランド人、そして虐殺の歴史をくぐってきたハザラ人。 響きあうものを感じたのは偶然とは思えなかった。 この、中二階を使った展示方法は、原美術館という場所ならではだと感じ入った。 〈ギャラリー2〉 「人気批評家」 はじめに重めな展示を見たが、他のアーティストはおおむね、若さの横溢を感じさせる作品を出品していた。 若い目で見たニッポンのひとつの象徴的な姿が、インドネシアのデュート・ハルドーノによるこの「人気批評家」だ。 安っぽい金ぴかの招き猫は、美術雑誌の上に置かれたオープンリールで結ばれており、そこから規則的に「びょぉぉ、びょぉぉ」というような、風の音のような雑音が流れてくる。 実は、私はずっとそれを風の音だと思っていたのだが、「観客の笑い声」を表しているという。 日本のテレビの軽薄な番組を皮肉に表現しているようにも見え、こちらが苦笑いしたくなる。 この展示も、中庭に張り出した形でつくられている円形のブースに贅沢な空間を占めており、これは他の一般的な美術館で見るよりもドラマチックな効果があると思った。 〈ギャラリー3〉 「フレンドシップドール」 小部屋の奥にごく小さなモニターが5台並んでいるだけ。 なんの作品だろうと近づいていっても、さっぱりわからない。 ひとつの画面を選んで目を凝らしていると、闇の中に、一条の光に照らされて日本人形が浮かび上がる、さらに見つめていると光が動いていって、人形は消えていく。 他の画面を見ていると、またべつの部屋、べつの人形、でもきわめてゆっくりと、同じことが繰り返されている。 光で見え、やがて見えなくなる。 宇宙から見た、地球の一日のようである。 いらいらするような、うっとり心を奪われるような、現実世界のどこにもない時間が5個並んで、繰り返されているのである。 シンガポールのドナ・オンのこの作品は、不気味な魅力を持っている。 だがタイトルの「フレンドシップドール」は、日米の悲しい歴史を背負った人形のことだ。 第一次世界大戦後、日米の友好を願ってフレンドシップドールプロジェクトが始まった。 アメリカからは青い目の人形が、日本からは着物を着た日本人形が、互いに贈られた。 しかし第二次世界大戦で両国の関係が悪化すると、両方の人形は敵国のものとして、焼かれたり汚されたりしてしまったという。 撮影された人形は、今に残る数少ないフレンドシップドールなのである。 〈ギャラリー4〉 「ヒルサイド・ストーリーズ:影を運ぶ犬—ハチ公の記憶」 今回の展示でもっともたくさん写真を撮ったのが、インドのムナム・アパンのこのオブジェである。 なにがなんだかわからない。 なにかを作りかけて、失敗して放り出した物のようにも見える。 よくよく見ても、やっぱりわからない。 犬のような、人のようなものがぐにゃぐにゃと描かれている。 ハチ公の目で見ると、渋谷は、世界は、こんなふうなのか? この紙の傾斜は、坂の街・渋谷の象徴? 私は、あまりにも饒舌なアートが好きではない。 この作品は、具体的にはなにも語らないのに、絵もたたずまいも、なんともかわいらしく、それでいて少し気味が悪い。 糸が垂れたままの暗い三角形の部分は、不吉さを秘めた洞窟のようだ。 明るく見える都会の死角か。 解説を読むと、果たしてムナム・アパンは、「日本滞在中、死後の世界や死者との関係を探求することに興味があった」と語っている。 この小さい作品から受け取った魅力は、死を示唆する魅力だったのだ。 他にもまだまだあったが、取り上げていくときりがないのでここまでにする。 これからも若いアーティストを招くことをつづけてほしい。 これは、海外の若手アーティストのみならず、日本にとっても、たいへん有意義なプロジェクトである。 以前書いたオトニエル展のレビューはこちら→押し寄せ、あふれ出す“イメージ”〜〜ジャン=ミシェル・オトニエル MY WAY
by apakaba
| 2012-10-07 00:18
| 歌舞伎・音楽・美術など
|
Comments(2)
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agsmatters05 at 2012-10-07 02:06
ありがとう、apakabaさん。インパクトがありました。もっと見たい、聞きたいという思いにかられました。もちろん、解説なしでは全然受け止め方がちがってきます。一つ一つ、味わい深く、理解できました。感謝。
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apakaba at 2012-10-07 08:27
ミチさん、いやーゆうべ歩き疲れて帰って、息子の焼いたチヂミが出てきたので思わずビールを飲んでしまい、それから書き始めたので四苦八苦してしまいました!
まだまだ山ほどの作品がありましたよ。 若いっていいな〜と。 |
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以前はエイビーロード「たびナレ」や「一生モノ https://issyoumono.com/」などでウェブライターをしていたが今は公立中学校学習支援教員のみ。 子供のHNは、長男「ササニシキ」(弁護士)、次男「アキタコマチ」(フランス料理店料理人)、長女「コシヒカリ」(ライター・編集者) by 三谷眞紀 カレンダー
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